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04:蟻の住まう谷の町

 ゲーム中で突然、モンスターの姿にされてしまったヤスキとミツキの2人。彼らは、道具を手に入れる為、初心者プレイヤーに襲撃を試みるが、邪魔が入ってしまい失敗。

 次にキャンプへと侵入してゴミ箱を漁り、必需品を手に入れる作戦を思いつく。

 これは、結果から言うと成功し、周辺のマップなどを手に入れる事が出来た。

 だが侵入したヤスキは、キャンプ内に設置されていたコンピュータモジュールから現実世界を見て、自分が学校で授業を受けている姿を見てしまう。

 自分はゲーム内に留まっていて、起きていられるはずなど無いのに―――何故?

 ショックを受け、憔悴したままキャンプを出たヤスキは、ミツキが外で待機している際に出会ったというアリ型のモンスター「アントラス」に連れられて、食事と宿を求め、とりあえず彼らの町へと移動する事にした―――

(文字数:21133)

 太陽は傾いて沈み始めており、辺りは夕焼けの紅色に染まりはじめていた。

 蟻族モンスター(アントラス)のマギーに連れられて、森の中を歩いていくオークとスケルトン。


「なあ、そろそろ名前決めとかないか?」


「名前?」


 段々と憔悴した状態から調子を戻り始めたヤスキに、ミツキから切り出された”積もる話”はそんな話題からだった。


「名前って……普通に前のものでいいじゃないだか? というか……なんで名前なんて、今更決めるだぁ?」


「いや、な。もしかすると―――結構長くゲームの中に居なくちゃならないかもしれねぇって、そんな気がしてな」


「それは……オラも薄々思ってただよ……今回の事で、どうもそれが現実になるっぽいけども」


「だろ? もしかすると、何週間か―――最悪、1、2ヶ月ぐらい掛かるかも知れねぇ。そして、さっきのアイツみたいな」


 前の方を歩くマギーをちらりと見て言う。


「”話の通じるヤツ”に出会った時に、本名で呼び合ってると、後々面倒な事になりそうだからな。”ニックネーム”ってのを、今のうちに決めとこうぜ」


 ミツキの提案に、ヤスキは頷いた。


「んだな。じゃあ前と同じ……だとなんか変だなぁ」


「”名前が割れるとマズイ”んだから、前と同じはやめとけ」


 ミツキに言われて、ヤスキはそこでちょっと考え込んだ。

 確かに、元の”リクォーツ”と同名だと、後々面倒が起こったときに大変そうである。 今は全く違うキャラなので、別名の方が確かにいいかもしれない。


「う~む……」


 ヤスキは考え込むが、中々いい名前が思い浮かばない。

 こういう”いざ”という段階でなかなか思いつかないのがニックネームというものだ。 更にヤスキは、アイテムコンプリートなどに執念を燃やす、いわゆる完璧主義タイプであったために、こういう思い入れを込めそうなものには、輪をかけて時間をかけてしまう人間だった。

 ヤスキが考え込んでいるとミツキは早々に名前を決めたようで、自信ありげに言った。

「よし、決めたぜ!」


「えっ? もうだか?」


「俺の名は―――”デアルガ”だ!」


「デアルガ……?」


 ミツキが付けた名前に、ヤスキは聞き覚えがあった。

 漫画だとか、アニメだとかの登場人物に、そんなのが居たような……。


「なぁ~んか聞き覚えがあるような……」


「うっ……」


 ヤスキが呟くと、図星らしく、ミッキーは小さく呻いた。

 なんだっただろうか……? とヤスキが記憶を掘り返して思い出すと、唐突にその名前を思い出した。そして、その瞬間にミッキーが呻いた理由が理解できた。


「ああ! ”骸骨騎士デアルガ”の主人公だぁ!」


「ああ~~~……そうだった、お前はわかるんだったっけな……」


 ”骸骨騎士デアルガ”とは、とあるマイナー小説だ。

 異世界を旅する骸骨の騎士「デアルガ」が様々な世界を旅しつつ、そこで遭遇する事件や、悲劇の物語を解決していくという話で、よくあるヒーローものだが、知る人ぞ知る小説であり、ハマる人は本当にハマると、一部で評判の作品だった。

 たまにサークル内で話題に上がっていたが、どうもミツキもその読者の一人だったらしい。


「そ、それは問題あるんじゃないだか?」


 基本的に、MMOにおいて……いやネットゲームというジャンルにおいて、商用として流通している創作モノの名前をつけるのはご法度である。

 不特定多数の人間がプレイするものであるので、神話とかが元のものならなだ理解も出来るが、基本的に漫画やアニメ、ゲームなどといった創作モノのキャラクターと同じ名前をつける、なんて事をするのは、目立ちたがりだったり、どこかちょっと”イタイ”部分があったりする、と白状しているようなものだからだ。


「大丈夫だろ。この前検索したら居なかったしよ」


「そう言う問題じゃあ……」


「多分俺がファシテイトでのスケルトンプレイヤー第一号だし、これぐらいは特権的にあってもアリじゃね? と思うんだ」


「……~~~」


 顔をしかめつつ、ヤスキは黙り込んだ。

 もう、何も言わないでおこう……この感じは止めても無駄なパターンだ。

 どうせそんな長く使う名前じゃないだろうし……。

 確かに、そういうちょっと突き抜けた名前でも悪くは無いかもしれない。


「……」


 どういう名前にしようか、と思って自分の状況を少し省みる。

 ゲームの中に閉じ込められた状態と、出ようとしている自分。

 ふと―――ゲームを”檻”としてみた時、自分が外見以上にひどく動物らしく見えてきてしまった。

 そして、歩きながら長々と考えていて……ある瞬間に思いついた。


「なら、オラは―――”グンバ”にするかなぁ」


「グンバ? なんだそりゃ」


「軍用馬を縮めた用語だぁよ」


「シートン動物記に”小さな軍馬”って話があったのを思い出して、”グンバ”ってカタカナ読みだとオークっぽいだかなぁ、と思ったんだぁ」


「グンバ、ねぇ……いいんじゃねえか?」


 名前が決まり、二人はにやけた顔になって言った。


「よし、よろしくなぁ! ”グンバ”!」


「んだぁ! よろしくだぁ! ”デアルガ”!」



「そういやぁ、これを渡しとくど」


 グンバがデアルガに向かって道具袋を渡す。


「これは……道具袋か。ゴミ箱の中で見つけてきたのか?」


「んだ。一応剣もあるだよ」


「おおマジか!?」


 余りに喜ぶので、申し訳なさそうに短剣を渡す。

 しかし、デアルガの余り喜びように変化は無かった。

 薄汚れた鞘に入った短剣。それを空に抜いて掲げ、歓喜の声を上げた。

 ただのデフォルト装備だったが、今まで素手だったからか、デアルガは相当に嬉しかったようだ。


「こんなモンがそんないいだかぁ?」


「俺は剣がねぇとホントに落ちつかないのよ。ありがとよォ! マジで助かったぜ!」


 そんなものなんだろうか、とグンバは鼻で応え、地図も見つけていた事を思い出した。

「ああ、そうだ。地図を……」


「ん? どうした?」


「ミツ……じゃない、デアルガ。この地図に見覚えないだか?」


 グンバはゴミ箱の中で拾った地図を、渡して見せてみた。


「見たこどがない地図でオラには全然どこかわからないだよ」


「地図? どら、見せてみな」


「多分、この”ギドラート”ってのがさっきの町だと思うだけんども」


 地図を眺めながら、デアルガは位置関係を確かめた。

 薄汚れてはいるが、一応、地図としての地形などは問題なく見れる。

 グンバには全くわからなかったが……デアルガならわかるかもしれない。

 彼は、しばらく地図を見た後で、唸りながら言った。


「んん~……こりゃあ、たぶん”アドラ半島”の地図だな」


「アドラ半島? なんだそりは?」


「”ムー大陸”ってのを知ってるだろ?」


「ムー大陸って……あの、ハワイの方にある……あれだか?」


「そうだ」


 ファシテイトは現実世界を忠実にトレースしているが、いくつか違う部分が存在する

 その中の一つが、”空想上の世界を作っている”という部分だ。

 ”空想大陸”もその一つであり、太平洋の方に”ムー大陸”、大西洋に”アトランティス大陸”、そしてインド洋沖に”レムリア大陸”と言う風に空想世界の大陸が作られている。

 なんでも、余りに現実に忠実にすると、海の上が殺風景だからと言う理由らしい。


「”ギドラート”ってのは、このムー大陸の端の方にあるアドラ半島。その町の名前だ」

「じゃあここは……」


「ムー大陸の西の方って事だ。間違いねェ。で―――さっきのキャンプは、南の方にある”湖”へ行く前の中継地点だな」


「な、なんでそんな事までわかるだ?」


「あのキャンプから南の方にある湖は、釣りスキル上げの名所なのさ。俺ぁ昔、一度釣り を上げようと思って、道具一式とスキル上げポイントを憶えた事があるんだよ。でも、 結局……日本でやってみて、あんまりに釣れねぇから遠出しても仕方ねぇなって事で

 ここには来なかったんだが……」


「場所だけは憶えてたと」


「ああ、日本から海を隔ててるが、比較的近めで”伝説のマス”が釣れるってんで

 有名だったからな」


「で、伝説の鱒……」


想像の余地があるからか、伝説上の大陸には妙なイベントが多いらしい。



 日が暮れ、夜の帳が折り始めた頃。

 グンバとデアルガはだんだんと不安になってきた。


(……だいぶ歩いてるけんども、大丈夫だかなぁ?)


 考えてみれば、道を先導しているこのアントラスの「マギー」は本当に友好的なのか、それはまだ確信を持っては言えないのだ。

 最初に出会った「人食いゴリラ」の例もある。

 とはいえ、あれとはだいぶ様子が違うが……。


蟻族アントラス -Antras-

 彼らは、その名の通りアリと似た外見を持つ昆虫型のモンスターである。

 文字通り現実世界のアリのように、非常に小さく大量に居るものや、今、目の前に居るマギーのように子犬ほどの大きさのものなど、幅広い形態を持つモンスターであり、昆虫型モンスターとしては、かなりポピュラーな部類に入る。

 大きさに関わらず非常に大勢で固まって群れを形成し、小さな集落を作るのが最大の特徴だ。


(町、かぁ……)


 だが―――アントラスの集落は、あくまでも”モンスターの集合地”であって町としての機能を持ってはいない。

 だから……行った所で、安心できるかどうか。


「こっちさね」


 街道の先を歩いていたマギーが言った。

 そして、マギーは街道の途中で突然道を外れていった。

 考えてみれば、モンスターの集落なので、

 街道から普通の道が通じているはずもない。


「まぁモンスターの村だしなぁ……」


 余り期待を持っていなかったグンバだが、それを諌めるように、既に道を外れていた

デアルガが、足元を指差して言った。


「いや……違うみてぇだぜ。”こっちも街道らしい”」


「えっ?」


「足元をよく見とけ。通り過ぎた瞬間に……」


「……?」


 何を言っているのだろうか? とグンバは首を傾げたが、言われた通りに下を見ながら歩いていくと、その理由がわかった。

 傍目からは、何の変哲も無い草原へと移動しているだけにしか見えない。

 だが、舗装された街道から、一歩草地へと足を踏み込むと―――


「あっ!?」


 グンバが足を踏み入れた瞬間、草がぼうぼうと生えるだけだった場所が

 煙のように消えていき、突如、道が街道から枝分かれし、出来上がっていった。

 普通に舗装されている道とは、少し地面の感覚が違うが、間違いなくちゃんとした

”道”がそこにはあった。

 ”今まで全然見ることの出来なかった道”が、入った途端に見えるようになったのだ。

「どうやら―――これは”モンスターしか見えない道”みてぇだぜ」デアルガが言った。

「な、なんだこりは……!? こんなシステムあったんだか……!?」


 驚くグンバに、デアルガが応えた。


「……ますますキナ臭くなってきたぜ」


 そのまま、一向は新たに現れた道を進んでいった。



 道を進んでいくと、どんどん森の中へと入り込んでいった。

 こんなに進んでしまって大丈夫なんだろうか? とグンバは思っていたが、やがて森が途切れた場所が見えた。


「さて、着いただぁよ」


 マギーの声と共に、森を抜けた場所に出た二人は、その先に広がっていた光景に、思わず感嘆の声を上げた。


「こ、これは―――!!」


 森を抜けた場所に広がったいたのは、とても大きな”谷”だった。

 谷はいくつかの階層状の構造になっていて、なだらかな坂で全ての段が繋がっていた。 そして、崖のいたるところには大小さまざまな大きさの穴が口を開けていて、それらに通じる梯子が各所に数え切れないほど掛かっていた。


「町だぁ……! これ、完全に町だぁ……!」


 前から見下ろした谷には、多くのアリたちが闊歩している姿が見えた。

 二人のモンスターは、谷の奥底へと、一匹のアリに連れられて進んでいった。



 木の板が所々に張られている洞窟で、食事の音が響く。

 洞窟内には木のテーブルが所々に存在し、それらの上には灯りを確保する為の蝋燭や蛍光石が置かれており、上等なテーブルの上には、魔法によって”昭光”の効果を与えられたものらしいランプが置かれていた。

 どのテーブルの上にも、皿とナイフやスプーンが置かれていて、沢山の料理が盛り付けられたり、食べかけを残されたりしていてどうやらこの場所が、レストランか何からしいというのがわかった。

 そしてグンバとデアルガは、そのテーブルの一つに座っており、ひたすらに料理を胃袋へとかき込んでいた。


「すごい食いっぷりださね」


 マギーに連れられて、二人は宿屋へときていた。

 そして、二人が町に来て最初に行った事は、二件隣にあるレストランで食事をする事だった。

 グンバには薬草たっぷりに、鶏肉が少々の炒め物と大盛りご飯。そして、よくわからないものが煮込まれたスープが運ばれてきた。

 最初は味がわからない為に恐る恐る、といった手つきだったが意外にもどれも

”イケる”味であったため、やがて口に運ぶ勢いが付き始め、今はまさに”貪る”というのが当てはまるようなスピードで食べていた。


「今まで何人かここに案内したけども、あんた達みたいなのは始めてだぁよ」


 マギーそう呟いて、今度は目を骸骨のほうに向けると、そちらはそちらで、また次々に食べ物を口に運び、食事をしていた。

 骸骨のほうに運ばれてきたのは、いくつもの果実と木の枝だった。

 デアルガは最初、それをどうやって食べるのか判りかねていたが、腹が減っていたためか、なんとなく口に運んでみると、食べる事が出来た。

 もちろん、スケルトンが物質的にモノを食べる事はできない。

 しかし、果物を口に運んで”噛み付く”と、水気があり光沢もあった新鮮な果実は、あっという間にしおれ、まるで枯れていくかのように小さくなっていった。そして、砕けて粉のようになっていってしまった。

 そして同時に、力の波を感じ取り、腹が膨れた感じがした。

 その時に、彼は気付いた。

 どうやら―――スケルトンは”精気”もしくは”純粋な魔力”をこうして口から吸収して腹を満たしているようだと。で、食べられる物は”新鮮なもの”であり、言い換えれば”精気のあるモノ”もしくは、この”魔法棒”のような、魔法の杖など。そういう

”込められている魔力エネルギー”であるらしい。

 デアルガが木の枝へと手を伸ばし、掴むと、魔力の波をはっきりと感じる事ができた。


 食事が終わった後、安堵からか、しばらく二人は放心状態のようになっていたが、やがて気がつくとマギーが声を掛けた。


「どうやら、一服つけたみたいだなぁ」


「ああ。助かったぜ」


「ほんっっっとに助かっただよぉ……ぉっぷ」


 まさに”餓死寸前”といった状態であったグンバは、ゲップを放ちつつ心の底から、

マギーに感謝の言葉を送った。

 そして落ち着いてきて、マギーの姿に段々と畏怖の念を感じ始めてきた。

 何故かと言うと、それは―――彼が余りにも”生き物じみていた”からだ。


(NPC……なんだぁよな……?)


 心の中で、それを再度確かめる。

 NPCとは「ノン・プレイヤー・キャラクター」の略である。

 人間が操作するキャラクターは「プレイヤーが使用するキャラクター」であるため、

”プレイヤーキャラクター”を略して”PC”と言い、それに対する言葉である。

 つまりはコンピュータ側で動かされている、完全なプログラムで構成された存在で、これはほぼ全てのゲームにおいて登場する。

 ある時はロールプレイの助けとなり、ストーリーの流れを演じ、ある時は人同士の対戦などのコミュニケーションの手伝いをする存在なのである。


 ファシテイト内にも当然ながらNPCは存在している。

 彼らは、お店をやっていたり、町の至る所で情報交換をしていて、プレイヤーの助けになっていたりする。だが―――当然であるが、彼らは”プログラム”された存在である。 非常に多種多様な会話パターンを持ってはいるものの、それらはあくまでも”パターン”であり色々な学習から”用意された会話”だ。その域を出る事は無い。

 お店をやっていたり、情報を話したり、などはあくまでも最初からプレイヤーのために用意された”つくられたもの”であるというわけだ。

 だから……こんな事をゲームの中で言うのは妙な事であるのだが、ざっくりと言い放ってしまえば、ゲームの登場人物は、プレイヤーが操作するものを除けば、その全てが”よく出来た人形”のようなものなのだ。

 どれだけ生命の息吹を感じさせるほどにリアルであっても、同じ事など話さないかのように多様な会話パターンを持っていても、それは全て”つくりもの”。

 ゲームの開発者たちが作り出した、高度な”芸術”や”幻”でしかない。

 そのはず、なのだが―――……


「いんやぁー……こうまで感謝してくれっと、こっちも嬉しいだぁよ」


 ―――”とてもそうは見えない”

 それが街を闊歩するアリ達や、目の前のマギーを見たグンバの率直な感想だった。

 マギーの挙動や、アリの町の色々なモンスターたちの動きは、決してプログラムで再現しきれるようなものではないと、感じたのだ。

 以前プレイをしていた時に、街中でNPCが見せていた行動は、どれも非常に複雑であったが、”精密なプログラムを施された住人”の域を出てはいなかった。

 どれだけ完成されたプログラムであっても、結局、現実を再現しようとする事は、情報量的にムリなのだ。現実というものは、圧倒的な情報の元に成り立っているのだから。

 だが、目の前に居るマギーなどは違う。

 アリなりに笑顔を見せながら、こちらの会話に応える様などは、まさに”生命”そのものの挙動だ。無味乾燥なプログラムでは有り得ない動作をしている。

 そう、グンバは感じた。


「じゃあ、俺っちはそろそろ仕事に戻るだよ」


「ちょ、ちょっと待つだ。何かお礼を……」


「気にしなくていいだよ。旅人には親切にしとけ、って親父達から教わってたがら」


「ただその教えを守っただけだぁ」


「……」


 グンバは、ただただその受け答えを聞き、呆然と立ちすくんでいた。

 こんな風に遠慮をする、なんてのは……やはり有り得ない。


「悪いな。いつかこのお礼は必ずさせてもらうからよ」


 そうデアルガがマギーに言うと、彼は一際大きく笑って

「いつでも待ってるだ。んじゃあなぁ!」と言って宿から出て行った。


「アイツ何歳なんだろな」


 マギーが出て行った後、多くの蟻達と共に宿の食事処に残った二人は、奢ってもらった食事の残りをつつきながら、”本題”を話し始めた。



 外には完全に夜の闇で染まり、グンバが外を覗くと、谷のあちこちの穴から光が漏れ出ているのが見えた。

 光が出ている穴は、きっと今居るレストランのように何らかの用途で使用されているのだろう。


「さて……じゃあ何から話すか」


 デアルガが果物に齧り付きながら言った。


「色々と話したい事はあるけんども……まんず聞きたいのは、今のこの状況の”異質さ”だなぁ」


「やっぱりそれになるか」


「”CPU”のはず……なんだよなぁ?」


 グンバがデアルガに向かって訊ねる。


「ああ、最初に聞いたよ。あのマギーってヤツに”お前、プレイヤーなのか?”って聞いたら”なんだぁそりゃあ?”って呑気に応えてくれたよ。純真そーな、キョトンとした顔でな」


 ややオーバーなリアクションを挟みながら、デアルガは話した。


「……なんでこんな、普通に生活してるんだぁ?」


「知らねェよ。俺の方が聞きたいぐらいだ。第一、モンスターだけが集まってる村なんて、聞いたことねェぞ」


「オラもだよ。10年ぐらいやってるのに」


 ファシテイトには現実世界と同じく町や村が点在し、その上で更に作り出されたゲーム上だけの拠点や集落などが点在しており、非常に町の数が多い。

 しかし、その中に”モンスターの村”と言うものは存在しない。

 彼らはプレイヤーからすれば完全な敵であり、ただの倒されるべき存在となっているからだ。たまに、簡素な拠点を作っていたりする事もあるにはあるが、それは基本的に人間の町へ攻撃をする為に、ただ集まる場所であったり、大勢で待ち伏せをしている為に、結果的に小さな集落のようになっただけ、というものであって、そのどれもが”町”としての機能を有してはおらず、持っても数ヶ月ほどで放棄される。

 だが、この場所はどうだろうか?

 巨大な谷の両側に沢山の穴と、大勢のアントラスが暮らしている。

 そして入る前にちらりと見えたが、谷の一番下には巨大な像も見ることが出来た。

 もう少し見て回らないと断言はできないが、ここは恐らく”町”としての機能を十分に有しているはずだ。

 こんな巨大は”集落”など見た事が無い。


「運営がコッソリ作った隠れ要素、とかだかなぁ?」


「こんな大規模なモン、隠しとおせる筈ねェだろう。第一、廃人プレイヤーが黙ってねぇぜ。隠しの”町”とかよ」


 ある程度話し終わり、安堵の溜息を再度吐いてから、デアルガは切り出した。


「で……結局どうする? これからよォ」


「……う~ん」


「店があるかまだ確認してねェが、恐らくあるみてぇだから、ここを拠点にすりゃレベル上げもできるし。採集とかをやってりゃ日銭も稼げるから、食い物にも寝る場所にも困らねぇ。だからひとまずは安心ってトコだが……ここで助けが来るのを待つか?」


「なんでオラに聞くだよ?」


「お前の率直な意見を聞きたいからさ。コンパネから見たんだろ? ”自分の姿”を」


「そりゃ、まぁ見たけんども……」


「もし―――確認できなかっただけで、俺も”同じ状態”だってんなら、この待機する方針は”悪手”って事になる。”助けが来るはずがねェ”んだからな」


グンバに向かって、デアルガは再度聞いた。


「グンバ、おめェの意見としてはどうなんだ? 俺も、恐らくは同じような状態だと思うか?」


「……率直に言うと、その確率は高いと思うだ。状況が似てるし、コンパネから見たオラは、全く異常がない感じだったがら……」


 それを聞いてデアルガも沈黙し、重い空気が場に立ち込め、言葉が濁る二人。

 これからどうするか、というのを考えた時に出せる手を思いつかなくなると、非常に重い気分になるものだが、まさに今がそれだった。

 だが、そういった状況に、いつまでも耐えられるものでは無く、やがてグンバが言葉を切り出した。


「オラたちが取れる手は―――二つあるだ。一つは……コンパネに”ゲームマスターコール”のボタンが復活するまで待って、それからまたキャンプに忍び込んでコールをする、か。もう一つは―――……」


言いにくそうにグンバは一拍置いてから言った。


「”直接日本にまで行って、運営会社に駆け込む”って手だぁ」


「やっぱそうなんのか」


「安全策って事なら、GMコールが復活するまで待つのが一番いいんだけんども……デアルガはどうするだか?」


「俺は―――”日本に行く”方がいいと思うぜ」


「なしてそう思うだ?」


「なんか……どう例えればいいかわからないんだが、ヤバイ感じが漂いまくってんだよ。こんな事故、今までなかったしよォ」


「……」


 確かに、とグンバは思った。

 今まで意識障害だったり、ゲーム内から復帰をできなかったりと、重大な事故こそはありはしたが、今回のこれは、今までのそれとは明らかに次元が違う気がする。


「それに、本人が無事だってんなら、こっちの方が悪戯か何かって事で処理されちまう可能性もある。GMコール通信も、繋がった所で声が通じるかはわかんねェし……」


 苛立った声音に変わりながら、デアルガは言った。


「第一、なんで翻訳システムが機能しねェんだ。今までこんなこと一度もなかったぞ」


「……」


 確かに、聞いたことが無い。

 モンスターと入れ替わるなんて現象も、翻訳システムが機能しなくなった、なんて現象も、今まで一度も無かった。


「それによ。ちょっと考えてみたんだよ。お前が見た”自分”がどういう状態かってよ」

「モニター越しに見えた”自分自身”だか?」


「ああ。確かにお前が言った通り、単純にこっちがバグで、本人から意識が分離したって可能性もあるがよォ」


 デアルガが続けようとしたのを、グンバが代弁する。


「”もしそうじゃなかった場合”の事だな……」


「ああ。その場合―――つまり、現実の自分に”ちゃんと誰かが入ってる”とかもありえるんじゃねぇか?」


「……! 言われて見れば……」


「俺らはモンスターになっちまったが、”プレイヤーキャラから別のプレイヤーキャラ”になってたり……って事もありうるんじゃないか。もしくは……」


 デアルガは話を止め、ちらり、と他の客を目で見た。

 言葉が詰まったのを不思議に思って、グンバが訊ねた。


「もしくは……? なんだぁ?」


「……いいか、これは仮説だぞ。それをまず断っとく。いいな?」


「?」


 やけにもったいぶった感じで……いや、どちらかというと何か”焦っている”感じで、デアルガは言った。


「今、ファシテイトの中のCPUってのは、もの凄く高いレベルになってる……みてェだ。たぶん、俺らがプレイしてた時は、誤作動が起こらねーように、安全装置か何かで制限が付いてたんだろうが、実はもうこの村の奴等みてーに、生きてるみたいな、複雑な動きを取れるようになってて、ゲームの一部の場所では、既に実験とかをやってた……と思うんだよ」


「”高性能な人工知能”が完成してたってことだか?」


「そうだ。で、それで開発側の意図しない事故が今回起こって、俺らがモンスターキャラのいずれか―――もしくはどっかのNPCと意識を交換しちまった。で……モンスターとかの中に入ってた擬似人格プログラムの方が、今現実の身体に入ってて、現実の方をゲームと勘違いして行動してる……そう考えると、結構いい線行ってるとおもわねーか?」


「……流石にそれは飛躍しすぎだぁよ」


 グンバが薄笑いを浮かべながら否定する。


「全く有り得ないってわけじゃないけんども」


「そうかぁ?」


 流石にそれはないだろう、とグンバは思った。

 とはいえ最初に言った”別プレイヤーと精神が入れ替わっている”という方は、結構いい線を行っているかもしれない。最初、グンバは自分のほうが偽者、もしくは事故か何かで複製されてしまったと思っていたが、考えてみれば、それが起こるという事は

”エデンシステムを利用して人間の身体を動かすほどの意識を複製できた”

と言う事でもあり、まさに”革命”のような事が起こってしまったという事でもある。

 そんな事は、今、デアルガが言ったトンデモ仮説よりも数段現実離れしている。

 それに気付き、グンバは幾分か気が楽になった。


「さて……それじゃあまぁ、とりあえず方針も決まった事だし、どうする? 宿でさっさと寝ちまうか? それとも、町を先にちょいと回ってみるか」


「う~ん……」


「ファシテイトプレイヤーのひっとぉ―――っ!!」


 一通り話す事が終わり、これからの予定を決めかねていると―――

 突然、レストランに声が響き渡った。


「いっまっすっかぁ―――っ!!」


「いぃっ!?」


「な、なんだぁ……?」


 突然の声にビックリして、あわてて声の方を見る。

 声がしたのは、レストランの入り口付近からだ。

 テーブルから立ち上がり、入り口の方を見るが、同じように立ち上がった客が邪魔になって何も見えない。


「ちょ、ちょっと行ってみるだ」


 グンバ達はアリや他の獣人達を掻き分け、入り口の方へと向かった。



 入り口の方では、口喧嘩が行われているらしく、怒声が飛び交っていた。


「てめぇ、いい加減にしろ! 夜だってのに、うるせぇんだよ!」


「何よ! ちょっと人探しするくらい、別にいいでしょ!」


 声の感じからすると、どうも先程の声の主と他の客が言い争っているらしい。

 どんなヤツなのか、まず姿を確かめようと、グンバは前へと出て行った。

 前へと出て行くと、争っている片方が見えてきた。

 非常に長身で、筋骨隆々の両腕が見える。アリではなく獣人で、長い髪が印象的だ。

 鎧は付けておらず、布のようなものを羽織っているだけだが、筋肉が盛り上がっているせいで、自然体でもそのまま重装備であるようにも見えた。

 腕と腿はどちらも太いが、更に手と足部分は大きく見え、格闘能力が高そうである。

 髪は、ただの長髪ではなく、顎鬚と一体化していた。

 あれは―――


(まさか……!!)デアルガが、人食いゴリラと出会った時のように慄いた。


 いや、今彼と、グンバが受けている”威圧感とも恐怖とも取れる感覚”は、恐らくここで野次馬をしている誰もが感じているだろう。


「レオニクス……!!」


 文句を言っているのは”ライオン”の獣人だった。


 ■レオニクス -Reonix-

 もはや説明不要の百獣の王の獣人族ウェア・トライブ

 5大獣人種族の内のひとつで、高級巨人族にも匹敵するパワーを有する事で知られる。 食事を邪魔される事を何よりも嫌う。


「な、なんであんなのがここにいるんだぁ……!?」


 町に入ってから、色々なモンスターをちょくちょく見かけたが、あれは特に珍しい。

 滅多に自国の外へと出て行かない獣人だからだ。

 その強さは、例え無装備でもあの「人食いゴリラ」を子供のように扱い、いざ戦えば、その拳は山をも砕くとすら言われている。


「ここにいるって聞いたんだよ。いいでしょお? 一回ぐらいさ!」


「俺は静かにメシが食いてぇんだ。目障りなんだよ」


 レオニクスが喉を唸らせながら言った。

 遠目から見る威容を見るに、単純な大きさだけで言えば2mほどで、あのゴリラより

全然小さいが、筋肉の完成度を見るに、威圧感は決して見劣りしていない。


(あんなのと張り合ってるのは、何だ……?)


 二人は人並みを掻き分けて近寄っていく。

 だが、もう片方は、最前列の手前まで出ても見えなかった。

 一番前には、小さい事で有名なネズミの獣人が居たが、それよりも更に小さいようだ。

(えーっと……)


 やがて、グンバが一番前へと抜けると―――

 目の前に小さな緑色の何かが見えた。

 それは、ただの水の塊のようであったが、しかし形を失わずに、その場所で丸くぷるぷると蠢きながら居座っている。

 水塊の中央には、小さな粒上のものがあった。

 まばたきを繰り返しているところを見ると、あれは”目玉”らしい。


「まさか……す、スライム……?」


「なぁんだおまえは?」


 グンバにレオニクスの男が近づき、ひたすらに機嫌の悪そうな顔を接近させてきた。

 表情もだが、声音からもかなり苛立っているのがわかり、ちょっとしたきっかけがあれば爆発しそうな感じだった。


「うっ……あーぁ、いやぁ、あのぅ、その……」


 ライオンの顔で睨まれるととんでもなく怖い。

 次の瞬間に、その強靭な顎で、こちらの頭を半分ぐらい”つまみ”代わりに喰い千切られても、全く不思議ではない光景だ。

 思わず、スライムの方に視線を泳がせる。

 すると―――目が合ってしまった。


「……ん~?」


(うっ……!)


 スライムの方が自分を見返してきたとき、グンバは本能から”マズイ”という雰囲気を感じ取った。

 うまくは言えないのだが、物事が引っ掻き回される前兆のような、事件が起こる前触れのような―――自分に何か悪い事が起こる前フリのようなもの。

 そんな「とてつもなく悪い予感」だ。


「あんた、もしかしてプレイヤー!?」


「いっ!?」


「助かったよぉっ! しばらくずっと一人でさぁ! 回りには、動物人間ばっかりだから……ああ、今の私もそうなんだけど、とにかくもう心細くて! いやぁ~、本当、安心したよっ!」


「……今、なんつった……?」


(や、ヤバイ……!!)


 スライムが安堵の台詞を無神経に言い放った後、レオニクスから、短くも鋭い言葉が放たれた。

 そして、周囲が静まり返った。


「え?」


 グンバが恐る恐るレオニクスの方を見ると―――

 もう何も言う必要がないほどに、完全に怒っているのが見て取れた。

 先程と表情自体は余り変わらないが、目の光り方がまるで違う。

 ギラギラと燃え盛る感情の炎を宿し、後はそれを吐き出すだけ、といった状態だった。

「俺を……ッ! 動、物、だと……ぉっ……!」


 やがて、低い地鳴りのような声が牙を剥くと共に吐き出された。


「えっ? えっ? な、なんなのよ!? そんなに気に障ったの?」


 レオニクスの筋肉が張り出し、拳による一撃を繰り出そうとした、その時―――


「す、すみませんでしただぁっ!!」


「!?」


 突然、スライムの目の前にグンバが飛び出した。―――土下座のポーズで。

 ほとんど身体をなげうつような形で、実にスムーズな飛び込みで土下座の状態に持っていった。

 いきなりの土下座に、レオニクスの男は面喰らって、振り上げていた拳を止めた。


「ちょ、ちょっと迷子になってたみたいで……コイツは同郷の出なんですだ! どうか、勘弁してくだせぇ! この田舎から出てぎたばっかりの、無知なオラの精一杯の頼みですだ! お願いですだぁっ!」


 顔を地面にぐりぐりとこすり付ける事と、頭を上げて非礼を詫びる言葉をまくし立てるのとを、高速で交互に繰り返し、必死に許しを乞う。


「”勇猛なるレオニクス”様方の食事を邪魔するのが、どれだけ失礼な事か、後でよーく教え込んでおぎますからっ!」


 ここがもし、街でなくフィールドだったなら、これに意味は全く無く、拳を止める事もできなかっただろうが、町の中、それも多くの見物人がいる店の中での土下座には、多少は効果があったようだ。


「ほぉ……」


 レオニクスは拳を下げ、感嘆の声を漏らした。


「お前、そいつと知り合いなのか」


「は、はいですだぁ」


「え? 何いっ……」


 スライムが妙な事を言いそうになるのを、手をかざして静止する。

(頼むから、黙っててくれだ)と、グンバはスライムに呟き、今がどれだけ切羽詰っている状況なのかを表情で伝える。


「本当にすみませんでしただ……」


 そう言って、グンバはスライムを掴み、足早に去ろうとした。だが―――

 「待てよブタ」と、レオニクスがグンバが出て行くのを止めた。

 ドライな口調で放たれた言葉に、再度全身が固まるグンバ。


「おい、ちょっとそこの食器貸せ」


 レオニクスが近くにあった皿に、次々に食べ物を入れていく。

 サラダ、炒め物、スパゲティのような麺料理、魚の煮付け、何かのシチュー、かじられた果物。それらを全て入れてから、最後にミルクをたっぷりと注ぎ込み、ぐちゃぐちゃの状態に、まさに”残飯”としか言えない物体にしてから、その皿を地面に置いた。


「本当に申し訳ないと思ってるなら、これを食ってけよ」


「え……」


「食事の非礼は、食事で詫びろや。ブタ」


 高速土下座は、最悪の事態だけは止めることが出来たが、怒り自体を静めるまでには行かなかったようだ。

 恐る恐る、グンバは料理に近づいた。

 皿の上には、明るい茶色になったスープ状の得体の知れないものがあり、酸っぱいような、甘いような、腐ったような……えも言えぬ臭いを放っていた。


(こ、こ……これを……食べるんだか……)


 さっきまでの幸せな食事が一転し、最悪の食事が目の前にあった。

 だが―――食べなくてはならない。

 この場を何事も無く治めるには、もはやこれしかないのだから。

 そう決心し、皿を取ろうとする。が―――


「おい、何手を使おうとしてんだ?」


「へっ?」


「ブタは這いつくばって食うもんだ。そうだろ? お前らァ!?」


レオニクスが大声で言うと、レストランのそこら中から、威勢よく肯定の答えが返ってきた。歓喜の声にも似た、騒がしい肯定の返事だ。

 その声には、単純にレオニクスが言ったから、という脅迫めいたものではなく、純粋に楽しんでいる雰囲気が漂っていた。


(……)


 どうやら、オークと言うのは予想以上に嫌われものであったらしい。

 グンバは、しかめっ面を一瞬だけ見せたが、すぐに覚悟を決めて、這いつくばった。

 そして、ぐちゃぐちゃと咀嚼音を立てながら残飯を食べ始めた。

 それを見て、レオニクスを初めとしてレストランにいた者達は大笑いした。


「見ろよ、食ってやがるぜ!」


「うまそうだなぁー! ブタァ!」


「俺にも分けてくれよー!」


 色々な罵声が飛び交う中、怒りが満ち満ちていたレオニクスの顔から段々と強張りが消え、やがて彼も牙を剥いて大笑いを始めた。

 そしてようやく気が済んだらしく、仲間を呼びつけた。

 すると同じテーブルから仲間らしい獣人達が立ち上がり、彼の元に続いた。


「いいもん見せてもらったぜ。コイツは礼だ」


 そう言って、皿に顔を沈めるグンバの頭の上を、そっと押した。

 すると次の瞬間―――


「い、ぎっ!?」


 グンバの頭に急激な負荷が掛けられ、地面に顔面から突っ込んだ。

 皿が木っ端微塵に破壊され、それだけでなく地面に顔が半分埋まった。

 軽く押しただけに見えたが、恐ろしいほどの力が掛かったらしく、陥没した地面の周囲には、おぞましいほどの亀裂が蜘蛛の巣のように走っていた。

 グンバはかすれ声を出しながら、レオニクス達が出て行くのを見た。

 そして彼は気を失った。



 しばらくして―――うめき声を上げつつ、グンバは気がついた。


「うぅ……」


 何か、柔らかいものの上に寝ているようだ。

 頭を中心に、上半身が酷く痛い。


「こ、こごは……」


 目を開くと、一面にオンボロな天井が見えた。

 中心にはカバーをつけただけの、寂しい豆電灯が吊るされている。

 ただ明るさはそれなりにあり、部屋の中は隅々まで明るくなっていた。


「起きたか」


 声に反応し、横を向くと、デアルガの顔が見えた。

 どうやら、自分は今、ベッドの上にいるらしい。

 起き上がろうとすると、頭から肩辺りにかけてがズキズキと痛んだ。

 なので、身体を上げずに顔を横に向けると、デアルガともう一人。

 先程のスライムが椅子に座っているのが目に入ってきた。


「あっ!」


 スライムに気付いたグンバが声を上げると、バツが悪そうにスライムが応えた。


「ハハ……どうも~……」


「もしかして……オラ、気を失ってたんだか?」


「ああ」と頷くデアルガ。


 どうやらあの一撃で、自分は気を失ってしまったらしい。

 最後に皿に顔を沈めて突き破り、地面に顔を少々めり込ませた後から記憶が無い。

 レオニクスに軽く頭を叩かれただけだが、まるで巨大なハンマーで頭を殴りつけられたかのような衝撃だった。死んでないのが不思議なぐらいである。


「起きないほうがいいぜ。HPが1になってる」


「い、1……?」


「死亡寸前ってヤツだ。いや……あのレオニクスの野郎が”手加減”スキルを使ってなきゃ死んでたぜ」


 どうやら、自分は本当に死ぬ一歩手前だったようだ。


「ああ……手加減を使ってたんだか」


 ”手加減”スキルとは、何かを破壊しないように制限をかけるスキルだ。

 生物を弱らせるために主に使用されるが、余りにも強いキャラクターが、思わぬ物体の破壊を起こさないためにも使用される。例えば、力の強すぎるキャラクターなどは、普通にドアを開ける動作を行おうとすると、力がありすぎるせいで、扉ごとドアを破壊してしまったりする。そういう事故を防ぐために、自分を常時”手加減”状態にしている、というわけである。

 あのレオニクスもそれを行っていたようで、あの最後の一撃は、スキルをもし解除されていたら、ほぼ確実に死んでいたというわけだ。


「……ごめん。ってか、ホント大丈夫?」


 テーブルを挟んで、反対側に座っていたスライムが話しかけてくる。


「大丈夫に見えるだか?」


「悪い悪い。まさかあんなに怒るとは思わなくてさ~」


 軽い感じで応えるスライム。

 どうもなんというか、話し方からお気楽そうな印象を受けた。


「でも酷いよねぇ。動物って、そりゃあたしが口を滑らせたのが悪いけど、あそこまで怒るなんて……」


「レオニクスはめっさ誇り高い奴等なんだぁよ。人一倍プライドにこだわるだぁ」


「ハァー……俺も肝が冷えたぜ。レオニクスをあんな近くで見るのも初めてだったが、

まさか面と向かって獣人に”動物人間”なんて言うヤツがいるとは思わなかった」


「えっ、えっ? そんなに失礼だったの?」


「失礼も何も、女の子に向かって”今日パンツ何色だぁ?”っていきなり聞くようなもんだぁ。失礼ってレベルを超えてるだよ」


「失礼すぎるなぁ!」


「お前の事だ!!」


 怒声が二人分ハモり、驚いて身体を浮かせるスライム。

 デアルガとグンバは二人とも大きく溜息を吐いた。



 体調がある程度戻った所で、グンバは話し始めた。


「さてとぉ……それじゃあ、そろそろ本題に入るだ。スライムの人……アンタ、プレイヤーなんだか?」


「うん。あんた、達も……?」


 問いかけにオークとスケルトンは「ああ」、「んだ」と応えた。


「オラはグンバ。学生だぁ。こっちのスケルトンはデアルガ。オラと同じ学校の学生」


「あたしは”世々乃銑里よよの せんり”。埼玉の桜葉琉さくらはる中学校の女子よ」


「お、女の子!?」


「そうよ。声を聞けばわかるでしょ?」


 ファシテイトにおいて、現実の性別とPCキャラクターのそれは、必ずしも一致するとは限らない。しかし、大抵はPCと同じ性別となっている事がほとんどだ。

 なぜかと言うと、声が本人のものと同じになってしまうからである。

 だからシステム上は異性を演じる事が可能だが、実際は声の違和感を拭えないため、

大体は本人と同じ性別のキャラクターを使う事になる。

 とはいえ、モンスターである今は、性別など確かめようがないのだが。


(し、しかも中学生……)


 グンバは少し戸惑ってしまった。まさか次に出会うプレイヤーが女の子。

 しかも年下の中学生とは思わなかったからだ。

 簡単な自己紹介が終わったところで、話はセンリから始まった。


「ところで……あんた達は二人だけなの?」


「あン? どういう事だ」デアルガが質問の意味を訊ねる。


「いやさ、わたしたちみたいにもっと沢山いたのかなぁ、って思ったから」


「もっと沢山いただってぇ?」


 思わぬ言葉を聞き、グンバが聞き返す。

 こんな重大事故のような事が、他にも起こっているというのだろうか?


「うん。あたしの他にも、似た感じの人は沢山いたよ。みんな、スライムとかゴブリンとか、もの凄く弱いモンスターだったけど……」


「そいつらはどうなったんだ? いや……センリって言ったな。お前はいつからココに来てるんだ?」


「あたしがここに来たのは……そうだなぁ。だいたい2、3ヶ月前ぐらいだったと思う」

「……なにぃ!?」


「じゃあ、一ヶ月ぐらい前に事故にあったって事だか!?」


「そうなるかな」


 思った以上に長い間ここにいた事を知り、思わずデアルガとグンバは声を上げた。


「今までどうしてたんだ?」


「なんとかここまで辿り着いて、それからはずっとここを拠点にして、外を出歩いて物を拾って、売ってから何とか過ごしてる、って感じ」


 核、もとい目玉を上の方へと向け、思い返すようにセンリは今までの事を話し始めた。

「最初にこの姿になったのは、1ヶ月ぐらい前。ヨーロッパの方に行って見たいなーって、旅に出て、ちょっと経ったぐらいだったかな。旅先のホテルで、荷物を置いて外に出ようと思ったんだけど、歩きっぱで疲れたから、ちょっとだけ寝ようかなぁ、ってベッドに横になってたら、変な夢を見てさ」


「変な夢?」


「うん。空の上で、雲があるよりも上に自分がいて、落ちていって川に落ちるって内容」

「まるで―――自分が雨粒にでもなったみたいな感じがした夢。それで、水の中で夢心地だなぁ、って思ってたらさ。突然、これが夢だなって気がついて”ああ、そろそろ起きなきゃな”って思って起きたら……」


「その姿になってた、と」


「うん……」


 センリは、静かに言った。


「その後は、どうしただ?」


「最初は夢の続きかって思ったんだけど、色々と起こってから、どうもそうじゃないみたいって気付いて、どうしようかって迷ってたら、他にも似た境遇の人たちを見つけてさ」

「”たち”って……何人ぐらいだ?」


「ん~……20人、ちょっと、ぐらいは居たと思う」


「に、20人……!?」


「それで、途中でほかのプレイヤーの人を見つけたんだけど……ああ、モンスターじゃない方のね。で、いきなり攻撃されて、何度かやめてって言ったんだけど、全然言葉通じなくて……そこで半分ぐらいになったかな」


「は、半分……!!」


 センリと言ったスライムは”もしかすると人が死んでるかもしれない”という状況であるのに、意外と淡々とした口調で話した。肝が据わっているのか、死んでるかもしれないと考えていないのか。

 それとも単純にこれが彼女の”地”なのか。


「それから、ここを運よく見つけて時間を潰してたんだけど、2週間ぐらい経ってから、助けが全然来ないのに業を煮やした人がさ”助けを探しに外に出て行ってみよう”って言って、皆それについてっちゃったんだ」


「それから?」


 センリは水の身体をゆっくり左右に震わせた。

 中心の目玉のまぶたが閉じて、それが左右に振れたのを見ると、どうやら”顔を横に振った”つもりらしい。


「知らないだか?」


「うん……みんな、外に出て、それっきり。帰ってこないよ」


「……!!」


「それ、どのぐらい前の話だ」


「ん~、大体2ヶ月ぐらい前になるかな。だから、現実の時間換算だと3週間ぐらい前の話になると思う」


「……」


 それを聞いて、表情を変えるグンバとデアルガ。

 これがどういう意味を持つのか、彼ら二人にはすぐに理解できたが、彼女にはあまりよくわからないようだ。

 黙ったまま、重苦しい雰囲気になっている二人に、センリは訊ねる。


「? どしたの? 黙っちゃってさ」


「やられたな。そりゃ」


「死んだってこと?」


「ああ。スライムとかゴブリンじゃあな。プレイヤースキルである程度なんとかなりはするが……。そいつら、話を聞く感じじゃあ、たぶん地図どころかロクに装備も揃えずに出て行ったんじゃないのか?」


「うん」


「そんな腕前の奴等なら、戻ってこれるはずもない。途中でほぼ確実に何かの餌食になってるだろうな。そして……同時に―――”元には戻れなかった”ってことだ」


「ん? 元には、ってどういう事?」


 事の重大さを理解できてないセンリに、グンバが応える。


「もじ、死んだ後にゲームの安全装置とかが働いで、元のゲームキャラに戻れてたり、ゲームから抜け出る事がでぎだならぁ。間違いなく運営会社か管理の会社にクレームとか事故の報告が行って、この事件は終結してるか、ゲームの利用が事件の解明まで完全に停止してるはずだぁよ」


「そうなの?」


「当たり前だろ。人死にがもしかしたら出るかもしれねぇゲームなんて、使用禁止になって当たり前だ。少なくとも、事件が完全解明されるまではな」


「……一ヶ月も経ってるなら、それが無がっだっで事になる。つまり……死亡しても、ゲームの外には出れながっだってことだぁ……」


「ゲームの中で死んじまったら、マジで死ぬってことかよ……予想はしてたが……」


「う、うそ。冗談でしょ?」


「冗談じゃねェし、嘘でもねェよ。限りなくマジにありえることだ」


「……」


 これだけ説明し、重い雰囲気を出していると、流石に少しは置かれた状況が理解できたらしく、センリも俯いたまま黙ってしまった。


「そういや、お前はなんでここに残ったんだ?」


「そんな焦る事ないかって思ったから。いつか助けが来るだろうし、道具を拾ってお金を稼ぐのって結構面白かったもん。それに戦うのってあんまり好きじゃないし……」


「まぁ、結果的にそれが最良の手だっだってこどだなぁ」



 ある程度話す事も終わり、区切りがつくと夜をだいぶ回っていた。


「もうこんな時間だか」


「早かったような、遅かったような……今日は色々とあったからなぁー」


「センリ……さん? 今日はこれから、どうするだか?」


「そんなよそよそしく呼ばなくていいよ。センリでオッケー」


 先程の重苦しい空気はどこやら。そんな軽いノリでセンリが応える。


「うー、えっとねー……ひとまず、自分がいつもいる宿のほうに戻るよ。……あんたらはどうすんの? これから」


「オラ達だか? オラ達は明日準備を整えて、少しだけレベル上げやるかもしんねぇけど、準備が整ったら日本に行くだ」


「日本? 日本って近いの?」


「こごはムー大陸なんだぁよ。それもかなり西の方で、上の方に行げば港がある。そごから西ムー大洋を渡れば、日本にいけるだ」


「そんなに離れてたわけじゃなかったんだ……。でも―――どうやって海を渡るの?」


「うっ!!」


 センリの言葉に、短く声を発してぎくりとなる二人。

 そう、問題はそこだ。


「それは……まだ考えでねぇけんども。でも、とにかく日本に戻らねぇと。このままここにいても解決はしねぇだ」


「だな。センリの話を聞く限りじゃ」


「センリさん、アンダも一緒にこねぇだか?」


「う~ん……考えとく。でもあたし、戦闘全然ダメだよ?」


「別にいいだよ。戦うのはオラ達がやる。肝心なのは、人数が増えるがら、色んな事がでぎるようになるって事だぁ」


「ふぅん。戦うのには自信あるんだ?」


「まぁそこそご。自慢できるほどじゃないけんども、一通りは知ってるつもりだぁよ」


「へぇ」とそれに感心するように鼻で応えるセンリ。

「ま、とにかく明日からだね。あたしはそろそろ帰るわ」


扉から出て行こうとすると、センリは二人の方を向いて、言った。


「今日は……本当にごめん」


「別に気にしなくていいだよ。”なり”がこんなんだし、ゲームだし、あんまり抵抗はなかっただぁ」


 そうグンバが言うと、センリはくすっと笑って「じゃあね!」と、元気に言って部屋を出て行った。

 センリが部屋を出て行ったのを確認すると、部屋の中に二人の大きな溜息が響いた。


「しっかし……今日はえっらい目にあっただよホント。……今のHPは、18ぐらいだか」

「さてと、じゃあ俺達も寝とくか。なんか明日はすっげー疲れそうな気がするしよォ」


「同感だぁ」


 色々な事が始まり、起こった今日は、とんでもなく疲れる一日だった。

 だが、明日は今日以上に大変な事になりそうな気がして、二人は早々に、それぞれのベッドの中へと潜り込み、眠りに付いた。



 そして次の日、グンバはデアルガから思いがけない形で起こされることとなった。


「グンバ、起きろ。グンバ!」


「んん……なんだぁよ。もうチェックアウトの時間だか」


「ミッションが始まってやがるんだ! 起きろ!」


「へぇっ!?」


 まさかの単語がデアルガから飛び出し、思わず変な声を上げるグンバ。


「み、ミッション!? どういう事だぁ?」


「表示を見てみろ」


 グンバは慌ててベッドから這い出し、ウィンドウを開いて発生イベントの表示を見る。 するとそこには「昆虫族の襲来」というミッションが表示されていた。

 ”ミッション”とは、要するにイベントの事であり、大掛かりな事件が発生している事を示している。

 イベントは、クエスト、ミッション、チャプター、キャンペーン、ストーリーの順に

規模が大きなイベントとなっていく。


「これは……治安維持ミッションだぁ」


 今回のミッション「昆虫族の襲来」の内容は次のような感じだ。


 ―――蟻族が主に暮らす谷の町「ギラセル」。そこに昆虫族が攻め込んでくるようだ。 ―――あなたは蟻族の町を守るため、攻め込んでくる昆虫族と戦わなければならない。 ―――開始リミット:00:03:34:14/00:06:00:00

 ―――推定敵レベル:G++ 推定リーダーレベル:F- 推定ボスレベル:E-

 ―――褒章:???


 内容を見ると、町を守るイベントである事がわかる。

 こういったイベントを「治安維持ミッション」という。

 モンスターが攻め込んでくるまでの時間が表示され、その間に準備を行いつつ、現れる敵を迎え撃つ、というもので非常にオーソドックスなイベントの種類に入る。

 成功すれば町から褒賞をもらう事が出来るが、もし失敗すると町がモンスターたちに乗っ取られてしまい、奪い返すまで使用不可能になってしまう。

 この治安維持ミッション自体は、普通に人間の町でも起こるイベントだ。

 だが……まさかここでも起こるとは思わなかった。


「こ、こんなところでも起きるんだか?」


「みたいだな。タイムは……あと3時間ちょい。リーダーとボスの推定レベルも表示されてるって事は、そこそこの難易度だぜ」


 この治安維持ミッションでは、通常の雑魚敵が大量に出てくるものと、時間ごとに雑魚敵、リーダー、ボスの順に現れるものがあり、前者は難度が低く後者は高い。

 現れる敵のレベルが明らかに上がるためだ。

 また設けられている準備時間の長さでも、難易度を推し量る事ができる。

 1、2時間ほどで始まる強襲は、さほど数も敵のレベルもないが、戦力を集められるように長時間の猶予があるものは、大規模な攻撃が始まる前兆なので対抗できるように周辺の町々や、時には別の国からも戦力を集める必要が出てきたりする。


「さて、どうするよ?」


 デアルガがグンバに訊ねると、彼は大きく溜息を吐き、ドアへと手をかけた。


「ま、なるようにしかならないだよ」


 それを聞き、まるでその答えが来るのを知っていたかのようにデアルガは鼻で笑った。

「だな」


 きっと、今日も恐ろしく大変な出来事が待っているんだろう。

 諦めか、それともゲーマー特有のマゾっ気が遅れて発揮されてきたのか、二人は半笑いを浮かべながらドアを開き、部屋を出て行った。


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