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33:詰所にて(2)

 ラクォーツこと”ラク”は悪クラスのプレイヤーのボス格”ゲダム”と交渉を行なう為

”悪人街”と呼ばれる場所へやってきた。

 だが着いて早々、戦闘に巻き込まれてしまい、その後現れた掃除屋スイーパーなる三人組に、地下鉄の廃駅の一つらしい場所へと連れて行かれる。

 そこは悪人街の会合所であり、悪人街の有力プレイヤー達がひしめいていた。

 ラクはこれ幸いとゲダムを探すが、その場にそれらしい名前はなく、落胆する。

 そんな中、疑いの目をあるプレイヤーから向けられ、怪しまれたラクは成り行きから

「チーターとしての力を見せろ」と言われてしまう―――

(文字数:12083字)

 薄暗さの残る地下の廃駅。

 数十人ほどが椅子に乗って集まって居る中、その視線は一人の少年プレイヤーの方向へと集まっていた。

 ラクは黒色の服を纏う司祭姿のプレイヤーに呼ばれ、仕方なく立ち上がり、廃駅の中央へと出た。

 そして、全員の視線を受ける中―――そこで動作は止まった。


(ど、どっ……どうしろって言うんだよ……!!)


 当然ながら一般的なプレイヤーでしかないラクには、使えるチート・コマンドなど全くない。

 本来、チートというのは基本的には一般プレイヤーには使用できないようになっており、通常はユニオンデバイスへ接続する専用の機器やチップだとか、ゲームシステムへと影響を及ぼす為のコード・データなどを知っていなければならない。


「さぁ、どうしたのですか? ”スーパーチーター”殿?」


 ラクの動作が止まったのを見て、黒色のローブに身を包んだ神官姿のプレイヤーは僅かに口元を歪ませ、煽りの言葉を続けて口にする。

 まるでラクの焦りの心情を見透かしているかのようだった。


「何でも良いですよ。ひとつ、実力を証明できるようなものを見せてください」


「……」


 ラクはその言葉に、思わず苦い顔になってしまった。

 横目でちらりと発言者、もとい”チートを使う”という提案をした腹黒そうな神官プレイヤーを見る。

 そこには、余り見慣れないクラス名表示があった。


 ≪邪職者 『アズール・クレギス』 -Corrupt Cleric-『Azul Clegice』≫


「まさか―――”何も使えない”なんて事はないでしょうねぇ?」


 ”アズール”と名前の表示された黒色の神官は、眼鏡を揺らし、どこか愉快そうに口元を歪めて言った。


(ッ、この言い方は……!)


 ラクは彼の言い回しが、どこか確信的なものに基づいている様子である事を察した。

 傍から聞いた感じでは単に煽っているように取れるが―――それにしては、余りにも”露骨”すぎる。

 これは、彼が恐らくは何かしらの情報に基づいてこちらへと話を振ったのだ、とラクはここで確信した。


(もしかして、モグリだってバレたのか……?)


 一瞬、自分がここへとやってきた理由がバレてしまったのかと思ったが、それはどこか違うと感じた。

 もし―――ここへとやってきた理由がバレたなら、こんな回りくどい手は取る必要が無い。

 それこそもっと確実に自分を葬る行動を取るはずだ。

 例えば、この場で自分の正体を、本気で街に入りたいなどと思っている人間ではなく、外の人間に雇われてここへとやってきた犬のような奴である、とそのまま暴露するはず。

 では―――単純に疑われているだけなのだろうか?


(……それもちょっと違う感じだな……)


 それならば、逆にこの場で問い質すほどの事では無い筈だ。

 何せ自分は、レベルがこの場に居るプレイヤーたちの半分以下しかない。

 もし、何かしらの企みを持っていると察したとしても、どうとでもなる。

 となれば―――”全てではないが、ある程度の情報”を握りつつ、”不審な点”があったのでこの話を振ってきた、という辺りだろう。

 目的までバレてはいないが、自分の素性か、それとも何かしらの”妙な情報”を知ったから念を入れてこの話を提案してきた。それが一番妥当な線だろうか。


(とはいえ、疑われても仕方ないと言うか……)


 ラクは周囲に居る見た事のないクラス表示のプレイヤー達を見渡して思う。

 自分は真っ当なプレイヤーだ、と。

 メニュー画面にある、絶対に他のプレイヤーに無いコマンドを除けば、だが。


(……こんな場所に、本当は俺なんかが居るはず無いんだよ……)


 全員、誤算をしているのである。

 あのディバルという子は、自分が途中で倒されても問題はないだろう、と思っているはず。

 だが今、自分は死亡してしまうわけにはいかないのだ。復活システムが機能する保証がない以上、絶対に。

 そして目の前の”アズール”と名前の出ている神官も、勘違いをしている。

 今のこの状況は、どれだけ緊迫していようと”ゲーム内”での出来事であるのだから、こちらがそこまで必死にはならないだろうと考えているので、こうしてわかりやすい”カマ”をかけてきている。

 逃げられない状態で、脅すように問いただせば、弱音を吐いて屈するはずだ、と。

 それは普通なら正しい認識だ。どうせまずい事態になっても、死亡してリターンすればいいのだから、一般プレイヤーが自分のような状況に置かれたならば、後々に悪人街のプレイヤーから目を付けられるような面倒事は避ける。

 だから、この場でさっさとドロップアウトしてしまうだろう。

 通常ならば、そう言う風に選択肢を選ぶ。

 だが―――自分は”本当の意味”で逃げられず、死ぬわけにも行かない状態である。

 こんな事は、この場に居る誰もが想像していないに違いない。


(……使うか……?)


 自分が取るべき選択肢は―――というより取れるべき選択は2つしかない。

 一つは”あのコマンド”を使用して、ディバルから逃げ切った事を何とか誤魔化すこと。

 もしくは、使えないと言う事を正直に吐露して、何とか悪人街とディバル本人から逃げる事を考えるか、だ。


(……)


 その天秤のどちらが妥当であるか、と数瞬―――ラクは思案を巡らせた。

 だが、すぐにそれは無駄な事であるとの結論に至った。考えるまでも無いことだった。


(だ、ダメだ……どっちも―――危険すぎる!!)


 まず、キャラクターチェンジ・コマンドを使用するのは、言うまでも無く危険な事だ。

 あのクラス内での少数にバレた時とは、話がまるで違う。

 ただでさえ他のプレイヤーに見られるのがまずいというのに、今日出会ったばかりの不特定多数に、しかもまるで信用のならない悪クラスのプレイヤー達の前で使うのだから、その危険度は前とは比較にならないほど高く、どんな影響が後々起こってくるか、全く予想がつかない。

 しかし―――かと言って逃げる選択肢を選ぶのは、それもそれで危険だ。


(……とてもタダで済むとは思えない……)


 例えるなら、有名なプロ野球の選手にバットの素振りだとか、ボールを一度投げてみて欲しいと頼んで、終始一貫して”やらない”と拒否していたら、誰もが不審がるはずだ。

 怪我をしてるのか、それとも疲れるからやりたくないのか。

 理由があればそれに納得もするだろうが、それすらも話さなければ「出来ないのではないか?」と疑う者も出てくるだろう。

 チートコマンドなどは、予め用意してあれば一瞬で使用できる為、事態はより深刻になる。

 元々チーターは見せびらかすのが好きな人間ばかりであるから、尚更怪しまれる。拒否すればまず、一発で”できない”とバレてしまうだろう。

 こんな悪党の巣の中心部で、自分が潜入者であると露見してしまったら―――どうなる事か。

 ガンテスが言っていた言葉が、ラクの脳裏に浮かぶ。


『わかった瞬間頭カチ割りゃいい。それだけの話だ』


 台詞が脳内で再生されると同時に、背筋に例え様の無い寒気が走った。

 要するに―――”騙していた”という事になるのだ。

 血の気の多そうな悪人街のプレイヤーが、大人しく自分が出て行く事を許すはずが無い。

 言ったら行なわれるだろう”粛清絵図”を想像し、思わずラクは唾を飲み込んだ。


(だ、ダメだ……”何もできない”とは、とても言えない!!)


「おやおや、黙り込んでしまいましたねぇ。どうか致しましたか?」


 アズールはそんな様子のラクを見て、口元をやや吊り上げたまま訊ねた。

 どこか性悪そうな感じが滲んでいるその様子からすると、きっとこれから何が起こるのか、という事すらも予め予想し切っているのだろう。

 ラクは搾り出すようにアズールに応えた。


「……ちょっ、ちょっと、時間をくれないか」


「お時間をですか? はてさて、一体どうしてです? コードを起動するなど、一瞬でしょう」


「いや、ちょっと重大な決断だからさぁ」


「ははは、何が重大なのですか。ただ自分が知っているコードの一つを発動させるだけではありませんか。躊躇う事など何もありませんよ? ここ横浜の悪人街は、チーターがコードを実行させても良いよう、所々にイリーガル・コード補助エリアがありますし、今我々がいるこの場所でも、ファシテイトに影響強度の高いチートは問題なく使用できます」


(くそう、絶対にわかって言ってやがるな……!)


「なんなら……”全ステータス最強化”でも使用して、我々を瞬殺して頂いても構いませんよ? ま……後でどうなるかは保証しかねますがね」


(そんな事、出来たとしても絶対やらないっての……)


 ここ悪人街には、チートを使用して来る破目になる人間もいるが(今まさにその状態だが)、かといってここで無法を働きまくって無事に済む、という事は無い。

 単純に悪クラスのプレイヤーが居て、違法な事を行ないやすくなっていると言うだけで、プレイヤーが居て、そのプレイヤー達に被害が及ぶ事をやれば報復されるのは同じ事だ。

 ただ―――当然だが、ここでやれば”表の世界”以上の恐ろしい恨みを買うことは間違いない。


(しかし……どうする……?)


 どちらを選んでも危険な事には変わり無い。

 ならば、どうするか―――


━━━━………・・・………━━━━………・・・………━━━━


「……わかった。やるよ。やってやる」


 2、3分ほど経って、ラクが搾り出すように言ったその言葉に、アズールがやや眉を上げた。

 そして、意外な返答だと言わんばかりに表情を僅かに崩した。


「ほう。やってくれますか、それでは……」


「やるけど、条件がある。それでもいいか?」


「?、条件、ですか……?」


「ああ。これから使うチート・コマンドは、普通のとは違ってかなり特殊なコマンドだから、なるべく誰にも見られなくないんだ。だから……この場から人を減らして欲しい」


 その言葉に、その場に居たプレイヤーの何人かが、明らかな不満の声を漏らす。


「なにぃ……?」


「おい、てめぇ何様のつもりだ? 新入りのクセによぉ」


「下手すると、見ただけのプレイヤーにも危険が及ぶ可能性があるんだよ。一応、あんた達の事を考えて言ってるんだ」


 怒るのも無理は無い。代表者たちが集まっている場で、いきなり顔も良く知らないプレイヤーが「下っ端は出て行け」と言うのだから。

 だが、これはラクが考えた末に出した結論だった。


(やるしかない……)


 どうやっても逃げ出したり、何もしないで誤魔化す事は不可能だ。

 だからコマンドを使って見せるしかない。だが―――流石に今のままで使うのはダメだ。

 漏れる事が防止できるとはとても思えないが、命が掛かっているかもしれない以上、やれるだけの事は全てやらなくてはならない。


(無駄な足掻きかもしれないけど……せめて、使うならなるべく人を減らしてからにしないと……)


ラクの言葉に、アズールは思案をしていたのか、しばらく黙っていた。

だが、やがて眼鏡の位置を中指で直すような動作の後に、全員へと言った。


「フム……各ギルドの方々、ここからメンバーを可能な限り退去させていただけますか」


「おい! こんな野郎の言う事を……」


「わかったよ」


 血の気の多そうな数人に混じって、シエラやガンテス達が肯定の返事を返した。


「面白いんじゃねぇか? なんか含みがある感じでよ。こういう”物の弾みで~”って感じは大好きだぜ」


 そして続くように他のマスターらしいプレイヤー達にも提案は受け入れられ、意外にあっさりと指示を出し始めた。

 各ギルドの代表者は、メンバー達に戻るように伝え、その場からどんどんプレイヤーが減っていく。


「サイモン、アンタは残りな」


「えっ、い、いいんですかい!?」


「元々、アタシらは人数少ないしねぇ。アンタぐらいは居てもいいでしょ」


「あ……ありがとうございやすッ!」


 やがて―――廃駅のような会議の場所には、各ギルドの代表者らしいプレイヤー達と、その腹心か右腕か、はたまた使い走りとして使いやすいのか、数えられる程度の者だけが残った。

 人数を確認し、付近に隠れて居る人間も存在しない事をレーダーで見ると、アズールは再びラクへ言った。


「さて、これぐらいでよいでしょう。では……見せていただきましょうか。その”特別なチート・コマンド”とやらを」


 ラクは大きく深呼吸をし、周りを見た。

 残っているのは、どれもかなりの実力者のように見えた。

 一番低いものでもレベル50後半で、60に到達している者もちらほら居る。

 そして―――どのプレイヤーも、少なからず凶悪そうな部分を備えているように思えた。


(……15人ぐらい、か? これなら大丈夫かな……多分)


 今は悪人街のギルドマスターや、その右腕達だけが残っている。

 これなら簡単には情報は漏れない……はずだ。


(いや、大丈夫なんて物はないか。何をどう言い繕っても……”賭け”だ。これは紛れも無く)


「さぁ、やって見せていただきたい。あなたの能力を証明するために、ね」


「本当にいいんだな? 何が起きても俺は知らないし、情報が漏れたならあんた達の安全は……」


「何が起きても私が責任を持ちましょう」


「……」


「これでいいですかね?」


 人を減らして、更に確認を取る―――という流れの最後の手順だったが、意外と簡単に言質が取れてしまった。

 それだけこちらを見くびっているのか、それとも”出来るはずが無い”という確信があるのか。

 これならば―――いいだろう。使っても。


(……いくか……!!)


 ラクはメニューを開き、ゆっくりと『CHARACTER CHANGE』のコマンドを選択した。

 そして実行されると共に、システムメッセージが周囲に鳴り響いた。


『存在原核を変更します―――キャラクター・チェンジ!』


 機械的なシステム音声が響き渡ると同時に、青色の光の膜がラクを包み込んでいく。

 そして、それが一定の光量を超えた時―――弾けて閃光が、廃駅の全てを覆った。


「うっ……!?」


「な、なんだ……?」


「攻撃は……しないで欲しいだよ」


 やがて光が収まり、周囲に廃駅独特の仄暗い闇が戻ってくると、

 中央部に居た”ラクォーツ”というプレイヤーの姿は無かった。

 代わりに居た一体の”モンスター”の姿を見て、数人が反射的に武器を構えた。


「なっ……!? お、オーク!?」


「ちっ、違う! オラは……!」


 ギルドマスターの腹心らしいプレイヤー達が慌てて飛び退き、攻撃を仕掛けようとする。

 だがアズールが手を高く掲げ、攻撃を制止させた。


「待ちなさい。攻撃する必要はありません。あれは先ほどの彼ですよ。外見が変わっただけです。あれはテクスチャを張替えただけのハッタリですよ」


 アズールが冷静に言い放つと、武器を構えていたプレイヤーは対象をよく確認した。

 そして、グンバが声を掛けて応えると、武器を下ろした。


「どっ、どうもだぁ~……」


「マジかよ……!?」


 武器が降ろされると、それを待っていたかのように、シエラがアズールの意見に異を唱えた。


「……いんゃ、違うねこれは。テクスチャを張り替えただけじゃない」


「違う? 何が違うと言うのですか?」


「レーダー、よく見てみなよ」


 シエラが言うと他のプレイヤー達もレーダーシステムを改めて確認した。

 すると―――何人かが驚愕の声を上げた。


「赤い……”赤”、だって!?」


「何……!?」


「緑じゃねぇぞコイツ。なんで赤く表示されてやがる?」


「システムがコイツをモンスターとして扱ってる。って事はさぁ……コイツ、外見が変わってるだけじゃないんじゃないの?」


「じゃあ中身もモンスターに成り代わってるって事なのか……?」


 静まっていたプレイヤー達が次々にざわめき始め、周囲に動揺が走っていく。


「つまりキャラデータ自体を変えたって事なのか?」


「こんなチートあんのか? 見た事ねぇぞ」


「それは―――ただのチートじゃねぇぜ~」


 一つの声が、廃駅のざわめく空気を切り裂いた。

 その場に居た人間が、声の主の方を見ると、そこには赤外線暗視装置ノクトビジョンゴーグルを顔につけた、奇妙な格好のプレイヤーが居た。

 目に短い双眼鏡がついているような姿で、”偵察役の傭兵”とでも言う感じだ。


「シーカー、お前でもわからないってのか?」


「あぁ……ぉ、俺ぁ、いくつものチートを見てきたぁ~……はぁぁ~……俺の貫通眼ブリューナク・アイは、どんなプログラムでも見破れる。どんなチートでもなぁ~~」


 ”シーカー”と呼ばれた傭兵姿の男は、どこか狂言めいた言い回しで応える。

 頭をガクガク震わせながら、麻薬中毒者か何かを思わせるような動作をしていた。


「だがよぉ~~……―――それはッ! それは、わからねぇ!! なんなんだそら!? お、お、俺に……わからねぇチートがあるってのかよぉ~~ッ!!」


 突然、発狂するような叫びと共に、シーカーは頭を近くにあった柱にぶつけ始めた。

 どうやらかなりのショックを受けたようだった。

 元々頭が”イっている”プレイヤーであっただけなのかもしれなかったが。


「おい、そいつ早く止めろ! また”アレ”乱射しはじめるぞ」


 ガンテスがうんざりした様子で”シーカー”と呼ばれた傭兵の近くに居るプレイヤー達へ言った。

 だがガンテスの言葉に、彼らは気だるそうな感じに応える。


「ああ~ン? 命令してんじゃねぇぞ、人殺し共がよぉ」


「あんだとぉ……!?」


 やる気の無い受け答えを挑発と取ったのか、眉間に皺が寄ったガンテスから、怒りの声が漏れた。

 そしてガンテスが席を立った。


「てめェ、もうイッペン言ってみろや。喧嘩売ってるんなら買ってやるからよ」


「売ってきてるのはお前じゃねぇのか? はん、いいぜこっちもよ。丁度バトりたい気分だったしよ」


 数人が威勢の張った声と共に立ち上がり、武器を抜く。

 それを見て笑顔になった盗賊ギルドの女マスターは


「あはっ! いい感じだね~」


 愉しんでいる声を上げていた。

 そしてグンバの方を指差して、サイモンへ言う。


「サイモン、丁度いいからアンタもアイツと戦ってきな」


「えっ、オリが……すか!?」


「面白いじゃん。プレイヤー操作のオークと戦えるなんてさ」


「……了解しましたわ」


 サイモンは一瞬、考えるような素振りを見せたが、すぐに彼も口元を歪めると、ラクの方を見て了解の返事を言った。

 ”これで思う存分、攻撃を行える”とでも言いたそうな表情だ。


「いぃっ!? ちょっ、ちょっと待っ……」


「受け取りな!」


「えっ?」


 シエラが投げた細長い筒状のものを、グンバはキャッチした。

 受け取ったものはガラスの試験管らしいアイテムで、中には緑色の薬品が充満していた。


「もしかして……ポーションだか?」


「アンタは回復しな。レベル差がこれだけあるんだから、そんなHPじゃあ、面白くないだろう?」


 どうやら、これから本格的に戦わなくてはならないようだった。

 慌ててグンバはポーションを飲み干し、体力を回復させた。

 HPが100%になると同時に、怒声が響き渡り、ガンテスが居た辺りから、喧嘩なのか決闘なのかわからない戦闘が始まった。

 体力が満タンになったのを見計らうと、サイモンが椅子から身を躍らせて前へと出た。


「面白ぇ~……なんか気にくわねぇからよう、一回ぶっ殺してやりたかったぜ」


「……な、なぁ、止めないだか? 離れでるけど、下手するどガンテスの攻撃が、ごっちにも届ぎそうな……」


「知るかよッ! 行くぞオラッ!!」


(う……ウソだろう―――ッ!?)


━━━━………・・・………━━━━………・・・………━━━━


『盗賊大車輪!!』


「どわッ!」


 いきなりサイモンは独楽のように回転しつつ、飛び込んできた。

 グンバはそれを横に飛び退いて回避し、駅のホームから転がり落ちるように降りた。

 慌ててサイモンが飛び込んでいった方向を見ると、グンバが居た場所の、丁度背後に置いてあった自販機が、滅多切りにされていた。


(回転しながら切り裂いたのか……!? な、なんて威力だぁ……!!)


 まるで大型のミキサーか何かが衝突したかのように、自販機は歪に引き裂かれた形状となっている。”ズタズタ”にされている、としか形容の出来ない状態だ。

 あんなものを受けたら、一撃で即死させられていただろう。


「ちっ……避けやがったか」


 サイモンは、自販機にめり込んでいた身体を無理矢理引き抜き、身体を犬のように震わせた。

 すると身体にめり込んでいただろう鉄の破片が周囲に散った。


(か、片手だってのに、ごんな技使えるのが……!)


 サイモンは前のエクスクモとの戦闘で腕を切り落とされてしまったため、今、右腕が無い。だから戦闘力はかなり落ちているはずだ。

 それでも、まだこんな攻撃を使用できるのだから、恐るべき戦闘力である。

 流石”準上級クラス”と言うべきか。


「ちょっ、ちょっと待っだぁっ!!」


「あン? なんだ?」


「や、止めないだか? こんな事やっても無意味だっで! 第一、武器がオラには今、ひとつしか……」


「そんな事は関係ねぇっつうの。おみぃがそんな状況になったのは、おみぃの責任だろ」


「なっ……! こ、これは、お前がオラから物を盗ったからじゃないかど!」


「盗られた方が間抜けなのさ。ここは”悪人街”なんだぜぇ?」


 サイモンはにやけながらそう言い放った。

 もはや勝ちを確信しているのか、勝ち誇っているかのように余裕を振りまいていた。

 その様子を見て、グンバは何故か無性に腹が立ってきた。


(悪クラスの奴等は、自分勝手なんだろうっでのはわかるんだけんども……流石に我慢の限界が来た気がするだ……!)


 グンバは自分のアイテム欄にある、ただ一つだけ残っている武器を見た。

 そして、これを使って戦うべきか、それとも別の手を探るべきかを考えた。


(……相手は準上級クラス、でも右腕が無い。HPも3割ちょっとぐらい……他の奴等と戦う必要は……無い筈)


 グンバは戦いを見物しているシエラへと向かって訊ねた。


「シエラ……さんだか。一つ聞きたいだ」


「へぇ~、オークってそんな話し方になるんだ? 田舎者って感じなんだねぇ」


 天真爛漫そうに、感情が窺いにくい細目を揺らして、シエラは言う。

 戦闘中だが、それを見てサイモンの動きは止まった。

 シエラと話をするのは許してくれるようだった。

 単純に邪魔をするとまずいからなのかもしれない。


「で、何だい? 聞きたい事ってさ」


「アイツを倒せたら、合格って事でいいだか? 正直、オラはもう戦いたくないんだぁよ。さっさとワールドアウトして、帰りたいだぁ……」


 グンバのその言葉に、サイモンが憤慨の声を上げる。

 対するようにシエラは感嘆の声を漏らした。


「へぇ、倒せるつもりなんだ?」


「……倒すだッ!! 今、ちょっと”とある事情”から、オラは死ぬわけに行かないだから……!」


 グンバの決意の声を聞いて気を良くしたのか、シエラは「おし!」と元気よく言うと、続けて言った。


「いいよ! サイモンの奴に勝てたら、今日は終わりで」


「ホントだか? 後でまた反故にされたりは……」


「そんな事しないさ。事実、合格みたいなもんだよ。そんなのが使えてる時点でさ。この対戦も、単にあたしのきまぐれみたいなもん。だからアイツに勝てたら、終わりでいいよ。このあたしが保証してあげる」


「そんなら……」


 グンバは、深呼吸をしてからサイモンへと向き直った。

 その目は、もう逃げる事は微塵も考えていない。

 強い闘志の光を宿した”本当のゲーマー”の目になっていた。

 サイモンは余裕の表情を崩さないまま、それに対するかのように言う。


「なんだぁ? オリに勝つつもりだってのか? まさか」


「……ああ、そのつもりだぁ!」


「片手だから勝てる? アーティファクトとやらを持ってるから勝てる? それとも……HPがヒーリングにちょいと入ってたとはいえ、3割ぐらいしかねぇから勝てる? ハッ、冗談じゃねぇぜ。オリが……こんな野郎に、遅れを取るわけがねぇ!」


 そして片手でナイフを構えるが―――突然、グンバから何かが投げられた。

 青色の、手首から肘よりは僅かに短い程度のサイズの物体だ。


「ん?」


 サイモンは反射的にナイフを咥え、それを取った。

 そして、投げられたものが”何か”を知って驚愕した。


「なっ……!? こ、こりゃあ……!」


「”それ”をやるだ。だから……オラから盗ったもんを、全部返して貰うだ!」


 サイモンが持っていたのは、ただ一つグンバに残っていたアイテム。

 アーティファクト装備の『★アクア・サーバ・セイバー』だった。

 余りにも理解不能な行動に、サイモンは動揺して訊ねた。


「なっ、なんでこれを……!? てめぇの最後の武器……」


「聞いてるのは、返すのか返さないのかだぁ。これは”取引”なんだから」


「ぐっ……」


「さぁ、どっちなんだぁ!?」


 サイモンにはこの行動の意味が全くわからなかった。

 最後の武器であり、自分に勝つための唯一の可能性であるはずのものを、どうしてこうやって投げ渡してくるのか。

 どう見ても、自殺行為にしか見えない。

 ”サイモンの側”から見た場合、であったのだが。


(なんでだ……!? 一体なんで……? 意味がわからねぇ)


(ヤツに勝つには……これしかないだ……!!)


 全て読めているわけではなかったが、これは計算づくの行動であった。

 無論―――グンバは自殺するためだとか、無意味に余裕を見せる為に虎の子の装備を投げ渡したわけではない。

 この行動には、ちゃんと意味があった。


「……ッ!」


 ★装備を手にとってすぐ、サイモンは自分がどう行動をするのか、というのをシエラが見ている事に気付いた。

 戦闘をよく見るためなのか、彼女は、いつの間にか廃駅の高所にある看板に腰掛けている。

 サイモンは、それを見てやや思考を巡らせた。

 これをそのまま返すか、それとも要求に乗るべきか、約束など無視をして一気に倒すか。

 それを見て、グンバは言う。


「ま、これもオラの”責任”ってヤツの一つだから、無視されてもしょうがないだな。でんも……」


 離れた位置で戦闘を繰り広げているガンテスを横目で見ながら、グンバは続けて煽るように言った。


「レベルが58と24で、倍以上の差があるってだのに、それでも念を入れてアイテム一つも持ってない丸腰の相手に、本気で攻撃するのもまぁ、しょうがないだなぁ」


 一見すると余裕とも取れる態度で煽ると、段々とサイモンから逆に余裕が無くなっていく。

 表情は強張り、いらついている精神状態が見る見るうちに浮き彫りになっていった。

 これもグンバの作戦の一つだった。


「これも悪人街の掟ってヤツだか? 獅子はウサギを倒すのにも何とか、みたいな……」


 今、こうして戦っている状況を考えると―――こうやれば、かなりの確率で道具を取り返せる。

 そう踏んでいたからこそ、こうして煽っていた。

 何故なら、この戦闘が”ギルドマスターの見ている前”で行なわれているからだ。

 悩んでいるサイモンを見て、グンバは策が上手く通った事を確信した。


「……」


(どうだぁ……?)


 あのギルドマスター『シエラ』は、グンバの見た感じでは、何よりも”面白い事”を最優先する性格であると感じた。

 勝つ事ではなく楽しむ事。そしてそのための手段ならば、何を用いても構わない。

 そんな感じの傍若無人とした雰囲気を纏ったプレイヤーだ。

 マキャベリスト的な、どんな手を使ってでもいいという自由奔放な考え方の持ち主であるが、逆を言えば、それは自分以外の事なら「フェアな対決を好む」とも言えるのだ。

 なるべく面白くなるように、なるべく長引くように、とすれば―――自然と似たような力量のカードを思い描く。

 だからグンバが取ったような行動に対しては、少なくとも”返す”か”申し出自体を受けない”という選択を好むだろう。

 それは、彼女の下で行動しているサイモンにもよくわかっているはずだ。

 だからこそ、ほぼ確実に―――奪ったアイテムの方を返す選択肢を取る。

 無視できない取引で、そして圧倒的な力の差があるのだから、なるべく実利を取る。

 それが当然の事だからだ。


「……ほらよ」


 サイモンがやや眉を額に寄せ、納得が行かない表情のまま、袋を投げた。

 アイテムの塊を示す『道具袋オブジェクト』だ。

 長い間データとしての形を保って居れず、一定時間経つと中身が周囲に撒き散らされるデータ形式なのだが、プレイヤー間の受け渡しだとかモンスターが大量のアイテムをドロップした場合にわかりやすい形状になるため、採用されている表示形式である。

 グンバはそれを受け取り、すぐさま自分の道具袋へと格納。

 そして中身を確認した。


「なんつーか、拍子抜けだな。奪い取る必要もなくなるってのはよう」


(えーっと……)


 呆れたのか、溜息混じりにサイモンが声を投げかけるが、グンバはそれに全く耳を貸さずに放られた道具が全てであるか確認した。


「ん? ……ポールがないだ」


「……チッ、よく見てやがるな」


 一つだけ無いものがあるのを確認し、全てを返して貰うように再度手を出した。

 すると渋々、サイモンは一つ残っていた”ブリンク・ポール”を投げ渡した。


(よし!)


 全てのアイテムが返却されると、グンバは急いでアイテムのセットアップを完了させ、サイモンの方へと向き直った。

 これで―――全ての戦闘準備が整った。

 サイモンは早速、投げられたアクア・サーバ・セイバーを抜き、それに感嘆の声を漏らした。

 だが、すぐにグンバへと視線を移すと、ゆらめく水の剣を構えて言った。


「フゥ……これでいいか? もう、容赦はいらねぇよなぁ?」


「……ああ。もう終わりだぁ」


「全く、無駄な事をしやがるもんだぜ。これから全部また盗まれるっつーのによ」


 苛ついているのだろう、どことなく怒気を孕んだ声でサイモンは言う。


「ブタ野郎が……ぶっ殺してやるぜ」


「……!」


「今度は全部盗んで、”本当の意味”で丸裸にしてやらぁ!!」


 サイモンは、手に水の大型ナイフを構え、矢のようにグンバへと駆け出した。

 グンバも対抗して武器を構えた。

 今まで使っていた、何の変哲も無いナイフを。


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VS BOSS

≪練達盗賊 『サイモン・リタナー』 -HIGH ROGUE-『Simon Retener』≫


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