32:詰所にて
悪クラスのプレイヤーのボス格”ゲダム”と交渉の為、”悪人街”と呼ばれる場所へやってきたラクォーツこと”ラク”だったが、賞金稼ぎの追手に捕まり、瀕死の状態へと追い込まれてしまう。
その場に現れた悪人街の「掃除屋」と呼ばれるプレイヤー達によって追手は退けられ、ラクは辛くも危機から逃れられたが、それだけでは終わらず、ラクはそのまま”街の一員”となる為に、悪人街の”詰所”なる場所へと連れて行かれる事となってしまった―――
(文字数:16037)
一人の男性が、平原の道を歩いていた。
落ち着いた赤色の髪を携えており、それは短髪より僅かに伸びて片目を隠している。
肩には、大きな赤銅色のアーマーが備えられている。
だが、そのアーマー・プレート部分は肩の中心部、丁度、肩甲骨の部分から生えるように出ていた。
彼の名はネリアル。レクレフの元から”2通”の書状を手にし、他のWMの元へと伝達を行なう為、ある場所へとやってきている”使徒”の一人である。
「さて……もうそろそろ見えてくるはず、ですが」
彼の歩いている場所は、奇妙な地面が広がっていた。
一見すると平原に、普通の道がまっすぐに伸びて居るだけなのだが、地面に草木は一つも生えていない。
緑色で地面から生えており、草のように見えるものがある事はあるのだが、その全ては”緑色に着色された縄のようなもの”だった。
生えている花や樹木にも、よく見ると表面に”光沢”があり、全て作り物である事がわかる。
大地にも、純粋な土らしいものは一欠けらも無く、地面を模した絵が描かれているだけであった。
全てが―――人工物。その大地は、そんな異様な光景の広がる場所だった。
「……ん?」
ネリアルが歩いていると、前方の道から何か輪のようなものが転がってきた。
それは一つではなくいくつもあり、単純に車輪のような形をしたものもあれば、四角く、鈍色をした鉱物の塊のように見えるものもあった。
やがて、それはいくつもネリアルの周囲を回り始めて行く。
「なんですか、これは」
その回転するものの数はどんどん増えていき、やがてそれらが一定数以上になると、ネリアルの前方へと集まって、より固まるように一つへとなり始めた。
「合体……! 防衛用のドロイドですかね」
やがて前方に固まって、2メートルほどの高さとなった”それ”は、どこか馬に似た人の姿となっていた。
”ケンタウロス”というよりは”馬頭のミノタウロス”と言う形だろうか。
だが、そんな空想上のモンスターと違うのは、その身体は金属類で出来ているという事だった。
「これ以上お先へ進む事はできません お引取りをでなければ攻撃します」
ドロイドは完全に一つになり、身体が完成されると、ネリアルへと警告を発した。
どうやら、予想通り防衛用のマシンであるようだった。
ネリアルはこれ幸いと、自分の用件を伝える。
「丁度良かった。ワールドマスター『フレイ』様にご用件があります。お伝えいただきたい事が……」
「早くお引取りを でなければ強制的に排除します」
「いえ、そうではなくて……あのですね。私はちゃんと正規の御用がありまして」
ネリアルはこのまま手紙を渡そうかと思ったが、直接手渡さなければならない為、なんとか話を聞いてもらおうと声を掛ける。
だが馬頭のドロイドは、何度呼びかけても話を聞こうとはしない。
「早くお引取りを でなければ強制的に排除します」
「……弱りましたねぇ。戦闘になってしまうといけませんし」
警告を無視して先へ進むのも何か違う気がして、ネリアルの足は止まった。
目の前のドロイドは、何度も機械的に警告を発し続けている。
(とはいえ、ここまで来て引き返すわけにも……う~ん……)
「―――」
「……ん?」
ネリアルが考え込んでいると、突然、警告が止まった。
そして次に、目の前のドロイドは言った。
「撤退の意思なしとみなします あなたを―――排除します」
言うと同時に、機械の馬人の片腕から赤色の光の帯のようなものが突出した。
液体が噴出しているようにも見えるが、それはどこか固形化した感じのもので、細長く収束していた。
「ふむぅ……いきなり”エナジー・エストック”ですか」
横薙ぎに光の剣が薙ぎ払われると、その風圧だけで地面が切断された。
高熱の剣であるらしく、切断面は真っ赤に染まり、その口を開いていた。
「容赦というものがありませんねぇ」
ネリアルの目が気だるそうなものから、どこか獰猛な光を湛えたものに変わる。
その間にも、馬頭のドロイドは腕を引き、狙いをつけていた。
そして、離れた位置に居るネリアルへと切っ先を向けて、言い放った。
「『レイルピアサー』」
ドロイドが剣を離れた場所から鋭い動きで前へと突き出すと、剣の先より光の槍が伸びたように見えた。
そして矢のように”それ”が飛ばされ、ネリアルへと迫ったが、彼はそれを見切り、寸前で避けた。
「……ッ!」
まさに一瞬だけ光の槍が伸びてきたような一撃。
恐ろしい威力を孕んだ刺突攻撃だった。
光の槍の先端は、恐ろしく高温で、命中した部分は黒く焦げており、その周囲のものすらもじりじりと焼いていた。
攻撃は顔のすぐ横を通っていたが、ネリアルは”まるで意にも介さない”といった体で、表情一つ崩さず、これからどうするのかを思案していた。
「ではこちらも……少しばかり、応戦させてもらいますかね」
今度は、馬頭のドロイドは剣を構えて飛び上がり、ネリアルへと光剣を振り降ろした。
だが彼は―――それを”素手”で掴んだ。
「……!?」
”エナジー・エストック”と呼ばれるその剣は、正確には光の剣ではなく、”気力源子を硬質化させたもの”で、つまりは、ひどく純粋なエネルギーを固められて作られたものである。
だから物質的な硬度を一応は持っており、理屈の上では掴む事や弾き飛ばす事は可能ではある。
だが―――”超高熱”でもあるそれを、素手で掴むなど、到底信じられない事だった。
機械の相手にすら一瞬、動揺が走るほどに、理解しがたい光景だった。
「どうかしましたか? 手が止まっているようですが」
挑発するかのようなネリアルの言葉で、ふと我に返るかのようにドロイドは再び攻撃を開始した。
エナジー・エストックをすぐさまネリアルの腕から引き剥がし、そのまま頭上で振り回して、勢いをつけて再びネリアルへと振り抜いた。
だが、ネリアルはまたも生身の身体で―――腕を使って、エストックによる攻撃を受け流した。
「!」
エストックの攻撃は大振りの一撃であったために、一瞬、馬型の機械の動きがよろける。
それを、ネリアルは見逃さなかった。
「そこですッ!」
掛け声と共に、ネリアルが蹴りをドロイドの腹部へと食い込ませる。
鎧に覆われた彼の足と、金属の機械の身体が激しくぶつかり、鈍い金属音を響かせた。
両者は互いの硬さと威力によって弾き飛ばされ、距離が離れるが、ネリアルは攻撃を止めない。
僅かに息を吸い込むと、高らかに言い放った。
「『八焔輪!』」
言うと同時に、ネリアルの身体から溶け出すように8つの光球が現れた。
それは彼の身体を回転するように周回を初めていく。
「それでは……行きますよッ!!」
周囲に8つの光球を纏ったまま、ネリアルは一気にドロイドへと突っ込んだ。
そして、至近距離から拳による高速の連打を放った。
「でぇやああああああああッ!!」
単純に連打の早さも高速そのものであったが、それに光球による攻撃も加わり、手数が恐ろしいものとなっていた。
まさに”嵐”と呼ぶ他無い攻撃だった。
「ギッ―――ガッ……!」
その攻撃に―――5秒経つか経たないかと言う所で、馬頭のドロイドは持ち堪えられなくなり、姿勢を崩して膝から崩れ落ちた。
そこを見逃さず、ネリアルは自分の右手をドロイドの腹部へと押し当てた。
同時に彼は右前腕部を左手で掴み、しっかりと右腕を固定して言った。
「『爆殺』」
右腕の血管に赤銅色の光が走り、手へと集まっていく。
そしてそれが一定量まで滞留した後―――大爆発が起こった。
―――バグォォン!!
丁度、ネリアルが掌を当てていた部分からだった。
爆発が起きたのは”ドロイドの内部”からで、送り込まれたエネルギーが、まるで限界まで膨らんだ風船を弾けさせるかのように、ドロイドを木っ端微塵に打ち砕いたのだった。
■
「ガ……ガ、ガ……」
「さて、どうしますかねぇ……これは」
ネリアルは戦闘終了後、火花が断面からまだ漏れている首を拾い上げた。
そして、これからどうするかを考えた。
「ガ……あな、た……排除……」
「だから……違うんですって。戦うつもりなんて無いんですよ、本当に」
目を閉じて眉間に皺を寄せ、うんざりした風にネリアルは言った。
「……こんな事をやっちゃいましたけど……」
弁解しているような、それとも先程の好戦的な自分の行動を嫌悪しているかのような、複雑そうな表情だった。
そして彼が次の行動に迷っていると、突如、声が掛けられた。
「何をしている」
機械的ではない、人の声だった。
それが耳に入り、ネリアルは表情を明るくして顔を上げた。
どうやら、ちゃんとした防衛者かこの辺りの守備の担当者か。
とにかく普通の人が来てくれたようである。
「おおー……やっと話のわかる人―――が……っ!?」
だがネリアルの顔は、声の主の方向を見て、すぐさま固まった。
ネリアルが向いた方向に居たのは、女性だった。
明るいブルーの短髪に、それに反するように長く伸びて居る三つ編みがついており、特徴的な髪型をしている。
頭には何故か歯車がくっついており、それが時間毎に僅かに回転を行っていた。
そして片眼鏡をつけており、一見すると知的な女性と言う感じだ。
それだけなら、ただただ美しい女性が現れただけだと言えよう。
「そのアムド・ライト……もしや”灯銅の種族”か?」
すらりとした前足、真っ白な腕。そしてやや肉感的なふともも。
無駄な贅肉の一切見えない二の腕は陶器のように白く、胸には張りのある二つの球状部分が御座しており、まるで一種の美術品のようにも見えた。
だが、それらを隠すものが殆ど無い。
どう見ても彼女は―――”ほぼ全裸”という状態だったのだ。
「私は”ファルネイト”。”ここ”の管理を任されている者だ」
正確には全裸というわけではなく、極々薄い布を羽織ってはいる。
だがそれは薄すぎて、近くで見ると身体の部分が殆ど丸見えになってしまうようなものだ。
それは”ネグリジェ”と呼ばれる、本来は就寝時に用いる布状の服だった。
「は……はは……ははは……」
ネリアルから、妙な笑いが思わず漏れた。
何故なのかは本人にもわからなかった。
余りにも場違いすぎる格好が、滑稽で仕方なかったからなのかもしれない。
”ファルネイト”と名乗った歯車が頭についている女性は、腕組みをして、ネリアルへ訊ねた。
「貴公に訊ねたい。用件は何だ? 恐らくは伝令か何かであろうが」
ネリアルは一瞬、話していいものかと躊躇った。
だが、どちらにせよこの場面では、話さなくては先に進めないと判断し、気が進まないながらも、彼は話し始めた。
「実はですねぇ……」
そして用件の全てを話すと、ファルネイトは彼をある場所へと案内し始めた。
「それならば、着いて来るがいい」
内部を進んでいくと、やがて扉が草原の只中に現れた。
そこを潜ると―――風景が一変した。
殆ど無音であった場所から、轟音が鳴り響く場所へと。
そして緑や明るい光は露と消え失せ、一瞬して鈍色が世界に満ちた。
「ここからは、なるべく私の歩いた場所から逸れないように。”落ちた”ら貴公でも生命の保証はしかねる」
「……気をつけます」
ネリアルは大きめの階段の最上段に立っていた。
そこから見える光景は―――全て人工物であるとしか言いようが無かった。
鉄の巨大な歯車や、蜘蛛の巣のように張り巡らされているパイプ。
ある場所からは蒸気が噴出しており、またある場所にはステンドグラスが輝いているような、明滅を繰り返すランプの大群が見えた。
巨大な機械的機構の内部である事が、どこを見てもすぐに理解できる。
(しかし……巨大ですね。何もかもが)
その光景だけでも圧巻の一言であったが、それ以上に圧倒的であったのは、見えるものがどれも果てしない巨大さである事だった。
暗い為、その大きさを性格に確認する事は非常に難しいが、音の巨大さと振動から察するに、下手をすると小さな歯車の一つでも1キロ近くあるかもしれないほどだ。
(ふぅ……はてさて、どれだけ歩く事になるのやら)
ネリアルは、それからたっぷり1時間ほどそんな光景を見続ける事となった。
■
幾何学的な構造ばかりが続く光景の中を歩いていくと、やがて周囲が開けた場所へと出た。
いくつもの巨大なチューブが地面を走り、中央のカプセルのようなものへと接続されている広場だ。
地面には、まるで集積回路へと伸びるようにある一定の法則に沿って紋様が刻まれており、その針のような溝の中を電気信号を表しているのか、光点が縦横無尽に走り回っていた。
「マスター。レクレフ様の伝令役をお連れ致しました」
カプセルの中へ、ファルネイトの声が投げかけられる。
すると何も無いカプセルの中へと映像が投影された。
「ありが とう ファル ネイ ト」
現れたのは桃色のドレスに身を包んだ少女の姿だ。
肩に掛かるか掛からないか、という程度の金髪を垂らしており、雪のような白の肌と相まって、これからどこか舞踏会にでも出かけていきそうな格好だ。
ただ、何故かその少女には上半身しかなく、腰部分に霧のようなものが掛かっていて、そこから下は何も無いようにしか見えなかった。
ネリアルは跪き、畏まった態度で伝令の言葉を伝える。
「お会いできて光栄でございます。マスター・フレイ」
「私 も 久しぶり に 会えて 嬉しい」
「ありがとうざいます。それでは早速……」
ネリアルは持ってきていた手紙を両手で誰ともなく差し出した。
「ここに、マスター・レクレフより送られた書状がございます。私はこれをお届けにここへ参上いたしました」
「手 紙 ?」
フレイが手を振ると、突然、広場の一角から細長い枝が生えた。
当然ながら植物ではなく、金属で出来た昆虫の手足のようなもので、工場などで動いている”機械のアーム”であるようだった。
それは、ネリアルが誰とも無し手前へと差し出した手紙を掴み、そのままフレイの前へと持って行く。
手紙が彼女のいるカプセルの手前へと来た時、これまたどこからか出てきたアームが器用に手紙を開いていき、顕わになった文面を彼女は読み始めた。
「…… そう 遂 に エクステンド やる んだ」
(エクステンド……?)
カプセルの中は何かの液体で満たされているのか、時折気泡が立っていた。
しばらく少女は手紙を見つめたまま、考え込むような表情になっていた。
だが、やがて面を上げると、ファルネイトへと言った。
「ファル これ から 街 へと 行って くれません か」
「かしこまりました」
それを聞いて、ネリアルはギョッとした顔になって慌てて言う。
「あ、あの、フレイ様……それは……」
「なん です か?」
「恐れながら、使徒には服を着せた方がよろしいかと進言いたします……」
「服……? ここ は 温度 適温で 雨も降らない から 服は 無くて も 大丈夫」
フレイはドレスを身に纏って居るようだが、ファッションなどには意外にも疎い感じであり、服装などは全く気にしていないようだった。
だから使徒もネグリジェをこんな場所であるのに羽織っているのだろう。
だが、この服装のまま街中へと出たら、とんでもない事になるのは容易に想像できた。
「いえ、あの……しかし、あのままもし街にやってしまうと、どうやっても痴女にしか見えませんよ」
「ち じょ?」
「えー……いえ、あの……なんといいますか。”恥知らずな女性”とでも言いますかね? とにかく、止めた方がよろしいかと」
「…… ファル」
フレイに呼ばれた女性は、毅然とした応えを返す。
外見こそ不埒極まりない格好であり、声調も淡々としているが、非常に規律正しい態度をファルネイトは決して崩さなかった。
「まず 降りて から 服のデータ を 取ってきて ください」
「かしこまりました」
「ネリ アル」
「はい。何か?」
「ファル と一緒 に 服 を 見繕い に 行って 貰えません か?」
「はぁ……断る理由もありませんが……」
「それと もう ひと つ」
「はい?」
「レクレフ に 私 の 返事 を 伝えて ください」
「!」
その言葉にネリアルの身体が固まった。
正直、その場で手紙の返答を貰う事になるとは思って居なかったからだ。
内容を彼は見ているわけでは無いが、かなり重要な内容である事は疑いようも無く、その返事は決して間違えてはいけない重要なものだ。
なので聞き漏らすまいと、彼は思わず身構えた。
だが―――その返事は、たったの一言だった。
「私 から は ”フィギュア” を 出します と」
「……了解いたしました」
フィギュアとは一体なんだろうか……? と、ネリアルは一瞬考えたが、考えていても仕方がないと、すぐにその思考を引っ込めた。
そして後ろで待っていたファルネイトに声を掛けられる。
「それでは、行きましょうか。ご案内をお願い致します」
「はい。ただ、その前に……布でも何でもいいので、まず何か羽織ってくれませんか? 流石にそのままでは……」
ネリアルが頼むように言うと、ファルネイトは首を傾げて応えた。
「”羽織る”とは何ですか?」
(……これは……手を焼きそうですねぇ……)
意外すぎる返答に、ネリアルは頭を抱えた。
どうやら二通目を届けるのは少し先になるようだ。
■
ラクは深夜帯の街を移動していた。
彼は瓦礫の山を、大きな荷物のように抱え上げられていた。
彼を片手で米俵か何かのように背負っているのは、ゴリラのような男だ。
角刈りの頭に、長方形の据わった目つきをしており、”筋骨隆々そのもの”といった感じの体格と相まってひょうきんそうにも、油断の全く無い豪傑と言う風にも見える男だ。
男の名は「ガンテス」と言った。
(どこまで行くんだ……?)
ある程度歩くと周囲は破壊の後を抜けて、普通の街並へと変わって行った。
周囲が先ほどの大規模攻撃のせいなのか、どこも騒然としている。
だが三人はそれを全く気にする様子も無く、ラクを連れたまま、街の奥深くへと移動していった。
(ってか第一……ここは一体どの辺なんだろうか?)
かれこれ30分近くは歩いているが、ラクには三人がどこへ向かっているのかが全くわからなかった。
”街の中心部へと向かっている”というぐらいは、かろうじてわかるのだが、マップなどが少し前から突如として使用不可となってしまった為、正確な位置がわからなくなってしまったのだ。
やがて、更に数分歩いていくと、三人はあるビルの地下へと入っていく。
そしてエレベーター内へと入り、スイッチを適当に押下した。
(! 暗証番号……かな?)
適当に押しているのではないようだ。
いくつかを押して、更に番号を押すと押された階の番号が不規則に消えていく。
どうやらこれは暗号か何かであり、このエレベーターを普段とは違う階層へと動かす為の番号であるようだ。
ラクはそれを見て憶えようとしたが、かなり長いために途中で番号がわからなくなってしまった。
「今日の集まりはどれぐらいだろうなァ」
「この騒ぎだから、そこそこはいるんじゃないッスかねぇ」
暗証番号が押され切り、”開く”ボタンが最後に押下されると、エレベーターは凄い勢いで地下へと降りていった。
どうやら”街の地下”が、彼らの言う”詰所”であるようだ。
やがて―――扉が開いた。
「……ん?」
エレベータの扉が開くと、目の前を丁度、通り過ぎていた少女が居た。
それを見て、サイモンが搾り出すように呻いた。
「げぇっ……! あ、姐さん……!!」
彼女は気付いた声を上げると、興味津々といった感じでガンテス達へと近づいてきた。
「ありゃ~? ガン、なんか珍しいモン連れてるねェ。どしたの、それ?」
赤色のショートボブ・ヘアーをした少女は、馴れ馴れしい感じで声を投げかけてくる。
糸のように細長い目元に、柔らかな口元は、どこか優しい感じを漂わせている。
ただ身に着けている鎧は赤みを強く帯びており、彼女が紛れも無い”高機動接近タイプのプレイヤー”である事を現していた。
かなり激しい戦い方をしそうな、そんな感じの装備だ。
サイモンの声の変調ぶりや、急に弱弱しい感じになった所を見るに、これが件の「姐さん」であるようだった。
彼女のクラスを見て、ラクは思わず息を呑んだ。
(うわっ! い、いっ……!)
≪皇賊『シエラ・スタリュート』 -Imperial Rogue-『Sierra Stlute』≫
(インペリアル・ローグ……!!)
それは盗賊系の上級クラスである『皇賊』クラスだった。
悪クラス自体、普通にプレイをしていると見かける事が余り無いのだが、その上級クラスとなると、更に見る事は殆ど無い状態であり、今までラクは耳にした事こそあったものの、実際に”上級盗賊”を目にしたのは初めての事だった。
「ちょっとスパイダーの奴と一戦交えてな」
「へぇ! あれとやりあったの? アタシも混ぜて欲しかったなー。”★メタル・イーター”使うんでしょ? シーカーの話だとさ」
「ああ。あの効果はやべぇな……接近しただけでもかなり吸われる。流石に上位アーティファクトだけはあったぜ」
歩きながら、親しげにシエラはガンテスと話し始めた。
主に、先ほどのエクスクモとの戦闘についての事だ。
今しがたその戦闘を目の当たりにしたラクは、耳を貸す必要は無かったのだが、ふと余所見をしていると、口篭った様子のサイモンが見えた。
何やら言いたい事があるようで、彼は遂に二人の会話に割り込むように言い放った。
「いや、あの、オリも戦ったんですぜ! 姐さん!」
「アンタもやったんだ? へぇ」
「シエラ。コイツ、あれと普通の装備でやりあおうとしやがったんだぜ」
ガンテスが口元を歪めながらそう告げると、目を見開いてサイモンは驚きの声を上げた。
「いぃっ!?」
「普通の装備で……って事は、何にも考えずに金属ので行こうとしたの?」
シエラが訊ねると、更にヤジマが付け加えるように応えた。
「うむ。一撃でリタイヤさせられていたな」
「あ、ちょっ! や、やっさん……」
「へえ。そりゃあ、ちょっと後でおしおきが必要かもね」
「そ、そ、それだけは勘弁してくだせぇ……」
会話が進む中、ラクは地下の通路の壁を見ていた。
一見するとただの地下道であるのだが、床にタイルが敷かれている事を見て、どこか”地下鉄の通路”のようだ、と思った。
天井の所々に配置されている発光体(蛍光灯だろうか?)も、よく見ると錆や蜘蛛の巣などが余り無く、綺麗な状態であり、定期的にメンテナンスをされているのがわかる。
(もしかして……どっかの地下鉄通路を逸れた場所にあるのかな)
そんな事を考えて居ると、やがて4人と一人は開けた場所へと出た。
そしてラクはその場所を見て、自分の推測が正しかった事を理解した。
「地下鉄のホーム……?」
目の前にあったのは、両側に線路が挟まれるように伸びている駅のホームだった。
ただ、遠くへと伸びているそこは人影が殆ど無い。
ここは地下鉄の「廃駅」となっている場所であるようだった。
そして、ガンテスが階段を降り切ると、ラクにはホームの途中に椅子が並べて置いてあるのが見えた。
ただ奇妙なのは、普通に駅に配置されている椅子とは違って”まばらに配置されている”事だ。
中には、線路へと転落しかかっているようなものもあった。
「さて……よいしょっ、とぉっ」
ガンテス達は、そのまま長椅子の一つに座り込み、シエラも少しだけ離れた椅子の一つへと座る。
ラクはその際に降ろされて、椅子の端へと座らされた。
そして、彼らはそこで何かを待ち始めた。
「な、なぁ……ここはどこなんだ? これから、何が始まるんだ?」
待機の沈黙に耐えられなくなったラクが訊ねると、ガンテスが応えた。
「おい、サイモン。説明してやれ」
「へい。えーっと……ここはなぁ、”詰所”って言う……なんつーかな。この街に何個かある”待機所”の一つなんだよ」
「待機所?」
「この街にも、普通の街と同じようにいくつものギルドがあるんだけどよう。どれも敵対……って言う程じゃないだけどよう、味方でもないんだよ」
「対立しあってるって事か?」
「まぁ、そんな所だ。だからどこの本部に集まるわけにも行かねぇから、こういうのがあるってワケだ」
「ギルドってどんなのがあるのか、教えてくれないか?」
純粋な知りたい気持ちから、ラクは訊ねた。
「う~ん……それはなぁ」
サイモンは少し返答に悩み、ガンテスに言う。
「兄貴、これって言っちまっていいのかなぁ」
「その辺は別に構わねぇよ。つーかお前の知ってる事ぐらいなら外の奴等にも詳しい奴は居る。無駄な心配すんな」
「じゃあ、大丈夫かなぁ」
サイモンはラクへと向き直って話し始めた。
「この街にはよう、ギルドってのは大きく分けて5種類ぐらいがあるんだ。まず一つは、盗賊ギルド。オリが所属してるのがこれで、あっちにいる姐さんがマスターだ」
「あの人が……」
「先に言っとくけどよう、絶対にあの人は怒らせるんじゃねぇぞぉ? ガンテスの兄貴と同じぐらい強いからな」
「わ、わかった……」
正直、見かけではそこまでの強さに見えないが、サイモンの態度やクラスの表示などを見る限り、嘘では無さそうだ。
「で、まぁ、次の説明に移るんだけどよう。次に抹殺系ギルドってのがあるんだ」
「抹殺系?」
「戦闘専門の奴等が集まってるギルドだ。兄貴ややっさんはそこの所属。外だと”暗殺者ギルド”とか”PK系ギルド”っつった方が通りがいいかもな」
要するに、対人戦闘に長けた人間が集まっている戦闘系ギルドであるという事なのだろう。
「PK系ギルド……」
聞いた事はあった。世の中には数多くのプレイヤーがいるが、その中には”PK”を楽しむ為だけにプレイを行う人間も居るらしい、と。
そしてそれは、主に悪人街に根城を構えているらしく、それ専門のギルドすらあるらしい、とも。
それがこの”抹殺系ギルド”と呼ばれるもののようだ。
「これはよう、狩りとかもやってるんだけど、プレイヤーのPKを主に請け負ってて、外にも出て行く事が多いんだなぁ」
「依頼、なんてあるのか?」
「ここには色んな奴が来るのさ。中にはよう、気に入らねぇ奴をPKして苦しめて欲しいとか、そういうのもあるんだ」
「へぇ……」
「で、次にブラックマーケットの奴等。やばいもんを扱ってる”裏の商人ギルド”だ」
「ブラックマーケットか……」
ファシテイト中にショップはいくつもあるが、基本的にそれは三つに大別される。
一つはNPCが営むもので、システム的な売り買いがなされるもの。
二つ目がプレイヤー間で行われるもの。
基本はこの二つなのだが、これらでは盗品であったり、PKを行って手に入れたもの。
またシステム的にプレイヤーごとに一つしか所有できないアイテム等は売買ができない、もしくは極めて買い取り価格が低く設定されてしまうようになっている。
これはゲーム内での治安を高める為の措置の一つであるのだが、ここで最後のショップ形態である、悪プレイヤーを通して行われる”ブラックマーケット方式”が出てくる。
このショップ形式ならば、どんなものでも普通に売る事が可能である為、通常ならばお目に掛かれない様なものもたまに売られている場合が出てくるのである。
とはいえ、このブラックマーケットでは、その殆どが非常に高額な価格設定となっている為、レアな品物を手に入れようとするとかなりの大金を叩かなくてはいけない破目になる。
「奴等は盗品とか奪い取ってきたもんを売り捌くのが仕事の奴等さ。中には”詐術師”とかも混じってるらしいから、まぁおみぃみたいなカモられそうなのは近寄らねぇ方が身の為だな」
「詐術師?」
「人を騙す能力を持ってる奴等さ。一種の魔法使いらしくて、幻を見せたりとか、催眠術とかを使えるって言う話だ。で、それを使ってボッタくるらしいんだと。粗悪品を高く売り付けたり、いらないもんを買わせる気にさせて半強制的に買わせたりするって感じでよう」
「そんなのいるんだな……」
「あそこはかなり大きい所でよう、商人だけじゃなくて色んなクラスの奴等が所属してるんだ。扱ってるもんもすげぇから、外から買いに来る奴等も多いんだぜ」
「へぇ……」
「次は……情報屋の集まってるハッカーギルドだな。”情報屋ギルド”って言った方がいいか」
「ハッカー……プログラミングに強い奴等が集まってるのか」
「あそこは”チーター”か”クラッカー”のギルドって言った方がいいんじゃねぇか?」
突然、ガンテスが冗談を呟くように口を挟む。
サイモンはそれに納得しつつも、どこか気だるそうな感じに応えた。
「でも兄貴、そう言ったらよう、アイツら滅茶苦茶怒るぜ。我々は誇りある~とか言い出してよう」
「ハッ、くだらねぇ。何が誇りだ……ならなんでここに居るのかって話だぜ」
吐き捨てるようにガンテスは言った。
続けてサイモンは言う。
「最後は……人身売買やってる教会の奴等だな。うん、もう奴隷商の奴等だな。ありゃあ」
「じ、人身売買……? そんな事やってるのか? って言うかそんな事やれるのか?」
”ペットシステム”というのは、このファシテイト中には現在は存在していない。
一時期は入れようと提案がされた時もあったらしいのだが、
悪用して人間を捕縛しようとする連中が必ず現れるだろう、と見送られている。
なので……システム的にプレイヤーを”捕縛”は、決してできないようになっている。
強制力は全く無い状態で、プレイヤーを売り買いなんて、そんな事は可能なのだろうか?
奴隷を売っているという事に衝撃を受けたラクであったが、どちらかといえばむしろそれよりも”そんな事が可能であるのか?”と言う部分の方が気になった。
「ああ。NPCを捕獲してきたり、プレイヤーをなんだかんだ言って捕まえてきて、誰かに売ったりとか、そう言う事をやってるって話だ」
「とんでもない恨みを買いそうだな……それ」
「いやそこはなんか、うまくやってるとか言う話だぜ。詳しくは知らないんだけどさ、あれでいて”恨みはなるべく買わない”ってのがモットーとか言ってるからよぉ。まぁでも、あいつらもとんでもなく腹黒い奴等だから、もしかするとこの街で一番危険な奴等かもしれねぇなぁー」
(危険危険って……危ないものばっかりじゃないか)
悪人街の事は、噂で聞いていたものよりも、どれもずっと危ない感じである。
そんな場所の、更に中心部へと今まさに入って来てしまっている。
ラクはサイモンの話を聞いていく毎に、憔悴した様子でそれを痛感した。
■
「来たか」
ある程度待つと、やがて方々からプレイヤーらしき者達が現れ始めた。
一人は階段から優雅に降りて現れ、一人はラクが連れられて入って来た所とは別の通路から出てきた。
どうやらこの場所は、廃駅だけあって色々な通路が繋がっているようで、来る方法も複数あるようだ。
中には、ふと目を離した隙にいつの間にか椅子に座っている者も居た。
(どいつも厄介そうな感じだなぁ……)
「今日はやけに集まりがいいな」
「休み明けですからねぇ。顔を見せておかないと。それに……先程の大規模戦闘の件もありますし」
ガンテスの呟きに答えたのは、黒いローブに身を包んだ神官姿の男性だ。
眼鏡の位置を微調整しながら、手元に電想パネルを作り出し、何かの情報見ている。
クラスには「コラプトクレリック」と出ていた。
ラクは”コラプト”の意味を、辞書ツールを起動して調べる。
(コラプト……”corrupt:賄賂の効く、買収された、腐敗する、堕落した、邪悪な”……)
不吉な単語が揃っているが、何となく意味は理解できた。
さしずめこの場合は”堕落した神官”と言う感じだろう。
実に悪クラスらしいクレリックだ。
「みんな集まってるのね」
次に入って来たのは、パッと見ると女性の神官と言う感じの少女だ。
中学生ぐらいだろうか、背丈はさほど高くない。だが、纏っている”色香”が大人の比ではない。
服装自体もこれまた先ほどの神官のように黒を基調としたものを着ているのだが、教義により肌の露出を良しとしない普通の神官と違い、明らかに露出度の高い服装をしている。
本来―――黒と言うのは裁判官の服装や神官の衣装に採用される色としては、ポピュラーなものである。
これは黒と言う色が”何物にも染まらない”という所から、非常に芯の定まったものとしてイメージされているからだ。
だが彼らの纏っている”黒”は、服装の派手さからか、そんな”単色としての黒”ではなく”様々な色が混ざり合った結果”の”汚れた黒”と言う感じがした。
彼女もそれは同じで、どことなく淫靡な雰囲気を醸し出している。
クラス名は「ダークプリーステス」と出ていた。
(どいつが……”ゲダム”なんだろう)
ラクは入ってくる人間を見て、依頼された件を思い返す。
―――『殺戮者ゲダムを、北海道エリアの攻防戦に参加させるように、交渉してきて欲しい』
それが今、グランド・マスターである少女「ディバル」より受けた、自分が持っている依頼だ。
受けた、というよりはこれを受けないとそのまま違反者として倒されてしまう為、ほぼ無理矢理受けさせられた、と言う方が的確であるが……。
(別に……”絶対に成功させろ”とかは言って無かったよなぁ)
これは―――言ってしまえば、あくまでも”交渉”するだけの話である。
「ゲダム」というプレイヤーに出会って、ただ話を持ちかけるだけでいい。
ディバルは「絶対に連れて来て欲しい。成功しなければ違反者として駆除する」とは言わなかった。
だから、これは成功しても失敗しても別にいい依頼のはずだ。
彼女もそんな気持ちで依頼を持ちかけたからこそ、レアアイテムを褒章として持って来たとは言え、あんな風に軽い感じで依頼したのだろう。
自分のような人間に、まさかこんな困難そうな依頼が成功させられるとは、露ほども思っていないはずだ。流石に。
なので……この依頼は「ゲダム」を見つけられた時点で、8割ぐらいは終了のものであると言っていい。
(……)
ラクは必死にゲダムを探した。
だが―――見つからない。
(あれ? 居ない……!?)
やってきたどのプレイヤーの名前表示を見ても”ゲダム”と言う名前は無かった。
チートで隠しているのか、それとも本人が来ているわけではないのか。
わからないが、とにかく姿は見えない。
「さて……それでは、大方集まったようだし、今回の会合を始めますかね」
「その前に……今回、見慣れないヤツが居るようだが。そいつは一体誰だ?」
「ああ、コイツはな……」
ラクがキョロキョロと周囲を見回していると、会合は始まってしまった。
(ど、どこだ……!?)
名前を隠しているというのは、考えにくい。
それなら広く知られる名前であるのだから、むしろこの”ゲダム”というのが仮のニックネームの方になるはずだ。
仮にそちらが本名だとして、それなら何の為に名前を隠していると言うのだろうか?
それとも隠れている実力者ポジションのプレイヤー、という事なのだろうか?
ならば隠れているのは何の為なのか?
「少し、ご提案があるのですが……皆さん、よろしいですかな?」
黒色のクレリックが眼鏡を少々大げさな感じに動かしながら、集まっているプレイヤーたちへと呼びかけた。
そして彼は、全員の注目を引くようにしてから、言った。
ラクはそれに注意を全く払っていなかった。
とてつもなく危険な提案が、まさに今行われようとしているのに”ゲダムを探さなければ”という事にばかり気を取られていた為、それに全く気付かなかったのだった。
(どこだ……どこなんだよッ……!!)
「私は……流石に話が出来すぎている気がすると思うんですよ」
「……えっ?」
空気が変わったような感じがしたその瞬間、ラクは自分に危機が迫ってきている事に気づいた。
それは”直感”とは少し違う、なんというか長年の自分の経験から来る”デジャヴ”だ。
誰かが場の雰囲気を決定的に壊してしまう寒い洒落を言ったり、仲間内で冗談を言ってからかいあっていたのが、いつの間にか本気の喧嘩に発展してしまっていたりする。
今、あの黒いクレリックが言ったのは、そんな”会話の節目”だとラクは感じたのだ。
「考えてみて頂きたい。何故、彼はマスターから逃げられたんですか?」
クレリックは手を振りかざして、全体的に布で覆った装備をしているプレイヤーへと、質問を投げかけるように言う。
「シェイオン氏。あなたは―――あのマスター・ディバルと対峙して、逃げ遂せる自信はおありですか?」
「……無いな」
「では、戦う事はどうですか?」
”シェイオン”と呼ばれた忍者のような格好をして居るプレイヤーは、その問いかけには答えず、黙って首を振った。
「では、この中の誰でも良いです。ディバルとまともに対峙する……いや、逃げ切れる自信のある方は居ますか?」
「アタシは問題ないよ」
「オリも逃げるだけなら何とか……一対一だとキビシー気がするけどよう」
その問いかけに、盗賊系クラスや、スピード型のクラスだろうプレイヤーの何人かが手を上げて応えた。
それを見越していたかのように、黒いクレリックのプレイヤーは僅かに眉を上げて言った。
「結構な事です。では―――その逃走能力に長けた方々にお訊ねましょう。ここにいる新入りの方。こちらが”あのディバルから逃げ切れる”とお思いになりますか?」
(うっ……!)
毒の一声だ、とラクは直感した。
黒いクレリック姿のプレイヤーが、明らかに自分を疑って掛かっていることに、ラクはこれを受けてようやく気付いた。
そしてその疑いが、単純に”疑念”というレベルではなく、ほぼ確信を持って”自分が外からのスパイか何かである”と”皆を説得しようとしている”事にも同時に気付いた。
「……無理だねぇ」
問いかけが投げかけると、次々に否定に言葉が返って来る。
「オリも無理だと思うぜ。”合成騎士”って、確か脚、かなり遅かっただろ?」
「ああ。そこら辺の素人のレンジャーの方がまだはええんじゃねぇか?」
(やばい……!! この流れは……!!)
疑問を提起したならば、次は必ずその疑問の答えが提示されるか、探される。
それが普通の会話の流れだ。
この場合は、ではどうなるのか?
『とてもコイツは逃げ切れるとは思えない。なら―――どうやってアイツは逃げ切ったんだ?』となるだろう。
「では何故、彼はマスターから逃げられたんでしょうか? ディバルは、恐ろしく精度の高い感知能力を持っていると聞きます。それを潜り抜けられた理由は何でしょうか?」
そんな理由はハッキリしている。
”チーターだから”だ。少なくとも、それはニュースなどで流れているから、知られているはず。では、次にどうなるか―――となれば、当然”チートを見せろ”となるはずだ。
”チーターとしての実力を見せろ”、と。
それが普通の流れである。
「そりゃあ……チートをやってたんじゃないの?」
「チートしてたから、だろ? ニュースでも言ってたじゃねぇか」
「そうでしょう、そうでしょう。では―――ぜひとも、証明して頂こうではありませんか。でなければ、理由もなしに彼を街の一員にする事になる。これは、大変に危険な事であると思いませんか」
外見的にも、態度的にも黒いクレリックは眼鏡を掛け直しながら、提案を言った。
眼鏡に反射する光が、一連の会話の企みが成功した事を物語っているようにも見えた。
その言葉に、反対する者は誰も居なかった。
ラクは、次に自分へとかけられる言葉が何かを用意に予測できたため、戦慄していた。
”それ”は、自分にとっての死刑宣告のようなものであるはずだったからだ。
「では意見が一致を見たようですので―――”チートを見せていただきましょう”。何かはみ出し者としての実力を証明できるような、ね」
(……)
その言葉を聞いてラクは思わず口を開いた。
呆然自失とした、というよりは単純に絶望したからであった。
あくまでも一般のプレイヤーとしての範疇で、ゲームプレイを行っているラクには―――”チートなど、殆ど使う事ができなかった”のだから。
(……これで今日、何度目の絶望だっけか)
酷く眠い。今度は頭の中がショートしそうな知恵熱も感じた。
今日はまともに現実へ戻って、眠れるのだろうか。
そんな心配が、頭の中を駆け巡っていた。