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03:アイテムスティール ⇒ キャンプへ

 ゲーム中でモンスターと化してしまい、おまけに言葉も通じなくなってしまったヤスキ。助けを求める事が出来ず、途方に暮れている中、一体のスケルトンを助ける。

 彼は自分のクラスメイトの「天堂御津貴てんどう みつき」だった。

 ヤスキは彼と共にゲームから脱出すべく、色々な手を考えるが、元々持っていた道具などもほぼ全て消失していた為、先立つ物は何も無かった。

 町にはモンスターの姿では入る事が出来ず、弱っていた所で、ヤスキはミツキに「PK」を行おうと提案する―――

(文字数:19296)

「P、PK!?」


 ”PK”とはプレイヤー・キリング、もしくはプレイヤー・キラーの意味である。

 要するに他プレイヤーに攻撃を仕掛け、殺害する事。そしてアイテムなどを奪い取る事だ。ただし違うのは、その攻撃が”システム的に可能”というだけであり、ルールなどが存在する”対戦”とは全く異質なものであるという点である。

 対戦の場合は”プレイヤー対プレイヤー戦闘(Player VS Player Battle)”と言われ、PKとは明確に区別される。

 その違いは何か? ザックリ言えば”PK”はリアリティを追求した結果の仕様であり、そこにモラルやプレイヤーが持つ秩序など、社会的なルールは織り込まれていない。

”現実だったなら、攻撃し、殺す事さえ出来る方が自然である”

 そう言った理由と、もう一つ。

 ”アイテム強奪が可能とする事で、戦略に幅を持たせる”という理由だ。

 どんな状況でも攻撃される可能性があるので、例え街中であろうとも絶対に安全かは

わからない、という緊迫感を出すため。そういった理由から、PKは実装されている。

 ただ―――あくまでも”仕様上は可能である”と言うだけだ。

 基本的に、PKは”忌み嫌われる行為”である。


「ムリだろ! 今の俺達の状況じゃあよ!」


 ミツキがヤスキの提案に困惑しつつ言う。

 それも当たり前だろう。PKするという事は他のプレイヤーを狙うという事で、つまりは冒険者である「人間キャラクター」を狙う、という事なのだから。

 今の雑魚モンスターの状態でやるのは、困難を極める事だ。


「でも、今のオラたちの状況だからこそ、PKしかないだぁよ。モンスターに勝つのは難し いし、この辺の地図をドロップするかはわがらねぇ。第一、地図を落とすようなのは、 雑魚クラスじゃないだ。俺達じゃ、まずムリだぁ。でも……その点、この周辺のプレイ ヤーなら、高確率でここらの地図を持ってるだ」


「しかし戦闘能力差が……」


「ネックになるのはそこだけんども……」


 続けようとしたヤスキが、突然言葉を濁らせ始めた。

 どうやら、何かを思いついてはいるようだが、口にしづらいことのようだった。

 言葉を煮詰まらせているのに耐えかねて、ミツキは訊ねた。


「どうしたんだ? 何か策があるのか?」


 すると、溜息を吐いて、言い辛そうにヤスキは言った。


「……ただのPKじゃなくて、”初心者狩り”をやるんだぁよ」


「うッ!?」


 それを聞いた途端、ミツキは頭を抱えた。

 抱えた理由は「その手があったか」という閃きと、もう一つ。

 「その手しかないのか……」という嫌悪の感情からだった。


「……なるほど……」


 確かに、手としては”初心者狩り”以上のものはない。

 初心者であっても”プレイヤー”なら、道具を一式揃えているはずだから―――少なくとも、地図は持っていなければ移動もままならないため、高確率で持っている。

 その上で、初心者はゲームを始めて間もないために戦闘能力が低く、またコミュニケーションがうまくとれなかったり、誰にも頼りたくない、もしくは誰にも迷惑をかけたくない。あるいはソロでやっていきたい、といった理由をもっていたりで、単独行動をするものが少なくなかった。

 ゲームを始めて不慣れなプレイヤー。それも一人なら、今の二人の能力でも、十分に倒す事が可能な範囲である。

 ただ―――この作戦には、一つ重大な問題があった。


「……他の手はねぇのか? ”恥”だぜ。初心者狩りなんて……いくら切羽詰ってるっつってもよォ……」


 ミツキが戸惑う理由。それは―――初心者狩りがゲーム中で、1、2位を争うほどの

”最低な行為”である事だった。

 ゲーム中には、どうしても単純なルールでは防止できない迷惑行為がある。

 ”嫌がらせ”や”セクハラ行為”などがその最たるものだが、その中で一番嫌われているのが”PK”であり、”初心者狩り”だ。


「んだけども……他に手が……」


「俺はとにかく、やらねぇぞ。いくらなんでも”プライド”ってものがあるぜ」


 そう吐き捨てて、ミツキはそっぽを向いた。

 同じファシテイトのプレイヤーであるヤスキには、その気持ちもわかった。

 ゲームの中では、どんな攻撃をされても、現実の人間が死亡するわけではない。

 だから普通はインモラルな行為も、戦略の一つとして認められるように思えるが、精神的な世界であるこの「ファシテイト」は、とてつもなくリアルであるからか、下手をすると、現実よりも”潔癖さ”というものが求められるのだ。


「……オラは、やるだ」


「どうしても、か? なんでだ?」


「”助けがいつ来るかわからないから”だぁよ」


「そんなに時間はかからねぇだろ。確か……今はリアルじゃ朝の7時~8時ぐらいか。

 もうとっくに起きれなくなってるのがわかって、騒ぎになってるはずだ。ゲーム内ログ のトレースと解析とかに、ちょっと時間が掛かるかも知れねぇが、せいぜい後半日~

 1日ちょいもあれば、何かアクションが起こると思うぜ」


「でも、来ないかもしれないだよ。トレースに時間が掛かって、それこそ三日~1週間

 掛かる可能性もあるだ」

(それに……)


 ファシテイト内の時間の流れは、およそ現実の3分の1となっている。

 現実の1日が、こちらでは三日分。当然、待つ時間もそれだけ長くなる。

 運営会社に連絡が行って、こちらに辿り着いて救助措置が行われるまで、ミツキは

さほど時間が掛からないだろうと踏んだが、ヤスキは長くなると見ていたのだった。

 それは、単純に”勘”というか”予感”というか。ヤスキはなんとなく”嫌な予感”を感じ、長くなると予想したのだった。

 こんな大きな事故なんて、今までに数えられるほどしかなかったのだから。

 それに、もう一つ。ヤスキには看過できない問題があった。


(ハ、ハラヘリが、なんかキツくなってきただ……)


 それは―――”空腹感が馬鹿にできなくなってきた”のだ。

 ゲーム内で、食事を取ったりする、という事はそれなりにあることだ。

 ファシテイトはゲーム世界だが、限りなく現実に近い。そのため空腹感も、当然ながら存在はする。だが―――それはあくまでも”ゲーム”的なもので、無視できる微弱なストレス要素、もしくは食事行為を誘発させる為の要素、程度でしかない。

 だが、ヤスキが今感じている空腹感は、今まで感じた事が無いほどに、強かった。

 まるで、自分がまさに”生きている”かと錯覚するほどに。


「うう……」


ヤスキが腹を抱えて、呻く様子に気付いたミツキは言った。


「なんだ? 腹が減ってるのか?」


「んだ……朝から減ってて、我慢してたんだけども、走ったからか。なんかすっげぇ腹が 減ってきて……とにかく何か食いたいだ」


「……お前もなのか」


「へ? ミッキーもだか?」


「ああ……俺もだ」


「スケルトンってお腹減るんだか?」


「わからん。でも、空腹感があるのは確かだ。かなり強めのな」


「モンスターになったからかもしんねぇけど、オラ、これにあまり長く耐えられる自信

 ないだよ」


「……しかし……初心者狩りは……」


 ヤスキもミツキも、空腹なのは同じようだった。

 やはり、一刻も早く地図を手に入れて、何か対策を考えなければならない。

 だがプライドと理性が繋ぎ止めているのか、ミツキはまだ乗り気ではないようだった。

(……どうするだか……)


 このまま、ヤスキ一人でPKを行う事も一応可能ではある。

 だが―――やはり二人以上で行う方が確実だ。

 今は、とてつもなく弱いモンスターの状態なのだから。


(……そうだ!)


 ヤスキはそんなミツキを見て、少々作戦を変えることにした。


「なぁ、ミッキー。じゃあ、初心者狩りじゃなぐて……単に”アイテムを強奪する”だけの”アイテムスティール”だったら、協力してくれるだか?」


「……!」


 ヤスキの提案をミツキは少しだけ咀嚼し、言った。


「……それだったら、いいぜ」


「じゃあ決まりだぁ!」


 考えてみれば、レベル上げや全てのアイテムを剥ぎ取る、までの事を必要とはしていないので、別に相手を殺害する必要はないのだ。

 方針が決まった二人は、早速植木の中から出て行った。



 様々なゲームにおいて、アイテムは基本的に”情報だけのもの”として扱われる。

 だから、薬草を99回分、量にして数百キロ分も持っていれたり、無限にいくらでもモノが入る袋が存在でてきたりする。そして使うときにだけ、どこからか取り出して使用することが出来る。

 ファシテイトでは、アイテムの携帯は”無限に入る袋が存在する”タイプだ。

”袋”だとか”ザック”、”バックパック”などの”アイテム収納アイテムがあり

(これらは俗に”道具袋”の呼称で統一されている)プレイヤーは基本的に所持品を

それに入れて持ち運ぶ。これらはそれ自体が”魔法”もしくは”科術(科学を魔法的に使う技術のこと)”アイテムの一つとされていて、大きさや重さをある程度は圧縮・軽減してくれるのだが、基本的に全て持ち歩かなければならない。

 余りに量が多すぎたり、大きすぎたり、重すぎたりすると持ち歩けないというわけだ。


「……どうだ?」


「見えて来ただな」


 そして、その”道具袋”に何らかの形で”手を突っ込む”事で、第三者でもアイテムを取り出してしまうことが出来る。結果、”窃盗”行為は成立する。

 これがファシテイト内での”盗む”要素一連の動作となる。


「じゃあ、プランの方を確認するだ」


 今、ミツキとヤスキの二匹……いや二人は、先程潜伏していた街近くの植木壇から抜け出て、山の中に来ていた。

 二人は、街道沿いに移動し、手頃な山の中に隠れていた。


「もう少し経ったら、”商人”然としたヤツがやってくるだ」


「来たら、まずカネやんが出て行く、と」


「んだ。オラが出て行って、本当に初心者かどうか確かめる」


 彼ら二人が立てた作戦はこうだ。

 まず―――狙うのは戦闘力が低く、足の遅い職業クラスである”商人入門者”もしくは”下っ端盗賊”だ。この二つを狙う理由は、基本的に初心者が単独行動で使うには難しいクラスである為だ。

”商人入門者”は少々タフだが、総合的な戦闘力があまり無く、足が遅いので狙いやすく”下っ端盗賊”は素早めだが、非力である上、体力も余り無く、防御力も低い。だから、楽に相手をすることができる。

 現在、既に”商人”らしきプレイヤー。しかも単独行動プレイヤーの先回りをしてきており、程なく獲物はやってくるだろう。

 また、この場所は山の中なので、付近に隠れられる遮蔽物が多く、街道沿いであることもあり、襲い掛かるには最適のポイントだ。


「で、次に確か攻撃能力・装備・魔道具の三つを確認だったな」


「そうだぁ。見た感じじゃ、装備品は弱そうだったけども、一応しばらく様子をみるだ」


 次に―――やってきたらどうするか?

 目的は”窃盗”なので―――単刀直入に言えば、この二人で一気に襲い掛かって、”道具袋”を奪い取ってしまっても問題は無い。”商人入門者”も”下っ端盗賊”も、さほど力がないのでオーク程度の腕力でも、簡単に奪い取れるはずだ。

 だが、それは”全てうまくいった場合”に限る。

 もし、貧相な装備でいるだけで、本人は高レベルだったり、指輪や腕輪などのわかりにくい装備が強力だったり、また護身用の”魔道具(使い捨ての攻撃用アイテムのこと)”を持っていたりする可能性は大いにある。


「ホントに俺じゃなくて大丈夫か?」ミツキが言う。


「初撃を受ける可能性が高い以上、オラがやった方がいいだ。スケルトンじゃあ、流石に 柔らかすぎるど」


「まぁそうだが……」


「相手は商人だし、いざとなったら簡単に逃げ切れる。大丈夫だぁ」


「……そんな簡単にいくもんかねェ?」


「まぁ”なんとかなる”って思い込んでやるしかねぇだな。他の手が無い以上」


「う~む……」


 立てた作戦の詳細はこうだ。

 プレイヤーがやってきたら、まずヤスキが出て行く。そしてしばらく適当に攻撃を

しつつ、何度か攻撃を誘って装備の性能や、プレイヤースキル、本人のステータスを確認する。少なくとも”魔道具”を持っているかどうかだけは確かめる。

 死亡するわけに行かない以上、一番怖いのが”強力な遠隔攻撃”だからだ。

 そして、ある程度時間が経って、持っていない事を確かめたら、合図と共にミツキも参戦する。挟み撃ちにして退路を塞ぎ、後は二人がかりで攻撃。

 それから相手が”気絶”するか、”戦闘不能”の状態になるまで―――とにかく

”動けなくなる”まで攻撃する。

 ここで大事なのは、道具袋はムリに奪い取らないことだ。

 ”道具袋”を身につけさせたまま、動きを止める。ココが最重要ポイントである。

 何故か? それは、道具袋には大抵”ワナ”が仕掛けられているからだ。


「そろそろか」


 PKは重大かつ卑劣な”犯罪行為”だが”窃盗”は単純な”高等技術”だ。

 ミツキが参加する気になったその理由もココにある。

 ”防衛方法が非常に多い”のだ。

 鍵をかけたり、特定の方法以外では開かないようにしたり、ワナを仕掛けたり……盗むのは、実は一筋縄ではいかない行為なのである。

 盗賊の使う”賊法”などで突破は可能だが、今回は初心者狙いなので、袋に余り凝った対策を仕掛けていないだろうし、どちらも必要はないだろう。

 そもそも、高レベルの窃盗技を持つ盗賊は、プライドが総じて高く、名声を重視するために、初心者に盗みを仕掛けたりすることは滅多に無い。そして、慣れたプレイヤーが、汚名を着てまで初心者から恐喝行為をすることもまずない。

 初心者は余りいいアイテムを持っていないからだ。

 だからこそワナが仕掛けられている事が少ないわけで、今回のような作戦が成立するわけである。

 とはいえ、形を変えた”初心者狩り”である事に変わりは無いので、ミツキも苦渋の

了承と言った感じだった。


「来ただ……!」


 二人は、街道を歩いてくる一人の人影に向かって、視線を合わせた。



 やってきた冒険者は、緑色を基調とした商人の服を身につけていた。

 髪は栗色ロングで、左側に編んでまとめていた。どうも女の子のようだ。


「女の子キャラか……ちょっと攻撃しにくいぜ……」


 ミツキが嫌な気持ちを顕わに呟いた。

 とはいえ、電想世界での性別は、現実と合致しない事も多々ある。


「んなこと言ってる場合じゃないだよ」


 あとは、靴がやや大きい感じで、メガネをかけている。

 恐らく、鑑定能力を上げるものだろう。

 そして背中には大きめのバックパックを背負っていた。

 あれは、最初の方で買えるものの中で、一番大容量のものだ。

 しかし、それとは別に腰元に一つ、巾着袋のようなものがある。

 きっとあれにすぐに使う道具が入っているのだろう。

 武器らしいものは見当たらない。杖などは持っておらず、身につけてもいない。

 推測するに、別の街へと行商に向かっているか

 単純に観光目的で移動しているか、その辺りだろう。

 実に典型的な商人のスタイルだ。


「じゃあ、そろそろいくだか」


「死ぬなよ」


「わかってるだよ。腐っても10年プレイヤー。そう簡単に遅れはとらねぇだ」


 そう言ってヤスキは茂みから出て行った。


「ウオオオーッ!」


 道を歩いていた商人の前に、オークであるヤスキが雄叫びを上げつつ現れる。

 商人はヤスキが現れた途端、ビックリしたように少々飛び上がった。

 低クラスとはいえ、街道に獣人モンスターが現れるのは、ほとんど有り得ない事なので相当に驚いているようだった。


(アイツ演技うめぇなぁ……)


 ヤスキは、攻撃を誘うため、モンスターっぽく威嚇をしながら、じりじりと商人へと

にじり寄っていった。

 それをミツキは商人の背後の方へと回って見ていた。


(さて、どうくるだ……?)


 擦り寄りつつも、ヤスキは攻撃に備えていた。

 やがて、商人は巾着袋のほうへと手を伸ばし、何かを取り出した。

 逃げる風でもないところを見ると、戦う気であるようだ。


(何を出すだ……?)


 この時点で初心者が使いそうで、怖いのは―――

 バトンの形をしていて、使うと3連続で相手に向かって、単純魔力の弾丸(魔力弾)を打ち出す「マジック3スターズ」と単発だが強力な爆裂弾を打ち出す片手持ち花火

「デルオウジ・ロケット」そして空中で振り回して発電させ、相手に向かって電気の塊を投げつける魔法棒「微弱サンダーわたがし発生器:試作型」

 この辺だろうか。


(……!)


 商人が取り出したアイテムは複数の粒上で、極小のピラミッドのような形をしていた。 一見するとコーン菓子のような、変な道具だ。


(あーりゃりゃ……あれは……)


 ミツキは、取り出されたものを見て唖然とした。

 ヤスキも同じように、取り出された物を見て気が抜ける。

 そして、この時点で二人とも、商人のレベルが低い事を見抜いた。


(……”フラッシュクラッカー”だなぁ)


 そして恐らくは、本当に始めて間もないプレイヤーである事も。

 何故かというと、あの取り出した「フラッシュ・クラッカー」は中級者も上級者も、

まず持つことのない”攻撃能力の全く無い道具”だったからだ。

 効果は”激しい光と爆発音を発生させ、目くらましとなる”というもの。

 ただ、アイテム説明には”目くらまし”と言う部分が無く、また安価なために初心者が攻撃アイテムと間違えて買ってしまう事が多々ある、という道具だった。

 とはいえ、弱いモンスター相手に効果が全く無いわけではない。

 もし、ここで出会ったオークが”本物”だったなら、追い払うには十分だっただろう

 だが―――当然ながら対人相手には、特に”仕掛けの種が割れている相手”に対しては全く通用しない。


(……こりゃあ、もう確認しなくても問題ないだな……)


 ヤスキが雄叫びをあげながら、手を上で叩き、威嚇するポーズをとった。

 この”拍手”が、例の合図だ。


(……おっ!)


 それを見て「来たか」と思い、ミツキは商人の背後の方から、ゆっくりと気付かれないように出てきた。

 クラッカーの爆発と同時に、攻撃を仕掛ける、という意図が伝わったようだ。

 商人は顔をにやけさせながら、クラッカーを炸裂させるタイミングを計っている。

 さしずめ、驚いた時の慌てぶりを楽しもう、とでも思っているのだろう。

 じりじりとヤスキは距離を詰め、そして―――


(来たっ!)


 投げつけてきたところを狙って、一気に飛び掛った!


―――ガガァーン!


 小さなコーン状のクラッカーは、空中でちょっとした強風を起こし、轟音と共にストロボが発光したかのような、とんでもない光量を連続して放った。

 ヤスキはそれを目をつぶって回避し、音は我慢。そのまま―――

 商人の方へと身体ごと突っ込んでいった。


「っ!?」


 商人はクラッカーをものともせずに突っ込んできたオークに、今度こそ心の底から

ビックリした。雑魚モンスターであるはずのオークが、こんな捨て身の攻撃をやってくるなど、全く予想していなかったからだ。

 商人は、思い切り体当たりされ、バランスを崩してしまった。

 逃げようとするが、後ろを振り向くと、そこにはスケルトンが待ち構えていた。


「!!」


(許せよ~……)


 今度はミツキが商人に向かって殴りかかっていく。

 後ろからはヤスキも参戦し、頭やボディへひたすらパンチを叩き込む。

 そして商人のHPは、あっという間に赤表示の”危険域”となり、フラフラとよろめきながら倒れこんでしまった。

 体力が減りすぎてしまったのだろう。


「”戦闘不能”だぁな」


「ああ……」


 このファシテイト内で、体力が減っていくと様々な状態に見舞われていく。

 以下はその一例だ。


 ”朦朧もうろう”:意識がぼやけて、ハッキリしない状態。

 ”混濁こんだく”:朦朧がより進んだ状態。現実をうまく認識できない。

 ”気絶”:意識を保てなくなった状態。何もできない上、無防備な状態。

 ”スタン”:一時的なマヒ。意識はハッキリしているが、動けない。

 ”強スタン”:強烈なスタン状態。スタンより長い間動けない。

 ”恐怖”:恐怖に支配された状態。攻撃する意思などを発揮できなくなる。

 ”衰弱”:体力が減って弱った状態。様々な行動がとても失敗しやすくなる。

 ”戦闘不能”:HPがほとんど0になった状態。

       :意識が薄弱になり、ほとんど何もできない。死亡寸前で、非常に危険。

 ”死亡”:HPが-1以下になった状態。

     :しばらくするとホームポイントにペナルティと共に戻される。


 戦闘中、負傷を追って危険な状態となった場合、プレイヤーは意識をより強く持たなければ、動く事もままならなくなってしまう。

 ファシテイトは、精神力の強さも必要とされるゲームと言うわけだ。


「全く、あんまやりたくねぇ事だぜ。こんなこたぁ……」


 ミツキが、不満そうに言った。

 渋々了解はしたものの、形を変えた初心者狩りであること。そして女の子キャラに攻撃を仕掛けるのにあまり気持ちが進まない事から、ミツキはかなり嫌な様子を見せていた。

「しょうがないだよ。状況が状況なんだから」


 ヤスキは倒れているプレイヤーを横向きにして、腰の巾着袋のほうへと手を伸ばした。

「さて……では”漁る”とするだか」


「気をつけろよ。解除道具なんて何も持ってないんだからよォ」


「わかってるだぁよ」


 ヤスキは道具袋に手を入れると見せかけ……入り口の部分ですぐに引っ込める、と言う動作を繰り返していた。これは一番多い”噛み付き”ワナに注意してのことだ。

 ”噛み付き”は、本人以外が道具袋に手を入れると、もの凄い力で道具袋が締まり、手を挟まれたり、開けられなくなったりするトラップだ。

 非常に簡単に取り付けられるので、大抵の道具袋に仕掛けられている。


「大丈夫みたいだぁ」


「”電流”と”カギ”も掛かってないみたいだな」


「だぁな」


 ”電流”は手を入れた人間が黒コゲになるほどの強烈な電気攻撃を加えるトラップで

”カギ”は文字通り、鍵アイテムを使わないと開けられないトラップだ。これら以外にもワナはあるが、初心者が使うものでで大体気をつけるのはこの三つ辺りだろう。

 これらが仕掛けられていないという事は、もうワナはまず無いと見て間違いない。


「でんわ……」


 ヤスキは唇をぺロリと舐め、掌を擦り合わせた。

 そしていざ、道具袋漁りを行おうと手を伸ばした。

 だが、その手が触れたその瞬間―――


「大丈夫か―――っ!」


「うへえっ!?」


 第三者の大声が突如、周辺に響いた。

 それを聞いて、二人のモンスターは跳ね上がった。

 慌てて声がした方向を見て、更に二人は仰天した。

 街道の、丁度商人がやってきた方向から、馬に乗ったプレイヤーが、こちらに向かって来ていたからだ。

 乗っているのも馬ではない。馬とサイを組み合わせたようながっしりとした生き物だ。巨体を6本の足で支えており、大きな角が三本、頭にモヒカンのように並んでいる。

 プレイヤーはどうやら騎士クラスらしく、分厚い鎧を着込んでいてかなり重そうだが、馬はそれをものともせず、とんでもないスピードでこちらに走ってくる。


「じょっ、城砦騎士だぁっ!!」


「げぇっ!? 城砦騎士!?」


 スケルトンとオークは、悲鳴と共に慌ててその場から走り出し、山の奥のほうへと退散していった。

 それから、騎士はすぐさま商人に駆け寄り、回復魔法をかけて介抱した。


「大丈夫ですか?」


「……うう……」


 商人はボロボロだったが、死亡していたわけではなかったので、体力を回復すると、

ほどなく商人は目を覚ました。


「こ、ここは……?」


「ギドラート西部の山間の街道です。あなたはモンスターに襲われていたんですよ」


「そ、そうだ……モンスター、は……?」


「追い散らしましたよ」


 商人は起き上がり、騎士に礼を言った。


「なんでこんな所に……街道には、出てこないんじゃあ……」


「わかりません。ただ……最近、”人食いゴリラ”が街近くで目撃されたらしいので

 それで他の生き物が追い散らされてきたのかもしれません。とにかく、単独行動はくれぐれも控えてください」


「はい」


 体力を回復し、元気に応える商人を見て、騎士は安堵の溜息をついた。

 そして商人を馬に跨らせ、一緒に歩き始めた。


(しかし……何故、あのオークとスケルトンは、逃げ出したんだろうか)


 騎士は先程の様子を見て、考えた。


(オークの方はともかく、確かアンデッド・モンスターは、基本的に”恐怖”を感じないから、逃げ出す事は無い、と聞いたが……)


 重装備の騎士の姿を見て、すぐさま逃げ出して行く、というのは、彼にとって余り見覚えのない光景であった。対プレイヤーなら、身構えるし、モンスターなら相手の技量を

あまり計れない為、元から相当に臆病な者以外は逃げる事は少ないからだ。

 例えば、オークが逃げ出すのは”戦況が不利になってから”だ。

 あんな遠距離から、騎士の外見だけで戦闘力を判断し、いち早く逃走―――なんて

とてもではオーク離れした判断力である、と言わざるを得ない。

 跨っている馬に驚いたのだろうか、と騎士は考えたが、それも少し変な気がした。


(それに、遠くからなのでよくわからなかったが……道具袋を漁るような仕草を見せていたような……。あんな事を低級クラスのモンスターがやるのだろうか……?)


 騎士の男は、近々大きい更新がある、と発表されたのを聞いていた。

 なので、もしかするとモンスターの行動ルーチンが、より複雑なものに変わるのかもしれないな、と思い、とりあえずそれ以上は考えない事にした。



 二人は街道近くの茂みに隠れ、息を潜めていた。


「な、なんで城砦騎士なんかが……」


「び、ビックリしただぁ……」


 彼らの視線の先には、さきほどの騎士が商人を介抱する姿があった。


「もう狙うのはムリだなぁ……」


「城砦騎士相手じゃな。それに……乗ってるのはあの”ベリムガンド”じゃねぇか。仮に馬だけだったとしても、100%勝てねーな」


 城砦騎士。城壁に囲まれるような大きな街・都市に居る大型の鎧を着込む騎士で、とんでもなく高い防御力を誇る”準上級クラス”である。

 動きは他の同レベルクラスと比べると劣るが、それでも遅いわけではなく、攻撃力・防御力の双方に優れる上に、多様な魔法スキルをも併せ持つ万能系クラスだ。

 そして乗っていた”馬”は”ベリムガンド”と呼ばれる生き物で、馬とサイを掛け合わせたようなずんぐりした偶蹄類だ。イノシシをスマートにしたような形状の動物で、強靭な6本足と頭の3本角が特徴的で、気性がやや荒い。

 乗りこなすには結構な乗馬スキルが必要となる。

 だが、乗りこなせた時の性能はかなりのもので、直線的な移動スピードまさにバイクのように速く、突進攻撃は大岩を砕くほどの攻撃力を持つ。その上で体力もかなりあり、非常にタフだ。


「あんなもんと戦ったら5秒持たねぇだ……」


「多分、治安維持局の奴等か。商人で単独だから……恐らく一応様子を見に来たんだな」

「ああ……ハラ減っただぁ……」


 ヤスキは空腹が限界近くまで来ているらしく、倒れこんでしまった。


「だ、大丈夫か?」


「う~ん……」


(う……やべぇなこりゃ……俺もなんだかハラが減ってきた……)


 ヤスキはかなり弱っているようだった。

 さきほど、ヤスキはPKに躊躇しつつも、空腹に耐えられないかもしれない、と危機感を持ってやろうとしていたが、あれは正しい判断だったのかもしれない、とミツキは思った。意外と猶予はなさそうである。


(……どうする?)


 ミツキは、これからどうするかを考えてみたが、いい案が思い浮かばなかった。

 またプレイヤーを待つには長い時間が必要で、それを待っている暇はないし、先に食料を調達しようにも、採集系のスキルを持っていないため、採ってもアイテムとして長く持っている事はできないだろう。それに仮にキノコなどを拾っても、調理スキルもないため余り空腹感を回復する事も出来ない。

 モンスターを狩るにも、装備すらないため、うまく狩る事ができるかはわからない。


(くそう、無い無いばっかりだぜ……)

「せめて捨ててある剣とか拾えればなぁ……」


 そう呟いてから、ミツキは動きが止まった。

 「あ」と思いついたように口走って、静止してしまった。


「……? どうしただ?」


「……俺、そういやキャンプ見つけてたんだ」


「なぁにぃっ!?」


 ヤスキは声を張り上げて、ミツキの方に振り向いた。


「ば、バカ! 大声を出すな!」


「あっ……」


 ヤスキは慌てて口を塞ぐ。そういえば、ここは街道近くであり、さきほどの城砦騎士がまだ周辺に居るかもしれないのだ。

 二匹はそろりと茂みから街道を覗き、様子を窺った。


「……」


 だが、先程まで居た場所に、人影は無かった。

 既に騎士たちは立ち去っていたようで、二人は事なきを得た。


「はぁ~……」


 安堵して落ち着いたところで、二人は”キャンプ”へと急いだ。

 街道沿いに元来た道を戻り、更に町をも通り過ぎ、進んでいった。


「いつ見つけただぁ?」


「この姿になって最初だ。入って助けを求めようとしたら、戦士のプレイヤーに見つかって追っかけられたんだよ」


「ああ、あの最初のは……そういう事だっただか」


 やがて、街道の中にたくさんのテントが張られた場所が見えてきた。

 あれが”キャンプ”だ。

 キャンプとは、沢山のテントが張られ片付けられ、を繰り返すうち、いつしか要らないテントが片付けられずに残り、フリー使用の宿のようになってしまい、自然に形成された集落のことだ。近場に優秀な狩場があったり、町から遠く、ちょっとした補給がしづらい場所に現れる事が多い。

 ここでプレイヤーや旅人は疲れを癒し、近くの町を目指すというわけである。


「おお……ほんつにキャンプだぁ」


「結構デカイから、人も結構いるだろうな……気をつけねぇと」


「いや……今がチャンスだぁ」


「え?」


「今は朝の10時ぐらいで、”月曜”だぁ。だから、社会人プレイヤーは出て言ってるし、廃人もそろそろ眠りに付いてるころだよ。学校に通ってる奴等も、もう流石に出て言ってるはずだぁ」


「そうかねぇ?」


「よし、忍び込むだよ。もうハラヘリが限界近いだぁ」


 背に腹は変えられない、と言う事で早速潜入する事になった。

 モンスターの姿そのままでは、当然ながら見つかったときに大騒ぎになるため、ヤスキが顔を天幕で隠し、ミツキは、目立つのでキャンプの外で待つ事になった。


「しかし……そんなんで大丈夫か?」


ミツキが心配して言う。


「服装自体はちゃんとしてるから、オラは顔さえ隠せばデブチンな人間にしか見えねぇはずだ。町みたいな大きな場所には流石に入れないけんども、キャンプならあんまり他人をじろじろ見たりしないから、なんとかなるはずだぁよ。エネミーフラグ・感知レーダーも使ってないヤツが大半だろうし」


「そんなもんかぁ?」


 少々強引な理屈に首をかしげるミツキだったが、もうホントの本当に手が残っていない以上、これに賭けるしかないだろう、と思っていた。


「じゃ、行ってくるだよ」


 ヤスキは唯一持っていた”天幕”を頭に巻いてオークの顔を隠し、キャンプの中へと入っていった。



 布をぐるぐる巻きに、覆面のスタイルとなりヤスキはキャンプ内を歩き回る。


「えーっと……どこにあるだかな……」


 キャンプに忍び込む目的は、ただ一つ。

 ―――”ゴミ箱を漁る為”だ。


「大抵、中央の方にあるはずなんだけんども……」


 なんとも情けない理由だが、ちゃんとそれには意味がある。

 町などの集落に存在するオブジェクトの一つに”ゴミ箱”というものがある。

 中に不要なアイテムを放り込む事が出来、中に入ったものは、およそ2週間ほど経った後に破壊され、消えてしまう。

 これだけならただの不用品処分の為のものだが、このゴミ箱は”漁る”事ができる。

 基本的に不用品ばかりなので、漁られることはほとんど無いのだが、間違って必要なものを捨てた時に取り出せるようにしてあるのだ。

 当然、ワナなどは全く仕掛けられておらず、取りたい物を好きなだけ、誰でも持っていくことができると言うわけだ。

 まさに、今のような状況では、絶好のアイテム集めができる。


「えーと……」


 ゴミ箱は基本的に町の中心部に設置されている事が多いのだが、中央付近を見ても見当たらなかった。

 なので、今度は端の方を見て回ることにした。

 閉じたテントが立ち並ぶ中を、ヤスキは静かに歩き回る。


(……気をつけねいと……)


 どこから人が出てくるかわからないので、かなり心臓に悪い。

 なるべく早くキャンプから抜けたいところだ。

 やがて、キャンプの端に、大きな四角型の物体を見つけた。


(あっ! あれだぁっ!!)


 喜び勇んで、すぐさま駆け寄ろうとしたが―――


(うっ!!)


 ヤスキの前に戦士型のプレイヤーが現れ、ギョッとしてしまった。

 その戦士の姿に、ヤスキは見覚えがあった。

 それは―――あの”ミツキ”を追いかけて狩ろうとしていたプレイヤーだった。


「……?」


 恐らくはこのキャンプを拠点にしていたのだろう。

 戦士プレイヤーは、怪訝そうにこちらをジロジロと見てきた。

 顔に布を巻きつけ、隠しているプレイヤーなんて見かけないので、珍しがっているようだ。いや、それとも……不審がっているのか。


(ヤバイだなぁ……)


 キャンプの真ん中でバレたりしたら、それこそ、どうなるかわかったものではない。

 だが、こそこそとするのも変な感じがする。

 いっそのこと―――と一か八かに賭けて、ヤスキは戦士プレイヤーの方を何も言わずに見つめ返した。


「……」


「うっ……」


 見つめ返していると、やがて戦士プレイヤーの方は気味が悪くなったのか、一言だけ

不快そうに呟いて、早々に立ち去っていった。彼は、ヤスキの後方へと離れていき、緑色の光に包まれて消えていった。


(ゲームアウト……いいだなぁ)


 もう終わる時間だったのか、ファシテイトの中から抜けて行ったようだ。

 それが、今のヤスキにはひどく羨ましく映った。

 早く抜け出たいものである。

 ヤスキはゲーム好きではあるが、こんな風に不安な状態で長時間プレイするのは精神的にかなり”来る”ものがある。


(とりあえず、さっさと漁るだ)


 ヤスキは邪魔者が居なくなったのを見計らい、円筒形のオブジェクトに備え付けられている梯子に近づいた。



 梯子を上って、上からゴミ箱の大きい口を眺める。

 ゴミ箱は意外と大きいオブジェクトで、ちょっとした小屋ぐらいのサイズがある。

 物を捨てるときは投げ込み、漁る時は備え付けの梯子に登り、オブジェクト内に上半身だけで入って、中身を漁るような形になっている。


「では……今度こそいくど!」


 ヤスキはゴミ箱の中へと、頭から突っ込んだ。


(臭っ!)


 ゴミ箱の中は、全方位に色んなゴミが詰まっていた。

 まさに”ゴミ溜め”としか言いようの無い空間だ。

 滅多にゴミ箱を漁るプレイヤーは居ないというが、それも腑に落ちるというものだ。


(~~~……)


 突き刺さるような臭いが鼻に充満し、思わず外に出たい衝動に駆られたが、ここ以外にもう行く場所は無い。意を決して、ヤスキは使えそうな物を探し始めた。

 手で漁るたびに、本当に色んなゴミが現れてくる。

 食べたあとの魚のホネ、果物の皮といった廃棄物から、壊れた剣や砕けた鎧の一部など、果ては遊びで投げ入れたのか、そこらへんの石なども入っていた。


(え~っと……)


 ヤスキは、三つの物を探していた。

 一つは、当然だが地図だ。これがなくては行動の指標を何も立てられない。

 周辺が細かく書かれたものか、なるべく広大な地形が描かれたものが欲しい。

 二つ目は……


(あっ! あっただ!!)


 奥のほうにあった紙を取り出す。

 少々薄汚れているが、それは間違いなく”地図”だった。

 周辺の町と地形が書かれているが、そこまで大きいものではない。

 大きさで言えば国の一地方を示した、ぐらいだろう。

 とはいえ、有難い。これでだいぶ指標を立てやすくなる。

 しかし―――


(……どこなんだぁ、これ?)


 広げてみてみるが、描かれているのは、見覚えのない地形だった。

 キャンプとの位置関係からして、恐らく、先程の町は”ギドラート”と書かれた場所の事であると思われるが、ヤスキはそんな名前を全く聞いたことが無かった。

 まぁ、ミツキに聞けばわかるかもしれない。

 これはとりあえずとっておき、更にゴミ山を漁る。

 次に欲しいのは……”アレ”だ。

 ”アレ”がなければ、これから動くのがかなり面倒になる。


(地図もそうだけど、”アレ”だけは……絶対にみづげねばっ……!)


 やがて、ヤスキはゴミの奥に何かを見つけ、引っ張り上げた。

 それは、黒ずんだ袋のような物体で、見た感じは汚れているが

 ヤスキは持つなり、喜びの声を上げた。


「やっただっ!! ”道具袋”だぁ!」


 これが二つ目に欲しかったものだ。

 道具を入れるための”道具袋”。

 これがなければアイテムの携帯もままならない。

 より大容量、高性能のものを手に入れると前の袋は売るか捨てられるので、デフォルト装備で持っているものが入っているのではないか、と踏んでいたのだった。

 拾ったのは「初級旅人用携帯袋Lv.1(30cm×30cm)」だ。

 これでちょっとした手提げ袋程度の携帯が可能になる。

 ミツキ用に似た物をもう一つ手に入れ、再び漁る。

 すると―――今度は長い棒と小さな鞘を見つけた。


「おっ!」


 それは”棍棒こんぼう”と”短剣”だった。

 初期装備の一種だが、これも新しい物を手に入れると

 破棄されるものの代表で、売っても殆どお金にならない為、ゴミ箱に多く捨てられる。 これも欲しいものだった。これからどうなるかわからないので、いつまでも素手でいるわけにはいかない。


(こんなところだか……)


 必要なものは、とりあえずこの辺だろう。

 できるなら食べ物などが欲しいが、流石にゴミ箱に捨てられているものは「毒キノコ」だとか食べるのに適正な期日を過ぎたとかで危険なものの可能性があるため、拾うわけには行かない。”嗅ぎ分け”のスキルを持っているなら選別も出来るが、今の自分にはそんなものは使えない。

 ほかにも、ある程度使えそうなものを探して道具袋に入れ、ヤスキはゴミ箱から上半身を引き上げた。



 キャンプから出て行く途中、適当なテントに目をつけ、外に置かれている水差しから水を飲んだ。空腹をとりあえずごまかすためだ。水で癒える空腹など、たかが知れているが何も口に入れないよりは遥かにマシである。

 出来るなら食料をどこかから恵んでもらいたい所だが、それはこの姿では出来ない。


(腹減っただなぁ……ミッキーと合流したら、まずは食い物を探すだ)


 ヤスキはそのまま、外へと出て行こうとしたが、ふと、あるものに目を留めた。

 ゴミ箱と同じく、キャンプの端の方に円筒形の物体が見えたのだ。

 ゴミ箱オブジェクトとは違い、今度のはかなり小さい。

 人の身長の半分程度の大きさで、一番上はやや傾斜して尖った形になっており、上面にガラスのようなものが付いていた。


(もしかして……)


 ヤスキは、その物体に見覚えがあった。


(あれ、コントロールモジュールじゃないだか……?)


 それは電子の機械。上側の液晶画面から色々な情報を閲覧する事ができる

”コントロール・モジュール”だった。

 本来、冒険者が使う事が出来るゲーム的なシステムは「パネトレート」コマンドを使って生成されるウィンドウ。それで使える簡易なものしかないが、その補助のために、より高機能なコントロールパネル・コンピュータモジュール(通称”コンパネ”)が、町には必ず存在している。

 あれを使えば、現実世界に助けを求める事が出来るはずだ。

 見つけてから、ヤスキは周辺を見回した。

 モジュールの操作は時間が掛かる。人に見つからないようにしなくてはならない。

 幸い、今はまだ午前中であるため、キャンプ地に人はまるで出歩いていない。

 「今がチャンスだ!」と、ヤスキは確信した。


(急ぐだ……!!)


 急いでコンパネまで駆け寄り、操作する。

 ここからならGMコールも可能なはずだ。

 液晶画面に触れてメニューを起動させ、急いでGMコールを行う。

 しかし―――


(……あれ? ないだ……!?)


 トップ画面に、またしてもGMコールボタンが存在していなかった。

 それどころか連絡系のメニューが、全て消えてしまっていた。

 何か無いか必死で探すヤスキは、絶望的な表示を目にした。

 そして思わず、声が漏れた。


「にっ、にっ……にぃっ……!」


”◆重要◆”という言葉で始まっていたその告知は以下のようなものだった。


 ―――”現在、通信手段見直しの為にメニュー画面では”

 ―――”GMコール、電話機能、他プレイヤー通信、掲示板”

 ―――”などが使用できなくなっています。予めご了承くださいませ”

 ―――”なお、復帰には現実時間で≪2週間≫ほど掛かる見通しでございます”


「2週間ぁンンン~~~ッ!!」


 ”絶望”という感覚があるのなら、それはまさに今だ。

 ヤスキは、つくづくそれを思い知らされた。

 現実時間で2週間は、ファシテイトでは6週間だ。

 つまり―――”1ヵ月半”はコンパネから連絡を行う事ができない。


「~~~……」


 頭が痛くなってきた。

 どうやらミツキの言うとおりに、ゲーム内で助けを待つほか無いようだ。

 キャンプから出る為、コンパネを閉じようとしたヤスキだったが、ふと、思いついた。”現実世界の自分は、今、どういう風になっているのだろうか?”と。


(……)


 ふと、一応、周囲を確認してみる。

 やはり月曜であるからか、人影は全く見えず、このまましばらく動かしていてもバレなさそうだ。


(……風邪、とかだかなぁ?)


 病欠か、それとも単純に無断欠席か。

 それが何故か気になり、コンパネの”国民基本情報システム”を使い、学校の今日の時限日程と、出席状態を確認してみる事にした。

 だが……これは、大きな間違いだった。

 何故ならこの数秒後―――ヤスキは今度こそ”本当の絶望”へと叩き落される事になったからだ。


(えーと、今日は……PCリテラシー、国語、社会、数学、保健体育、選択科目だなぁ)


 科目を確認し「今日の一時限目はパソコンの授業かぁ……」と楽な授業であった事を少々悔しく思いつつ、出席確認を見る。

 すると自分は「出席」と記録されていた。


「なぁ~んだ。出席だか……」


 ―――荒金 靖樹 ■出席■―――


(……えっ?)


 見間違いかと思い、改めて液晶画面の表示を確認する。

 だが、そこには間違いなく”出席”と書かれている。

 別の人物でもなく、学校も間違いなく同じだ。

 「別の日か?」と疑ったが、表示も間違いなく今日の日付となっている。


(いやいやいや、出席……? えっ……えっ……!?)


 何度見直しても、緑色の通常出席者の表示になっていた。


(そ、そんなハズはないだ……!)


 心の底から、ヤスキは動揺した。

 有り得ない―――だって自分はここに居るはずなのだ。

 電想世界ファシテイトで、今、事故が起きてしまって、強制的にゲームプレイ中のはずなんだ。”なんで何の問題もなく、普通に出席できているんだ?”


(こ、コンピュータが故障しただか……!?)


 動揺しながら、今度はパソコンからカメラにアクセスしてみる。

PC・リテラシー授業の時間中は、特別にオンライン配信が行われていて、外部の人間も、授業風景を見ることが出来る。

 なんでも、学校授業のクリーン化の一環だ、とかそんな理由で始められたという。

 だが今はそんな事は関係ない。


(こ、故障に決まってるだ。故障に……故障のはずなんだぁよ……!!)


 一刻も早く事実を確認したかった。

 ヤスキが操作を行い、数拍置いて、液晶画面は授業風景を映し出した。

 それを見るなり、ヤスキの頭の中は真っ白になってしまった。

 そこには―――”自分が映っていた”から。


「!!!」


 ”何事もなかったかのように、自分は授業を受けていた”

 なら―――今、ここで自分を見ているのは、誰だ?



 キャンプの外で待っていたミツキは、戻ってきたヤスキの様子を見るなり、何かおかしい事に気づいた。


(な、何があったんだ……?)


 何故かというと、ヤスキは顔を覆っていた布を外し、堂々と出てきたからだ。

 全く身を隠すこともなく、フラフラとした足取りで、ヤスキは出てきた。

 まるで世紀のホラー映画でも見てきたような、憔悴しきった様子だ。


「お、おい大丈夫か!?」


 ミツキはすぐさま駆け寄り、とりあえず、ヤスキを連れて近くに身を隠した。

 見つかったら大変である。幸い、誰にも見られてはいなかったようだ。

 ヤスキは、ひどくショックを受けた様子だった。


「どうしたんだ? やけにぐったりしてるがよォ……? 遂に頭まで腹ペコが回ってきちまったか?」


「……コンパネがあっただ……」


「何! 本当かよ!」


「でも……見ちまっただ……」


「?」


 ヤスキはミツキに、コンパネから見た事を話した。

 コンパネの液晶越しに見た現実世界では”自分”が何事も無く生活を行っている事。

 そして、捜索願いなどが出されて無いか探しても、何も出されていなかった事。


「な……う……嘘だろうオイ!」


 それを聞き、動揺して問い返すミツキだったが、その問いかけにヤスキは全く応えず、終始無言だった。だが―――その様子こそが”嘘ではなく残酷すぎるほどの事実”である事を告げていた。


「……」


 ヤスキは、まさに疲労困憊といった状態で、立っている事も辛そうだ。

 無理もない。食事を殆どせずに、ここまで動きっぱなしな上、先程の話が本当ならば

”自分”がもしかすると”自分ではない”のかもしれないという衝撃の事実を見てしまったのだから。

 これでショックを受けない方がムリがあるというものだ。


「オラたちは、一体、何なんだぁ……? もしかすて、バグで生まれちまった新しい意識 とか……?」


 ヤスキは、うわ言のように推測を呟く。

 目は虚ろで、今にも失神してしまいそうな様子だ。


「……」


 口元を手で覆い、ミツキは考え込んだ。

 ショックを受けたのは彼もまた同じだった。


(どういう事だ……?)


 現在、自分達の状況は”自キャラ”が”どこかのモンスター”に入れ替わっている、という状態だ。自分のキャラクターが変化させられ、更には位置も変化させられている為、だからゲーム中の”意識の位置”とでもいうものが、うまく合わずに、ゲームアウトが出来ない。

 こういう状況であり、強制的にゲームプレイ中なわけで……”起き上がる”なんて事は不可能なはずだった。

 なら、何故―――現実の自分達が普通に生活できているのか?

 ゲーム上に意識が残っている状態で、現実の身体が動き出すなど有り得る筈が無い。


(ヤスキだけがそうなってるんだろうか……? 他に、考えられるのは……)


「あのー、もういいですかい?」


「ふぇっ?」


 不意に、後ろの茂みから声が聞こえ、ヤスキが素っ頓狂な声を放った。

 そして、呆然としている二人の前に小さな影が躍り出てきた。

 小動物のように小さいそれは、熟したサクランボ色の身体をしていて、2本の後ろ足と腹の横についている2本の、計4本の足で身体を支えていた。

 前の2本の手にはくわのような農耕具を持っている。

 そして身体の質感は、カラのようなもので覆われている、と言う感じで、頭には触覚がある。

 それは―――まさに”アリ”と言うほか無い生き物だった。


「な、なんだこれわぁ……あ、新手の敵だか……!?」


「ああ。もういいぜ」


 驚いているヤスキをよそに、ミツキはアリに親しげに話しかけた。


「知り合いなのかぁ?」


「知り合いって言うほどじゃないが、さっき外で待ってる時に会ったんだ。最初は敵かと思ったんだが、こっちが旅人だって話したら、村に案内してくれるって言うんでよ。一応隠れてて貰ってたんだ」


「旅人……? む、むらぁ? 言葉が通じるってことはプレイヤーじゃあ……」


 ミツキが顔を近づけて、こっそりとヤスキに囁いた。


(とりあえず話を合わせてくれ。コイツは……どうもプレイヤーじゃないらしい)


(えぇ? じゃあCPUって事だか?)


(そうなるはずなんだが……)


 どことなく”腑に落ちない”という風に応えるミツキ。


「?」


 やがてミツキが立ち上がり、アリに向かって言った。


「案内、頼まれてもいいか? この辺はあんまり慣れて無くてな」


「ああ。旅人さんにゃ、親切にしろって言われてるだよ」


 そう言ってアリは歩き出した。


「俺っちはアントラスの”マギー”。よろしくな!」


「ああ。よろしく頼むぜ!」


 ミツキは元気よく答え、振り返ってヤスキに言った。


「まぁ、とりあえず行ってみようぜ。ここに居てもしょうがねぇ。それに……積もる話もあることだしよォ」


「あ、ああ……んだな……」


 二人のモンスターは、アリに連れられて歩き出し始めた。


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