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21:二重の山の頂で

荒金靖樹たち三人は、不思議な少女から頼まれた人探しのために

北海道エリアの「ルサーラ」へと辿り着いた。

そして襲撃や、初心者である銑里へのレクチャーなどを経て

ついに雪山の探索へと出発する。

殺伐とした雰囲気に包まれる街や、異様な雰囲気に満ちる山を越えて

隠蔽アイテムを使ったり、キャラクターチェンジのコマンドを使用したりして

雪山を進んでいくと―――

(文字数:23203)

 アリカへのチュートリアルを経て、夢から覚めるように身体が現実感を取り戻すと、靖樹の目の前には、いつものネットカフェの光景が見えた。

 学校に一番近い、いつも使用している店である。


「うあ~……」


 呻きながら、靖樹は身体を起こした。

 今回は初心者である銑里に色々と説明を行っただけだったが、気を使ったからか、やたら疲れたような気がした。

 靖樹は、すぐには席を立たずに耳のユニオンデバイスのタブを回した。

 そして、パーソナルビュー越しにニュースを表示させて、適当に流し見た。

 その時、左上の通知表示の部分に「メール着信」のアイコンが現れた。


(メール? 誰からだ……?)


 靖樹は、銑里からのメールかもしれないと、少々鼻の下を伸ばしつつ、メールを開いた。

 だが―――次に表示された文面を見て、靖樹は思わず顔をしかめた。


『ギルドポイント不足のお知らせ』


「あっ……」


 そこに表示されていたのは、学校ギルドからの”ポイント不足”を通達する文面だった。


(しまった……つい忘れてた)


 靖樹は先日、学校にて起きた”コマンド誤爆”の事件を思い出した。

 『キャラクターチェンジ』コマンドをよく確認せずに使用し、アバターがオークへと変わってしまったあの出来事だ。

 あの時から―――いや、少々前から頭の隅に置いていたことであったが、”ギルドポイント”が不足しっぱなしであり、このままだと危険なラインに割り込む可能性があった事を、すっかり忘れてしまっていた。


 実の所―――「学校ギルド」というのは、強制的に参加する必要はない。

 クラブ活動の延長線上であり、入るのは学生個人の意思による。

 ただ参加していれば、他のギルドへと入りやすくなったり、様々な物資を調達しやすくなったりと様々な恩恵があり、基本的にゲームとしてファシテイトをプレイしている学生は、その殆どが所属している。

 先生を含めて大半の生徒が所属している為、一種の「社会」のようになっているといっても、過言ではないかもしれない。

 しかし―――学校ギルドには無条件で在籍していられるものではない。

 学校ギルドの中では、生徒の能力によって格付けや仕事の分類がなされており、所属するプレイヤーには役割別に”ノルマ”が課せられている。


 ノルマ自体は、基本的に大した物はない。

 せいぜい「ある物資を一定個数納入する」だとか「訓練戦闘で一定数の戦闘をこなす」とか「会議などに特定数出席する」などの、そんな軽めのものだ。

 それを普通のプレイの合間にやっていれば、ギルドには問題なく所属している事が出来る。

 ギルドでのランクが上がれば、待遇はより良い物になっていくので、こっちでの活動をメインに頑張っているプレイヤーも少なくない。


 ただ、問題はこのノルマがこなせなかった場合である。

 靖樹は、この”ノルマ”を達成する為のプレイを、しばらく前から全く行っていなかった。

 理由は簡単。もう少しで準上級へと到達できそうな状態であった為、またそれに関連してアーティファクトを手に入れようとしていた為、ノルマそっちのけでいたからだった。

 だから―――こうして”催促を伝えるメールが送られてきたというわけだ。


(しまったぁ~……全ッ然、やってなかった……!)


 慌てて、靖樹はメールの終わりの方を見た。


(あと、猶予どれぐらいだ?)


 メールの最後には、期日と必要ノルマが記されていた。

 だが……それを見て、靖樹の表情はみるみる青くなっていった。

 何故なら、猶予がたった―――”3日”しかなかったからだ。


「……マズイなぁ」


 彼が持っているノルマは、ギルドの戦闘メインのプレイヤー達が消耗する”攻撃アイテムをいくつか製作する”と言うものだったのだが、靖樹は、それを今まで1ポイント分も達成できていなかったのだった。


(……確か、作らきゃならなかったのは”魔銃”で使う為の弾丸だったな)


 靖樹が所属しているのは”調達班”であったため、持っている役目は”消耗品の調達”だ。

 ノルマは「3ヶ月以内に”魔銃”で使用される”標準型弾丸”を、合計2千発調達してくる事」である。

 買ったり、実際にどこかで拾おうとすると、かなり厄介なノルマだ。

 だが、これは”合成”を駆使すればさほど難しくない仕事である。

 材料があれば、1時間に2百発程度のペースで、簡単に造る事が出来る。

 ただ―――材料の中に、どうしてもいくつか、日本では関東の都市部でしか流通していないものがあった。

 なので、もしギルドのノルマを消化しようとしたら、北海道エリアから関東エリアへ戻らなくてはならない。


(戻るか……? いや、それはちょっとなぁ……)


 今、北海道エリアから出るわけには行かない。

 エリア全体が戦闘状態に移行しつつある今、易々とエリア移動を行う事はできない。

 もし東京の方へ移動すればすぐには戻れず、次に入れるのは、かなり先になっているだろう。

 それは出来れば避けたい。


「ま、明日の進み具合で考えるか……」


 悩んでいても仕方ない。

 ひとまずこの事はメモだけとっておき、仮置きしておく事にして、靖樹はネットカフェから出て家への帰路へと着いた。



 次の日―――学校が終わってから、靖樹はどこへも寄らずに、自分の家へとまっすぐに帰った。

 学校での全ての行事を全て終わらせ、そして自分の部屋へと戻ってから、ワールドインを行う事にしていたからだ。

 今日は時間的に出来うる限り雪山の探索を行いたいので、出来るなら宿題などを全て終わらせておきたい所だった。


「さて……時間か」


 今日は、かなり長時間のプレイを行うので、しなければならない事は出来る限り排除しておきたい。

 そう思って、靖樹はやらなければならない用事を考えた。


(課題とかレポートは……明日以降でも大丈夫か。ただ……)


 学校から出ている学科の課題だとか、レポートだとかは、夏休みが近づいている事もあり、そちらに一気に纏められるようで少なめだった。

 これは問題ない。ただ、問題は―――


(あるとしたら、ギルド内でのノルマ……か)


 靖樹は昨日メールで通知された、ギルドでのノルマの件が気になっていた。

 時間的に、納入しなければならない物を集めて作るには、プレイ時間にして、およそ10時間強ほど。材料を調達する時間を考えても、丸一日を潰すぐらいのプレイ時間が必要だ。

 出来るなら―――今日か明日中には東京の方へと戻りたい所だった。


「どうなるかな……」


 ベッドへと横になってから、靖樹は悄然としつつ呟く。

 そして、ゲームをスタートさせるコマンドを起動させた。


『これから、ファシテイト・ファンタジーを開始いたします』


(今日中に、”後藤”って人に会えればいいんだけど……)


 目を閉じると、身体から現実世界の感覚が消失していく。

 やがて―――とても深い眠りに落ちる感覚と共に、靖樹の意識は途絶えた。



 しばらくの重力消失の後―――靖樹は『ラクォーツ』となって、ルサーラの宿屋の一室で目覚めた。

 ゲームを始まるのも終了させるのも寝てから行うというのは、やはり不思議な気分である。


「うぅむ……時間、は……」


 現実時間で「17:30」の今、電想世界時間は「08:05」を指していた。

 ゲーム内は”丁度朝方”と言ったところか。

 電想世界は時間の流れが違う為に、こういう風に時間帯が大きくずれる事も少なくない。


「探索日和って所かな」


 ラクが窓から空を見ると、天気は非常に良い感じだった。

 雲は殆ど出ておらず、日差しもいい感じであれば、風が強く吹いている様子もない。

 山の方を見ても、雲は余りかかっていなかった。

 これなら―――今日一日ぐらいは、少なくとも何事もなく探索できるだろう。


「……ん」


 ふと、ラクは窓の下のほうへと視線を落とした。

 すると―――通りには、前にゲーム内に居た時よりもプレイヤーが増えているような気がした。

 それも、鎧を身につけていたり、魔法使いなどが付けるローブを深く着込んでいたりなどの「ロールプレイヤー」ばかりだ。

 現実と同じような普段着で歩いている者は、殆ど見えなかった。


「まぁ、当然といえば当然か……」


 あれからニュースなどで再度確認した所に寄ると、現在―――ゲーム内の北海道エリアは、実に7割近くの町や集落が、モンスターによって占領されているらしいという。

 本州から北海道へと渡る方面に、ここルサーラ、もとい沙流郡を表す場所から札幌方面までを丁度繋ぐように人間側のエリアが残っている、と言う感じだ。

 なのでルサーラは現在、実質的に”最前線”となっている。

 街を歩いている人間が、全て戦闘用に武装しているロールプレイヤーであるのも当然というものだろう。

 絶好の戦闘イベントとなっているので、国内外から様々な人間が来ているはずだ。


「そろそろ来るかな」


 町の様子を一望してから、時計の方を見直す。

 すると、二人と約束していた時間を、針が指し示すのが見えた。

 そして―――


「!」


 ラクが時計を見ていると、部屋の中にあったセーブポイントを示す円陣が輝き始めた。

 やがて―――光が一瞬、弾ける様に強く周囲を満たすと、その後にはグンタとアリカの姿が現れていた。


「うぉっと……先に来てたか」グンタがラクを見て言った。


「おはよっ! ……ま、リアルな時間的には夕方なんだけど」


 アリカも現れた瞬間に、ベッドから立ち上がり、ラクに向かって言った。


「おはよう。さてと……それじゃあ行こうか」


「いざ雪山っ!」



「にしても……物騒な感じになっちまったな」


 グンタが町を練り歩く戦士達の集団を見て呟いた。

 宿から出て、三人はマルールから渡された雪山エリアへと近い「北東の門」へと向かっていた。


「しょうがないさ。こんな大規模な戦闘、今までなかったんだから」


「ほんとのファンタジーゲームみたい」


 普段の町エリアは、ここまで武装した人間が歩いている事は少ない。

 通常は、インフラとして利用する一般の人々も居る為、町中ではアバターはその多くが普段着でいる。

 戦闘用の装備を身につけていると、余りにも目立つからだ。

 無論、戦闘要素などをファンタジーゲームとして楽しむ層は、そんな事を気にしないで居る為、全く見かけないわけではない。

 ただ―――こうして”出くわすプレイヤーのほぼ全てが武装している”というのは、非常に珍しい光景だった。


「さて……これから雪山探索を開始するわけだけど、二人とも、時間は大丈夫か?」


「大丈夫大丈夫! 今日はバッチリ夜の9時ぐらいまで大丈夫だよ」


「オレも問題はねぇぜ。課題もそんな出なかったしよ。ただ……」


 グンタは途中で言葉を切ると、ラクに訝しげに訊ねた。


「ラク。お前、ノルマ大丈夫なのか?」


「ッ……いや、それは……」


「どしたの?」


「コイツ、学校ギルドのノルマ、全然こなしてないんだよ」


 アリカに包み隠さず言ってしまうグンタに、やや”デリカシーのなさ”というものを感じつつ、ラクは応えた。


「お前、なんでそれ知ってるんだ?」


「田所の奴に言われたんだよ。お前が”追放候補”に上がってるってな」


「……わかってる。それは」


「”追放候補”って?」


 アリカが訊ねると、グンタが言った。


「学校ギルドってのには、所属している為にこなさなくちゃならない仕事があるんだ。それを”ギルドノルマ”っつって、要するに出席とか成果とかで溜まるポイントを、一定数集めなきゃいけないって感じになってる」


「それをこなせなかったらどうなるの?」


「ギルドから”追放”される。そして、少なくとも”1年”は再加入できない。学校でギルドに入ってねぇだけならともかく、追放されちまうと……ちょっと面倒な事になる」


「面倒な事って?」


「色々ある。学校に居辛くなるってのが第一にあるし、それ以外にも学校ギルドには教師とかも所属してるから、成績とかにも悪影響が出てくる。名誉挽回するにも、再加入に1年掛かるから、かなり面倒な事になるんだ」


「うへ~……」


「わかってる。だから……個人的な我侭になるけど、出来るなら今日中に、何か手がかりを見つけておきたいんだ。明日中には戻れるようにさ」


 やがて、三人は門へと辿り着いた。

 そして、街から出ようとすると―――突然、呼び止められた。


「ちょっと待て。君たち……どこへ行くんだ?」


 門の両側には、かなり重武装した兵士達が何人も待機していた。

 二度と襲撃を受けて町を乗っ取られないように、防衛人員を増やしているのだろう。


「ちょっと雪山の方へ、探索に出たいんですが」


「危険だぞ。止めておいた方がいい」


「大丈夫ですよ。俺達は前の防衛戦にも参加してましたし」


「! あの防衛戦に……!?」


 ラクが事情を話しているうち、”ギガースが攻めてきた時の戦闘に参加していた”と言うと、番兵の表情が変わった。


「今回も、山の方で異変がないか調査しに行こうと思いまして」


「なるほど……了解しました。しかし……それにしては、ちょっとレベルが低いような。失礼ですが、戦闘のほう、大丈夫ですか? 雪山エリアは、強めのモンスターが出現しますよ」


「大丈夫です」


「わかりました。お気をつけて」


 番兵はそう言うと、門の端の方へと戻っていった。


「”レベルが低いような”だって。失礼だなぁ~……ホント」


 アリカが不満そうにそう言うと、ラクがフォローするように言った。


「しょうがないさ。事実……たった三人の上に平均レベルが20ちょっとなんだから」


「もしかするとオレら三人より、さっきの番兵のが強かったかもな。レベル38、だったか。チラッとしか見てなかったけどよ」


 冗談のような、やけっぱち混じりの洒落のようなモノを呟きつつ、グンタは番兵に手を振った。



 それから三人は、ルサーラの「北東の門」から出て、雪山エリア続く街道へと入り込み、足跡を残しつつ進んでいった。

 やがて―――街道を逸れ、しばらく経つと、ラクが足を止めて言った。


「さて……人目がもう見えなくなったことだし。この辺で試しておくかな」


「試すって何を?」


「あの”モンスター”へ変身するコマンド、だよ。ここら辺なら、誰かに見られる事もない」


「ああ、あのスライムとかになる奴ね。でも……なんで試すのよ?」


「もし、ランクアップとかをしても、何の障害も無く元に戻れるなら、これから何かの力になるかもしれない。例えば……モンスターと話せるのなら、強力なモンスターを説得してやり過ごしたり出来るかもしれないし」


「でも……話しかけるのは、今まで何度かやってみたでしょ?」


 アリカが溜息混じりにそう言った。

 ”どんなモンスターにも話しかけられるのか?”というのは、あのアリの街を出てから試した事のひとつだ。

 結果を言えば、それは出来なかった。

 町に居たアントラスや、カクタスなどとは話す事が出来たが、日本エリアへと向かう途中で出会ったモンスターには、話しかけても機械的に攻撃されるだけで、どれとも遂に話す事は出来なかった。

 ”町に居るモンスター”にしか、話しかける事は出来ないのだ。


「説得出来るんなら、この前の巨人との戦いとかも、どれだけ楽だったか……」グンタが疲れたように言う。


「それについて考えてたんだけど……」


 ラクは、ルサーラの防衛戦の時に考えていた事を二人に話した。

 今、北海道エリアの様々な場所を攻撃している「ゴブリン」の中に、もしかしたら自分たちと同じようなプレイヤーがいるのではないか? と。

 そしてそういったプレイヤーが居たとするなら、何らかの形で、ほぼ全てのモンスターと会話のようなものが交わせるのではないか? と。


「う~む……確かに、一理あるっちゃあるがな……巨人が町に攻めてくるなんて事自体、珍しすぎる事だしよ」


「でも、何度やってもダメだったじゃん。話しかけるのって。危ない時もあったし……」


「確かに試してはみたけど……まだ試してない奴等がいるんだ。そいつらに今度は試してみたい」


「試してない奴等って……?」


「”ノンアクティブモンスター”って奴だ」


「のんあくてぃぶ?」


「簡単に言えば、”非敵対モンスター”だ」


 グンタがアリカに言う。


「何なのそれ?」


 アリカの問いかけに、ラクが答えた。


「モンスターってのは通常、縄張りに入ってきたりとか、視界に入ったりとか、理由こそ色々と違うんだけど、基本的に人間を見つけると、どいつも反応して襲い掛かってくるか、逃げてしまう。それを分類としては”人間と敵対している”と言う事で”アクティブモンスター”って言うんだ」


「敵対してるモンスター……」


「まぁ、本来の意味は”活動的”って言うんだけどね。敵を見つけ次第、攻撃してくるモンスターって事。で……それの逆が”ノンアクティブ”。”敵対してないモンスター”。そいつらは、人間を感知しただけでは何も目立った反応をしない」


「あのアントラスとかね」


「いや、ああいうのとはまたちょっと違う。完全に無反応なんだ。こっちから攻撃を仕掛けるとか、何か別のトリガーがあるまで、攻撃をしては来ない。今までモンスターに変化して話しかけたのは、全て通常の―――常時敵対してる奴等だけだった。だから今度は……そいつらにコンタクトを取れるか、やってみたいと思うんだ」


「へぇ、いいんじゃない? 敵対してないモンスター。探してみよっ!」


「おいおい、簡単に言うが話せそうな”ノンアクティブ”のモンスターって少ないんだぞ」


「そうなの?」


「ああ。ノンアクティブモンスターは、本当に小さな虫とかの、小さくて知性の欠片も無いような奴と、そこそこに強くて人間を恐れる必要がない、ってモンスターの2種類に分かれるんだ。虫とかには……多分話しかけるのはムリだから、そこそこに強い奴に呼びかけてみないと」


「そんなの、この辺に居るの?」


「奥のほうに行けば居る事はいるはずだ。まぁ……まずは”ランクアップ”しても大丈夫かどうか試してからさ」


 やがて三人ともメニュー画面を出して、変身コマンドを起動させようとした。

 だが、そこで三人の動きが止まった。


「……しかし、誰が試すんだ?」


 グンタが訊ねると、ラクが言った。


「俺がやってみる」


「大丈夫か?」


「俺が一番適当だろう。オークの姿だったら最悪、顔を隠せばなんとか人間のフリができるし」


「確かにスケルトンとかスライムだと、殆ど身を隠せなくなっちまうが……」


「でも敵のマーカーとか、レーダーの表示はそのままなんじゃないの?」


「確かに表示はそのまま敵になるけど、今はもう翻訳システムが復帰してるみたいなんだ。だから、顔さえ隠してとぼけて話してれば、言葉が通じるから何とでもなるさ。多分」


「もう言葉も大丈夫なんだ?」


「きっと、あのパッチに翻訳システムを復帰させるプログラムも書かれてあったんだと思う。学校で暴発した時には問題なく話せたし」


「学校で暴発……?」


「ああ、いや、実は……」


「話しといた方がいいぜ。結構重要な事だと思うしよ」


「……わかった」


 グンタに窘められ、ラクはしぶしぶ学校であった”変身コマンド暴発事件”を話した。

 学校ギルドのメンバーが大量に集まっている訓練空間で、何気なくあの”キャラクターチェンジ”のコマンドを使ってしまい、その後が大変だった事を話した。


「ああー……なるほど……そんな事があったから”絶対に使うな”って必死に言ってたワケだ」


「悪い。隠すつもりは無かったんだけど……」


「別にそんなちっちゃい事気にしてないって。それより、ホントにアンタがやるの?」


「ああ。もしワールドアウトのコマンドとかまで使えなくなったとしても、リアルの状況から言って、自分の家からインしてる俺が一番ダメージが少ない。だから、俺がまずやってみるよ」


 ラクはそう言ってモンスターへの変身コマンドを使った。

 いつものように身体が青い帯状のモノに包まれ、ラクは、オークの姿「グンバ」へと変化した。

 そして―――更に新しい『ランクアップ』のコマンドを選択した。


『【魂核強化】を行います、対象のモンスターを選択してください』


 そして、いくつか現れたモンスターの一覧から、一体を選択した。


「んー……じゃあ、一番オーソドックスそうな『オークファイター』で行ってみるだか」


 グンバがコマンドを選択すると、彼の身体の周囲に、電流のようなものが流れ始めた。

 青色と乳白色が交じり合ったような色の細長い火花のようなそれは、やがてどんどん間を短く、激しいものとなっていき―――


「う……うぉわっ!!」


 そして―――閃光が一際激しく周囲に走った後、グンバの姿は少し変化していた。

 オークの身体が僅かに大きくなり、肌の色が”ピンクと黄土色の混ざった感じ”から”明るめの灰色”へと変化していた。


■オーク・ファイター

 一般的な戦士クラスに就いているオーク。

 奴隷や荷物運びなどの使い走りを経て、正規の戦士クラスに登用された存在。

 長い下積みで虐げられていた為か、暴力的な気性を育てており、憂さを晴らす為に、弱者に対しては特に容赦ない攻撃を加える。

 数十名で結託し、地方の町などへと攻撃を仕掛けてくるオークの大部分がこのモンスターである。

 その為、オークのイメージとしては最もポピュラーなものかもしれない。

 ぼってりとしたビール腹をしているが、それなりに苦労してきたからか、オークとしてはそこそこの戦闘力を持ち、力自慢を気取っている。

 だが、所詮はザコモンスターの代表格であるオークであるため、一般的な戦闘要員と戦うとあっさり負けてしまい、尻尾を巻いて逃げ出す部分は全く持って一緒である。

 ただパワー自体は接近クラスとしてのものをちゃんと持っているため、遠隔型のクラスが接近されると危険である。

 主に棍棒や両手持ちの大斧などの、破壊力の高そうな見た目の武器を好んで使用する。

 その為、動きが非常に鈍くなっており、簡単に先制もカウンターも取る事が出来る。

 更に鎧などに関しては全くの無頓着で、粗悪なものしか身につけていない。

 この事が戦闘力の低下に拍車をかけている。

 知性は低く、魔法や科術はまず使えない。近接戦闘用のスキルを憶えている事も殆ど無い。

 集団で現れる場合が多いが、連携も取れている事はまずない。

 よほど油断しなければ、負ける事はないだろう。


「……どうだ?」


 グンバの変化した後、グンタが恐る恐る声を掛けた。

 グンバは―――体色の変わった手を開いたり握ったりしつつ、まじまじと身体を見ながら、呟いた。


「なんか……身体のおぐが、熱くなってくるような感じがするだ。力が湧き上がっでくる、って言うんだかな。こういうの。前よりも……強くなった気がするだ」


「それじゃ、後は元に戻れるか……だね」


 アリカが言うと、グンバは黙ったまま頷き、再び『キャラクターチェンジ』のコマンドを起動した。

 ランクアップを行っても、モンスターから元へ戻る事が出来るかどうかを試す為だ。

 光の帯がグンバの身体を覆い、やがてそれが晴れると―――


「……戻れた……かな?」


 光の帯が弾けて現れたのは、元の傭兵姿へと戻ったラクの姿だった。

 それを見て、グンタ達二人が歓喜の声を上げた。


「おお!」


「戻ってる戻ってる! 大丈夫なんだ!」


「じゃあオレもやってみるぜ!」


「あたしも!」


 安全が確認されたのを見ると、すぐさま二人ともモンスターチェンジを行って、ランクアップのコマンドを起動した。そして、どの上位モンスターへとなるか選び始めた。

それを見ていて、ラクは考えた。


(”安全”って事は……これ、詰まる所―――単純に”キャラが二人分”になったって事か)


 これは、この時点でもかなり大きなアドバンテージである。

 アバターは、基本的に一人一体しか持てない。

 これは、膨大な処理を少しでも軽くするのと、”BOT”と呼ばれる完全にコンピュータの処理で動く自動操作のアバターが氾濫する事を防ぐ為と言われている。

 その為、一人一体を基本に、戦闘の技術体系などは出来上がっている。

 だが―――こうやって”二体分”のキャラクターを使う事ができるようになったなら、例えば片方を完全な直接戦闘型にして、もう片方を魔法系キャラにする、といった手が使えるようになるはずだ。

 他の仕様も確認してみなければ、まだなんとも言えないが……。


「オレはこれにしてみるか」


「あたしはこれで!」


 二人は共に進化先のモンスターを選択した。

 ラクと同じように二人は、青色と乳白色のプラズマに包まれていき―――

 やがて、それが晴れると、二人の姿はラクと同じように変化していた。


■モルグロイター

 ”一般人”の骸骨。”死体安置所を徘徊する者”と言う意味のモンスター。

 自分がまだ死んだ事に気づかずに、墓場や地下墓地などを徘徊している。

 ボロボロになった服を着ており、糸くずなどを大量に引きながら歩いているのが特徴。

 自らを生者と勘違いしている為か、動きが通常の低級アンデッドとしては軽快であり、普通のスケルトンよりやや強めである。

衣服を着ているのみで、武器を持っている事はまずないが、無傷の状態ではディスペルが効きにくくなっている。

 戦闘を仕掛けて、何度か攻撃をしていると自分が死んでいることに気付き、一気に戦闘力が落ちていく。早めにトドメを刺して成仏させてやるといいだろう。

 厄介なスキルは特に持っていない。スピードが少々速いだけである。


■スノウゼリー

 雪山に生息するスライム型モンスター。冷気属性。

 とても澄んだ身体をしており、氷点下の環境でも身体が凍らないようになっている。

 雪世界に適応している為、その身体は液体ではあるがとても冷たく、常時0℃~マイナス5℃程度の間で推移している。

 当然といえば当然だが、炎や高温の攻撃に弱い。

 基本的に大した戦闘力は無く、敵を見つけると逃げ回っている。

 温度感知能力を持っており、微弱な熱を遠くから感じ取る事が出来るので、このモンスターを見つけるには、体温を下げておく必要がある。

 技なども余り持っていないのだが、身体に冷気や周辺の雪を取り込んで、対象に向かって吐き出す「粉雪のブレス」を使う事が出来る。

 これを浴びせられると一気に身体の熱が奪われる為、ある意味では注意が必要なモンスター。

 倒すと「雪山の清水」というものに変化し、聖水などの特別な液体アイテムを精製する素材になる。


「おおっ! なんか前よりも動きやすくなった気がするぜ」


「あたしは、寒くなくなったかなぁ」


 ぷよぷよの身体を揺らして、キッチェが言った。


「寒くなくなった?」ラクが訊ねる。


「うん。このスライム、寒さに強いみたいで……全然寒くないって言うか、気持ちいいぐらいになったかな。うん、すんごいいい感じ」


 それから色々と試した結果、「キャラクターチェンジ」の仕様は、次のようなものだと判明した。

 まず「HPなどのステータス」は、変化するが、ほぼ共通している。

 修正が掛かっているようで、変化自体はするのだが、HPを減らすしてチェンジすると、その分だけモンスターとなった場合のHPは減っていた。

 この事から、人間キャラクターのステータスが基本になって(もしくは全く別の基本値を元にして)モンスター、人間などへと変化した際に修正が掛かっているようである事が判明した。


 そして次に「服などの装備」は、基本的にそのままになるようだ。

 持っている武器などは、モンスター化してもそのまま持ったまま。

 所持アイテムが人間とモンスターで別々に存在しているというわけでもなく、こちらも共通しているようだ。

 ただし、スライムが服を装備しようとする、などの”明らかに装備できない”場合は、道具袋に空きがあれば、中へと格納されるようだ。

 そして空きが無ければ、装備はその場に落ちてしまう。


 最後に……「レーダーにはモンスターとしての表示」しかされない。

 人間キャラクターを示す緑色ではなく、赤色のモンスターとしての表示がされるので、レーダーを介された場合は、すぐにばれてしまう。

 ただし、パッチの影響からか、三人とも人間の姿へと話しかける事は出来た為、翻訳システムは完全に復帰しているものと思われる。


「……大体、こんな所か。キャラチェンジの仕様は」


「それじゃ、いこっか! いざ雪山……」


「待った。一応、人間キャラに戻ってから進もう」


「えー! なんで? この方が進みやすいんだけど!」


「絶対に人間に出会わない保障はないんだ。だから、人間とモンスターの混合パーティなんか組んでたら、全員モンスターの姿でいるより危ない」


「……ちぇっ、しょうがないなぁ」


 ラクの説得に、しぶしぶキッチェはアリカへと戻り、指輪を装備しなおした。


「っつってもよ、どこ行くんだ?」グンタが訊ねる。


「まずは頂上付近だ。そこからなら―――何か変なものがあれば、すぐに見つけられるはず」



 やがて、三人は本格的に山間部へと足を踏み込んでいった。

 レーダーを広域へと切り替え、先頭をグンタ、後方をラクが守りつつ。

 そして買い込んで来た隠蔽系の道具を使いながら、道無き雪山を、上へ上へと登っていった。

 だが―――


「ねぇ……なんか、やたらとモンスター死んでない?」


 道中、やたらとゴミや生物の死体などが目に付き、アリカが不審がって言った。


「確かに……やたらと死体が見えるような気がする」


「モンスターの死体って、こんな残るものなの?」


 グンタが、傍にあった鹿のような生物の死体を見ながら言う。


「残る事は残る。だが……せいぜい1時間ぐらいのはずだ。こんなに沢山目に付くような状態になりはしねぇはずなんだが……」


 モンスターもプレイヤーも、HPがゼロを割り、倒された後はしばらく”遺骸”状態となる。

 これは要するに”死体”の状態であり、この間は例えばプレイヤーならば”蘇生”を行う事ができ、モンスターの場合ならば、死体へと向かって”漁る”コマンドや”解体”などの行動を取る事が可能となっている。

 これを行う事で、倒した後に骨や肉を手に入れたりする事が出来ると言うわけだ。


「……」


 ラクも同じように、”異様な雰囲気”を感じ取り、声には出さなかったが、同じように不審な”何か”を察していた。

 いつもならば、絶対にありえない光景。

 これもワールドマスターとの戦いで起こった事なのか、それとも別の”何か”であるのか。


(……まぁ、気にしていてもしょうがないか)


 明らかに普段のフィールドとは状況が変化している。それは間違いないだろう。

 だが、それが何かを突き止めるのは、恐らく無理だ。


「どうする? 少し、止まって調べてみるか?」


「いや、先を急ごう。多分……何もわからないだろう」


 ラク達は不安を覚えつつも、先を急いだ。

 これから、もしかするとかなり難度の高い探索になるかもしれない。

 そう思われた行軍だったが―――結果は意外なものだった。


「……なんか、モンスターがあんまり居ないような……」


 雪山の中腹ぐらいまでやってきた時、アリカがふと、そんな言葉を口にした。

 そして、訊ねるように言った。


「ねえねえ、敵……全然出てこないけど、こんなもんなの?」


「……流石に変だな、こりゃ。静か過ぎる。ウサギとか鳥とかの……小物がうろちょろしてるのは見えるが、こんだけ山に分け入ってるってのに、狼とか熊とかが全然でてこねぇのはおかしいぜ」


「……確かに。何か変だ」


「なんで生きてるモンスターがあんまり居ないんだろ……?」


 先ほどから死体が良く見える異様な状況もあり、警戒して進んでいくが―――思ったほどモンスターが徘徊しておらず、拍子抜けするほどに、探索は楽に進んだ。


「……」


 ラクは、そんな状況に不気味さを憶えつつも、頂上を目指して二人を引き連れて進んでいった。



 そして―――遂に、山の上の開けた場所まで辿り着いた。

 山頂の広場だ。


「着いたー!」


 登頂に有した時間は、実に3時間。

 電想世界時間は「11:15」であるので、現実時間は丁度「19:00」となっている所か。

 結構な高度を持っている雪山である事を考えれば、驚異的とも言える早さだ。


「やっとか……ッたく、戦いらしい戦いが一つもねぇとは、拍子抜けだぜ」


(敵モンスターが全然見当たらないなんて……)


 正直なところ、この山頂まで来るのに1日潰れてもおかしくないと思っていたため、ラクは驚いていた。


(やっぱり、何かおかしい……)


「これから、どうするの? ラク」


「え? あ、ああ……えーとな……」


 アリカに言われて、ラクは思考を振り払う為、頭を振った。

 今は、この異様な現象の原因を考えている場合ではない。

 何よりも優先しなければならないのは”後藤”という人物を探す為の”手かがり”を見つけることだ。

 どこに、どういう風に居るのかは全くわからないが……。


(とにかく、やれるだけやってみなくちゃな)


 そう思考を改めると、ラクは二人に”あるもの”を手渡した。


「二人とも、これをまず持ってくれ」


「?、これって……この前の防衛戦の時に使った奴よね?」


 二人に渡した物は、一見するとオモチャのように見える”銃”だった。

 これは、ギガースがルサーラの町へと攻撃をしてきた際に、アリカに持たせたものと同じで照明弾を発射する事が出来るアイテムだ。


「そう。あの時は照明弾だったけど、これは信号弾だ」


「何でこんなモンを持たせるんだ?」


「これから、三人別々にこの山頂の周囲をぐるりと回る。だから、もしモンスターに襲われた時、すぐにわかるように持ってて欲しいんだ」


「ぐるりと回るって……何をすんの?」


「山頂から下のほうを見回して、何か”妙なもの”が見えないか探して欲しい」


「妙なもの?」


 ラクはグンタの問いかけに答える。


「これは推測なんだけど―――恐らく、あの”マルール”って子が言ってた”後藤”って人は、何か”目印”になるようなものと一緒にいるような気がするんだ」


「どうしてそう思うんだ?」


「何であの子がわざわざ助けを求めて来たのか? って考えてみてたんだ。ずっと。あの”マルール”って子もワールドマスターの一人だってなら……俺達を助けてくれたみたいに、その後藤って人を助ける事だってそんな難しい事じゃない筈、と思ってさ」


「”表立って助けられない理由”があるって事か」


「うん。多分だけど……この”後藤”って人は、NPCとかじゃなくて、以前の俺達と似た感じの、ゲームの中に閉じ込められてる人間のプレイヤーじゃないかと思うんだ。どういう理由で、まではわからないんだけど」


 数拍の間の後、ラクは遠景へと視線を移して言った。


「それで……もし、こういう雪山で”閉じ込められてる”、つまり”出られないような場所”に居るとしたら、目立つ洞窟とか、大きな木の根元にある穴だとか、そう言う”長く滞在できそうなもの”の近くで”監禁”されてるんじゃないか、と思ってさ」


「監禁……」


「それに多分―――あの地図。あれには、エリアのマーキングだけしてあって、ヒントになるような物が何も書かれてなかった。そういうのだけでも、恐らくその”後藤”って人が居る場所は、何か”目印”になるようなものがあるんだと思ったんだ。じゃなけりゃ―――いくらなんでも雪山は広大すぎる。流石に探しようがない」


「なるほどな」


「それじゃ、探してみよっか」


 ラクから説明を聞かされ、グンタとアリカの二人は、銃を持った。


「くれぐれも、敵モンスターには注意して欲しい。今まで全然出てこなかったけど、この辺りでも同じとは限らない」


「わかったわ」



 その後、三人は手分けして山頂周辺をぐるりと回った。

 だが―――念入りに様々な方向を見渡してみるが、何もそれらしいものは見えない。

 天気がいいために、また山の地形が比較的わかりやすい為、上から下の方までが良く見えるが、隅々まで雪山を観測し、何かが隠れてられそうな”それらしい場所”は、全く見つからなかった。


「どうだ?」ラクが二人に訊ねる。


 およそ一時間後、三人は元の場所で落ち合ったが、成果は三人とも無かった。


「ダメ。全然みつかんないわ」


「オレもだ。洞窟とかはともかく、クレバスや谷だとか、大きな岩、目立った森とかの―――誰かが隠れてられそうな感じの場所自体があんまねぇな。この山、登る時はわからなかったが、意外に素直な地形だ。昼間に人数集めてくれば、レベル上げにはもってこいだな」


 思ったような手掛かりが見つからず、ラクは口元に手を当てて考え込んだ。


(……やっぱり、地道に探すしかない、のか……?)


 いや、そんな事は無理だ。

 この北海道中央部に広がる雪山エリアは、とてつもなく広いマップだ。

 もし、虱潰しに探していかなければならないのだとしたら、時間がいくらあっても足りない。

 何か―――どこかに必ずあるはずだ。

 ”目印”になるような、もしくは、行き先としてわかりやすい”何か”が。


「せめて道案内みたいなものでもあればなぁ」


 歩き疲れたのか、アリカが腰を下ろしてうんざりするように声を発した。


「あるはずねぇだろうよ。ここ雪山だぜ?」


「でもさぁ、普通の山だったら何かしら”道”があるじゃん。簡単な道路とか、獣道とか……そんなのもないって、もうどうしようもないよ。行くアテが全然ないもん……」


「そりゃこんな離れた場所じゃ、イベントとかもねぇから、プレイヤー自体が早々来ないぜ。たまに雪山に素材狩りとかに来る奴ぐらいだろうさ。来てもよ」


「道……!?」


 アリカがふと呟いた一言を聞いて、ラクはハッとなった。

 ―――誰も、入れない道。

 ―――自分達だけが、入れる道。

 もしかして、そんな場所に”後藤”は居るのでないか? と。

 その考えに行き着いた時、ラクはすぐさ『キャラクターチェンジ』のコマンドを使った。



「あれ? なんでモンスターに……」


 アリカが訊ねると、グンバが言う。


「もしかすっと、”後藤”は、モンスターじゃねぇと見えない場所にいるかもしれないだ。これでちょっど、周りを回ってみてくるだ」


 この辺りにも、冒険者が全く来ないわけではないのだから、今まで見つかっていない事を考えると”何か特別なこと”が必要なのかもしれない。

 グンバは、そんな思いと共に、山頂の開けた場所を歩き出した。

 だが、再び山頂から周囲を見渡すと、ほどなくして”奇妙なもの”が目に入った。


「……んっ!?」


 突然、山の天気が暗くなったように見えた。

 ”暗くなった”というよりは、”濁った”と言った方がいいかもしれない。

 景色全体に、何かうっすらと”もや”のようなエフェクトが掛かっている。


(なんだありは……?)


 ふと足元を見るが、そちらの方は何とも無い。

 グンバは、山頂の端まで走り出して、その異変を確認してみると、その”違和感”の正体を知った。


(こ、これは……!)


 ”もや”は、山の途中から掛かっている。

 まるで”透明な壁”のようなものが山頂の周囲を覆っているのだ。

 すぐさまグンバは、二人の元へと戻り、事の次第を報告した。


「何? 変な壁がある?」


「んだ。とにかくモンスターになってから、来て見て欲しいだ」


 グンバに誘われ、三人は言われた場所までモンスターの姿となって移動した。


「確かに、なんかうっすら壁みたいなものがある……」


「な、なんだこりゃあ……?」


 デアルガは、その”透明な壁”へと向かって、思わず腕を伸ばした。

 すると―――


「うッ!?」


「?、どしただ?」


「なんだっ!? う、腕が抜けねェ!」


 手を伸ばすと、突然、引き戻す事が出来なくなった。

 そして、そのままデアルガは、山頂の広場から外へと出た。

 彼の姿が見えなくなると、”透明な壁”の向こう側から、声が響いてきた。


「なっ、なんだこりゃ!?」


「だ、大丈夫だか!?」


「お前ら、ちょっと外へ出て来い! どうやらこっちが”本当の道”みてェだ!」


「本当の道?」


 外側から聞こえるデアルガの声に誘われ、残っていた二人も透明な境界を通り抜けていった。

 そして、デアルガが指を指している姿が目に入った。


「どしたのー?」


「”後ろ”だ。見てみろ」


「?」


 二人は、元居た”山頂エリア”の方へと振り返った。

 するとそこは―――”山頂の広場”は無かった。


「こ、こりは……!?」


 ただただ―――”山が更に続いていた”。

 モンスターから一度、人間に戻って確認すると、その”道”は無く、元の山頂が広がっているのが見えた。

 どうやら―――この山は「モンスターの時と人間の時で、高さが違う」ようだった。


「この山は”二重になってた”って事みてェだぜ」


「この先に行け、って事だか……」


「みたいね~」


 それから一度、この”モンスターでなければ入れないエリア”へと”人間のままで入っている事は出来る”か、試してみた。

 結果は、入る際だけモンスターの姿で居れば、問題は無い事がわかった。


「この先は、プレイヤーは居ないだろうし、モンスターのままでもいいよね?」


 キッチェがスライムとなって言う。


「モンスターのままで進みたいのか?」


「うん。だって全然寒くないもん。代わりに指輪、着けてていいよ」


「オレも問題ねェな」


 そう言われて、グンバは二人から指輪を貰った。

 オークであるグンバ以外は、アンデッドであるため、そして局所的な環境に適応している為、冷気の指輪は必要ないようだ。


「じゃあ着けさせてもらうだ。この先は、なんが空の色が違うし……」


 グンバ達は、全員モンスターの姿となって「本当の山頂」を目指し、進んでいった。



「うう……なんか急に寒くなってきたような……」


 雪山の天候は、あの”境界”を抜けてから一気に悪くなっていった。

 空が暗くなり、風と雪が吹き荒れていく。


「一気に山の天気が荒れ出してきたな。あの”最初の山頂”じゃあ、晴れてたってのに」


「指輪を6個全部着けてても寒いって、一体何℃なんだなぁ……?」


 ガタガタと震える身体を必死に守りながら、グンバは進んでいった。

 やがて―――キッチェが突然、立ち止まって言った。


「あ、ちょっと待って」


「ん?」


「なんか……”暖かいもの”の匂いがする」


「暖かい……”匂い”? 何言ってんだお前?」


「だってンナ事言われても、そう言う風にしか表現できない感じなのよ」


 キッチェが呟いた一言に、デアルガが食って掛かる。

 グンバは、ふと何かを思いつき、言った。


「もしかして……”温度感知”じゃないだか? スノウゼリーは確か持ってたはずだど」


「感知……? レーダーには何も映ってねぇが……射程がそれ以上って事なのか」


「方角はどっちだぁ?」


「あっちかな」


 グンバが訊ねると、キッチェが身体の一部を矢印状にして、方角を指し示した。

 身体を細めて向けた方向には、鬱蒼とした森が広がっていた。


「よし、行ってみるだ」



 森へと入ると、木々のおかげで降雪は薄れてきたが、代わりに温度が更に下がってきた。


「さ、さささ、さ、寒いだ……」


 だが森の中へとある程度入ると、急に温度は上がり始めていった。

 そして、三人は森の中央付近から”蒸気”が立ち上っているのを見つけた。


「蒸気が出てる……? なんだぁ、あれ……?」


「行ってみようぜ」


 三人は蒸気の立つ方向へと、雪の森を歩いていった。

 やがて、大きな岩が立ち並んでいる場所を見つけた。

 岩を登って、中の方を見ると―――


「お、おい……! これ、もしかして……!」


 岩に囲まれた地形の中には、湖があった。

 だが、周囲からは沸々と蒸気が上がっている。

 そして、硫黄の匂いがつんと立ち込めていた。


「これ―――”温泉”じゃねぇのか!?」


「嘘っ!? 入れるかな!?」


 キッチェがそう言って温泉へと近づくが、手前で急に停止して呻き始めた。


「うっ……」


「!、どうしただ!?」


「なんか、身体から一気に力が抜けてきた……風邪になったような……身体が溶けちゃいそうって言うか……」


「だ、大丈夫かっ!?」


「すぐに離れるだ!」


 キッチェはスライムから人間に戻って、ふらふらと湖の方へと近づいていく。

 そして、湖に端に倒れこんでしまった。


「ああっ!!」


「や、やばい……!!」


 すぐに二人が身を乗り出し、助けに行こうとした時―――

 アリカは立ち上がって、言った。


「うっわ!! ちょうどいい湯加減!! ちょっと入って行こうよ!!」


 打って変わって、元気な声音に戻ったアリカは、そのまま湖の中へと入っていった。


「深さも丁度いい感じ! 二人ともきなよ!」


「……なんだったんだ」


「もしかして、スノウゼリーだから熱に弱いだけだっただか……」


 更にアリカは服を脱ぎ始め、湖の奥のほうへと入っていった。


「あっ! 一人で行ったら危険だっで……」


「俺らも入るか」


 デアルガも身体を乗り出して、温泉湖の方へと歩き始めた。


「えぇ? でも……入っだら出る時に辛くなりそうな……」


「おいおい……お前正気か?」


 ”信じられない”と言う風にデアルガは言い放ってから、彼は思い切りグンバに顔を近づけた。

 そして深呼吸してから、言った。


「温泉だぜ?」


 数拍の間の後、何故か上半身を空中で一度捻ってから、更に続けて言った。


「女の子だぜ?」


 今度は頭を歌舞伎役者のようにぐるりと回転させて、温泉の方向に指を向け、言った。


「これではいらねー理由はねェだろ」


(どういう理屈だぁ……)


「でもオラは出る時が辛そうだがら、あんま入りたくないだよ」


「とにかく、俺は行くぜ。モンスターがいねェとも限らねェしよ」


「~~~、わかっただよ……」



 渋々、グンバも温泉の中へとデアルガと共に入って行った。


(うあ~……確かに生き返りそうだぁ……)


 確かに気持ちいい。

 身体をかがめると、丁度肩辺りまで浸かる深さであり、足元もさほど深さに違いがあるわけではない。

 温泉としては一級と行ってもいい場所だろう。

 もしかすると、”後藤”はこの近くにいるのかもしれない。


(あ~……このままずっと入っていたいだ……)


 グンバは、しばらく湯船に浸かってその癒しに浸っていた。

 だが―――突然、アリカの叫び声が響いた。


「ッ!」


「!、どうしただっ!?」


 二人は、急いで声の聞こえた方向へと走った。

 すると、何かのモンスターの影の前で、裸で座り込んでいるアリカを見つけた。


「大丈夫だか!」


「う、うん……なんとか……」


 二人は急いで彼女の前へと回りこみ、武器を取り出して、戦闘の姿勢を取った。


「……んん!? こりゃあ……」


「どしただ?」


 前に立ったデアルガが攻撃を行わない為、不審に思ったグンバが、目の前へと視線を移した。

 すると―――目の前の湯気が晴れていき、そこから大きな鳥型のモンスターの姿が現れた。

 ツルのような姿をしており、温泉に足一本で立っている。

 名前が表示されており、モンスターの頭上には『厳寒翁』と出ていた。


「な、なんで攻撃してこないの……?」


「コイツ……”ノンアクティブ”だぜ」


 デアルガが、武器を収めつつ、言った。


「えっ? じゃ、じゃあ……」


「話せるかもしれないだな」


 ツルの姿をしたモンスター「厳寒翁」は、目を開けることも無く、ただただ、悠然と温泉の中に佇んでいる。

 グンバは他の二人に、囁くように言った。


「オラが行ってみるだ」


 『厳寒翁』は、グンバ、デアルガ共に良く知らないモンスターだったが、かなり強めのモンスターのように見えた。

 だがノンアクティブなら、少なくともこちらから攻撃しない限りは、襲われる心配はないはず。

 なのでグンバは、勇気を出して話しかけてみることにした。


「あのぅ……」


「ん……? なんじゃ、オークか?」


(は、話せる……!)


 グンバが近づいて声を掛けると、厳寒翁は目を開かずに応えた。

 厳寒翁は、年よりめいた口調で更に言った。


「それに……人間と……スケルトン? 珍しい組み合わせじゃのう。戦うなら、温泉の外でやってくれんか」


「いんや、戦ってるわけじゃないだよ。一緒に探し人を探してるだ」


「探し人……? 何故モンスターと人間が一緒なんじゃ?」


「いや、それは……ちょっと複雑な事情っていうだか。ワールドマスターってのに頼まれて……」


「ワールドマスターに?」


 グンバが”ワールドマスター”と口走った途端、厳寒翁は目を開いた。

 そして、グンバのほうへと身体を向けた。


「どういう事なんじゃ? ちょっと詳しく聞かせてもらおう」


「あれ? 大丈夫なの?」


 グンバがアリカの声に振り向くと、彼女はデアルガの前に身を乗り出していた。

 ―――裸のまま。


「うわっ!! ば、馬鹿! 前を隠すだっ!!」


「えー? 気持ちいいのに」


 湯気で隠れているが、ハッキリと女の子の肢体が膝上ぐらいから顕わになっていた。

 二人は、それを見て慌てふためいた。


「オオウ……」


 湯気越しとはいえ、生々しい女の子の身体が影として視界に映り込み、それを見たデアルガは、顎が外れて落ちてしまった。


「こいつぁ、”キ”くぜ……」


 そして、デアルガは悶えるような声を上げつつ、そのまま温泉の中へと沈んでいった。



 それから、温泉湖の端の方へと移動する事になった。

 人間とは話したくない、と言う事で、アリカもスライムにチェンジする為だ。

 温泉の端で、湯気が周囲にもくもくと満ちる中、三人は温泉に浸かって一息を取る。

 そして少々経ってから、岸へと上がったキッチェを交えつつ、グンバは厳寒翁にこれまでの経緯を話した。

 自分達は「マルール」という少女の姿をした「ワールドマスター」に、人探しを頼まれ”後藤”と呼ばれる人物を探して、ここまでやってきた、と。


「ふぅむ……」


 厳寒翁は、静かに一人一人を見定めてから、言った。


「この温泉地に、たまには入りに来る妙な奴がおるが……恐らく、そやつの事ではないかな」


「えっ!? ホントだか!?」


「うむ。この温泉を上の方に、山を登っていくと平らな台地状になっている場所がある。そこには”妙な建物”があって、奴はそこに住んでいると聞いた。恐らく、マルール様の言っておるのは、その者の事じゃろう」


「マルール様、って……」


 キッチェが厳寒翁へと訊ねるように言った。


「”ワールドマスター”とは、我々を御創りになった神々の事じゃ。その中の一人であるからして、呼び捨てで語る事など到底出来ぬよ」


「神々、ねぇ……」


(……)


 グンバは思った。”そう言う設定なのだろうか”と。

 だが、それにしては……いやにリアルすぎるというか、本当のファンタジー世界の住人が話す内容であるかのような印象を受けた。


「それじゃあ……もうちょっと浸かっていたいが、いつまでもいるわけにはいかねェ。そろそろ行くとするか」


「え? あ……んだ」


「どしたの?」


「いや、何でもないだ」


「これより先は更に寒さが増す。気をつけて行く事じゃな」


 それから、三人は激しく吹雪が吹き荒れ始める中、更に山を登っていった。

 余りに寒い為、グンバは山を登る毎に、震えが激しくなっていった。

 モンスターにチェンジしたデアルガとキッチェは問題なかったが、傍から見ると相当な寒さであるようだった。


「さ、さ、さ、さ、さ、さ、寒い……」


「おいおい、しっかりしろよ」


「だらしないわねぇ」


「ふ、ふ、ふ、二人、と、と、と、は……違うだ……」


 アンデッドであるデアルガも、雪山に適応したモンスターになっているキッチェも、寒さにはとても強くなっており、グンバだけがまともに寒波を受けていた。

 一応、二人が持っていた「冷気の指輪」を全て装備して、更に着れそうなものは全て着込んだのだが、それでも寒さの方が上回っているらしく、身体の温度が一気に低下していた。

 安全を重視するならば、この辺りで一度戻らなければならない。


(こ、こ、このままじゃ死んじゃうだ……)


 だが―――手掛かりを見つけた以上、何かを見つけるまでは戻れない。

 グンバは、そんな悲壮な決意を胸に、寒さに耐えつつ雪山を進んでいった。



 そして―――遂に、一向は山の頂上付近まで辿り着いた。


「あっ! 建物がある!」


 遠くを見ていたキッチェが言う。

 山頂付近には、”最初の山頂”のような、台地状の開けた場所が広がっていた。

 ただ、猛烈な吹雪が吹き荒れている為、遠くの方はまばらにしか見えない。

 だが、キッチェの言った方向には―――確かに、何か建物が存在するのが見えた。


「あれが……さっきの爺さんが言ってた奴か」


「は、はや、はややや……早く、行ってみるだ……」


 三人は、その建物へと近づいていった。

 どうやら―――建物は、ペンションのような感じに見えた。

 ”ロッジ”と言った方が的確かもしれない。

 かなり年季の入った木造の2階建て、と言う感じで、かなり大きい。

 4つ以上は部屋がありそうに見えた。


「あれに、誰か住んでるのかな……」


 三人が近づいていくと―――丁度、家の前まで来た時、誰かがロッジから出てきた。

 何かの毛皮なのか、分厚いコートを着ており、フードを深く被っている。

 だが、フードからは長い耳が垂れ下がっていた。

 デアルガがそれを見て呟く。


「ラビラントじゃねぇか、あれ」


「ラビラントって……アントラスの村にも居たアレ?」


「ああ。ウサギの獣人だ」


■ラビラント

 ウサギ型の獣人。普通のウサギが二本足で立ち上がったような姿をしている。

 おおよそ30cm~50cmほどしかない小柄な獣人。

 手先が人間のように分かれて器用になった分、4本足での移動は下手になった。

 普段はかかとをつけて歩いているが、走る場合は常に爪先立ちのような姿勢となり、鳥が地面を歩くような、やや跳ねながらの移動する。

 非常に高い跳躍能力を持っており、スキルを使わずとも最大で5m近くのジャンプを行う事ができるとされている。

 ペットとして飼われていたものに、精霊が知性を与えたものが種族の始まりと言われており、人間と友好的であったり、敵対していたりと設定的に使いやすいためか、フィールドにおける様々なクエストでの仲介役をしている。

 とはいえ喋る事は出来ない為、もっぱら必要な道具や手紙を持ってくるなどのお使い役ばかりである。

 非常に人気の高い獣人種族で、プレイヤー側で使用できるようにして欲しいとの要望が絶えないらしい。

 非力である為、戦闘能力は低い。敵モンスターとしてエンカウントする事もある事はあるが、大抵は他のモンスターにくっついているだけなので、彼らだけになるか、形勢が悪くなるとすぐに逃げていく。

 とはいえ高い跳躍力は、戦闘ではかなり大きな武器になるため、たまにすれ違い様の一撃が、洒落にならないダメージを叩き出す事もある。


(あれが……もしかして……!?)


 三人が更にロッジへと近づくと、ラビラントはふと、顔を上げた。

 そしてグンバ達に気付くなり、すぐに踵を返し、一目散に建物へと走り始めた。


「あっ! ちょ、ちょっと!」


「ちょっ! ちょっと待って欲しいだ!!」


 急いで小屋へと入ろうとする彼の背に、グンバは震える身体から

 力を振り絞って、渾身の叫びをぶつけた。


「―――後藤さん!」


「……ッ!?」


 グンバが出した大声に気付いて、ラビラントは足を止めた。

 そして、グンバ達のほうへと振り向いてから、言った。


「な、何故……私の名前を……!?」


 そして、ラビラントはフードを取って、グンバ達を見た。

 茶色の、小さなラビラントだった。

 口元にトイプードルか、ヒツジのような感じの厚い巻き毛を蓄えている。

 彼は、唖然としつつ、三人を見ていた。


「お、お、オラ達は……敵じゃないだ! 全員、人間のプレイヤーだど!」


 グンバは震える声を抑えつつ、一旦、変身を解いて見せた。

 そして、再び変身しなおして、必死にラビラントへと呼びかけた。


「オラ、は……”グンバ”。後ろに居るのは、スライムが”キッチェ”で、スケルト、ト、トンが”デアルガ”、って……言います、だ。全員、こんなナリだけんど、ど、ども……ちゃんとした人間、の……プレイヤーです、だ……」


「馬鹿な……!? なんで”マスターコマンド”を使える……!? レクレフの手先か!?」


「レク、レフ……?」


「お前達! 一体誰の命令でここまでやってきた!!」


 ラビラントは手が震えていた。

 怯えているのか、それとも怒っているのか。

 それはわからなかったが、グンバはとにかく、用件を言った。


「オラ達、は……こ、ここ……ここまで……」


 だが、グンバはかなり寒さで弱っていたらしく、言葉を続けようとして、そのまま倒れこんでしまった。

 デアルガが身体を起こそうと、彼に駆け寄る。

 そして、代わりにキッチェが言った。


「何よアンタ!! 命令って……! ここまで”マルール”って子が来てくれ、って言ったから来たんでしょーが!」


「―――ッ!」


 そう言うと、ラビラントは双眸を見開いて驚いたような素振りを見せた。

 そして突然、グンバへと駆け寄り始めた。


「……大丈夫か」


 彼は、近づいてグンバの手を握った。


「う、うう……」


「かなり体力が落ちているな。家に運び込もう」


 ラビラントはデアルガの方を向いて、静かに言った。


「……手伝ってくれ」


「え……あ、ああ……わかったぜ」


 急にラビラントは協力的になり、戸惑うデアルガとキッチェ。

 ラビラントとデアルガは、協力してグンバの身体を支えて、家の中へと運び始めた。

 そして家の中へと入る時、グンバは訊ねた。


「あ、あの……ちょっと……聞いても、いい、です……だか」


「なんだ?」


「あなたは……本当に”後藤”さん、なんだか?」


「ああ……私だよ。マルールが言うのならば、私で間違いない」


 オークの大き目の図体を支えている二人に代わって、キッチェがドアを開ける。


「ようやくご本人に出会えたってワケか。長かったぜ」


「アンタ、一体何者なの?」


 ドアを通り抜ける際に、キッチェが訊ねると―――

 ラビラントこと”後藤”は、言った。


「私は―――”ファシテイトを作った人間”の一人さ」


 彼がそう言うと―――その場に居た全員の時間が、一瞬止まったように思えた。


「……えっ!? じゃ、じゃあ……あのワールドマスターってのと同じ……」


「いや違う。”そっちの意味”ではない。平たく言えば……”ゲームの開発者”。要するに―――『ゲームクリエイター』と言う奴だ」


「”そっちの意味じゃない”ってどういう事だ……?」


「ま、積もる話は中でするとしよう。この辺りにモンスターは余りやってこないが、全く来ないわけじゃないから危険だ。それに……」


 ラビラントは、鼻で笑いながら、冗談でも言うように言う。


「一人は、信じられないぐらい薄着でやってきているしな」


「……」


 3人のモンスターは、建物に住んでいた1人の住人に案内されて、雪山の大きなロッジの中へと入っていった。


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