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02:ヤツはカルシウム100%だと思う

 ある日発売された仮想現実を体験できる3Dゲーム「ファシテイト・ファンタジー」。

それは日々現実世界の情報を取り込み、学習。そして再現し、ゲーム世界をより完全なものとしていこうとするシステムを備えた「次世代のゲーム」だった。

 ある日、そんなゲームの中で、プレイ中に眠ってしまった高校生「荒金靖樹あらかね やすき」は、起きた時、何故か自分が元の人間キャラではなく、

モンスター「オーク」の姿となってしまっている事に気付く。

 全く事情が飲み込めない中、色々と身の回りを調べていたヤスキだったが、やがて彼はゲームから抜け出るコマンドが使えなくなっていることに気付いた―――

(文字数:16515)

 ”ワールドアウト(ログアウトとほぼ同じ意味)”が出来ない。

 それを実感した瞬間に、とんでもない焦燥感がこみ上げてきた。


(嘘だろ……嘘だろう……)


 とりあえず、バグの可能性を疑って再度ステータスを確認してみる。

 だが、不具合らしいものは、やはり見当たらない。

 確認できるのは、自分のとんでもなく低いステータスだけだ。


 ファシテイト内でのメインステータスは全部で11種存在する。

 筋力、バイタリティ、魔力、精神力、器用さ、感応値、反射速度、敏捷性、運勢。それと総合体力にテクニカル・ポイントだ。

 筋力(STR)とバイタリティ(VIT)は、それぞれ物理的な攻撃力と防御力を司り、装備や技術と組み合わせられ、実際の攻撃力(ATK)や防御力(DEF)として表示される。

 魔力(INT)と精神力(MND)は、共に魔法攻撃の攻撃力と防御力だ。これも装備などが計算され、実際の魔法攻撃力(MPW)と魔法抵抗力(MGD)として表示される。

 器用さ(DEX)、感応値(PSY)、反射速度(REF)はそれぞれ感覚系の能力だ。

 器用さは攻撃の命中率を初めとしてキャラクターの精密さや集中する能力を表し、感応値は森羅万象のあらゆる”モノ”を感じ取り、認識する能力。反射速度は、文字通り、何らかの反応に反射する速度や強度を表す。

 最後に、敏捷性(QUI)と運勢(LUK)。

 これは単純に移動するスピードと乱数決定の目安になる”運”の傾向を示す。

 総合体力(HP)は言うまでもないが、キャラクターの生命力そのもので”-1”以下になると死んでしまう。

 テクニカルポイント(TP)は技エネルギーとも言うべきもので、魔法や特殊能力を使用するときに使うポイントだ。


 で、当然だが―――モンスターは全体的にプレイヤーキャラよりも低い。

 無論、ボスもしくはリーダー格だったり、単独ソロで出現するタイプの、いわゆる”一匹狼型”のモンスターは集団プレイヤーが相手になるので高いが……。

 今の自分のような”オーク”なんかは、大量に現れるザコ中のザコタイプなので相当に低くなっていた。

 どれぐらい低いかって言うと……どう言うべきだろうか。

 プレイヤー・キャラが装備なしの”裸の状態”で100ぐらいの数値だとして、今の自分は、服やズボンなどを一応身につけてはいるが物理攻撃がせいぜい30、防御系はなんと10ぐらいしかない。体力はなんとか50ほどあるが、他は本当に悲惨そのものとしかいえない数値だ。

 もっとも、ザコ敵の役目は”大量に現れては大量に倒されること”なので、これも仕方のない事なのだが。

 しかし―――余りにも低すぎる。


(……弱っただなぁ……)


 ヤスキは頭を抱えて座り込んでしまった。

 これでは……フィールドをまともに歩けるかすら怪しい。

 出てくるのは同じザコ敵だが、今、こちらはたった一人だ。例え出くわした相手がザコだったとして、三体……いや二体であっても、その時点で勝つのがかなり厳しくなるレベルである。まさに”絶望的”と言う他無い。

 そしてもう一つ、気になる事があった。

 周囲を見回すと、回りには見覚えのない樹木や草花が多数見つかるのだ。


「ここ……どこだぁ?」


 どうにも今まで感じたことの無い雰囲気を感じた。

 道も、よくよく見ると全く見覚えがない場所だ。

 正直、日本であるかすら疑わしい。植物などは国ごとの気候に沿った感じで生えている為、場所が違えば全く生え方が変わってくる。

 つまり―――恐らく、ここは”日本国エリア”ですらない。


「全く見覚えがないだ……って、アラ?」


 なんだか口がうまく回らない。変な喋り方になってしまう。


「だ? だぁ……らぁ……」


 呟こうとすると、なんというか”ステレオタイプの東北弁”というか、なまったような 喋り方に、平たく言うと”田舎者っぽい喋り方”になってしまう。

 オーク訛り、とでも言うのだろうか?


「う~む……オークってこういう話し方なんだか……?」



「そうだ! 別のプレイヤーに助けてもらえば……!」


 ヤスキは再び、別の方法を思いついた。

 別のプレイヤーに助けを求める、という方法だ。

 考えて見れば、バグか何かなら、全てのプレイヤーがモンスターになってしまったわけではないだろうし、ちゃんとしたプレイヤーも、ゲーム内にいるはずだ。

 だから、事情をちゃんと話せばわかってもらえる。

 運営会社に連絡もしてもらえるはずだ。

 ゲームマスターコールは誰でも使用できるはずだし。

 うん。これなら間違いなく解決する。


「そうと決まれば……早く別プレイヤーを探すだ」


 ヤスキは早速テントを片付け、天幕を申し訳程度に身に纏い、街道をブラブラと散策し始めた。こうやっていれば、プレイヤーにはさほど時間を掛けずに会えるはずだ。


 ゲーム内での「街道」もとい「道路」の役割はかなり重要な位置を占める。

 それというのも、ゲームとしての領域とゲームをメインとしない、ただの拡張現実としてファシテイトを利用するプレイヤーとの領域を明確に分ける必要がある為だ。

この「街道」は人の交通を象徴するエリアである為、モンスターがほとんど現れない。

たまに非常に弱いモンスターが現れる事があるが、殆ど無視できる強さだ。

ロープレとしてのゲームではなく、拡張現実としてのファシテイトを楽しみたいプレイヤーは、この街道から外には余り出ないようにしていれば問題は無いというわけだ。

 そして、街道は必ず他の町に繋がっているから、辿っていけば高確率で他のプレイヤーに会えるはずだ。

 もっとも、ここがどこかまだわからないので、どちらの方向に行けば町に近いかまではわからないが……。


(まぁ、それでも進む目安があるだけ有難いだな……)


 ちなみにこの「モンスター」は、元々の生態系を再現する為に存在しており、それをゲーム上に再現すると共に、戦闘などを楽しむ為に、少々ファンタジー的に作り変えて分布をさせている、と言う感じだ。


「おっ?」


 そして―――十数分ほど歩いただろうか。

 ヤスキの思惑通り、ある程度進むと、人が歩いているのが目に入ってきた。

 パーティは6人で、全員が無骨な鎧を身につけている。

 さしずめ”騎士団グループ”と言ったところだろうか。

 全身鎧を着ている重装備なのが2人、後の奴等も厚い鎧を着ている。

 ヤスキは、前衛らしい全身鎧を着た2人に、話をしようと近づいた。


「おおーいーッ!! 待ってただーッ! 緊急事態……」


 しかし―――


「……えっ?」


 近づいていくと、突然、騎士団の人間は武器を構え始めた。

 ああ、そうだ、とヤスキは気付く。


(うっかりしてただ。今、自分はモンスターの姿だから、当たり前だか)

「みんなーっ!! 違うだよっ!! オラはモンスターじゃないだよっ!!」


 必死に人間アピールをするヤスキ。だが、次の瞬間―――


「にんげ……うわっ!!」


 投槍ジャベリンがこちらの方へと飛んできた。

 前衛の全身鎧のプレイヤーが、こちらへと放ったらしい。

 相手の投擲精度がイマイチだった為、当たりはしなかったが、

 間違いなく明確に敵意を持った攻撃だった。


「な、なんでだ……!? こっちの声は聞こえてるはずだのにっ……」


 こちらの大声は、十分届く距離からの呼びかけなので、聞こえているはずだ。

 相手が無視しているのだろうか?

 ヤスキは、もしかして相手が騎士の姿をしたモンスターかと疑ったが、

 人の顔が見える相手もいる。何より、ちゃんと言葉を喋っていた。

 それを見て、ヤスキは騎士たちが人間である事を確信した。

 だが―――よく聞くと何かおかしい。


(こ、言葉が違う……?)


 騎士団の声は、少々離れているが、掛け声などは大きいので十分聞き取る事ができる。 その声を聞いて、全く聞き覚えがない言葉なのにヤスキは気付いた。

 少なくとも、日本語ではない。


(が、外国人……?)

(ど、どうしてだ……!? 翻訳されてるはずなのに……?)


 ファシテイトには、長年の情報統合によって作られた高精度の言語翻訳エンジンが

標準で搭載されており、ゲーム内での万国の言語は、それぞれのプレイヤーが馴染みある言語へと変換されるようになっている。これでどんな場所に言っても大丈夫、との事で

ゲーム内での旅行はかなり人気が高い。

 スラングやジョークもかなりスムーズに翻訳ができる為、”世界一”とすら言われる精度だ。だから―――”言葉が通じない”なんて事は有り得ない。

 仮に翻訳の度合いが悪くても、せめて日本語化はされているはず。


「うわっ!」


 うろたえていると、今度は矢が飛んできた。

 後衛担当らしい一人が、弓を構え、矢を番えはじめたのだ。


「や、ヤバイだッ!!」


 本能的な恐怖感が身体を満たし、ヤスキはその場から全速力で逃げ出した。

 このまま逃げなかったら、殺される―――それ以上は何も考えられなかった。



 森の中へと命からがら逃げ込むと、騎士団プレイヤー達はそれ以上の追撃はして来なかった。ただのオーク1匹だ。面倒な事は避けたかったのだろう。


「はぁ……はぁぁ~~っ……」


 危なかった。心からそう思った。

 考えてみれば、飛び道具を持っている奴がいるんだ。

 モンスター側とは違って、プレイヤー側には相当数が。

 今の騎士団プレイヤー達は、どうやら接近戦主体のパーティだったから弓矢が少々と、投槍が2本飛んできただけで済んだが、もし―――銃撃能力持ちとか、魔法攻撃能力を持つキャラクターが居たら……と思うとゾッとする。

 今の自分が、プレイヤーキャラが使う、高威力の魔法攻撃とか銃撃を受けたら間違いなく即死だ。いや、さっきの弓矢とか、投槍でもほぼ確実に死ぬはず。耐えれても一度だけだ。

 飛び道具どころか、もし―――鈍重な騎士団じゃなくて、盗賊とかレンジャーあたりの俊敏さの高い”高機動クラス”のパーティだったら、逃げる事さえできていない。

 オークである今の自分はそういうステータスだ。

 全ての能力がメチャクチャに低い。かろうじてHPはそこそこ、という程度なんだから。

「……そう言えば……」


 死んだら、どうなってしまうんだろう……?

 という考えが、ふと、頭をよぎった。

 全く考えていなかったが、死亡時はどうなるんだろうか。


(……確か―――)


 プレイヤーの場合は、死亡した場合、レベルを初めとした各種ステータスが下げられてホームポイントで目覚める。主に下げられるのは経験値(EXP)ポイントである事が殆どだが、装備などの所持品やお金、ステータスの基本値自体を失ってしまう場合もある。

 どれぐらいモノを失うかは、死亡した状態によるらしく、単純に殴り合いに負けて身体はまだ万全だがシステム的にHPが無くなってしまった、という程度ならほとんど減らず、10分もしない内に元に戻れる。

 かと思えば―――巨大な岩に潰されてグチャグチャの挽肉になる、とか強力な多重発動魔法にモロに巻き込まれて魂まで混沌に吸収される、みたいな”凄い死に方”(俗に言う”オーバーキル”というヤツ)になると、装備とか所持品を ほぼ全て失う上、一気に数レベル下がったりしてしまう。

 酷い時には2桁を越えて下がったりする。

 でも、とにかく通常なら”本住所メインアドレス”かプレイヤーが別に設定できる”仮の住所ホームポイント”で復活ができるのだ。


 しかし―――今はモンスターの状態だ。

 ホームポイント表示もメインアドレス表示も見当たらない。

 この状態で死んでしまったら……どうなるんだろうか?

 もしかすると元の状態に戻れるだろうか?


(……)


 いや、それは考えにくい。

 今の状態は、どうもバグではない可能性が濃厚だ。

 死亡した所でリセットされるかはわからない。

 ではホームポイント、もしくは元のゲーム内の本住所で復活出来るかもしれない?


(……)


 それも少し違うだろう、と言う感じだ。

 本住所も、ホームポイントも、今は表示されていない。

 こんな事は今まで無かった。だから、リセットされる保証はない。

 復活できる場所がないんだから。

 じゃあ、ゲームから強制離脱して、一旦抜けられるんじゃないか?


(……)


 それも無理そうに思えた。

 前にとある雑誌で、ファシテイトは”意識データ”を肉体とゲーム内とで

 やりとりしながら処理が行われる、という記事を見たことがあったからだ。

 今、自分の意識は、元のキャラクターから抜けているイレギュラーな状態で、

 つまり―――”意識の所在”みたいなものが、変化している。

 これだと自分の身体へ正確な意識データが送り返されない為、

 絶対に戻れるという保証はない。むしろ―――


(……うう、ま、まさか……)


 思案すればするほど、行き着く答えは一つしかなかった。

 安全装置が働く可能性が薄く、その上で「復活を受け持ってくれる」受け皿のシステムがないんだから―――なら、もし死亡したら―――


(ほ、ほっ! ほっ……!)


 ”本当に死んでしまう”んじゃないのか?

 ゲーム内で処理不可能なものとして、変な事が起こる前に、意識がシステムの防衛機能によって消去デリートされてしまう。

 その可能性は大いにありうる。

 無論、意識データがデリートされた所で、実際に自分の身体に危害が加えられるわけ

ではないが、意識が混濁したまま、元に戻らなくなる可能性も考えておくべきだろう。

過去にそういった危機に見舞われた事件もあったのだから。



 このゲームは、絶対安全なものとして鳴り物入りで発売された。

 途中、テスト段階で、事故で意識を失いかけたとか、ログアウトが不可能になってしまった、とかそういう大事故自体はなかったわけじゃない。けど、そのどれも死者や重篤患者が出るような大事には至らず、開発会社と運営会社、そしてプレイヤーが力を合わせて乗り越えてきた。

 だからこそ、全世界でフォーマットが取り入れられ始め、単純なゲームとして留まらず世界中の様々な場所でインターフェースが広まっていったのだ。

 全世界の人口のおよそ9割がプレイしていて、どんな時でも数億人がログインしている、まさに”超大規模”ゲームであるファシテイトは、そういう”絶対安全神話”があって普及が成り立っている。


(落ち着け、落ち着くだ……)


 とにかく、死なないようにしなければ……。

 もし、死亡事故が起こったら、自分もだがファシテイトプレイヤーの全てに迷惑が掛かる事になってしまう。

 下手に行動を起こすのは危険だ。

 安静にしてれば、きっと助けが来るはず。何せ今の自分は意識の無い、抜け殻のような状態になっているはずなんだから。両親か、それとも学校の先生か、とにかく誰かが必ず異変に気付いてくれるはず。

 そうしたら運営会社に連絡してくれて、自分の居る位置をログの追跡とかで探してくれるはずだ。それまで待っていれば、何事も無く終わる。


「はぁ~……」


 心を落ち着かせると、お腹から物資を催促する音が鳴り響いた。

 走り回って安心したからか、お腹が減ってきたのだ。


「何か食べるだか……」


 今までの展開から、余り希望を持たずにアイテムザックの中身を調べようとした。

 しかし―――いつもアイテム袋を付けていた腰の辺りに何もない。

 まさぐる手が空気を掴むばかりだった。


「ありゃ?」


 どこかで落としたのか? と周辺を見回す。

 この辺りは最初にテントを張っていた辺りだが何も見当たらない。

 逃げる時に落としたのだろうか? いや、そんな簡単に落ちるものではない。

 どうやら―――最初から無かったようだ。

 キャラが変更された際に、アイテムも袋ごと全部失ってしまったらしい。


「……マジだか」


 まぁ、多分あとで補完してもらえるだろうし

 腹具合の方は、食べなくても大丈夫だろうかな、とヤスキはとりあえず食べる事は

 見送った。空腹感を感じるが、我慢できないレベルではないし、実際の身体はちゃんと保護されているから、食べなくても問題ないはずだ。


「ふぅ~……」


 翻訳システムが機能しない以上、街にも入れなければアイテムもないので、下手に動けるほどの余裕も無い。

 だから、ヤスキはとりあえず眠ってしまう事にした。

 街道から近すぎず、遠すぎない手ごろな草むらに身を隠し、ヤスキは眠り始めた。

 適当な大きさの岩に、唯一つ持っているテント用の布を巻いて枕代わりにして。


「……」


 薄暗い林の中に、太っちょ特有の地を這う寝息が響いていった。



―――ぁぁ……


 心地よく眠る中、遠くから声が聞こえる。

 なんだか騒がしい。今は精神的にも肉体的にも疲れて参ってるってのに。

 そっとしておいてもらいたい。


―――~……


 声は一旦、遠ざかったが、次の瞬間―――


「うわあああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 脳内に大音量で悲鳴が響き渡った。


「な、なんだっ!? 敵襲だかっ!?」


 ヤスキは双眸を見開いた。

 そして、跳ねるように起き上がり、身構える。一気に目が覚めた。

 だが、近くには誰も居ない。


「……な、なんだぁ……?」


 草むらから顔だけを覗かせ、周囲を見回す。

 すると―――遠くで、一人の戦士と

 追い掛け回されるモンスターの姿が見えてきた。


(……が、ガイコツ……!?)


 一瞬、ヤスキは見間違いかと思った。

 遠くで追われているのは、どこからどう見ても学校の理科室あたりに置かれている

 人体骨格模型のような、人間の骨だけのモンスターだったからだ。


「た、助けてくれっ!! 誰かぁっ!!」


「! 声が……」


 ヤスキは助けを求める声が、ちゃんと日本語になっているのを聞き取った。

 あれは―――間違いなく、自分と同じプレイヤーだ!


(い、急いで助けに……)


 そう思い、身を乗り出そうとした時、足を止めた。


(だ、ダメだ! 思い出すだ……!)


 ヤスキは衝動に任せて動かそうとしていた足を止め、冷静に思い出す。

 今、自分はザコ・モンスターになってしまっているんだ、と言う事を。

 このまま、ヒーローよろしく、目の前に躍り出て行って

 ”さあ助けに来たぜ! 悪者よ覚悟しなッ!”

 とでも言って冒険者と斬り合って撃退できれば最高だが、今、そんな事はまず不可能なのだ。(というか武器すら第一持っていない)

 あのガイコツを追いかけているプレイヤーは、どれぐらいの強さか?

 確認する術は無いが、見た感じが戦士型である以上、例えLV1のデフォルトの状態でもまず間違いなく自分より強いはずだ。だから、このまま出て行ってしまってはいけない。 100%返り討ちにされてしまう。


(ど、どうする……?)


 戦士プレイヤーは、剣を振り回して相手を狙うが、ガイコツの方は流石に身軽なのか、ひらり、ひらりとまるで舞う木の葉のようにうまく剣を交わしていく。

 だが、あれもいつまで続くか。


「うわっ!! や、やめろっ! やめてくれぇっ!!」


 ガイコツの悲鳴が薄暗い森の中に響く。

 見た所、周囲に他に味方らしいプレイヤーは居ない。

 あの戦士は恐らく単独行動ソロだ。

 さらにあの剣のメチャクチャな大振りを見るに、プレイ時間がそう経っていない初心者だろう。さしずめ”経験値稼ぎに手頃そうなザコを見つけて、試しに挑んでみた”

 そんな感じに見て取れた。


(……戦士型キャラの撃退の仕方……ソロ……たぶん、初心者……)


 必死に考えを巡らせるヤスキ。

 魔法系キャラが居ないなら、遠隔攻撃? それとも自分が囮になるか?

 ダメだ。相手が遠隔武器を持ってないかはわからないし、今、自分に出来そうな

 遠隔攻撃は、その辺の石を使っての投石ぐらいしか無い。これじゃあダメだ。

 それに、囮になっても、こちらじゃなくまず目の前の倒せそうな奴から狙うはずだ。

 考えている内、ヤスキは無いよりはマシと身につけていた”天幕”を握り締めていた


(……魔法系キャラは居ない……)


「―――そうだぁっ!」


 ヤスキは策を閃き、天幕を握り締めてスケルトンの後ろの方へと回りこんでいった。



「なんだこいつ、全然攻撃してこないや」


 ガタガタと顎を震わせながら、遂に座り込むガイコツ。

 逃げ回り続け、流石に精根尽き果ててしまったようだ。


「さてと、今日の最初のドロップは、なんだろなぁっ!」


 何かを呟きながら、戦士プレイヤーが剣を高々と振り上げた。

 どうやらきめ台詞か、初めてのモンスター狩り記念か、そんなところか。


(こ、ここまでか―――!!)


 剣が振り下ろされると同時に、視線を思わず地面に落とすガイコツ。

 しかし、なかなか剣が振り下ろされる様子が無い。


(……?)

「……!」


 視界を上げると、剣が振り下ろされてはおらず、それどころか、戦士プレイヤーは

青い顔をして、視線を遠くへと泳がせていた。

 ガイコツの方も、思わず視線の先へと顔を向けた。

 すると―――森の奥のほうに、妙なものを見つけた。


(な、なんだ……?)


 森の奥のほうを見ると―――揺ら揺らと蠢いている真っ白な”何か”が見えた。


(な……レ、レイス……!?)


 それは”レイス”と呼ばれる悪霊型のモンスターだった。

 低級モンスターで、さほど強いわけではないのだが、序盤では非常に恐れられている。それというのも、悪霊タイプのモンスターには物理攻撃が全くと言っていいほど効かないからだ。たいした魔法攻撃の手段を持たない初級の戦士系プレイヤーには天敵だ。

 本来は夜の、それも街道からかなり離れた場所でないと遭遇エンカウントしないはずだが、薄暗い森の奥深くに入ってしまったからか、現れてしまったようだ。

 暗闇の中で、不気味な雰囲気を漂わせるレイスは、ゆっくりと戦士プレイヤーの方へと向かっていった。


「や、やばいっ! こいつは誘い込む為のワナか!」


 それを見ると、あわてて戦士プレイヤーはその場から逃げ出していってしまった。


「あ、危なかった……」


 そして、座り込んだままのガイコツの前に、そのレイスはやってきた。


(こ、今度こそ、ここまでか……!)


 今度こそダメだ。やられる―――

 そう思ってガイコツが観念した、その時


「ぐはぁぁーーーッ!」


 目の前の白いものが取り払われ、宙に舞った。

 そして、レイスの居た場所には、豚顔の獣人がバテた感じで立っていた。

 レイスはどうやら、オークが布を被って化けていただけだったようだ。


「はぁーっ……はぁーっ……意外と蒸すだな……」


「な、何だ……誰だ、お前は?」


「言葉、わかるだか?」


「あ、ああ……」


「ああ、良かっただ……」


 ガイコツが問いかけに応えると、オークは突然顔をしかめて泣き始めた。


「やっと話が通じる人が見つかっただ……オラは、荒金あらかね 靖樹やすきだぁ。モンスターじゃない、日本の、区立幾島情報高校に通ってるれっきとした人間プレイヤーだぁ……」


「え……」


「お願いだよ、早くゲームから抜けさせてくれ!」


 畳み掛けるようにヤスキが事情を話しかけると、ガイコツは固まってしまった。

 そして、驚いた状態のまま、言った。

 次の言葉は、ヤスキが全く予想だにしないものだった。


「お、お前……か、カネやんか? もしかして? 俺だよ! 天堂だ!」


「……えっ?」


天堂御津貴てんどう みつきだよ! 同じサークルの!」


「ええええええええ!?」


 悲鳴のような、鼻声のような、奇妙な叫びが森の中に響いた。



 二人の人型モンスターは、森の奥深くで座り込んで話し始めた。

 今―――目の前に居るガイコツは、自分を「天堂てんどう 御津貴みつき

と名乗った。

 「御津貴みつき」こと「ミッキー」。彼は、学校でのサークル”ファシテイト攻略同好会”の人間である。

 中学時代からのゲーム仲間で、中学時代は、学校が別々であったが、高校になってから同じ学校、同じサークルの所属となった。所属しているサークルは、正式にはただのサークルではなく、一つの”学校統括ギルド”とでもいうべきもので、学生のおよそ8割超、人数にして600人以上が所属するというとんでもないサークルだ。

 自分もそれに所属しており、その一員として活動していた。


「それにしても、まさかミッキーだとは……」


 ”区立幾島情報高校”にちなんで、ギルド名は「イクシマ・スクール・アライアンス」 自分はその中でも下位のメンバーだった。

 とは言うものの、実際には入学してまだ余り時間が経っていないことや、ギルドの昇格試験みたいなものに参加をしなかったこともある。まぁ参加したところで、単純な戦闘能力では上位のプレイヤーには敵わなかっただろう。

 何故かというと、自分のキャラである「リクォーツ」は、戦闘もある程度はこなせるが合成や作成などのアイテム調達能力に重点を置いたキャラクターだったからだ。


「俺もビックリしたぜ……このワケのわからん状況だけでも頭がぐるんぐるんしてるって のに、まさか全く同じ状況の知り合いに会うとは……」


 ミッキーも自分と同じく、学校ギルドでは下位のほうで燻っているプレイヤーだ。

 だが、ハッキリ言って彼は強い。かなり強い。贔屓目に見ても―――ではなく単純に読みや攻撃精度などの戦闘能力が高いのだ。”プレイヤースキル”だけで言えば、確実に学校のギルド内で5指に入るだろう。

 いや”関東の”というカテゴリになっても、結構イイ線を行くはずだ。

 でも―――実際は自分と同じく、ランクを上げられず、底辺をさまっている。

 何故か? その理由は簡単。”剣だけで戦おう”としているからだ。


 このゲームでは、ある程度のレベルを超えると、様々な理由から、戦闘において

”メイン能力”と”サブ能力”を持つ必要が出てくる。そこで遠距離、接近用もしくは、物理系、魔法系と言う風に複数のスキルを習得するというのがセオリーなのだが、ミッキーの使用キャラである「エスニックザムライ」の「セイグンタ」は、剣だけ、つまりは

武器スキルだけの能力を伸ばしていたため、何らかの形で武器を失ってしまったり、遠隔攻撃を混ぜた攻撃を使われたりするとあっという間にアドバンテージを奪われてしまうのである。

 彼も結構な熟練者ゲーマーであるので、その事はわかっているはずだが”なんで剣だけで戦うのか?”と聞くと”根っからの格闘ゲーマーだからさ”とだけ言われ、詳しい理由はわからなかった。


「しかし、なんであんな事をやったんだ?」


ガイコツの姿のミッキーは、オークの姿のヤスキに訊ねた。


「ああ、あれは単純に、オラが前に初心者だった時に、レイスと出くわして大変な目にあって、それを思い出して”これしがねぇ!”と思ってやったんだぁ」


「それで、レイスのフリをする事にした、ってわけか……」


「そうだぁ。まともに戦っても、勝ち目が薄いかんなぁ」


「しかしよく思いついたな、んな事」


「まぁ半分賭けだったんだけども」


「どうしてだ?」


「筋金入りのマジモン初心者だったら、レイスが何かもわからないで、逃げる事さえしないからだよ」


「あー、なるほど……」


 話が一段落した後、ヤスキは切り出した。


「今の状況をちょっと整理したいだが、いいだか?」


「ああ、かまわねぇぜ」


「まず、ミッキーに聞きたいだが、こんな状況になった憶えは、何かないだか?」


 ミッキーはそう言われて考えてみるが―――思い当たる事はなさそうで、空を見上げ、ポリポリと頭蓋骨を掻きながらガイコツは言った。


「憶えも何も……なぁ」


「昨日……というか、こうなる直前は、何をしてただ?」


「俺はよ、新しく発見された鉱山に行こうとしてたんだ」


「鉱山?」


「”アルバラン銀が良く出る鉱山が発見された”って情報がちょっと前に出ただろ?」


「ああー……佐賀県あたりにあるってアレだか?」


「そうそう。まだ名前も付いてなかった奴だ」


 当然だが、この場合は”ゲーム内の佐賀県あたり”である。


「俺、王銀剣が欲しくてさ」


 ”王銀剣”というのはアルバラン銀で出来た剣の事である。

 アルバラン銀は、銀鉱物の中で最も硬いものであるため、別名を最も強い銀”王銀”と呼ぶので”王銀剣”というわけだ。

 当然ながら非常に価値が高く、強力であるために欲しがる人間は多い。


「でもああいうのって真っ先に商人連合が押さえちまってるんじゃないだか?」


「恐らくはな。ただ、モンスターがまだ多くて討伐が必要だとか言う話もあったんだよ。 で、パラ上げと稼ぎが同時に出来るってんで、向かったのは良かったんだが……その途中で、眠くなってきちまってさ」


「眠くなった……?」


 何でも彼の言う所によると、休みの日に入る前だと言う事で、前の日からぶっ続けでプレイしていたらしく(要するに徹夜プレイだ)睡眠を余り取っていない反動が、道中で来てしまったらしい。

 危険なエリアに入って眠くなると大変なので、その前に少し仮眠を取って行こうと、

途中の山の中、大き目の岩盤のふもとに寄りかかって眠ってしまったのだとか。


「それで、起きたらそうなってた、と……」


「ああ。起きてビックリしたぜ。いきなり白骨化してるんだから……悪夢かと思ったよ。 周辺の地形も違うみたいだったし」


「違う?」


「ここら辺、間違いなく東京でも、俺が休んでた辺りでもねぇのさ。俺は東京周辺は歩き 回ってるし、鉱山への道はマップを見て頭に入れてたからわかる。俺が眠ってた周辺の地形こそ似た感じだが……起きた後は、間違いなく全然別の場所に移動してたぜ」


「じゃあここはどこなんだか?」


「わからん。とりあえず言えるのは……たぶん”日本じゃあない”って事ぐらいだ」


 ミツキの適当な返事に、途端に気が抜けるヤスキ。


「周辺のマップがあれば……いや、せめて俺が持ってたマップがあれば、カレントビーコン(自キャラの位置表示)が表示されるはずなんだが、どういうわけか持ち物が装備品ごと全部無くなってる。だからここがどこかさっぱりわからねぇんだ」


腰の辺りをまさぐりながら、ミツキは言った。


「カネやん。お前はどうなんだ?」


「オラも同じだぁ。テント張る時に使った天幕以外、何も残ってないだよ」


「なんだってんだ一体こりゃあ……装備どころか、消耗品一つ残ってないなんて……」


 うんざりしたように頭を抱えるミツキ。


「……もしかして、人為的なものなんだろか? こりわ?」


「まさか。バグとかだろう」


「んだけども……バグだったら用意周到すぎるというか……”ワールドアウト”と”ゲームマスターコール”が消えてるのはおかしいだ」


「どうしてだ?」


「最重要システムなんだから、だよ。仮に今、何かのバグとか事故でこうなってるとして 重大事故には繋がらないよう、この二つは―――いや最低でも”ワールドアウト”は消えないように出来てるはずだぁよ。一回、確かファシ通で見たけど、法律でも安全確保の為にそうなってるって聞いたど」


「う~む……」


 二人とも頭を抱え、話しては見るものの、それ以上話は進まなかった。

 当たり前だ。情報が少なすぎるのだから。


(とにかく一度、街の方へ行ってみるだか……)


 ヤスキは、とりあえず街の方へ行く事にした。

 モンスターの姿である今の状態では、余りいい選択とは言えないが、ほかに何も思いつかなかったからだ。


「ミッキー、とりあえ……」


「シッ!」


 ヤスキが話しかけようとした時、ガイコツは素早く口元に人差し指を立てた。

 「静かにしろ」の合図だ。


「……?」


 ヤスキがそれに気付いて、すぐに動きを止めた。

 どうやらミッキーは何か異変を感知したらしい。


「……ど、どうしただ……?」


 静かにミッキーに話しかける。


「……静かに。何か近づいて来てる……」


 その言葉を聞いて、すぐに逃げ出せるよう、ヤスキは身構えた。

 先程は情けない姿であったミッキーだが、落ち着いたからか戦闘マニアとしての感覚を取り戻しつつあったようだ。

 考えてみれば―――今、自分達は街道からかなり外れた場所に来てしまっているのだ。 何が出てきてもおかしくはない。

 急激に場の緊張が高まっていく。


「……」


 集中し、周囲に耳を傾けると、森の色々な場所から、音が聞こえてくる。

 雑草の重なる音、広葉樹の葉の擦れる音、茂みなどがゆれる音。

 色々な音が混ざり合った”自然音”なので聞き分けにくいが、気持ちを落ち着けると、”変な調子”なのがわかった。

 ”生き物”が動くせいで起きる音が混じっているのだ。

 木の葉が擦れる音が、どんどん大きくなっていく。


「……」


 背中を向け合い、死角を極力無くすパーティにおける初歩の陣形を取りつつ、周囲を警戒する。


(……何も、来ない……か……?)


 ”異音”が小さくなり、安堵しかけたとき―――

 ヤスキが、ミッキーの鎖骨むき出しの肩を、凄い勢いで叩いた。


(あん? なんだ……?)

(さっきのヤツが、戻ってきちまったか?)


 ヤスキの顔を見ると、脂汗まみれになり、震える指でとある方向を指差していた。

 ”何か”を見つけたらしい。

 ヤスキは歯をガチガチ鳴らし、顔は恐怖一色に染まっていた。


(……?)


 指差す方を見て、ミッキーは最初、何を指しているかわからなかった。

 見えるのは森のたくさんの大木、所々に生える草、床を埋め尽くす枯葉。

 背の高い草、青々と遥か上空に茂る樹の枝葉。

 そして、木の幹に大きめの黒い毛虫がいるぐらいだ。


(う……ん?)


 違う。よく見ると―――ただの毛の塊ではないことがわかる。

 ”毛虫”に見えたものは、”毛虫”ではない。あれは別の生き物だ。

 中央部分に、小さな黒い点のようなものが一つ。

 その僅か上に、黒く光を反射する大きな丸いものがある。

 どうやらそれは”目玉”のようだ。

 更に、黒に溶け込みかけていてわかりにくいが、彫りの深い灰色の地肌も見える。

 黒い毛は”毛皮”であり、肌の外側を覆うように黒い体毛が覆っているのだ。

 そして中央部分の黒く小さな点は”鼻の穴”のようだ。

 だから、あれは毛虫ではなくて―――


”何かの生き物が、木の幹から顔を僅かに出して、こちらを窺っているのだ”


 黒い体毛、鼻の穴、目玉、灰色の彫りの深い肌……。

 それは部分的にだったが、余りにも特徴ある部分であるために、ミッキーも生き物が

何かを遅れて理解した。

 そして、理解した瞬間に、背筋が凍るほど戦慄した。


(ひ……人喰いゴリラ!!)


■『人食いゴリラ』-THE MANEATER Gorilla-

 俗に”中級者殺し”と呼ばれる凶悪なモンスターだ。

 ゴワゴワで分厚い体毛。そして鉄を越えて硬く隆々な筋肉の鎧で覆われた身体を持つ

 筋金入りの脳筋(”脳ミソまで筋肉かと思うほどの力馬鹿”の意味)モンスター。

 その強さは、上級者前の壁と言われるほどで、単独ではまず歯が立たない。

 硬くパワーがある割には素早く、ジャンプ力も高い。

 その上、突貫特性スーパーアーマーというものを持ち、ラッシュ攻撃を簡単には

阻止する事が出来ない。さらには毛皮が魔法耐性を持っており、多少の魔法攻撃なら弾いてしまうと言う、隙らしい隙が見当たらないモンスターだ。

 単独ソロプレイヤーが出くわすと、ほぼ100%の死亡率である事から

”ソロ・キラー”としても有名で、コイツを単独で倒せるほどなら、まず、トップクラスの戦闘能力を持つと言って誰も疑わないレベルである。


(ヤ、ヤバイ……)


 コイツの真に恐ろしい所は、単純な戦闘能力もさることながら”人喰い”モンスターの特徴としての”貪欲捕食”特性がある。

 倒した相手の肉とハラワタを残さず食い荒らし、更には骨も武器やコレクションの一部として持ち去ってしまうため”死亡”が必ず”オーバーキル”となってしまうのだ。

 致命的な経験値ペナルティに、所持品の大半をも失わせられて、トラウマになるプレイヤーも多い。まさに”凶悪”としか言いようがないヤツだ。


(ど、どうするだ……!!)


 当然ながら―――今の自分達では100%勝てない。

 仮に”元のキャラが100人居ても”倒すのは不可能だ。その位に強い。


「……」


 突然、ヤスキが人喰いゴリラのほうへ歩き始めた。

 それを、あわててミッキーが止める。


(ば、バカ!! 何をやってる!!)


 視線をゴリラからなるべく外さない様にヤスキの腕を掴み、引き寄せる。

 この手の獰猛なヤツ相手に、絶対にやってはいけないのが”視線をはずす事”だ。

 ”合わせてもいけない”が全く外してもいけない。


(い、いや、あの……同じモンスターだし、もしかしたら、敵対してないんじゃないかって……)


 黙ってそれを聞くミツキ。


(一理ある、っちゃあるが……)


 二人は、まだプレイヤーにしか出会っていない。これが始めて遭遇する”野生”のモンスターだ。

 普段、モンスターとプレイヤーは完全に敵対しているので、今の状態では、逆に敵と認識されないかもしれない、とヤスキは考えたのだ。

 だが、ミッキーは冷静に思考を行い、ヤスキの耳元に顔を寄せて囁いた。


(俺が囮になる。おめェは今のうちに背中を見せないように距離を取るんだ)


(えっ!? で、でも……)


 確かめてみなくてはわからない、と言いたそうに応えるヤスキに、ミッキーは冷静に、しかし強く断言した。


(コイツは―――間違いなく”敵”だ。電想世界のモンスターに言うのは変だが……)


『人食いゴリラ』の方を見て、ミツキは言う。


(アイツからは、コンピュータ独特の、機械的っていうか”ドライな”印象を受ける。

9割9分敵と思ってまず間違いねェ)


(……)


(どちらにせよ、試すには力の差がありすぎる。ここは逃げるぜ)


(……わ、わかっただ!)


 そして離れようとするが、ふと気になってヤスキは訊ねた。


(で、でも、囮とか、大丈夫なんだか?)


(俺はいい。スケルトンはどうやら、かなり早く走れるみたいだからな。だが―――お前 の走行スピードじゃ無理があるだろ。ここから一気に逃げても、オークの足じゃ

 逃げ切れねェ。距離をある程度は取っておかねーとよォ)


(わかっただ)


(ギリギリまでひきつける。俺が走り始めたらスタートだ)


 小声で連携を確認し、ミツキが数歩近づく。

 そして人喰いゴリラと、視線を合わせたまま、静止する。

 その隙に、ヤスキはゆっくりと背を向けないように後退していった。

 街道の方角へ、出来る限りの距離をとる。

 やがて、痺れを切らしたのか、木の幹からゴリラがゆっくりと出てきた。


(うっ……!! で、でか……いッ!)


 ミツキはその威容を見て、再び背筋に寒気が走った。

 隠れていた木が、かなり離れた場所にあったので正確なサイズはわからない。

 だが、付近にある大木の、一番下の枝を越えるほどにその身体はあった。

 今まで座っていたのか、隠れられていたのが不思議なぐらいの大きさであり、どう少なく見積もっても4メートルはある。それは、まるでトラックが垂直に立ち上がったような、とんでもない威圧感があった。

 腕は太く、地面に付くほどに長い。腕は丸太のような……いや通常の木の幹と同じぐらいはあり、毛皮の上からでも盛り上がっていて、筋肉モリモリなのがわかる。

 あの豪腕から繰り出されるパンチを喰らったら、間違いなく粉々の削りカスにされてしまうだろう。

 足は巨人のような身体を支える為か、腕と違い短いが、より太く強靭そうだった。

 それを見ていたヤスキも気圧され、急いで距離を取った。


(……ッ!)


 次の瞬間、空気が一気に急変したのをミツキは敏感に感知し”来る”事を見抜いた。

そして次の瞬間、踵を返して、ヤスキの方へと駆け出し始めた。即ち、森の出口方面へ。 ヤスキもすぐに背中を向き、急いで走り始めた。

 街道の方向へと全速力かつ一目散に。

 その後の事は、よく憶えていない。

 ただただ、力の限り、街の傍まで逃げていた。



「た、助かったぁ~……」


 安堵の溜息が、草むらの中で静かに響いた。

 あれから、二人は森の中を逃げ回り、街道に出た後、道に沿ってひたすらに走った。

 そして、巨大な壁に囲まれた町が見え始めた所で、ゴリラはやっと追跡を諦め、森の中へと戻っていった。


「しっっっつこかったなぁ~~~……マジでよォ……。噂には聞いてたが、あそこまで執念深く追いかけてくるたぁ……」


 今、二人は町を覆う城壁の外、門の入り口近くにある草むらの中にいた。

 球形の植木の中が隙間なく並べられている中に、隠れていた。


「とりあえずここで、次どうするか考えるか……。フィールドじゃあ、あぶなっかしくて とてもノンキに話してられねぇ」


「だなぁ……」


 呼吸を整えながら、次の手を考える。


「……やっぱり、地図がいるだな」


「地図か」


「何をどうするかって考えるなら、どうしても情報がまず必要だぁよ。ここはどこかすらわからない状態じゃ、何考えても無意味だぁ」


「……確かに。しかし……どうやって地図を手に入れるんだ……? 町には入れねぇ。入れねぇから店も使えねぇ。行商人とも交渉できねぇ競売システムも使えねぇみたいだし、ORMTオフィシャル・リアルマネートレードも出来ねえ」


畳み掛けるようにミツキはヤスキに言った。


「今のこの戦闘力じゃ……モンスターから手に入れるのもムリだぜ」


 うんざりしたような声を上げ、倒れこむミツキ。


「これでどうしろってんだ……」


 ミツキから現状を思い知らされ、顔をしかめるヤスキ。


「~~~……”交渉”が封じられた状態が、ここまでキツイとは思わなかっただなぁ」


 確かに、深刻な状態だ。

 ゲームにおいて、ことに”RPG”というものでは、コミュニケーションは考え方によっては何よりも重要だ。情報の共有や、仲間としての協力そして様々な種類の交渉と助力。 それらが無ければ、ゲームは成り立たないと言ってもいい。


「……」


 どうすればいいか? ヤスキはある考えに達していた。

 交渉できない。町にも入れない。モンスターを倒して入手する事も出来ない。

 ならば……取れる手は、もう一つしか残らない。


「……”PK”やるしかねぇだな」


 詰まっていたものを吐き出すように、ヤスキは言った。


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