19:遅まきながらのチュートリアル
荒金靖樹たち三人は、不思議な少女から頼まれた人探しの為に、北海道エリアの「ルサーラ」までやってきた。
そして探索へと出発する直前に巨人型モンスター「ギガース」の来襲を受ける。
何故か武装していたギガースの戦闘力は相当なものだったが
応援が来るまで時間を稼ぎ、辛くも全滅の危機から逃れた。
その後、靖樹と御津貴の二人は、このままだと危険だと考え、山に登る前に初心者の銑里へ、ひとまず必要な基本的な技術の手解きを行おうと考えた―――
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太陽が山へと差し掛かり、空の色が鮮やかな青から、僅かに緑がかったものへと変わり始めた頃。ルサーラの南西の門の付近に、急遽大型のテントが仮設された。
そしてラクォーツ達三人は、その中で事情聴取を受けていた。
「それで……なんとか時間稼ぎをやってた、ってわけです」
テントの中には、あのギガースと戦って生き残った者達が全員集められていた。
皆、装備は壊れたり、酷く痛んでおり、HPが半分を切っていない者はおらず、皆ボロボロの状態だった。だが、脅威の時間が終わった安堵からか、その表情はどこか安らいでいる様子に見えた。
「なるほど、そう言う事だったのか」
「事情取調」と言うと、警察などがやるもののイメージで見てしまうが、要は「証言」だ。どんな風なモンスターがやってきたのか? その特徴は? どういう挙動をしていたか? 戦った者達がどうなったか? 普段からこういった攻撃を受けるのか?
テントの前方部分に立っていた「エルミラ」は、そういった「襲撃を受けた立場からでなければ聞けない情報」を他にもやってきた応援の者と共に訊ねていた。
恐らくは、北海道エリアを統括する札幌市の役所。
そこからやってきた事情聴取担当の人間だろう。
「はい。大方、今言った事が全てです」
ラクォーツが言った後、最後に服が剥げている女剣士が言った。
彼女の鎧は肩当ての部分がなくなっており、服も下着が見えるような状態で、半分だけになった兜を被っていた。
「ふむ……」
テントの最前面部分で、立ったままその証言を聞き、考え込んでいる女性は、対比するかのように「絢爛」としか言えない姿をしていた。
彼女は、美しい金髪ロングヘアの髪を揺らしており、やや垂れた感じの目つきをしている。眉はやや太めで、顔つきからは穏やかな印象を与えるが、その目はどこか厳格そうな雰囲気を孕んだ感じだ。
そして、体躯は全体的にすらりとしている。胸が少々大きめで目立ち、よく見ると凹凸もそこそこあるのだが、全身が満遍なく鍛えられている為、筋肉が発達している印象を余り与えない。
頭には宝冠を被っており、身体には薄手だが、尖った鎧を身につけていた。
重装備クラスの壁役が装備するようなものでなく、一般的な接近型のクラスが付ける中装備型の鎧だ。
巨大な鱗を何枚も重ねて作ったような形状をしており、かなり硬そうな印象を受ける。
全身をくまなく覆っており、腿の部分などの鎧は薄く、動きやすそうな形に仕上げてあった。
所々に、ルーン文字のようなものが刻まれているところを見ると、ただの物理防御用の装備では無さそうだった。
「しかし、まさか”武装しているギガース”とはな……報告でちらほら耳にはしていたが、本当の事だとは思わなかった」
彼女の名は―――「エルミラ・アリュージュ」と言った。
「報告って……」
「カチプトで蘇生した者達からの報告だ。何分、事が事であった為に情報が錯綜していて、信じかねていたのだが……」
エルミラがやや俯いた姿勢で、考え込む風に呟く。
すると、後ろに控えていた他の三人が言った。
「鎧とかまで着こんで武装してるっつー事は、情報通りって事か」
(あれは……確かギガースを空へ拳で打ち上げた……!)
一人はがっちりとした体つきに、濃い目の緑色を貴重とした「いかにも時代劇に出てきそうな素浪人」という感じのいでたちをしており、ちょんまげを結っていた。
顔は中年男性っぽい感じで、無精ヒゲを生やしている。
これで背中に「天下一」とでも幟でもはためかせていれば、完璧に役者だ。
恐らく彼は「剣豪」クラスの人間だろう。
パワーと攻撃スピードを兼ね備えた重量クラスのアタッカーだ。
和風の剣闘士とでも言うような存在で、拳による攻撃力も兼ね備えている、かなり強力なクラスである。
「迂闊に攻め込むのは危険かもしれませんね」
そしてもう一人は対照的に、きらびやかな中世の貴族のような衣装を身に纏っている。
ややはねた栗色の髪をしており、頭には何も被っていない。
魔法系クラスが身につける大きな腕輪をしている所を見ると、彼は「貴族剣士」だろう。
「魔剣士系」の”準上級”に位置するクラスだ。
「嫌だなぁ、巨人なんかと戦うなんて」
最後は、黒髪ロングの男性だ。背がやや低めで、どこか幼い感じをしている。
彼は中世の騎士が身につけるような厚手のアーマーを上半身だけに身につけており、下半身には余り特徴的な装備はつけていなかった。
ただ、彼もマントやアーマーの肩に魔法能力を増大させる紋様などを付けている事から、接近型でありながらも、魔法をある程度使える両立型のクラスである事がわかる。
彼は恐らく「達人魔剣士」だろう。これも準上級クラスだ。
先ほどの「貴族剣士」と同じく、後衛を担っていた人間だ。
(まさか……こんな人達まで呼ばれてるなんてなぁ……)
ラクォーツはテントの前にいる4人を見て、感嘆の溜息を漏らした。
彼らは全員「坤輿皇国烈鬼軍」というギルドの人間だ。
それは、日本最強と言われている剣士系のクラスだけで構成されているギルドである。
それぞれ得意とする能力が異なるが、近接戦闘では無類の強さを誇る強力な「準上級クラス」以上であるのが特徴だ。
その戦闘能力は、中堅のプレイヤーを数十~百名ぐらいならば、楽々と相手に出来るような存在だ。
モンスターランクで言えば「CN」の相手をソロで楽々と撃破し、相性さえよければBランクモンスターとも対等に渡り合えるほどで、まさに「トップランカー」の名に恥じない力を持ったプレイヤーたちである。
そして―――中でも一際目立つのが、中央に立っているエルミラの「宝玉剣士」だ。
「我々だけでは、少々確実性を欠くかもしれんな。やはり」
宝玉剣士。それは強力な魔法攻撃と、比類なき無双の剣術をも両立させて使える「上級」クラスだ。
彼らは強力なエネルギーを扱う為に、戦っているうち、いつしか周囲に魔力源子が固形化して浮かび始める。その輝きは美しく、それがまるで”宝玉を纏って戦っている”かのように見えることから、そう名づけられたと言われている。
凄まじい戦闘力を持っており、まさに一騎当千と言うしかないクラスである。
対等に戦うには、準上級のプレイヤー数名がかりでも難しく、モンスターならば
Cランク上位モンスター、もしくはBランク、Aランクでなければ難しいほどの能力を持つ。
上級クラスのプレイヤーは、全世界を通して見ても、100名強ほどしか居ない。
とても貴重な存在である。
「すぐには攻め込めない、って事ですか?」
ラクォーツがポツリと訊ねると、ちょんまげを結っている剣豪クラスのプレイヤーが言った。
「実を言うとなぁ。ついさっき、おんなじ時刻に周辺の他の街にも襲撃があったんだよ」
「えっ!?」
ラクォーツが驚くと、同時にテント内が騒然となった。
そして、貴族剣士クラスのプレイヤーが他の声を黙らせるように言った。
「他の街は―――狼などを初めとする獣方モンスターが大勢に、何体か先頭をゴブリンが突っ切ってくる、と言う戦法だったとの事です。それらも、先程話していた”強襲警報”のみしか鳴らなかったらしく、5つほどの街が襲われ、既に4つが陥落しました」
”陥落した”という事実に、テントの中に更にざわめきが走った。
無理も無い。街が陥落させられるというだけでも珍しい事であるのに、こうも連続して起こるなど、前代未聞の出来事だったからだ。
「うっ、嘘でしょう!?」
それを聞いて、ボロボロになっているプレイヤーのひとりが驚いて声を張り上げた。
すると、貴族剣士のプレイヤーが続けて言う。
「5つ目の街も、応援が恐らく間に合わず、間もなく落ちるでしょう。だから実質―――ここ以外の攻め込まれた場所全てが、落とされた事になります。領土的には、北海道エリアの本州とを結ぶ部分、そしてここと札幌の辺りのエリアを残して、約5分の1ほどがモンスターに落とされた事になります。大変なことですよ」
貴族剣士のプレイヤーが言ってから、一拍待ってエルミラは言った。
「皆、よくやってくれた。ここを守りきれた事は、諸君ら、そして戦ってくれた全ての者達のおかげだ。もしここまで陥落していたら、エゾ全土とムツ・デワやムサシエリアまで侵攻の危機に瀕していたかもしれん」
エルミラはそう言ってから、テント内を見回して言った。
「指揮をしていた者は誰だ?」
(……)
その言葉を受けて―――視線が一気にラクォーツへと集まった。
だが彼は、ハーマンの方を一瞥してから言った。
「指揮官は―――レッドベア北陸のハーマン・レジダースです」
「ッ!」
ラクォーツがそう言うと、テントの後方で縮こまっていたハーマンが、面を上げた。
表情は驚きに染まっており、言葉を発しては居なかったが、どう見ても「まさか自分の名前が」といった感じでいるのが、見て取れた。
それは他の者も同じだったらしく、困惑した雰囲気がテント内に充満していった。
「そうか。あのレッドベアのメンバーか。大したものだ。全邦ギルド会合で、君の本部昇格を”ラーギル”の奴に提言しておこう」
「ちょ、ちょっと待てよ! そいつ途中で逃げちまったじゃねぇか!!」
エルミラが話していると、我慢できなくなったのか、やがて一人のプレイヤーが立ち上がって叫ぶように言った。
「そいつは……あの最後の攻撃の途中まで、確かに指揮してたけど……最後の最後、一番あぶねぇ時に全部放り投げやがっただろ!! なんで指揮官になるんだ! むしろ、最後に指示したアンタの方が……」
納得していないらしいプレイヤーがそう言うと、ラクォーツは予想していたのか、茫然としたまま、態度を崩さずに言った。
「いや。誰がどう言っても指揮官はハーマンだ」
「どうして!?」
文句を言った者が納得行かない感じを漂わせつつ、訊ねた。
ラクォーツは一瞬目を閉じて、息を吐き出してから言った。
「確かに―――俺は最後に作戦を提案した。だが、指揮をしたわけじゃない。誰も作戦を提示できなかったから言っただけ。”誰かがやらないといけなかった”からやっただけだ。失敗したら俺は逆に提示しただけで責任を取る必要は無い、って逃げてたさ。到底―――
”指揮してた”なんて言える状態じゃない」
ラクォーツはそう言うと、ハーマンの方へと近づき、彼の肩を持って言った。
「その点、ハーマンは作戦を提示して最初から指揮をしていた。あのギガースと戦う為に、考える時間も殆ど無い状態で、不特定多数の人間の指揮役を買って出るなんて、中々できる事じゃない」
ラクォーツは手をハーマンの肩から離し、やや大袈裟な感じのジェスチャーを交えつつ
更に言った。
「俺だったらやりはしない。責任がすぐに思いつかないほど重いからな。レベルだって低いし。それに……ハーマンはみんなが俺の方を向いて、”俺が指揮役をしていた”って言うだろうと思っていた時も、その資格は無いと黙っていた。それだけ責任を持ってやってたって事だ」
ラクォーツは、ハーマンの片手を握って、持ち上げて言った。
「だから俺は―――俺よりも、この”ハーマン・レジダース”こそが指揮官だと思う」
その言葉に、テント内が静まり返った。
そしてそれ以上、文句を付ける者は居なかった。
エルミラは僅かばかりにやけた表情になってから、言った。
「では―――最後に、エゾの管理・運営局からの褒章を配って解散としようか。皆……重ね重ね、礼を言う」
エルミラは、そう言って他の人間に指示を出して、その場を立ち去っていく。
だが、彼女はテントを出て行く前に、ラクォーツの前で止まった。
そして鼻で僅かに笑ってから、囁くように言った。
「面白い奴だな。君は」
「えっ?」
ラクォーツが呆気に取られた声を出したが、エルミラは応えず。
そのまま、最初に居た他の3人と共に、テントから出て行った。
■
その後―――防衛戦に参加したプレイヤー達全員に褒章が配られ、解散となった。
褒章は装備品、素材、資金のいずれかを選ぶ形になっていたが、ラクォーツ達はレベルが低かった為、当面の用事全てにおいて必要となる”資金”を選び、大量のお金をそれぞれ貰ってテントから出た。
「ヒャア! これだけありゃ、しばらくは金策に困らねえなぁ!」
溢れんばかりの札束を道具袋へと押し込みながら、セイグンタが歓喜の声を上げる。
「おっ、レベルが1上がってる」
ラクォーツがステータスを確認して呟く。
防衛戦を終えた事で少々の経験ポイントが入ったようで、基本レベルが全員1だけだが上がっていた。
「あのギガースを直接倒してたら、プラス3ぐらいにはなってたはずだがなぁ」
「まぁそれは仕方ない。とても倒すのは無理だ。生き残っただけでも儲け物さ」
二人が話していると、テントから出て、ずっと俯いていたアリカが言った。
「ねえ、ラク」
「だから、その”ラク”って何なんだ」
「だって長いじゃん。二人とも名前さ。だから縮めてんの」
「そんな長いか?」
ラクォーツがそう呟いてセイグンタの方を見た。
だが、彼はアリカの言う事など何も気に留めずに、持っている刀「鋼牡丹」の様子を見ていた。
戦闘が終わった後、鞘に納める前にこうやって武器の様子を確かめるのが彼のクセだ。
生粋の武器マニアなのである。
「ねぇねぇ、これから”ラク”、”グンタ”って呼ばない? いや……それだけじゃダメかなぁ」
「……なんだ? なんかマズイのか?」
「だってさ”アレ”の後とかで、名前がコロコロ変わったらわかりにくいじゃない。ひとつに統一しなきゃ、呼びにくいって」
「ひとつ、ねぇ……」
確かに、言われて見ればそうかもしれない。
現時点ではリアルネームと、アバターネームと、あの”コマンド”を使ってのモンスターになった後の名前とで、計三つの名前を使い分けている事になる。
だがこれは後々、戦っている最中に混乱して面倒な事になりそうではある。
アリカに言われた通り、アバターネームは一つにしておいた方がいいかもしれない。
「セイグンタ、どうする?」
「え?」
「名前の件! 一つにしておいた方がいいでしょ?」
アリカがセイグンタへと詰め寄った。
彼は戸惑うような感じになって、思わず二歩三歩後退した。
戦えばかなりの強さの彼でも、女子に詰め寄られるのは慣れていないようだ。
「そ、そりゃまぁ、そう言えばそうだが……でもよ、キャラ名同じにしてたら、それはそれでいざって時にヤバイ気がしねぇか? 掛け合う時になんか聞かれたらダメな気がするぜ」
「う、それは……」
「ひとまず、今回は名前を縮めるだけにしとけばいいさ。必要そうなら、また変えるかどうか決めればいい」
「……そうね。ま、ひとまずそれだけでいいかな。それじゃ、これから”ラク”と”グンタ”で!」
「へいへい。ま、悪くはねぇか」グンタが刀を鞘に納めながら言った。
「それより、最初何か言おうとしてたみたいだけど、何を言おうとしたんだ?」
「ああそだ! ラク。あのさ、なんであの女の人に”指揮官が~”って言われた時、自分が指揮してたって言わなかったの? 名乗ってればなんか貰えたかもしれないのに」
「それは……」
「それが気になってたんだ。主張しても全然変じゃなかったのに」
「別に……いいんだよ。あれで。本当に俺が指揮したわけじゃないんだし、多少強引に名乗って自分の手柄を主張してれば、もしかすると全国区のギルドの会議とかに呼ばれるかもしれないけど、学校ギルドの上層部は嫌な奴が多いし、別にもういいかなってさ」
「嫌な奴って……」
「ウチの学校ギルド自体のリーダーとかはいい奴等なんだが、地区のランカーがな……」
グンタが愚痴るようにそう言うと、ラクが「そうそう」と肯定の返事を続けた。
「しかし……さて、これからどうするかな」
三人は、いつしか南西の門付近へと辿り着いていた。
どうも無意識のうちに、この街へと入って来た場所へ、戻ってきてしまったようだ。
最初に見えた高い門は、ギガースの体当たりで破壊されてしまっており、今は片側の柱が残るのみだ。
(しかしまぁ、気持ち良い位に壊されたもんだ)
ラクが目を門の内側へと向けると、町中は、最初に来た時とは全然別の世界に変わり果てていた。
大通りの路面はメチャクチャに踏み荒らされており、地ならしを行うだけでも、かなりの時間が掛かりそうだった。
通りに面している建物などは、その多くが破壊されており、”形が残っているだけマシ”というような状態となっていた。
「ねぇ、これからどうすんの~……?」
「当初の予定だとこれから山へ登ろうか、って所だったけど……」
「もう今日はいいんじゃねぇか? 疲れたぜ。まさかあんなデカブツと戦う事になるとか思わなかったからよ」
「できれば、山のふもとまで行きたいところだけど……そうだな。今日はもうこの辺にしておくか」
現在、ゲーム内タイムは「PM:18:35」を指し示していた。午後6時半過ぎぐらいだ。
疲れもするはずだ。確か巨人が襲ってくる前が午後4時前ぐらいだったので、ゲーム内でおよそ2時間近く戦っていた事になるのだから。
現実時間で言えば、ゲーム内へと入ってここルサーラへと来る時間を含めて、およそ1時間半ほど経過しているので午後6時を少々回ったほどだろうか。
一応、リミット的には現実時間であと30分ほどあり、ゲーム時間は1時間半の猶予があるが、かなり激しい戦いをした事もあって、自分を含めグンタ、アリカ共にかなり疲労の色が見えた。
こんな状態では、もう進むのはやめたほうがいいだろう。
あとは山のふもとまで移動するだけだが、全員のレベルが低めな上、たった3人なので無理は禁物だ。
「今日はじゃあ、もう終わりでいいかな」
「よかった~……いやもうマジホント疲れましたわ今日」
アリカが空を見上げて、安堵した様子で声を発した。
彼女も、一応あのギガースの攻撃で倒されては居なかったとはいえ、現在HPは3割前後となっており、かなり疲れているようだった。
「それじゃ、適当な宿に泊まってワールドアウトしようか」
■
山への行軍を延期して、それから宿を探すことになった。
戦闘が起きた場所から離れ、町の北東の方角へと移動する。
南西の方にある建物は、いずれもが何らかのダメージを受けていた為、泊まろうとしても物件がその機能を失ってしまっているため、宿泊を断られてしまったからだ。
ちなみに、ワールドアウトをする場合は、わざわざ宿に泊まる必要は無い。
一応、町中でもフィールドでも、どこでも行う事が出来る。ただし「戦闘中」の状態となっていると行う事は出来ない。
宿に泊まる理由は「ホームポイント」の有無が関係している。
宿やホテルなどの宿泊設備の場合は不要だが、町中やフィールドで行う場合は「ホームポイント」と呼ばれるものが必要になる。
これは平たく言えば「目印」もしくは「魔法陣」だ。「セーブポイント」と言うとわかりやすいかもしれない。
具体的には、例えばクリスタル型のアイテムなど、ホームポイントを「生成」する道具を使って、円陣などを作成する。そしてそこからゲームから抜け出るコマンドを起動する事で「ワールドアウト」が行えるというわけだ。
”アバター”は、その名前が意味する”化身”の言葉通りに、プレイヤーが現実へとあたかも帰還するかのように、ゲームを終えるとこの世界から消え、再びプレイヤーがログインすると共にこの電想世界へと現れる。
この「ホームポイント」は、各アバターにつき持てるのは一つだけで、常に上書きをしながらの使用となる。
町中のセーブポイントは、処理の関係からか余り長い間保持されない為、宿の方が確実に復帰できる。
そのため、基本的にプレイヤーは町中に無数にある宿で、ワールドアウトを行う。
「しかし……余り見ない奴等がいるなぁ」
町中を歩いていくとグンタが呟く。
視線は、壊れた建物の前の方で作業をしている者を見ていた。
アリカが路面の方で仕事をしている人達を見て、言った。
「建物の上に乗ってるのは大工屋かな? でも……他のはなんなの?」
「”精錬術師”と”念動力使い(サイキッカー)”だな。あれは」
「どういうのなの?」
「精錬術師は合成術師をより生産能力に特化させたみたいなクラスで、サイキッカーは”理力”ってのを使えるクラスさ。恐らく、瓦礫の破片を精錬術師が集めて、元の建材に再構成。それをサイキッカーが建物の上に動かして、あとは大工とかの工作スキル持ちが人力で建物を直してる、って感じじゃないかな」
ラクの説明に、アリカが感心する声を上げていたが―――やがてふと、ある事を訊ねた。
「”フォース”って何? 超能力って事?」
「簡単に言えばそう。サイキック能力。今使ってるのは”PK”って奴だな。プレイヤーキルじゃない方のね。海外のゲームでよく出てくる能力さ」
「そんなものあるの?」
「このゲームだと、魔法みたいにちゃんと使用できるものとして、ゲーム内で実装されてるんだ」
「いいなぁ、超能力とか、なんかカッコ良さそう。使ってみたいなー」
「あれ使いこなすのかなり大変だぞ。面倒くせぇ割に余り実用的じゃねぇし」
グンタが片目を開いて、顔でサイキッカーの方を指していった。
「え、あんまり使えないの?」
「オレは絶対にムリだ」グンタが即答する。
「まぁ、難しいな。よほどの集中力と、状況の判断力が無いと……」
「えぇ? なんでぇ? 強そうなのに……相手の心臓を直接掴んだりとか、テレポートで投げた物をホーミングさせたりとか、直接体内に刃物を移動させたりとかできるんでしょ? 超能力って事はさ」
「出来ないよ。余程強力なら、確かにそう言うことも出来るっちゃ出来るけど……」
「出来ないの? どして?」
「”生き物には抵抗力があるから”さ。サイコキネシスとかを直接生き物に働かせようとすると、相手に抵抗されるんだ。魔法じゃあないんだけど、判定的には魔法と一緒で”INT”と”MND”が適用されるから」
「そうそう。ナイフを投げて当てる技とか、相手の身体の中に直接武器をテレポートさせて倒す能力も、あるにはあるがな」
「そう言う場合はどうなるの?」
「まず、対象が生き物の場合は”ターゲットにする事自体が抵抗される”。狙いを定める行動自体が阻害されるから、大抵は相手に向かって飛んでいかない。そして、テレポートの場合も同じ。体内へとモノを転移させるのはかなりのパワーが必要で、まず成功はしないようになってるんだ」
「へぇ……」
「それに、フォースは本当に集中して無いと使えねぇんだ。例えるなら、掌に水がなみなみと入ったコップを握らずに持って、それをずっと零さないように持ってるような芸当が必要になる」
「……難しそうだなぁ」
「余程力量に差があるんなら、漫画チックな事ができるだろうが、少なくとも……相手と同じぐらいじゃあ、まずダメだ。効かん。”異能防御壁”でも張られてたりでもしたら、絶対に通用はしねーって言ってもいいだろうな」
うんざりした様子でグンタが言った。
それを聞いて、アリカが消沈しているのをラクは察し、付け加えるように言う。
「まぁ……かといって弱いわけじゃなくて、うまく使えば有用なスキルでもあるんだけどな例えば、物を投げる場合は……この場合は”スロウ(投擲)能力”って言うんだけど、近くにある別の物体に向かって物体を飛ばす、とかである程度は弱点をカバーできる」
「ホント!?」
ラクは、目を輝かせているアリカに気付き、一呼吸置いて言った。
「……とはいえ、そういうのも初心者とか、一度目の不意打ち程度なら通じるんだけど、二度目以降は中々当てられないんだ。それに、ただの物体なら抵抗はされないから、ああいう風に比較的簡単に動かせる」
「物を動かすだけなら、そんなに難しくないって事?」
「ああ。だから探索型のクラスが習得してることもある。とはいえ、使いこなすのも大変だけど、習得自体もかなり大変だから、使える人は多くないんだ。趣味で憶えてる人はそこそこ居るみたいだけど」
「ふぅん……」
ガッカリした様子になるアリカに、グンタが言う。
「実践で使う奴も居る事はいるがな。超高レベルの奴に限るが……”ウェポン・ダンス”とかを使う奴がいるにはいる」
「なにそれ?」
「”武器を空中で操って攻撃する能力”だ。投げるのとは違って、完全に武器が自律的に攻撃を加える。武器が一人でにダンスをしてるみたいに見えるから”ウェポン・ダンス”って言うんだ。かなり熟練しないと使い物にならないが……死角からいきなり武器が飛んでくるからメチャクチャつええんだ。反撃を気にしないでいいから、かなり無茶も出来るしよ」
「へえ~……う~ん、使ってみたいなぁ! やっぱり!」
「まー、まず魔法システムを使いこなしてからだな。最低でも」
「魔法かぁ……」
話しているうちに適当な宿を見つけ、三人はそれぞれワールドアウトを行うことになった。
なるべく人目につかない場所を選び、三人は部屋へと入った。
「さて……それじゃあ、今日はここまでって事で」
「あいあい。わあったぜ」
「お疲れさま~」
三人がそれぞれ労いの言葉を残し、ゲームから抜けようとするが、思い出したようにラクがアリカを引き止めた。
「アリカ。出る前にちょっといいか?」
「え? 何?」
「明日、少し付き合ってくれないか」
「え……な、何言ってんの!?」
突然、ラクが言った言葉に動揺するアリカ。
それを聞いて興味心身にグンタが言った。
「んだよ、一体どうしたんだ?」
「いや、戦闘訓練だよ。このままじゃ流石に雪山エリアには行けないだろ?」
「ああ……まぁ……そうだな。確かに」
「なーんだ……」
二人の様子を見ていて、ラクは言おうとした事が勘違いされてしまった事を察した。
そして、ラクは僅かにニヤけながらアリカに言った。
「もしかして……告白がどうたら~とかとでも思ったのか? 流石にいきなりそんな事は言わないって。直結厨じゃないんだから」
「ちょっけつちゅう?」
「あー……えーと、ナンパ目的でゲームしてるような奴の事さ」
「あー、いるいる! あれの事ね。確かにたまに見るわ」
「しかし、戦闘訓練って何すんだ?」
「訓練というかチュートリアル的なものだ。サインの指示の仕方とか、コンボの出し方とか、多分知らないだろ?」
ラクがアリカの方へ、訊ねる様に言うと、アリカは首を傾げた。
それを見て、グンタは言葉を交わす必要もなく理解できたようで、黙って頷き、肯定の意を返した。
そして、ラクはアリカに向かって言った。
「アリカ。明日の……学校が終わるのって何時ぐらいだ?」
「4時半ぐらいかな。明日は」
「じゃあ5時ぐらいから、集合しよう」
「ここに来ればいいの?」
「いや。時間になったら俺の”ユニークナンバー”と”パスコード”をメールで教えるから、それを使って”パーソナルスペース”ってのに来て欲しい」
「パーソナルスペースって……ユーザーで作れるあれ?」
「そう、個人で作れる仮想空間だよ。ファシテイト内で使う家とかと違う、完全な個人用の電想空間。あそこはチートコードも打てるから、訓練とかもできるんだ。魔法の使い方とかもそこで教える」
「ホント!? 了~解! それじゃね!」
アリカがそう言って真っ先に世界から消えていくと、ラクとグンタの二人も部屋の中でワールドアウトコマンドを起動し、ゲームから抜けていった。
■
「うぁ~……疲れたなぁ」
三人と別れて―――体感的には数分ほどの深いまどろみの後、荒金靖樹は電想世界から抜け、家の中で目覚めた。
纏わりつくような眠りの感覚を振り払って、起き上がる。
時間は「午後6時25分」を指していた。
(たった1時間半……か)
現実でのプレイ時間は、たったの1時間半だが、ゲーム内ではおよそ4時間半ほどが経過しており、まるで一日が別に経過しているような気分だった。
いつもの事であったが、ゲーム内での時間は「濃厚」の一言だ。
単純に体感時間が3倍になっているだけとは思えないような感じで、まるで何日も向こうに居たような気がする。
そう考えていると、不意に靖樹を僅かな吐き気が襲ってきた。
「ウッ……」
膝に片手を当てて、もう片手で口元を覆うようにし、体調が回復するのを待つ。
(少し酔ったかな……)
「ゲーム酔い」というものがある。
昔は、ゲームは液晶画面を通してやっていたものであるらしく、余りにもリアルな映像を見ていて、ゲーム酔いは起きていたというが、仮想現実を体感するゲームが当たり前のように存在する今現在では、現実とゲーム内の”差”によって、体調を崩す現象の事を指している。
意識全体をゲーム世界へと傾けてプレイを行っている為、脳への負荷も大きいので、さして珍しい現象ではない。
「……ふぅ~……」
しばらくすると吐き気は収まり、段々と現実感が身体へと満ちてきた。
(激しい戦いをやったからなのかもしれないな……)
ファシテイト内では、体感時間がおよそ3倍へと伸ばされる。
それは思考なども同じことであり、この中で勉強などをやっていれば高効率ではあるのだが、人間の身体はその全てを有効利用できるようにはなっていない。
脳は、活動をしている間は常に起きた状態となっているので、負担もそれだけ掛かる。
だから、基本的に「ファシテイト・ファンタジー」にはプレイ推奨時間が設けられている。
それ以上を越えてのプレイは非推奨となっているというわけだ。
ゲーム内での睡眠も、取れる事は取れるのだが、結局の所、脳が純粋に休まるわけではないために非推奨となっていた。
ゲームの中と現実は違うもので、ちゃんとした”休息”と”睡眠”は、現実でないと取れないというわけだ。
(しかし……何を教えるべきかなぁ……)
体調が回復した靖樹は、学校での明日の準備などをそこそこに、アリカこと銑里、つまりは初心者にどういう事を教えるべきかを考え始めた。
■
次の日、靖樹は学校を終えて、近場のネットカフェで待機していた。
「さて……」
時間は……午後4時50分を指している。
頃合だと感じた靖樹は、ユニオンデバイスを動かし始めた。
丁度、耳の部分にあるタブを回して、仮想ビューを起動。更にメール機能を起動して、銑里と御津貴二人へと予め作っておいたメールを送信する。
そして送信が無事に完了した事を見てから、靖樹はゲーム用に使う「ワールドイン」コマンドではなく「パーソナルスペース」と言うメニューを動かし始めた。
「それじゃあ、行ってみるか!」
『これより、基本空間構築プログラムを開始いたします』
椅子に身体を預けた状態で、システム音声が、いつものように頭の中に鳴り響いた。
そして、いつもなら深い眠りのような、意識が遠くなっていく気分になるのだが、今回は目を閉じると周囲が明るくなっていった。
真っ暗な世界に白い線が走っていき、同時に、空間に緑色の暗いグラデーションが掛かっていった。
白い線は”フレーム”を表しており、仮想世界を形作っているのだ。
そして、地面が大地になり、酷く簡単な茂みや木などが作られていくと、最後に、地平線を中心に、明るい緑色が輝き始めた。
「さて、二人には番号も伝えたし、もうちょっとしたら来るかな……」
靖樹は、付近に合った適当な岩に座って、二人を待った。
この酷くシンプルな世界は「パーソナルスペース」というものだ。
ユニオンデバイスの視覚拡張機能「パーソナルビュー・システム」の、最も基本的かつ、使われる頻度の高いシステムである。
これは、ユニオンデバイスのユーザー全てが持つ事が出来る空間で、ここからデバイスの内部プログラムなどを、全て動かすことが出来る。
最も基本的な空間であると共に、様々なカスタマイズが出来る場所ともなっているのだ。
オンライン上の家も、個人用の空間とはなっているが、ここほどの自由度はない。
基本的には仮想的な自室として使用するものなのだが、ゲーム上の様々な仕様を試すことも可能である為、初心者の訓練の場としても使われる事がある。
「さて、えーっと……ポータルを開いて、と」
ここは、基本的に個人が使う「オフライン空間」であるため、ここから外部へのアクセスは可能だが、外部からここへと入るには、”ポータル”というシステム的なゲートを開いた状態にして、更にこの場所を示すユニオンデバイスの機器番号「ユニーク・ナンバー」と、アクセス用のパスコードが必要となっている。
予め、ミツキとセンリにはここへの番号を二つとも伝えてあるので、もう少ししたら来るはずだ。
「……おっ?」
靖樹がラクォーツの姿となって待っていると、遠くに光のゲートが煌き、そこから二人が入って来た。
「きたよー」
「いよう」
「来たか。さて……それじゃあ、始めようかな」
「ここがアンタの”パーソナルスペース”なの?」
この個人用空間は、好みによってカスタマイズが可能であり、デバイスの使用者は、大抵が自分の好きな風景を作っている。
「いや。俺のテーマはこんな感じだ」
ラクがウィンドウを操作すると、無機質な淡い緑色の空間が、瞬く間に変貌を遂げていった。
視点が高い場所へと移り、空間全体が薄暗くなり、夜の世界へと変化する。
そして周囲が壁に囲まれて、一部分だけが大きな窓となっている部屋となった。
家具などが生成されると同時に、窓から見える外の風景が作り出されて行く。
眼下には海面が広がり、その向こう側には海越しに煌くネオンの光が見えた。
どうやら「夜、遠くに都会が見える高台の建物」をイメージして作られているようだ。
「こんな感じだ。いつも使ってるのは」
「夜間住宅か? こりゃあまた、なんつーかロマンチックな趣味をしてやがるなぁ」
「いいだろ別に。これが一番集中できるんだから」
御津貴の冷やかしを適当にあしらい、靖樹は続けて言った。
「さて……セン、じゃないアリカ。君も恐らくは知ってると思うけど、ここはユニオンデバイスのユーザーが、各自自由に弄れる”パーソナルスペース”って所だ。基本的には、ゲームの中と同じ環境を共有してて、色んなトレーニングだとか、実験もできるようになってる。ここで……今日は君に一通り、ファシテイト・ファンタジーのゲームとしてのプレイの仕方を教えたいと思う。―――いいかい?」
ラクが訊ねると、アリカは応えた。
「別にいいけど……レベル上げとかしないの? ちょっとでもやっといた方がいい気がすんだけど」
「それは同感だけど、1日2日じゃ早々上がらないんだ。それに……もう俺達のキャラはエゾ・エリアの方にいるから、レベル上げに狙う相手の勝手も違うし、すぐには難しい」
ラクが話すと、グンタが割り込んで付け足すように言う。
「だから”遅まきながらのチュートリアル”って所だ。流石にマジモンの初心者をあぶねーエリアに、何の予備知識もなしに連れて行くわけにはいかないからな」
「そう言う事」とラク。
「ふぅん」
「ちょっとこれから言う色々な説明は長くなる。どうか心して聞いて欲しい」