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18:雪山奥へ……と行く前に-BOSS-

 荒金靖樹たち三人は、ゲームの中へと囚われていたが、無事に脱出を果たした。

 しかし脱出の際、ワールドマスター「マルール」と名乗る存在より、ある事を頼まれる。

 それは電想世界における北海道エリア”エゾ”にいる「後藤」という人物を探し出して欲しいとの事だった。

 靖樹たちは雪山を探索する準備を整え、いざ山の手前まで行軍を開始しようとするが、街に巨人型モンスター「ギガース」が突如として襲来してきた―――

(文字数:25982)

「巨人!? う、嘘だろッ!? なんでこんなところに……!?」


 巨人が迫る姿を見て、何人かが驚きの声を上げた。無理も無い事だった。

 何故なら、巨人型モンスターはどれもかなりの強敵であるため、相当深くまで立ち入った場所に行かなければ出会う事はないからだ。

 それに仮に出会ったとしても、周囲を察知する能力が低い為、基本的に戦う事は避ける。

 もし倒そうとするなら―――相当な能力が必要となるからだ。


「ど、どどど、どうすればいいの!?」


 アリカが、震えながら戦慄の声を漏らした。

 地の揺れはもはや小規模の地震となっており、周囲に恐怖感だけが立ちこめていった。

 だが一部の者は、戦闘に為に武器を構え、魔法式を構築し始めていた。

 ラクォーツ達もすぐさま武器を身構えて、応戦の準備をすぐさま整えていた。


「落ち着くんだ、アリカ。距離的に―――まだ、やってくるまで30秒ぐらいはある。だから、よく聞いてくれ」


 ラクォーツはそう言うと、アリカに玩具のような銃と、弾丸らしいものを渡した。


「これ、何?」


「それは、閃光弾を発射するアイテムだ。目くらましに使う。それを持って、今からすぐ街の中に戻って、なるべく高い建物に登っててくれ。そして支持があるまで、アイツとは着かず離れずの位置を保ってるんだ」


「えぇ? それだけでいいの?」


「はっきり言うけど、魔法のシステムとかはおろか、戦闘の基本すら教えてない以上、君に出来る事は殆ど無い。だから死なないよう、それで補助に徹してて欲しい」


「えー!? あたしも戦いたいよ!」


「今はダメだ。やすやすと死亡できない以上、アレとの戦いに参加はしない方がいい。だから、待機しててくれ。頼む」


「~~~……わかったわ。なんか納得行かないけど……」


 そう言って、彼女は街の中へと戻っていった。

 セイグンタが腰に下げていた大型の刀を抜き、右手で構えながら言った。


「……なんで武器を持ってやがる? ギガースは素手のはずだろう……!? 確か巨人系モンスは、上位じゃねぇ限りあんな武器は持たないんじゃなかったのか?」


「わからない。亜種……じゃないみたいだけど……」


 ―――ズン! ズン! ズン! ズン!


 足音はもはや爆音に近いものとなり、空気すらも震動させ、周囲全てを打ち振るわせていく。

 二人は、戦闘体勢を保ったまま、アリカに続いて街の中へと走って戻った。

 門の周囲には、慌てて武器を構え始める者や、応戦しようとする者、門扉を閉じようとしている者達が居たが、最初に武器を構え始めていた者達―――状況判断を素早く行った者達は、既に全員が街の中、建物が密集している方向へと逃げていた。

 この時点で、彼らは既に判断したのだ。

 ”門”は、このまま―――


「うっ、うわぁぁぁぁぁっ!!」


 悲鳴と共に”追われていた者”が門へと到達した。

 その直後―――背後から迫っていた”巨大な影”が、身体ごと門へと突っ込んだ。

 そして、全身を使って、あっけなく門扉を破壊した。

 それのみならず、門の周囲の高い石垣をも巻き込んで、周囲を完全にぶち壊してしまった。



 たった―――1体。

 ”治安維持ミッション”などの防衛戦ではなく、ただの襲撃。

 しかも街中へと侵入してきたのは、そのモンスターだけだった。

 だが、侵入者の全身が街中に転がった時、街中は大混乱に陥った。

 逃げ惑う者、ただただ恐怖するもの、そしてすぐさまワールドアウトしていく者。

 やがて、街中はどんどん静かになっていった。


「ゴ……ア……」


 混乱の中、システムメッセージが鳴り響く。


『街にモンスターが侵入しました。街は戦闘状態へ移行します』


 扉へと体当たりの後、地面に横たわっていた巨人ギガースは、立ち上がると街中を見回し始めた。

 その大きさは相当なもので、3階建ての建物より大きく、それを越えて頭が覗くほどだった。

 恐らく、10メートル近く。もしくはわずかに越えるほどの大きさかもしれない。

 ギガースとしては、かなり巨大なものだ。


「ア、ア……?」


 ギガースは、先程まで追いかけていた者を探しているのか、周囲をしばらく見回していた。

 建物が並ぶ景色が珍しいのか、それとも―――”ここら一帯を壊してしまうべきか”とでも考えているのか。巨人は、何かを考えていた。

 それを―――”チャンスだ”と何人かは見ていた。


「だぁ―――ッ!!」


 突然、建物の陰から何かが飛び出した。

 傍から見ると海老反ったような姿となり、ギガースの頭部へと突っ込んでいく。

 まるで最初から武器を振りかぶったまま、大砲で飛ばされたのでは、というような”一直線の軌道”。

 その者は、長剣を振りかぶった姿勢で、突っ込んでいった。

 それをセイグンタは見ていた。


(あれは……”大ジャンプ”を使いやがったか……だっ、だが、あれじゃあ―――! 正面から、しかも動きが―――”直線的”過ぎる!)


 ギガースは、まっすぐに頭を狙って飛んできた一人に、まるで動じることも無く、頭部を僅かに動かして狙いをかわした。


「うッ!?」


 そして、まるで頭突きを食らわせるかのような”頭を戻す動き”で、飛んできた者を弾き飛ばした。

 それは、殆ど動きらしい動きが見えないほどの、幅の小さい行動だったが―――


「ぐぅあぁぁッ!!」


 弾かれた者は、急激に力を加えられたらしく、急に方向が変わった。

 同時に、速度も一気に増していき、そのまま建物へと突っ込んだ。

 その後、瓦礫の中に見えたHPバーが一気にゼロまで落ちていき、消失した。

 どうやら―――落ち方が悪かったのか、一撃で死亡してしまったようだ。

 建物の陰に隠れて、その一部始終を見ていたセイグンタが小さく呟いた。


「馬鹿、が……ッ!」


 ギガースは、その後も周囲を見回していた。

 だが、少し待っていても次の攻撃が始まらない事を確認すると、ゆっくりと街の中心部へと歩を進めていった。



 その後、何人かのプレイヤーが、巨人に攻撃をかけた。

 だが、そのどれもが失敗に終わった。

 建物などから頭を狙って攻撃を仕掛けても、すぐさま回避され、反撃で一撃死。

 集団で足元から切り崩そうとしていった者達は、箒で払われるように足でなぎ払われた。

 僅かに残った者も、足元へと到達する前に足を持ち上げられ、踏み潰された。

 魔法攻撃を行っても、すぐに潰され、そしてHPがすぐさまほぼ全快まで自動回復されてしまった。

 物理攻撃は、誰も一太刀入れることすら出来なかった。

 しばらく様子を見ていたセイグンタだが、段々と様子を見るにつれて、驚嘆すらするようになっていた。


(つ、つええな……巨人って、こんなに身軽だったのか……? 聞いた話と全然違うじゃねぇか……!)


 セイグンタと、ギガースを倒す為に行動しているプレイヤー達は、その行動を見て、ただただ驚いていた。

 大きくて重量があり、頭も切れるわけではない。

 さらに感応や反射も劣る為、必然的に動きも鈍くなる―――というのが、一般的に知られている巨人系モンスターの特徴である。

 だが、目の前に居るギガースの動きは、どう見てもその言葉が当てはまらなかった。

 建物から飛び出す人影を、鋭く感知して対応。

 複数で現れた場合は、一気に薙ぎ払う動きなどで一掃し、更に多数で現れた場合は、一旦離れて”距離”を離し、確実に倒す。そんな動きをしていた。


(……ク、クソッ!)


 隠れて”機”を窺っている者達は、皆、攻めあぐねていた。

 ここルサーラには、とても多くのプレイヤー達が集まっている。

 そして実際に、相当な能力を持っている者もいるはずだが、思った以上に相手の移動が早い為、決め手を欠いていたからだった。

 一人や二人では、倒すことはおろか、攻撃を届かせる事すら難しい。

 何人かで協力して攻撃を行わなくては、とても歯が立たない。

 だが―――この場にいる誰が不特定多数のプレイヤーを指揮できるのだろうか?

 そう考えた時、その難しさがわかる故に、攻めあぐねていた。



「大丈夫か?」


 ラクォーツは、ギガースを追っていかずに、門からそう離れていない建物の付近に隠れていた。

 隣には、遠くからギガースに追われて逃げてきていた男が、ただただ、身体を震わせて怯え、身体を縮めていた。


「お、おっ、おっ……恐ろしい……やっと、逃げてこれた……」


 逃げてきた男は、体育座りのような姿勢となり、奥歯をガタガタ震わせていた。

 呼吸が激しいわりに、一定しておらず、相当な恐怖に心が支配されているようだった。

 ラクォーツは、ギガースが中へと入ってきた時、既に建物の陰に隠れていたが、門が破壊されると同時に、飛び込んできたこの男を、見つけた。

 そして、そのまま続けて攻撃を受けるかもしれないと思い、すぐさま連れて隠れたのだった。


「はっ、はっ、はっ! はやく……逃げ、にげ、逃げ……!!」


「落ち着け!!」


 ラクォーツが、男の両肩を持ち、小さいながらも通る声を響かせた。


「地面が揺れてるのがわかるだろう? お前を追いかけてきた奴は、もうお前を見失って、かなり遠くに離れて行ってる。だから、とりあえずは大丈夫だ」


「……はっ、か、はっ……」


 ラクォーツがそう言うと、少しだけ平静さを取り戻せたのか、逃げてきた男は呼吸を段々と整え始めた。そして、ある程度落ち着いた後に言った。


「す、すまない……それじゃあ……」


 男は、目の前にウィンドウを出し始め、ワールドアウトを行おうとした。

 それを見て、ラクォーツは言った。


「おい、今は戦闘中だ。ワールドアウトは出来ないぞ」


「あ、ああ……そうか……、なら、街の外へ逃げないと……」


 そう言って、男はすぐに立ち上がって、どこかへ立ち去ろうとする。

 だがラクォーツは、慌ててそれを止める。


「ちょっと待ってくれ!」


「え? 何だ?」


「このまま街から脱出するのはいい。それは止めない。だが―――その前にちょっと答えて欲しいんだ」


「えっ? 答えるって……」


「あのギガースは一体なんなんだ? 教えてくれ。ここに逃げてきた奴等は、みんなすぐにワールドアウトしていってしまって、誰も答えてくれなかったんだ」


 逃げてきた男は立ち止まり、少しだけ考えるような仕草をした。

 そして足音が段々と離れて行っている事を確認すると、ラクォーツの方を向いて、座り込んだ。

 そして、ラクォーツが「何があった?」と訊ねると、男は渋々話し始めた。


「……あいつは、カチプトを襲撃してきた奴等の一人なんだ」


「何? 襲撃してきた奴等の……一人だって!?」


「ああ。俺は……カチプトでポーラスター・ウォリアーズの本隊が、団員を直接募集してるって言うから、それの登用試験を受けに行ってたんだ。そしたら……強襲を受けた」


「強襲?」


「ああ。何体もギガースが、あんな感じの奴等が街を攻撃してきて……酷いもんだったよ。街の城壁が、パンチ一発、武器の一振りで、どんどん壊されていって、全く意味が無かった。壊された後からは、デカイ熊とか虎とかが入ってくるし……」


「ちょっと待った。強襲? ミッションが発動したんじゃないのか?」


 ラクォーツが訊ねると、男は目を伏せて、顔を横に振った。

 そして次に行った言葉に、ラクォーツは耳を疑った。


「……”治安維持ミッション”は発動しなかったんだ」


「なんだって……!? そんな馬鹿な! そんな規模の攻撃なら……」


「俺にもわからないよ。レイド警報がチョッピリ鳴っただけで……だから、対応が間に合わなかったんだ」


 ”治安維持ミッション”は、モンスターの大規模な攻撃の際に、システムメッセージとして、広域のプレイヤーに警報が伝達される。

 ターゲットになっている街全体はもとより、規模によっては、周辺の街にすらメッセージが流れる。

 だが”強襲警報”は違う。これは単純に接近してきた事が街の一部に伝達されるだけだ。

 先程のギガースの強襲で、警報がシステムから伝達されたが、あれもあの場に居た者達だけで、街の中に居た他の9割方の者には、まず伝わっていない。

 どうやらカチプトが陥落させられたのは、そういった部分にもあったようだった。


「丁度―――その時はポーラスター・ウォーリアーズの主力部隊が出払ってたから、残ってた奴等じゃ、防ぎきれなかったんだ。俺は……一応戦ったんだけど、リーダー属性とかアンコモン属性の奴ばっかりで、まるで歯が立たなくて……街が崩壊しそうになった時に諦めて、街から逃げてたら……途中からアイツが追いかけてきたんだ。まさに”命からがら”って所さ……ゲームの中とはいえ、怖くてたまらなかったよ」


「そんな奴等が……」


「俺は、ちらっと敵の一覧を見ただけだったけど、”コモン・ボス”とか”ミドル・ボス”も見えた気がするよ」


「ボ、ボス属性の奴もいたのか?」


 ラクォーツが尋ねると、男は悄然とした風に応えた。


「ああ……」


 モンスターには色々な属性が存在する。

 ”リーダー”だとか”アンコモン”は、通常のザコモンスターよりも少々強いという程度だが”ボス”属性となると話が違ってくる。そのぐらいのレベルになると、対多数で挑むのが基本になる為、ソロではよほどの高レベルでない限り、倒す事は出来ないからだ。


「ポーラスターの主力部隊はどうしたんだ?」


「全滅させられた……」


「ッ!」


「街が壊滅しかけた所で、主力部隊が戻ってきたんだけど、街に備え付けられてた防衛用の設備を逆に利用されて、どんどんやられていった……」


「馬鹿な! 設備を……使った……!? なんでモンスターが設備を使えるんだ!?」


 ラクォーツが続けて訊ねると、男は突然、焦るような口調になり始めた。


「わからない。そっ、そっ、それ、に……あれはモンスターの動きじゃなかった……!! 携帯ロケットを使ってきたんだ……」


「携帯ロケット? もしかして……”バトン・ロケットランチャー”か? でもあれは巨人なんかにはとても使えるサイズじゃ……」


 バトン・ロケットランチャーとは、その名前の通り「バトン」の形状をした攻撃アイテムである。単発だが使いやすく、弾込めを行えば何度も使用できる為、攻撃アイテムとしてはメジャーな物に当たる。


「そうだ、それだ。それを、巨人の上から放ってきたんだ」


「巨人の、上……!? どういう事だ?」


「街に巨人が強襲してきて―――その上に”ゴブリン”が沢山居たんだ」


「ゴブリン……!?」


 男は大きく深呼吸を繰り返し、自分を落ち着けてから言った。


「街にあった……防衛設備を使ったのは、入って来た奴等と一緒だったゴブリンたちだ。あれは……完全に人間の動きだ。モンスターの挙動じゃない……!!」


「……!」


 信じられないような事実を聞かされ、ラクォーツは思わず口に手を当てて考え込んだ。


「……あの巨人が武装してたのは何でなんだ?」


「わからない。入ってきた時には、既にあんな感じだった。それに……」


「それに?」


「上手く言えないんだが、”訓練されてる”ような感じがしたよ」


「訓練?」


「なんていうか……全体的に動きが違うんだ。俺は前にオーガとトロルを遠くから観察してた事があるからわかるんだけど、普通の巨人型モンスターは、全体的にボーッとしてて、攻撃を加えてもすぐには反応しないような、鈍い奴等なんだ。それこそ、病気かなんかじゃないかってぐらいに……。でも、あいつらは―――何か、根本的に違うんだ」


「根本的ってどういう事だ?」


「上手くいえない。でも、なんか攻撃に対する反応が良すぎるんだよ。それに、感知能力も巨人とは思えないぐらいある。まるで……”誰かに鍛えられてから、襲撃してきた”みたいな感じがするんだ」


(……”誰か”、か……)


「俺が話せるのは、これぐらいだ。……もう行っていいか? 一刻も早くワールドアウトしたい」


「ああ、もういい。済まなかったな。後は……俺達と、この街の奴等で何とかする」


「この街の奴等って……」


「ま、なんとかやってみるさ」


 そう言ってラクォーツは、街全体を包む震動の発生源へと駆け出していった。



【聞こえるか? セイグンタ】


「ん?」


 巨人ギガースが街の中心を歩いている最中、それを建物の陰に隠れて追いかけていたセイグンタのパーソナルビュー。

 そこに一つのウィンドウが開き、見慣れた顔が表示されると共に、通信が入ってきた。


【俺だ、ラクォーツだ。実は……】


 ラクォーツは通信を取ると共に、先程の男から聞いた話をセイグンタへと伝えた。


「何? あれがカチプトを襲った奴等の一体だってのか!?」


【そうらしい】


 ラクォーツは、通信システムを使用してセイグンタに連絡を取っていた。

 通常、通信システムはゲーム内では使用制限が掛かっており、フィールドや戦闘中は使用する事が出来ないが、治安維持戦闘に限ってならば、街中でも戦闘中に通信を行うことが出来た。


「……あんなモンが何体も襲撃してきやがったのか。勝てねぇはずだ。道理で……」


【今、ギガースはどっちに向かってる?】


「街の南西の方だ。俺らが入ってきた方角だな。特に何かをするでもなく、歩き回ってるだけだぜ」


【何か、変な事をやってないか?】


「変な事ォ?」


【なんていうか、普通のモンスターじゃやってないような”変な事”だ。どうも話によると、普通のモンスターと違う事をやってくるらしいから】


「どら、ちょっと待ってろ。えーっとな……」


 セイグンタは言われてから、ギガースの方をちらりと見た。

 物陰から顔だけを僅かに出し、その姿を覗き見る。

 ギガースは、別に建物を破壊するでもなく、プレイヤーやNPCを襲おうとするわけでもなく、ただただ、物珍しげに歩き回っているようにしか見えない。

 だが―――時折、掌を目の上に当てて、遠くを見るような仕草をしていた。

 見る、というよりは……キョロキョロと落ち着き無く見回すような感じで、まるで”何かを探している”という風にも見える行動だ。

 セイグンタは、それをラクォーツに伝えた。


「変な事っていやぁ……時折、目の上に手を当ててるぜ。遠くを見るような、何かを探してるような、そんな感じの行動だ」


【遠くを……?】


「ああ。そうとしか言えねぇ。色んな方向を見てるぜ」


【……】


 ”何故、そんな事をしているのだろうか?”とラクォーツは考えた。

 街の中へと入ってきたモンスターのやる事は、基本的に一つ。

 それは、街やプレイヤー達にダメージを与えて、最終的には街を乗っ取る事だ。

 だからそれに当てはめて考えたなら、ギガースは、プレイヤーやNPCを探して攻撃したり、周囲の建物を手当たり次第に破壊し始めなければならない。

 それが、今までの常識で言えば自然な動きだ。

 だが―――彼らは何かが違う。

 その”何か”がわからなければ、このまま良い様にされてしまうだろう。


(何の目的で来たんだ……?)


 侵攻する事が目的ではないのなら、何をやる為に?

 単純に先程の男を追いかけて来ただけ、なのだろうか。

 だが……聞く限りでは、もう追いかけてきた男を捜すような動きはしていないように思える。

 探すなら、最初から入り口近くを重点的に探すはず。

 なら、迷い込んでしまっただけだろうか?

 いや―――それならば出て行かないで街の中心部まで進んでいくのはおかしい。

 周囲を見渡すのは、どちらかと言えば……。


(なんか”斥候”をやってる、って感じだな……)


 その時、ラクォーツは男の言葉を思い出した。


『まるで……”誰かに鍛えられてから、襲撃してきた”みたいな……』


 ―――普通のモンスターとは違う事を行う。

 ―――今までやってきた事がないような事をやるモンスター。


(―――CPUじゃない? まさか……プレイヤーが操作してるとか……!?)


 あの事件で、モンスター化させられたプレイヤーがまだ残っていて”巨人”になったそれが、攻撃をしてきてるとか?

 それならば、計画的である事にも理由が付きそうだ。

 だが―――それにしては、大掛かり過ぎる気がする。

 第一、目的が無い。街を襲撃した所で、最終的に攻撃され、倒されるだけだ。

 そんな事をして、一体何の意味があるというのだろうか。

 それに……何か、違和感がある。


(確か……”混成部隊”って言ってたはずだ……)


 記憶に間違いが無ければ、ニュースで流れていた話では”ゴブリンを中心とした大型の猛獣などがいる混成の軍団”とか言っていたはずだ。

 巨人が仮にプレイヤーだったとして、そういったモンスターを率いる事が出来るだろうか?


(う~ん……なんか無理そうな気がする……)


 巨人がゴブリンの集まっている場所へ行って、そこで「街を攻撃するから協力して戦ってくれ」という場面は、どうも想像しづらい。

 ゴブリンが居るのは、森だとか平地のダンジョンの内部で、雪山には余り居ないからだ。

 だから仲間に引き入れる為には、どうしても平地に降りる必要がある。それだと、巨人の姿では目立ちすぎてしまうはずだ。

 それに―――あのモンスター化して旅をしてきた中で、アリカの話やあの”プリブラム”の話を聞いた限りでは、モンスター化させられた連中は、どれも皆、弱いモンスターだった。

 簡単には身動きが出来ないような、もしくはすぐに死んでしまうようなモンスターにさせられていた。

 その理由は、推し量る事しかできないが―――恐らくは”万が一、反乱のような行動を起こす者がいるかもしれない”というイレギュラーな要素を防止する為だったのだろう。

 だから皆、大した抵抗ができないザコモンスターにされてしまった。


(巨人になってるってのは、どうも考えにくいな……この場合は―――)


 例えば―――ザコモンスターの一つ”ゴブリン”になってしまったプレイヤーが居たとして、だ。

 ”そいつ”が何らかの目的の為に、巨人や大型の猛獣モンスターたちを仲間に入れた。

 もしくは人間達を攻撃する理由を焚き付けて軍団を結成。

 そして攻撃を行ってきた、と考えるのが一番しっくり来る感じだ。

 この場合なら、モンスター達に戦闘訓練を行う事ができた理由や、ゴブリンが中心となって軍団を形成している事も、本来は武器や鎧などを上手く作ったりする事が出来ないギガースが、武装している理由もわかる。

 プレイヤーの知識を使って、戦闘のノウハウを教えて、そして装備を協力して製作したのだろう。

 ゴブリンは手先が器用で、かつ交友の広い事で知られるモンスターだ。

 プレイヤーが操作しているのが混じっているなら、充分に有りうる。

 そこまでは何となく推測できるが。だが―――


(でも……何でだ? こんな事をする意味がわからない)


 どうしても”動機”がわからない。

 なんで街を攻撃するんだろうか?

 目立ってファシテイトの運営会社から助けを……というのは違うか。

 こんな事をしても運営から手が入るより先に、討伐部隊を向けられたり、解放戦を仕掛けられて先に倒される方が、間違いなく早い。

 敵側になっているプレイヤーのスキルがどれ位かはわからないが、武器の製作や、戦闘知識をも教えていると仮定すると、そこそこの実力が―――少なくとも死なずに生き残っているのだから、結構な熟練者のはずだ。

 無謀な計画を仕掛けている、ぐらいは流石に理解できているはず。


「う~ん……」


【お前、今どこに居るんだ?】


 考え込んでいるラクォーツに、パーソナルビュー越しにセイグンタが声を掛けてくる。


「ああ、俺はまださっき破られた門の近くに居る。これからそっちへ向かうよ」


【いや、その前に……これからどうするのか、それをまず考えようぜ】


「え? どうするって……」


【”防衛戦に参加するか”だよ。正直、俺らだけの力じゃあ、倒すの難しいぜ。こら。最低でも”準上級”の中堅レベルぐらいのがいねぇとダメだ】


「街を捨てて、先に雪山に行こう、って事か?」


【ああ。どうせもう少ししたら、応援が来るだろうしよ】


「いや……防衛戦には参加しよう。さっきも言ったけど、デスリターンは実質使えないんだ。万が一……ここが落とされたら、山から戻る時に他の街へいかなくちゃならないから、大変な事になる。出発するのは、少なくとも防衛戦を終えてからだ」


【わかった。なら……もう少し様子を見るぜ】


「そっちからは仕掛けられないのか?」


【ムリだ。ヤツは、反応も動きも熟練の戦士と大差ねぇ。何人か先走って仕掛けた奴等がいたが、どいつも一撃で潰されてる。俺の他にも機会を窺ってる奴は居るが、決め手を欠いてるから、今は全員追いかけてるだけだ。とてもじゃないが仕掛けられねぇよ】


「わかった。俺も準備をしたらすぐに近場まで行く」


【了解だ】


 通信を切ると、ラクォーツは街の内部へと駆け出していった。



「アリカ。聞こえるか?」


【えっ? 何?】


「俺だ。ラクォーツ。今、君はどこにいるんだ?」


【ああこんな機能もあるんだ……えーっと、今はねぇ、あの巨人を追っかけて、後ろの方から家とかの屋根伝いに移動してる。あいつメッチャ移動早いわ】


「そうか。そのまま追跡を頼む。俺はこれから、街の中央官公署にあるコンパネから、エゾのファシテイト中央庁へ応援の連絡をする」


【わかったわ】


「くれぐれも気をつけてくれ。決して迂闊には仕掛けるな」


 ラクォーツはそのまま、付近にあった四角い塔型の設備に駆け寄り、現れた仮想ウィンドウから、街の外へと遠隔通信を行った。

 本来は街中からであれば、他のどこの街とも通信は可能だが、今はモンスターが入ってきているので、街の中で通信をするまでは可能だが、街の外へとアクセスする事は、専用のコンソール設備からでなければ行えない。


「聞こえますか、どうぞ。こちらルサーラ……」


【―――はい、こちらエゾ中央ファシテイト総合運営局です】


「どうも、こちらはルサーラです。自分はラクォーツといいます。今、街がモンスターから襲撃を受けています。治安維持部隊だけでは持ちこたえられません。至急、応援をお願いします! 敵の数は一体ですが、かなり強力な巨人です!」


【了解しました。ただ、今そちらに……】


「えっ!? 本当ですか!?」



 ラクォーツがコンソール・パネルから連絡を行っている頃、セイグンタは巨人の後を追って、街の南西の入り口から続く通りにまで来ていた。

 丁度、最初に入って来た入り口から続く場所だ。


(とうとう俺らが最初に入って来た所まで戻ってきちまったな……)


【聞こえるか? ルサーラの街、南西の入り口付近にいる者たち】


 パーソナルビューに、突然、ウィンドウが開いた。

 そしてそこに見慣れない顔が表示され、そしてその者かららしい通信の音声が聞こえ始めた。


(ん? 広域通信?)


 開いたのは”広域通信”と呼ばれる物だった。

 これは先程のパーティ間でのみ通じるものと違い、周囲にいる全てのプレイヤーに呼びかける通信だ。


【私はギルド”レッドベア北陸”所属のハーマン・レジダース。突然の広域通信を失礼する。だが……これが聞こえる全てのプレイヤーに協力をお願いしたい】


(協力? どういう事だ……?)


【あの巨人ギガースの狙いが、恐らくだが判明した。……”ゲート”だ】


(何ッ!?)


【今しがた、我がギルド本部と連絡を取り、蘇生したカチプトのプレイヤーが話した事を伝え聞いたのだが、奴等は街を攻撃する際に、一緒に付近にあったゲート、つまり”出立の門”を破壊した、との事だ】


(ゲートを……!?)


【現に、奴はゲートを遠くから視認した後、余り遠くを見回す行動を行わなくなり、ゲートの方向へと僅かずつだが、着実に向かっている。目的は恐らく同じものと見て間違いない。もし―――ゲートを機能停止に追い込まれると、移動にかなりの障害が起きる。だから……奴に破壊させるわけには行かない】


(……そうか、だからあんな周囲を見回すような事をしてやがったのか……)


【応援が来るとの事だが、それまで待つわけには行かない。我々レッドベアのギルド員は、これよりおよそ3分後、奴が出入り口を通る際に総攻撃を仕掛ける。それに可能ならば、攻撃できる者は参加して欲しい。―――以上だ】


 そう言って通信は切れた。

 セイグンタは広域通信が切れた後、すぐにラクォーツ達に回線を繋げた。


「聞こえるか、ラクォーツ。アリカ」


【ああ、聞こえる】


【聞こえるよ】


「さっきの通信聞いただろ。攻撃の件、どうする? 参加すんのか?」


【ああ、勿論参加する。アリカ、君も参加してくれ】


【何すればいいの?】


【”広域通信”ってのを開いて、自分の名前と、応援で閃光弾を開始後に発射しますって言えばいい。そろそろ……通信が始まりだすはずだ】


 ラクォーツがそう言うと、パーソナルビューに次々と小さなウィンドウが開き始めた。


【こちら東海ナイト同盟所属・ビーロードだ。攻撃に参加する】


【グラン・パール・ライト団のパーシーです。攻撃に参加します】


【青森の海賊戦士旅団のアイガウントだ。魔法攻撃で援護する】


 いくつものウィンドウから、それぞれ別々のプレイヤーの声が聞こえてきた。


【な、何これ……?】


【広域通信で、周囲の人間に呼びかけているんだ。さ、君も発信してくれ。そうしないと閃光弾で仲間に迷惑が掛かる】


【わ、わかったわ】


 そして少し間を空けてから、アリカが通信を行った。


【えーっと……あ、アリカ・グランサーです。戦闘が始まったら、閃光弾で援護します】


 通信を行うと、アリカはすぐに広域通信を切り、再びラクォーツ達へと通信を戻した。


【うわー……っ、すっごい恥ずかしかった】


【慣れたら屁でもなくなるぜ。今のうちに恥ずかしさを楽しんどきな】


 セイグンタがからかうように言った。

 そして三人は、最初に入って来た入り口の門へと、移動していった。


【では、そろそろ攻撃作戦概要を説明する。心して聞いて欲しい―――】



 ―――ズン、ズン、ズン……


 ギガースは、最初に門へと辿り着いた時と変わらない轟音を響かせながら、ゲートに一番近い”南西の門”前の通りへと差しかかろうとしている。

 歩みに迷いはなく、街の外へと出て行こうとしている風に見えた。

 そして、その視線の先にはプレイヤー達が使用する石造りの巨大なるアーチ型の建造物”出立の門”を捉えていた。

 ギガースは、石斧を持つ手に力を込め、強く握り締めると更に歩みを速めた。

 そして、”南西の門”前へと差し掛かった時―――


【攻撃開始!!】


【閃光弾、発射します!】


 広域通信が鳴り響くと共に、閃光弾が発射された。

 そして門の周囲一帯を眩く照らし、ギガースの視界を遮った。


「グ、ウゴォッ」


 思わずギガースが光から目を守る為に、手で顔を覆った。

 その瞬間、いくつかの影が建物から飛び出していった。


「でやぁぁっ!!」


 5人ほどが一気に頭部を狙って飛び出した。

 全員で、”目”および”首筋”を狙って攻撃を行う。


「グ、ゴ……ッ!?」


 ギガースは下半身を余り動かさずに、その攻撃を回避した。

 そして返す動きで、石斧を大きく振り抜いた。


「避けろッ!」


 とてつもなく巨大な圧力が街の一角を通り過ぎた。

 次の瞬間、強風が吹き荒れ、巨人の石斧が振り抜かれた軌道上にあった建物。

 その丁度、3階建ての最上階部分が、あっさりと破壊された。

 まるで、朽ちかけの薄い木の板で出来ていたように、軽々と分解された。


「くっ!」


 飛び掛った者達は、誰もその攻撃には巻き込まれなかった。

 だが―――


「う!? わぁッ!!」


 ギガースは武器を振り抜いた動きを殺さずに、そのまま斧を上へと持ち上げた。

 そして振り下ろし―――建物の屋根上で、風を避ける為にしゃがんでいた者ごと、建物自体を打ち砕いた。

 轟音と共に瓦礫が周囲に飛び散り、同時に見えていたHPのバーが一気に消し飛んだ。

 吹き飛ぶと同時に、ボロ屑のようになったプレイヤーの姿が、遠くへと吹き飛ぶのが見えた。


【クソッ! 3人やられた!】


 攻撃後、付近に居たプレイヤー全員のパーソナルウィンドウから、レッドベアのハーマンが発した広域アナウンスが響く。


【相手はかなり戦い慣れしているようだ。決して動きを止めるな! 狙われるぞ!】


 最初の攻撃後に生き残った2名が、更に攻撃を仕掛ける。

 建物から飛び上がり、すれ違いざまに、目を狙って攻撃を仕掛けた。

 これも回避されるが―――


【次、行きます!】


 ギガースが再び攻撃を行おうと武器を振りかぶった瞬間―――ギガースの背後から5人が飛び出していった。

 今度は頭部を狙ってではなく、無防備になった腕部の”腱”を狙って。

 更に同時に、20人ほどが足に向かって飛び出した。

 ギガースは上空に注意が向いているせいで、それらに気づく事ができず。

 再び武器を振り回そうとした時に、自分が攻撃を受けている事に気づいた。


「グッ、ガァッ!?」


 巨大な斧を持っていた手首に、自分の指を切り落とせるような斧を初めとした武器が振り下ろされ、足のスネやももに向かって刃物が何本も突き立てられた。


「ガアアアアアッ!」


 武器を持っていられなくなり、石斧を思わずギガースは落としてしまった。

 更に最初に頭部へと攻撃を仕掛けた二人が、建物に着地後、”大ジャンプ”を発動。

 反転して戻り、ギガースの首と目を狙った。


「喰らえぇッ!!」


 ギガースは咄嗟にダメージを受けていなかった方の手を使って、顔への攻撃を阻止した。

 だが、首元への一撃は止められず、斜めに首根っこを切り裂かれた。

 するとギガースの首元に巨大な赤色のダメージ表現が出現し、張り付いた。

 大ダメージを受けた時の”欠損ダメージ”だ。


「グ、ゴッ!? ゴ、ゴ……」


 ギガースが連携攻撃によって大ダメージを受けると、片膝を落とし、動きを止めた。

 それを確認すると、今度は攻撃をしていた者が一斉に飛び退いた。

 攻撃を中止して、建物などへと身を隠していく。

 ギガースはそれをみて、思わず動揺の声を上げたが、その理由は数秒後に思い知る事となった。


【”足止め班”、攻撃終わりました!】


 広域通信で、周囲のプレイヤーにアナウンスがなされた。

 その次の瞬間、攻撃の指揮を取っていたハーマンが叫ぶように言った。


【よし! ”魔法攻撃部隊”―――】


 ギガースはその時、見た。

 ”南西の門”の上を見ると―――何人もの人間が自分へと向いている事を。

 そして”何かを構えている”事も。

 門の上の人間は、どれも先程攻撃して来た者達と違い、布や外套を深く着込んでいた。


【一斉攻撃!!】


 ハーマンの声がパーソナルビュー越しに響き渡った瞬間、ギガースは見た。

 雨のような攻撃が自分に向かって発射された場面を。

 赤色、青色、炎のようなもの、何かの塊、光る弾丸。

 様々なものが自分へと降り注ぎ、身体へと命中していった。



 ”レッドベア北陸”のハーマンが取った作戦は、酷く単純なものだった。

 まず、5人ほどで頭を狙う。これは目を狙って一応行うが、本命のものではない。

 本命は次に行う”腕部”、そして何よりも大切なのが”足”だ。

 ギガースなどの巨人族の厄介な所は、その大きさから生み出されるパワーではなく、実際の所は”スピード”こそが最も脅威なのである。

 彼らは人よりも歩行速度こそゆったりとしているが、その”一歩”は人とは比べものにならない大きなものだからだ。

 故に巨人を倒す際は、何よりもまず”足”を重視する。

 動きを止め、防御をし辛くしてから―――魔法攻撃や科術攻撃を叩き込む。

 これが大型モンスターに最も効果がある定石セオリーの戦法だった。


「グッ、グ、ゴ、オオ、ゴオオ……」


『もしか……人間側に……追い詰められる事もあるかも……恐らく、足をやられて……』


 ギガースは、魔法攻撃の雨に晒される中、ある言葉を思い出していた。

 彼らは余り物事を憶える事が得意でなかった為、うろ覚えだったが、彼に”色々な事”を教えた者は、その事も考えていた為か、わかりやすい言葉で伝えていた。


「ゴ、ゴ、ゴゴ……」


『そういう場合は……』


「ゴォォッ……!」


 ギガースは魔法攻撃の雨に背を向けて、身体を低く屈めた。

 ギガースのHPは、およそ6割ほどにまで削られていた。


「よし、効いている! 攻撃を続けろ! このまま行けば撃破できる!」


 ハーマンは倒せる事を確信し、更に攻撃を続けるように指示を出した。

 これは、間違いなく”正解の手”だ。

 もうギガースは、攻撃を続けている以上、立ち上がる事は出来ない。

 足に集中攻撃を行った為、回復には時間が掛かる。

 そして動く事ができない以上、魔法攻撃の雨を浴びる他ない。

 こうなってしまったらこちらの勝利だ。仮に”活発回復”の特性で、また動く事が可能になったとしても、その時には殆どHPが削られていて酷く弱った状態になっている。

 それならば、残っている者達だけでも充分に倒す事ができるだろう。

 ハーマンはそう思い、この戦いの”勝利”を確信した。

 だが―――


【ハーマン、何か様子が変だ。支持をくれ】


 広域通信が入り、ハーマンは慌てて回線を開いた。


【変、とはどういう事だ?】


【いや、なんというか姿勢が……う、あっ!?】


「グオオォ……!」


 ギガースは膝を着いた状態から、完全に座り込んだ。

 そして足を折り曲げ、両腕でそれをがっちりと掴み込み、丁度きつめの”体育座り”のような格好になった。

 そして次の瞬間―――


【な……なんだっ!?】


 ギガースは身体を縦に回転させ、どんどん前へと進み始めた。

 まるで”でんぐり返し”を連続して行うような事を行い、高速で前方へと進み始めたのだった。

 その動きはかなり早く、ちょっとしたバイクだとか車などに匹敵するようなスピードに見えた。


【ま、まずいッ! 追撃するんだ! 回復の時間を与えるな!】


 途中、転がっていくギガースに、何人かの機動タイプのクラスが追いつき、攻撃を加えようとする。

 だが、身体を丸めてしまっているせいで、上手く攻撃を行えなかった。


【はやく攻撃を!】


【だ、ダメだ! 早くてとても……それに急所が隠れてしまっている!】


 高速でローリングを繰り返していたギガースは、やがて街の中心部へと戻っていった。

 そして、中央にあった一際大きな”市役所”にぶつかって、建物を半壊させて止まった。


【よし、止まった! 攻撃を……】


【まっ待て! 迂闊に攻撃を行うな!】


 広域通信でハーマンがそういい終わる前に、追撃を仕掛けようとした者の一部は、ギガースが伸ばした腕に弾き飛ばされ、吹き飛ばされた。

 そしてギガースは―――立ち上がった。


「ガ、ハァァァァァ……ッ」


 口から白く濃い水蒸気を吐き出し、ギガースは先程まで自分が居た場所を見た。

 そして付近にいる者たちを確認した。

 その目は怒りに燃えており、完全に戦闘モードへと入っている。

 首元の傷はまだ残っていたが、足などの負傷はかなり回復していた。


【うっ!? か、回復している……!!】


「ま、まずい! 巨人は肉体の治癒が早い! ダメージを途切れさせるな!」


 ハーマンは、広域通信で再度の攻撃を呼びかけた。

 それに応え、追いかけていた数人ほどが攻撃を行う。

 だが、それ以上は誰も攻撃を行わない。


【だ、誰か追撃を! 俺たちだけじゃあ……!】


「し、しまった……!」


 ハーマンはその時、致命的な状態に陥っている事に気づいた。

 攻撃を行わないのではない。誰も”行えない”のだった。

 なるべく長く攻撃する為、攻撃を受ける可能が最も高かった”頭部攻撃班”は、機動性が高く、追いかける事が出来ていたが、その他は違う。

 腕を攻撃した班、足を攻撃した班は、それぞれ攻撃力と防御力に特化している者達であったため、ギガースの動きを追っていけるほど足が早くなかったのだった。

 その上、魔法攻撃も遠すぎて届かず、弓矢など持ってのほか。

 誰も―――追撃へと行く事が出来なかった。


【だっ、誰か! 支援……を”ッ!?】


 攻撃をしていた追撃隊の一人がギガースに身体ごと掴まれた。

 そしてギガースは、掴んだまま”別の目標に”パンチを行った。


「うっ、うわぁあぁぁぁあああ!!」


 殴られた者のHPバーが、一撃で8割ほど吹っ飛び、

 殴られた者はパチンコで弾かれたように街の向こう側へと飛んでいった。

 更に別の目標に向かって拳を繰り出す。

 すると、次の者は一撃でHPが全部消え去った。

 掴まれていた者は、とっくにHPバーが消えて、ボロ雑巾のようになっていた。

 そして―――あっという間に、追撃班が全滅した。


「ゴオオオッ!! グゴォッ!!」


 ギガースは、周囲の者をあらかた倒した事を確認すると、勝ち誇るように両腕を上げた。

 そして、今度は離れているこちら側へと視線を向けた。


「や、やばい……!」


 ギガースは、付近にあった建物の一部を取り壊して手に持った。

 そして、同じように別の建物にあった煙突を引っこ抜いて、もう片手に持った。


「な、何をする気だ……!?」


 ギガースがやっている事を、どうする事もできず、プレイヤーたちは見ていた。

 攻撃班が倒され、HPも、もう7割ほどまで回復している。これでは、最初と何も変わらない。

 いや、こちらの位置が感知されている事と、不意打ちを行えない事も含めれば、最初より分はかなり悪くなっているように感じられた。


【な、何をやる気なんだ!? どうすればいい!?】


【ハーマン、どうするんだ!】


【ハーマン、早く何か指示を出せ! お前が作戦の中心だろう!!】


「う、うう……」


 ハーマンは、ただただ立ちすくんでいた。

 転がって距離を空けられるなど、考えてもいなかったからだ。

 対人戦ならばともかく、普通のモンスターならば、到底やるような行動ではない。


(ど、どうすればいい? どうすれば……)


 完全に戦闘状態になってしまった以上、もう正面からぶつかるしかない。

 だが、パワー勝負では、こちらの方が全滅させられるかもしれない。

 足を止めるか、それとも魔法攻撃を使うか……。

 ハーマンは考えた末、広域回線を開いて全プレイヤーに言った。


【全員、奴の突進をなんとか止めるんだ! 魔法攻撃を頭部に集中させれば……】


 そう言い終わりそうになった時―――


【!!】


 ギガースは、片手に持っていた建物の一部を”南西の門”へと投げた。

 それは門の上に集まっていた魔法攻撃部隊の方へと向かっていき、彼らの集まっていた場所へと直撃した。


【う、うわぁぁぁぁっ!!】


 広域回線を通して何人もの悲鳴が、周囲のプレイヤーに響き渡った。

 同時に、門の上に居たプレイヤー達のHPバーが、全て消失した。


「あ、あ……ああ……そんな……」


【バ、馬鹿な……投擲……!?】


【魔法攻撃部隊―――ぜ、全滅ッ!! 全員やられたッ!!】


【ハーマン、どうするんだ!】


【指示をしろよ! 何やってんだ!!】


 回線に様々な顔が映し出され、作戦の指揮を取っていたハーマンの名前を色々な者が呼んだ。

 だが、返事は返ってこなかった。

 ハーマンはただただ、門の近くでしゃがみ込み、取る手を思い浮かず、ギブアップしてしまっていた。


「ゴオオオオオオオオォッ!!」


 ギガースは、右手に持っている煙突を握り締め、短剣のように持った。

 そして、”南西の門”へ向かって駆け出し始めた。

 足音は轟音と共に地鳴りを周囲に走らせ、プレイヤー全てに恐怖心を呼び起こした。


【だっ、ダメだッ!! とても止められない!!】


 誰もが取るべき手を思いつかず、立ちすくんでしまった時、回線に一つの声が響き渡った。


【全員、一度突撃を回避するんだ! もうあれはどうやっても止められない!】


 その声を受けて、周辺の人間が一斉に回避行動に移った。

 そして―――ギガースが走り抜けるように門へと突っ込んだ!


―――ガガァーン!!


 ギガースが通り過ぎてしまうと―――”南西の門”とその通りに建っていた建築物は、完全に破壊されてしまっていた。

 ギガースは、走り抜ける際に両腕を広げ、壊せる建造物を全て破壊してしまったようだった。

 生き残った者達は、瓦礫の中で、その余りの破壊の様相に衝撃を受け、立ちすくんでいた。

 そんな中、広域回線に一人のプレイヤーの顔が映った。


【東京のイクシマ・スクールアライアンス所属のラクォーツだ。失礼する】


(えっ!? ラク!?)


 それを見て、アリカは心の底から驚いた。

 ラクォーツは慣れているのか、動揺した感じもなく、続けて呼びかけた。


【ハーマンか誰か、他に指揮を取る奴は居ないのか?】


 その声に、広域回線が開いて、誰かが応える事はなかった。

 当然だった。責任が大きい指揮の役割は、皆、避ける事が多い。

 特に大きな作戦の時は、失敗すればより大きな責任が降りかかる。だから責任はより重大だ。

 最初から指揮しているならまだしも、途中から引き受けようとする者など、居るはずもなかった。


【応答が無いようだから―――自分がこれからの作戦を提案させてもらう】


【なっ、てめぇ、何言ってやがる! いきなりしゃしゃり出て来て……】


【まぁ聞いてくれ。俺もさっき、エゾ中央の運営局に連絡してきたんだ】


【何?】


【本当か?】


 ラクォーツの報告に、周辺のプレイヤー達が声を上げて応えた。


【聞いた話では、もう少ししたら応援がやって来るらしいとの事だった。だから、それまで時間を稼げばなんとかなる】


【それはもう聞いたぜ。でもどれぐらいしたら来るかわからねぇ!!】


【恐らく、問い合わせてる奴は何人かいるはず。だから早めに来てくれるはずだ】


【しっ、しかし……耐えると言っても……もう半数以上がやられてしまった。我々では、とてもゲート破壊の阻止はムリだ!】


【いや、ここから追跡して阻止する必要は無い】


【えっ?】


【思い出してみてくれ。あのゲートは意外に頑丈なオブジェクトだったはずだ。あのギガースは、確かにとんでもないパワーだけど、いくらなんでも一人で壊すには時間が掛かるはず。だから恐らく―――壊すのに適当な、あの石斧を取りに、ギガースは一度街中へ戻ってくるはずだ】


【馬鹿な、そんな訳あるかよ!】


【俺は間違いなく戻ってくると確信している。アイツは援軍がすぐにやってくるって事を知らないはずだから、俺達は石斧を拾うのを邪魔して、時間を長引かせればいい。それだけなら、残っている奴等だけでも何とかできるはずだ!】


 ラクォーツがそう話していると、再びあの独特な重音と共に地面が揺れ始めた。

 ギガースの姿を追っていた者が、残っている高い壁の上へと登ると

 遠くからギガースが再び街のほうへとやって来ているのが見えた。


【通達! ギガースの姿が見えた。こちらへと戻って来ている!】


 プレイヤー達の中にどよめきが広がった。

 ラクォーツはその報告を聞いてから、再度言った。


【ほら、やっぱり来ただろう? 全員、散開するんだ! そしてそれぞれ散らばって、各自の判断でギガースの動きを引き付けてくれ! 決して”倒そう”なんて考えるな!】


 その言葉に、周囲のプレイヤー達は思い思いの方向へと散開していった。

 広域回線を閉じると、パーティ内だけで通じる回線が今度は開いた。

 ラクォーツへと繋げて来たのは、セイグンタとアリカの二人だった。


【おいラクォーツ。なんで戻ってくるのがわかったんだ? 時間を掛ければいいだけで、あれを持つ必要ないだろ?】


【……”武器スキル”が使えないからさ】


【えっ? どういう事?】


【見てただろう? アイツが持っていったのは”煙突”。あれは”建物”の属性が付いてるオブジェクトなんだ。技を発動させるには―――あくまでも持ってるものが”属性なし”か”武器”属性が付いてなきゃいけない】


 ラクォーツがそう言うと、セイグンタが驚いた風に言う。


【ちょ、ちょっと待て! お前、アイツが”技”も使えるって言いたいのか!?】


【武装してる時点で充分おかしいだろ? 使えても全然変じゃあないさ。仮に使えずとも―――ゲートを壊すのに役立つ方の武器を取りに戻ってくる。まず、確実に。訓練されてるなら、恐らく―――そう言う風に言い聞かされてるはずなんだから】


【んなアホな……】


【君らも一応気を付けてろよ。巨人が技を使ってきた例はないけど―――もし仮に使ってきたら、”斧”技だ。周辺一帯が吹き飛ばされるかもしれない】


【ああ。わあってるよ】


【斧技ってそんな危ないの?】


【ハンマーみたいに叩きつける技が多いんだ。だからあの巨体で使われると、地震と爆発みたいなのが起きるはず。だから君も注意するんだ】


【ほーい】


気の抜けたような、聞いているか聞いてないのかわからない声で、アリカは応えた。



「ゴォォォ……」


 雪国特有の濃く白んだ吐息を口元から漏らしつつ、ギガースは破壊した”南西の門”があった場所を通り抜け、その先へと進んでいった。

 視線の先には、瓦礫の中に埋もれる石斧があった。

 ギガースはそれを拾うべく、落ちている場所へと進んでいく。

 だが、瓦礫の中を歩き始めた途端、弓矢が目を狙って飛んできた。


「グォッ!?」


 ギガースは慌てて目を閉じ、矢を防御する。

 だが瞼に矢は突き立てられ、痛みとまでは行かなかったが、強いかゆみのようなものが発生した。

 ギガースはそれに苛立ち、攻撃された方向を見た。

 すると、何人かがすぐに建物が密集する方向へと逃げていき、隠れるのが見えた。


「やべっ!!」


「ゴオオオォッ!!」


 ギガースは両手を挙げて、攻撃した者達が隠れていた方角へと詰め寄り、周囲にあるもの手当たり次第に破壊した。

 それに2人ほどが巻き込まれ、HPを半分ほどに減らしてしまった。

 そして粗方、周囲を壊してしまうと気が済んだのか、再び斧を拾おうとする。

 そこに今度は、魔法で発生したらしい炎の塊と、水で作られた弾丸のようなものが顔に降り注いだ。

 ギガースは再びそれに気を取られ、発射された方向に居た人間を攻撃しようとする。

 うまく、時間は稼がれていた。


(よし、いいぞ……)


 ラクォーツはそれを遠くから隠れてみていた。

 このままなら―――程よく時間を稼ぐ事ができる。

 そう思っていた矢先だった。

 ギガースが、突然、石斧のほうへとまっすぐに向かい始めた。

 10人ほどがそれを阻止しようと、遠隔から攻撃を行うが、今度は見向きもしない。

 瓦礫を掻き分け、石斧が見え始めた時、今度は更にアタッカーだろう剣や斧を構えたものがギガースに取り付き、攻撃を行った。

 だが、それらをも軽く跳ね除けると、目もくれずに武器を取ろうと瓦礫を払いのけ始める。


「な、なんでこっちに目を向けないんだ?」


(……まさか!)


 ギガースが次に移る行動を推測したラクォーツは、広域通信でプレイヤー全員に呼びかけた。


【全員、全力で攻撃を仕掛けるんだ! 奴は恐らく、”殲滅モード”に入った! 武器を拾って、周囲一帯をスキルで攻撃する気だ!!】


【すっ、スキルだって……!?】


 それだけを言ってから、ラクォーツは一気に駆け出した。

 ギガースは、一旦石斧を拾おうとしたが、まだ瓦礫が邪魔で持ち上げる事が出来ず、再び周囲の邪魔な物体を取り払っている。


「えーっと……」


 ラクォーツは、ギガースの背後側にあった建物を見つけ、そこへと入っていった。

 そして屋上へと出ると、ギガースの背中へと飛び込んでいった。

 それを見ていたセイグンタが通信でラクォーツに話しかけた。


【なっ、何をやってんだお前!】


「武器を持たれたら、本当にもうこれ以上は手がなくなる! 今しか攻撃のチャンスはないんだ!」


 ラクォーツは、背中に掴まると、持っていたナイフを手当たり次第に背中に突き立て始めた。

 何度も殴りつけるようにナイフを突き刺し、ダメージを連続して与える。

 すると流石に無視できなくなったのか、ギガースは身体を大きく揺すって、ラクォーツを振り落とそうとし始めた。

 だが、彼は振り落とされないように掴まり、身体が揺れるのが収まるのを待った。


(く、クソッ! 耐えろ……耐えなけりゃあ……!)


「グッ、ゴオォッ!」


 身体を振動させるだけでは落ちないのを知ると、ギガースは今度は身体を後ろへと突然倒し始めた。

 恐らく、身体ごと後ろにいる者を押し潰そうとしての事だろう。


「うっ!」


 ラクォーツは後ろに体重が乗り始めた瞬間、それを察知すると、素早く背中から降りて地面に降り立つとともに、横っ飛びにギガースから離れた。

 そして、倒れこむ範囲から逃げ切ると、間髪入れず、再び倒れているギガースへと乗った。

 今度は頭部の方へと向かい、移動を始める。

 高い頭部が倒れこんだ事によって低くなり、絶好の攻撃のチャンスだ。

 だが―――誰も攻撃に参加しようとしない。


【は、早く! みんな攻撃に参加してくれ! 武器を取られてからじゃ間に合わない!】


「……」


 ラクォーツが必死に呼びかけると、何人かが弓矢を持って援護を行い始めた。

 だが、接近して来る者はもう居なかった。

 先程からの攻撃で戦意が折れてしまったのか、プレイヤー達は、ギガースの余りの巨大さと戦闘力に、完全に怖気づいてしまっていた。


(お、おい……!! どうせ死んでも大丈夫なんだから、接近攻撃に加わってくれよ……!!)


 ラクォーツは、確実に復活できるだろうプレイヤー達が怖気づき、蘇生できる確証がない自分が攻撃を仕掛けているのが、ひどく滑稽な光景に見えた。

 彼は、それを見て馬鹿馬鹿しささえ一瞬感じたが、頭を振ってその考えを振り払った。

 死なないとは言え、無理も無い事なのだ。

 あの凄まじい攻撃を受けて、踏み潰されたりしてのオーバーキルを受ければ、ペナルティも大きい。

 逃げ出さないで攻撃をしてくれるだけ、有り難いと言うものだ。


(くぅ……ちくしょう……! もうやるしかないッ!!)


 ラクォーツは、攻撃を再開した。

 首元付近へと近づき、喉笛を狙って攻撃を何度も行う。

 正直なところ、もう逃げ出したかったが―――今が一番のチャンスである以上、攻撃を続けるしかなかった。

 下手に途中で攻撃を中止してしまえば、自分がターゲットになってしまう。

 そして起き上がられて、武器を取られたら、もう逃げる事は出来ない。

 建物などの陰に隠れていても、すぐさま遮蔽物を壊され、攻撃してくるだろう。

 そうなったらもはやどうしようもない。


「そりゃっ! どりゃあっ!!」


 ラクォーツは、攻撃を何度か行っていたが、やがて身体をギガースに掴まれてしまった。


「しっ、しまった……!」


 掴まれると共に、ギガースに思い切り握り締められ、身体が締まっていく。

 万力のような凄まじい怪力に、体中が軋み、所々から異音が鳴っていった。


「ぐああああっ!!」


 HPバーが凄まじい勢いで減少し、一気に半分以下にまで落ち込んでいく。

 抜けようとするが、身体をギッチリと隙間無くつかまれているため、全く身体が動かせない。


(こ、ここ……までか……!)


「オラぁーッ!」


「グゥッ!!」


 ラクォーツが諦めかけたその時、セイグンタがラクォーツを握っていた手に攻撃を仕掛けた。

 手首に切りかかり、大きく刀を振りぬくと、短い低音の悲鳴と共に、ギガースは掴んでいた手を離した。


「グッ、カハッ……!」


「大丈夫か? 流石に何の考えもなしに接近戦はちと無謀だと思うぜ」


「わ、悪い……」


「大丈夫? ラク、グンタ」


「あっ、アリカ! 何で君まで……!」


「アンタ達二人が登ってるのが見えたから……それに、他に誰も攻撃しに行こうとしてなかったから、少しでも何かやれるかなーって」


「来ちゃったらダメじゃないか……」


「まぁ、もうしょうがねぇぜ。やるだけやってみようぜ」


「そーそー! 起きた事をくよくよしてても、しょうがないわよ!」


「……」


 ラクォーツは一瞬だけ狼狽したが、すぐに心を切り替えた。

 そして、二人に言った。


「セイグンタ、攻撃を頼む!」


「アリカ、君は俺と一緒に、ギガースが伸ばしてくる手を切り払ってくれ! なるべく刃物だけで、身体に触れないように気をつけるんだ!」


「わかったわ!」


「了解したぜ!」


 そして三人は、倒れこんでいるギガースの上で戦い始めた。

 ギガースは、片手でセイグンタの攻撃を止めようとするが、それをラクォーツが切り払い、その間に首元を狙って、セイグンタが刀で攻撃を行う。

 もう片方の手は、アリカが短剣で相手をし、攻撃を邪魔していた。

 このコンビネーションは上手くいき、少しの間攻撃を続ける事が出来ていたが、やがて痺れを切らしたのか、ギガースは無理矢理に立ち上がった。


「グォォォォーッ!!」


「!―――三人とも、身体に掴まれ! 振り落とされるぞ!」


 ギガースは片手で地面を叩き、その反動で身体を起き上がらせ、立ち上がった。

 そして三人にはもう目もくれず、石斧を手に持った。

 先程、一度瓦礫を払った時に、斧の柄が出てしまっていた為、もう持つ事が可能になっていた。


「や、ヤバイ! 武器が……!」


「ご、お……オオォ……」


 斧を手に持つと、ギガースは大きく深呼吸をし始めた。

 そして―――”言った”。


「―――”ス、マッ、シュ、スト、ライ ク”」


 それを聞いた瞬間、三人の背筋にえもいえぬ寒気が走った。

 決して聞く事の無い重低音の口調だったからか、それとも”次に起こる事”が”何か”をうっすらと感じ取っていたからか。

 それはわからない。


「えっ!?」


「スキル名……!? う、嘘だろ……!!」


 そして次の瞬間―――見た。

 スキルが発動され、大きく振りかぶった石斧を、ギガースが地面へと叩き付けるのを。

 同時に、何もかもが破壊された。


「うっ、うおおおおおッ!!」


 地面に高速で斧が叩き付けられると、地面に轟音と共に地震が起きた。

 攻撃地点から瓦礫が、まるで地面にバネか何かを仕込まれていたかのように跳ね上がり、強風が吹き荒れ、衝撃波が地面を波打って走っていった。

 付近の建物は完全に全壊。離れていた物もドミノ倒しのように次々と倒壊していった。

 ギガースの身体にも強い振動が起き、それによってギガースの上半身に掴まっていた三人は身体から振り落とされた。


「ぐあッ!」


「うぁっ!」


 高い位置から振り落とされた為、一気に大ダメージを受け、HPががくっと落ち込む。

 アリカは5割ほどに、セイグンタは3割強程度に、そしてラクォーツは先程のダメージと合わせて1割ぐらいにまでHPゲージが減少し、戦闘不能の状態に陥ってしまった。


「くっ、み、みんな、は……」


 ラクォーツが二人の確認の後に、周囲のプレイヤー達を探した。

 作戦が破綻したため、何とか二人の逃走の手伝いをしてもらう為だ。

 やがて、キャラクターの表示を見つけて、HPを確認する。

 だが―――


「20%、15%、8%……だ、ダメだ……」


 確認できるプレイヤーは、全員、かなりの大ダメージを受けていた。

 それに、どのプレイヤーも動きが殆どない。

 瓦礫に埋もれてしまっているのか、それとも戦意を喪失してしまったのか。

 誰もその場から、逃げようとさえしなかった。


「グゴオオォッ……!!」


 ギガースは、両腕を上げて、転がった後に取ったあの勝ち名乗りのようなポーズを取ってから、倒れているラクォーツの方へと歩き始めた。


「や、やばい……」


 ラクォーツは、ギガースがトドメを刺す気である事がすぐにわかった。

 だが、彼はもう足をやられており、一歩も動く事ができなかった。


(お、終わった……ッ!)


「ゴオォッ!!」


 動く事ができないまま、目の前にギガースがやってきた。

 ギガースは、石斧を大きく上へと持ち上げて、攻撃の狙いを定める。

 そして最も高い位置まで、振りかぶられた時―――


「ギッ―――ガッ!?」


 突然、ギガースの顔が爆発した。


「!、えっ!?」


「間に合ったようだな」


 声のする方向を、生き残った者達が見る。

 すると”南西の門”があった場所に、4人ほどの人間が立っていた。



「だっ、誰だ……!?」


 街の破壊の様相を見ても、その4人は全く動揺している風には見えなかった。

 先頭には、金髪のミドルヘアの女性が立っており、どうやら彼女がリーダーのようだ。

 騎士ほどではない薄手の鎧に身を包んでおり、頭部にはほんのりと輝く冠を被っていた。


「魔剣士……!? いや、何か違う……!」


「ゴォァァァァッ!!」


 ギガースは顔を適当に手で拭った後、雄叫びと共にその4人へと肉薄を始めた。

 顔は黒く部分的に焼け焦げており、どうやら炎による攻撃を受けたようだった。

 周囲に、地鳴りを伴った轟音が響き渡ると共に、ギガースが見る見るうちに現れた”4人”へと近づいていく。

 だが”4人”の人間は、突撃を全く恐れる風でもなく、先頭に居た女性プレイヤーが出したサインを受け、行動を始めた。

 二人ほど、布をメインにした装備をしている事から、後衛型だろう者が残り、他の二人がギガースへと向かって突撃を始めた。

 その動きは―――まるで、風のようだった。


「はっ、早いっ!!」


 ギガースへと駆けていく二人は、恐らく接近して攻撃する”アタッカー”であるため、そこそこの重量があるだろう装備をしている。

 その為、普通ならば、動きはせいぜい”早足よりも早い”程度の動きしか出来ないはずだが、全速力、しかもスピードに優れたクラスよりも動きが早いほどの機動力で、見る見るうちにギガースへと迫っていった。

 ラクォーツはそれに見とれていたが、ふと我に返ると、広域通信で呼びかけた。


【き、気をつけてください! そいつはただのギガースじゃありません! 武装していて、おまけに斧の武器スキルまで使います! ランクが3か4は上の敵だと思ってください!】


 それに返事はなかった。

 その時には―――既に両者がぶつかり合っていたからだ。


「フンガッ!!」


 ギガースが石斧をこれみよがしに、女剣士へと振り下ろす。

 だが彼女は、信じられない長距離の横っ飛びでそれを回避した。

 そしてギガースが姿勢を崩したと同時に、同じく鋭いジャンプで肩の部分へと飛び掛った。

 女剣士がギガースと交錯した瞬間、強烈な光が煌いた。

 同時に―――


―――キィン―――


 とても美しく、澄んだ金属音が鳴り響いた。

 金管楽器の内部を、限りなく水に近い透明なエネルギーが撫でたような、静謐な空間に小鳥の声がただ一声だけ、甲高く響いたような、そんな音だ。


「……えっ!?」


「グッ、ゴァァッ!?」


 音が鳴り響いた後―――ギガースが着ていた鎧が、綺麗に切断された。

 丁度女剣士が通り過ぎた後に沿うように、革鎧が大きく口を開いた。

 金属のような部分もあるように見えた鎧だったが、綺麗に切り裂かれている。

 ギガースはそれに激昂したのか、石斧を持ち上げると、再度、女剣士目掛けて振り下ろした。

 その攻撃には、スキルが発動された事を示すエフェクトが掛かっていた。


「あっ、危ないッ!!」


 だが次の瞬間―――女剣士は、振り下ろされた石斧を”弾き飛ばした”。


「えっ!?」


 ただ―――”剣を使って、切り払った”。

 遠くからだったのでよくわからなかったが、女剣士の動きを見るようでは、それだけの動作しか見えなかった。

 そして、更に驚いた事が起こった。

 あのとんでもない質量の差を跳ね返して、攻撃を弾き飛ばした事も驚きだったが―――石斧に”大きくヒビが入った”のだ。

 遠くからでもはっきりと確認できるほど、黒くくっきりとした亀裂が入っていた。


「ウ、ガッ!?」


 ギガースは攻撃を弾かれた事にも動揺していたが、持っていた武器に大きく亀裂が入った事にも、驚いていた。

 当然だろう。人間とではパワー差が恐ろしくあるはずなのに、こんな事が出来るはずがない。

 だが―――彼はこの時、気付いていなかった。

 自分が暴れていれば、必ず応援がやってくる。そしてその応援は、確実に”強力なもの”だという事に。

 今、目の前にいる人間が”ただの人間でしかない”とばかり彼は思っていた。

 それが、間違いであった―――と、彼はすぐに思い知る事になった。


「グ、ウッ!?」


 遠くで待機していた後衛の二人から、魔力の砲撃が突然放たれた。

 それは炎の塊のような、雷を纏った真紅の物体だ。

 放たれた”それ”は、大きく弧を描いて飛んでいき、ギガースへと命中した。

 同時に、ギガースのHPが―――およそ3割強、一気にがくっと減少した。

 そしてギガースが姿勢を崩すと、前衛として出ていたもう片方の人間が、ギガースの懐へと入り込み、高く飛び上がった。

 次の瞬間、”それ”が空中で真横に一度回転すると共に―――


「ガ、ゴアッ!!」


(いっ!?)


 拳が打ち込まれ、”ギガースの身体が空中へと打ち上げられた”。

 まるで地面全体がギガースを跳ね上げたように、空中高く身体が飛ばされた。

 そこに、女剣士が居合いの構えをしたまま、同じように飛び上がった。

 そして、剣を振りぬくと―――


「鉄剣逝犀!!」


「ガアアァァァッ!」


 悲鳴と共に巨体が開き、太陽の光が覗いた。

 それを見て、ラクォーツは思わず驚愕の声を上げた。


「う、嘘ぉっ!?」


「ア、ガッ……!!」


 ギガースは―――斜めに両断されていた。

 二つに分かれた身体は、やがて力無く落下し、轟音と共に転がった。

 それきり、ギガースが動く事はなかった。


「さて……」


 巨人を両断した女剣士は、武器を鞘に収めると、戦いを見ていたラクォーツの元までやってきた。


「君だな。先程の通信をしてきたのは」


「は、はぁ。そうですが……あなたは……?」


「私は、エゾ中央運営局の依頼を受け、応援に来た”エルミラ”という」


「エルミ……ラ……!? ま、まさか―――”坤輿こんよ皇国烈鬼軍”の”エルミラ・アリュージュ”ですか!?」


「ああ。ちょっと事情を聞かせてもらいたい。どうも、余程の事が起こったようだからな」


 ラクォーツは、名前を聞いて心の底から驚き、叫ぶような声を発した。

 何故なら、目の前に立っていたのは宝玉剣士「エルミラ」と呼ばれる人間。

 日本最強の剣士ギルドのエースを務める人物だった。


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