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17:雪山奥へ……と行く前に

 荒金靖樹たち三人は、ゲームの中へと囚われていたが、無事に脱出を果たした。

 しかし脱出の際、ワールドマスター「マルール」と名乗る存在より、ある事を頼まれる。

 それは電想世界における北海道エリア”エゾ”にいる「後藤」という人物を探し出して欲しいとの事だった。

 準備を整え、靖樹ら三人は次の連休中に雪山を攻略すべく、北海道の南側の方に広がる「ルサーラ」というエリア。現実世界で言う所の「沙流郡」に当たる町へと移動しようとする。

 だが、隣の十勝エリアが再現されている「カチプト」において、ファシテイト・ファンタジーが始まって以来初めてとなる「都市陥落」が起きてしまう。

 騒がしくなるルサーラに辿り着いて、必要な道具を早々に揃え、巻き込まれる前に探索へと旅立とうとする三人だったが―――

(文字数:9683)

 午後を過ぎたばかりで、まだ太陽は強く輝いている。

 そのせいで草木や建物にコントラストが強く掛かっており、色の境目がくっきりと鮮やかに浮かび上がっていたが、湿っているためか、どこか柔らかな感じとなっていた。


「町が落とされた、だって……!?」


 人だかりが大型の液晶版の前に集結している中、衝撃の事実を知らされ、ラクォーツから驚きの声が漏れた。

 遅れて、その報を聞いたセイグンタも、衝撃を受けると共に声を上げた。


「か、陥落した……!? ウソだろ!?」


 慌てて三人は、野次馬の中へと紛れ、広場の大型液晶版へと目をやった。

 流れている映像では、難しい顔をしたキャスターが、ニュースを読み上げていた。


『繰り返します。先程、ゲーム内時刻の午後3時頃、エゾ地方の”カチプト”にて治安維持戦闘が発生しました。この戦闘において、街を防衛していた治安維持部隊は全滅。街が乗っ取られる事態となっています。脱出、また蘇生した防衛部隊隊員からの報告では、街を襲撃したのは”ゴブリン”を中心とした混成モンスターの大軍団であるとの事です。現在―――付近の町から街を取り戻すべく、別働隊がすぐに解放ミッションを発動させ、戦闘を挑んでいるようですが、敵の中には大型の猛獣モンスターなども含まれているらしく、状況は劣勢との事です。事態を重く見たエゾ地方の電想空間管理局は、北海道全域のギルドに救援要請を発令。場合によっては―――”上級クラス”以上のプレイヤーを召還するとの事です。繰り返します―――』


 ニュースの内容は、以上のようだった。

 ラクォーツはそれを聞いて、ひとまず安堵し、一息を吐いた。


「良かった、ルサーラの方じゃないみたいだ……」


「何が起こってんの?」


 アリカがそう訊ねると、セイグンタが言った。


「街が一つ、陥落しちまったんだよ。”治安維持ミッション”に失敗してな。前に一回やっただろ?」


「ああ、あれね……てッ、失敗しちゃったの!?」


「そうみたいだ……」


 ラクォーツが力無く応えた。

 セイグンタは、映像を見ながら、眉間に皺を寄せて呟く。


「でもよ、”カチプト”って……確か”ポーラスター・ウォーリアーズ”の本拠地があった所だろ? なんであそこが……」


「わからない。大軍団って言ってるけど……いくらなんでもゴブリンに落とされるなんて……」


「”ポーラスター・ウォーリアーズ”って?」


 アリカが訊ねると、セイグンタが応えた。


「北海道エリアの戦士プレイヤー軍団だ。北海道の十勝地方を指すエリア”カチプト”って所に本拠地を構えてる。正式名称は”アンダー・ザ・ポーラスター・ウォーリアーズ”って言って”北極星の下に集う者達”って言う意味だ」


「へぇ」


「九州、関西、関東、北海道にある4つの巨大ギルドのうちの一つで、戦士系ばっかで構成されてるのが特徴のトコだ。タフな野郎ばっかで有名だったんだが……」


 大型液晶版を見ていた周囲の野次馬は、ニュースを見て、全員がみな動揺するような仕草をしていた。

 それを見て、アリカにも事態の深刻さが伝わったらしく、彼女はどこか心細げな声でラクォーツに訊ねた。


「ね、ねぇ。こんなんで北海道地方、行けるの?」


「それは大丈夫だ。出発地に予定してる隣の”ルサーラ”じゃなかったから。でも……プレイヤーが近隣のエリアに集結し始めてるみたいだから、早めに移動した方がいいかもしれないな」


「だな。混雑なんてそうはしねぇと思うが……さっさと先に移動しちまうか」


「異議なし!」


 ニュースを聞いた三人は、大型の液晶版が浮かんでいる広場を足早に去った。

 そして、再び”出立の門”へと急いだ。



 三人が最初に訪れた”出立の門”の周辺には、今は打って変わって、多くのプレイヤーが集まっていた。

 アリカがその光景を見て、うんざりしたように呟いた。


「うっわ……何これ? こんなに人居なかったのに」


 門の方向へと三人で移動しながら、ラクォーツがそれに応えた。


「ニュースを聞いて、解放戦に参加したい奴が集まってるんだろう。何せ初めてだから」


「初めて?」


「都市が占領される事が、だよ。小さな町が準備不足で、一時的に占領される事はある。だが、大きな都市が占領されたのは初めてなんだ。基本的に……大都市は防衛用の人間が必ず常駐してるから、本来は……落とされるなんて、まずありえない」


 ラクォーツが深刻そうにそう言うと、セイグンタが付け加えて言った。


「占領されてたのも、だいぶ前の話だぜ? 本当に黎明期の話だ。最近は、占領どころか治安維持戦闘で苦戦する話すら殆ど聞かねぇ」


「珍しい事なんだ」アリカが言う。


「珍しいどころか、大事件だよ。こうやって近場まで移動する奴等が出るのもわかるぜ」


 そんな事を話しつつ、三人は出立のゲートの前へと並んだ。

 このまま町の外へと出て行くだけなら、別に列に並ぶ必要など無いのだが、ゲートの転送機能を使う為には、順番待ちが必要だった。

 なにせゲートは一つのパーティごとにしか使用できないため、一度使用した後に、再び起動の作業を繰り返さなくてはならない。

 通行の為の列は、非常に混雑しているように見えたが―――


「あれ? 人が結構居るのに……こんなもん?」


 いざ並んでみると、意外にも列自体は短い。

 待機者はあまり並んでは居なかった。


「ここに居る奴等のお目当ては、ゲートじゃない。見てりゃわかるさ」


「?」


 セイグンタからアリカはそう言われ、首を傾げた。

 言った台詞の意味は、その時彼女にはわからなかった。

 その理由は、アリカ達が転送ゲートを使用する順番が回ってきた時に判明した。


「さて、それじゃあ……」


「おい!! 来たぞ!!」


 順番が回ってきたので、ラクォーツが転送の操作を行っていると―――突如として、周囲が騒がしくなった。

 そして人並みを掻き分けて、4人ほどのパーティが、ゲート前へとやってきた。

 順番待ちの列を無視して―――いや、周りの者が道を明けたような格好だ。


「すまない。ちょっと先に通してもらってもいいかな」


 そう言って、ラクォーツの目の前に、リーダーらしい者がやってきた。

 黒い学生服のような服の上から暗い紫色の外套を深く被っており、パッと見ると学生のようないでたちをしている。

 だが、巨大な鎌を携えており、それがアンバランスな雰囲気を醸し出して、不気味な姿となっていた。

 彼に続く後の者も、かなりの手馴れた雰囲気を感じさせる。

 彼らはラクォーツら三人の方までやってきてから、言った。


「悪いんだが、先にゲートを使わせて欲しい。いいかい?」


「……」


 ラクォーツは、先頭のリーダーらしい人物に言われ、無言のまま僅かに目を伏せた。

 そして数拍の間、考えるような動作をしてから、彼らに道を譲った。

 三人が身を引くと、すぐさま4人組のパーティは転送装置を起動させた。

 ゲートの一面に、真っ白なエネルギーが一瞬流れると、門の向こう側に別の景色が映し出された。

 そして、彼らがゲートを潜り抜けて行こうとすると、周囲のプレイヤー達が声を上げた。


「頑張ってくださぁ~い!!」


「応援してますよぉっ!」


 激励を送る野次馬達に見送られ、手を振りながら、その”4人組”達は、まるで水が張られたようなエフェクトが掛かった”ゲートの向こう側”へと消えていった。


「すごい歓声ねぇ」


 アリカが目を細めながら、不満そうな言葉を口にした。

 ラクォーツがそれを聞いて言った。


「ニュース聞いて討伐やりに来た奴等だろう。名前はわからないけど、みんな結構な手練だよ」


「見ただけでわかんの?」アリカが訊ねる。


「装備と振る舞いを見てれば、それとなくは察しはつく」


「そんなもんなんだ」


「少なくとも―――初心者じゃない、ぐらいなら見分けるのは簡単だよ。武器とかは特に目立つし、それだけでも実力はなんとなくわかる。君も、ファシテイトをちゃんとゲームとしてプレイしていれば、すぐわかるようになるさ」


 ラクォーツがそう言うと、アリカは、あの4人が消え去ったゲートの向こう側を眺めながら、鼻で応えた。

 それから、すぐにラクォーツ達の番になった。


「よし、ゲート接続完了。俺達も行こう」


「了解っす」


「さて、どうなるかねぇ」


 ラクォーツが、手馴れた手つきでウィンドウ操作を完了すると、先程と同じように、門の上方からアーチ上の出口部分に、波が立つようなエフェクトが掛かり始めた。

 そして、まるで水面に波紋が立つように、大きな波が立つと、次の瞬間―――ゲートの向こう側は、一面が真っ白な”雪景色”へと変わっていた。



 10秒ほど、水の中を歩くような感覚が全身を覆った後―――

 三人は門をくぐり抜け終わり、新たなる地方へとやってきた。


「着いたぁ~……」


 眼前に広がっていたのは、先程と同じ青々とした空が広がる世界。

 しかし、先程の草原地帯とは違い、白銀の雪に太陽の光が反射して眩しい。

 草木にも雪が僅かながら積もっており、ここが本当に雪国の入り口である事を改めて感じさせた。


「雪かぁー。夏休み前だってのに、なんか贅沢してる気分」


 雪国に降り立った三人は、そのまま遠くに見えた町へと入った。

 その途中、ラクォーツがふと呟いた。


「ところで……」


「ん?」


「今回、リーダーは誰にするんだ? さっき、俺がゲートを動かしたけどさ」


「おいおい、今更そんな事を聞くのかよ。リーダー」


「ええっ!? また俺なのか!?」


 セイグンタから再びリーダーである事を告げられ、ラクォーツは戸惑うような声を上げた。


「だってこのメンバーだったら、アンタ以外に居ないじゃないの」


「~~~……」


 ラクォーツは、何となく納得できてしまう自分に疲労感を感じつつ、雪国の町へと入っていった。



 ルサーラ。ここは現実世界の北海道地方、その丁度「沙流郡」あたりをモチーフしているゲーム内世界の町である。

 ファシテイト内の日本は、ジパングの名の通り、古い日本の地理をモチーフに作られているが、その丁度「日高国」あたりとなる。

 ここは、周囲をかなり高い城壁に囲まれているのが特徴の街だ。

 壁で周囲をぐるりと囲むタイプの町はいくつか存在するが、ここは一段とそれが高い。

 その理由は、雪国である為に生息しているモンスターが全体的に強めであるから、であった。

 例えば”治安維持ミッション”が発動すると、そこそこ強力な敵が現れる為、町に簡単には攻め込めないよう、出入り口を分散する狙いなどがあった。


「さて、着いたな」


 三人は、ゲートから少々歩いて、ほどなくしてルサーラへと到着した。

 建物や道路の路面の至る所に雪が積もっており、先程の「ヨコミ」とは空気感が違っていた。


「さて、ランプを探さねぇとな……」


 久しぶりにやってくる雪国の観光もそこそこに、店を探して町を練り歩く三人だったが―――街中の様子を観察すればするほど、”妙な雰囲気”が漂っている事に気付いた。

 アリカがそれを不審がって、言った。


「……なんか変じゃない?」


「変?」ラクォーツが応えた。


「なんてーか……やたらと武装してる人が多いっていうか。とにかく変」


 アリカがそう呟くと、ラクォーツとセイグンタは辺りを見回した。

 言われて見れば、確かに武装している人間が目に付く。

 基本的に、街中はゲームをするプレイヤーと、単純に3D世界を楽しむ・利用するプレイヤーとで、半分ずつぐらいの比率となっている筈なのだが……。

 目にするプレイヤーは、鎧やローブなどを厚く着込んでいたり、武器をもっていたりなど、どれもゲームを行うプレイヤーであるように思えた。

 ラクォーツが、もみ上げの部分をポリポリと掻きながら言った。


「きっと……ニュースを見てやってきたんだろう。モンスターに侵攻された”カチプト”は、この”ルサーラの町”の隣にあるから、準備をするには一番都合がいい。きっと―――そこらかしこで”解放戦”用の準備をしてるんだろうさ」


「こんなの、見たこと無いなぁ。ほんとにファンタジーゲームみたい」


「珍しいな。確かに」


「早めにランプを手にいれとかねぇとなぁ……」セイグンタが呟く。


「ああ。そうそう無くなったりはしないだろうけど……何分、人が集まりまくってるからな」



「売り切れた?」


「ああ……悪いな」


 ラクォーツは、道端にいたプレイヤーの一人と交渉を行っていたが、返ってきた返事は”在庫なし”というものだった。

 町に入ってから道具屋を回ったり、道端で道具を販売しているプレイヤーなどに声を掛けていたが、どこも”ブルーランタン(雪魔女の心)”は売れてしまっていた。


「思ったより人が来てるのかもしれないな」


「でも、なんで買うの? ここに来てる人達って、解放戦をやるんでしょ?」


「一応の準備なんだろう。解放戦は基本的に昼間だけど、夜とか明け方にやる事もある。その場合は、普通のランプよりブルーのを持ってた方が発見されにくいんだ」


「へぇ」


「無かったら面倒クセェなぁ」セイグンタが煩わしそうに呟く。


「まぁ、もうちょっとだけ歩いてみよう」


 三人は町中を再び歩き続け、やがて一つの店を見つけた。

 中へと入っていくと、そこは装飾品や、アンティークを売っている古道具屋だった。


「おや、いらっしゃい」


 店の主人は、かなりの老齢の人物という感じがした。

 複雑だが、一定の動作を繰り返している所を見ると、NPCである事がすぐにわかった。


「”ブルーランタン”ありますか?」


「はいはい。ありますよ。ちょっと待っててくれんかな」


 そう言って店の主人は奥へと消えていった。

 待っていると、ラクォーツはアリカが身体を縮めて震えているのに気付いた。


「寒いのか?」


「うん。だってこの服装、まだ冬用じゃないし……夏だからここら辺、もうちょっと暖かいと思ったんだけどなぁ……」


「流石にそこは雪国だからなぁ」


 話していると、セイグンタが棚の中を指差して言った。


「山の方は結構寒いし、コイツも買っていかねぇか?」


 二人が指差した中を覗きこむと、そこにはいくつかの指輪が入った玩具の箱のようなものがあった。

 一見すると、子供のお遊び用のものにも見える。だがよく見ると指輪には、そこそこ価値がありそうな青色の小さな石がはめ込まれていた。


「コイツ……? ああ、なるほどな。そりゃあいい」


「これ何?」


「まぁ、ちょっと待ってろって」


 奥から店の主人がランタンを持って現れると、セイグンタが指輪を6つ新たに追加して買うと伝えた。



 ランタンはリーダーであるラクォーツが持つ事となった。

 店の外へと出ると、待ちきれなかったのか、アリカが訊ねた。


「ねえ、さっきのあの指輪、何で買ったの?」


 言うが早く、セイグンタは指輪をアリカに2つ差し出した。

 同じようにラクォーツにも渡す。


「?、ただの指輪じゃないの、これ?」


「いいから付けてみろって。理由がすぐにわかるから」


「?」


 セイグンタに言われるがまま、アリカは指輪を人差し指に通した。

 すると―――


「……あれ? なんか……暖かくなってきた、ような……」


 先程まで冷えていた身体が、急に温まり始め、調子が良くなってきた。

 もう一つをはめてみると、更に体温は上がっていき、先程まで居た平地と大差ない感じにまで、感温度が上昇した。


「暖かい! カイロなの? これ?」


「いや、違う。それは逆のアイテム。”冷気の指輪”さ」


「えっ!? 冷たくなる指輪って……嘘でしょ?」


「いやいや、冷たくなるんじゃなくて、氷属性を帯びてるからキャラに”冷気耐性”が付く指輪なんだ。暖かくなったように感じただろうけど、逆。”冷気に対して強くなった”んだ。だから結果的に暖かくなったように感じる」


「へぇ……! 凄い!」


「夏だから雪山はそこまで荒れてないし、これがあれば今の服装でも雪山には充分登れるよ」


「さて……じゃあ必要なものも揃ったし、やっとこさ出発の時間か」セイグンタが言う。


 全ての準備を終えて、三人は店の外に立っていた。

 今、時間はおよそゲーム内時間で「午後4時前」という感じだ。

 一番最初に出た時が、およそ午後2時頃。だからあれから2時間ほど経っている。

 現実時間では40分ほどだろうか。だからあと1時間50分ほど。ゲーム内時間に換算すると330分。つまり5時間と30分だ。

 だからタイムリミットはゲーム内時間で「9時半ごろ」という感じだろうか。


「どのくらいまで行くの?」


「今日は、山に一番近い街道付近まで行ければ……」


 ラクォーツが予定を話し始めると―――突然、町中が騒がしくなり始めた。

 「ん?」と三人が騒がしい方向へと目をやる。

 どうも―――町の出口、丁度カチプト側へと続く町の門の付近で、何か騒ぎが起きたようだった。


「なんだろ? 行ってみない?」


「どうせ喧嘩でも始まったんだろ」


 セイグンタが遠くを見ながら適当に呟いた。

 だがアリカは騒ぎが気になるらしく、門に集まっている人だかりを見て、言った。


「そうかなぁ……? それにしては……なんか、異様な感じがするというか」


「異様な感じ?」ラクォーツが訊ねる。


「わからない。でも、なんか変な胸騒ぎがする。悪い予感って言うのかな……こういうの」


「……」


 アリカの言葉を聞いて、ラクォーツの表情が一気に険しくなった。

 そして、目を閉じて考え込んでから、言った。


「行ってみよう。アリカは今、”雰囲気感知”を持ってるから、何か起きる前触れなのかもしれない」


「ちぇっ、なんかまた面倒クセェ事になりそうだぜ」


 セイグンタはぶつくさと愚痴を零す。

 三人は、騒々しさがどんどん増している”東の門”付近へと向かった。



 三人が門まで辿り着くと、そこには人だかりと、遠くから町の中へと駆け込んできている人々の姿があった。

 プレイヤーとNPCが、必死の形相で走ってきていた。

 どうも、隣の都市から逃げ込んできたらしく、皆、一様に慌てていた。


「何これ……!?」


「逃げてきた奴等か……?」


 駆け込んでくる者達は、ただ慌てているだけでなく、町へと入ると皆、何も話さずにゲーム内から抜けていった。

 人だかりの中から、解放戦に望むらしいプレイヤーが、話を聞こうとする。

 だが、逃げてきた者達の顔は、一様に恐怖に引きつっており、誰が何を話しかけても応えなかった。

 それを見て、ラクォーツは違和感を覚えた。


(これは……)


 町を守っていたらしい、武装したプレイヤーも含まれていたが、武器は無残に破壊されており、身につけている装備も酷く壊れていた。

 そして皆、HPも限界ギリギリまで削られており、恐ろしくボロボロになっている。

 その様子から、どうも”相当に激しい戦い”を行ってきた事が見て取れた。


「一体どうなってるんだ……?」


 セイグンタも逃げてきた者達を見て呟いた。

 彼もアリカも、そして町中の野次馬達も、避難してきた者たちの余りの惨状に驚いていた。

 一体どんな相手と戦えばこうなるというのか? と。

 やがて―――避難して来た者は、一通り町の中へと入り、ワールドアウトした。

 ゲームから出ていく事が出来ないNPCは、ただただ、何も言わずに震えながら、町に居た救護の者達に連れられて、町の中央部まで運ばれていった。

 その様子に、”嫌なもの”を勘の良い者達はうっすらと感じ取っていた。

 余りにも―――”恐怖しすぎている”と。


―――……ッ


「……ん?」


 突然、地面から音が響いた。

 同時に、僅かに地面が揺れたような気がした。


「なっ、なんだ……!?」


「もう一人来るぞッ!」


 野次馬の一人が放った声に、その場に居た全員が街道の向こうを見た。

 すると、雪原の遠くから、こちらへと走ってくる者の姿が目に入った。

 だが―――


「……ん? 何か……もう一つ来てる……?」


「後ろのも逃げてきた奴じゃないのか?」


―――……ンッ


「お、おい……なんか、揺れてないか?」


 何人かが、地面の揺れが先程から継続している事に気付いた。

 そしてその揺れが、”段々と大きくなってきている”事にも。


「地震……?」


「違うぞ、これ……なんか、一定の間隔だ……」


「な、なぁ、後ろから来てる奴、なんかおかしくないか?」


 野次馬の一人が言う。確かに妙だった。

 ここまで逃げ込んできたプレイヤーは、全てがボロボロの状態で、例えば鎧などは所々が破損しており、とても元の形をしていない、というような感じだ。

 今、遠くに見える一人は、それと同じように姿が黒っぽく、ダメージを受けている風だが、その後ろに見える”もう一人”は、あまりダメージを受けている風に見えない感じだった。


―――ズンッ……!


「やっぱり違う。これ、地震じゃない……! 何かが地面を大きく揺らしてるんだ……!!」


―――ズンッ……ズンッ……ズンッ……!


 地震は、はっきりと”何かが起こしている地響き”だというのがわかり始めてきた。

 同時に―――”追いかけてきている者”の異変にも、気付く者が現れ始めた。


「ね、ねぇ……なんか、あれ……サイズ比、おかしくない……?!」


 こちらへと駆けてくる二人。その内の”後ろの一人”が、こちらへと近づくにつれて、どんどん巨大化していく事に、ある者が気付いた。

 その”後ろの一人”は、森に生えている高い樹木の枝葉を、木の背丈そのものを、追い越して行く。

 悠々と大きくなっていく姿は、見る見るうちに森を追い越していった。

 巨大化しているのだろうか? いや違う。

 それは―――最初から”巨大”であったのだ。


「あ、あれは……!!」


 勘の良い何人かが、武器を手に戦闘体勢を取り始めた。

 その時―――その場に集まっていたプレイヤーのウィンドウから、警告音と共にシステム・アナウンスが流れはじめた。


襲来レイド警報。町に排他的モンスターが接近しています。注意してください』


「も、モンスター!? どうしてだ!?」


「襲来警報って……何も見えないわよ!?」


「あ、あれ……は……!!」


 警告が出て、やっとのことでその場に居た半分ほどが気付いた。

 遠くから来ている、いや”もうすぐそこ”まで迫ってきているものがなんなのか。

 そして”二人逃げてきているのではなく”―――片方は、”後ろから追いかけてきていた者であった”という事にも。


「たっ、たっ、たっ! 助けてくれぇッ!!」


 遠くから逃げてきていた”前方の一人”が、大声で助けを求める声を上げた。

 それは、悲鳴のようにも聞こえる声だった。


―――ズン! ズン! ズン、ズンッッ!!


 足音はもはや重い地鳴りとなり、周囲に居た者に恐怖感さえ引き起こし始めていた。


「ぎ、ぎっ、ぎっ……!!」


 ”追いかけて来ている者”は、毛皮で出来ているのか、粗末な服を着ている。

 だが上から革鎧のような、簡素だが確かな”鎧”を身につけており、確実に武装しているのが見て取れた。

 更に、どこから調達してきたのか、兜もちゃんと身につけており、一見すると”バイキング”のような姿にも見えた。

 右手には、身体の5分の1ほどはありそうな大きな石斧を持っている。

 その姿は、今となっては―――腕を伸ばせば、雲に手が届くのかもしれない程に大きく見えた。


「”ギガース”だぁぁぁッ!!」


 それは―――”巨人”だった。


 ■ギガース -Gigas-

 巨人系モンスターの下位種族。「ギガンテス」の名前で有名。ランクD++。

 オーガ、トロルより上だが、サイクロプス、ジャイアントよりは下位の巨人系種族。

 知能も大したものでなければ、特殊なスキルも余り使えず、かといって装備なども殆ど行っておらず、簡素な腰巻をしている程度でしかない。

 しかし、その姿は巨人族であるため、最低でも4mはあり、大きなものは10m近くに達する。

 当然ながら人間から見た時の力は恐ろしく強く、どれだけパワー特化の能力構成を行っていても、力比べはおろか、ソロでは倒す事が難しいモンスターとなっている。

 精神力(MND)が低めであるため、魔法攻撃全般と科術攻撃などが効きやすい。

 逆に単純な物理で倒すのは、最低でも弱体化攻撃を持っていなければ難しいだろう。

 またHPの回復速度を上げる「活発回復」の特性を持っているため、連続攻撃よりも一撃が大きな攻撃を行い、短期決戦を仕掛けた方が倒しやすい。

 魔法などは使ってこないが、エレメント特性を習得している場合があり、その場合はエレメントに準じた能力を持っている。


「じょっ、冗談だろう……!?」


 遠くから近づいてくる”影”は、どんどん大きくなっていた。


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