16:雪山奥へ
仮想現実体感ゲーム「ファシテイト・ファンタジー」から、三人は無事に脱出を果たした。
そして次の日、靖樹は学校で起こった事件を機に「無関係でいる事は出来ない」と脱出の際に「マルール」という少女から頼まれていた「後藤」という者を探す依頼を引き受ける事にした。
再び三人は一同に集まり、その依頼を果たすべく、「後藤」がいるとされるゲーム上の北海道エリア「エゾ」のとある雪山地帯へと赴く事に。
しかし、レベルなどが脱出の際にキャラクターを弄られたためか、大幅に下がっていた為、また出現するモンスターなどが強力であるのに、こちらは事情を知る三人で挑まなければならない為、入念な準備が必要だった―――
(文字数:14012)
セイグンタが、茫然とした声をアリカに投げかけた。
「……それ、振ってみろ」
「えっ?」
16時31分。旅立ちの門を遠くに、午後の時間。
ラクォーツ、セイグンタ、アリカの三人が集まり、”いざこれから出発!”となった雰囲気は、セイグンタのそんな一言から崩れた。
「振ってみろって……?」アリカがきょとんとした顔で訊ね返す。
「背中に背負ってる武器だ。剣なんだから、当然振って使うだろ? どんな感じに使えるのか、ちょっと見てみたいから、何度か振ってみてくれ」
「うっ……べっ、別に良いじゃん。今そんな事やらなくたってさ」
「使えないなら荷物になるから、持って行かない方がいい」
「!」
2人の間にラクォーツが入って言う。
「アリカ。もし本当に使えるなら、持って行った方がいいけど……いや、単刀直入に言おう。君―――とりあえず持ってきただけで、それ、振れるかわからないだろ」
「うっ……そ、それは……」
「こう言っちゃ悪いけど……どう見てもそれを使えるような感じには見えない」
ラクォーツに平坦ながらも迫るような問答を投げかけられ、答えに詰まったアリカだったが―――しばらくすると、観念したように「うん」とやや俯いてから答えた。
「なら、それは家のストレージ(倉庫のようなもの)に戻しに行った方が良いよ。そんな大きな荷物を背負ったままだと、山登りはキツイから無理だと思う」
「でも……もう出発すんでしょ?」
(うっ……)
伏目がちになりながら、アリカはそう訊ねた。
背の小さい少女が行うその動作は、まるで子供が大人に甘えるような感じにも見え、ラクォーツは、心の底の方がくすぐられるような感じがした。
(いっ、いかんいかん……)
頭を振って変なところへと飛んで行きそうな思考を元に戻す。
どうやら―――彼女は、このまま置いていかれるんではないか、とそっちの方を心配していたようだ。
ラクォーツは少しだけ目を閉じて考えてから、言った。
「いや……俺もそこそこの準備を整えては来たんだけど、やっぱり一旦、持ち物を整理したくなったから、街の方へ戻るよ」
「そうした方が良いな。パーティ組むなんて久しぶりだから、作戦も立てなきゃならねェし」
話し合った結果、三人は一度、町へと戻る事になった。
■
見渡す限りの草の原っぱが広がる高原地帯。
爽やかな青空が天に鮮やかな蒼穹のカーテンを敷き、町のすぐ外を羊や牛などの家畜が歩いている光景がやけに似合う牧歌的な町。
そこが「ヨコミ」という町だ。
ここは現実世界の埼玉県にあたる「ムサシ」地方。その北端に位置する町だ。
登録されている人口や、住んでいるNPCの数こそ少なめで、正直な所、町の規模自体は小さい。
だが「出立の門」から一番近い町である事もあって、様々な移動の出発点として重宝されており、人の行き来が意外に多いため、とても活気ある場所であった。
ラクォーツら三人は、北海道エリアへと移動する前に立ち寄っていたこの「ヨコミ」へと戻ってきていた。
「それじゃあ、ちょっと戻ってくるね」
街へと戻ってすぐ、アリカはそう言って入り口付近くにあった円形の陣に立った。
彼女が立っている”陣”は「ワープ魔方陣」というもので、移動手段の一つだ。
これは、地方内にある別の魔法陣まで、一気に瞬間移動を行う事ができるというもので、基本的に町のエリアごとに設置されている。
これを使って「ムサシ」地方の南端まで移動し、そして東京エリアへと入って、またすぐに設置されている陣を使えば、すぐに家の方まで戻る事が出来るというわけだ。
「ああ。俺らはもうちょっと準備をしてくるよ」
アリカは、背中の武器を家の方に戻しにいく為に、これを使って家へと戻ろうとしていた。
ラクォーツが、そんな彼女を見て、思い出したように言った。
「あ、そうだ。アリカ、ちょっと待ってくれ」
「ん?」
「パーティを組んどこう」
「え? なんで?」
「パーティを組んでれば、マップを見たら仲間の位置がすぐわかるようになるからさ。合流する為に、どこかで待つ手間が省ける」
「わかったわ」
そう言うとラクォーツがパーティ募集を周囲一帯に掛けた。
それにアリカとセイグンタが受諾申請を行い、無事に編成は完了した。
「さて、と……じゃあこれで戻ってきたらいいのね」
「ああ。用が済んだら、ここに戻ってきて俺かセイグンタに合流してくれ。俺達はこの町のどっかで、これから移動する為の準備をやっとくから」
「わかったわ」
「あっ! ちょっと待った!」
話が終わり、アリカがワープ魔法陣のコントロール画面を操作して戻ろうとしている最中、
ラクォーツは再び思い出したように声を掛けた。
「えっ?」
「メニュー画面の下のほうにある奴、もう試したか?」
「下……? あれ? なんかあるね」
メニューを見て、アリカはあの”妙なコマンド”に気付いた。
ウィンドウへと手を延ばし、それを動かそうとするが、ラクォーツが慌てて彼女に声を掛けてそれを止めた。
「ああ、ダメだ! それはまだ使っちゃダメだ!」
「なんで?」
「ちょっと人に見られるとマズイ機能なんだよ、それ。後でみんなで試すから、今は使わないでいてくれ」
ラクォーツは、アリカにそう言った。
”キャラチェンジは絶対に使わないように”と。
どうやら、彼女は今しがた気付いたようだが、もし家のほうへと戻しに行って、途中で気付いて使ってしまっていたら、大騒ぎになってしまっていた所だ。
あの練習空間での”事故”は、閉鎖的な場所であったから、なんとか事を収められたが、街中でもし暴発させてしまったら、本当にどうしようもない。
「ん、わかった」
アリカはそう言うと、目の前でコンソールを操作し、緑色の輪のようなものをくぐって消えていった。
彼女の姿が見えなくなった後、ラクォーツの隣に居たセイグンタが言った。
「……なぁ、あの子、ホントに連れて行くのか? レベル……見えただろ?」
その問いに、力無くラクォーツは「ああ」と答えた。
続けてセイグンタが言う。
「流石に、雪山エリアに……”10”の、やっとこさ二桁レベルの奴を連れてくってのは、ちょっとどうかと思うぜ、俺は」
「なら”21”と”29”の俺らなら大丈夫、とでも? 第一、言ったのはお前だろ」
「いや、それは……ムリだけどよ」
「俺らも大差は無いさ。元々、やっぱ必要レベルに足りてないんだよ。仮にあの子がレベル30だったとしても、3人じゃあ奥まで安全に行くのは難しい。だから―――ちょっと弱くたって関係ない。それより、”数”が集まる事に意味があるんだからさ」
「数ねぇ……そんなもんかね?」
「そんなもんさ。2人と3人は全く違ってくる。特に……今回は、事情を知ってる奴しか誘えないんだから。貴重だよ、この”+1”は」
ラクォーツの説得に”どこかいまいち腑に落ちない”という風な小さな溜息を吐いた後、セイグンタは言った。
「それより……今回、どうやって行軍すんだ? あの”雪山”だぜ?」
今回、すぐに出発を行なわなかった理由は、ただ一つ。
それは”明らかに準備が足りていなかった”からだ。
何故なら―――ファシテイトは、町同士を繋ぐ街道を中心に、出現モンスターのレベルが設定されている。そして雪山は、基本的に通常の山エリアと違って山の街道である”山道”が設定されていない。だから必然的に街道からかなり離れた位置となり、徘徊しているモンスターも、相当に高いレベルとなってしまうのだ。
今の状態では、とても普通に探索を行う事はできない。
「レベルがどうやっても足りないんだから、今回は……”潜入作戦”で行こうと思う」
ラクォーツは道具袋の中を弄りながら、下を向いて言った。
「潜入か……余り好きじゃねぇが、しょうがないな」
「っつうわけで、ちょっと金の融通頼むわ」
「はっ!?」
ラクォーツから思いも寄らぬ話を振られ、セイグンタは思いがけず変な声を上げてしまった。
ラクォーツが続けて言う。
「俺はもう金ないんだ。食料とか必須の消耗品系は買ったんだけど、デスペナで所持金が30分の1になってて、肝心の”潜入作戦”やる為の道具を買う金が、どうやっても捻出できなかったんだよ」
「お、おいおい……冗談止めてくれよ。俺だって強化用に貯蓄中だったんだぜ?」
「でも、今はもうレベル足りないだろ? 防具、良く見たら全部下位の装備になってるしよ」
「グッ……」
ラクォーツに痛い所を突かれ、セイグンタは声にならない唸りを上げた。
そして苦虫を噛み潰したような顔のまま、言った。
「~~~ああ……わかったよ。今回だけだぜ」
「助かる。なるべく早く移動したいから、一々金溜めてる暇ないからな」
「しかし……お前も預り屋とか、貸し倉庫とか、そういうのにちょっとぐらい残してなかったのかよ」
セイグンタがぶつくさ言いながら腰に着けている鎧の裏を漁る。
彼は、道具を入れる魚籠の形をした道具袋を、腰の鎧の裏に隠している。
少々取り出しにくくなるが、窃盗を防御する為だ。
「……俺、レベル49だっただろう?」
ラクォーツがそれだけを言うと、セイグンタは察したように眉を額に寄せ、言った。
彼が言わんとしたのは「もうすぐ50だった」という事。
つまり、もう少しで”準上級クラス”へと挑戦する事が可能になっていたのだ。
そして彼は人一倍自分の装備に重点を置いてプレイを行う人間である。
となれば、言おうとした事は―――
「……まさか、”アーティファクト”をゲットしようとしてたのか?」
「ああ。全資金使ってな。だから余分なアイテムは、全部質屋に入れてたんだよ」
”アーティファクト”とは、平たく言えば高い稀少性を持つアイテム。特に装備アイテムの事だ。落とすモンスターが強力だったり、合成して作り出すのに手間がかかったりと、入手難度が異様に高い事で有名なアイテム達で、その代わりに性能も相当に高い。
そして持っていれば、”上級者の証”を意味するものでもあるので、羨望の的となるシロモノでもある。
ちなみに、名前に「≪≫」という記号もしくは、先頭に「★」、「☆」などのマークが付いているので、手に入れる事ができれば一目で判別がつく。
「ちょっとぐれぇ残しとけよ……コレクション用に、なんか持ってたりするだろ? お前もコレクターの端くれなんだからよぉ」
腰に着けている鎧の下をまさぐるような動きをしながら、セイグンタは言った。
「どうしても欲しかった武器があったんだよ……」ラクォーツが言う。
「”★ヘイルスティンガー”か?」
「いや”★火曜星の刃”だ」
「ああ、あれか……」
セイグンタはそれを聞いて、落胆の気持ちがわかるのか”やれやれ”という風に頭を掻いた。
そして彼は、腰の下からいくつかに纏められている紙幣を出し始めた。
「えーっと……これぐらいか?」
「ああ。このぐらいあればいい」
「それで、潜入作戦ってこたぁ、どっちがどっちを集めるんだ?」セイグンタが訊ねた。
「こっちは”パウダー”と”グリス”を集める」
「じゃあ俺は”オイル”と”スプレー”だな」
傍から聞いていると、意味のわからない言葉を交わしてから、二人は一旦別れた。
■
しばらくして―――三人は再び合流した。
街中で壁に寄りかかり、ラクォーツが買ってきた燻製肉をかじりながら、今回の行軍の目的を話しはじめた。
「さて……それじゃあ、道具の準備も一応終わったから、今回の予定をまず、話しておこうと思う」
「予定って……出発してから話せばいいんじゃないの?」
「いや、先に話し合って決めておきたいんだ。特にプレイ可能時間が今回はあるから。前の”あの事故”の時は、考えなくても良かったけど、今はちゃんと”現実”からプレイ中なわけだから、何日もこっちで過ごす、なんてワケには行かない」
「ふぅん」
「ってわけでまず……今の時間は”16時半”。これから、どれ位プレイできそうか、言ってみてくれ。自分は……これから大体2時間半ぐらい。だからおよそ7時間だ」
「俺も同じぐらいだな」
「私も」
「えっ、そんな大丈夫なのか?」
意外にもすんなりとした答えが帰ってきた為、驚いたようにラクォーツが訊ねる。
すると、セイグンタが言った。
「俺は母ちゃんの知り合いがやってるネカフェからインしてる。丁度7時過ぎ位に戻るって事だったから、それまでは大丈夫さ」
「あたしは8時ぐらいでも平気かな」
「お、おいおいおい、君は大丈夫なのかよ? 親父さん、心配するんじゃ?」とラクォーツが言う。
「病院からインしてるから大丈夫だよ」
「病院……?」
「都内の国立病院。そこからだったらインしていいよって言われてさ」
「なるほど……確かにそこなら、大事にはならないだろうな」
「了解取るの大変だったよ」
「そりゃあ心配もするだろ、ニュースで意識不明者が続出してるってんだから。こうやって集まれただけでも運がいいぜ。ヘタしたら、ゲームそのものの利用が強制的に停止させられてても全然おかしくない」
セイグンタが愚痴を零すように言うと、ラクォーツが応えた。
「一応は”事故”で、そして解決に全力を挙げてる、って事になってるからな。これ以上は事故が起こらないって事になってるんだろう。SGMの威信にかけても。それに―――実際、もしファシテイトを停止させるって事になったら大変だ」
「どうして?」アリカが訊ねた。
「そりゃあ、単純にゲームだけをやってるわけじゃないからさ。ファシテイト・ファンタジー……いや、エデンシステムは色んな所で使われてる。仮想空間で行政システムを運用してたり、ビジネスへの転用をしてる企業だって沢山ある。聞いた話じゃあ、防衛省の軍事システムにすら使われてるって話だ。そんなものをいきなり停めちゃったら、それこそ世の中が立ち行かなくなるよ」
ラクォーツの言葉に付け足すようにセイグンタが続けて言った。
「単純に仮想空間で完結してるんじゃなくて、リアルで使う三次元電想パネル作ったりとかも、確かエデンシステムのエンジンの一部を使ってたからな。コンピュータを使ってやる事の殆どが、一気に何世紀も前に戻っちまう。だから停めたくても停めれねーんだろうな」
「学校で使ってる電子黒板とか、ああいうのも?」
「無論だ。仮想インターフェースが使えないから、ただの板になる。昔は……”チョーク”って白い棒みたいモンで、文字を書いて生徒に見せて授業をやってたらしいが、停めたらそういうのに戻るんじゃねーのかな」
「ムリだろう。モノがもう無いよ」
そんな感じで話が進み、一段落した所で、話は本題の「北海道エリアへの行軍」へと移っていった。
「さて―――少し無駄話をした所で。プレイ可能時間もわかった事だし、今回の予定……というか大まかな作戦を確認しておきたいと思う」
「作戦……って?」
「目的と着いてからの探索の方針の確認、って所かな」
「普通に探せば良いんじゃないの?」
アリカが何の気なしにそう呟くように言うと、セイグンタが横槍を入れる。
「いやいや、ムリだって。いいか? これから行くのは”エゾ”って所だ。要するにファシテイトの北海道エリア」
「それはわかるけどさ」
「雪山はな、街道から離れてるから、かなり強いモンスターが出てくるんだ。それこそ、レベル40クラスの奴等が何人も集まってようやく、ってレベルの奴がな。そんな場所を探索するのに、正攻法じゃあとても歩けねぇよ」
「そんなやばい奴等が出てくんの?」
「出てくる出てくる。虎とか熊とか、強敵がこれでもかって感じに出てくる。ノンキに俺らみてぇなレベルで歩いてたら、真っ先に食事のネタに狙われちまうだろうな」
「じゃあどうしたら……」
アリカがそう言うと、待ってましたとばかりにセイグンタが得意げに言った。
「答えは簡単だ。”感知”されないようにしていけばいい」
「”感知”って……何?」
「えっ」
アリカの問いに、セイグンタが口を開けたまま次の言葉に詰まった。
そしてしばらく―――二人の時間が停止した。
その後、黙ったまま、セイグンタがラクォーツへとバトンタッチを行い、暗黙の了解と共に、そこから説明役が交代する事になった。
声には出なかったが、セイグンタからは「頼んだ……」という声が聞こえた気がした。
「”感知”ってのは、要するに”見つかる事”さ。こうやって、見つめ合ってると両方の姿が見えて、そこに居る事がわかるだろう?」
「そりゃ、まぁ……当然じゃないの。見えてるんだから」
「これをファシテイト……いや、ゲームの処理の上では、当然ってものとして考えずに、”視覚感知がなされている”って言うんだ。目で見て、つまり”視覚”で相手を感知。見つけている、認識している状態。目が見えない生き物には出来ないこと、って事でね」
「へぇ」
「他にも……目を閉じて相手が見えなくても、相手の呼吸音とか、動いた時の衣服の擦れる音とかがわかって、おおよその位置がわかったりするだろ?」
「うん」
「そんな風に音で相手の事を知るのを”聴覚感知”。そして、相手の発している臭いを鼻で嗅いで、方向や位置を感じ取ったりするのが”嗅覚感知”。犬が得意って事で有名な奴。そういう風に―――色々な方法で相手の接近や位置を感じ取る事を”感知”って言うんだ」
アリカは感心するような声を上げて、ラクォーツの話に聞き入っていた。
「で……アイテムの中には、姿を隠したり、自分が発する音を消したりするアイテムがあるんだ。それを使って、誰にも見つからないようにしながら、山の中を探索する……ってのが今回の作戦の内容」
「なるべく戦わずに、隠れながら探索するって事ね」
「そう。本当は……レベルを上げて、パーティをある程度の数でちゃんと組んでから、キャラを強化しつつ昼間に時間を掛けて探索する……ってのが一番確実なんだけど、今回はこっちのレベルを上げてる時間が無いから、強攻策でいく、って事だ」
「俺はレベル上げていった方が良いと思うがなぁ」セイグンタが言う。
「でもさ。基本、パーティは5、6人が想定されてるから、3人じゃレベルがもっと必要になるだろ」
「どれぐらい必要なの?」
「全員で合計が”60”ぐらい。とはいえ、これは一番弱い奴等基準だから、実際はもうちょっと上、全員合わせて”250~300”ぐらいは必要になる筈だ。50レベルが5人ぐらいで、余裕を持って戦えるって感じだったはずだから」
「って事は……3人なら1人頭100レベルは必要って事? そんなの無理でしょ」
「いや、三人なら……1人70強ぐらい必要になるかな。どっちにしろ無理なのは同じだけど。25ぐらいまでなら、1ヶ月ぐらい有れば上げられるけど、70とかまで上げるのはどうやっても無理だ。だから……今回は数が少ないのを逆手に取って、戦う事自体を避けて隠密行動主体で行こう、ってのがこの作戦のキモなわけ」
そう言うとラクォーツは道具袋から何かを取り出し始めた。
取り出された手には、薬のビンや細長いビーカーなどが握られている。
「ちなみに……使うアイテムはこの4つ。姿を消す”インビジブルパウダー”。音を消す”サイレントグリス”。そして臭いを消す”デオドラントオイル”。最後に足跡を消す”ウィングスプレー”。これらを状況に応じて使い分けながら進んでいく」
「ちょっと待った。足跡ってどういう事? そんなもんまで消さないといけないの?」
アリカが訊ねると、セイグンタが答えた。
「勿論だ。つうかこれに加えて”冷たい灯り”も用意しとかねぇといけねぇんだぜ」
「”冷たい灯り”……?」
「冷気を使って周囲を照らす青色のランプ”雪魔女の心”ってのがこの4つに加えて要るんだ」
「なんでそんなものが必要なワケ? ってか、足跡とかも感知されるの?」
「される。感知システムは、だいたいさっき言った三つが代表的なものなんだけど、他にも一杯あって、その中には足跡を見つけて追跡してくる奴等もいる。狼とかの獣型モンスターとかがそうだ。更に雪山には―――加えて”熱感知”ってのを持ってる奴等が居る」
「熱……? 火とかに反応するって事?」
「そう。松明とかランプとかが出す”熱”に反応して近寄ってくるって種類のモンスター」
「そいつら対策に温度が上がらない、冷たいままの光源が必要ってワケだ」
セイグンタが割り込みながら言った。
「……変なものに寄ってくるのねぇ」
アリカがそう言うと、ラクォーツが付け加えるように続けて言う。
「他にも逆に冷たいものによってくる”冷気感知”とか、地面とか空気の揺れを察知する”震動感知”、魔法を使ったら反応する”魔法感知”、果ては仲間がダメージを受けたら感知する”痛覚共有感知”なんてのもある」
「赤外線とか電気、磁気もあったよな」
「ああ」
「そ、そんなに一杯あるの?」
驚くアリカに、セイグンタは更に得意げに言う。
「まだまだ一杯あるぜ? 特定の種族だけ感知するとか、生物なら何でも感知するとか、金属音にやたら敏感だったりとかな」
「う~ん……」
「まぁ、今から行く雪山は、とりあえず視覚と嗅覚に気をつけてればいい。スプレーは効果時間が長めだから、気にしなくても大丈夫だし、熱感知をやる奴等は昼間はそんな出てこないから」
■
「まぁとにかく、それで……どちらにせよ一度、その”雪魔女の心”を売ってるエゾの街に寄っていかなくちゃいけないから……今日の予定としては”出立の門”のワープ機能を使って街まで行って、そこで装備を整えてから、山のふもとにまで着いていれば良いかな、って感じだ」
「今日は探索までは行かないの?」
「そこまでは多分行かない。道が無いから登るだけでも大変だろうし。夜までズレ込むと後々大変だから、やるのは次だ。丁度……明後日から三連休に入るから、その日を使って一気に探索をやりたいと思う。作戦の性質上、あまり長く時間を掛けられないし」
そこまで言ってから、ラクォーツが心細げに呟く。
「ただ……問題は……」
「アイテムを消耗しきる前に、その”後藤”って奴を見つけられるかどうか、だろ?」
セイグンタがフォローするように言った。
「ああ。かなり目一杯買い込んだ事は買い込んだけど、マップの範囲が広すぎて……せめて目印か何かがあればわかりやすかったんだけど」
「ま、やってみるしかないでしょ!」
「そーだな。ダメならデスリターンでもなんでもやりゃあいいし」
「デスリターンって?」
「わざと自滅してから、前に設定したホームポイントまで一気に戻る事だ。ちょっとEXPが減っちまうが、自分でHPをピッタリ0にすれば、少ないリスクで一気に設定した所まで戻れる」
「いや、それは止めとこう」
「えっ? どうしてだ?」
「死んでも復活できるかは、まだわからないからさ。ここまでシステムとかが元に戻ったんだから、多分大丈夫だとは思うけど……一応、用心に越した事は無い」
「なるほど……」
「とりあえずまぁ、確認する事はこのぐらいかな」
「それじゃ、出発するのね!」
「いや、クラス設定とかを変えておく。特に―――アリカ、君だ」
「えっ?」
三人はそのまま、ヨコミの町中心部にある”市役所”を模した施設まで移動する事になった。
■
「来たのは来たけど……こんなトコで何すんの?」
三人は市役所を模した施設……というよりは電想世界上の市役所そのものの場所へと来ていた。
ファシテイトでは、公営施設のいずれかでクラスチェンジなどの、大掛かりなキャラクター設定を行える事になっている。
市役所もその一つに含まれており、こういった場所で自分のクラス設定とパラメータ設定を行う事が出来る。
「前にデア……じゃないセイグンタが言っただろう。クラス設定で能力は大きく変わってくるって。今回は潜入作戦だけど、ちゃんとそれに合わせた能力構成にしなきゃダメだ」
「どんな風にやればいいのよ。あたし全然やった事ないよ」
「大体どんな感じのクラスにすればいいか言うから、その中から選んでくれればいい」
「ほーい」
ラクォーツとセイグンタが二人してアドバイスをしながら、アリカのクラス設定を完了させた。そして、それを踏まえて残りの二人も話し合いながらクラスを設定し、パラメータも振り直した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ラクォーツ/ガムダッシュ/合成騎士
(”合成騎士”+”山猫兵”+”一般傭兵”+”準中級戦士”+”工作技師”)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
スキルは「ナイフ戦術基礎」、「鉱物加工」、「戦技LV3」、「特殊工作」、「中級鑑定」など。
パラメータはバイタリティ、感応、敏捷性に。防御を落とさないようにスピードを上げた形。
その分、攻撃ボーナスが低めになっている。
以前から重視してきたアイテム調達用の耐久力メインの構成。
万能型と言うには微妙だが、大抵の事は行えるようになっている。
戦闘面は、ナイフスキルを用いての近接攻撃をメインとして、
道具を使っての補助を行うスタイル。
また合成術師の職能として「合成術」を持つ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■セイグンタ/人間/エスニックザムライ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
クラスは”エスニックザムライ”+”剣客”+”流浪人”+”マッパー”+”鍛冶師”。
スキルは「汎用剣術」、「剣舞」、「剣闘技」、「気配察知」、「鷹の目」。
パラメータは腕力、バイタリティ、感応、反射。本人の好みから攻撃型になっている。
鍛冶師を入れているが、これはバイタリティの底上げと装備のメンテナンスの為。
生産と調達を余り行えないので、他の手を借りる必要があるが
戦闘面が代わりに充実している。
剣を用いた戦闘系特化の構成である為、至近・近接戦闘に特に強い。
またエスニックザムライの職能として「順応」を持っているため
環境の変化によるマイナス効果を受けにくく、安定して行動する事ができる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■アリカ/人間/魔盗賊
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
クラスは”盗賊見習い”+”源子使い(魔)”+”採集士”+”工作員”+”二刀剣士”
スキルは「盗術」、「源子操作基礎」、「アイテム感知」、「初等魔法」、「二刀剣術基礎」など。
パラ振はバイタリティ、敏捷性、反応。耐久力重視めの構成。
スピードを高めに設定し、スキル上げをメインにしている。
戦闘面はほぼ捨ててあり、完全に感知、移動能力特化。
盗賊の職能として「雰囲気感知」を持っている。
周囲の雰囲気を感じ取り、次に起こる事の方向性をある程度推測する事ができる。
「こんな感じかな。今回は戦闘能力を少し下げて、フィールドでの機動力に重点を置いた構成だ」
構成を振り返っていると、アリカが訊ねた。
「ねぇラク。人間はわかるんだけど……”ガムダッシュ”って何?」
「(ら、ラク?) ファシテイトでの人種の一つさ。黄色目のピンクか、褐色肌の人種で”アジア人”をモチーフにしてる。背が低くて魔法能力が低めなんだけど、代わりに手先が器用でバイタリティがある。ちなみに白人が”パラフィンダス”、黒人は”アイルフランカ”って名前になってる」
「エルフとかは無いの? エルフやってみたいんだけど」
「ある。けど……エルフ、もといアルフとかドワーフは、NPCとして存在してるだけで、長い間プレイヤーとして実装はされてないんだ。空想の種族だから、身体の構造が異なってて、作りこむのに時間が掛かるから後回しになってる、とか言ってね」
「へぇ……」
アリカが感心するような、がっかりするような声を発すると、ラクォーツが言った。
「さて、これで道具もクラス設定も完了だ。本当なら、ここで出発したいんだけど……」
「まだ何かあるのぉ?」
「一番大事なのが残ってる。ちょっと移動しよう」
そう言って、ラクォーツを先頭に、三人は再び移動を始めた。
■
歩き始めて、4、5分ほど経っただろうか。
三人がやってきたのは、町のとある建物の地下。そこにある”穀物倉庫”だった。
ここは、人気が非常に少ない場所だ。
何故なら、置いてある麦の束やかなり前から置かれている保存米が詰まった”米俵”を、たまにNPCが取りに来る程度しか人の行き来が無いからだ。
勝手に持っていくことも可能ではあるが、価値が殆ど無い為、ネコババする手合いすら見かけない、そんな閑散とした空間。
だが―――聞かれては困る話をするには、非常に都合の良い場所でもある。
「こんな所にやってきて、何すんの?」
「”キャラチェンジ”を試すのさ。外でやるには人通りが多いから」
「ああ、さっき言ってたヤツね……これって、結局どういう奴なのよ? 前に見た時は無かったと思うんスけど」
「あるわけねぇだろう。キャラは1人1キャラだ。元々複数持てないようになってる」
セイグンタが嗜めるように言った。
ファシテイトで使用する事が出来るキャラクター、もといアバターは、原則”1人1キャラクター”となっている。
これは、全世界の人々がユーザーとしてファシテイトをプレイしているので、登録者数を抑えるために行われているという話だ。
「じゃあなんで……?」
「多分……これがあの”パッチ”の本当の効果なんだよ。元に戻すだけじゃ無くて、”追加”でこういうシステムが使えるようにもなるようになるパッチ」
ラクォーツは、一応、入ってきた出入り口に鍵を掛けた。
そして、キャラチェンジのメニューを選択し、起動させた。
すると―――先程と同じようにシステム・アナウンスが鳴り響き、ラクォーツはオーク「グンバ」の姿へと変貌していった。
「こういう事なんだぁ」
「え……またモンスターになれるっての?」
「んだ。とりあえず、二人共オラと同じようになってみてくんろ」
そうグンバが言うと、二人は同じようにキャラクターチェンジを発動させた。
『マスター・コマンドが選択されました。”存在原核”を変更します。コマンド実行名【キャラクター・チェンジ-RAIZON EXCHANGE-】』
アナウンスが響くと、彼らの身体の回りを”青白く光る帯のようなエフェクト”が包み、それが弾けるように消えると、2人は以前の”モンスターの姿”へと変わっていた。
「うっわ……一気に背が低くなったわ」
「身体の軽さがやっぱ全然違うな」
2人共、再びモンスターの身体へと戻り、独特な身体の感触を確かめる。
そして一通り前と同じである事を確認すると、デアルガがグンバに訊ねた。
「さて、それで……こっからどうすんだ? 第一、戻れるのか、これ?」
「戻るのは同じようにコマンドを選択して起動させればいいだ」
グンバは目の前でもう一度キャラクターチェンジを発動させて、人間の姿へと戻った。
2人もそれに習い、同じように人間の姿へと戻ろうとパーソナルビューを動かそうとした。
だが、ラクォーツが慌ててそれを停めた。
「あっ! ちょっと待った! そのままで!」
「あン? なんだ?」
メニュー操作を停めると、ラクォーツがまたグンバへと戻っていく。
「お前、何がしたいんだァ?」
「……もう一個のメニューを試すんだぁよ」
「もう一個? ……そういや”ランクアップ”ってのがあるが」
「これ、人間のモードのときに弄ってもウンともスンとも言わなかっただ。それで……もしかしてって思ったんだけんども……」
「なんか”別のキャラクターになりますか”って出てくるよ?」
キッチェがウィンドウを操作しながら呟いた。
それを聞いて、グンバとデアルガも目を見合わせた。
そしてすぐさま同じようにメニューを動かしてみる。
すると―――
『マスター・コマンドが選択されました。モンスター・ランクを変更します。【ランクアップ-RANK UP-】』
そうアナウンスが鳴り響くと、グンバの目の前にいくつかのモンスターの姿が表示された。
その姿は、どれも同じオークだったが、微妙に姿が異なっていた。
名前も、そして―――ステータスも。
『【魂核強化】を行います、対象のモンスターを選択してください』
「……これ、多分”進化”のコマンドだぁ……」
「お、オイオイ、すげぇな。上位のモンスターになれるってワケかよ!? ”リッチ”とか”ボーン・ソードマスター”とかになれたら、とんでもねェぜ」
「いんや……今は、あんまり大したのにはなれないっぽいだ」
グンバは目の前のウィンドウ・パネルを見ながらそう呟いた。
目の前に並んだモンスターの名前を見るが、どれもまだまだザコの域を出ていないものばかりだ。
恐らく―――自分のレベルに応じたモンスターへと進化する事しか出来ないのだろう。
「強力なヤツになるには、レベルが足りないか、もしくは何か他の条件が足りないのか……」
グンバは、拍子抜けしたのか、安堵したようにも見える溜息を、小さく吐いて言った。
だが、デアルガは代わりに打って変わって、珍しくはしゃぐような声を上げっ放しだった。
「うひょぉぉぉっ! こういうのメチャ好みだぜぇっ! さてさて……何になってみるか……!」
「ちょっと待つだ。今は止めといた方がいいだよ」
「なんで?」
同じようにパネルを動かして進化を行おうとしていたアリカが言った。
「別のキャラになったら元に戻れるかわからないからだぁ。迂闊に進化を行うと、別キャラ扱いになって、また戻れなくなる可能性があるだ」
「そうかなぁ? いくらなんでも心配しすぎじゃない?」
「まぁ、用心に越した事はないだよ。せめて、エゾ・エリアに着いてからにした方がいいだ」
「……そうだな、適当に進化しちまうと、最終進化形態になれないかもしれねェし」
(いや、それはわからないけんども……)
そんな呟きを交えつつ、未確認だったコマンドの正体を確かめる事もひとまず終了した。
■
全ての確認作業が終了し、今度こそ”いざ、ワープゲート”へと、三人は町外れへと歩を進めていた。
だが―――その途中、グンバはふと、気になるニュースを耳にした。
「おい……エゾの件、聞いたか?」
「ん?」
彼が足を止めたのは、町の中央にある大型の液晶版の前だった。
大きなウィンドウが浮いているようなそれには、掲示板のような機能があったり、ニュースの映像が流れいたりと、色々な情報が随時流れている。
そして―――その利便性から、いつも人が集まっている場所ではあるのだが、今日はいつもとは比べ物にならないほどの大人数が、その大型液晶版の前で人だかりを作っていた。
「ちょ、ちょっと待った。なんかやってる」
「ん?」
ラクォーツが止まると、他の2人も止まり、大型液晶の方を向いた。
すると、そこには信じがたいニュース映像が流れていた。
『―――現在、付近の都市の治安維持部隊が応援に向かっていますが、戦況は芳しくないようです。繰り返します……』
「何があったんだ?」
ラクォーツが誰ともなしに訊ねると、ニュースを最初から見ていたらしい野次馬の一人が答えた。
「エゾ地方の町が、ゴブリンの大軍団に落とされちまったんだってよ」