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14:暗所の会議と偉大なる者達

 仮想現実体感ゲーム「ファシテイト・ファンタジー」から、荒金靖樹、天堂御津貴、世々乃喘里の三名はワールドマスター「マルール」の力を借り、無事に脱出を果たした。

 彼らが脱出し、久しぶりに安堵の眠りに付いた夜。

 ゲーム世界のとある場所にて、人知を越えた謎の存在が、集い始めていた―――

(文字数:15467)

 靖樹ら三人が現実世界へと戻れたその日の真夜中。

 誰も知る事の無いとある暗所に、暗闇だけの空間が広がっていた。

 そこに光が一つ、灯った。

 同時に、その真っ暗な世界に少女の声が響いた。


「あ あ……レク レフ」


 声の発生源には、上半身だけの姿をした少女が居た。

 身体が固定したまま浮かんでおり、何かに乗っているような感じだが、下半身は見る事が出来ない。何故なら、その姿はおぼろげで、まるでガラスのケースに入っているような、不思議なエフェクトを帯びていたからだ。”霧”のようなそれで、下半身は隠れており、上半身だけが浮かんでいるように見えていた。

 彼女は、透き通るような白い肌にドレスのような服を身に纏っており、髪はふんわりとした金色のミドルヘアをしていた。そして、目は海のように蒼かった。

 その見た目はいかにも”薄幸の少女”と言った感じだ。


「いる の ?」


 彼女の声が暗闇に響くと、別の一点が新たに照らし出された。

 すると、一人の少年の姿が暗闇の世界から浮かび上がった。


「ああ。いるよフレイ」


 ”レクレフ”と呼ばれた少年は、同じく少女へ”フレイ”と返した。

 これが彼らの名前のようだ。

 少年は、非常に整った顔立ちにややパーマのかかった捻れた短めの黒髪をしており、現代的な服装を纏っていた。年恰好で言えば、おおよそ15、6歳ぐらいだろうか。

 丁度高校1年生前後程度のような”大人でも子供でもない”という雰囲気を纏っている。

 彼は黒い石のようなもので出来た椅子に座っていた。

 表面が黒光りしており、慣れないと座り心地が余りよく無さそうな椅子だ。

 全体的に豪華な細工がなされており、背もたれが椅子の何倍もあった。


「緊急 召集 って 聞いて イメージ 送った けど」


 ”フレイ”と呼ばれた少女は、声を出すことが苦手なのか、それともこういう話し方しか出来ないのか、途切れ途切れとなっている声で話していた。


「用件 は なに ?」


「まぁ、ちょっと待ってくれ。他の者たちが来てからさ。ただ……一つ言っておくと、

本題は……そこにいるプリブラムに関して、だよ」


「プリ ブラ ム ?」


「……」


 フレイは、レクレフが顔を向けた方向へ同じように視線を向けた。

 するとその先で再びスポットライトのような光が点き、一人の背の低い少年の姿が現れた。

 ”プリブラム”と呼ばれたのは、少々額が広い金髪の少年だった。

 憔悴しているような、項垂れた様子で、彼はレクレフと同じ椅子に座っている。

 その広いおでこには、何かの図が描かれていた。

 一見すると、ナスカの地上絵における”翼を広げた鳥”のような図だが、非常に精緻なつくりの絵で、電気回路のような細長い線が上下左右に伸びていた。


「お 久」


「……」


 フレイがプリブラムへ、腕を上げて親しげに呼びかける。

 だがプリブラムと呼ばれた少年は、不機嫌そうに口を結んだ表情のまま、黙っていた。


「では、出欠を随時取っていこうかな。フレイ。会議の進行係をお願いしてもいいかい?」


「いい けど」


「では、頼むよ」


「みん な 来る の ?」


「ああ」


「楽し み。会う の 久し ぶり」


 フレイは目の前にやや大きめのパネルを開き、そこに今居る三人の名前を書き込んでいく。

 どうやら黒板か、メモ帳のようなものであるらしい。

 やがて少々時が経つと、真っ暗な暗闇の一部が縦長の長方形に切り取られた。

 そして一人の人影が一瞬、開いた場所に映る。

 白い長方形が閉じられ、少しの空白が開いた後―――スポット・ライトが、離れた場所に点灯した。同時に、青年の姿が光の中に浮かび上がった。

 それを見て、レクレフが名を呼んだ。


「ジーク。やっぱり君は早いな」


 浮かび上がった青年は痩身長躯で、中世の貴族のような角の目立つ服装をしていた。

 発光が収まると、容姿が更に詳細に浮かび上がる。

 彼は明るい緑薄色の、肩よりも下に伸びるほどの長髪を携えている。

 年齢は20~23ぐらいだろうか。大人びており、高い鼻と鷹のような鋭い目をしていた。


「緊急、と聞いてはな」


 ”ジーク”と呼ばれた者は、外見もさながら、声もややしゃがれており、まさに”大人”と言った感じを漂わせていた。

 レクレフは、とても落ち着いた声でジークと呼ばれた青年に声を掛けた。


「丁度良かった。先に君と話しておかなくちゃならない事があってね」


「なんだ?」


「”例の件”さ。……フレイ、ちょっとプレイベートな話をさせてもらうよ」


「わか った」


 そう言うとレクレフは、椅子に座ったままの状態でジークへと近づいていった。

 そして誰にも聞こえない位置に来ると、何かを相談し始めた。

 その会話を、”フレイ”と呼ばれた少女は見ていた。

 会話は、かなり接近して行われているので聞こえないが、二人の様子からは、心なしか焦っているような雰囲気がしていた。

 だが―――レクレフとジークの二人は、ふと、何かに気付いた。


「アレクかい?」レクレフが虚空へと訊ねる。


 彼が虚空へと声を掛けると、光が煌いた。

 虹色の円形のものが、まるでシャボン玉のように膨らんで、弾けた。

 そして、その中から一人の少年が姿を現した。

 非常に小柄な少年で、歳はプリブラムよりも更に子供と断言できるほど小さい。

 おおよそ9歳か10歳ぐらいの、幼稚園から小学校にやっと上がれる年齢程度に見えた。

 彼は頭に沿うような形状の髪型をしており、色は深い紺色だった。

 そして、銀かプラチナか、白く光る髪留めのようなものを一つ付けている。

 服装は、一見すると彼も先程のジークのように、貴族のような格好に見えた。

 だが、あまりそれに豪奢さはなく、威厳のようなものが代わりにある。

 どうやら―――彼の服は貴族の衣装ではなく”軍服”のようだった。

 ”アレク”と呼ばれた少年が、閉じていた目を開くと、その瞳はとび色をしていた。


「ああ。召還の報を聞いて来たんだけど……一体どうしたのさ? 珍しく」


「もうちょっと待って欲しい。話はみんな来てからさ」


「みんな、って……”偉大なる9グレートナイン”全員が来るのかい?」


「いいや。まぁ、待っていてくれよ。恐らく10分も掛からないはずさ」


 そう話していると、周囲に生暖かい風と共に巨大な威圧感が満ちてきた。

 同時に、真紅の色をした気配が、真っ暗な空間を駆け抜けた。

 その場に居る全員がそれを感じ取り、その発生元の方向を見る。


「ほら、早速来た」


 レクレフが呟くように言うと、次の瞬間、黒い空間が十字に引き裂かれた。

 そして空間がズタズタに開かれた場所から、一人の人影が黒い空間の中へと身を躍らせた。

 ”それ”が黒い闇の中に降り立つと、同時にライトが点き、その姿が浮かび上がった。

 引き裂かれた空間は、慌てて再度布が縫われるように閉じていった。


「や、エズデッダ」


 光に照らされた場所には、一人の少女の姿があった。

 ゴシック調の、スカートが膨らんでいる深緑色のドレスに身を包んでおり、一見すると優雅そうな容貌だが、よく見ると服にはおびただしい量の血痕の跡が、生々しく付着していた。

 まるで”今しがた血飛沫を浴びてきた”と言う感じだ。

 頭には、何故か円筒形の帽子か兜か、よくわからないものを深く被っていて、口元と小さな少女の鼻が僅かに見えるだけで、目元は隠れている。

 被っている物は、金属の照りを僅かに放っている所から、一見すると”大きな鍋”のようにも見えた。そして、その被り物の下からは、美しい薄い紫色の髪が漏れ出ていた。

 ”エズデッダ”と呼ばれた少女は、レクレフの方を向いて、金管楽器のような通る声で言った。


「あれ、もうみんな集まってるの? 少し遅かったかなぁ」


 彼女の身体を一瞬、真紅色の電流のようなものが流れると、服についていた血痕は蒸発し、濃い染みとなった。同時に、ひどく濃い鉄分の臭いが周囲一帯に撒き散らされた。


「いいや、充分早いさ」


 レクレフがプリブラムの方へ視線を向ける。

 彼は不安そうな表情を浮かべて、周囲を見回していた。

 何かを恐れているような、どこか心細そうな感じだ。


「あと……”彼女”だけか」


 そう言ってレクレフが指を鳴らすと、集まった者達全員のすぐ真横が突如隆起した。

 暗闇の中で”何か”が集まって凝固し、物質となり照りが宿っていく。

 それが彼の意図する形状へと一人でに削られ、へこみ、形が整っていった。

 そして―――レクレフが座っている物と同じ椅子が作り出された。

 それに全員が座ると、同時に、周囲が再び異様なエネルギーで満ち始めた。


「……来たね」


 転瞬、黒い稲妻が虚無の空間にどこからともなく招来し、激しく周囲を照らした。

 そしてどす黒いエネルギーの放出が終わると、その後には一人の人影が立っていた。

 その場に来た者達と同じように、”それ”にもスポット・ライトが点き、姿が浮かび上がった。

 ”それ”を見て、プリブラムが震えながら声を発した。


「あっ! アイ、姉さん……!!」


「来てくれて有難いよ。アイ……」


 レクレフの言葉を遮るように、やって来た”それ”が白い杖のようなものを振り上げた。

 すると突然―――呻き声が上がった。


「うっ!? か、は……ッ!!」


 声の主はプリブラムだった。

 喉を押さえて、息を漏らしながら必死に何かに抵抗している。

 彼の喉元は、大きな手形がくっきりと浮かび上がり、締め上げられていた。

 だが彼の喉には、彼自身の手以外、何も触れているものはない。

 ”見えない何か”によって、首を締め付けられているのだ。


「聞いたぞ。よくもまぁ……ノコノコと顔を出せたものだな。私に恥を掻かせるテストでもしているのか?」


 冷たく、淡々としつつも、苛立ちを混じらせた声が周囲に響いた。

 それにプリブラムは、搾り出すような声で応えた。


「ごっ、ごめ……ッ! ごめ、ん、なさ……い……ッ!」


 プリブラムへと腕を向けているのは”少女”だった。

 彼女は、全身を軽鎧で覆っていた。

 肩、腰回りを除く全身を覆っており、構造的には女性用の水着のような感じだ。

 盛り上がった金属の部分から僅かに見える肌は陶器のように白く、髪型がオールバックであるせいか、肌の白さが強調されている気がした。

 プラチナブロンドの流れるような美しい長髪をたなびかせており、顔は高い鼻に切れ長の目をしていて、凛とした雰囲気を漂わせている。

 瞳は、血を沸騰させたかのような、とてつもなく濃い赤色に輝いていた。

 それだけならば、とても美しい騎士の姿をした少女、と言うところだろう。

 だが彼女には―――”四肢”が無かった。

 肩の先と、太ももの先端辺りまでは肉体があるが、その先には白い骨しかない。

 更に手首と足首から先の部分も無く、一見すると細長い骨が突き出している案山子かかしのような姿だった。

 身体は僅かに浮遊しており、宙に浮かびながら、ふらふらと上下に揺れている。


「アイザイア。そこらへんにしてくれないかい」


 レクレフが諭すように言うと、仕方なく、と言った風に”アイザイア”と呼ばれた少女は腕を下ろした。同時に、プリブラムを襲っていた戒めも解かれた。

 彼は、喉に掛かっていた力が解放されると同時に、慌てて呼吸を整える。

 顔色は青くなっており、汗だくの状態だった。

 気道が狭くなりすぎているようで、呼吸のたびに擦過音が漏れ出ている。

 どうやら、相当な力で首を締め付けられていたようだ。


「はぁっ、はぁ……」


「……」


 アイザイアは苦しむプリブラムをよそに、今度はレクレフの方に冷たい視線を向けて言った。

 彼女は、椅子には座らなかった。


「レクレフ。緊急召還など……どういうつもりだ?」


「まぁまぁ、とにかく座ってよ。これから話すからさ」


 そう言うとレクレフは立ち上がり、全員を見回す。

 ここに集まっている7人は、いずれも皆、姿がややおぼろげだった。

 彼らは、いずれも”実像”ではないのだ。

 遠くから映像を送っていたり、分身か、それとも幻なのか。

 皆、遠くから話しているために、妙な状態となっていた。

 ”一人を除いて”だが。

 それが気になったのか、レクレフは言った。


「……とはいえ、アイザイア。別に”本体”ごとじゃなくて、”ソウル・イメージ”を送ってくれるだけでよかったんだけど」


「私もイメージだけだぞ? レクレフ。理力フォースで構成しているだけだ」


「えっ?」


 アイザイアが応えると、レクレフは驚いた風に声を発した。

 そして再度、目を凝らしてアイザイアの方を見た。

 すると―――僅かにだが、一定時間ごとに容姿の端から欠片が飛ぶように見えた。

 彼女もまた”本物”ではないようだ。

 それを確認すると、感心するような声と共に言った。


「……あ、本当だ」


「空間構成の精度が甘いのではないか?」


 アイザイアはギラリとした目で、レクレフの方を睨みつけるように見つめて言った。


「それとも―――”これを感知できないような状況”なのか?」


 ―――何者をも信用していない。

 彼女は、そんな目をしていた。


「……今度見直しておくよ」


 罰が悪そうにレクレフが座ったまま、額を指で擦る。

 すると、ジークがアイザイアに向かって言った。


「相変わらず、寒気をほとばしらせるのが酷く上手いな。君は」


本体デウス・ボディ原影ソウル・イメージの違いもわからん方が悪いと思うがな」


「……」


 アイザイアが指摘するとジークは黙り込む。

 彼女は、続けて挑発的とも取れるような台詞をジークへと返した。


「違うか? ゲオルク」


 場の空気が微妙に冷え込み、険悪な雰囲気が漂い始める。

 それを察知してか、レクレフが慌てて仲裁に入った。


「ま、まーまー。そんな喧嘩しないでって。僕が悪かったよ。ちょっと急ごしらえ過ぎたみたいだったから。ね?」


 彼がそう言うと、両者は納得できない雰囲気を漂わせつつも、それ以上は何も言わなかった。

 レクレフは、場を一旦仕切り直す事が出来たのを確認すると”本題”を切り出し始めた。


「さて……それじゃあ、始めようか。僕にプリブラム。そしてフレイ、ジーク、アレク、エズ、アイ、全員揃ったみたいだからねぇ」


 レクレフがそのまま話し始めようとすると、アイザイアが威圧感をたっぷりと含ませた声で、レクレフの言葉を遮った。


「待て」


「……なんだい? アイザイア」


「ソーンダイクとマルールの姿が見えん。彼奴等はどうしたのだ?」


「……」


 彼女に問いかけられると、レクレフは言葉に詰まった様子を見せた。

 それを不審がって、アレクも続けてレクレフに訊ねた。


「そう言えば……てっきり9人全員集まると思ったのに、この7人だけなのかい?」


 すると、彼は言いにくそうに言った。


「あー……えーとねぇ、その件なんだけど……実を言うとさ、プリブラムの件もそうなんだけど、今言われた件もちょっと大きな事でさ。話す機会を待ってたんだよ」


「どう いう 事 ?」


「……単刀直入に言うけど―――」


 フレイが訊ねると、一拍開けてからレクレフは静かに言い放った。


「彼ら二人には”退場してもらった”。だから、彼らが来る事はないんだ」


「―――何?」


 レクレフがそう言い放つと、場に緊張が走った。


「え、もしかして殺っちゃったの?」


 エズデッダが無神経に問いかけると、それが引き金になったのか、アイザイアとアレクがやや荒げた声を発した。


「どういう事だ、レクレフ」


「まさか……君は……!!」


 彼らがそう言うと、二人の感情に場が反応したのか、周囲に地響きのような唸りの音が鳴り始めた。同時に、錆付いた金属の歯車が無理矢理動かされるような音が鳴りはじめ、蜘蛛の糸の様な、白いものが二人の周囲に作り出されていった。

 それは―――”亀裂”だった。

 二人の苛立ちか、それとも怒りか。ピリピリとした刺々しい感情が剥き出しになった事で、とてつもないエネルギーが放出されているのか―――周囲の空間が壊れかけているのだった。

 それを見て、フレイが言う。


「やめ て 喧嘩 しな いで」


 彼女は、必死に二人にそう言って、場が高揚していくのを止めようとする。

 だが全く二人は意識を引き下げる気が無いようで、空間が裂けていくのが止まらない。

 それを見かねたのか、続けて彼女は言った。


「やめ ない と 私―――本気 出す」


 その言葉と共に、更に場に一つの巨大な存在感が出現し、一気に周囲の暗い空間が破壊されていった。レクレフがそれを見て、慌てて三人に声を掛ける。


「ちょっ、ちょっと待った。待ってくれよ。そんなピリピリしないでくれ。別に危害は加えていないんだから」


「それは齟齬そごの発生する言い方ではないか?」


 レクレフの言葉にジークが付け足して言う。

 レクレフは、片目を手で押さえ”痛い所を突かれた”と言う風に顔を一瞬しかめてから、続けて言った。


「~~~、じゃあ言い換えるよ。彼らの存在自体にダメージを与えるような事はしてない。だからとにかく、もうそこらへんにしてくれ。このままじゃここが壊れる」


 レクレフが必死にそう三人に呼びかけると、アレクは椅子に身体を戻した。

 アイザイアも放っていた威圧感を引っ込め、フレイも場が静まった事を確かめてから、最初のように通常の様子へと戻った。

 レクレフが天井を見上げると、空間の上方は完全に破壊されており夜空が見え始めていた。

 その様子を見て、彼はうんざりするように呟いた。


「あーあ……もう……メチャクチャになってるじゃないか……」


 今、7人がいる周囲の暗闇の部分も壊れており、外のネオンの光が見えていた。

 どうやら―――この空間は、電想世界の”都市部”のどこかに作られていたようだ。

 とてつもなく高い、どこかのビルの屋上だ。

 レクレフが続けて言った。


「いくらイメージ体とはいえ、力加減は考えてくれよ。領域隔絶は機能してるみたいだけど、本気を出されたら持ち堪えられるかわからないんだからさぁ」


「それより、ゼフーとマルールはどうなったのか、説明を求めるよ」


 アレクが訊ねると、場に居た数人が、レクレフを批難するかのように見つめた。

 その視線に耐えられなくなったのか、彼は目を閉じて、白状するように言った。


「ちょっと封印みたいな処置をしたのさ。ジークに協力してもらってね」


「ジークに?」


 その場に居た者達が、一斉に緑髪の男に視線を移した。

 ジークは目を閉じて、黙ったまま何も応えなかった。


「何故独断で決めた」


 アイザイアが冷たい瞳をレクレフへと向けて、訊ねた。


「この方がいいと思ったからさ。君らからしても同じだろう? 勝手に行動した件は詫びるけど……ここに居る誰からしても、今、これからしばらくは、彼らが居ない方が都合がいい」


 全員に問いかけるように、レクレクは言った。


「―――違うかい?」


 レクレフが全員に向かってそう言うと、奇妙な静けさが一瞬、暗闇の空間内を包んだ。


「それはそれとして……仲間に手をかけるなんて……」


「看過できない事なのはわかってるよ。……でもさぁ、彼らの言い分を聞いてたら、いつまでも姉さんには会えないんだよ? 当然―――”あの人”にもね」


「……」


 レクレフがそう言ってちらりとアイザイアを見た。

 その言葉に、彼女は何か思い至る部分があったのか、目を閉じて言葉を止めた。


「それに、別に殺したり消去したりしてるわけじゃない。ちょっと眠ってもらってるだけさ」


「……レク レフ 変わ った」


「ん?」


 フレイがレクレフへと言う。


「あな た は 強引 な 所 も あった けど、 こん な 無理 を する人 では なか った」


「……いい加減、待ちくたびれたってのもあるのさ」


「独断だったのもそうだけど―――説明が足りてないね」


「ん?」


「これは―――全員の信頼にヒビを入れる行為だよ」


 ”アレク”と呼ばれた深い紺色の髪の少年が、レクレフの方を見て言った。


「僕らは、全員が全員に対して”相互不可侵”であり”不可抗力”である。そう、以前決めたはずだ」


「……」


「だから、君は全てを説明する義務がある」


 アレクは身体を曲げ、前かがみのような姿勢になると同時に、腕を組んでから言い放った。


「どうやって彼らを―――”封印”なんてしたのさ?」


 アレクの目は、いつしか金色に輝き始めており、人のものではなくなっているように見えた。

 その質問を問いかけられ、レクレフは僅かに眉を動かしたが、余り動転した様子もなく、説明を始めた。


「種を明かすと、そんなに難しい事じゃないんだよ。かなり前になるけど……種族特性の穴について説明をしただろう?」


「種族特性の穴?」


「【抹殺ジェノサイド】のコマンドを使った時に効かない奴等と効く奴等が分かれる妙な現象がある、って話さ。憶えてないかい?」


「……ああ。そう言えば、そういう話があったね」


「あれの原因がわかると共にさ、ちょっとした操作を含めると”特定の種族の特定の誰か”に対して限定的だけど、強力な影響を及ぼせる事を発見したのさ」


「具体的にはどんな事をやるんだい?」


「やる前に【選択セレクト】を使ってターゲッティングを挟むか、発動する前に【指向ポイント】を行使すればいい。効かなかったのは、命令形のコマンドの一部が足りてなかったんだよ」


「……そんな簡単な事でいいの?」アレクが確認するように訊ねる。


「ああ。戻ったら、試しに適当な奴で試したらいいよ。すぐにわかる」



「つまりまぁ……そういうまだ未発表だった新発見を使って、彼ら二人を弱体化させて封印したってワケだよ」


「二人はどこにいる?」アイザイアが訊ねる。


「二人とも鍵をつけて乱数テーブルの森の中に沈めたよ。マルールは”銀テーブル”の中。ダイクは”金テーブル”だ」


「なるほど……」


 アレクは事の次第を聞いて、感心するように言う。

 レクレフは言いにくそうに続けて言った。


「そこで……ここからが、君たちを集めた本題なんだ」


「何なのよ?」エズデッダが訊ねる。


「いやさ、実は、今言った二人を封印してる”鍵”なんだけど……それの一部がねぇ、漏れちゃったみたいなんだよ」


「漏れた……だと? 何故だ?」


「それは……彼の口から聞いた方がいいんじゃないかな」


 レクレフがプリブラムの方を向いて、顎で彼を指した。

 同時に、エズデッダが口元をにやけさせながら言った。


「あんた、またヘマしちゃったのぉ?」


「……」


 話を振られるが、プリブラムは俯いたまま、話す様子は無かった。

 レクレフはその様子を見て、仕方なくと言った感じに、彼の代わりに事情を説明し始めた。


「どうやら……ショックが大きいみたいだね。代わりに僕が話そうか」


 そう言うと、レクレフは全員に向かって”事情”を話し始めた。


「プリブラムは、ここ数日、ちょっと物質圏マテリアル・コミューンで色々な事をしてたみたいだね」


「色々な事?」


「今、こういう事が起こってるのさ」


 レクレフはウィンドウを作り出し、そこに何かの映像を流し始めた。

 ニュースらしいその映像は、現実世界で今起こっている

 ”意識不明事件”についての報道をしていた。


「意識不明事件……?」


「そう。いくつかチャンネルを変えてみるよ」


 レクレフが指を振って何かのサインを出すと、チャンネルが次々に変わって行った。

 そのどれもがニュース番組であり、話し手や字幕の言語は全て違っていた。

 どうやら―――世界中のニュース番組を見ているようだ。

 だが、その番組の全ては、同じ言語で統一されていた。

 やがて、ジークが言う。


「同じニュースばかりだな」


「そりゃあ、世界中で起きているからねぇ……ちなみに、この”意識不明事件”の被害者は全世界で実に―――50万人超」


「なんでこんな事になってんの?」


 エズデッダが頬杖を突いたまま、レクレフに訊ねた。


「彼は”エクステンド計画”を、一人で先に実行しちゃったみたいなのさ」


 エズデッダはそれを聞いて、思わず噴き出した。


「ハァ? アレ、一人でやっちゃったの? 面白い事するわねぇ~」


 彼女は余りに面白かったようで、漏れ出す笑いをこらえながら、そう言った。

 レクレフに事の次第を指摘されると、プリブラムは言葉を詰まらせるように呻き、アレクとフレイが彼に言った。


「プリブラム……君は……」


「なん で こん な 事 した の ?」


「まァ、これもこれで余りよろしくない事なんだけど、本当の問題はそこじゃないんだ」


「何故漏れたのか、だろう? ポロポロ落とすわけはないし」アレクが言う。


「うん」


「そもそも、なんでプリブラムがマルール達の件と関係あるのさ?」


 そう訊ねられると、レクレフはどこからともなく”ある物”を取り出して話し始めた。

 取り出されたものは丸く、光っている水晶玉のような物体だったが、周囲には点滅する光がいくつも回っており、パッと見ると惑星の模型のように見えた。


「それ なに ?」


物質化マテリアライズしたソーンダイクの方の解除キー・データさ。マルールとダイク二人の解除キーは、僕とジーク、そしてプリブラムがそれぞれ持ってたんだ。僕が二人のを50%ずつ。ジークがダイクの残りを、そしてプリブラムがマルールの残りをね」


「プリブラム、君も加担してたのか……」


 アレクがプリブラムの方を向いて言う。


「あー、彼は二人の件には関係ないよ。僕が頼み込んで持っててもらってたんだ。まぁそれでさ。どうもプリブラムは―――そのままプレイヤーに憑依をやっちゃったみたいなんだよね」


「何?」


 レクレフが話すと、アイザイアが血も凍るような冷たい瞳をプリブラムへと向けた。

 途端に彼の身体が一瞬跳ね上がった。そして、これ以上は追求を免れないと思ったのか、彼は恐る恐る、と言った感じで喋り始めた。


「あ……ああ、そうさ。僕がプレイヤーに直接入って、物質圏に行ったんだよ。そこで……確か電想世界に入ってから、誰かに倒されて……」


 そこまでが耳に入った瞬間、アイザイアが目を開いて立ち上がり、再び腕を振り上げた。

 白骨の、まるで白い杖のような部分がプリブラムへと向けられると同時に彼は、今度は胸を押さえて苦しみ始めた。


「う、う、うぅ……ッ!!」


「倒されたとは聞いていたが……まさかそういう下らん理由の、さらに下らん状況だったとはな……!!」


 プリブラムが上半身を痙攣させ、もがくように身体を動かす。

 そして胸を掻き毟り、必死に抵抗を試みるが、全く苦しみは引いていかないようだった。


「アハハハ! いい! いいよそれッ!! 面白ぉッ!!」


 エズデッダは、彼が苦しむ様子を見て、愉快そうに笑っていた。

 だが―――突然、指を鳴らす音が響き渡った。

 同時に、プリブラムの身体から力が抜け、彼は前方へと倒れこんだ。


「はっ! はぁっ、はぁ……」


「……邪魔をするな。レクレフ」


「その辺にしといてやってよ、アイザイア。流石に、見るに耐えないって言うかさ」


 まだ怒り覚めやらぬ、と言った状態のアイザイアにジークが言う。


「姉として躾をするなら、せめて会議が終わってからにするんだな」


「……」


「ア イ。わたし も それ 以上 は やめて 欲しい と 思 う」


 フレイも頼み込むように言うと、アイザイアは腕を下げ、目を閉じながら椅子に座った。

 それを見て、レクレフが安堵の一息を吐き、話を続けた。


「ま、それで問題というか今回の議題はねぇ。今言った”プリブラムを倒したのは誰か?”って事について突き止める、もしくは何か別の対処行動を起こすって事。これが一つ。それと……マルールとソーンダイクを復活させるかどうか? 最後に、”廃層圏ディスパーホライゾン”の停止を依頼したいって事。この三つだよ」


「停止、だと……?」


 レクレフの提案に、アイザイアが眉間に皺を寄せながら応えた。


「そ。停止だよ」


「本気で言っているのか?」


「そりゃ、まあ」


「廃層圏の機能を停止すれば、全ての循環が停止するぞ。それで構わないと言うのか?」


「わかってるって、それぐらい。僕が発案したんだから」


 そこまで言うと、彼は溜息を一つ吐いた。


「……でもさぁ、このまま動かしてると”輪廻リインカーネイトシステム”に、現実の人たちが巻き込まれちゃうからさぁ。そうなったら、もう僕としても後に引けなくなっちゃうんだよね」


「……」


「頼むよ。僕としてはまだ、正解かどうかもわからずに、時期尚早感満載の”あの選択”なんて、やりたくないからさ。君らだって同じだろう?」


 全員に向かって問いかけると、全員が肯定の答えを返した。

 反対する者はいなかった。


「……いいだろう。皆の意見が一致するのなら、私も異存はない」


 そう言ってアイザイアは目の前にウィンドウを作り出し、何かの操作を始めた。

 凄まじい勢いでコマンドが一瞬にして何十万、何千万と打ち込まれていく。

 レクレフはそれを見て胸を撫で下ろし、安堵の溜息をついた。


「さて……一番重要な議題が済んだ所で―――次の事、マルールとソーンダイクについて。これを君達としてはどうするか、ここで決を取りたい」


「どう する か って?」フレイが訊ねる。


「彼らを”助ける”か、それとも僕の考えに乗って”二人をそのままにしておく”のか。それの決定さ。要するに、君らの意思確認だ」


 レクレフが提案し、続けて付け加えるように言った。


「あ、先に言っておくけど、僕とジークは”このまま”って意見で。だから……既に七分の二は決まってる。だからあと二人、このままって意見なら……」


「……もうその話は、やるだけ無駄だろうさ」


 レクレフが話を進めようとすると、アレクが話を遮るように呟いた。

 レクレフが、それに対して訊ねる。


「ん? どういう事だい」


「レクレフ。君も意地が悪いな。そんな話になったら、アイザイアとエズデッダが助ける側に回るはずが無いじゃないか」


「……」


 その言葉を聞いて、一瞬、アイザイアの手の動きが止まった。


「あら、よくわかってるじゃない♪ アレくん」


 口元をにやけさせながらエズデッダは言った。


「もう意見は聞くまでも無い、って事かい?」


「ああ。僕は……気に入らないけどね」


「ふぅん」


(君は……ここまで見越してたのか? それとも……)


 レクレフは鼻で応え、一応他の者たちにも意見を聞こうとするが、否定的な意見を言うものこそ居たが、誰も明確に反対の意見を唱える者は居なかった。


「そうかい。それじゃあこの件は……”このまま”って事で決定だね」


「レク レフ。約束 して」


「ん?」


 話を進めようとすると、フレイがそれを止める。


「わたし も みんな の 意見 に ならう けど、 必 ず 二人 とも 元に 戻 す って」


「……ああ。そこは保障するよ。僕だって彼らを除外はしたいけど、消去までしたいわけじゃない」


 意見を取りまとめた所で、二つの議題が終了し、最後の議題へとレクレフが舵を切った。


「さて……意外に早く済んだね。それじゃあ最後は”プリブラムを倒した奴”についてどうするか、だよ」


「本人から聞けばいいんじゃないの?」


 エズデッダが欠伸をしつつ、気楽そうにそう言った。

 もはや彼女には、議論を真面目にやる気は微塵も無いようだ。


「それがちょーっと出来ないみたいなんだ」


「なんで?」


「記憶が飛んでるからさ」


「記憶が飛んでるぅ~? どうしたってのよ?」


 プリブラムがその声に、自信なさ気に応える。


「……わからないんだ。最後にもの凄い爆発みたいなものを喰らった、って所は記憶に残ってるんだけど、その辺りを中心に記憶から抜けてる」


「なんで記憶が抜けてんのぉ?」


 エズデッダがそう誰とも無く訊ねると、レクレフが言った。


「多分、とんでもない超過ダメージを受けちゃったんじゃないかな。憑依してたって事は、プレイヤーシステムに準拠した影響を受けてるはずだから。……とはいえ、記憶が飛ぶぐらいって言うと、相当な威力になるけどねぇ」


「ログを見たらどうなんだい」アレクが言う。


「いや、それがねぇ……これもちょっと面倒な案件なんだよねぇ」


 レクレフがその提案を聞いて、僅かに表情を曇らせて応えた。

 エズデッダが付け足して言う。


摸倣トレースとか広界視ウォークスルーでわかるんじゃないの?」


「いや、そこがねぇ……」


「?」


 レクレフは言いにくそうにしていたが、話さないと先に進まない、と覚悟を決めたように話し始めた。


「……実は、ログがちょっと破壊されてるみたいなんだ」


「ログが破壊だと……?」ジークが表情を変えないまま、驚いたように言った。


「さっきさ、”プリブラムの件でキーが漏れた”って言ったじゃないか。あれで……ほんの僅かだけなんだけど、彼女の封印が開いて、イメージ体を飛ばされたみたいなんだ。それで……『アカシック・ログ』を弄ると共に、”誰かに会って何かをした”みたいなのさ」


 レクレフがそう言うと、場が少々騒がしくなった。

 エズデッダが真面目な声に戻ってから、言った。


「それって……結構とんでもない事なんじゃないの?」


「うん。さっきの二つの件に負けずにね。それに……」


「それに?」


「いや……これはいい。まだちょっと調べが付いてないんだ」


 レクレフは珍しく自信の無い風にそう言うと、話を本筋へと戻して言った。


「それで……結局の所、どうする? この件については」


 彼は全員の意思確認と意見を求めた。

 だが―――情報が殆ど無いため、有益な意見は出なかった。


「どうすると言われてもね……それだけじゃあ動きようが無い」アレクが言う。


「大規模な破壊が起こった場所を探したらいいのではないか?」


 ジークが提案するが、レクレフは首を振った。


「ログは無作為に弄られてる。その手はあまり効果が無いんだ」


「じゃ あ みん な で 調査 す る ?」フレイが言う。


「使徒をこっちにやるとか”本体”をこっちに戻してまで? 嫌よ私そんなの。絶対やらない」


 そこそこの重要度を持つ課題ではあったが、意見が纏まらず。

 レクレフは一旦これを棚上げし、次回の議題へと持ち越す事にした。


「う~ん……ダメだね。このままじゃあ……まぁ、じゃあこの件は一旦仮置くと言う事にしておこうか。調査がまだ全然だから」


「それじゃ、ここで終わりね」


 レクレフが議題の切り上げを提案すると、飽きていて早く帰りたかったのか、エズデッダが真っ先に椅子から立ち上がった。

 それを機に、他の者も空間の中から出て行こうとする。

 レクレフはそれを見て、慌てて止まるよう声を放った。


「あ、あっ! ちょ、ちょっと待って!」


「?、何だい」


「いや……ちょっとさぁ」


 四名が振り向いてレクレフの方を向いた。

 レクレフは、威圧的な彼らに恐る恐る、と言う感じで言った。


「みんなにちょっと、電想界か廃層圏の探索の手伝いをして欲しいかな~って……」


「ちょっと遠慮させてもらうよ」とアレク。


「無理だな」ジークが吐き捨てる。


「嫌!」ぴしゃりとエズデッダは言い放った。


「そこまでは拒否させてもらう。貴様がやれ」アイザイアは冷たく言った。


 怒涛の拒否を受けて、レクレフは口を思わず開けたまま、唖然としてしまった。

 その後、アレクは再び光の泡のようなものに包まれ消えていき、ジークは目の前にドアのような物を穿ち、そこから外へと出て行った。

 そしてアイザイアが黒い雷の稲光と共に空間から消失した。

 荒っぽい退出のされ方を連続で行われた為、空間はそれで更に崩壊が進み、最後に―――


「それじゃぁねっ!!」


 エズデッダが空間へ向かって、手で振り払うような動作をすると、再び暗闇に大口が開き、そこから彼女は出て行った。

 それが決定打となり、空間は完全に崩壊。

 上方から黒いガラスが破壊されるように瓦解していき、空間は消えてなくなってしまった。


「……ハァ」


 空間が消えた後、一瞬の無重力が発生した。

 そして身体が浮かぶ感覚の後、レクレフは今まで暗闇の空間が存在していた場所に降り立った。

 そこは―――”ビルの屋上”だった。

 都会のどこか、とてつもない高さのビルの屋上。

 強風が吹き荒れており、ふと視線を遠くへと向けると、ネオン輝く摩天楼が建ち並んでいた。

 まるでコンクリートの林のような、巨大な建築物を見て、レクレフはうんざりした表情を浮かべていた。


「全く、面倒な事はみんなやろうとしないんだから……」


「レク レフ」


「ん? ああフレイ。まだ居たのかい」


「わたし 手伝 おう か ?」


「ありがとう。気持ちは嬉しいけど……まぁみんなの言う通り、すぐに見つかるものじゃないのは間違いないし、まぁ気長にやるとするよ」


「わか った」


 フレイはレクレフにそう言うと、目を閉じた。

 すると―――彼女の姿は、まるで水に薄められるように薄くなっていった。

 やがて、身体が細かく砂のように散っていき、霧散していった。


「みんな彼女みたいだと助かるんだけどなぁ」


「……レクレフ」


「ん?」


 レクレフが振り返ると、そこにはプリブラムが申し訳無さそうな表情で立っていた。


「ごめん。さっきは……」


「ああ。僕が代わりに話した事を申し訳なく思ってるのかい? 別に構わないって」


「そうじゃない。マルールのキーの事だよ」


「……ああ、そっちか」


「僕のせいで……」


「そっちも気にしなくていいって。元々、僕が持ってる方のキーが無けりゃ、本格的に行動は出来ないんだから」


「それに……」


「えっ?」


 プリブラムがレクレフの方を見ると、彼は先程の会議では見せていなかった真剣な表情をしていた。何かを考え込んでいるような、集中している表情。

 へらへらと笑っていた先程とは、全く別人の顔だった。


「いや、なんでもない」


「……君がそんな、考え込む風でいるのって、珍しいね」


「おいおい、僕をそんな何も考えてない楽天家みたいに言わないで欲しいな。これでも心労が絶えない身なんだ」


「ごめんごめん」


「ああそうだ、丁度いいやプリブラム。君、ちょっと廃層圏の探索を手伝ってくれないかい」


「廃層圏?」


「ああ。そこへ言って現実世界で消失した意識データを拾って来て欲しいんだ。このままじゃ現実の”ファイテイト・ユーザー”がみんな死んじゃうからね」


「わかったよ」


「行ってくれるかい? 助かるよ」


「元はと言えば僕が撒いたタネだし、断れないさ」


「助かるよ。こっちの奴等も向かわせるから、彼らを指揮してサルベージ、頼んだよ」


「ああ」


 プリブラムは、レクレフと話しているうちに元気が出たのか、先程の沈んだ表情とは打って変わって、爽やかそうな顔になっていった。

 そして―――


「それじゃあ、行って来るよ」


 そう言うと、プリブラムの身体は炎に包まれた。

 そしてビル風が吹き荒れる中に、更に強い風が吹いた。

 それに炎がかき消されると、プリブラムの姿も消えていた。

 しばらく経ってから、レクレフは呟くように言った。


「……あるはずなんてないんだ……」


 全員がいなくなったビルの屋上で、レクレフは夜の空を見上げて、一つの事を考えていた。

 彼は、会議の最初から頭の隅で、ある事をだけを考えていた。


「姉さんの気配を感じるなんて、ありえるはずがない……」


 やがて、レクレフもビルから下へと飛び降りていった。

 彼の身体は光と闇が交じり合う混沌の中で分解され、世界へと溶け込んで消えた。

 後には、何事もなかったかのように、夜の都会の世界があるばかりだった。


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