13:久しぶりの、現実
仮想現実体感ゲーム「ファシテイト・ファンタジー」から、荒金靖樹は脱出を果たした。
だが、出る事が出来たのは自分だけ。そして現実世界ではゲームをやっている人々を中心に、意識不明者が続出する事件が起こっていた。
靖樹は、安堵したのも束の間。再びゲーム内へと仲間二人を助ける為、戻る事に。
そして再びオークの姿に戻りながらも、他のプレイヤーに襲われていた二人を救出するが、ゲームから出る「ワールドアウト」の機能は復活せず、またも振り出しに。かと言って、あのプリブラムの言動を考えると、このまま日本の運営会社のほうへも危険な為に行けず。
八方塞の中、頭を抱えていると、彼らの前にもう一人のワールドマスター「マルール」と名乗る少女が現れた―――
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突然、周囲に騒音が走った。
甲高い音が周囲に響き渡り、同時に上空の方で何かが橋桁を鳴らして通り過ぎていく。
列車が橋の上を通過する音だ。
「ワールドマスター、だって……!?」
目の前に居る少女は、パッと見た感じでは”どこかの国の民族衣装”という風な服装に身を包んでいた。布をいくつも重ねて羽織っており、大きなスカートが少々目立つ。
だが、それ以上に全身にいくつも身につけている貴金属類だ。
宝石をいくつもしつらえたカチューシャ、そして耳にはピアスのようなものが被さる様に付いている。まるで魚のヒレのような……そんな感じだ。
首にはかなり巨大な黄金のネックレスをつけており、そこについているルビーひとつだけでも人の親指大はあるのではないだろうかと思えた。
「は……い……」
「じゃ、じゃあ敵だか!?」
”マルール”と名乗った少女が応えると同時に、グンバは身構えた。
プリブラムと同じ種類のプレイヤーかもしれないのだ。当然の反応だった。
だが、対峙する少女の姿は、まるで蜃気楼か霧に映し出されているかのようにおぼろげで、今にも消えそうな感じだった。
「ち、ち、ち……ちがい……ます……私、は、ハ……」
マルールは目を閉じたまま、首を横に振った。
グンバは一時も気を抜かないよう、身構えていたが、やがてキッチェが間に入って言った。
「ちょっとグンバ! そんな身構えなくてもいいじゃん。この人、困ってるっぽいよ」
「い、え……当……然、で……す……。あな、た、タ、タ……タ……が……」
大きくノイズがマルールに走り、姿が歪む。
彼女はそれを受けると、一旦腕を組んで、何かを呟いた。
「……再送信」
言葉を言い放つと同時に、彼女の体の中心部分、ちょうど胸の辺りから水の波紋のようなものが身体を一瞬走った。
すると歪みに包まれていたマルールの身体が、ハッキリとした姿となった。
そしてマルールは、閉じていた目を開いて、言った。
「あまり……長い間話す事は出来ないようですね」
「な、なに今の……!?」
「すみません、今は答えている時間がありません。ただ……私は敵ではありません。それだけは、信じてください。私は……あなた方の力を借りたく、ここまでやってまいりました」
「頼みたい事ォ?」とデアルガ。
グンバはまだ信用していないらしく、姿勢を崩さずに彼女の身振りに気を配っていた。
「ちょっと、いい加減にしなさいよアンタ」キッチェが言う。
「……」
「いえ、仕方ありません……あのような戦いをした後なら、気を許さない方が当然です。しかし、今から言う事に耳を傾けて欲しいのです」
そう言うと、マルールは目の前に掌を広げ、何かをその上に集中させ始めた。
そして光が集まっていき、一枚のカードのようなものが生成された。
「これを……」
”マルール”と名乗った少女は、キッチェに作り出したカードのようなアイテムを渡した。
「何これ? ……メール?」
「その中にも記述してありますが、あなた方にある場所まで来て欲しいのです」
「ある場所?」
デアルガがマルールに訊ねる。
「このジパング・エリアの……北の大陸です」
「北の大陸って……北海道の事か?」
「はい」
「なんでそんな場所に行けってンだ?」
「話すと長くなります。ただ……その大陸のある場所に”後藤”と言う者がいます。彼を、助けて欲しいのです」
「後藤って……そんだけじゃ全然わかんねェぜ? 同じ名前の奴はファシテイトの中にごまんと居る」
「そこは大丈夫です。彼の居るおおよその位置は、今渡した情報の中に書いてあります。彼、に……に……会……」
続けてマルールが話そうとすると、再び最初のような歪み、ノイズのようなものが身体全体に掛かり始めた。
「どう、や……ら……ここ……まで……」
今度の歪みは止まる事が無く、どんどん激しくなり、彼女の身体を覆っていった。
「おねが……い、イ、イ……しマ、す……どう、か……!」
やがて彼女の身体は、中心から煙がかき消されるように霧散して消えていった。
三人はしばらく唖然としていた。
「な、何だっただ、今のは……」
「わからねェ。通話か転送……にしては、妙な感じだったが……」
「……これ、なんなんだろ?」
キッチェが貰ったカードのような物を掲げて言った。
「開いてみていいの?」
「メールだから……大丈夫のはずだど」
キッチェは、マルールから受け取ったメールを恐る恐る開いてみた。
すると―――
「ひゃぁっ!!」
「ひょぉっ!?」
「うおぅッ!?」
メールを開いた途端、カードの中から何かが飛び出してきた。
思わずメールを投げ出し、三人はその場に尻餅をついてしまった。
「あ~ビックリした……」
「な、なんだぁこりは……?」
グンバが飛び出してきた物に近づいて、何かを確かめた。
それは、一見するとボールのような形状をしているが、よく見ると違う。
中央に光る棒のようなものがあり、その周囲を輪のようなものが囲んでいる。
輪はちょうど棒の目の前で交差しており、正面から見ると「*」マークのようになっていた。
土星の輪がまるで二つ、丁度交差するようになっているかのようだった。
「これ、アイテム……だか……?」
「星の模型か? こんなモン、見た事ねェな」
観察しているとオブジェクト名が表示された。
<MARULE'S PATCH§≪CODE REVOLUTION≫RUN NAME【EXECT】>
名前はそう書かれていた。どうやらこれは、あのメールに添付されていたもののようだ。
「パッチ……って書かれてるだな」アイテム名を見てグンバが言う。
「システムパッチって事か?」
「それは何とも……。これには”マルールのパッチだ”って事と”変革のコード”で、そして……実行名? が"EXECT"って事しか書かれてないだ」
「エグゼクト?」
「いんや……多分、”エギゼクト”だぁな。読みは」
「何かの実行プログラムって事か?」
「多分……」
「あっ! 凄い! ウソでしょ!? 凄ぉッ!!」
二人が話しているとキッチェがメールを見ながら、喜ぶような声を上げた。
グンバとデアルガは、目を見合わせてから彼女に訊ねた。
「どうしたんだ? やけに嬉しそうによォ」
「それ、使ったら”ゲームアウトできるようになる”って!」
「「何!?」」
その衝撃に、思わず二人の声がハモった。
■
「どういう事だ?」
「ちょっと待って。今からメール読むからさ」
そう言ってキッチェはメールを最初から読み上げ始めた。
「えっとね……」
どうも初めまして。私は『マルール・ウェクスラ』と申します。
これを読んでいる方々に、お願いいたします。
どうか私達に、力を貸して欲しいのです。
今、私達のせいでとんでもない状況へと陥っている方々に、こんな事を頼み込める謂れは無い事は重々承知しております。ですが……もはや、この状況を私達だけで打開する事は、不可能だと判断しました。
もし―――あなた方が私達に協力をしてくれるのならば、ジパング・エリアの……現実世界で言う所の「北海道エリア」。そこのとある山岳地帯へと向かって欲しいのです。
場所は、同封してある地図に記してあります。
「地図?」
「さっき開いたらもう一枚出てきたけど、これじゃないかな?」
「どら」
デアルガがキッチェの差し出した地図を受け取り、地図にマークされていた場所を確認する。
示されている場所は、北海道地方の中心部。
山岳地帯のほぼ全てがピンク色でマークされていた。
「こんな山岳地帯のド真ん中に、人なんて居るのか?」
「わかんねーだ」
「続き読むね」キッチェは再びメールを読み始めた。
その一帯のどこかに”後藤”と呼ばれる者が居ます。
どうか彼を……救出して欲しいのです。
ただ、無理にとは言いません。
あなた方が協力しなければならない理由は、一つも無いのですから。
それに、お願いする理由も、ここに記す事はできません。
理由を記すと、読み取られる可能性があるからです。
「理由も言えないまま、だか」
「なんか文脈を読む限りだと、すごい切羽詰ってる感じがするなぁ」キッチェが言う。
「所で、ゲームアウトがなんたらってのはどれだ?」
「次に書いてる。えーっとね……」
最後に。
もう一つ同封した球形のものは、私が暇を見て少しずつ作っていたものです。
それを使えば、あなた方に掛かっている拘束が解除されるはず。
そうすればゲームアウトが可能になり、そして、いくつかのシステムが解除されるでしょう。
ただ、このパッチを使う際は二つほど注意していただきたい点があります。
一つは、必ずパーティを組んでから使ってください。これは一度しか使用できません。
もう一つは……なるべく早めに使用してください。かなり高出力のエネルギーを発生させているので、余り長い時間持っていると、誰かに感知される恐れがあります。
「……ホントだ。スゲェな、これで……帰れるって事か!?」
「でも、なんでこんな事ができるだ……? それに”いくつか”ってのが気に掛かるど」
「そりゃ、まぁ気になるっちゃ気にはなるが……」
グンバとデアルガの二人は頭を抱えたり、腕を組んだりして悩んでいたが、やがてキッチェが言った。
「とりあえずさ、使っちゃわない? 注意書きに”なるべく早く使ってください”ってあるし」
「そうだな……グンバ。お前もいいよな?」
「……そいだな。とりあえず、使ってみるだか」
迷っていても仕方ない。
かくして、グンバをリーダーにしてパーティを組み、パッチを使用してみる事となった。
「それじゃあ、いくどっ!」
グンバがパッチを握り締め、メニューから”使用”を選び、発動させる。
すると、球状だったそれが、突然激しく回転を始めた。
球を囲む輪が上下に僅かに、しかしまるで痙攣するかのように動きを加速させていき、
やがて―――球は弾け飛んだ。
すると、三人を囲むように小さな光の欠片が周囲を覆った。
同時に、目の前に何かの文字列が表示される。
『Facitate Player System VersionUp. -> Your Character potential Increased.』
メッセージがパーソナル・ビューに流れた次の瞬間、全身が痺れる感覚が三人を襲った。
「うぅっ!!」
痺れるというのは何か違う、別の感覚。
神経に直接電流を流されるような、そんな痛みにも似た感覚だった。
やがて―――しばらくすると、痛みは段々と収まりはじめた。
「う……うう……なんつー……」
「きっ、きっもち悪かったぁ~……」
グンバは、四つん這いになった状態から起き上がれず、そのまま倒れ込んだ。
そして急いでメイン・メニュー画面を開いて状態を確認した。
すると―――
「ほっ、本当にゲームアウト項目が出てきてるだ……!!」
「!」
それを聞いてデアルガとキッチェの二人も、急いで画面を確認する。
彼らの画面にも、同じようにゲームアウトの項目が復活していた。
「やったぁっ!! これでやっと……」
「ちょ、ちょっと待つだ」
「えっ?」
喜ぶキッチェに、グンバが額に皺を寄せながら言った。
「なんで……ゲームアウトできるだ?」
「なんでって……そりゃ、あの人が何かやってくれたからじゃないの?」
「でんも……今、オラはともかくデアルガとキッチェの二人は、オラと同じように身体を乗っ取られてるんじゃないだか? それなのに、戻れるっておかしいど」
「……言われて見れば……」
グンバの現実世界の身体は問題ない。
プリブラムを倒したか追い出しに成功したのか、とにかく”空き”の状態となっている。
だが、デアルガとキッチェは違うはずだ。
彼らの身体には、自分と同じように”誰か”が入っている可能性があるはず。
それなのに、戻れるのだろうか?
「でも、じゃあどうするの?」
「……身体がどうなってるか、ってのを確認できればいいんだけんども」
「じゃあよ、グンバ。俺らの身体がどうなってるか、近くに居る奴に確かめりゃいいんじゃねェか?」
「近く?」
「親とか、知り合いとか、なんか色々あるだろ?」
「だね。あなたは大丈夫なんでしょ?」
「う? んまぁ、そりゃ大丈夫だけんども……」
話し合っているうちに、まず安全確認をする事となり、グンバがまず”ゲームアウト”を行い、二人の無事を確かめる事となった。
彼は、二人から連絡用の電話番号を聞き、”外”へと出る事に。
「それじゃあ、出てみるだ」
グンバは”ゲームアウト”メニューを起動した。
身体全体が緑色の光に包まれ、世界から彼は消えた。
■
呻き声と共に、グンバは”荒金靖樹”として現実へ戻った。
目を開くと、視界に見覚えのあるブースの天井が飛び込んで来た。
「とりあえず……戻って来れた、か……」
時計を起きてすぐに確認すると、時刻は午後9時前のギリギリ、と言った感じだった。
靖樹は一旦オンライン接続を切り、店の主人へ店内通話を行った。
「もしもし? ちょっといいですか?」
「はいはい。さっきの君ね。もう用は終わったかい?」
「すみません……大変申し訳ないんですが、もう後10分だけ、いいですか?」
「えぇ? う~ん……」
「今、ニュースでやってる”意識不明”の現象に、友達が遭遇しちゃったみたいなんですよ」
「えっ、今やってるアレに? 本当かい!?」
「それで……えーっと……ファ、ファシテイトの運営の人からですね、なんか元に戻す方法みたいなものがあるかも、って聞いてですね。それを試すのに、もうちょっとだけ時間が必要なんですよ」
咄嗟に靖樹はでっちあげの話を作り、もう少しだけ時間を貰えるよう、交渉した。
(……ウソも方便って言うし、まぁいいか……)
「そうかい……そう言う事なら、もうちょっとだけ待とうか」
「ありがとうございます!」
「でも、あと15分。それで本当に終わりだから、頼むよ」
「はい!」
店主に話をつけてから、靖樹は急いでユニオンデバイスを操作した。
”通信”モードを起動してから、まずミッキーの家へと電話を掛ける。
サークルでの”田倉”の話では、御津貴は部活動には参加せず、出て行ったという話だから、恐らくすぐ家へと戻って行ったに違いない、と考えたからだ。
「―――……―――……はい、天堂です」
電話を掛けると、女性の声が出た。
これは彼の母親の声だ。一度だけだが、会った事があるので知っている。
「あっ、どうもこんちは。俺、天堂くんの知り合い……というかゲーム友達の”荒金”って言うんですが」
「ゲーム? じゃああなた、何か知ってる?」
「えっ? 知ってるって?」
「御津貴が起きなくなったのよ。ファシテイトって奴をやってて」
(……!)
「今、御津貴くん、どうなってますか?」
「回線を切っても、こっちから直接接続して起こそうとしても、起きないわ。管理会社の人に電話しようとしても、全然繋がらないし、どうしたら……」
(起きない、って事は……!)
恐らく、もう支配から抜けているに違いない。
靖樹はそう確信した。
「あの、それについてちょっと対処法みたいなものを聞いたので電話しました」
「対処法?」
「とにかく、彼のデバイスをオンラインに接続しておいて下さい。こちらからやれる事をやってみるので」
「わかったわ。でも……これ、大丈夫なのかしら……」
「きっと大丈夫です。だから、お願いします!」
そう言って靖樹は電話を切り、今度はキッチェ……もといセンリから聞いた番号へと通話を繋げようとした。だが、最後の通話番号を打ち込もうとして、靖樹は手を止めた。
(……こ、このまま電話したら、いけないんじゃないか……?)
この番号が、誰に繋がっているかはわからない。
恐らくは家族か、それとも知り合いの人間か、恐らくはどちらかのはずだ。
それに掛けて、自分がファシテイトで起きた事を話して
それで事が全て上手くいくだろうか?
(ダメだダメだ!)
考えてみれば、彼女の家族などからすれば、自分は全く無関係の人間だ。
気をつけて話さなければならない。
(最低でも、話す内容ぐらいは考えておかなくちゃ……)
確認しなければならない事は、二つだ。
①なんらかの形でオンラインに繋がっているか?
②意識不明の状態など、誰かが身体を乗っ取っているとみられる状態か?
たったこの2点だが……普通に話したとして、恐らく、オンラインに繋がっているか位は聞けるかもしれないが、身体がNPCに乗っ取られているか確かめる”本人かどうかわかりますか?”
などといった質問は、少し前もって誘導できるよう考えていなければならないだろう。
(う~む……)
友達と言う? いやダメだ。女の子同士ならともかく、異性の友達ってのは家族からすれば結構目に付くと思うから、見破られるような気がする。
正直にゲーム内で起きた事を話す……というのも、恐らくは信用してもらえないだろう。
彼女が普段通りにしていたら、何もそれ以上、訊ねる事は出来ない。
とはいえ、確か彼女は一ヶ月近く身体を乗っ取られていたはずなので、何か起きていても不思議ではないが……。
(そろそろ、時間だな)
余り時間を掛けているわけにいかない。
靖樹は、ウソでも何でも吐く決心を固めつつ、通信の番号を打ち込んだ。
女の子の番号へと掛けるなんて始めての事で、少々緊張しつつ靖樹は応答を待った。
すると―――
「―――……誰だ?」
通話に出たのは、いかにも仰々しい感じの声の男性だった。
恐らくは、センリの父だろう。
「えーっとですね……自分は”荒金靖樹”といいます」
靖樹は、一息吐いてから話を切り出し始めた。
「現在、ファシテイト内で世々乃さんに会いまして。それで、身体に戻れないって事で、ちょっと様子を見てきて欲しい、との事で通話役を頼まれて、電話をしました」
「……何ッ!?」
靖樹が話すと、相手の声音は驚いた風になり、続けて靖樹に訊ねた。
「娘がいるのかッ!? お前、どこであの子と会った!?」
「へっ?」
「いいから答えるんだッ!!」
かなり相手は興奮しているようで、しばらくは会話が成立しなかったが、靖樹が「ゲーム内のとある場所で彷徨っているのを見つけた」と言う風に話し、更に運営会社の方に連絡して、元に戻れるように準備をしている、との旨を伝えると声の主は段々と落ち着いてきたようだった。
「と、とにかく……ちょっと落ち着いてください」
「はぁっ……はぁ……」
(……また方便を使っちまった……)
話を円滑に進める為とは言え、平気でウソを吐けてしまう自分に狼狽しつつ、靖樹は電話の声の主と話した。
声の相手は、話しているうちに、父親であるとわかった。
どうやら彼女は、寝る前に突然倒れてしまったらしく、それで色々な手を尽くしている最中であったという。
「いいですか? とにかく、オンラインに繋げておいてください。そうしたら、今から一時間以内に処理をするらしいので、それでもダメだったなら、管理会社の方へ行ってください」
「わ、わかった。頼む……どうか、娘を元に戻してやってくれ!」
靖樹は通話を切断し、現在の時間を確かめた。
時計は「21:10」を指しており、僅かだがまだ時間がある。
(とはいえ……急がなくちゃな)
靖樹は一息だけ吐くと、再びファシテイトの中へと入っていった。
■
「大丈夫だったか?」
「んだ。今、二人ともオンラインになってるから、問題なく戻れるはずだぁ。NPCが身体に入ってるような感じもしながったし、大丈夫だと思うど」
「そっかぁ……」
夜の大きな荒川のふもとで、三人は現実へと戻る最後の相談をしていた。
「って事は、これで本当に帰れるのね」
「みたいだな。長かったぜ……」
「時間的には3日ぐらいだけんども、1週間ぐらいやってた気がするだ……」
「確かにな。ゲームの中に放り出されて、迷って、追いかけられて……正直、生きた心地がしなかったぜ」
このファシテイトでの三日間の色々な事が、脳裏を掠めていく。
やがて―――キッチェが平たくなっていた身体を持ち上げて、言った。
「それじゃ、そろそろあたし帰ってみるわ。短い間だったけど、二人ともありがとねっ!」
「ああ。俺らも、もうちょっとしたら帰る」
キッチェが二人から離れて、ゲームアウトのメニューを起動させると、身体が緑色の光に包まれ、彼女はファシテイトの中から消えていった。
残された二人のモンスターは、それを複雑な心境で見ていた。
「はぁ~……これで女の子との旅も終わりか。面白かったんだがなァ」
「もしかして、楽しんでたんだか?」
「そういう部分もあるっちゃあったな。外見がモンスターだったから、余りそこまで”女の子”って感じはしなかったがよォ」
デアルガは、そう言うとグンバに訊ね返した。
「お前はどうだったんだ? 正直、こういう事件に巻き込まれて”本当のゲーム”をやってる気分になって、内心、少し面白いって思ってたんじゃねェか?」
「……まぁ、なかった、といえばウソになるだな。でも、このファシテイトは本当のゲームじゃあるまいじ、これで良かったんだぁよ」
「……そうだな。とりあえず今は、戻れる事に感謝しておくか」
そう言うと、デアルガは夜空を見上げてから溜息を一つ吐いた。
そして彼もキッチェのように立ち上がり、言った。
「それじゃあ、俺もそろそろ戻るぜ」
「んだ。じゃあなぁ!」
「ああ。それじゃあな」
デアルガは手を上に上げてサインを送りながら、同じように緑色の光に包まれ、ファシテイトの中から消えていった。
それを見届けると、グンバもゲームアウト項目を選び、再びゲームの中から抜けていった。
■
ゲームを終えて、ネットカフェから足早に靖樹は出て行った。
そして帰り道、再び通信画面を開く。
すると、先程掛けていた「天堂御津貴」と「世々野銑里」のオンライン状態を示すアイコンが
二つとも”正常”のマークとなっていた。
どうやら、二人とも無事に戻る事が出来たようだ。
それを確認すると、靖樹は安堵の溜息を吐いた。
「さぁてと……久しぶりに、家に帰るとするかな……っ!」
夜のネオンが輝く街を、一人の学生は足早に駆け抜けて行った。