表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/90

12:硝子の少女

 ゲーム「ファシテイト・ファンタジー」から脱出するため、ゲーム内の日本エリアに存在する、現実世界の学校を再現したエリアへとやってきたグンバたち。

 だがそこで出会った自分自身には、自らを「プリブラム」と名乗る”何か”が宿っていた。

 激しい戦いの中、グンバは何とかプリブラムを撃破するも、彼自身もHPがゼロを割り、相討ちとなって死亡してしまう。だが消え行く中、どこからともなく差し出された”誰か”の手を掴み、グンバは死から辛くも逃れる事が出来た。

 そればかりか、目を覚ますと見た事のある”現実の光景”が目に飛び込んできた―――

(文字数:17327)

 窓の方を見ると、そこには少々ガタイのよい男子学生の姿が映っていた。

 黒髪はやや跳ねており、背丈は普通よりちょっとだけ上、と言った感じで、目元がハッキリとしており、鼻がちょっと一般的なサイズより大きい。

 そんな男子学生が、「荒金靖樹」だった。

 見慣れた自分の姿であるはずなのに、こうやって見たのは、まるで一ヶ月ぶりのように感じられた。


(し……死後の世界、とかじゃあないよな……)


 改めて、靖樹は時計を見た。

 現在は、夜のおよそ8時を少々回った時間のようだ。

 外は暗く、今はもう学生が本来は外出している時間ではない。

 だが、この部屋には沢山の学生が、今もファシテイトをプレイしている。


「……」


 ふと、靖樹が座っている一人に目をやった。

 傾斜が大きめの、座る為か眠る為かわからないような、大型の椅子に体を横たえて、目を閉じている彼らの耳には、やや楕円形で僅かに盛り上がった、片方だけのヘッドフォンのような形状の機械がついている。

 これは「ユニオンデバイス」と呼ばれるものだ。

 要するにコンピュータ。正確には”ウェアラブルコンピュータ”と呼ばれるものになる。

 要約すれば”身につけるコンピュータ”。

 かつて、コンピュータは大きなハンドバックの形や、紙を何枚も重ねた本のような形をしていたらしいが、色々な変遷を経て、このような形へと落ち着いた。

 これには色々な人の感覚を拡張する機能が付いている。

主なものは視覚野を拡張し、人の見ている景色にコンピュータのGUIインターフェースを割り込ませて”半ディスプレイ化”する「AR視覚拡張」などが代表的な機能だ。


 この「ユニオンデバイス」により、人の生活の有り様は―――いや人間の文明の有り方は、大きく変化していった。

 目の前にない遠隔の景色を見る「視覚拡張」。

 そこにないはずの匂い物質を再現する「嗅覚拡張」。

 自然の音をデータ化し、限りなく自然に信号化し、脳へと直接伝達させる「聴覚拡張」。

 硬さ、弾力性、水気、サラサラ感、寒さ、暖かさを再現する「触覚拡張」。

 世界のあらゆる万物の組成を、人の味雷でどう感じるかを仮想させる「味覚拡張」。

 そして最後に、それら全てを組み合わせた痛みや快楽などの感覚の再現。

 優れたインターフェースを持つこのデバイスの登場によって、テレビやラジオといった既存のメディアは、次々にこれへと統合・吸収されていった。

 正確には、デバイスの登場に加えて、「エデンシステム」が出現してから、なのだが……。


(ほ、本当、に……ゲームから抜け出られたんだろうか?)


 靖樹は自分の身体を見て、今はただ自問自答するばかりだった。

 正直言って、まだ信じられない。

 あの時―――自分は相打ちに、いや……最後の手が運良く相手に決まっただけで、殆ど負けていた。

 第一、勝ったのかもまだわからない。

 あの”プリブラム”と名乗っていた奴を、最後のあの<魔弾頭>で倒せていたとしても、その前に既にシステム的に死亡。敗北しているはず。

 何故、戻ってこれたのだろうか……。


「ふぁ~……」


「!」


 靖樹が座っている学生の一人を見ていると、突然の欠伸と共に彼は目覚め、背伸びをした。

 そして振り返って、靖樹の方を見て驚いたように言う。


「あらっ? ヤスじゃんか。起きたのか?」


 彼は、靖樹と一緒に学校ギルド内で調達班をやっている学生「田倉」だった。

 頭の形に沿っていて、微妙に長く、丸い頭髪が印象的な男子学生だ。


「あ、ああ……つい今しがたなぁ……」


「良かったぜ。さっきいくら起こしても起きなかったからよ」


「さっき?」


「なんかいきなりよ、プレイしてた奴等が一度、全員弾かれたんだよ」


「!」


 靖樹はその言葉を聞いて、自分が体験してきた事がウソではなかった、と事実を突きつけられたような気がした。


「そ、それでみんな、どうなったんだ?」


「今オンラインにインできないか、って試行中だよ。何度かやってるみたいだけど……どうも無理そうみたいだ。意味わかんねぇよ」


「そうか……」


「そういやお前、どこに行ってたんだ? 調達班だったのに、途中から居なくなってたような気がしたんだけど……」


「え? あ、ああ……ちょ、ちょっと用事を思い出しちゃってさ」


「ホントかよ? ……まぁいいや。それよりよ、みんな接続が強制的に切断された時、お前だけどうやっても起きないから、心配したんだぜ」


「俺、起きなかったのか?」


「ああ。なんでかまではわからなかったんだけどさ」


 やがて、プレイしていたらしい学生が皆、起き上がってきた。

 ブースからも続々と生徒が這い出してきた。

 彼らは口々に「ログインできない」とか「ワールドダイブできねぇ」とか口走っている。

 どうやら皆、オンラインに繋ぐ事ができないようだった。


「どうだった? サダ」


 目の前にいた田倉が、「雪野定之」こと”サダ”と呼ばれる学生に訊ねた。


「ダメだ。全然繋がらん。調べてみたんだが……どうも学校のシステム全体がダウンしてるっぽい」


「ウソだろ? なんで……」


「まぁ待て。田所の奴等が戻ってきたら原因がわかる。あいつらは学校の近くでトレーニングしてたはずだから、なにかアナウンスを受け取ってるかもしれない」


 やがて、ブースから靖樹よりも更にガタイがいい”完全な体育会系”といった人間が出てきた。


「おっ、田所。どうだった? 学校近くに居ただろ、お前ら?」


 田倉が訊ねると、神妙な面持ちで田所は応えた。


「信じられんかもしれんが……ワールドインしようとしたら”付近一帯がクローズドされてる”って通知が来てたぞ」


 そう報告した途端、室内が騒然となった。


「はぁっ? ウソだろ? んな事あるはずねーじゃん」


「クローズドって……学校とか閉鎖されたりするのか?」


「ムリだろ。学校とかの公共施設をオールオフラインにするなら、確か都とか市議会の議決だとか、区長の決定とかすげー色んなものが必要なはずだぜ」


 あらぬ事を言われ、田所の隣に居た者たちが反論した。


「ほ、ホントだって!」


「嘘じゃない! 俺達も見たよ!」


 数人が反論し、更に場が騒がしくなってきた所で、部屋の奥から声が響いた。


「全員、静かに! ここはそういった風に使わない事を前提に、使用させてもらっているんだぞ!」


「部長……」


 部屋の中央にある、今では珍しい据え置きパソコンが置かれている席から立ち上がったのは、学校統括ギルド「イクシマ・スクール・アライアンス」を取り纏める学生「早渡憲次はやわたり けんじ」だった。

 彼は、サークルの”部長”を勤める人間であると同時に、ギルドリーダーをも兼任する相当に切れる男だ。

 早渡は、学生が多くひしめくコンピュータ・ルーム内を一声で静かにさせると、咳を一つ払ってから、マイクを使って喋り始めた。


「我々の方でも調べたが―――どうやら、学校のオンラインシステムに不具合が生じているようだ」


 彼の声は溌剌としており、かなり通る声なのでマイクなど使う必要は無いのだが、低い声で伝わりやすくする為に使っているようだ。


「時間もそろそろ8時半になり始めているようだし、今日はここまでとする」


 そして”解散”との声と共に、サークル活動は終了となり、全員家へと戻る事になった。


「ちぇっ、今日はここまでか」


 周囲が次々に帰る準備をしていく中、靖樹はある事が気になり、田倉へ訊ねた。


「なぁ田倉。ミッキーは今日来てないのか?」


「ミッキー? ああ、あいつは確か”今日はちょっと気分が悪いから休む”とか言ってサークルに顔だけ出して帰ったはずだぜ」


「そうか……」



 それからサークルが終わり、全員が帰宅する事となったが、靖樹は校門を出た所でふと、足を止めた。


(……このまま、帰る訳には行かないよな)


 本音を言えば、靖樹はこのまま家に帰りたかった。

 何日も帰ってこなかった現実の中で、安堵の気分に沈みたかった。

 だが―――


「えーっと、確かミッキーの電話番号は……」


 右耳に付けられているデバイスを操作し、通話モードを呼び出す。

 そしてその中からミッキーこと天堂御津貴の、あの世界では”デアルガ”であった友人の電話番号をコールし、待った。


「……」


 繋がらない。何度か通信を切って、再度繋げても結果は同じだった。


(やっぱり、ダメか……)


 自分はこうして現実へと戻ってこれたが、電話が繋がらない所を見ると、あの二人は恐らく戻って来れていないはずだ。

 だから、このまま家へと帰ってしまうわけには行かない。

 学校から家へ戻るには、およそ20分ほど掛かる。

 既に今、およそ10分ほどが経っている。これで更に帰宅までの時間が経てば、ファシテイト内の時間で30分の3倍。つまり約1時間半のロスが発生してしまう。

 そうなると、あの二人を追うのが困難になってしまうだろう。

 今ならまだ、ファシテイトの東京エリアの、恐らくは荒川エリア周辺に居るはずだ。


「えーっと、確か……」


 学校を出て少し走ると、馴染みのあるネットカフェが見えてきた。

 靖樹はすぐさまそこへと駆け込んだ。


「あれ? 学生さんは9時までだからもう……」


「すみません、ちょっとだけでいいから使わせてもらえませんか。ファシテイトで待ち合わせてた用事を忘れちゃってて」


 受付の顔馴染みの人に会い、靖樹は事情を話す事にした。

 本来は、学生は余り遅くにこういう場所にたむろしていると良くないため、店側から断りが入る場合があるからだ。


「でもねぇ、最近は青少年健全化条例って言うのが……」


「お願いします。9時になったら絶対に出ますから」


「う~ん……馴染みの人にそう言われちゃあ、しょうがないねぇ」


「ありがとうございます!」


「でも、あと20分ぐらい。向こうの体感だと1時間ぐらいだよ。用があるなら、急いでね」



「さて……」


 受付を済ませて、全ての準備を済ませ、靖樹はブースの中に入った。

 そして、ファシテイトをプレイするのに推奨されている大き目の安楽椅子「パークスⅡ」に体を横たえて、寝るような姿勢になる。

 あとは、ワールドインするだけだ。


(……)


 ゲームのスタートボタンがパーソナルビューに表示されたが、それを中々押せない。

 知らない内に、身体が震えている。

 再び帰れなくなるかも、と感じてとてつもなく恐ろしい。


「……」


 一旦、起き上がり、深呼吸をしてから考える。

 このまま、ゲームへと入ってしまって大丈夫なのか? と。

 正直言って、かなり危険なのは間違いない。

 再びログアウト不可能になるかもしれないし、最後の相打ちで、自分に対応するキャラデータがなくなっているかもしれないので、入った瞬間に死亡扱いになってしまうかもしれない。

 安全装置は、もはや動くかわからないのだから。

 第一、ゲーム外へと出れた理由すらわからない状態で、再びワールドインするのはやはり危険極まりない。


(ゲームに入る前に、取れる手は取っておかなくちゃな……)


 安全装置だとか、入る必要の無い理由。

 そう言ったものをまず手当たり次第にやってから、入るべきだろう。

 とはいえ、時間がない。さっさとやる事をやってしまわなくてはならない。

 では、最初に何をやるべきか? と考えた時、靖樹の頭に最初に浮かんだ事があった。


「えーっと……」


 再び、通信メニューを呼び出して、電話を掛けてみる。

 今度はミッキーへではなく、”ファシテイトの運営会社へ”だ。

 考えてみれば、直接ゲームを介して会いに行かなくとも、会社の方へ問い合わせれば、何らかの対応をしてくれるかもしれない。

 だが―――


『……―――……―――……』


「?、繋がらない……?」


 いくらコールを行っても会社へと繋がらない。

 運営会社にも、管理会社の方にも、そして開発元にも3度ほどコールを行うが全く連絡がつかない。


「どうしたって言うんだ?」


 普通に繋がらないだけならまだしも、機械音声の対応だとか、そう言う返信すらない。

 ファシテイトの開発会社である『セントラル・ゲーム・メイカーズ』は、世界に名だたる日本の大企業であるはずだ。こんな事があるのだろうか?

 そう考えていた時、ふと、一つの考えが靖樹の脳裏に浮かび上がった。


「……”機械音声ですら、対応できないような事態になってる”とか……?」


 そう思いついて、すぐに靖樹はインターネットを開いた。

 そしてニュースサイトを適当にいくつか流し見して、目を疑った。


『突如意識不明となる人が続出 原因は不明』


『大人気ゲーム「ファシテイト・ファンタジー」をプレイ後、意識が戻らなくなる』


『原因はゲーム? 続々と増える謎の意識混濁症状』


「こ、これは……」


 ニュース・ページを開いてみると、概要はどれも同じだった。


(……”速報”って書かれてる、って事は、ついさっきから始まったって事か)


 ニュースの内容は、要約するとこうだ。


『突然、倒れて意識不明となる人が日本を中心に急に現れはじめた。絶対安全であった「ファシテイト」をプレイしていて、意識が戻らない人も現れてしまい、原因はゲームか? と疑われているが、プレイしていない人間が症状を突然発症してしまう事に説明が付かず、現在、様々な問い合わせがファシテイトの運営・管理会社、そして医療機関に集中している』


(もしかして―――あの”プリブラム”って奴と、自分が戦ったから……?)


 何十人、いや……ニュースになるぐらいだから、もしかすると何千人もの人間が、先程までの自分のように”ワールドマスター”とか名乗る人間に、身体を乗っ取られていた?

 自分があの戦いを行ってしまったから、こんな事態になってしまったのだろうか?


(……馬鹿げてる。一人二人ならともかく……何千人もの人間の意識を一気に乗っ取るなんて、できるはずがない)


 だが、そうとでも仮定しなければ説明が付かない。

 今しがた始まった事であるのも、理由付けにはこれ以上無い材料だ。


(とにかく、ひとまず運営への問い合わせはダメ、か)


 恐らく、今、相当な量の問い合わせが回線を圧迫しているはず。

 これでは通話など、繋がるはずが無い。


(……)


 どうやら―――自力でやる道しか、最初から候補は無かったようだ。


「はぁーっ……」


 大きく溜息をつき、一応、ゲームが9時に強制終了するようセットする。

 今は身体を乗っ取られては居ないので、強制的にゲームから抜ければ、恐らく……身体には戻る事ができるはずだ。

 仮にダメだったとしても、自分が死ぬわけではない……はず。

 どちらも全く保証はないが、やるだけはやっておかなくては。


(こんな、ギャンブル要素ばかりの事はすっげーやりたくないけど、仕方ないなぁ……)


 一応、取れそうな手は全て取ってから、靖樹は覚悟を決めた。

 そして―――ゲームを開始するコマンドを走らせた。


『これから、ファシテイト・ファンタジーを開始いたします』



 酷く深い夢に落ちていくような感覚が、自分を包んだ。

 ふわりと浮かび上がる気がして、身体の奥の奥へと、独特な”冷たさ”ではない”冷気”。

 無重力になった瞬間、脳の全ての皺の間に、空気が流れ込んでいくような、急激な感覚の変化が浸透していく。

 ワールド・インする時に感じている、いつもの感覚だ。

 普段なら、現実から乖離できる事を実感し、気分が昂ぶっていくところだが……。

 今はただただ、”死の恐怖”から来る身体の震えを止める事に必死になるばかりだった。


「―――……」


 やがて、身体に重力感が宿っていく。

 重さを感じる事ができ始め、まるで身体に肉が付いていくようだと錯覚する。

 ゲームに入り込んだ時の、特有の感覚だ。どうやら無事にワールド・インできたらしい。

 何も緊急メッセージ・アナウンスが流れない所を見ると、いきなり”即死”という最悪の事態は免れたようだ。

 しかし―――どこに現れたのだろうか。そして今、身体はどうなっているのか。


「うう、う……」


 目を開くと、夜の空が視界一杯に広がっていた。

 起き上がると、すぐ向こう側に、学校が見えた。

 そして後ろを振り向くと、住宅地の近くである事がわかる。

 どうやら自分は、学校から弾き飛ばされて、学校エリア外へとはじき出された、という感じになっているようだ。

 学校はもう閉鎖領域化が解除されているようで、外から見えるようになっている。

 だが、校舎はもはや原形を止めないほどにメチャクチャになっていた。

 4階建てであったはずだが、中央部分から大きく建物が抉り取られており、4階・3階部分はもはや殆ど爆散し、3階の端っこにあった柱がわずかに残っているだけ、と言う状態。

 1階と2階も、これでもかと外から殴りつけられたように歪んで亀裂が入っており、窓は一つも残っていなかった。


「こりゃあまた酷い事になってるだぁ……」


 しばらく、ファシテイトの学校エリアでの作業は一切出来ないだろう。

 当然と言えば当然なのかもしれない。何せ―――<魔弾頭>を屋上で使ったのだから。


■<魔弾頭/マジック・ミサイル>■

 それは、最強の魔力源子弾攻撃だ。

 主に、全身のエネルギーを腕もしくは胸部に集中させ、一点から極大集中して放つ。

 恐ろしく強力な爆裂弾の属性を帯びており、命中した場所から地平が一瞬歪むほどの爆発を引き起こす。

 どんな敵モンスターにも確実に効果がある為、使う事ができればボス戦で非常に頼りになる魔法攻撃。

 Cランク以下のモンスターならばどんな相手でも一撃で確殺し、Bランク以上でも殆どが致命傷もしくは大打撃を免れない威力を持っている。

 余りにも高威力である為、使用する際は距離を充分に取るか、防壁を充実させていなくてはならない。


「体は……オークのまま、だか……」


 手を見ると、またあの大きな怪物めいた手に戻っていた。

 身体も同じ。服装などは”ラクォーツ”ではなく、前のままだ。

 顔などは鏡がないのでわからないが、恐らく元のままだろう。

 ただ―――


「腕が元通りになってるだ……」


 キャラが元通りにはなっていないが、オークのボディは完璧に治っていた。

 切断されていた右腕は元に戻っており、HPも全快になっている。


「……”アレ”も、もしかして……」


 グンバはふと、二つある道具袋の、少々大きな方へと手を突っ込んだ。

 そして、プリブラムと戦っていた時に使った「大きな筒」のようなもの取り出した。


「ああー……こっちはダメだか」


 取り出した”それ”は、ひどくボロボロになっていた。

 所々が焼け焦げており、あちこちが破損して壊れている。

 そして何より、後部に付属されていた箱のようなものが、少々の欠片を残して完全に消えてなくなってしまっていた。

 それを見て、グンバは酷く落ち込んだ。


(とはいえ、これを使ったから何とか生き残れたんだろうなぁ……)


 この”筒”は、正式には「マナ・エネルギーランチャー」と呼ばれるバズーカの形状をした道具で、本来は”魔力”や”HP”を一気に回復させる”充電器”のような形で使用されるアイテムだ。

 ただ、攻撃用の弾を後部に装填しておけば、武器としても使用可能である。

 しかし元々、武器として使われるものではない為、一度攻撃に使うと壊れてしまい、修理が必要となる。

 修理と言うよりは、再び入手するのと同じぐらいの労力が掛かるので”再入手”と言ったほうがいいかもしれない。

 グンバは、これを万が一の非常時の為に、一応持ち歩いており、それが役に立った形となった。

 非常に高い支払いとなってしまったが……。

 ちなみにこの道具、ランチャー本体だけでも入手に半年~1年ほどは掛かり、攻撃用の弾頭は、更に高額で稀少なものになっている。


「……あっ!」


 がっくりと肩を押していたグンバだったが、ふと”こんな事をしている場合じゃない”と気付くと周辺に誰か居ないかだけ確認して、急いでメニュー・コンソールを開きはじめた。

 「ゲームアウト」項目があるかを確認する為だ。

 一度、ゲーム外へと出る事が出来たが―――


「……ない」


 メニュー項目を何度も隅々まで見るが、ゲームアウトの項目は無かった。

 悪い予感が的中してしまったようだ。

 グンバは、思わず頭を抱え込んでしまった。


(~~~……とにかく、荒川の方まで急ぐだ)


 身体も完全には取り返せず、持ち物もかなり消費してしまい、最初と比べて数段悪い状態へと落ち込んでしまった気がする。だが、もう起こった事を気にして狼狽ろうばいしていても仕方が無い。

 グンバは顔をまた天幕で覆い隠し、持っている地図を参照しながら、住宅街を駆け出し始めた。

 本来なら、再び建物の上を移動していくべきなのだが、もはや余り時間を掛けているわけには行かなかった。



 そしてグンバは都会の中心部を抜け、何とか荒川の方までやってきた。

 途中、誰かのレーダーに引っ掛かり何度か騒ぎになりそうになったが、その度に建物の中に入ったりしてうまくやり過ごした。

 だが結局、ロスがかなり響き、着いたのは30分ほど経ってからだった。


(つ、疲れた……)


 大きな橋の下で、走ってきて切れた呼吸を整えつつ、グンバは次にどうやって二人を発見するべきか考えた。

 現在、ゲーム内の時間ではおよそ夜の10時半に差し掛かるぐらいだ。

 最初に気付いたのが午後8時前後で、ワールドインしたのが8時半になっているかいないかぐらい。だから、ゲーム内の移動時間を加えると、およそ1時間半ぐらいは既に経ってしまっているだろう。

 かなり急いだつもりだったが、遅すぎたかもしれない。


「……」


 周囲を見渡す。

 大きな荒川の橋の下は、薄暗く、土手の斜めに傾いた大地は、寝転がるには最適の地形だ。

 現実世界ではマラソンをしていたり、学生が帰宅の帰り道にしてたりで、いつも人通りがあるらしいが、今のところ人影は見えない。

 ここはレーダーでも別エリアとして示されるようで、自分のレーダーマップには自分自身しか表示はされていなかった。


「広域にしても表示されないって事は……上流か下流か、あと2、300mはどちらかに行かないとダメって事だか……」


 どうするか。1時間半と言う時間を考えると、どちらでもありうる。

 手間取って、もしくは慎重に動いていてまだ下流の方から登ってきているかもしれないし、自分が戦っているのを止めるために、なるべく早くやってきていて、もう開発会社の近くに到達しているかもしれない。

 ここでの選択を間違えれば、時間的にもう終わりだ。


(どっちに行くべきだか……?)


 迷っているその時、僅かに下流側のほうでレーダーが反応した。

 モンスターである事を示す”赤色”の点が点滅し、そしてその周辺に”プレイヤー”を示す緑色の点もいくつかが見えた。


「こでは……!」


 それを見て、すぐにグンバは下流の方向へと走った。



 グンバが下流の方、もう一つ大きな橋の下付近まで走ると、3人のプレイヤーが見えてきた。

 彼らは、橋を支える柱の方を向き、何かを話している。

 三人とも、格好は軽装だが、かなり大型の武器を持っていた。


(う~ん……”ファッション・プレイヤー”だか……?)


 ファシテイト・プレイヤーには大まかに言って3種類ほどのプレイヤーがいる。

 一つ目は、この電想世界をゲームとしてではなくインフラとして捉え、通信や仮想インターフェースだけを利用する「一般的ユーザー」。

 二つ目は、ファシテイトを完全なゲーム、別世界として捉え、世界観にあったゲーム的プレイをする「ロール・プレイヤー」。

 そして三つ目が、そのどちらにも属さない人間。

 ファシテイト内でのロールプレイを、軽く考えて行っている中途半端な層。

 それを「ライトプレイヤー」と呼ぶのだが、その中でも特に程度の低い者たちを

「ファッション・プレイヤー」と呼ぶ。名前通り「ファッション」として適当にゲームをプレイしており、マナーの悪さで言えば随一の者達である。

 彼らには、いくつか共通して見受けられる特徴があるのだが、その一つに

「巨大な武器をやたらと好む」というのがあった。


「……」


 グンバは、すぐに彼らが”ファッションプレイヤー”だろう、と言う事を推測した。

 服装だけが現代的であるのに対し、武器だけがやたらと目立つように作られているからだ。

 そして遠目からだったが、キャラも長身かつ痩身の、いわゆる”イケメン”タイプそのものといった感じで作成されていた。

 できるなら、街中で余り関わり合いになりたくないタイプの奴等だったが、グンバは彼らが向いている先を見て、思わず息を呑んだ。


(デアルガ、キッチェ……!!)


 川に入る手前の土手、そこに立つ橋を支える石柱のふもとに、二人の姿があったからだ。

 彼らは全身傷だらけになっており、二人ともHPが危険値となっていた。

 どうやら―――


(見つかっちまったんだなぁ……)


 荒川に入る前か、それともここを歩いていて運悪くか、彼らに見つかって戦う事になってしまったようだ。

 そして応戦したものの、数、ステータス共に負けているためにそのまま敗北。

 街中にモンスターが居るのが珍しいので、倒すかどうか迷っている、と言うところだろう。


(あと……大体30分、って所だか)


 現在のゲーム内クロックは「11:20」となっている。

 現実時間で言うと、およそ8時50分ぐらいだろう。

 出来るなら、何か策を考えて彼らを追い払いたい所だが、もう時間が無い。


「行くしか……ねぇだなぁッ!!」


 グンバは駆け出し、橋のふもとへと一気に歩を進めて行った。



「待てだぁっ!!」


 グンバが三人のプレイヤーの前に姿を現すと、三人は驚いた風にグンバへと振り返った。


「お、おい……オークまでいやがるぜ」


「今日は変な事が立て続けに起こるねぇ」


 見た感じでは、一人は巨大な両手剣を持っている剣士型。

 もう一人はとてつもなく長く、ドリルのような馬鹿でかい槍を持っている。

 騎士型……だろうか。盾や鎧を身につけていないので、やや判別しがたい。

 そして最後の一人は杖を持っている女魔法使い、という感じだ。

 コイツは恐らく魔法型だろう。

 全員が”容姿端麗”と言う感じで、かなり美形・美麗なキャラ達だった。


「その二人はオラの連れだぁ! そこまでにしてもらうど!」


「えっ……しゃ、喋った……!?」


「えっ!?」


 グンバは、思わぬ反応に思わず身体を仰け反らせた。

 てっきり、今までと同じように言葉が通じないものかと思ったのだが……。


「こ、言葉、わかるんだか?」


「うっわキモッ! なんでオークが喋れんの!?」


「わからね。赤マークだし、なんかバグってんじゃね? キモいしとりあえず殺っとくか」


「だな」


「ちょ、ちょっと待っ……!」


 せっかく言葉が通じるなら……と、言葉を続けようとしたグンバだったが、彼ら三人が「ファッションプレイヤー」である事を、言葉尻から改めて思い知り、止めた。

 ”ゲーム”を”ゲーム”でしか見ていない人間に、事情を説明した所で、聞く耳は持たないだろう。

 ―――戦うしかない。


(くっ……くぞっ! すっ、素手で戦えるだか……!?)



 グンバは、数でも能力でも、劣っている相手との戦いに不安だけしかなかったが、戦い始めると、結果は予想と大きく外れていた。


「そりゃあぁっ!!」


 剣士の巨大な剣での大振りが、グンバを襲う。

 だが、余りにも大振りかつ太刀筋が読み易いそれを、グンバは難なく回避。

 相手が体勢を立て直す前に、鼻っ柱へと拳を叩き込んだ。


「ぐあっ!」


 僅かに剣士から悲鳴が漏れた所で、ボディへと二度、そして再び顔の、顎部分を狙ってコンビーネーション・パンチを見舞う。

 これが簡単に決まった事で、グンバは、彼らがプレイヤースキルの殆ど無い者達であると見抜いた。


「だぁッ!!」


 更に相手の胸倉を掴み、頭突きを食らわせて一気に弾き飛ばす。

 本来、両手持ちの重い武器使いは、ここまで接近されたら距離を取るか、何らかの反撃で相手を退けさせなければならない。

 だが、それを全く行おうとしない。

 ”ただ近づいて、力任せに武器を振っているだけ”で、距離の取り方も、攻撃のコンビネーションもお粗末そのものだ。

 それはもう一人も同じようで、巨大な穂先を持つ槍は、パッと見ると見栄えはあるが、重さに振り回されてばかりで、てんでお話にならない動きだった。


(―――そこだぁっ!)


 槍使いの振り回しを何度か回避し、突き攻撃を仕掛けてきた所で、グンバは反撃に移った。


「はっ、早いッ!?」


 槍をすれすれで回避しながら相手に近づき、武器を持っている手を握る。

 そして身体を逃がせないように、がっちりと肩も掴み、再び頭突きを連続して喰らわせる。

 何も身につけていない人間の頭では、流石にオークの頭突きは効くらしく、3度ほど行うと、一気に2割ほど槍使いの男のHPは減少した。

 そして槍使いが振りほどく動きに逆らわずに、そのままグンバは距離を離した。

 距離が離れると、剣士の男が再び近づいてき始めたが―――こちらの視界がどうなっているか、などは全く考慮していないようで、武器をフラフラとさせながら、正面から正直に近づいてくる。

 ―――弱い。


(これなら……勝ててしまうど……?)


 通常なら楽勝だと調子付く場面だが、これでは辻褄が合わない。

 プレイヤースキルだけで言えば、自分は”熟練者であれどそこそこのレベル”と言う感じで、戦闘能力だけで言えば、むしろ基準よりやや低めのはずだ。

 こんな自分に圧倒される程度なら、自分より至近距離の戦いで強いはずのデアルガが、あんな風に戦闘不能にされてしまっている説明がつかない。

 自分ににじり寄る前衛の二人を牽制しつつ、その原因を考えていると、ほどなくその理由が理解できた。


「どいてッ!!」


 遠くに居たもう一人の女魔法使いらしいプレイヤーが、こちらへと杖を向けた。

 その動作に悪寒を感じたグンバは、咄嗟に道具袋から「魔壁地雷」を取り出して、身体に付け、爆発させた。

 その直後、剣士と槍使いの二人が飛び退き―――


「<雄大火球/ヒュージ・ファイアーボ-ル>!」


「ッ!!」


 女魔法使いが杖を上空ヘ掲げると、大きな火の玉が出来上がった。

 そしてそれをグンバへと向けて、杖と共に振り下ろし、投げ放った!


「やァァーッ!!」


 放たれた大型の火球は、グンバへと命中し、小規模の爆発と共に閃光を放った。

 グンバはそれをまともに受け、全身が炎に包まれた。

 一気にHPを削られていく。


「ぐわぁぁぁぁっ!!」


 やがて火球が弾け飛ぶと、焼け焦げたグンバの身体が、地面に横たわっていた。


「ぐっ、ぐぐっ……」


「勝った……! やったぁっ!!」


 魔法使いがそう声高に叫ぶと、剣士と槍使いも近寄って、勝利した事に歓喜した。


「あっぶねぇ~……コイツも結構強かったなぁ」


「さっきの骸骨もだけど、ザコでもそこそこやる奴が混じってる時ってあんのかねぇ?」


 だが、三人はこの時、勝利アナウンスが流れていない事に気づかなかった。

 グンバがまだ、完全に倒されてはいなかった事に。

 彼の体力は一気に削られてしまったが、異能防御壁を張っていた為、まだ3割程度HPが残っていた。


(くっ……こ、こいつに多分、やられちまったんだな。デアルガは……)


 グンバは倒れたまま、顔だけを動かして女魔法使いが持っている杖を、再度確認した。


(あれ、よく見たら”焼却炉の杖”だぁな……)


 三人とも武器しか持っておらず、しかも前衛二人の武器がやたらと大きく、杖がさほど目立たなかった為に気付かなかったが、あの杖は”課金武器”である事にグンバはようやく気付いた。

 ”課金武器”とはファシテイト内のアイテムを、運営会社から買う事が出来るシステム

(別名をORMTオフィシャル・リアルマネートレードとも言う)を使い、入手する武器の事を言う。

 基本的に、中級程度のものしか手に入らないのだが、持っていれば大抵のザコとは問題なく戦う事ができる。

 彼らは恐らく、武器のみに高課金をしているプレイヤーであったのだろう。

 種類が豊富であるのだが、どれも単調な性能しか持っていない為、対人戦をやっている人間にとっては怖くないのだが、しばらく対人戦をやっていなかった為に、つい忘れてしまっていた。


(なんだ、そういう事だっただか……)


 ちなみにこの”焼却炉の杖”は、魔法使い系クラスの、主に炎属性の魔力を使って戦う者のスタンダードな装備の一つだ。

 ”火属性”を非常に扱いやすくなる武器であり、これさえあれば初心者でも先程のような大型の火球が出せる。

 それはそこそこの威力があり、充分魔法アタッカーとしてメインを張れる威力だ。

 ザコ・モンスターにとっては”脅威”と言う他ない。


(それだけなら……あとは問題ないだっ!!)


 だが―――種が割れてしまえば、いくらでも対策を取る事は可能だ。

 自分は外見こそモンスターだが、心の中までCPUではないのだから。

 グンバは策を一通り考え切り、立ち上がった。



「!、まだ生きてる……っ!?」


「なぁにぃ?」


 グンバが立ち上がると、女魔法使いが驚いた風に言い放った。

 それを聞いて、他の二人もグンバの方を振り向き、再び武器を構えて戦闘体勢へと移行する。


「な、なぁ……」


「あン?」


 グンバが呼びかけると、前衛の二人が、武器を構えたまま止まった。


「も、もう止めにしないだか? オラ、本当はモンスターじゃなくて人間プレイヤーなんだぁよ。このまま攻撃されると、オラ、ちょっと命に関わる事になっちまうかもしれないだ」


「……」


 二人の前衛は、それを聞いて少しの間、沈黙していた。

 だが、二人して顔を見合わせてから、剣士の方が言った。


「キモいからさっさと死ねよ」


 そう言って大剣が振り下ろされた。

 だが―――今度の攻撃も、グンバには命中しなかった。

 僅かに身を引いてかわしたグンバは、溜息を吐いてから、言った。


「なら―――仕方ないだな」


 そういうが早く、グンバは急に女魔法使いへ向かって、駆け出し初めた。

 オークとは思えない俊敏な動きで、一気に距離を詰めていく。


「ッ、しまった!」


「デカード! やれッ! 真っ二つにしちまえっ!!」


 剣士の声に呼応して、グンバの前に立ちふさがっていた槍使いが、槍を横薙ぎに振り抜き、グンバを狙った。

 だが―――


「おっとぉっ!」


 グンバは攻撃が届くギリギリの位置で足を止めた。

 そして槍使いの攻撃が空を切り―――バランスが崩れたのを見計らい、再び走り始めた。

 一撃で決まると思ったのか、槍使いは次の攻撃を放てなかった。


「な、何やってんのよっ! 役立たずッ!!」


「す、すまんッ!」


 グンバはみるみる距離を詰めていく。

 女魔法使いは、それを余裕たっぷりの表情で見つめていた。

 グンバが接近しているのを畏れている様子は全く無い。

 魔法攻撃が万能だと思い込んでいるプレイヤー特有の表情だ。


「イ、ランディル、ザード……」


(そうは問屋が……)


 グンバは走りながら、道具袋の中へ手を伸ばし、何か小さなものを取り出した。

 一見すると、白い袋のようなアイテムだ。

 それをグンバは、足を止めて女魔法使いへと投げつけた!


「えっ!?」


 そして袋が彼女へ命中すると、周囲に膨大な”粉”が舞い散った。

 呪文を詠唱していた女魔法使いは、それをまともに吸い込み、激しく咳き込む。


「ゲホッ、ケホッ! な、なに……これ……!」


 それは”ただの小麦粉”だった。

 様々な料理に使えるために、常備しているアイテムの一つだ。

 本来は戦闘で使用するなど、まずない事だが、初心者の詠唱を中断させるには充分の威力だった。

 グンバは再び走り出し、女魔法使いへと肉薄した。


「きゃあっ! こ、来ないでっ!!」


 グンバは至近距離まで近づき、女魔法使いが持っている杖を、手ごと掴んで封じた。


「ぐぬっ! も、もう詠唱はさせねぇだよっ!」


 彼女は激しく抵抗し、グンバを振り払おうとするが、何度かこういう事を行った事のあるグンバを簡単には振り払えず、ただただ身体を左右に揺らすばかりだった。


「レイナッ! 今行くぞ!!」


 杖を掴んでいると、ほかの前衛が援護に近づいてくる。

 グンバはそれを横目で見ていた。

 はやく、杖を奪い取らなければならない。

 ―――傍目から見れば、そう言う風に見えただろう。

 だが、グンバの狙いは別の所にあった。


「死ねぇっ! ブタ野郎ぉっ!!」


(今だぁっ!)


 グンバの横方向から、槍使いが彼目掛け、大きく上から振り下ろすように、槍で切りつけてきた。

 それを、グンバは待っていた。


「いよっ、とぉっ!!」


 グンバは攻撃の直前、女魔法使いの首元を掴み、槍使いの方へと身を投げさせた。


「ッ!?」


「し、しまッ……!!」


 槍使いの攻撃は止まらず、そのまま彼女を袈裟切りに一刀両断した。

 女魔法使いは、短く―――息なのか断末魔なのか判らない物を吐いて、即死した。


「―――」


 彼女の身体は、ガラスが砕け散るように粉々になっていき、消滅した。

 グンバは、女魔法使いが倒され、その場に残った杖を拾い上げた。


「あ、あやかっ!」


「本名で呼んだらいけねぇだよ。ゲーム内だっでのに」


「……! て、てめえ……!!」


「来いだ。いくら能力的に劣ってるとは行っでも―――おめぇらみてぇな初心者二人程度に、後れを取るほど、腕は鈍ってないど!」


 その後は、一方的にグンバが相手を打ちのめし、勝負はあっけなく終了した。

 何か持っていれば、一応は”武器スキル”が使用できる為、攻撃力が一気に増大する。

 そうなってダメージレースでの不利が補われさえすれば、いくら二人とは言え、熟練者の敵ではなかった。


「がはっ!」


「そりゃぁぁっ!!」


 槍使いを武器スキルのラッシュで一気に倒し、一人になった剣士をも打ち倒す。

 そしてグンバは、トドメに顔を思い切り踏みつけて追撃を行った。

 ゴギリ、と骨が思い切り軋むような音が、周囲に響き渡った。


「がッ……!!」


「悪く思うんじゃないど。これが勝負ってものなんだぁ」


 剣士のHPも赤色の危険域を一気に突破し、ゼロになった。

 そして、彼の身体もガラスのように砕け散っていき、消えた。

 それを確認して、更にレーダー表示を見て、周囲を見る。

 もう緑色のプレイヤーを表すマークがない事を確認し、グンバは膝に手を当てて息を吐いた。


「はぁーっ……はぁぁー……」


 何とか、勝つ事ができたようだ。

 流石に素手のまま、三対一というのは骨が折れる。

 更に、相手と違ってまだ自分は命が掛かったままなのかもしれないのだから、尚更疲れるというものだ。

 グンバは思いがけず手に入れられた”焼却炉の杖”を道具袋の中へ放り込み、デアルガとキッチェの元へと急いだ。



「……ルガ……るど……」


 遠くから響いてくる声を聞いて、デアルガはびくりと身体を跳ねさせた。


「うおっ!!」


「大丈夫だか?」


「ヤ、ヤス……か?」


「んだ。死んでなくて安心したど」


「お、お前……ッ、なんでここに居るんだ? 俺も死んじまったのか?」


「”も”ってなんだど。失礼だなぁ」


 グンバはデアルガに、そう愚痴をこぼすと、キッチェの方を起こし始めた。

 スライムの身体を軽く叩き、身体をゆすって覚醒を促す。

 デアルガは、頭をさすりながらグンバに訊ねはじめた。


「こ、ここ、は……どこだ?」


「北千住の辺り……じゃないだか。たぶん」


「そうか、あの時、不意打ちを喰らって……」


「不意打ち?」


「ああ。遠くから魔法攻撃を喰らってな。レーダーを狭域から切り替え忘れちまってたんだ」


「なるほど……そうだったんだか」


 グンバが何度か身体を揺らしていると、キッチェもHPが戻ると共に、意識を取り戻した。


「あ、あれっ……あたし、やられちゃったんじゃ……」


「あいつ等は、何とか倒しただよ」


「あれっ、グ、グンバ? なんでアンタ、ここに居るの……?」


「それをこれから話すだよ」


 グンバは二人をヒーリング状態にして、今まで起きた事を話した。

 学校エリアに入って”プリブラム”という自分の身体を乗っ取っていた人間と会った事。

 そしてそいつが自分を”ワールドマスター”と名乗った事。

 その後、凄まじい力を行使して攻撃してきたプリブラムと戦い、何とか勝った事。

 そして、一度死んだように思えたが―――何故か死なずに済み、現実へと一度戻れた事。

 そのまま、家へと戻らずに二人を探してここまでやってきた事。

 更にその後、三人のプレイヤーと戦った事。

 それらを全て話した。


「えっ? まさか……お前、あのマナ・エネルギーランチャー、使っちまったのか!?」


「んだ……」


 狼狽するグンバをよそに、キッチェが訊ね、デアルガが応える。


「なにそれ?」


「とんでもなくレアな攻撃アイテムだ。武器自体も、使う弾もな。お前……あれをよく使う気になったな……」


「んな事言われても、仕方ねーだよ。使ってなかったら、多分今頃、オラの方がやられてただ。そして、恐らぐは本当に死んでただ……」


 沈んだ声でそうはき捨てるグンバに、キッチェが訊ねる。


「ねぇ、その……”白い手”って、誰の手だったの?」


「わがんねーだ。多分、女の人だど思うんだけんども……」


「ふぅん……」


 興味深々にキッチェは話を聞いていた。

 もしかすると、こういうロマンスを感じさせる話が、彼女は好きなのかもしれない。


「結局、ゲームアウトする条件はわからねェままか……」


 デアルガがそう呟くと、場に重い空気が立ちこめた。

 無理もない。一度出れたとは言え、再びワールドインして、またゲームアウトする事が出来なくなってしまったのだ。

 僅かに見えた光明が、叩き潰されたようだった。


「これから、どうする? このまま運営の方へ向かってみるか?」


「……それは、止めておいた方がいいだ」


「どうしてよ?」


 キッチェがグンバに訊ねた。


「”外”では、オラがプリブラムと戦った反動なのか、行方不明者が続出してるみたいなんだぁ」


「マジかよ」


「ウソでしょ!?」


「多分……こういう風に現実世界の人間の身体を奪い取られてたのは、オラ達だけじゃあなかったって事なんだど。前に、キッチェが言ってたけども……恐らく、結構な数が被害者になってると感じただぁ」


 そう言ってから、グンバは荒川の上流の方を向いて言った。


「だがら……このまま運営の方へいっちゃ、いけないだ。オラ達が思ってる以上に、大掛かりな事をやってる可能性があるだよ」


「しかし……それなら、これからどうするんだ? 取れる手らしいものが全くねェじゃねェか」


「それは……そうだけんど……」


 ―――見つけました。


「ッ!!」


 グンバが答えに詰まっていると、聞き覚えの無い声と共に、何か不思議な雰囲気が、急に辺りを包んだ。

 グンバ達が声のした方向を見ると―――


「なっ、なんだ……ありゃあ……!?」


 今、グンバ達は橋の下、陰になっている場所にいる。

 外には、ネオンの灯りで出来ている”夜の日向”があり、そこからは少々明るい夜の世界が広がっているが、そこから、何かがこちらへと近づいてくる。

 それは、陰の中へと入ったというのに、身体が光り輝いていた。

 まるで―――全身が、光るガラスに映し出されているかのような、不思議な姿をした”少女”だった。


「あな、た、タ、が……プリブ……ラム、と……た、タ、戦った……方、でしょう、か?」


「え、あ、ああ……そうだけんど……。だ、誰……だか?」


 ガラスの少女は、時折、身体に妙なものが走っていた。

 映像が乱れるような、ノイズというか、波のようなものだ。

 それは、彼女が、今にも壊れてしまいそうな状態である事を物語っていた。


「私は……貴方、を、探シ、て……い、マした」


「探してた、って……?」


 キッチェが訊ねると、ガラスの少女は、静かに応えた。


「私、ハ……”マルール”。プリ……ブラム、と同ジ……ワールド、マスター……の、一人デす」


 バチバチ、と電気の接触不良が起きているような音が、鳴っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ