11:”公立幾島情報高校エリア”へ-BOSS(2)-
ゲーム「ファシテイト・ファンタジー」から脱出するため、ゲーム内の日本エリアに存在する、現実世界の学校を再現したエリアへとやってきたグンバたち。
だがそこで出会った自分自身には、自らを「プリブラム」と名乗る”何か”が宿っていた。
グンバは、ひとまず他の二人には逃げるよう指示し、自分はひとまず応戦を試みる。
だが一瞬で右腕を破壊され、その余りの能力差を見せ付けられた。
倒す事は不可能であると判断し、自身も逃げようとするグンバだったが、学校エリアを高位管理者権限によって封鎖されてしまい、逃げる事も不可能になってしまった。
もはや倒すしか生き残る道は無いが、どう考えても戦闘能力差を覆す事は不可能。
半ば諦め、最後の時を迎えようとしていたグンバだったが、相手の腰に、かつて自分が様々な攻撃アイテムを入れていた”道具袋”がぶら下がっている事に気付いた―――
(文字数:11678)
真夜中の学校。外界から閉じられた学校エリア。
その駐車場スペースの一角に、二つの人影があった。
「さて、と」
一人が大型のサバイバルナイフを抜き、もう一人へと近づいて行く。
やや小太り目のもう一人は、膝を着いた姿勢で、それを待っている。
(……)
グンバは、もうすぐ目の前のプリブラムによって死刑執行の瞬間が訪れるのを、待っていた。
だがその”待機”は、諦めのものではなく”反撃”の為のものだった。
やがて―――グンバの目の前で、プリブラムが足を止めた。
その瞬間、グンバはプリブラムの足元を見たまま、大きく息を吸い込んだ。
これから、起こる事を考えれば、一瞬たりとも気を抜けなかったからだ。
スピードに差がある以上、動き始めるのは”予測”してからでなくてはならない。
息を止め、命を削るほどに―――全神経を集中した。
(―――来いだぁ!!)
そして、グンバはプリブラムの一挙一足に注意を向けた。
その瞬間―――時間の流れが、恐ろしく鈍くなったような気がした。
「じゃあ―――ねッ!」
何十秒もかけて―――プリブラムから言葉が放たれると、彼の腰の辺りがピクリと僅かに動いた。
それが、合図だった。
(―――今だぁッ!!)
厳密には、まだプリブラムの身体は動いていなかった。
だが、その動きに反応し、グンバは動き始めた。
肩を前へと動かして、全身から力を抜き、上半身を縦に大きく動かす。
滑らかに腰を下げ、まるでお辞儀をするように身体を落とした。
狙っているのは、恐らく―――”首”だ。
そう推測しての動きだった。
「うッ!?」
プリブラムが放った大振りの一撃は―――当たらなかった。
グンバの頭に生えていた僅かな頭髪を刈り取っただけで、刃は空を切った。
プリブラムが狙っていたのは、やはり”首”だった。
転瞬、グンバはそのまま立ち上がるのと同時に、プリブラムへとタックルの要領で左肩から突っ込んだ!
「ぐあッ!」
短い叫び声と共に、二人は衝突を起こし、プリブラムは弾き飛ばされた。
そして―――
「とっ、取れただ……!!」
急いでバックステップで距離を離したグンバの手には、
プリブラムの腰にあった道具袋が握られていた。
「ぐ……こ、この期に及んで……まだ悪足掻きをする余裕があるんだねぇ……ッ!」
グンバは怒気が含まれ始めたプリブラムの声を聞き、顔を青くしつつも、急いで袋を右腕の脇で挟み、持った。そして、左手の人差し指で、袋の表面をなぞり始めた。
本当なら、すぐにでも腰に身につけて戦闘体勢を取らなければならないのだが、まずはドラップを解除しなくてはならない。
(確か……トラップは”暗号爆弾”のはずだぁ)
自分の記憶通りなら、前に仕掛けていたトラップは「暗号爆弾」のはずだ。
これは袋自体に暗号鍵を仕掛けるというもので、持ち主は問題ないのだが
第三者が手を入れて道具を取ろうとすると、袋から爆風が発生し、窃盗を試みた者のみに大ダメージを与えるというものだ。
ただし、これは袋に設定されている”鍵”を何らかの形で解除すれば、免れる事が出来る。
(確か”キー”は……”y2cswa11”……)
グンバが急いで袋の表面を指でなぞり、文字を書き終わると、袋が少々激しく震えた。 そしてカチリという金属音と共に、袋の口が開いた。
(や、やっただ……ッ!!)
グンバの顔が一気に明るくなったのを見て、プリブラムは訝しげに言った。
「そんな”何も入ってない袋”なんて取って、何喜んでるのさ?」
「……!」
プリブラムからすれば、ただの悪足掻きを皮肉った言葉であったのだろうが、その瞬間、グンバは”ある事”を確信した。
そして―――急に自分の身体の中で、勇気が沸き立ってくるような感じがした。
グンバは袋から「小さな丸型のボタン」のようなものを取り出し、身体にくっつけた。 そして、プリブラムの方へと向いて、言った。
「今の台詞で、確信しただ」
「何をさ?」
「おめぇ―――”素人”だぁろ?」
「何……?」
急に調子付き始めたグンバのその台詞を聞き、プロブラムは僅かに眉を寄せた。
「これは……空なんじゃなぐて、トラップを解除できなけりゃ、中身を取り出せなかっただけなんだぁ。ちゃんと、中身が入ってるんだぁよ」
「……」
グンバは更に続けて言う。
「さっきのフラグの話も、今のこの道具袋のシステムの事も、おめぇは―――ゲームを全然知らない、ド素人の話し方をしてるだ。恐らく……オラが今話してるトラップ・システムの事も、全然理解できてないんじゃないだか?」
「……それで?」
「つまり、おめぇは”チート”、いや”チートみたいな”事こそ出来るみたいだけんども、それ以外は全くプレイスキルのない”ただの初心者”だってことだぁ」
「だから……何なの? それでこの圧倒的な力の差を、何とかできると思ってるのかい?」
グンバの問いかけに、余裕たっぷりにプリブラムは応えた。
グンバは、呆れた風に溜息を吐いて、それに対して言った。
「今言ったその台詞が、どんだけヤバイのか、わかってないだぁな……」
グンバは人差し指を空へ向けて、言う。
「例えるなら―――”完全武装の騎士が切りかかってきて、絶体絶命”」
「で?」
「でも―――”本物だったのは持ってた武器だけで、あとは全部ハリボテだった”。そんな感じだぁな」
「へぇ、面白いじゃないか。じゃあその”中身入りの袋”があれば、そんなボロボロの状態でも、武器を持ってる相手を何とかできるってのかい?」
「何とかできる? 何を言ってるだ?」
一拍置いて、グンバは言い放った。
「もうオラの勝ちだぁよ!」
「何……!?」
言うが早く、グンバは素早く道具袋から何かを取り出し、相手に向かって向けた。
すると、グンバの指先から光の奔流が打ち出され、プリブラムに命中した。
「”震電の魔法棒”!!」
「ぐっ、うあぁッ!?」
命中すると彼の身体には電流が流れ込み、身体を激しく痙攣された。
全身をムチで打たれたかのような、強烈な衝撃が走り、プリブラムは膝を着いた。
「なっ、なん……ッ、だっ……!?」
「ボディを有り得ないぐらい強化してれば大丈夫だと思ってたんだろうけんども、いくら強化してても、”異能防御壁”を張ってないんじゃ、裸と大差ないだ!」
「い、異能防御壁……!?」
プリブラムは、グンバが言っている台詞の意味がわからず、思わず問い返した。
「そんなんなら、いくらでも倒す方法はあるだよ!」
「ぐっ……!」
場に急速に、戦いの空気が充満し始めていった。
■
(かっ、身体が……! 痺れ、て……動きが……ッ!)
プリブラムの動きは、痙攣して立つ事もままならない状態となっていた。
かなり強力な電気攻撃を受けてしまったらしく、身体全体が痺れ、手を思い通りに動かす事もろくにできないようになっていた。
それを見て、グンバは追撃のチャンスであると確信した。
だが、持っていた棒はしまい、道具袋を再び漁った。
(やっぱ連発が利かないのが欠点だなぁ、これは……)
”震電の魔法棒”は、何度か使う事ができる攻撃アイテムだが、チャージに時間が掛かるのが難点のアイテムだった。
もうこの戦闘中は、これを使う事は出来ない。
(えーっと……確か、まだ”アレ”があっだはず……)
グンバは袋を漁り、今度は巻物を取り出した。
そしてそれを広げながら、高らかに叫んだ。
「水撃嵐の巻物!」
グンバが書かれている発動キーを読み上げると、巻物から回転する水の塊のようなものが現れた。
まるで洗濯機のCM辺りで使われていそうな、”水の竜巻”とでもいうべきその物体は、しばらく滞留した後―――プリブラムへ向かって、放たれていった!
「ッ!」
巻物から信じられない量の水流が、プリブラムへと向かって流れ込み、周囲に激しく
水飛沫を散らせた。
「うぐっ、あああぁぁぁッ!!」
やがて―――プリブラムは流れに押し負け、そのままプレハブの方へと水流ごと叩き付けられた。
そして、高所から水が落ちた時の独特の音と、金属製のものが破壊される音が鳴り響き、プレハブは一気に破壊された。
周囲に水が更に撒き散らされ、水溜りが随所に出来上がる。
グンバは、プリブラムの方へ近づかないようにプレハブの方向を窺った。
「ど……どうだぁ!?」
倒れているだろうか? 出来れば倒れていて欲しい。
何故なら、今使った”震電の魔法棒”と”水撃嵐の巻物”は、共に結構なレアリティを持つアイテムだったからだ。
攻撃アイテムを今更、使い渋っているわけではない。
命が掛かっている今、そんな事はグンバの頭には欠片もない。
だが”今使えるもの”としては、かなり強力な方に入るものであるから―――もし、
これでダメージを与えられなかった場合は、もう手がなかったのだ。
(どれぐらい効いてるだ……!?)
そもそも、相手のHPが今、どれぐらいあるかわからない。
ファシテイトの戦闘システムでは、相手を戦いを繰り広げている時間が長ければ長いほど、色々な情報が判明するようになっている。
戦闘が開始されて、おおよそ10分ほどが経つので、HPの最大値ぐらいは表示されてもいいはずだが、どうやらかなり強力な隠蔽が掛かっているようで(もしくはこちらの分析能力が余程低いのか)、名前の不確定名だけが今の所見えているだけだった。
(今のオラのHPは……)
グンバは、自分のパーソナルビューの左上に出ているゲージを、ちらりと見た。
ゲージはかなりの幅が赤く染まっており、おおよそ”3割強”ほどしか残っていない。 能力差のある相手から何度か攻撃を喰らっているから、3割でも奇跡的なのかもしれないが、かなり心もとない残量だった。
何故なら、もう回復アイテムは、一つも手元には無かったからだ。
(コイツが尽きる前に、アイツを倒さねぇど……!)
プリブラムは、確か―――自分を倒したら”残りの奴等を追う”と言っていた。
それは恐らくは、デアルガとキッチェの事を指しているに違いない。
ならば、出来るならここでプリブラムを倒すか、しばらくはゲーム続行不可能になるほどのタメージを与えなければならない。
でなければ、仮に閉鎖領域から逃亡できても、遠からず全滅する事に変わりはないだろう。
ここで―――”勝負を決めなければならない!”
「……!」
瓦礫のある方向を見つめていると、人影が立ち上がった。
そして同時に―――HPゲージが表示された。
ゲージの幅はおよそ3割少々ほど削られており、期待していたほどではないが、確実にダメージを与えられているのが確認できた。
「うっ……!」
プレハブが破壊されて起こっていた煙が消えて、再びプリブラムが姿を現した。
その顔からは、先程の余裕を滲ませた笑顔は消え去っていた。
冷徹そうな、”敵を睨む目”が、こちらへと向けられていた。
(……本気になっただな……)
先程までと、全く様子が違う。
”負けるはずは無い”と戦いを楽しんでいる様子だったさっきと違い、状況を理解し、本気で戦う気になったようだ。
「どうやら……甘く見すぎてたみたいだ……」
プリブラムはそう言って、片手に何かのエネルギーを溜めた。
そしてもう片手を前に出して、何かを呟いた。
その動作は、見覚えがあるものだった。
「あ、あれは……!」
「”ベイルザイオンの理よ。我が前に立ち塞がるモノを打ち壊し給え。我に牙を剥く愚か者を―――天高く、掃い飛ばし給えッ!!”」
プリブラムがそう呟き終え、両の手を組み合わせ、エネルギーを合体させた。
そして、光がより一層輝きを増すと同時に、両腕を空へと掲げ、叫んだ!
「<破砕業風/ハリケーンジャイロメント>!!」
途端に、プリブラムを中心にして、強風が吹き荒れ始めた。
周囲の様々なものを巻き込み、まるで巨大な壁のようになっていく。
「ご、合成術だか!?」
プリブラムが発動させたのは、複数の魔法を同時に使い、上位魔法へと変化させるものだった。
プリブラムは、そのまま動かず、グンバに向かって言った。
「謝るよ」
「!!」
「確かに……君をちょっと舐め過ぎてた。油断が……過ぎてたみたいだね……」
プリブラムの周囲を取り巻いている竜巻は、周囲の様々なオブジェクトを取り込み、
破壊の力を孕んだ嵐へと変貌していった。
「だから―――」
「や、ヤバッ!」
「本気でッ! 殺すッッ!!」
グンバはそれを聞くなり、背を向けて校舎のほうへと逃げ出した。
プリブラムは―――様々なものを巻き込んだ竜巻ごと、校舎へと突っ込んできた!
■
轟音と共に校舎が見る見る崩れていき、破砕された破片が周囲に飛び散る。
グンバが校舎の端の、階段の方へと辿り着くと、竜巻の壁を破り、プリブラムが後を追いかけてきた。
電撃を受けているせいか、最初ほどのスピードは無いが、纏っているプレッシャーは段違いだった。
「<魔刃/メイジスラッシャー>!!」
プリブラムが指を三本立て、グンバへ向かって振りぬくと、いくつもの魔力の刃が放たれた。
グンバはそれを確認すると、身体に予め取り付けていた”ボタンのような道具”を押した。
すると、押したモノが小さな爆発を起こし、グンバの体の表面に、電磁波のようなものを波打たせ、身体全体を包んでいった。
そしてグンバは、飛んでくる魔力の刃がなるべく当たらないよう、姿勢を低くしながら道具袋に手を入れた。
身体を逸らせ、魔力の刃を回避しようとする―――
(確か、<魔刃>のジェネレートパワーは1200位だったはずだぁ……ッ!)
グンバに刃のいくつかが命中し、彼は大きく身体を仰け反らせた。
それを見て、プリブラムは顔を歪ませ、勝利を確信した。
グンバのHPゲージが、大きく削られていく。
(勝ったッ!!)
だが―――HPゲージは、ゼロになる手前で止まった。
「何ッ!?」
先程、グンバが使った道具は「魔壁地雷」というものだった。
能力は「身体にくっつけた状態で爆発させると、小規模の爆発と共に使用者の身体を”異能防御壁”が一枚覆う」というものだ。
張られる壁の品質自体は低く、そう耐久力・有効時間共にあるものではないが、これがある、なしでは魔法攻撃などが命中した時のダメージが全く異なってくる。
更に言えば、<魔刃>は設定されている出力エネルギー(これを”ジェネレート・パワー”という)が全体で2000ほどに設定されている。
だから、命中率や殲滅性能にこそ優れるが、バリアを削ったりする”点”の攻撃力自体は低く、防御壁を展開さえしていれば、大幅にダメージを減らすことができ、グンバの能力でも受け切ることができたのだった。
グンバは、恐らく強力な遠距離攻撃、それも魔法攻撃の打ち合いになる事を見越して、道具袋を奪い取ったすぐ後に、これを保険として身体に付着させていた。
「な、何でだ……何で耐えられるんだ……!?」
てっきり勝負が決まったとばかり思い、プリブラムの動きが止まった。
グンバはそこを見逃さず、足を止めたプリブラムの方へ、袋から取り出した”何か”を投げつけた。
「どりゃぁぁっ!!」
投げつけられたそれは―――”青白いガラス玉”のようなものだった。
大きさはボウリングの玉ほどはあり、そこそこに大きい。
だが、透き通っているそれは、中身に何か”ギラギラと輝く水”のようなものが充満していた。
投げた後、グンバは急いで階段を駆け上がり始めた。
そしてグンバの姿が丁度消えた時、放り投げたガラスの玉が、爆発し―――
「ッ!!」
”白い何か”が、爆発するかのように、周囲にとてつもない速さで伸び始めた。
”蜘蛛の糸”のようなそれは、一見すると何も効果がないモノのように見えた。
だが、それは周囲に突き刺さりながら、何度も跳ね返り、まるで、獲物を求めるかの如く、プリブラムの方へと向かって行った。
それが何か、プリブラムは眼前に迫って、やっと理解した。
(こ、これは―――!)
それは―――”氷の刃”だった。
鋭く生長を続けるそれが、危険なものである事を遅まきに理解し、プリブラムは近くにあった職員室へと飛ぼうとしたが、部屋の方向へと逃げる動作が遅れた。
命中しても大した事がないだろうと思っていた為に、初動が足りなかったのだ。
「―――!!」
様々な方向から、うねり狂って飛んできた氷の槍は、プリブラムの身体を貫いた。
■
少年の悲鳴が、二人しか人の居ない校内に響き渡った。
「はぁ……ハァッ……」
2階に居たグンバは呼吸を整えつつ、1階のプリブラムの方向を向いた。
そして、小さく確認できるHPゲージを見た。
ゲージは―――大きく削られたようだが、2、3割ほどを残して減少は止まっていた。
「な、なんつー頑丈さだぁ……」
相手は、特殊攻撃を防御する”異能防御壁”システムを全く利用していない。
これは言動などから、ほぼ確定している。
何より、”ラクォーツ”には異能防壁を発生させる能力も、装備に防御する能力も殆どない。
道具を以って戦闘能力を補完するようになっているため、これは間違いないはずだ。
だからあの”プリブラム”は、ほぼ特殊防御力ゼロの状態で特殊攻撃を受けている。
それなのに―――まだ生きていられるのが信じられなかった。
先程から使っていた道具は、全くの無防備な状態で受ければ、どれも一撃で勝負が決まっておかしくないものばかりだ。
特に先程の珠「アイス・ハザードの宝玉」などは、まともに命中すれば、例えCランクのボスモンスターでも致命的なダメージを与えられる代物だ。
それを耐え切れるという事は、一体どれだけ強化されているのか。
「あとは……」
グンバは、道具袋に手を入れ、操作パネルを開いた。
そして表示された中身の一覧を見ながら、次の手を考えた。
(……この中で、あと、使えそうなのは……)
もう大した攻撃アイテムはあまり残っていない。
装備品の強化を行っていた為、袋の中は素材アイテムばかりになっていたからだ。
一応、攻撃用のアイテム自体はある事はあるが、どれも今まで使っていたモノと比べると、能力が低く、これでは恐らく威力が足りないだろう。
あの頑丈さを見るに、プリブラムを倒すには、先程までに使ったものと同レベルの攻撃アイテムが、せめてあと”二つ”ほどは必要だ。
「武器もだけんど、何よりもう……これ以上、逃げ回ってられないだ」
武器の数も不安であったが、時間ももはや無いだろうと、グンバは考えていた。
校舎内を逃げ回っていれば、いずれ何処かへと追い詰められる。
この建物は4階立てで、構造上、実際に攻撃できるのは―――もう後一度ぐらいが限界だろう。
だから、もう勝負は一撃で決めなければならない。
でなければ、相手のタフネスにそのまま押し切られ、こちらが敗北する。
「……」
こんな状況を打開できるはずが無い。詰んでいる―――
そう一瞬思ったが、グンバは薄々気付いていた。
”一つ”だけ、この状況を打開する事が出来るものがあることに。
しかし……。
(”この手”だけは出来れば使いたくないだ……)
グンバは、自分のHPゲージを確認した。
(それに……距離次第じゃ、こっちまで巻き込まれるだ)
HPゲージは、もう残り一割を既に切っており、ステータスは”戦闘不能”の状態へと変わっていた。
今の所は、なんとか自分自身の精神力で動けているが、もうこれ以上、かすり傷一つ負うわけには行かない。
ゼロになったら、システム的に死んでしまう。
(とにかく、距離を稼がねぇど……)
グンバは、階段を駆け上がっていった。
■
やがて、校舎の屋上へと出た。
校舎全体が見渡せる、かなり広い空間だ。
(ここなら……距離的には充分だなぁ)
グンバをそういいつつ、出口から距離を取った。
なるべく校舎の端に寄って、距離を稼いででおかなくてはならない。
これから使う”最後の手”は、余りにも強力なため、近づきすぎているとこちらまで巻き込まれてしまう。
(……)
グンバは、位置を決めてプリブラムを待ち構える準備を始めたが、その時、一つの懸念を抱いた。
全てが、うまく動いてくれれば、それで問題なく終わる。
だが―――もしかすると、失敗するかもしれない。
その時は……
(一応……一応、保険として、やっておくかど……)
グンバは、道具袋の中から、注射器のようなものを取り出して、身体に刺し込み、薬剤を身体に打ち込んだ。
「グッ……!」
それを終えた時、地響きのような轟音が、校舎内に響き渡り始めた。
それはやがて、屋上のほうへと近づき始め―――
「!」
屋上の一部分が破壊され、そこから竜巻のようなものが噴出してきた。
瓦礫や机などが、一気に飛び出していき、最後にプリブラムがそこから現れた。
「ハァッ、はぁぁっ……!」
彼の全身は血まみれになり、傷だらけとなっていた。
左目が潰れ、右腕がぶらりと垂れ下がっている。
恐らく、氷の刃がモロに全身へと突き立てられたのだろう。
「見つけたぞッ……!!」
プリブラムから発せられた声は、おぞましい怒気を帯びていた。
グンバは、プリブラムから発せられたその声にも身震いしたが、それよりも―――
(し、しまった……!)
位置が悪すぎる事に、心の底から戦慄した。
プリブラムが、階段を上らずに直接大穴を開けて屋上へと上がってきてしまった為、
結果的に距離を詰められてしまったのだ。
プリブラムから一気にこちらへと飛び掛ってくるには遠すぎる距離だが―――
(ち、近すぎるだ……ッ!)
「さぁぁぁぁっ……何か、やって……きて、みろよ……!!」
”アレ”を使うには距離が近過ぎている。
これでは―――こちらも巻き込まれしまう。
「僕は……この……まま……お前を……撃ち抜かせてもらうッ!!」
プリブラムが手をかざし、全身の精神力を集め、6発の緑色のエネルギーを集めた。
魔力源子を司る緑色のそれは、どう見ても<魔弾>の形状をしていた。
もう、時間がない。
「……」
グンバは、苦い顔と共に目を閉じ、わずかに思考を巡らせた。
(か、考えろ、考えるだ……!!)
”アレ”を使うには距離が近すぎる。相手はボロボロになっている。
左目が潰れている。右腕も恐らくは使えない。ここは校舎で、持っている道具は……。 そう、生き残る為の思考を必死に巡らせた。
だが―――
「死ねッ!!」
プリブラムの放った<魔弾>がグンバへと降り注いだ。
グンバは―――それを避けられなかった。
緑色の弾丸が、体を貫いた瞬間、システムメッセージが流れた。
『体力値が許容量を超過しました。あなたは―――死亡しました』
(―――ッ!!)
「やった……ッ! 勝った、勝ったぞ!!」
そのメッセージが流れた瞬間、プリブラムは顔を綻ばせた。
「見たかよっ!! ブタ野郎がッ!!」
グンバは急速に、視界がぼやけていくのに気付いた。
夜の空に浮かぶ星が滲んで、ただの白っぽい染みのようになっていく。
どうやら―――自分は、ここまでのようだ。
かなり健闘したと思ったが。結局、力が及ばず。
このまま、死ぬらしい。
(み、ミスっちまっただ……)
色んな記憶が、頭の中にフラッシュバックして行く。
学校での記憶、ゲーム仲間と遊んでいた記憶。
家で家族と過ごしていた記憶。そして―――。
―――死ぬんじゃねェぜ。
―――死なないでよね!
僅か三日ほどであったが、旅を共にした二人の記憶が、頭の中で流れていった。
(……)
「これで、アイ姉さんにもドヤされずに済む……」
プリブラムが安心したようにそう言って後ろを振り返ると、床を引っかく音がした。
それに反応して彼が振り返ると―――信じられないものが見え、彼は双眸を見開いた。 何故なら―――
「……ッ!!」
グンバが、起き上がっていたからだ。
うつむきながらも、フラフラとした動きで、立ち上がった。
それどころか―――何かを道具袋から取り出して、プリブラムへと向け始めている。
「な、なんで……!? なんで、死なない……ッ!? なんで……!!」
動揺するプリブラムをよそに、グンバは”それ”を構えた。
向けている道具は、一見すると”大きな筒”のような形状をしたものだった。
筒の後ろ、グンバの背中側には大きな長方四角形の箱がついている。そして逆の、筒の尖端には、下へと伸びる取っ手があり、それをグンバが握っていた。
(万が……一、の時の為……に、”肉体強化剤”を飲んでおいて良かった、だ……)
グンバは、もしかすると自分の方が打ち負けてしまうかもしれないと考え”肉体強化剤”を飲んでいた。
これは、本来は自分の筋力や敏捷などを上昇させる為のものだが―――
”死亡した後も少しの間動き続けられる”という副作用を持っていた。
システム的には死亡しており、本来はもう動く事は不可能だったが、これを使えば”相打ち”には確実に持ち込める。その”保険”の手であった。
「お前、の武器が……”弾丸”……なら……―――!」
呼吸が乱れて、視界が良く定まらない。
だが―――グンバは、飲んでいた薬と持ち前の精神力。
そして今までの経験で狙いをつけ、プリブラムを捉えた。
「くッ! ま、<魔弾>!!」
再び、プリブラムが<魔弾>をグンバへと発射した。
それが到達する前に、グンバの最後の叫びと共に、引き金が引かれた。
「こっちは―――”弾頭”だぁ―――ッ!!」
「!!」
「<魔弾頭/マジックミサイル>!!」
巨大な緑色の弾丸が、グンバの構えていた筒から発射された。
それはプリブラムの放った<魔弾>をも飲み込み、更に巨大化して、プリブラムの方へと凄まじい勢いで飛んでいった。
「うっ、うわぁぁぁぁ―――ッ!!」
短い悲鳴の後に、周辺一体の空気が、急激に凝縮された。
そして次の瞬間―――とてつもない爆発と閃光が、世界を走った。
グンバはその爆風に吹き飛ばされ、身体が炎に包まれていった。
(これで、いいだ……これ、で……)
これで……とりあえず、プリブラムはすぐに他の二人の後を追えないはずだ。
アイツは、ゲームマスターであったが、運営会社の方へと行けば、まともな人間もいるはずだ。だからこれで、デアルガとキッチェの二人は、助かるはず。
これでいい―――。これで……。
(……)
自分の身体が、壊れていく。
まるで、ガラスが割れるかのように、亀裂が身体へと走り、足元の方からオークの身体が崩れていった。
それをグンバは目にしたが、恐怖や痛みなどは全くなかった。
ただ―――酷く眠い。
世界が光に包まれて、ひたすらに眩しくなっていくというのに、意識がどんどんおぼろげになり、世界へと溶けていく。まるで、とてつもなく深く入り込んでいた夢から、無理矢理に剥がされるような感覚だ。
(これ、が……”死”だか……)
グンバは、瞼を閉じた。
完全に意識が消え行く瞬間というのは、こういうものなのか、と悟って。
だが、その時―――
―――……ないで……
(……?)
誰かの声が聞こえた。
それは小さく、僅かにしか身体に響かなかったが、透き通るような声だった。
そして瞼を開けると、信じられないものが見えた。
「……!」
自分に向かって、眩い世界の向こう側から、真っ白な手が伸びてきていた。
それは、か細い、恐らくは女性の手だった。
グンバは、無意識のうちに、それに手を伸ばした。そしてその”手”が自分の手を掴むと、暖かいエネルギーが身体を包み込んだ気がした。
同時に、目の前の”誰か”の手から、非常に優しげな緑の香りがした。
(ハーブの、匂い……?)
光だけが満ちていた世界が終わり、身体に冷たさが満ちて行く。
同時に、世界は暗くなり―――グンバの意識は、ブラックアウトした。
■
何かがちりっ、と一瞬光った。
(う、うぅ……ううん……)
そして暗いままの世界に、何か音が鳴り始めた。
やや長めの空白を挟んで、甲高い電子音のような音が、何度も鳴っている。
風変わりな電話のコール・サウンドのようなそれに、”彼”は反応しようとした。
だが、自分はもう死んでいることに気付き、動こうとする事を止めた。
―――もう自分は、死んだのだ。
だが、電子音は止まない。
段々とボリュームを上げながら、しつこく誰かが音を止めてくれるのを促している。
やがて”彼”は、無意味だと思いつつも、それを止めようと、身体のどこかが動かないか、力を適当に込めてみた。
すると―――
「―――ハッ!?」
身体に電気のような刺激が走り、身体が僅かに跳ね上がる。
そして―――目が覚めた。
「へっ!? ……え、ええっ!?」
あわてて体を見ると、あのオークの身体ではなくなっていた。
これは、人の体だ。
そして周りを見ると、目の前に電子端末が置かれており、左右両側が壁になっていた。 今、座っている場所は、インターネット・カフェなどにあるような”ブース”だった。
「こ、ここ……は……!?」
座っていた椅子から立ち上がり、ブースから外へと出るといくつも似たような部屋があり、また大きめの椅子にもたれ掛かっている人の姿が目に入った。
皆、耳に何か丸い機械のようなものを身につけている。
それを見て、”彼”もあわてて耳の辺りをさすった。
「……ユニオンデバイス……だ……」
うるさく鳴っているコールを止めて、自分の身体を見ると、首からネームプレートが掛かっているのが見えた。
それを急いで確認すると―――
「……”荒金靖樹”……」
そこには、長い間見ていなかった自分の名前が書かれていた。
「も、もしかして……ゲームから、抜けられた、のか?」
周囲には、馴染みあるコンピュータ・ルームの空気が漂っていた。