10:”公立幾島情報高校エリア”へ-BOSS-
ゲームから脱出するため、ゲーム内の日本エリアへとやってきた三人。
そこでグンバはまず学校へと赴き、ゲーム世界から見た「自分自身」に出会う事に。
そして夜の街を移動して学校へと辿り着くが、そこで出会ったのは、自らを”ワールドマスター”の「プリブラム」と名乗る謎の存在だった。
進化したCPUか? 別のプレイヤーか? 話す限りでは何も見えてこない。
ただ……間違いないのは”これから戦わなくてはならない”という事だけだった―――
(文字数:14216)
さっぱり意味がわからなかった。
(どういう事なんだぁ……!?)
暗い夜の世界。ネオンが輝く都市を背景に、閑静な住宅街の中にある学校。
そのグラウンドで、今―――目の前に居るのは、自分の写し身だ。
誰かに乗っ取られ、もはや自分のものではなくなったそれに、一体誰が入っているのか。”プリブラム”と名乗ったプレイヤーは、自分を”ワールドマスター”と言った。
ゲームマスターではなく、そう名乗った。
「さてと」
グンバが戸惑う中、話を終えたのか。
プリブラムは突然、両腕を広げ、何かのポーズのような物を取った。
そして言った。
「再創築」
プリブラムが呪文のような言葉を呟くと、彼の周囲に電気のようなものが発生し、瞬く間に彼の身体は縮んでいった。
そして、背丈がかなり縮み、小学生と中学生の中間ぐらいの大きさになって、言った。
「う~ん。やっぱりボクはこのぐらいがいいかな」
(なっ! い、今のは……!?)
そう言うとプリブラムは大型のサバイバルナイフを腰から取り出した。
そして、じりじりとグンバに近づき始めた。
「さぁ、それじゃあ準備は―――いいかな?」
プリブラムは顔の前で武器を振りながら、爽やかささえ感じる笑顔を見せて、グンバに問いかけた。
それにグンバは戦慄しつつも、片手を振り上げ、何度も開いて見せた。
「何のマネだい? それ?」
「……」
グンバは、嫌な脂汗をかきながら、デアルガ達の居る建物の方を横目で見た。
■
デアルガは、遠くの建物の上でグンバと”ラクォーツの姿”を見ていた。
そして、グンバが手を何度も開いたり閉じたりする様を見て、言った。
「き、緊急事態……!?」
デアルガが焦ったようにそう言ったのを、キッチェが聞き返した。
「緊急事態? どゆこと?」
「……」
デアルガは黙ったままグンバの方を見ていたが、やがてキッチェに言った。
「どうやら……戦う事になったみてェだ。行くぞ」
「だ、ダメって……それに行くってどういう事よ? グンバ、見捨てて逃げちゃうの!?」
戸惑うキッチェに、小さく溜息をついてから、デアルガが学校の方を見て言った。
「アイツが今やってる動作は”サイン”なんだ」
「サイン?」
「ゲームをプレイしてっと、どうしても声を出さずに会話をする必要が出てくる。隠密行動してる時とかな。だから声に出さなくてもいいように、予め手の形でサインを決めておいて、必要なときはそれで意思疎通をするようにしてるのさ」
「それが……あれなの?」
「ああ。あれは……”最悪に危険”、もしくは”絶対に勝てないから来るな”って意味のサインだ」
「……!」
グンバが行っている動作の意味を知り、絶句するキッチェ。
「あの野郎は……対峙する相手が勝てそうなら、素直に助けを求める奴だ。こんなに早く、しかも滅多に出さない”最大級に危険”ってサインを送るって事は……あの目の前の
”ニセモノ”が、ただの敵じゃあなく恐ろしくヤバイ相手だって事を意味してる」
「そんなに……!?」
「恐らくは……ゲームマスターか、きっとそれに類似するような相手だ。だから……俺らが行ってももう無駄だ。足手纏いにしかならねェ」
「で、でも……それじゃグンバが……!」
「……酷なようだが、仕方ねェぜ」
そう言ってデアルガは、キッチェに手を伸ばした。
来た道をジャンプして戻るためだ。
スライムはジャンプする力を余り持って居ない為、誰かに掴まらなくてはならない。
「行くぞ、ホレ」
「……」
キッチェはグンバの方を見て、不安そうにしていた。
デアルガがそれを察して、彼女に言う。
「……アイツはただで死ぬような奴じゃない」
「……でも……」
「心配してるのは俺も同じだ。だが、アリが1匹から2、3匹に増えた所でゾウには勝てねェ。むしろ、他の奴を守らなくちゃならない分、一人一人に余計に負担が掛かる」
「……」
「今は奴を信じて、運営の方へ行くのが一番の選択だ」
キッチェはそれを聞いて僅かに考えたが、デアルガの説得に応じて、渋々、彼の腕に張り付いた。
(……死ぬんじゃねェぜ……)
そして、デアルガはキッチェを右肩に乗せ、元来た建物を再び飛び移って行った。
■
(……どうやら通じてくれたみたいだぁな)
「今のは何かの合図かい? 後ろの人たちが離れて行くみたいだけど」
「……」
グンバは応えなかった。黙って武器を背中から抜き、プリブラムの攻撃に身構える。
「……ふぅ……」
プロブラムが疲れたような溜息を吐いた、その一瞬の空白の後―――
瞬く間に、プリブラムはグンバへと肉薄した。
「ッ!」
一瞬の跳躍で、一気に間を詰め、首を狙っての大振りを繰り出す。
グンバは、それを何とかバックステップで回避した。
だが、僅かに顎の部分に赤い線が走った。
(ッ……! こ、これは……!)
攻撃が命中したわけではない。鋭い剣圧で、身体がわずかに切られてしまったのだ。
余りにも―――
(のっ、能力差が……!!)
この一撃を受けた時点で、グンバは悟った。
自分と相手の能力差が、余りにも開き過ぎている、と。
「スキル発動」
プリブラムがスキルを発動させ、一瞬で前方を四度切りつけた。
上位剣術スキル<四連割殺/クアトスラスト>だ。
能力が発動された直後、前方を鋭い四つの光が瞬き―――
「しっ、しまっ……!」
グンバの武器が、あっさりと破壊された。
鉄のクサビが埋め込まれていて、そこそこの頑丈さがあるはずの棍棒が、信じられないほど一瞬の内に、輪切りとなって分解された。
それのみの留まらず、武器を持っていた右腕までもが―――
まるで爆弾を埋め込まれていたかのように、千切れて弾け飛んだ。
(……!!)
グンバは、それを目の当たりにした瞬間、無意識のうちに足元の地面を全力で蹴り上げていた。途端にグラウンドの砂が舞いあがり、周囲の視界が塞がっていく。
プリブラムは掛けられた砂粒を振り払ってガードし、砂煙が収まるのを待った。
「……」
プリブラムは、グンバからの不意打ちを警戒していたが、攻撃はいつまで経っても行われなかった。やがて―――煙が晴れると、プリブラムは暗いグラウンドの端に、グンバの姿を確認した。
校舎の中へと消えていく、その後ろ姿を。
「……逃げたか……」
■
「はぁ……はぁっ……」
暗い夜の校舎の中、グンバは急いで2階へと駆け上がり、中央廊下の方へと逃げ込んでいた。ある程度プリブラムと距離を離し、思案をする時間を確保するためだ。
距離を離し、これで一旦、戦闘から離脱する事ができた。
「ぐっ……うぅっ……!」
そう自覚した途端―――頭の中を焼くような、凄まじい痛みがグンバの意識を襲ってきた。
(な、なんだぁ、これ……! つ、つっ、痛覚って……こ、ここまで感じるようには、出来てないはずだど……!)
もはやそれは痛みではなく、右腕のキズを受けた場所から、まるで赤々と燃え上がる太い針が何本も深く刺し込まれているような、今まで一度も味わったことのない”痛みを超えた熱”だった。
「ぐぅぅっ……!」
グンバは、悶えて痛みを発散させようとする身体を押さえ込み、必死に道具袋へと手を伸ばした。そして持っていた傷薬を急いで右腕へと使用した。
数本を一度に使って、傷口が緑色の回復エフェクトに包まれると、痛みはようやく我慢できる物へと変わっていった。
「ハァ、ハァッ……ッ!」
先程まで棍棒を持っていた右腕を見ると、肘の付け根から先が綺麗に無くなっていた。 生々しい傷口に、欠損表現が張り付いて視覚的に緩和され、ただただ映っていた。
普段なら、これで痛みもさほどの物ではなく。せいぜい思い切り張り手を受けた程度で済む。
だが、先程感じたものは……そんなものが”幼稚なもの”としか言えない位、強烈なものだった。
まるで意識を炎で焼き切られそうになるような、そんな痛みを越えた痛みだ。
(……も、もしかして……痛覚の反映強度が……設定されて無いだか……!?)
ファシテイトでの感覚は、空腹感などでも言える事だが、完全に反映はされない。
ゲームとして楽しめるものとして、空腹感は”飢餓”を憶えるほどまでに深くはならないし、痛みもある一定の強さを越えないようになっている。
だから例え四肢を切断されるような攻撃を受けても、痛みでキツイ事になりはするが、耐えればなんとか意識を保ってはいられるし、心臓などに攻撃を受けても一瞬で死ぬ、という事は無い。
もし現実と同じようにそれが反映されたなら、恐らくゲームにはならないだろう。
「……」
だが、今は常識が通用する状態ではない。
今まで何度も戦ってきたが、そのどれでも安全に戦う事を最優先したために、重傷といえるほどのダメージは負わなかった。だから、わからなかったのだろう。
ここまで、自分の身体の設定が変更されていたとは。
(……手が……)
いきなり、右腕を失ってしまった。
リアルな痛みもショックではあったが、落ち着きを取り戻した今は、深刻なダメージを自覚して、そちらの方に呆然となった。
こんな状態で―――勝つことが出来るのだろうか?
(……いやいや、違う、違うだよ!)
グンバは頭を振って、思考を振り出しに戻す。
(別に戦って打ち倒すのが勝ちってわけじゃないだ)
今の状況は”自分の身体に入っている存在を確認した”と言う状態であって、別に相手を倒さなければいけない、という事になったのではない。
あえて勝利条件なるものを言うなら”ゲームから抜けて、現実世界へと帰ること”だ。 決して戦って勝つ事が今、目的ではない。
(こういう時こそ、冷静さを欠いたら終わりだぁ……)
グンバは、”プリブラム”と名乗っていた者が言っていた事を反芻していた。
(……しかし、なんなんだぁ、アイツは……)
彼は、自身を「プリブラム」と名乗っていた。
それが恐らくは、乗っ取っているプレイヤーがつけたアバター名なのだろう。
この場合は、そう考えるのが自然だ。だが―――グンバは、それは少し違うように思えた。
上手く言えないのだが、普通にゲームキャラクターとしての名前の名乗り方ではなく、漫画だとかアニメだとかの登場人物が喋りそうな話し方だった、というか……。
(それに、”ワールド・マスター”ってどういう意味だぁ……?)
ファシテイトは、いまや新たなるインフラとして名高いシステムとなっているが、
正式には”電子創作異世界体感ゲーム(Created Another World Experience Game)”
と言うジャンルに分類される、れっきとした”ゲーム”だ。
略称は「ERPG」。
言うまでも無いが、あくまでもゲームであるので存在するのは”ゲームマスター(GM)”となる。
”ワールドマスター(WM)”などと言うものは存在しないし、今しがた初めて聞いた単語だ。
(ファシテイトの運営の方では、そんな風に呼んでるんだか……?)
直訳するなら”世界の支配者”と言った所か。この場合は”神”とでも解するべきなのかもしれない。
(それに、さっきのアレ……システムコマンド、だよなぁ?)
先程、相手が使った魔法のようなものを見る限りは、ゲームマスターのように思えた。 何故ならこのゲームは、最初で選べる種族だとか外見の設定こそ自由度が非常に高くなっているが、後からの設定の変更は非常に難しくなっている。
あんな風に背丈を変化させるなんて事は―――それこそシステムを直接操作できなければ不可能だ。
(とにかく……今はあいつが”ゲームマスター”って事で考えるだ)
ひとまず距離を離すことは出来たが、早急に何か策を考えなければならない。
何故なら、最初に話していたことから推測するに、あの”プリブラム”というプレイヤーは、今こうして建物の中に居る自分の位置が、手に取るように判っているはずだ。
だから隠れてやり過ごす事は不可能。すぐにでも近づいてくるはずだ。
「うッ!?」
突然、周囲が明るくなった。
廊下を見渡すと、廊下に付いている電灯が全て点灯されていた。
いや、それだけではない。グラウンドに映った光から、恐らく学校中のあらゆる光源全てと、そしてグラウンドを照らす夜間灯も全て点灯していた。
(……システムを弄って、全点灯させただか)
どうやら、プリブラムは学校を戦場にしたいようだった。
相手からはこちらの位置を確認できるので、視界を良くする事にメリットはない。
こうしてわざわざ灯りを点けるという事は、戦う際に邪魔だからと言う以外の理由はないだろう。
グンバが立ち上がり、廊下のどちらからプリブラムが現れても良い様、身構える。
すると―――突如、システムメッセージ・コールが耳元で鳴った。
「ん?」
『警告。”公立幾島情報高校”がクローズドエリア化されます。周辺の関係者及び入場者は、直ちにエリア移動を確定させてください。繰り返します―――』
「ク、クローズドエリア化……!?」
■
メッセージは広域に発信されたものであったため、外の二人にも届いていた。
「く、クローズドエリア化だと……!?」デアルガが驚いた風に呟く。
「な、なんなの、このアナウンス? クローズドエリアって何……?」
キッチェが訊ねると、デアルガが学校の方向を見て言った。
「”閉鎖領域化”処理だ。要するに、特定の地域をオンラインから切り離してるんだ。
だ、だが……公共施設をオフライン化なんて、相当上の権限が無いとムリなはずだぞ!?ま、まさか……マジでゲームマスターと戦ってやがるのか……!?」
「閉鎖って……じゃあ入れなくなるって事!?」
「ああ。オンラインから隔絶されて、内部から開放されない限りはもう入れなくなる」
「……なら、やっぱり助けに戻りましょうよ! 今ならまだ間に合うかも……」
「……ダメだ。クローズドされたら尚更ヤベェ」
「どうして?」
「”本当に逃げられなくなる”からだ」
デアルガが学校の方向へと振り返って、言う。
「閉鎖領域を開放させるにはシステム設定を元に戻さなきゃならないんだが、弄ってるのが、さっきのあの”乗っ取り野郎”自身だったなら―――アイツ自身を倒すか、完全に戦闘不能にしなきゃならねェ」
「戦って勝たなきゃいけないって事……?」
「そうだ。それだけでもメチャクチャ厳しいが……オンラインから切り離されるって事は同時に”チート”が使えるようになる。それが本当にヤバイ」
「チート……って何?」
「”チートコマンド”の略だ。ゲームデータを一時的に改造する事で、自分自身の能力値を即座にMAXにしたり、全く攻撃を受けないようにできたりする。ざっくり言やぁ……
”公然とイカサマが出来るようになる”んだ」
「そ、そんなのと戦えっこ無いじゃない!」
「……閉鎖される前に、グンバが脱出してくれる事を祈るしかないな。チートを使われ始めたら、それこそ論理的に勝ち目がなくなっちまうぞ……!!」
デアルガは、そう言って苦々しく学校のほうを見ていた。
■
どうやら、プリブラムは学校を戦場ではなく、処刑場にするつもりのようだった。
(や、やばいだ……閉鎖される前に、出ないど……!)
閉鎖領域化される事の危険は、グンバも充分に承知していた。
そして逃げ出すのに若干の余裕があることも。
通常、クローズド・エリア処理はおよそ10分ほど、敢えて時間を掛けて行われる。
エリア移動や退避などを安全に確定させる為である。
だから、警告が出てからでも、充分に外へと脱出する余裕自体はある。
だが―――それは相手も知っている事のようだった。
「……!」
グンバが気配を感じて振り返ると―――廊下の端から、プリブラムが現れた。
手を前へと掲げ、口を僅かに動かしつつ何かをしている。
「やばッ!!」
グンバは、それを見て”何をやろうとしているか”を直感で感じ取り、咄嗟に教室の方向へと身体を転がした。
その直後―――
「ッ!!」
緑色の魔力エネルギー弾が廊下を駆け抜けた。
それは、せいぜい親指ほどしかない小さなものだったが、とてつもない圧力を纏っており、廊下を通り過ぎると同時に、騒音と、強大な圧力が廊下全体を激しく殴りつけた。
そして軋む音と共に、廊下が歪み、備え付けられていた窓が全て破壊された。
(緑色……あの大きさ……ま、まさか……マ、マジックボルトだか……!?)
■<魔弾/マジックボルト>■
魔力源子弾攻撃を代表する準上級攻撃魔法である。
最高で6連発の魔力弾を形成し、前方に向かって打ち出す。
人の拳ほどはある<魔塊/マジッククラスト>などとは違い、弾丸の名前通り、エネルギー弾の大きさ自体は小さいが、威力は上位魔法だけあって桁違いで、
弾丸の威力は、近距離を通り過ぎただけで、肉が裂けるほどのものとなっている。
命中などすれば硬い金属の鉱石塊でもやすやすと破壊され、もし人体に命中などすれば、当たった箇所から小規模の爆発が起こり、軽くはじけ飛んでしまう。これを使えるならば、単独でランクCN以上のモンスターと対峙しても充分に戦えるほどである。
(な、なんて威力だぁ……!!)
<魔弾>は源子弾攻撃の代名詞ともいえる有名な魔法だが、グンバはそれを実際に見た事自体はほとんど無かった。
本来ならこのレベルの魔法攻撃は、キャラを完全な魔法系クラスにして鍛え上げ、更に魔法特化能力構成にしなければ使用する事ができない。
当然、防御や生産系など攻撃面以外の能力が著しく低下するが、その代わりに、一撃がまるで強力な兵器のような魔法攻撃を放てる。
そういう”戦闘型キャラクター”しか持てない能力のはずで、決して―――
(オ、オラのアバターでこんなのは、使えるはずないだ……!)
グンバもといヤスキのアバターである「ラクォーツ」は、攻撃面をそこそこに、アイテム調達能力を伸ばしているアバターである。当然だが、こんなものが使えるはずがない。
(チート……? いや、まだ領域閉鎖処理は確定してないはずだぁ。なら……さっきのあの背丈を変えたみたいに、元の能力自体が強化されてるってことだか……!?)
明らかに、何らかの改造が加えられている。
恐らく、自分の知らない能力がいくつも付加させられているに違いない。
(とにかく、逃げるだ……! あんなの、とても相手にできねぇだよ)
廊下を通り過ぎる弾丸の間隔が、少しずつ狭まってきた。
恐らく、撃ちながら近づいてきているに違いない。
しかし、どうするか。
(やり過ごす……のは相手から感知できるからダメだぁな……)
グンバは、窓の方へと近づいて、外の様子を窺った。
(一番学校から抜けるのに近い出口は……ここから飛び降りて、グラウンドを突っ切ることだけんども……)
確認するに、学校から脱出するのに一番近いのは、窓から見える正門から出ることだが、それでは恐らく逃げ切れないだろう。
相手は魔力弾をほぼ無制限に打ち出すことが出来るのだ。
ただ突っ切るだけでは、グラウンドを走っている最中に射殺されてしまう。
「……確か……」
少々の空白の後、部屋に弾丸を撃ち出していた影は、教室へと到達した。
だがその時に、教室内にはオークの姿は陰も形も無かった。
グラウンドにも、姿は見えなかった。
■
グンバは一旦下に飛び降り、一階を通って、裏手の方へと移動していた。
「はぁっ、ハァ……! い、急ぐだ……!!」
グンバは息を切らせつつ、体力の限り校舎の中を走っていた。
プリブラムの気配は感じなかった。
出口の無い方向へと移動しているので、マップだけを見ていれば、まず、単純に追い込まれているようにしか見えないはずだ。
だが―――実はファシテイト上のこの学校には、正門と裏門のほかにもう一つ、外へと通じる道がある。
それは”体育館裏手の門”だ。
ここは、かなり昔に作られたときの、古い学校のデータを参照して作られており、それが修正されないまま残っている。
現実の幾島情報高校には存在しておらず、学校内を充分に知り尽くしていなければわからない。出口だ。
現実世界では、まだあのプリブラムと言うプレイヤーは、一日しか学校に居ないはずで、この門の事までを知っているとは、考えにくい。
ここからなら……注意を引かずに、外へ脱出できるはずだ。
「つ、着いただ……!」
やがて、体育館裏の広い駐車場を模した空間へと出た。
そして、視界の端に錆付いた二つドアの鉄扉が見えた。
「あった! あそこからなら……」
これで、学校からはとりあえず出て行ける。
そう安堵して、鉄扉に近づくと―――
「や。遅かったねぇ」
扉の近くにあった柔道部が使用しているプレハブ。
その陰から、プリブラムが現れた。
「―――!!」
「待ってたよ。きっと知悉ある君なら、こっちに来ると思ってね」
「そ、そんなバガな……」
グンバが思わず後ろに下がる。
すると、すかさずプリブラムがグンバに向かって、指を振る動作を行った。
同時に―――緑色の光が瞬き、一瞬でグンバの左肩から血が迸った。
「ぐがぁッ!!」
「便利だねぇ、魔法攻撃ってホント」
(ッ、<魔爪/マジックリオート>だか……!)
左肩に、再び切り付けられた時の様な激痛が走った。
意識が朦朧となるほどのものではなかったが、左腕にはもはや力が入らない。
(に、逃げないど……に、逃げ……)
グンバが後ろを振り向き、残りの力を絞って駆け出そうとした時、大きく警報音が鳴り響いた。
同時に―――
『閉鎖処理を開始します。”幾島情報高校エリア”は、これよりクローズド・エリア化されます』
「ッ……!」
「タイムオーバー。いや―――ゲーム・オーバーかな?」
楽しそうな少年の声と共に、絶望のメッセージが鳴り響いた。
■
グンバは警告音を聞いてから、身体を引きずるのを止めた。
そして、プリブラムの方を向いて座り込んだ。
「さて、どうするかい?」
「……負けだぁ……」
「ん?」
「オラの負けだ。もう何もできねぇだよ」
グンバが負けを認め、そう言い放つと、プリブラムは退屈そうに応えた。
「なぁんだ。もう終わり? つまらないなぁ」
(……終わっただ……)
完全に終わった。もう、何も出来ない。
逃げ道は完璧に塞がれ、開く事はもはやないだろう。
その上、右腕は肘から先がない。左腕も重傷で、もはや握り込む動作さえままならない。こんな状態で、対峙している相手はデータからして弄られて強化されている上、周辺のシステムをも完全に掌握し、チートまで使えるようになっている。
そして自分は、ただのザコモンスターだ。
運よく強敵ボスを倒して、レベルが上がってザコを処理できるようになって思い上がり、こんな窮地へと飛び込んでしまった、ダメな元人間プレイヤーだ。
もう―――何も出来はしない。
あと自分が出来ることといえば……せめてトドメを楽に刺してもらうよう懇願する程度、だろう。
「ん~、どうしよかったなぁ~」
「……どうせだから、ちょっと聞きたい事があるだ」
「聞きたい事ぉ?」
「ああ。別に少しぐらいは聞いてくれても、いいだんろ?」
「……怪しいなぁ。時間稼ぎか何かじゃないの?」
プリブラムは、グンバにそう訊ねた。意外に疑り深い。
とはいえ、本当にもう手は無い。もはや論理的に逆転は不可能だ。
「ああ。もう仮に……」
グンバが諦めてそう呟いた時―――
(……!!)
その瞬間、グンバの頭の中に稲光が輝いたような、そんな閃きが駆け抜けた。
それを急いで悟られないよう、傷口が障った風を装って、慌ててグンバは応えた。
「ッ、……む、無傷であったとしても、もうどうしようもないだよ」
「……ふぅん」
グンバが悄然とそう言うと、プリブラムは、本当にグンバの戦意が折れたものと感じたようで、興味を失ったように鼻で応えた。
(……)
グンバは視線を落として、頭の隅で一つの思考を組み立て始めた。
一つの―――”策”を。
何かを思いついた、というわけではない。
ただ、直感として感じ取ったというだけだった。
今のままでは、絶対に勝つことはできない。だが―――考えてみれば今、対峙しているのは”自分自身”でもあるのだ。
逆を言えば”全てを知り尽くしたアバター”と対峙していると言っていい。
無論、様々な部分を無秩序に強化され、面影など残っていないかもしれないが、それでも何か、よくよく考えれば気付ける弱点などがあるのではないのか。
それに今、自分のアバターを動かしているプレイヤーはどれだけプレイしていたとしても”たった一日しかラクォーツを動かしていない”のだ。
そこに―――何か勝つヒントがあるような気がする。
グンバはそう感じ取ったのだった。
無論、この”直感”は半ば捨て鉢の状態である今、苦し紛れに脳内で起きた、意味の無いものである可能性も非常に高い。
だが―――このまま大人しく死を迎えるよりは、試してみる価値がある。
そう思ったのだった。
「まず、聞きたいけんども……」
しかし、その為には……まず思考の時間を稼がなければならない。
グンバは、自分の疑問の解消も兼ねて、プリブラムに色々な疑問をぶつけ始めた。
「お前は、一体何者なんだか? どこかのプレイヤーか何かだか?」
「それはちょっと答えられないね~」
プリブラムはグンバの時間引き伸ばしの質問に、快く答え始めた。
彼はこうやって話すのが好きなようで”まんざらでもない”という感じだった。
「どうして?」
「その理由も悪いけど答えられない、ってのが強いて言えば答え、かな」
さて―――今からいくつか質問をする今のうちに、策を考えなければならない。
まず……自分のアバターは、どれぐらい手が入っているのか?
先程戦った感じからすると、そこそこ強化されているようだが……。
「なら……ワールド・マスターってのは一体どういう意味なんだぁ? ゲームマスターとは、違うんだか……?」
そして次に、目の前のコイツがどれぐらい自分の身体を使いこなしていて、更にチートなどはどれぐらい使う事ができるのか。
「違うね。僕はゲームマスターじゃあない。言えるのはそれだけさ」
「……もうちょっと話してくれてもいいんじゃないだか?」
「……ん~、どうしよっかなぁ」
(……)
当初、グンバは目の前の”プリブラム”と名乗ったプレイヤーが”ただロールプレイをしているだけの異常者”と思っていたが……。
話をする限りでは何か違うような印象を受けた。
”ただ精神年齢が子供なだけの大人”と言うには、見た目を少年っぽく直した所や、
声の自然さ、そして得意げに自分の事を語る部分を見るに―――
”本当に中学生ぐらいの人間”であるように思えたからだ。
(それで、人が死ぬような事を平気でやるって……一体どういう奴なんだぁ……?)
「やっぱり、それはちょっとねぇ。”姉さん達”に止められてるし」
「”姉さん”……?」
「あー……そこはちょっとダメダメ。答えられないよ。他の事なら、ちょっとだけ話してあげてもいいかな」
「……じゃあ、その”フラグ”は一体なんなんだぁ?」
「フラグ?」
(えっ……? し、知らないんだか?)
ゲームの基本の一つであるのに知らない事に驚きつつも、グンバは応える。
「名前の一番最初についてる『???Facitate Character???(ファシテイトキャラクター?)』の表示だぁ。普通なら『?MEN IN ARMOR?(鎧を着た男?)』とか『?SMALL HUMAN FIGURE?(小さな人影?)』って言う風に表示されるだ。そんな……キャラクターかどうか、なんて表示見た事が無いど」
「ああこれね。これは……えーっと、どうなってるんだったっけ」
グンバは思考を”策”の方へと戻して、再び頭を回転させ始めた。
今まで起きた事を頭の中で何度も反芻させ、策を練る。
だが―――思いつかない。
キャラクターがどれだけ強化されているか、知る術が全く無いからだ。
ただ―――いくつか思いつく事があった。
「ああ、そうだ思い出した。これはねぇ、”マスク”されてるんだ」
「”マスク”?」
「ちょっと今、特殊な状態になっててね。それをひとまず隠匿する為の”マスク”さ」
「……」
まず一つ目は……恐らく、この目の前の”プリブラム”は”チートは使えないのではないか”という事だ。何故か? それは簡単な理由だ。キャラクター自体を弄れるほどシステムを動かせるなら、わざわざ閉鎖領域化する必要はないからだ。
当初グンバは、プリブラムがチートを使ってこちらをいたぶる為に、学校のエリア隔絶を行った、と思っていたが―――考えれば、システムを直接弄れるのなら、最初から能力値をMAXにも出来るはずだし、あんな風な手順を踏まずともエリアを直接”通行禁止”へと変更させられるはず。
それをしないのは―――恐らく”変更させられる限界”のようなものが存在するから、だろう。
だから、目の前の”プリブラム”は、恐ろしく強化はされているが、理論的に勝てないほどにまでは強化されていないかもしれない。
「なら次は……ゲームの運営なのに、どうしてこんな事をするだか?」
「ゲームの運営?」
そして二つ目は―――これも推測でしかないが”プレイヤースキル自体はそこまで高くない”ということ。これも理由がある。持っていた剣での攻撃を余り行わず、魔法攻撃でわざわざ攻撃してきた事だ。
「お前は、恐らくは……このファシテイトの運営か、管理側の奴なんだぁろ? このゲームを安心安全に運営して行く義務があるはずだのに、どうしてこんな事を……」
「ん~……」
相手の目的が、こちらをいたぶる事ならば、あんなとんでもない威力のものを使わずにチクチクと別の方法で攻める方が効果的である。
単純に殺すにしても、こちらを恐怖させる事にしても、だ。
それに―――何より、暗闇から忍び寄ってやるほうが確実である。
相手からは、こちらの位置を知る事が出来るはずなのだ。
だから、学校エリア全体のライトを点灯させる必要は無い。
あのライトを点灯させた理由は……恐らく”魔法攻撃で狙いを定めるのに必要だった”から点灯させたのだろう。
それに、先程の質問。初心者を脱した人間なら知っている”正体不明フラグ”の事を知らなかったのを考慮すると、とても場数をこなした事があるとは思えない。
(……? どうしただか……?)
「これ、言っちゃっていいかなぁ……」
プリブラムは顎に手を当てて考え込んでいるようだった。
「どうしただ? お前は、ゲームマスターじゃないんだか? ゲームの運営会社か、管理の何かか……」
グンバがそう訊ねると、少し溜息を吐いてから、プリブラムは言った。
「君さぁ。これが―――”本当にゲームだと思ってる”の?」
「……えっ?」
思いも寄らない回答に、戸惑うグンバ。
「げ、ゲームだと、って……どういう事だぁ?」
「君は……色々と装備を整えてる所を見ると、ちゃんと見てきたんじゃないの? この世界をさ」
「この世界を……?」
「そう。どこかの街か、集落か。とにかく生き物が沢山集まって社会を作ってるのとか、見てきたんじゃない? それを見てさぁ、君はどう思った?」
「……こ、高性能な……NPCだって、思ったけんども……」
「本当に、それだけかい?」
「……」
グンバは、確かにあの「アリの街」や港にあった甲虫型モンスターの「港の集落」を見てきた。
そこに居たのは、ただのモンスターではない。
非常に高度な思考を行う事が出来る、今までのNPCとは全く違う者たちだ。
だが―――言われて見れば、何か引っ掛かるような気がする。
あれは、本当に”ただのNPC”だったのだろうか……?
「そう言えば……丁度いいや。こういう時に言うんだろうなぁ」
「?」
「まぁ実を言うとその質問にもさぁ、ちょっと答えられないんだけど―――ある人がねぇ、この世界を指して、こんな風に言ってた事があるんだ」
『”電想世界は理想の世界へ、そして理想の世界は―――真世界へと変わって行く”』
「理想の、真の世界へ……?」
「そう。それが今の問いの答えで―――そして同時に、この世界の真実さ」
(ど、どういう事なんだぁ……!?)
■
質問があらかた終わると、プリブラムは大きく背伸びをして、言った。
「さて、そろそろ君を処分しなくちゃね」
「!」
「あの二人も、追いかけて消さなくちゃいけないし」
(……き、来ただか……)
グンバは遂に終わりのときが来たか、と覚悟した。
まだ”策”は全く思いついていなかった。
「最後に何か、言いたい事はあるかい?」
「……最後に……一つ、聞きたいだ」
「なんだい?」
「ゲーム内で死んだら、本当に死ぬんだか?」
「うん。はっきり言っておくけど―――君の言う”現実”に戻る事は絶対に無いよ」
「……」
プリブラムはそう平坦に言い捨てた。それをグンバは苦々しい表情で聞いていた。
グンバは既に覚悟を決めていたが、頭の中ではまだ悪あがきが続いていた。
さっき思いついた事は―――なんだっただろうか、と。
(……)
あれは……そう、直感で感じたんじゃなくて、別の……何かを思いつきかけたのだ。
あの時、全てを諦めて、プリブラムから”時間稼ぎじゃないのか?”と訊ねられた。
そして言おうとした事。それは―――何だ?
「それじゃあ……」
プリブラムはグンバの目の前まで近づき、大型のサバイバルナイフを抜いて、構えた。 そして、それを大きく振り被った。
グンバはその姿を見て、何度か鏡の前で短剣技のフォームを見直していた事を思い出した。
(……)
そう言えば―――自分は武器を振る前、僅かに後ろに武器を引く癖があった。
もし、目の前の”奴”もその癖が同じなら、一度ぐらいは攻撃を回避できるかもしれない。
(……いや、もう何をやっても同じだぁな……)
グンバが諦めかけたその時―――突如、記憶がフラッシュバックした。
―――聞きたい事ぉ?
―――ああ。別に少しぐらいは聞いてくれても、いいだんろ?
―――……怪しいなぁ。時間稼ぎか何かじゃないの?
―――ああ。もう仮に……が……であっても……。
(あっ! ああ、そうだ……!! 思いついた、いや―――思い出しただ……ッ!)
あの時、続けて言おうとした事を、グンバは思い出した。
それは”武器がこちらにあっても”という台詞だった。
あの時―――”仮にお前が持ってる武器がこちらにあっても、勝ち目なんてない”と言おうとしたのだ。
そして咄嗟に連想したのだった。”武器”即ち―――。
相手の”道具袋の中にあるもの”がこちらにあっても、結果は同じなのか、と。
(……)
グンバは、俯いて汗まみれになっていた顔を上げて、眉を上げてプリブラムの腰の辺りを視た。
すると見慣れたアイテム収納袋が、腰に下がっているのが見えた。
あの中には―――自分が万が一の時の為に常備している攻撃アイテムが、いくつか入っているはずだ。
それにもし、手を付けられていなければ、なんとかなるかもしれない。
その答えに辿り着いて、グンバは思わず唾を飲み込んだ。
(……分が悪すぎる賭けだぁな……)
成功する可能性は、かなり低い。アイテムを入れ替えられていたら終わりだし、道具袋のトラップを変更されていたら、取り出すことすら出来ずに死ぬかもしれない。
それに全て成功しても、相手に攻撃アイテムが効くのか、そして相手を倒せるか。
とてつもなく分の悪い賭けだ。
(……)
グンバことヤスキは、一つでもクリアに辿り着ける可能性があるのなら、それに挑む人間だった。その理由は、彼がゲーマーであること。それ唯一つだけだ。
ゲーマーであることに必要なのは、強い決意を持ち、エンディングを見ようとする事。 そして、どんな艱難辛苦の運命が待ち受けようとも、執念を持って挑戦すること。
それこそが、ゲーマーとして彼が持つ、唯一つの長所であり、能力だった。
だから―――彼は覚悟を決めた。
数拍だけ目を閉じ、再び開いた時、その目には勇気の光が灯っていた。