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01:気付いたら、獣人

文字数:4342


「ん……あぁ……」


 ”彼”は雑草をまばらに重ねただけの、大自然のベッドの上で目を覚ました。


「ふあ~あ」


 大きくあくびと、寝たまま一度背伸びをして、地面から起き上がる。そして、”彼”は天幕を張ったたけの簡単なテントの中から這い出していった。


(あ~……6時、半ぐらいかな……)


 外へと出ると、心地よい風が頬を撫でた。

 眉を上げて目に映った日光は、まだ地面との距離が近く、地平線から昇って間もない、と言う感じだった。

 朝の準備運動と言う事で、首を鳴らし、手足をブラブラさせる。

 その時、何か違和感を感じた。

 手と足の感覚が、なんだかいつもと違う。


「はん?」


 あわてて腕を見ると、異様に太くなっている。

 掌を返すと、ごわごわの肉厚になっていて、指の付け根にはぎっしりと毛が生えていた。

 それに驚き、身体を見ると―――所々が違う。

 まず、見覚えのないズボンを穿いている。足に履いている靴も、今まで見たことが無い形状をしている。お腹はでっぷりと膨れており、張りがある。”ビール腹”と言う奴だろうか。服もぼろっちい感じで、何かやや酸っぱい臭いがする。


「ハァ?、なッ!?」


 ”彼”は、とてつもない違和感を感じた。そして、あわてて近くにあった湖を覗き込んでみた。すると、そこには―――


「な、なっ……!? なん……っ!」


 肉が余分についた顔。まぶたが垂れて眠たそうな目。耳は細長く、横広だ。

 頭には申し訳程度にモヒカン気味の髪が生えていて、そして肌は強いピンク色を基調に、やや黄土色が入り混じった色になっている。褐色めのピンク、と言う感じか。

 何よりも特徴的なのは―――平らで大きな”鼻”。

 その生き物には、見覚えがあった。


「なんじゃこりゃああああああ!!」


 ”彼”はショックの余り、周囲に響き渡るほどの音量で叫んだ。

 水面に映っていたのは―――どう見ても”豚の顔”。

 ”オーク”と呼ばれる獣人の顔だった。



 慌てて、頬を何度か叩く。すると衝撃と共に、頬肉が揺れて微弱な痛みが走った。

 間違いなく、これは”自分の顔”だ。

 夢だとか幻だとか、そんなものではない。


「そ、そんなバカな……、そんな……」


 起きた事が全く理解できない。あまりのショックで気が動揺して、急激に思考が回転してかき混ぜられていく。

 幻を見ているのだろうか。いや、それはさっき確かめたから違うか。


(落ち着け、落ち着け……)


 大きく深呼吸をし、荒くなった呼吸を整えて動悸を抑える。

 そして、今の状態を整理する。

 自分は―――「荒金あらかね 靖樹やすき」だ。

 都内の「公立幾島情報高校」に通う、高校1年生。

 成績は中の上。自分で言うのもナンだが、頭はそこそこの方だ。しかし―――

 肉厚の体格と脂肪がやや多めなためにモテない男。

 一番の楽しみは、ゲームをする事と何かを集める事。

 それで、昨日やっていた事は……確か―――そうだ。ゲームをやっていたんだ。

 異世界体感ゲーム「電想世界ファシテイト・ファンタジー」を。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 科学の進歩は、遂に3Dインターフェースをも可能としていった。

そして作られ始めたのが、人の娯楽の究極とも言えるバーチャルリアリティ・ゲームだ。だが―――その全ては、失敗に終わってしまった。

 原因は簡単な事だった。

 バーチャルリアリティ・ゲームは、従来のオンラインゲームとは比較にならない膨大な処理能力を必要とするため、実際に製作するとなった場合、手間暇が掛かりすぎたのだ。 そして3Dゲームの製作自体も、一度、完全に途絶えてしまう。


 この流れが蘇るのは”エデンシステム”と呼ばれるものが完成してしてからだ。

 それは、”プログラム自体が自律学習を行う”というシステムで、とある情報学者が

完成させたのだった。

 これにより”限りなく高性能な人工知能を作り出そう”という目的のもと、現実世界のあらゆる情報をトレースされる試みが行われ始めていった。これは、人々を初めとする生物の挙動を学習し、コンピュータが”人に限りなく近づいて行く”と言う事を目標としたものだった。

 やがて”より多くの情報を効率的に集める為”と言う目的で、ただの現実のトレースからゲームとしての利用が発案され、実際にゲーム領域が製作された。

 それが―――このゲームの始まりだ。


 最初は「ワールドトレーサーゲーム」という感じの味気ない名前であったのだが、

 これがいつしか「ファシテイト・ファンタジー」と呼ばれるようになっていった。

 誰が呼んだかはわからないが、語源は”ファシリティ”つまりは”物理空間”をファンタジー化したもの、という意味であるらしい。

 始まった当初は、非常に稚拙であったゲームのバーチャルリアリティ世界だったが

年月が経つにつれ、様々な情報を吸収して毎日のように進化を続け、やがて今日のような超リアル・ゲームにまでなってしまった。

 今ではメールの送信を初めとする拡張現実機能も取り入れられており、現実世界とより密接にリンクしている。

 地図と同じようにあらゆる建造物が世界を網羅しているために、非常に使い勝手がよいものとなったようだ。


 やがて、ファシテイトは仮想現実という言葉ではなく

 電子の異世界―――「電想世界」と呼ばれるようになった。

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 自分はその中―――ファシテイトで、昨日―――確か……装備品の合成をやっていたはずなんだ。

 そうだ、思い出してきた。

 近く、学校で大会があるから装備品の強化をしておこうと思って、何かの材料を取りに行こうとしてたんだ。何の強化までは思い出せないけど、それは間違いない。


「確か……あとは……」


 それで、ゲーム中に睡魔が襲ってきて……あわててテントの天幕だけ張ったんだっけ。街道近くだから、特に危険なモンスターも通らないし、寝てしまおうって思って。

 本当はゲームから抜けて、ちゃんと睡眠を取る事が推奨されているんだけど、昨日は面倒だからつい”寝落ち”してしまったんだ。

 これは、たまにある事で―――それだけのはずだ。何も……変な事はやってないはず。 裏技を確かめる行為だとか、変な物を拾って変なミッションが開始されたとか、果ては神様に呼ばれて、異世界に召喚されるとか、そんな事はしていないはずだ。


(……)


 それで、本当なら自分は今、コツコツと小学生の時から育ててきたファシテイト内でのアバター「ラクォーツ」のはず。

 種族は「ガムダッシュ」というアジア人をモチーフにしたクラスで、クラスは「合成騎士」。

 純クラスほどの重装備を行えない代わりに、敏捷性と合成魔法、そして器用な立ち振る舞いを兼ね備えた、盗賊と合成術師を組み合わせたような玄人好みのクラスだ。

 でも―――自分は今、どう見ても”オーク”の姿となってしまっている。

 こんなのになった憶えはホントに全く記憶に無い。


 オークこと”オーク族”ってのは、序盤で初心者に倒される事が役目である、ザコ中のザコモンスターだ。種別上は”豚の獣人”って事になっている。

 その生態は―――外見動揺、非常に醜い。

 暗くて臭い地下に固まって住み、いつも汚らしくしていて、臆病者で、軟弱で、下品で、弱い者いじめが大好きなヤツ、というまさに”どうしようもない”という言葉しか出ない獣人種族だ。

 更に、好戦的なクセに、いざ反撃を受けるとあっという間に押し返されて逃げるほどに弱い。(これは、例え初心者の弱い反撃でも同じだ。簡単に戦意を失ってしまうヘタレ種族なのだ)

 まさに、嫌われる事と倒される事が仕事のような「ザコ・オブ・ザ・ザコ」の代名詞であるモンスターだ。


 この獣人種族は……いや、これに限らないが、基本的にモンスター・キャラクターは、完全な敵役ということで、コンピュータ側専用のものとなっていて、プレイヤー側が使用する事は出来ない。

 モンスターにキャラチェンジできるようになるシステムが、もしかして知らぬ間に解禁されたんだろうか?

 そう思ったが、それならそれで何かアナウンスを聞いているはずだ。

 このファシテイト・ファンタジーの様々なバランスは、まさに神の采配のごとき絶妙なバランスで成り立っていて、新しい仕様がアップデートで更新されるときは―――

 特に大きな更新の時は、何週間も事前に通知がなされる。

 だから、この「モンスター・キャラクターになれる」なんて仕様は、間違いなく相当なバランス変動が起こる「超大規模な更新」に当たるので、事前通告無しに更新するなんて絶対に行わないはずだ。


(で、でも……それなら、これはどう説明するんだ……?)


 ゲーム内で眠ってしまったからなんだろうか?

 でも、ゲーム中の睡眠は、生活サイクル上は普通に寝るのと大差ないから、

 安全さえ確保してから眠れば、ゲーム内で寝ることも問題は無いはずだ。

 現に自分は何度もゲーム内で睡眠を取った事はある。


(もしかしたら、何かの形で起きたバグ? ……でも、とてもバグには……)


 どう見てもバグとしか思えない現象だが、一見した所では、別にバグらしい状態になってるところは無かった。外見がどこか欠けてたり、色が抜け落ちていたり、などはない。それこそ、不思議なほどに、自然なモンスターの姿となっている。

 ヤスキは次に、内部情報を確認する為、ステータス画面を開いてみることにした。

 ゲームでのコンソール画面の開き方は、目の前に四角の図形を描きながら、全プレイヤーに標準装備されているコマンドを唱える事だ。

 別に唱えなくても、脳の信号を読み取って行うコマンドなので大丈夫らしいが、一応唱える事が推奨されている。


「パネトレート!」


 唱えると、いつものようにウィンドウパネルがうっすらと宙に浮かび上がった。


「えー、っと……」


 ステータスを確認してみるが、特に目立つような変な文字化けを起こしていたり、名前が変になっていたりもしない。

 他にも確認を……とやろうとした時に、一つの事に気づいた。

 このまま―――とりあえずゲームアウトしてしまえばいいんじゃないか?


(そうだ、その手があるじゃないか……!)


 とりあえずゲームから抜けて、運営会社に問い合わせればいい。

 いや、なんならここからゲームマスターコールを直接使ってでもいい。

 それなら一発で解決する。簡単な事じゃないか。

 そう思っていたヤスキだが、パネルを見て、異変があることに気付いた。


「ありゃ……? ゲームアウトの項目がない……」


 パネルを良く見ると、常に表示されていた項目がない。

 それはゲームを終了させて抜ける「ワールド・アウト」と

 ゲームマスターを呼び出す「ゲームマスター・コール」だ。

 メインメニューの一番上、目立つ位置にあるはずだが、それが見当たらない。


「……まさか……」


 ゲームの中に―――閉じ込められた?


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