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第8章



(思い出した。わたしはお姉ちゃんをこの手で……)


 記憶が一気に溢れだしてきた。魔苦骸と化していく姉を止めることができず、言われるがまま鎌で姉の首を切り落とした。そして、その直後にヴィルディアーノと出会った。


 忌まわしい記憶を封印して、何もなかったことにして、ヴィルディアーノとの生活を楽しんでいた。


 胸が締めつけられた。一番忘れてはいけない、大切な肉親を今日まで一度も思い出すことができなかった。


「ごめんね。ごめんね、お姉ちゃん……」


 涙が溢れて止まらなかった。


 そんなラカムに完全に理性を失ったキイマの大きな口が迫る。



 やられる!



 そう思った次の瞬間。


 一陣の風がキイマの体を飲みこみ、吹き飛ばす。壁に叩きつけられたキイマの硬質な皮膚には鋭利な刃物で切られたような切り傷が多数見受けられた。


 風のエレメントを使って起こしたかまいたちである。


「まったく、どこまでも世話の焼ける娘だな」


 緊迫感に欠ける声で、ハルパーをかまえたファルグがやれやれと肩をすくめる。


「ファルグ? どうしてここが?」


「こいつに感謝しろよ」


 ファルグの後ろには顔面蒼白で息を荒げるオリーが立っていた。下山途中にファルグと出会い、助けを求め、母を心配して戻ってきたのだろう。


「俺の忠告を無視するからこういうことになるんだよ。泣いている暇があったら、さっさと起きて戦え!」


 ファルグは憎まれ口でラカムを激励すると、槍と革の巾着袋を投げつける。


「そんなことあんたに言われなくたって!」


 ラカムは涙をぬぐうと、すばやく起き上がり、槍と巾着袋を受け取る。


「キイマさん……もうあなたは人間には戻れない。だから、せめてその苦しみからあなたを解放させてください」


 ラカムは槍を一回転させると、巾着袋から火のエレメントを取り出し、矛先に当てた。


 自分が魔苦骸ハンターを目指した本当の理由を思い出した今、もうためらわない。


 ヴィルディアーノに強制されたからではなかった。魔苦骸となった人間の魂を救いたくて、自らが選んだ道だったのだ。


 キイマは自分が傷付いたことにすら気付かないのか、肢体から滴り落ちる血に目もくれず、牙をむき、ラカムに突進してくる。


「ごめんなさい!」


 ラカムは悲哀に満ちた双眸に決意を込め、槍を一閃させた。



 しばしの静寂の後。



「あり……が……と……う」



 灼熱の炎の中から小さな声が聞こえて、キイマは息絶えた。青白い炎が消えると、そこにはもう何も残っていなかった。


「これでよかったんだよね……?」


 誰に問うわけでもなく、ラカムは呟いた。


「そうですよ」


 だが、答えが帰ってきた。しかも、それはラカムが今一番会いたいと切望している人物の声だった。


 ラカムは恐る恐る声がした方向を見る。黒衣の男性が薄闇に融け込むように佇んでいた。


「ヴィル!」


 ラカムは駆け出した。たった一ヶ月会っていなかっただけだというのに、もう何年も会っていなかったように思えた。


「今までどこに行ってたのよ? ずっと探してたんだから!」


「この旅でラカムにはハンターになった理由を思い出してもらいたかったのです。そして、ハンターを続けていく覚悟を持ってもらいたかったのですよ」


(うそつけ!)


 ヴィルディアーノの懐に顔を埋めて泣きじゃくるラカムを一瞥して、ファルグが胸中で突っ込む。


「あなたには感謝していますよ、ファルグ」


「感謝されて当然だな」


「言っておきますけど、報酬はわたしがいただきますからね! あっ」


 ラカムは慌てて口を閉じた。


「気にしないでください、ラカムさん。僕はあなたに感謝しています。これからは母のような犠牲者を出さないためにも、僕が頑張って、ヒチハを昔のように笑顔の絶えない島にします」


「うん、頑張って。オリーならできるよ。わたし、応援する!」


 オリーの翡翠色の双眸には覇気が宿っていた。ヒチハ島は島民に愛される良い島に生まれ変わるだろう。


「だったら、お願いがあります! しばらくの間、この島に留まっていただけませんか? 僕一人ではあの父を黙らせる自信がまだないのです」


 オリーの心情はよくわかる。領主の館に戻って、ゼニキタの顔を思いっきりぶん殴ってやりたい気分だった。しかし、ラカムには自分で決断を下すことができなかった。ヴィルディアーノの顔を見て、答えを求める。


「せっかく南の島に来たのですから、バカンスでも楽しむとしましょうか?」


「本当に? やったぁ!」


 ラカムは両手を上げて喜んだ。


「それにしても、何なのですか? ラカム、あなたのその身装は」


「え?」


 ヴィルディアーノは着ていた外套をラカムに羽織る。


「そんな露出度の高い服を着て。男は野獣だといつも言っているでしょう。ファルグのような男がそばにいるというのに、危機感がなさすぎますよ」


「おいおい。今までさんざん面倒見させておいてそりゃないだろう」


 ファルグのぼやきはあっさりと無視される。


「それと、お金はよく考えて使わなければなりません。商人たちにそそのかされて、そのような服飾品を買わされてはいけませんよ」


「どうしてそのこと知ってるの?」


「あなたのことなら何でもお見通しです」


「すごーい、ヴィル!」


 何の疑問も持たずに感嘆の声を上げるラカムを尻目に、ファルグは思わず絶句する。突っ込む気にもなれなかった。


 ヴィルディアーノの小言はいつまでも続き、ラカムはそれにずっと耳を傾けていた。まる

で子守歌でも聞いているかのように、安心しきった表情で。





                                  おわり












最後まで読んでくださってありがとうございます。

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