第6章
ファルグは涼しげな笑みを浮かべて立ち尽くす男性を半眼で見据えた。
深海層のような濡羽色の長い髪と瞳。南の島には似つかわしくない黒い外套。漆黒を身にまとった彼こそが、『漆黒のヴィルディアーノ』その人だった。
「さすがは『剣輝のファルグ』ですね。いつから気付いていたのです?」
「あいつと出会った時からだよ。気配はうまく殺していたようだが、あんたにこびりついた血臭だけは消せなかったようだな」
「『鼻利のファルグ』と改名した方が良いみたいですね」
「相も変わらず口の減らないおっさんだな」
一見二十代前半にも見えるヴィルディアーノだったが、実際のところ彼の年齢を知る者はいない。巷の噂では百歳を超えているなどと囁かれている謎多き人物だった。
「ところで」
そう言った瞬間、ヴィルディアーノの姿がファルグの視界から消えた。
「おいおい、何の冗談だよ?」
姿を現したヴィルディアーノは外套の下に隠していた双剣を交差させて、ファルグの首に切っ先を突き立てた。
「例え、あなたでも私の可愛いラカムに手を出したのは許してはおけませんね」
「俺が? いつ?」
「コーバの近海であなたは溺れたラカムを助けました。気を失っているのをいいことに唇を奪いましたね」
「ちょ、ちょっと待て! あれは人工呼吸だろう! 人命救助のために仕方なくやったことだ。だいいち、俺が年上の女にしか興味がないのはあんただってよく知っているだろう?」
「つまりあなたは私の可愛いラカムが女として魅力がないと言いたいのですか?」
「手出してほしいのか? ほしくないのか? どっちなんだよ?」
ヴィルディアーノは魔性の笑みを浮かべ、
「どちらも嫌です」
きっぱりと言い切った。
ファルグは嘆息する。
「そんな大切なあいつをどうしてハンターなんかに育てたんだ? しかも、魔苦骸のことを何ひとつ教えもせずに」
「才能があったからですよ、ラカムには」
「あいつに?」
「当時十歳だったラカムは魔苦骸と化した姉の首を、ためらうことなく鎌で切り落としました」
「……」
ファルグは一瞬言葉を失う。ファルグが知っているラカムからは想像がつかなかったからだ。勝気で寂しがり屋で、どこにでもいる普通の少女にしか見えなかった。
(当時の記憶を失くしているのか?)
そうとしか考えられなかった。ラカムと何年もいっしょに暮らしてきて、ヴィルディアーノがそんなことも見抜けなかったとは思えない。彼の性格を考慮すると、確信犯の可能性が高い。
「もうひとつ質問だ。ラカムの前から姿を消したのに、コソコソ隠れて後を追っているのはなぜだ?」
「かわいい弟子を影から黙って見守る師匠というものを一度やってみたかったのですよ」
ヴィルディアーノはファルグの首から双剣を離すと、悪びれた様子も見せず穏やかに答えた。