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第5章



 どれくらい走っただろうか。前を確認もせず、溢れ出る涙をぬぐうことすらせず、ひたすら走り続けた。


「あ!」


 何かに左足がつまずき、無様にすっ転んだ。


 ラカムはしばらく動けずにいた。両足が徐々に痛みを訴え始める。考えてみれば、履きなれぬブーツで山道を全力疾走したのだ。靴ずれが生じるのも当然の結果だった。


「だまされた……。何がハンターにはおあつらえ向きなブーツよ。高いだけでちっとも足に合わないじゃないの!」


 ラカムは立ち上がると、ブーツを熱帯植物の茂みの中へと脱ぎ棄てた。まだ裸足の方がマシである。


「きゃっ」


 控えめな女性の悲鳴がブーツを投げた茂みの方から聞こえてきた。


「誰?」


 ラカムは咄嗟に槍を身構えた。


 しかし、茂みから出てきたのは、褐色の肌を持つ女性だった。年の頃は、ラカムより少し上だろうか。太陽の光を浴びて輝く黄金色の髪の毛はふわりと風に揺れている。翡翠色の双眸は恐怖に怯えていた。その風貌からヒチハ島の住民であることは明らかだった。


 ラカムは慌てて槍を引っ込めた。


「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんです」


「いえ、わたしの方こそ」


 ラカムが詫びると、女性は安堵したのか、柔和な笑みを見せた。


「わたし、ラカムって言います。お姉さんは?」


「わたしはキイマ。この辺りには美味しい果物がいっぱいあるから時々こうして採りに来ているのよ」


 そう言って、キイラは手に持っていた籠の中身を見せる。中には、熱帯地方特有のカラフルな果物がぎっしりと詰まっていた。


「へー、こんなにたくさん。美味しそう」


「あら、大変。あなたケガをしているじゃないの!」


 キイマが大仰に驚いてみせた。この程度のケガは、ラカムにとってはかすり傷にすぎないのだが。


「手当てをするから、わたしの家にいらっしゃいよ」


「いえ、大したことないですから」


「でも、泣くくらいだからかなり痛かったんじゃないの?」


「え?」


 ラカムは先刻まで泣いていたことを思い出し、頬を朱色に染める。と同時に、空気の読めない腹の虫が騒ぎだした。考えてみれば、ヒチハ島に来てから飲まず食わずで魔苦骸退治に向かわされたのである。お腹が空くのは仕方のないことだった。


 キイマが声を押し殺して笑っている。


 穴があったら入りたいとは、まさに今のような状況のことを言うのだろう、と、ラカムは痛感した。


「あの、これはその……」


「もぎたての新鮮な果物もごちそうするわよ」


「お言葉に甘えさせてもらいます!」


 腹が減っては軍はできぬ、である。


 魔苦骸を早く退治しに行きたいと逸る気持ちを抑えて、ラカムはキイマの好意を素直に受けることにした。














 本道から脇道に逸れて、少し離れた場所に石造りの小さな家があった。


 家の中に入ったラカムは違和感を覚えた。外観は古い家のように思えたが、室内は南国風な調度品で彩られていた。それでいて、まったく生活感がなかった。


「ここに住んでいるんですか?」


「息子と二人でね」


「子供さんがいるんですか?」


「ええ。もうすぐ十六歳になるのよ」


 ラカムは予想外の答えに驚愕する。キイマを二十歳くらいだと思っていただけに、自分と同じ年の子供がいるということは衝撃的だった。


「キイマさんって、いったい何歳なんですか?」


「あら、女性に年齢を訊くのは失礼というものよ」


「ごめんなさい。だって、キイマさんってとても若く見えるから、そんな大きな息子さんがいるとは思えなくて」


「そう言ってもらえると嬉しいわ」


 キイマはやわらかく微笑んだ。


 ラカムは母親の顔を憶えていなかった。いや、顔だけではない。声も温もりも、いっしょに暮した記憶すら残っていなかった。正確に言えば、ヴィルディアーノに助けてもらう前の記憶をラカムは失っているのだった。


「手当てをするから、ここに座って」


 キイマに促されて、ラカムは蔦で編んだ大きな椅子に座る。


「ペットとかいるんですか?」


 ラカムは室内をキョロキョロと見回しながら、奥に鎮座する大きな檻を指差した。薄暗くてよく見えないが、何かがいるのは目視で確認できた。コーバ国で出会った豪商のペットが脳裏をよぎり、思わず身震いする。


「見てみる?」


「襲ったりしません?」


「大丈夫よ。大人しい子だから」


 怖いもの見たさで、ラカムはゆっくりと室内の最奥部へと歩み寄る。


 そして、檻の中の住人の姿があらわとなる。


「え?」


 ラカムは驚愕した。檻の中には一人の少年が横たわっていた。キイマと同じ褐色の肌と黄金色の髪。


「まさか……」


 ラカムがキイマを振り返えろうとした瞬間、後頭部に激痛を走り、そのまま意識を失って倒れた。警鐘が鳴り響いているにもかかわらず、自分の背後にある殺意を感じ取ることができずにいたのだった。








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