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第2章


 宿屋の前には黒光りするたくましい体躯の馬二頭立ての豪奢な箱馬車が停まっていた。黒塗りのボディには金色で麻の葉のような紋様が描かれている。おそらく魔苦骸除けのまじないのつもりだろう。効果があるかどうかは定かではないが。


 御者台には先刻部屋にやってきた男、イーズが座っていた。イーズはいかつい外見と違って物腰の柔らかい性格で、主の命令でファルグを探しにやって来たのだという。つけ加えると、先日二十歳なったばかりらしい。確かによく見てみれば、日に焼けた健康的な顔はハリがあり若々しい。


 ファルグは『剣輝』という異名で呼ばれ、ザッジュノ大陸では名の知れた魔苦骸ハンターであることを知ったラカムは驚嘆した。しかも、これまた胡散臭い依頼のようだったが、前金で金貨三十枚、成功後に金貨五十枚を渡すという話を聞いたラカムは無理矢理に同行することにしたのだった。


「こんなおいしい話を逃がしてなるもんですか。今度はわたしが先に魔苦骸を退治して報酬をいただくんだから」


 ラカムが意気衝天の勢いで箱馬車に乗り込む。それを確認したイーズは速やかに慣れた手つきで馬の手綱をさばいた。どうやら事態は急を要するようだ。


「……」


 涼しそうな顔をして先に座っているファルグに、ラカムはあからさまな敵意の眼差しを向けた。


「不服そうな顔だな。だが、依頼を受けたのは俺だ。お前はあくまで同行するだけだ」


 ファルグは鼻歌交じりにハルパーの手入れをしていた。ハルパーとは、鎌のように湾曲し内側に刃がある刀のことである。その昔、大陸全土を脅かした魔苦骸を倒した武器として、魔苦骸ハンターの間ではメジャーな武具になっている。しかし、特殊な刀身ゆえ扱える人間は限られてくる。つまりハルパーを愛刀に選んだということは、ファルグがそれだけ優れた魔苦骸ハンターであることを表していた。


「それより、お前の恰好は何だ?」


「何って……」


 半眼で訊いてくるファルグに、ラカムは顔を引きつらせた。


 露出度が多い上衣と丈が短い下衣。膝上まである皮革製の長靴。宝石を散りばめた腰ベルト。首と腕には質素なデザインではあるが黄金色に輝く装飾品。


 先日、市場や露店で購入したものばかりを身にまとっていた。


「バカンスに行くんじゃないんだぜ」


 ラカムたちが向かっているのは、コーバ王国から馬車で三日、船で一日ほどかかるヒチハという小さな島国だった。一年中温かな気候に恵まれているため、『夢の楽園』という名称で有名な観光地でもある。


「わかってるわよ! 甲冑の邪魔にはならないんだからいいでしょ!」


「まったく、あんな腕でよくハンターになる気になったもんだな」


 女だからと言って侮蔑しているわけではない。不慣れなのを度外視しても先の戦いを見ればラカムがハンターに向いていないのは一目瞭然だった。ましてや、魔苦骸を倒すという覚悟が感じられなかった。


「どうしてハンターなんかになったんだ?」


「あんたに話す必要はない」


 ラカムはぷいとそっぽを向く。完全にへそを曲げていた。そんな彼女を見てファルグは微苦笑する。


「お前、ヴィルディアーノの弟子だろう?」


「どうしてわかったの?」


 噛みつくように言った後に、ラカムは慌てて口を両手で覆った。


「あの槍だ」

 ファルグは箱馬車の荷台に載せてあるラカムの槍を指差す。長すぎて箱馬車の中には入りきらなかったため、荷台にくくりつけていたのだった。


「柄の部分にユリのレリーフがあったからな。あれは奴がシンボルとしている花だ」


「ヴィルのこと知っているの?」


「昔、組んで仕事をしたことがある。ま、ハンターの間では『漆黒のヴィルディアーノ』とか言われて神として崇められているようだがな」


「そうなの?」


 ファルグの言葉を師匠のへ称賛として受け取ったラカムの表情が、つぼみが開花したかのように柔和になる。師匠のことを敬愛している証拠だろう。


 ヴィルディアーノは最強の魔苦骸ハンターをして全世界にその名を馳せていた。彼が魔苦骸と戦った後、荒廃した大地に必ず一輪の黒いユリが咲くと言われている。


「弟子はけっして取らないことで有名なヴィルディアーノが数年前に弟子を取ったと聞いていたが、まさかこんな少女だったとはな」


「悪かったわね、こんな美少女で」


(自分で美をつける自信家なところは師匠譲りというわけか)


 ファルグは胸中でぼやく。


「で、ヴィルディアーノは今どこにいるんだ?」


「こっちが訊きたいわよ。ある日突然、わたしに旅に出なさいって言いだして、自分もさっさとどっかに旅に出ちゃったんだから」


 一ヶ月ほど前のことだ。ラカムは当時のことを思い出したのか、捨てられた子犬のようにしゅんとうなだれた。実は、ラカムの旅の目的は、ヴィルディアーノを探し出すことにあった。


「孤児だったわたしを育ててくれたのがヴィルだった。一人で生きていくためにとハンターの修業をさせられたけど、やっぱりヴィルがいっしょじゃないと……」


「奴のことだ。これから行く南の島でそのうち会えるんじゃないか?」


 幼い子供のように大粒の涙をこぼし始めるラカムの頭を、ファルグはやさしくそっと撫でた。



 刹那。



 ゴトンという鈍い音と共に箱馬車が右に大きく傾いた。急いでいたあまり小石にでも乗り上げたのだろう。


 ふわりと体が浮いて、ファルグはラカムの体を支えようとして、そして、ラカムは抱きつく形でそのままファルグの強靭な胸元に顔を埋めた。


「きゃあ!」


 ラカムは素っ頓狂な悲鳴を上げてファルグから飛び退いた。天井に脳天をしたたかにぶつける。


 手綱を握っていたイーズは慌てて箱馬車を停止させた。


「大丈夫ですか?」


「平気だから気にしないで進んでくれ」


 ファルグは小窓からイーズに手を振って促した。


「いたたた」


 ラカムは頭を抱えてうずくまった。


「ったく、騒々しい娘だな。大丈夫か?」


「わたしに触らないで、ケダモノ!」


 ラカムは差しのべられたファルグの手をたたき落とす。


「ケダモノ、って。あのな、俺はまだ何もしていないだろうが」


「まだ? やっぱり何かする気だったの? ヴィルが言っていた通りだ。男はみんな野獣だって」


「ここにきて今更そんなことを言うのか? しかも、そのヴィルディアーノだって男じゃないか?」


「ヴィルは師匠だからいいの」


 わけのわからない理屈に、ファルグは嘆息した。


「そもそもだな、俺に抱きついてきたのはお前の方だろう。俺が責められる筋合いじゃないと思うが」


「そ、それは……」


 ファルグの正論にラカムはぐうの音も出ない。しかも、頬にまだファルグの温もりが残っているような気がして、全身の火照りが治まらなかった。


「と、とにかく、もうわたしには触らないで」


 そう言って、ラカムは座席の隅っこに体を小さく丸めた。









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