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第1章

「十八、十九……二十!」


 ラカムは宿屋の一室で円卓の上に並べた金貨を数えてニタリと笑った。


「じゃあ、これは俺の取り分ということで」


 背後から現れた手が金貨を取り上げる。円卓に残った金貨は、たったの一枚。


「取り過ぎじゃない?」

 ラカムは薄紅色の唇を尖らせて、銀糸の髪を持つ青年を不服そうに睨みつけた。


 青年は皮肉げに紫黒の双眸を細めると、金貨を革袋に入れるとさっさと懐に収めた。年の頃は十七、八歳といったところだろうか。


「俺の取り分は妥当だと思うけどね。実際、お前は気を失っていただけで何もしていないだろう。しかも、あれは魔苦骸まくがいじゃない。ただの巨大なイカだ。それを退治しただけで金貨二十枚の報酬をもらうのは詐欺行為にも等しい」


「詐欺じゃない。あれはお互い同意のもとで契約を」


 ラカムは慌てて言葉を切った。だが、すでに手遅れだった。青年は弱みを握ったと言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべ、


「じゃあ、これは口止め料としてもらっておくか」


 円卓の上に残った最後の金貨も取り上げた。


 ラカムは苦い薬草でも飲まされたかのような渋い表情で、何もない円卓を見つめた。


(あーもう、わたしのバカ!)


 ラカムは太陽のように明るく輝くオレンジ色の長い髪をかきむしった。


 脳裏に悪夢のような出来事が鮮明によみがえってくる。











 六つの大陸で形成されたこの世界には、『魔苦骸』と呼ばれる人間とは異なる魔物が存在していた。その魔苦骸を退治するのが『魔苦骸ハンター』を呼ばれる者たちの役目だった。


 新米魔苦骸ハンターであるラカムが、コーバ王国にやって来たのは三日前。


 コーバ王国はザッジュノ大陸の南西に位置する海に面した大きな国で、他の大陸との貿易により、ないものがないと言われるほど物が充実した豊かな国だった。


 今まで北部の山奥でハンター修行ばかりしていたラカムは物珍しさもあり、鳶色の大きな双眸を宝石のようにキラキラと輝かせて市場や露店を見て回った。商人から見れば鴨がネギをしょってやってきたようなものである。当然の結果として、ラカムは商人たちの功名な言葉にのせられて高級な生地で仕立てた服や貴金属などを買わされてしまう。


 夕刻になって路銀のほとんどを使ってしまったことに気付き、ラカムは自責の念にかられた。


 そんな時だった。宿屋に泊ることもできず路頭に迷っていたラカムに、貿易を生業としている豪商が近海に出没する魔苦骸を退治してほしいと依頼してきたのは。胡散臭さを感じたラカムは一瞬返答に躊躇したが、豪商から報酬の話を聞いたとたん、二つ返事で依頼を受諾した。


 魔苦骸ハンターは大まかに二種類に分けられる。世のため人のために無償で働く者と、魔苦骸によって不利益を得る富豪から報酬を得て働く者。人々の幸せを望む奇特なハンターもいれば、名声や地位、金を目的としたハンターもいるということである。


 ラカムの場合は魔苦骸ハンターになった理由はどれも当てはまらなかったが、今の彼女は後者と言えた。旅を続けるには先立つものが必要である。



 そして、翌日の早朝。


 ラカムは自分の身の丈よりも長い槍を持ち、豪商から借りた手漕ぎ船で魔苦骸が出没するという近海に向かった。


 実はこれが魔苦骸ハンターとして初めての仕事だった。


 高揚する気持ちを抑えながらしばらく進んでいくと、まだ陽も昇らぬ薄暗い海に一隻の小さな帆船が漂っているのが見えた。戦闘の巻き添えを心配したラカムは、帆船に向かって退避するよう唱えた。


 すると、その声に呼応するかのように海面から巨大な白い触手のようなものが突如出現した。それは一本ではなかった。海中で何かが爆発したような大きな水飛沫を上げて次々を出現した触手は十本あり、ラカムが乗っている船目掛けて突進してきたのだった。


 ラカムは焦燥感にかられながらも何とか冷静さを維持し、腰に下げた革の巾着袋から赤い宝石のような石を取り出した。エレメントと呼ばれる自然界の力が宿る結晶石であり、新米ハンターには心強いアイテムと言えた。


 ラカムは火の力を宿したエレメントを槍の矛先に押し当てた。矛先に青白い炎が迸り始めるのを確認すると、向かってくる触手に槍を力一杯投げつけた。しかし、触手はまるで見えているかのようにくねくねと異様な動きで槍を回避した。目標を失った槍はあてもなく紺青の海の上を飛んでいく。


 ラカムは顔面蒼白となった。次に起こる事態が予測できたからだ。


 高熱ともいえる火のエレメントを宿した槍の矛先が海面に着水したとたん、あたり一面に水蒸気が発生した。


 視界を失い狼狽したラカムは、触手に跳ね飛ばされて白濁した海の中に飲み込まれた。


 ラカムが覚えているのはここまでである。


 意識が戻った時には、同じく魔苦骸ハンターのファルグと言う名の青年に助けられて帆船の上にいた。


 すでに魔苦骸の姿はどこにも見当たらなかった。彼が倒したと言う。にわかに信じ難かったが、海面に浮かぶ焼け焦げた十本の触手――イカの足がすべてを物語っていた。


 初仕事を失敗したあげく、同業者に助けられて獲物を横取りされたことは、ラカムにとって屈辱的であった。


 そんなラカムの心情を知らぬファルグは当然のように報酬の分け前を要求し、もらうまではラカムから離れないと言い出したのだった。


 仕方なく、その足で豪商の所に行って、報酬を受け取ってきたわけである。ちなみに、あの巨大イカは豪商のペットで大きくなりすぎたため手に負えず海に捨てたのだが、商船を襲うようになったので世間への体裁もあり内密に処分したかったということだった。イカをペットにするという金持ちの思考はラカムには理解できなかった。


「今回だけだからね。さあ、もう用は済んだでしょう。さっさと部屋から出て行ってちょうだい」


「出て行けって、ここの宿代は俺が払ったんだぜ」


「金貨二十枚渡したでしょう。わたし、もうあんたの顔なんか見たくないんだから早く出て行って」


「つれないこと言うなよ。キスした仲だっていうのに」


「キ、キス? わたしがあんたと? いつ? いい加減なこと言わないで!」


「お前を海から助けた時にした」


「それはキスとは言わない! 人工呼吸! 他人が聞いたら誤解するような言い方はしないで!」


 北部育ちのラカムは雪のように白く透き通った頬を朱色に染めて激昂する。十六歳の少女にはまだ男に対する免疫ができていないようだった。


「俺といる方がいろいろと得することも多いんじゃないか? 新米ハンターさん」


「うるさい! あんたとは金輪際関わる気はない!」


 ラカムはファルグの背中を押して強引に部屋の外へと追い出そうとする。


 刹那、豪快にドアを叩く音が響いた。


「はーい。どちらさんで?」


「ちょっと、勝手に開けないでよ」


 戸口まで追い込まれていたファルグが躊躇なく扉を開けた。


 そこには褐色の肌を持つ体躯の良い一人の男性が立っていた。


「あなた様を『剣輝のファルグ』とお見受けしてお願いしたいことがあるのですが」


 男性はそう言って、手に持っていた大きな革の袋を眼前に掲げた。










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