十七
十七
「決まったの……どうするか」
それは、部屋を数度ノックしても返事が無く、諦めて村へ探しに出ようとしたルヤの背中に掛けられた、ラタンの第一声だった。
「どうして、いるのにすぐ出てこなかったの?」
振り返って、暫く無言だったルヤは、薄く開かれたドアから顔を覗かせる少年に抑揚のない声で尋ねた。
「勝手に、入ってくると思ったから」
言って、少年は扉を大きく開くと、入れば、という素振りで部屋の奥へと消えていく。
「……そう」
以前は、確かにそうしていたと、遠い昔のことのように思い出しながら、招き入れられるまま、ルヤも彼の部屋に足を踏み入れた。
部屋の様子は、彼の性質をそのまま表すように、気味が悪いほど、最初に来たときと同じだった。インテリアを動かしたり、触った気配さえ感じられない。それは、誰かが寝泊まりしている部屋というよりは、ただ、夫妻の息子の帰りを待っている、そんな匂いのする部屋だった。
ラタンは、朝だというのに戸を閉め切った薄暗い部屋の中を、中央に据え付けられたテーブルの脇、無造作に置かれた木の椅子に真っ直ぐ歩いていき、腰掛けると、糸の切れた人形のように俯いた姿勢まま動かなくなった。ルヤはその様を見て、何となく、彼が生に執着しない理由が分かった気がした。普段、一人でいるとき、この少年は、ただこうして、何もせずに座って、一日が過ぎるのを待っているのだろうか。否、もしかしたら、待っていることさえしていないのかもしれない。だとすれば、彼の過ごす生とは、死と、何処が違うのだろう。
ふと、少年の首に巻かれた白い布が目に付いた。患部からは、ほんのりと血の赤が滲んでいる。
「傷、痛む?」
ラタンは、姿勢も、表情も変えずに、手だけを首の包帯に持っていった。
「……どうして、やめたの」
視線を床の一点に釘付けたまま、低めた声を、そう、静まり返った部屋に響かせる。
「どうして、同じ目に遭わせなかったの、僕を……あなたが、待っていた人達と」
漸く顔を上げたラタンと、ルヤの視線がぶつかり合う。
「私は、あなたを仲間と同じ目に遭わせたいの」
内側から這い出そうとするものを抑え込んでいるような、無感情な声。
「ねえ、ラタン、あなた、死ぬのは怖い?」
ラタンは、ルヤの射抜くような瞳を見詰めたまま、沈黙した。
答えは、聞かなくても分かっている。
彼は、死を怖れていない。
「本当に、あなたはずるいね、ラタン」
揺らめくように笑って、ルヤは窓に近付き、閉め切られた木戸を力任せに開いた。
乱暴な破裂音と共に、目を刺すような眩しさが押し寄せ、室内に淀んでいた闇を一掃する。白い光の向こうに見えてきたのは、人の小ささを嘲笑うような晴天の広がりと、何が失われても素知らぬ顔で続いていく、冷酷な世界だった。
「最後に、これだけ聞かせて。私があなたを生んだって、あれ、本当?」
乾いた風が、頬を撫でていく。
遠くで、村を行き交う人々が、強い日差しに照らされている。
舞い踊る砂の薫りを吸い込むと、自分も、この世界の中のひとつだと、思い知らされた。
「ずっと、僕は……他と見分けの付かない、溶け合ったたくさんのうちのひとつだった」
吹き抜ける風に攫われそうな、微かな声が、背後を漂い始める。
かざした手から零れ落ちる輝きを眺めながら、ルヤは耳を澄ました。
「あなたが、今の僕を、少しだけ、ラタンという形にしている」
目を閉じて、その言葉を深く深く沈め、見詰めた。
もっと、もっと奥、その先にある何かに、手を、伸ばすように。
「そう……」
瞼を開くと、風の泣く音が、はち切れそうな空が、戻ってくる。
容赦ない光に染め上げられた室内を、ゆっくりと振り返った。
「ねえ、ラタン……」
日溜まりの中、椅子から立ち上がらないまま、虚ろな目をこちらに向けてくるラタンを、血まみれになって掴み取ったものを手の中に確かめるように、強く、見据えた。
「決めたよ、どうするか」