3章Cパート
「夏美!! 探したんだぞ!! こんな所で何して―――」
俺は夏美に駆け寄ろうとした。
しかし。
「来ないでっ!!」 と夏美は叫び、俺を制止した。
「えっ?」 俺は思いがけない夏美の言葉に目を白黒させた。
「来ないで、来たらダメ・・・」
夏美の声色は、なんだか悲しげだった。
まるで、何かに怯えているように。
「どうしたんだよ! 家に帰るぞ!!」
それでも、俺は夏美に近づいた。 そして眼前までやってくると…。
「…?!」 俺は思わず言葉を失う。
「やぁ…来ないでぇ…!!」 夏美は自分の腕で自分の肩を抱いてベンチの上に
蹲っていた。
それは、まるで“何か”ではなく“俺”に怯えているかのようだった。
ビクビクと体は細かく震え、俺を拒絶しているかのような…。
「・・・・・・」 それでも俺は、いかなければならない。 俺は兄貴だから。
そして、今怯えているこいつは…夏美…だから。
「夏美…」 俺は夏美の横に座った。
「っ…」 俺の気配に気づいたのか夏美は一瞬体をびくっとさせた。
「帰ろう、俺たちの家に」 俺はそうやって優しく頭を掻き回すように撫でてやる。
「やめてよっ…」 そう夏美は言ったがさっきの様な勢いはもうなかった。
「母さん…心配してるぞ?」
「・・・・・・」
「俺だって、お前が心配で今まで何時間も走り回っていたんだよ。
夏美が、居なくなっちゃった気がして。 怖くて居ても立ってもいれなくて」
「えっ…そんなに…探してくれてたの…?」
夏美は俺の言葉にハっとしたように顔を上げた。
その顔は、涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「・・・」 俺は黙ってポケットに忍び込ませていたハンカチで夏美の顔を拭いてやる。
「んぅ…」 夏美はどこかくすぐったそうに微笑んだ。
泣いてたのか? 何かあったのか? 俺で良ければ相談に乗るぞ?
そう言ってやりたかった。
でも今の夏美の憔悴し切った顔を見てたら
なんだか、聞けなくなってしまった。
だから、俺はただ頭を撫でながら言ってやった。
「家に、帰ろう?」と。
夏美は少しの間、沈黙を貫いていたが俺の顔をちらっと見ると
すぐに視線を逸らし、無言でコクリと頷いた。
「よし、ほら行くぞ」 俺はベンチから立ち上がる。
「・・・・・・」 しかし夏美は立ち上がろうとせず、俺を上目遣いで見つめていた。
「な、なんだよ?」
いつもと違う“しおらしい”夏美に、一瞬ドキっとしてしまう。
「手ぇ…寂しい…」 甘えた声。 でもどこか寂しげで。
「…ほら」 俺は思わず夏美に手を差し出していた。
「ありがとう…お兄ちゃん…」
夏美はキュっと俺の手を握ってきた。
その手は、思ったより小さくて冷たかった。
本当に、夏美も一人の女の子なんだな と改めて意識してしまう。
「えへへ…なんかいいね…こういうの」 夏美は弱々しい声で呟いた。
「…バカ」 俺は照れ隠しにそう言って、そっぽを向いた。
暗く、肌寒い夜。 俺と夏美は手を繋ぎ公園を後にした。
掌に伝わる温もりが、なんだかむず痒かった。