2章Cパート
「―――きて」
誰かの声がする。
誰だろう? 凄く聞き覚えがあるような気がするのだけど。
「起きて―――」
起きる? 俺が?
「もう、さと君ったら・・・起きなさいっ!」
バシッ!!!
―――んあ? 俺は何故か痛む後頭部を手で抑えながらムックリと起き上がる。
「もう、さと君? 寝すぎだよ。 もうすっかり夕方だよ」
シャァー・・・。
智瀬は苦笑いすると窓のカーテンを開けて見せた。
窓からは夏場独特の涼しい風と、オレンジ色の夕陽の光が差し込んでいた。
「俺・・・そんなに寝てたのか?」
窓の外を覗き込む。
俺たちの住む町は、見事に茜色に染められていた。
住宅の隙間や公園に生い茂る木々や家の屋根とのコントラストが
とても幻想的に思えて。 綺麗だと思った。
…ふと、下方に誰かの気配を感じた。
俺は、気配の方向に眼を向ける。
「・・・・・・」
そいつは智瀬の家の前、その玄関の前にいた。
ぼーっとしていて、微動だにせず。 ただ黙って家のドアを見つめていた。
その瞳は夕陽の所為か、茜色に染まり濁っている。 まるで生気が感じられなかった。
「夏美・・・」 俺は思わず、そいつの名前を口にしていた。
何故ここにいるんだ? 俺は夏美にこの家の場所なんて教えていない。
ましてや、智瀬と会うだなんて言ってきたわけでもない。
なのに、何故あいつはここにいるんだ?
「え? あ、本当に夏美ちゃんだ」
俺の様子に気がついたのだろう、智瀬は俺の隣にやってくると窓の下を覗き込んだ。
そして眉を寄せ、俺に言う。
「夏美ちゃん、私の家の前で何してるの・・・?」 と。
「分からない・・・てか、場所も知らないはず・・・」
ふと、夏美の口が動いた。 何かを小声で言っているようだ。
お・・・
に・・・
い・・・
ちゃ・・・
ん・・・
「・・・?!」
分からない、確証なんてない。 でも、俺にはそういう風に“聞こえた”。
途切れ途切れに、俺を呼んでいた。 そんな気がしたのだ。
「っ!」
「え?! ちょっとさと君?!」
バン!! 突然部屋のドアを開け玄関へと走っていく俺に智瀬は驚いたような声を上げた。
「・・・・・・」 そんなの気にしていられなかった。
なんだか、嫌な胸騒ぎがしたんだ。
「夏美?!」 玄関のドアを勢い良く開けると名を強く呼んだ。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
しかし、さっきまで“そこ”に居たはずの夏美の姿はもう無くなっていた。
「夏美・・・」
一体どうしたっていうんだ? なんで此処を知ってたんだ?
何故ドアをじっと見つめていたんだ? 何故…俺を呼んだんだ?
何故…何も言わないで居なくなるんだよ…。
「さと君…? 夏美ちゃんは…?」
「・・・・・・」
俺の耳には、その時智瀬の声は届いていなかった。
分からないことだらけで、頭が軽く混乱していた。
あいつの“茜色の瞳の先”は、何を見つめていたんだ…?