最終章Cパート
その夏美の言葉は、俺に突き刺さる視線は冷たいものだった。
怖いくらいに。
「ちょっと待てよ、どうしちゃったんだよ? 夏美?」
「消えちゃえ・・・消えちゃえ・・・うふふ」
「夏美・・・?」
「お兄ちゃんなんか、もう要らない。 あの女の恋人になるくらいなら。
お兄ちゃんなんか、要らない。」
「・・・・・・」
「だからぁ・・・」
スゥっと刃の矛先を俺に向けた。
「消えて♪」
にっこり笑うとダっと刃を向けたまま俺に駆け寄ってくる。
・・・・・・・。
・・・。
そこからの光景は、スローモーションのように見えた。
矛先で確かめる。 夏美が狙っているであろう場所、俺の心臓。
ああ、こいつは俺のことを本気でヤるつもりなんだな。
でも、これもそれも全部俺が招いたことなんだ。
謂わば自業自得。 覚悟しなきゃいけないんだな。
駆け寄ってくる夏美を、俺はそのまま抱きとめてやる気持ちでその場を
動かなかった。
避ける事はできた。 でも、避けたら駄目な様な気がしたから。
あと数メートル。 もう少しで全部が終わる。
嗚呼。 これで、俺の罪が断罪される。
本気でそう思っていた。
でも、それを望んでいなかったんだ。
「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
けたたましい程の涙声と共に、俺の目の前に智瀬が飛び出してきた。
先ほど、俺が智瀬を庇った時のように。
「?!」 夏美はその足を止めた。
また俺も、予想外の展開に目を白黒させていた。
「なんでそうなるの?!」
智瀬は泣き、嗚咽を漏らしながら夏美を睨みつけた。
顔は涙と鼻水と、
悲しみ・恐怖・不安・後悔等様々な感情で歪み、汚れきっていた。
見ていて、胸が締め付けられてしまうほどに。
「なんでって、あんたは黙ってて。
そもそも、あんたの所為なんだからね?
あんたさえ居なければお兄ちゃんはきっとあたしを選んだ!」
「なら私をコロせばいいじゃない!
なんでさと君がコロされなきゃいけないのよ!!」
「だって嫌なんだもん!! このままお兄ちゃんが遠くにいっちゃうと思うと・・・。
ずっと近くに居たいんだもん!! 寄り添って居たいんだもん!!
キスとか・・・もっともっといやらしい事・・・したいんだもん!!!」
「夏美ちゃん・・・」
「でも、あんたが居たらダメなの!!
お兄ちゃんはあんたしか見てないの!! あたしの事は妹としてしか・・・」
俯き、その頬からは涙がこぼれていた。
夏美の気持ちに呼応したかのように、暗く深い藍色をしていた
空が澱み始める。
「夏美ちゃん・・・私はさと君を譲ることは、できないよ」
「ほらやっぱり、あたしからお兄ちゃんを取るんじゃない!!」
「聞いて、夏美ちゃん。
確かに私は恋人の席は譲らないと言ったけど。
貴方は、妹っていう立派にさと君の隣に居る権利を持ってる」
「は・・・? 意味分かんない・・・妹がなんで傍に居るとかなるの・・・?」
「私は、恋人になれても妹にはなれない。
もし万が一、何かあってさと君と別れてしまったら。
私はもうさと君の元を離れるしかない。」
「・・・・・・」
「でも、貴方は違うじゃない。 何があっても、妹として家族として
さと君との絆は切れることはないわ。
悔しいけど、そういう意味では貴方の方がずっと傍に居られるの。」
智瀬の言うとおりかもしれない。 智瀬とは別れてしまえば赤の他人。
でも、夏美とは何があっても家族ということには変わらない。
今、こんなことがあっても俺は夏美を妹だと思っている。
家族としてでいいのなら、いくらでも愛してやれる自信がある。
皮肉な事だ。 こんなことにならなきゃ、そんなことも分からないなんて。
「何それ・・・意味分かんない・・・」
そう言う夏美の言葉には、もう先程の覇気は感じられなかった。
「分かって、夏美ちゃん。
私は貴方とこんなことになりたいんじゃない。
確かに、正直に言うと貴方が邪魔だと思ってた時もあった。
でも、今夏美ちゃんの気持ちを聞いて分かったの。
私と貴方は同じなんだって。」
「同じ・・・?」
「普段強がってるけど、本当は弱くて、泣き虫で肝心な時に言いたい事
言えなくて・・・こうなってしまうまで、溜め込んでしまうとこ。」
「・・・・・・。 ひとつだけ、違うところがあるよ。 先輩。」
「え?」
「あたしは、普段からお兄ちゃんに自分の気持ちをアピールしてきたつもり。
でも、お兄ちゃんは知ってか知らずか結局中々相手にしてもらえなくて。
妹、たったそれだけでお兄ちゃんに近づけなくなっちゃってた。」
「・・・・・・」
「そこが、あたしと先輩の大きな違い“です”」
夏美の口調が変わった。
今の智瀬との会話で、何か心境の変化でもあったのだろうか。
「そうか・・・あたし夢を見ていたんだ・・・」
夏美は黒く、今にも泣き出しそうな夜空を見上げた。
夢を見ていた。 そう再度呟いて再び涙を流した。
「・・・・・・」 どう声をかけていいか分からず俺と智瀬は
ただ、そんな夏美を見つめることしかできなかった。
夜空は、今も尚、澱み続けている・・・。