9章Eパート
「そうか、そういうことが・・・」
義理とは言え、自分の妹が人を。
しかも自分の彼女を傷つけて、『コロす』とまで言ったなんて。
今までの俺だったら絶対に信じなかっただろう。
でも、ここ数日の二人の様子を見ていて
智瀬が嘘をついているようには、思えなかった。
・・・だからこそ、腹が立った。
今まで何もして来なかった自分に、そして智瀬に傷を負わせた夏美に。
「ごめんな、俺全然知らなかったよ。」
「謝る必要はないよ。 でも、辛かった。
私がさと君と会うだけで、夏美ちゃんを裏切っているようで・・・」
「裏切るも何も・・・最初から智瀬が俺の彼女なんだからいいじゃんか」
「そうなんだけどね」 智瀬は苦笑いした。
「夏美ちゃんの言うとおり、仲良くやっている兄妹の仲を壊したくはないから。
だから、私はさと君との関係を出来るだけ進めないように我慢してきたつもり。」
「・・・・・・」
「でもね、最近やたら夏美ちゃんが貴方にアピールしてくるから、ヤキモキしちゃって。
それに、私だってごく普通の一人の女の子だよ?
好きな人とだったらキスもしたいし、それ以上だって・・・」
そこで、智瀬はグっと口を噤んだ。
「・・・・・・」
そうか、俺と夏美の為に色々我慢してきたんだ。
“したかった”のは、俺だけじゃなかったんだ。
俺は、とんでもない勘違いをしていた。
智瀬は、俺との交際を辞めたいんじゃない。
辞めなきゃと、そうしないと俺と夏美の関係がいつか壊れてしまうからと。
そうやって自分を責めていただけだったんだ。
「とっくに壊れてるさ」
「え?」 俺の声にハっとなり顔を上げる智瀬。
「夏美との関係なんざ、とっくに壊れてるのさ。」
「・・・・・・」
「と言っても智瀬の所為じゃない。 今まで全てを曖昧にしてきた俺の所為。
だから、智瀬が自分をそこまで責める事はないよ。」
「私、どうしたらいい?」 次第に目が潤んでいく。
「私、さと君が好きなの。 でもね、さと君と夏美ちゃんが仲良く笑い合ってるのも
好きなの。 両方好きなの。 どっちかを取りたくなんか・・・ないの」
「・・・・・・」
どっちかをとってしまうと、どっちかを傷つけてしまうから?
そうだな、前の俺もそう考えていた。
「でも、こうなった以上。 俺は答えを出さなきゃいけない。」
もう、全てを終わらせよう。
「・・・さと君」
「ごめんな、今まで」
もう、智瀬にこんな悲しい顔をさせてはいけない。
だから・・・。
「俺は夏美を普通の妹に戻す」
「戻す・・・? 昔の関係に戻れるの・・・?
夏美ちゃん、いざとなると何するか・・・この傷だって・・・」
胸元に手を押し当てて顔を歪ませる。
「大丈夫だ」
「え・・・?」
「その時はこの命に代えても、智瀬を守る。」
今更こんな、歯の浮くような台詞を言う資格などないかもしれない。
「ダメだよ・・・そんなの・・・」
でも、これが俺の答え。
「だから、これからも俺の傍に居てくれないか」
今までの二年間を、そして過去の数日間を。 嘘にはしておきたくなかった。
「さと君・・・本当に私でいいの?」
「・・・・・・」
俺は答えなかった。
「ん?!」
智瀬の顔にそっと、自分の唇を重ねる。
柔らかい、そしてしっかりとした熱気を纏っている。
刹那、驚いたように目を見開いていた智瀬だったが
状況を把握したのか、ゆっくりと目を閉じて俺の腰に腕をまわす。
「・・・・・・」
間近で見る、智瀬の顔。
涙やいろんなもので、ぐちゃぐちゃになっている。
ああ、こんな顔をさせてしまったのは俺だ。
ごめんね。
でも、その顔を見れたからこそ俺は一番大切なものに気がつけた気がする。
バタッ・・・、そのまま床に倒れ込む。
「あっ・・・ぅ・・・」
今まで出来なかった、“それ以上の行為”。
俺達は、もう止められなかった。 止める必要など・・・なかった。
全てを知った今、俺に躊躇はなかった。
「・・・・・・っ!!!!」
・・・・・・。
・・・。
俺たち二人は、誰も居ない月明かりが射す教会の奥。
お互いの身体を密着させた。
相手の体温が肌で直に伝わってくるのが、とても嬉しかった。
やっと、俺たちは“進むこと”が出来たんだ。
本当に私でいいの? 智瀬の問いに俺は答えなかった。
代わりに、俺の体温や感触で“応えた”。
言葉でいうのは簡単だ。 でも行動して気持ちを表すのが
之ほど時間がかかって、これ程度胸が要ることだとは。
智瀬を優しく抱き留める。
この時間がずっと続けばいいのに、本当にそう思える程に。
ステンドグラスから、差し込む七色の光は
とても、優しく俺たちを包んでいた―――。
・・・・・・・・・・・・。
・・・。
「コロす・・・・・・・・・・・・」
ごめんね、お兄ちゃん。
あの女、約束破った上にお兄ちゃんと“しちゃう”なんて。
もう生かしてはおけないよ。
絶対にコロしてあげる。
ふふふふ・・・。
コロす。
コロす!
コロす!!
コロす!!!
今、コロしてあげます・・・。 智瀬先輩・・・・・・。
―――そして少女は、銀色の矛先を指でそっとなぞった―――