9章Cパート
「お前、こんなところで何やってるんだ?」
俺は意を決して、智瀬の元へ歩み寄るとそう問いかけた。
「へっ?!」 驚いたようにこちらに振り向く。
「え、なんでここに・・・」 そしてトーンを落とす。
「なんとなく」
「そう、なんだ」
いや、本当になんとなくだったんだけどね
ただ、気持ちの整理をつけたいからとは言わなかった。
これを言ってしまうと、また智瀬を混乱させてしまうと思ったからだ。
そんなことより、俺には気になることがあった。
「それはいいけど、教会で何をしてるんだ?」
「え、何って・・・何もしてないよ」
「ん? そうなのか? 俺にはまた“祈り”を捧げている様に見えたけど。」
女神像に視線を移す。
つられて智瀬も視線を移した。
「・・・・・・」 智瀬は暫く黙った後、俺に視線を戻してこう言った。
「私も、本当になんとなく来ただけだから」と。
「・・・本当に?」 来ただけ、ならなんであんな悲しい顔してたんだよ。
「・・・・・・うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「うそつき」
そう言うと、ペチンッ!と俺は智瀬のオデコにデコピンをかましてやる。
「ふあっ・・・」 痛そうにオデコを抑える。
「うそつくなよ」
「うそなんか・・・ついてないもん」 さっきまで平然を保っていた顔が
徐々に歪んでいくのが分かったから。 だから、俺は思ったんだ。
「智瀬、俺に対して素直になってないだろ?」
「・・・・・・」
「何か理由でも、あるのか?」
「・・・・・・」
「俺が何か悪いことでもしたのか? 怒らせるようなことしたのか?」
「それは、違う・・・」 蚊の鳴くような声で呟く。
「なぁ、智瀬。 俺の素直な気持ちを言ってもいいか?」
「え・・・?」
「俺さ、どうしても今までの関係が罰ゲームの延長戦だって思えないんだ。
いや、ひょっとしたら思いたくないだけなのかもしれないけど。
とにかく、このままじゃ嫌なんだ。 こんな訳も分からないまま“サヨナラ”なんて。
あんまりじゃないのか? 少しは俺の気持ちも・・・」
「さと君に何が分かるって言うの!?」
智瀬の顔は最早平然とは程遠く、苦痛に歪んでいた。
「・・・・・・」
「私が何を悩んで、何を考えて。 どんな思いでさと君と過ごしてきたと思うの?!」
「それは・・・」
「分からないでしょ?」
「でもそれは、智瀬が言ってくれなかったから・・・」
「じゃぁ訊くけど、“訊こうとして”くれた??
私の気持ちとか、様子とか。 少しでも気がついてくれてたの?!
言わなきゃ分かんない? 違うよ、あなたが私を見てなかったんじゃないの?
私のこと、ちゃんと見てくれてなかったんじゃないの?」
「・・・・・・」
否定は、出来なかった。 智瀬を見ていなかったというよりは
俺は現実を見ていなかった。 智瀬の気持ちや、夏美の気持ち。
知っていて、向き合おうともせず逃げていた。
その末路がこれだ。 俺にそれを否定することなんざ、出来っこない。
「それでも俺は、智瀬が好きなん・・・」
「今更彼氏面しないでよ!! もう、私のことなんて放っておいて!!」
膝から崩れ落ちて、泣き始めてしまう。
「智瀬・・・ごめん・・・」
そうだ、俺が今するべきなのは言い訳や御託を並べることじゃない。
「・・・っ。 ちょっと!!」
俺は蹲る智瀬を後ろから抱きしめていた。
「ごめん。 本当にごめん。」
そう今俺がするべきなのは、この気持ちを伝えることだけ。
「・・・・・・」 智瀬は俺の腕を解くこともなく、ただ静かに泣いていた。
「凄く傷つけてごめん。 凄く、辛い思いをさせてごめん。
でも、俺やっぱり智瀬じゃないと嫌なんだ。 どんな時でも智瀬の顔ばっかり
思い出すんだ。」
「・・・・・・」
「今まで忘れててごめん。 昔のこと、全部思い出したんだ。
罰ゲーム、なんて嘘なんだろ? だって
智瀬は“あの日の約束”を、ちゃんと守っていてくれたんだもんな。」
「・・・思い出したの?」
「ああ・・・ごめん・・・」 ギュっと腕に入れている力を強くする。
「・・・そうなんだ」
「今更こんなこと言うのも、都合よ過ぎると思う。
勝手な奴だと思ってもらって、構わない。 もし、少しでも
俺のことを好きでいてくれてるなら…もう一回だけ、俺にチャンスをくれないか?」
「・・・・・・」 智瀬はゆっくりと俺の腕を解くと立ち上がり俯く。
「ダメ、なのか?」 俺も立ち上がると智瀬に向き合う。
「私も、さと君が好きだよ。
あなたの言うとおり、罰ゲームっていうのも嘘。」
「だったら・・・!!」
「でも、ダメなの」
いつか見た、スカートの裾をギュっと両手で握り締めている智瀬。
辛そうな、それでいて悲しそうな。 そんな重圧に独りで耐えている様な顔。
「どうして?!」
「・・・そうだね、いつまでも隠しておけないよね」
智瀬は両腕でグシグシと涙を拭うと唐突に、上着を脱ぎ始めた。
「わっ、いきなり何してんだよ!!」 いくらなんでも、そんな展開はっ。
心の準備ってものが・・・。
「さと君、私をしっかり見てほしいの。」
智瀬は、真っ直ぐに俺を見つめた。 先程の涙はもう渇いている。
「・・・え、ああ」 その表情はあまりにも真剣で。
そんな俺の脳裏に一瞬浮かんだ“それ”とは全然違う雰囲気。
これは、なんだかマジだ。
上着を脱ぎ、下着一枚になった智瀬。
「・・・・・・」
男の習性だろうか? 視線がつい胸元にいってしまう。
「恥ずかしい・・・っ」
頬を真っ赤にしながらも、少し苦痛にも似た表情をしている智瀬。
智瀬の胸元は、大きくはないけど俺にとっては十分な膨らみがあった。
上の下着が音を立てずに落ちると、俺は目を見開いた。
「え、なんだよ。 これ?」
胸の谷間、その中央辺りに2センチ程の切り傷らしき痕が
やや斜め気味に、茶色く残っている。
「・・・・・・」
「この傷・・・どうしたんだよ?」
初めて見た、智瀬の胸。 普通男なら喜ぶ(?)ところなんだろう。
でも、その初めては俺にとって一番辛いものになろうとは・・・。
「この傷はね・・・」 智瀬は悲しく笑った。