9章Bパート
「はぁ・・・」
辺りは暗く、
月明かりの中、風が揺らす木々からはセミとひぐらしの鳴き声が交差している。
その鳴き声が夏の夜を静寂から強制的に隔離しているような気すらもする。
“今のお前に、静寂の時間なんて贅沢すぎる”
そう誰かが言っているような変な感覚に陥りそうになる。
俺はため息をついて建物の天井についている十字架を見つめた。
もうそんなに時間が経ってしまったのか?
ていうか、
なんで此処なんだよ、と心の中で苦笑する。
駅まで歩き、電車に乗って。 そして更に歩く。
いきついた場所は、あの教会の前だった。
なんとなく、本当になんとなく。 此処に来ればこのモヤモヤした気持ちに
整理がつけれるような気がしたから。
いや・・・或いは、ただ俺はまだ智瀬に未練があって
その思い出に縋りにきただけなのかもしれない。 それって、かなり女々しい。
「はぁ・・・」 再度、ため息をついた。
ここに居ても仕方ない。 中に入って、恋女神様にでも祈りを捧げようか。
嘗て、智瀬がそうしたように・・・。
と、思ったのだがよくよく見ると両開きのドアの片方が開いていた。
誰か居るのか? まさか、あの老神父が閉じ忘れたとかじゃないだろうな。
歳の所為でボケてきたのか?
いや、でも知らない人が居たら少し怖いな。
気配を殺して、恐る恐るドアに近づくと開いている隙間から中を覗いた。
暗くてよく見えない、でもなんとなくそのシルエットは覚えていた。
「智瀬・・・?」 誰かが胸の前で両手を握り、恋女神像に向かって祈りを捧げていた。
俺には、なんとなくそれが智瀬のような気がした。
…雲が動き、先程よりも月明かりが強いものになる。
天井に飾られた、ステンドグラスから漏れる光が比例して強いものとなる。
赤・緑・青。 様々な光がその祈っている人の姿を照らし始めた。
「・・・!!」 ハッキリと見えた。 その後姿は・・・。
「智瀬・・・」
俺の脳裏にあの日の光景が、言葉がフラッシュバックする。
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「見てわからない? 恋女神に祈りを捧げてるの。」
・・・・・・。
「この鐘はね、“愛し合ってる二人が一緒に聞くと幸せになれる”ていう言い伝えがあるんだよ」
・・・・・・。
「やった! 鐘がなったよ! 嬉しい!!」
・・・・・・。
「私たち、女神様に祝福されたのかな?」
・・・・・・!
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「!!」
モノクロの光景から、ハっとなり現実に戻される。
そうだ、この女神像は“恋愛成就と平和を祈る女神様”だ。
今その女神像に智瀬が祈りを捧げている。
再び、あの切なそうな表情を浮かべながら。
いや、あの時よりも表情は歪んで辛そうにも見える。
何故今更祈りを捧げている? 恋女神にだぞ?
俺とはもう終わっているはずなのに、恋人関係はただの罰ゲームだったのに。
ただ日々の平和を祈っている? いやそんな表情ではない。
なんで、そんな顔して祈っているんだよ?
なんで今更、恋女神になんて・・・。
まるで、再び“鳴る”のを望んでいるかのような・・・。
でも、そんなの・・・。
そんな自問自答を繰り返しても、答えは分からない。
本当に、分からない事だらけだった。