8章Dパート
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少女は笑っていた。 時に少女は恍惚とした表情で“それ”を見つめた。
これは罰なんだよ、と呟き。
そして笑う。 きゃははははははははははははははっ。
カラン・・・。 地面に鮮血を纏った銀色の光が突き刺さる。
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・・・・・・・・・・・・。
・・・。
そして、次の日。
「ほら、智瀬ちゃん! 急いで急いで!」
「ちょっと、急ぎすぎだよぉ」
俺はワンピース少女の手を引き、大きな公園、モリコーに来ていた。
「到着!」 少女の手を離す。
じんわりと汗を掻いていたためか、スゥっと手を通り過ぎる風がひんやりと
冷たく、気持ちよかった。
「・・・・・・ふぇ~、おっきな公園だねぇ」 少女は公園の全体を眺めながら
目を丸くした。
「そう、森みたいな公園。 だから皆モリコーって呼んでるらしいよ」
俺も来るのは初めてだけど。
「わぁ~・・・遊具がいっぱぁい」 パタパタと遊具に向かって駆けていく智瀬。
「そんなに、はしゃぐなよ」 苦笑い気味にその後を追った。
全く、さっきとは逆じゃないか。
・・・・・・。
・・・。
ブランコや滑り台、シーソー等一通りの遊具を物凄いテンションで
クリアしていく。 よっぽど楽しいのだろう。
「聡くん、公園って楽しいんだね」 彼女は笑顔だった。
「そうだな、俺もこんな大きな公園初めてだから興奮するよ」
普通は、小さい頃とかに親に連れてきてもらったりしているはずなんだが。
やはり、彼女にはその経験は愚か公園で遊んだことすらない。
何故そうなのかは、訊くまでもないが。
「わーい、この公園どこまで続いてるんだろ?」
そんな知的好奇心が働いた智瀬は急に公園の奥へと走り出していった。
「お、おい! 待てよ、どこ行くんだよ?」
俺も慌ててその後を追いかける。
・・・・・・・・・。
「はぁはぁ、やっと追いついた」
智瀬の足の速さは異常だった。 これも日頃から泥棒を繰り返して
逃走を繰り返してた賜物なのかもしれない。
・・・などと感心している場合ではない。
智瀬は公園の奥の散歩道から更に奥、完璧に木や緑が生い茂る森みたいな場所。
そこに智瀬は立っていた。
もうすっかり夕方になっていた。
それまでの暑さは和らぎ、木々の隙間から漏れる光は綺麗な茜色になっていた。
「こんなところまで来て、迷子になったらどうする・・・」
「待って、あそこに誰か居る」
智瀬はここから少し先の大きな樹を指差して言った。
「・・・え?」
その指の先を追うと。
「ふぇぇぇ・・・」
泣いていた。 その緑色の大量の葉っぱをつけた大きな樹の袂。
俺らと同じくらい、いや少し幼いくらいのツインテール少女が
声を殺して泣いていた。
「・・・・・・」 殺しきれていない声が俺の元に届いてくる。
なんだか、急に悲しい気分になってきた。
昔から、誰かの泣いてるとこを見るのは得意じゃない。
泣いてる女の子を、なんとかしてあげたい、素直にそう思った。
「聡くん?!」
俺は無意識のうちに少女に走り寄っていた。
「君、こんなところで何してるの?」
数日前に、誰かに言ったことと同じ台詞を少女にぶつけた。
「・・・・・・」 けれども少女は反応しない。
「ひょっとして、あの子迷子なのかな?」 後ろで智瀬が不安げに見つめている。
「ねぇ、君どうして泣いているの?」
「・・・どうしてそんなこと知りたいの?」
少女は泣くのをやめたが、凄く悲しげな瞳をこちらみ向けた。
「だって・・・女の子が泣いているのに放っておけないだろ」
「お兄ちゃん、優しいんだね?」 その瞳は、笑っていた。
でもどこか、遠いとこを見つめているような。
「優しくはないけど・・・」
「あたしね・・・」 ぎゅっ。 女の子は俺に抱きついてくる。
「ちょっとぉ! 何してるのよ! 離れなさいよぉ」
後ろから、物凄い勢いで智瀬がやってきて少女を俺から剥がそうとする。
「なんで? お姉ちゃん、お兄ちゃんの恋人さん?」
くりくりとした、丸い瞳で智瀬を見つめる。
「こ・・・そんなんじゃないよっ」
「じゃぁいいよね? お兄ちゃん! ぎゅぅ~☆」
勝ち誇ったように少女は腕に力を込めた。
「くぅ・・・」 何故か智瀬は悔しそうにうなだれた。
「なぁ、そろそろ何があったのか教えてくれないか?」
それから数分、ずっと俺にしがみ付いてた少女を剥がすと問いかけた。
「何がって?」 ほぇ? とした様子で首を傾げている。
「何故君が泣いていたのかを、教えてくれよ。 俺でよければ力になるし。」
「・・・そんなの要らない」
「え?」
「そんな“口だけ”の優しさなんて要らない!」
「・・・・・・」
そして少女は首をブンブンと横に振りながら叫んだ。
「皆口だけだ! パパとママは、ずっと一緒に居るって言ってくれた!
でもママは居なくなった! 代わりに一緒に居てくれるって言ってくれた
パパも全然一緒に居てくれない! お兄ちゃんだってそうでしょ?!
言葉では優しくして、結局いざとなったら皆居なくなるんだ!! そうでしょ?!」
二本に結んだ髪の毛が左右に大きく揺れた。
後ろで、智瀬はどんな表情でこの言葉を聞いているんだろうか。
「あの子、私と同じなんだ」 ポツリ、智瀬が呟いた気がした。
「お兄ちゃんだって・・・居なくなるんでしょ?
なら優しくしないでよ! あたしになんか・・・構わないでよ・・・!!」
さっきの態度とは一変、今度は俺を拒絶する。
でも、そんな悲しいこと言って欲しくて話しかけたわけじゃない。
だから。
パンッ!!!
「・・・・・・?!!」
軽快な音が公園中に木霊した。
女の子は痛む頬を手で押さえて泣きそうになる。
「何するのよ!! お兄ちゃん酷い!!」
怒りにも、悲しみにも似ている瞳でこちらをキっと睨み付ける。
「諦めんな!!!!!!」
さっきの音よりも更に大きな声で叫んだ。
「自分だけ不幸みたいな言い方しやがって! いいか?
何かあったかなんて俺は知らねー。 でもな、君と同じような思いをしている
人なんて、いっぱい居るんだよ!!」
そう、智瀬や俺がそうだったように。
「・・・聡くん・・・」
「確かに、俺はずっと一緒には居られない。 だけど、気持ちは気持ちだけは
友達で居ることができるんだよ。 親とかみたいに大きな存在にはなれなくても。
友達として、居ることはできるだろ? それは近いとか遠いとか関係ないじゃん。
やる前から全て諦めるなよ。 いつか、君を必要としてくれる人が現れるよ」
全く、今思えば小学生の分際でマセた事を言ったものだ。
「お兄ちゃんは・・・あたしを必要としてくれる?」
「もちろんだ。 もう俺たちは友達だからな。」
「ずっと・・・“ずっと”?」
「ああ、もちろんだ。」
「傍に・・・“居てくれる”?」
「まぁ、限界はあると思うけど・・・できる限りな」
「お姉ちゃんも?」 後ろに居る智瀬に視線を向ける女の子。
「・・・私と貴方は、なんか同じ気がするから・・・」 照れくさそうに頷いた。
「嬉しい・・・」 女の子は声をあげて泣いた。
その涙は先ほどの涙の意味とは違うことなど、明白だった。
・・・・・・・・・・・・。
―――少女は、やはり迷子だった。 公園に父さんと遊びに来たはいいが
途中ではぐれて、父さんを探し回っている内にこんな奥まで来てしまい。
心細くなって泣いていたんだそうだ。
俺と智瀬は、その少女を連れて父さんを探しに出掛けた。
・・・だが、その父さんはすぐに見つかった。
モリコーの散歩道に一人、いびきを掻いて呑気に寝ていたのだった。
灯台下暗し。 妙な結末に、思わずズッコケそうになった。
『娘と遊んでくれてありがとうございました。』
父さんはそう言って頭を下げた。
「いえいえ、気をつけて帰ってくださいね」そう微笑む俺に少女は
そっと近づき、「お兄ちゃん、怒ってるとこもカッコ良かったよ」
耳打ちすると、微笑み俺の頬にそっと口付けた。
「なっ・・・」 いきなりの事に驚いている俺と智瀬を他所に女の子は
「“またね”」と手を振る。
『ほら、帰るぞ。 “夏美”』 父さんはその名を呼び、少女の手を握った。
去っていく二人の後姿を、俺は惚けた様に見つめていた。
“またね” その意味を、俺はただの友達としてならまたいつか会える
という意味なのかと思ってた。
その言葉の意味を、翌日。 知ることになる。