8章Cパート【Ⅳ】
少女はアイスを舐めるのを辞めた。
そして天を仰ぐ。
「あれ・・・どうかした?」
「お父さんもお母さんも、結構仕事で家に居ないから」
「へぇ。 似顔絵描きってそんなに忙しいものなの?」
「さぁ、でも好きなことだから・・・夢中になって私のことなんか忘れちゃってるのかも」
悲しく笑い、一瞬俺を見たかと思うとすぐに視線を上に戻す。
「そんなことは、ないと思うけど」
「どうして?」
「いやだって、本当に忘れちゃってるならきっと智瀬ちゃんは今頃・・・」
言いそうになってハっとした。
俺は今なんて言おうとした? それは今の“この子”に言ってもいい言葉なのか?
「今頃?」 目を丸くして、少女は俺を見ていた。
「ほ、ほら。 今頃家に入れてもらえないとか、そんなことが起きてる筈だろ?」
違う、俺が言おうとしたのはそんなことじゃない。 もっと酷い・・・。
「う~ん・・・そうかなぁ。 確かに家にはいつでも入れてもらえるけど・・・」
「そうだよ。 きっと仕事中も智瀬ちゃんの事考えてるはずだよっ。
忙しいだけ。 だから、そんな悲しいこと言うなよっ」 少女の頭を撫でてやる。
くふふ、少女はくすぐったそうに笑った。
「・・・っ」 不覚にも、可愛いと思った。
「でも、やっぱりお父さんとお母さんと一緒に居たい・・・」
だがすぐに、少女の表情は曇ってしまった。
「・・・・・・」
俺はその時思ったんだ。 この子に、こんな顔は似合わない。
さっきみたいな、何かに甘えたような笑顔。 そう、笑顔の方が似合うんだ。
「そうだ、智瀬ちゃん明日暇かな?」
「え、うん。 何かあるの?」
「なら、一緒に遊びに行かない?」
「・・・・・・」 突然の提案に、面を食らったようだ。
キョトンとした様子で問い返してくる。
「一緒にって、どこへ?」
「それは明日のお楽しみっ。 実は俺も一回行ってみたい所があったんだよ。
でも、そこは普通友達と行くような所なんだけど俺“こっち”に友達って居ないから」
今思えば、その“こっち”という意味さえ彼女が理解していれば。
きちんと俺が説明していれば。 あんな悲しい顔をさせなくて済んだのかもしれない。
「私で・・・いいの?」 自分でいいのか。 昨日と同じような質問だ。
「ばぁか、いいに決まってるじゃん。 俺たち、友達だろ?」
「・・・ダメ」
「え?」 彼女のことだ、戸惑いながらも快諾すると思っていた。
でも、少女からの答えは『NO』だった。
「なんでダメなのさ?」
「だって、私と歩いたら聡くんまで泥棒みたく思われちゃうよ」
その瞳は、全てを諦めてしまっていた。
だから、俺は言った。 「諦めるな」 と。
「え?」
「何やる前から諦めてるのさ、そんなのおかしいよ。 決め付け、カッコ悪い」
そう言って、少女の顔にビシっと指を指す。
「・・・・・・」
「それに、そんな風に思われても俺は平気。 それなら“俺が泥棒だ”て言ってくれればいい。
そうすれば、少しは智瀬ちゃんに何かを言ってくる人も減ると思うし。」
「聡・・・くん」 少女は頬を上気させて 「優しすぎる」と泣いた。
その涙は、嬉し涙だったのか。 それとも突拍子もない提案に反応に困っての涙だったのか。
泣いてる彼女を、俺はそっと胸に抱き寄せた。
“泣いてる女の子は優しく頭を撫でて、抱きしめてやれ” 小さい頃から
誰かに頻繁に言われていたことだった。
照れくさい気持ちを堪えて、俺は少女を抱きしめていた。
「優しすぎるよぉ・・・でも私、そんな聡くん・・・が、・・・き・・・かも・・・」
少女は胸の中で、小さく、小さく呟いた。
その言葉は小さすぎて、俺には聞き取れなかったけど。
なんだか、その口から漏れる吐息や微熱を帯びた身体が暖かかった。