8章Cパート【Ⅱ】
「?!」 女の子は驚いたように体をビクっとさせた。
そして恐る恐るこちらに顔を向ける。
「あ、あなた・・・誰?」
「俺? 俺は鷺原 聡。 君の名前は?」
「・・・・・・」 俺の名乗り損だった。 女の子は答えず、俺を怯えきった
瞳で見つめる。
「私を・・・捕まえにきたの?」
「捕まえる? なんのことだよ?」
「とぼけないでっ」 少女の表情が重く歪んでいく。
「今私が泥棒したの、見てたんでしょ?! だから追ってきたんでしょ?!」
「ちょ、落ち着けって」 俺は女の子の両肩を掴む。
そして、その体のか細さにびっくりした。
「君・・・こんなに痩せて・・・」
触っただけで分かった。 遠目には分からない、その華奢な体。
「・・・・・・」 肩を掴まれ、驚いたようだったが女の子は力なく俯いた。
「どうせ、あなたも笑いに来たんでしょ?」 蚊の鳴くような声を搾り出す。
「え?」
「皆、そうだもん。 皆私やお父さん、お母さんを笑うんだもん!
好きなことをして何が悪いの?! お家が貧乏で何が悪いの?!
笑うだけで助けてくれないっ 生きていくために泥棒して何が悪いの?!!」
一頻り叫ぶと、悲しくなったのか女の子の両頬には涙が伝っていた。
―――事情を聞くと、両親は昔から絵が得意で町に繰り出しては
町行くお客さんの“似顔絵”を描いて生計を立てていたらしい。
しかし、客も少なくその収入は安定せず家族三人で暮らすのもギリギリの状態。
それでも、女の子の両親は似顔絵描きを辞めなかった。
両親に言われたらしい。 似顔絵を描いた時の、お客さんの喜ぶ顔が好きなんだそうだ。
自分の才能で、誰かを喜ばせる。 これ程嬉しい事はないんだそうだ。 と。
また彼女もそんな両親が大好きなんだと、彼女は俺に何かを懇願するように必死に言っていた。
貧乏なりにも、自分たちの好きなように暮らしていた家族。
でもその家族を“貧乏家族”だとか“今時似顔絵なんて何を考えてるのか”だとか。
非難する声もまた、少なくなかった。
だから、空腹を満たすため。 そして自分の大好きな両親を否定する人達への復讐。
頻繁に盗みを働いては、ここで一人で泣いているんだそうだ。
なんで泣いてるのかは、彼女自身分からない。
「そうか・・・そんな事情があったのか」
最初に見かけたときは、何故泥棒なんてするのかと彼女の行動は理解し難かった。
でも事情を聞いてしまったら、なんとなく気持ちが分かる気がする。
もしも、自分がこの女の子と同じ立場だったら・・・。
きっと、同じことをしてしまう。
「私、友達もいないし味方は・・・私のこと好きでいてくれるのは・・・」
お父さんとお母さんだけ。 と女の子は顔を上げて悲しく笑った。
「・・・・・・」 なんでそんな顔するんだよ。 なんでそんな事、笑いながら。
「なら、俺が友達になってやるよ」
その悲しげな表情を見てたら、自然とそんな言葉が口から飛び出ていた。
「え? え? え???」
三度、女の子は首を傾げた。 そして俺と自分を交互に指差して
「お友達・・・?」ともう一回首を傾げた。
「・・・ぶっ。 あっはははは」 そんな様子が可笑しくて思わず笑ってしまう。
「ああっ なんで笑うのぉ?!」 女の子は頬を真っ赤にして俺を睨み付ける。
「ごめんごめん、つい」
なんとなく、可愛いと思ったから。 なんて口が裂けても言えない。
「でも、私。 貧乏だよ?」
「そんなの俺には関係ない! ていうか、うちもお金持ってる方じゃないし」
「私、泥棒だよ?」
「これから辞めれば問題ない!」
「私・・・私・・・」
女の子は少しの間言葉を探しているみだいだったが、出てこなかったのだろう
諦めたかのように俺を見つめた。
「本当に、友達になってくれる?」
「ああ、俺でよければな」
「嬉しい・・・」 女の子は俺に抱きついて“わんわん”泣き出した。
多分、今まで一人で抱えてきたものがスゥっと楽になったからなんだろう。
「ちょ・・・離れろよっ」
「えーんっ・・・えーんっ・・・」
照れ隠し故のそんな言葉すらも、今の彼女には聞こえていないようだった。
~チャンチャラチャラリン♪ その時、非常用に渡されていた俺の携帯がポケットで
鳴っているのに気がついた。
「あっと、ごめん」 女の子を一回離して電話に出る。
「もしもし」
『もしもし? じゃないわよ! 聡今何処にいるのよ?!』
受話器の向こうから聞こえてきたのは母さんの怒鳴り声だった。
「えっと・・・町まで降りて・・・」
『またあんた勝手に町まで降りだのね?! 駄目じゃないっ 勝手に出掛けたりしたら。
何かあったらどうするのよぉ!』
「いや、でも」
『でもじゃない! 早く帰ってきなさい!』 ブツっと乱暴に通話が遮断された。
「帰っちゃうの・・・?」 母さんとの会話を聞いていたのか女の子は不安げに
俺の腕を掴んできた。 真夏で気温が上昇している所為かその手はどこか汗ばんでいた。
「うん、ごめん。 母さんを怒らせると面倒なんだよ」 いや、本当に。
「そっか・・・。 ねぇ、明日とかまたここに来てくれる?」
「え? 明日? 分からないなぁ・・・」
「友達・・・」 指に人差し指を咥えて、寂しそうな声を出す。
「ああ、もう分かった! 友達だもんな! なんとか来るよ!」
「わーい☆」 女の子は表情をコロっと変えてニコニコしている。
「まったく・・・じゃぁ明日な」 女の子の頭をそっと撫でて立ち去ろうとした。
「待って」 でも、すぐに呼び止められてしまう。
「なんだよ、心配しなくても明日ちゃんと来るって」
「ううん、違うの。」
女の子は、モジモジしながら「私の名前、言うの忘れたから」と頬を染めた。
「ああ、そういえば。 名前、なんていうの?」
改めて、君の名を問う。
君は笑顔で答えた。
「智瀬。 私の名前は、柳 智瀬。」