8章Bパート
着替えずに寝ちゃったのか、と頭をポリポリと掻く。
コンコン、ドアがノックされた。
そして俺の返事を待たずに扉は開かれた。
「お兄ちゃん、おはよう」 夏美だった。
「夏美・・・」 なんで俺の部屋に・・・昨日あんなことしたのに。
なんで、そんなに普通に入ってこれるんだよ?
「お兄ちゃん、今日あたしとデートしない?」
頬を赤らめ、照れ気味に言う妹。
「でーと? いや、ちょっと待てよ」
おかしい、何かがおかしいんじゃないのか?
「どうしたの? お兄ちゃん」
「だってお前・・・」
昨日の今日だぞ? あんなことがあったのに、お前は。
「あたしなら、平気だよ。」 屈託ない笑顔で続けた。
「気にしてないから。 それに、お兄ちゃんを捨てるような“女”なんて。
やっぱりお兄ちゃんには相応しくないよ!
ましてや、罰ゲームで付き合うとか最低じゃん!」
そしてムスっとしたように、言うのだった。
「・・・見てたのか」 昨日のあの出来事を。
「ごめんね、あの後慌てて後を追いかけたら二人がなんだか険悪っぽいムードに
なってたから、つい聞いちゃった。」
「いや、いい・・・。 恥ずかしい所見せちまったな・・・」
兄として、いや男として格好悪い。
「大丈夫だよ、そんなダメダメなお兄ちゃんでも、あたしは好き。」
ギシッ。 俺のベッドに腰掛ける。
ふわっと、夏美の良い香りがした。
お風呂上りの、石鹸と『女の子の香り』が混じっている、いい匂いだ。
一瞬、その匂いにクラっとしそうになった。
「ねぇ、お兄ちゃん? あたしね、そろそろ答えがほしいんだけど。」
「答え?」
「そう、答え。 あたしと、あの女。 結局の所どっちが好きなのか。」
「・・・・・・」
決めようにも、俺は昨日智瀬にフラれてるんだぜ?
そんなの選びようがないじゃないか。
「あたし、分かる。 お兄ちゃんまだ『あの女』の事考えてるでしょ?」
「そんなこと・・・」 違うといえば嘘になる。
偽りの関係だったとはいえ、俺にとっては2年間の間
彼氏・彼女の関係だったんだから。 2年間の間に少しずつ“好き”が積み重なって
いつの間にか巨大なものになっていたんだ。
「お兄ちゃん、8年前の事。 憶えてる?」 唐突に質問は投げられた。
その質問、同じ事を少し前に智瀬から訊かれた気がする。
「・・・智瀬にも同じ事を訊かれた。 でもぼんやりとしてて、よく憶えてないんだ。」
8年前なのかは定かではない、でもいつかの昔
どこかで見た、感じた風景や感情は断片的になら記憶に残っていた。
「・・・なるほどね。」 夏美は何かに納得したように頷いていた。
「お前、ひょっとして知ってるのか? 8年前の事」
「もちろん。 ていうか、お兄ちゃんが一番忘れてはいけないことなんだよ?」
急に真剣な眼差しを向けてくる。
「思い出して、じゃないと答えなんて絶対に出せないから」
「え・・・それってどういう・・・」
「自分で思い出さなきゃ意味ないの! だからお願い、あたしの為に
思い出して。」
「・・・・・・」
「もう仕方ないなぁ・・・。 ヒントは、モリコーの迷子。」
迷子? モリコー? あれ、なんだか懐かしい感じがする。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
あ・・・・・。
断片的だった記憶が、パズルのピースみたいだったそれが。
カチカチと音を立てながら組み上がっていく。
そうだ、そうだった・・・。
何故、忘れてしまっていたんだろう。 こんな大切なことを―――。




