8章Aパート
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「ただいま・・・」 重苦しい気分で家のドアを開ける。
家の中は暗く、返事はない。
お母さん、やっぱりまだ帰ってないんだ・・・。
携帯を開く。
暗闇を携帯の液晶画面が照らす、少し目が眩むほどに。
「う~ん」 メールの画面を開いて、今朝のお母さんからのメールを見る。
“仕事の都合でまたしばらくの間、家を空けます。
今部屋の中は仕事に使う書類等で散らかっているので勝手に入らないように。”
いつものお母さんらしからぬ、そんな丁寧な言葉で
メールには、その一言だけが書いてあった。
「お母さんは、いっつもタイミング悪いなぁ」 呟き、そのメールに返信する。
“いつ頃帰って来れそう? なんか寂しいから早く帰ってきてね”
・・・・・・・・・・・・送信っと。
パタッ。 携帯を閉じる。
「・・・・・・」 明かりを点けずに危なっかしい足取りで階段を上る。
ガチャ、バタン。
自分の部屋に入ると、急になんだか悲しくなってきた。
どうして、こんなことになってしまったのカナ。
「・・・あれ」
私、泣いてる? 今泣いてるの?
ハラハラと、涙は頬を伝っていた。
部屋に射す、月明かりが照らす。 それはベッド横。
私と『彼』を写した写真。
笑ってる・・・私、こんなに笑えてたの? あの人も笑ってる。
ぴったりと、くっついている。
『彼』が瞳に映る度に、胸がキュゥと何かに掴まれるみたいに苦しくなる。
さと君・・・・・・私は、私はね―――。
写真をギュっと胸に抱き、蹲り嗚咽を漏らす。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
窓を虚ろ気に見上げた。
月明かりが差し込む窓の向こう、貴方は今、誰を想っていますか?
誰のことを、思い出していますか? 私のことを、きちんと“憶えて”いますか―――?
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【8月10日】
「・・・・・・んぁ」 寝ぼけた頭でゆっくりと起き上がった。
でもすぐに昨日の出来事が脳裏にフラッシュバックしてくる。
「・・・・・・くそっ」 お陰で簡単に頭が起きてしまった。
昨日、結局あの後どうやって帰ってのかは覚えていない。
ただ、きちんと覚えているのは。
心に残る、鈍器で殴られたかのようなズシリとした痛み。
そして、隣に居たはずの“温度”の虚無。 存在の、虚無。
何よりも、心にポッカリ穴が開いてしまっているかのような感覚。
空虚で、とても切ない。 言葉では言い表せない。
強いて言葉にするなら、『ダルい』だろうか?
「・・・・・・」 頭を掻く。
昨日のことが、実は夢でしたみたいなオチだったら良かったのだが。
自分が着物姿だというのが、それを否定していた。
その時だった。
コンコンと、部屋のドアがノックされたのだ。