6章Eパート
それから少しして、智瀬が戻ってきた。
「・・・・・・」 その表情は何故か浮かない顔だった。
「おかえり。 誰だったんだ?」
俺は智瀬のベッドに腰掛ける。
「え、うん。 ちょっとした知り合い」と、智瀬は笑って誤魔化した。
「・・・大丈夫か? なんか顔色悪いぞ?」
「え、うん? 平気っ。 まだ少し疲れが残ってるだけだと思う」
微笑み、ベッドの横に置かれた盆から
時間が経ち、すっかり汗をかいているコップを手に取ると中身を一気に飲み干した。
「さと君も飲みなよ!」 もう一つのコップを手に取り俺に差し出す。
「あ、ああ・・・。」 ヒンヤリと汗をかいたコップを受け取る。
そして一口、口に運んだ。
喉が渇いていたのでその麦茶はぬるかったけど美味しく感じられた。
「さと君、少しじっとしててね」
飲み干したコップを盆に戻し、俺の横に腰掛ける。
「ん? なんかするの?」
「何かって…まぁ…そんなとこ」 呟き、寄り添うように俺の肩に頭を寄せた。
「智瀬・・・?」
「ごめん、少しの間。 このままで居させて。」
今だけは、さと君を感じていたいから。 そう付け加えて。
「謝らなくて、いいから」 智瀬の小さな手を握る。
少し力を入れたら折れてしまいそうなくらい“か細く”、小さな手。
相変わらずの冷え性で、夏だというのに手先は少し冷たくなっている。
その小さな手は、俺の手を本当に小さな力で握り返してきた。
―――その時間は、本当に俺たちだけだった。
あの頃に、戻ったみたいだった。 その時は。
その時だけは不安なんか、微塵も感じられなかったんだ。
それは………俺だけだったのだろうか。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
それから暫しの間、俺たちは寄り添っていた。
俺は離れたくなかった。 離れてしまったらもう戻れなくなる。
何故か、そんな気がしたから。
「智瀬・・・?」 俺は智瀬に話しかけた。
「・・・・・・」 けれども返事は返ってこない。
「おい、智瀬?」 智瀬の顔を覗き込む。
スースーと気持ち良さそうに、寝息を立てていた。
「そっか、疲れてるんだもんな」
その寝顔が、不謹慎にも可愛いなと思い『何考えてるんだ』と心の中で苦笑する。
「おやすみ、智瀬。」
俺は智瀬を起こさないようにベッドに寝かせると静かに部屋を出た。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「智瀬…本当に俺の事好きでいてくれてるんだな…」
外に出た俺は、早くも傾きかけている太陽を目を細め見つめて呟く。
「俺は、その気持ちに応えてあげれてるのかな・・・」
自信は、もうかなり前になくなっていた。
夏美に対して、そして何より智瀬に対して。
これからどんな態度をとっていったらいいのか。 分からなくなっていた。
「・・・帰るか」
智瀬は寝ているし、起こしたらマズいよな。
ここに居ても仕方ないし、腹減ったから帰ろう。 うん、もう帰ろう。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
『ねぇ、なんであんな女産んだの?』
ぐちゃっ ぐちゃっ
「・・・・・・」
『あんな女、生きてる価値ないよね? そう思わない?』
ぐちゃっ ぐちゃっ
「・・・・・・」
『さっきから黙ってないでさぁ、なんとか言ったらどうなの?』
「・・・・・・」
『あっはは。 さっきの威勢はどうしたの?
あの“娘”を守るんじゃなかったのぉ?? あっははははははは!』
「・・・・・・」
ぐちゃり、ぐちゃり
『まぁ、こんな姿になっては…もう“娘”には逢えないよねぇ?
守るなんてぇ…クスッ。 できないよねぇ?』
「・・・・・・」
『あはははははははは!!!!
邪魔者は、皆消えちゃえ!! あたしの前から、全部消えちゃえ!!』
笑い声が響く。
あはははははは…あはは…はぁ。
一頻り笑ったから、懲らしめたからもう許してあげよう。
あの女は、もっとあたしがじっくりと懲らしめてあげる…。
『待っててね…智瀬先輩…うふふふふふ、あっははははははは!』
紅い、紅い景色にあたしは独り。 高笑いをしていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「ただいま~っと」 家に入ると母さんがやってきた。
「おかえり、夏美ちゃんを知らない?」
「んいや、今日は見掛けてないけど。」
「そう、なんか昼間いきなり出かけていったもんだから…どこに行ったのかしらね」
母さんはボヤキ、台所に引っ込んでいった。
「またあいつ帰ってないのか・・・」
いつもの俺なら心配になって捜しに行っていただろう。
でも、今はなんとなく顔を合わせたくなかった。
だから、俺は捜しに行こうとは思えなかった。
―――部屋に戻ると、俺は異変に気がついた。
「あれ?」 机の上に置いてあった写真立てがなくなっていた。
おかしいな、どっかに落ちたのかな?
そう思い、床を見渡してみるが見当たらない。
…と思いきや、机下にあるゴミ箱の中に“それ”はあった。
「ん? なんだよ、これ」 けれども、そこにあったのは
バラバラになった写真立ての枠部分と何故か智瀬の部分だけ切り取られた写真の一部。
気味が悪かった。 なんでこんな所に…。
しかもまるで誰かが意図的にやったかのような光景。
俺の部分がなく、智瀬の部分だけが捨てられていた。
もう、こんなことする心当たりは一人しか居なかった。
俺は急いで携帯を開くと、夏美の携帯にコールする。
「夏美・・・なんでこんなことするんだよ・・・」
プルルルルル…プルルルルル…。 そのコールは異常に長く感じられた。




