6章Aパート
コンコンコン。 ―――お兄ちゃん、居る?
そんな風にノックしてから、お兄ちゃんの部屋のドアを開けた。
どうやら今は出掛けているみたい。
なんだ、ちょっと寂しいな。
そんな風に心の中でため息をついて、部屋を見渡す。
この部屋、凄く良い匂いがする。
お兄ちゃんの、匂い。
天気もいいしね、窓から射す光が暑い位。
ふと、机の上に存在感有り気に置いてある写真立てが目に入る。
「・・・・・・」
その写真立ての“中”を見つめる。
誰? この人。 お兄ちゃんの横で、凄く楽しそうに笑ってる女の子。
・・・・・・キモい。 ハッキリ言ってキモい。
あたしの方が何倍も、何十倍も可愛いじゃん。
なんで、こんな人がお兄ちゃんの横で笑ってるの?
オマケに腕まで組んじゃって。 何してるわけ?
「・・・ああ、そうか」 この人。
ちせ とか言ったっけ。 あたしからお兄ちゃんを『奪った』人。
何ヘラヘラしてんのよ。 何イチャついてくれちゃってるのよ。
そんなにあたしが苦しむのが楽しい?? そんなにあたしが
ムカつくのが楽しいわけ??
―――ガシャ!!
急に腹が立ってきた。 だから、その写真立てを壊した。
写真を取り出し、お兄ちゃんの所だけハサミで切り抜く。
あの女は、要らない。 だから、ゴミ箱へポイ。
うふふ・・・ざまぁみろ。 凄く気持ち良いわ。
お兄ちゃんの写真、落とさないようにポケットの中にしまう。
「あ・・・」
クスっ。 お兄ちゃんったら、服脱ぎ散らかして行っちゃったのね。
ベッドの上に、乱雑に寝巻きが散らばっていた。
そんなに急いでたのかな? もう、それならあたしがちゃんと起こしてあげたのに。
水臭いなぁ、お兄ちゃんは。
あたしなら、お兄ちゃんにならなんでもしてあげるのに。
「うふふ・・・でも、頼られているみたいで嬉しい」
散らかっている寝巻きを拾い上げ、下に降りて風呂場の洗濯機へ。
「いいこと、しちゃった。 お兄ちゃん喜んでくれるかな♪」
気分良く、お兄ちゃんの部屋へ戻る。
「えいっ」 バフっ。 勢い良くお兄ちゃんのベッドへとダイブ。
お兄ちゃんの、匂いがした。 部屋の匂いよりも、さらに強い。
あの日、一緒の布団の中で感じた匂いと同じくらい。
・・・でも、ちょっと足りないかな??
夏場だからだよね。
ちょっと汗臭いとこもあるけど、それがまたあたしを“蒸気”させる。
「お兄ちゃん・・・逢いたいよ・・・」 ポツリ。
それは、本音? たまたま出た言葉? ううん、本当は分かってる。
・・・でも。。。
目を閉じる。
暗闇の中。 お兄ちゃんの温もりが伝わってくる気がして。
なんだか、とっても。 …温かかった。
【8月8日】
ミーンミンミンミンミーン・・・。
ミーンミンミンミンミーン・・・。
真夏の太陽、青空の下。 蝉の鳴き声が五月蝿く響く。
そんな中、俺は。
「やべぇっ…遅刻だぁっ」
昨日と同様、息を切らしながら智瀬の家まで駆けていた。
昨日、約束したんだ。 『10時までに智瀬の家に行く』と。
だが、いざ起きてみたら無惨にも時計は9時30分を過ぎていた。
慌てて起き、寝巻きをベッドの上に投げ捨てて普段着に着替える。
これも昨日と同様に、飯も食わずに家を飛び出した。
―――までは、良かった。
昨日の疲れもあり、おまけに飯を食べていない俺は完璧にスタミナ切れになっていた。
「や、やべぇ・・・このままじゃ流石に間に合わない・・・」
肩で息をしながら立ち止まる。
全身にじんわりと汗をかいていた。
汗を拭い、携帯を取り出す。
「仕方ない・・・智瀬にメールすっか・・・」
遅れる と一言メールを入れようと思ったのだ。
最初からこうすれば良かったんじゃないか と自問自答してみたが
今更なので考えるのをやめる。
・・・・・・返事はすぐにきた。
“うん、平気だよ。 気をつけて来てね、待ってるから。”
「・・・・・・」
智瀬は優しいな、昨日あんなことがあったのに。
まだこんな俺に優しい言葉をかけてくれるのか。
昨日、結局俺は彼女を選んだ。
―――そう、俺は答えを出した。
「俺が好きなのは、智瀬だ」と。
「・・・!?」 夏美はビクンと体を震わせた。
「さと君? 本当? 私を選んでくれるの?」
「ああ、本当だ。」 俺は真っ直ぐ智瀬を見つめて言ったんだ。
今度は目を逸らさずに、ただ智瀬だけを見ていこう。 そう心で誓いながら。
・・・その後夏美は無言のまま何処かへ走り去ってしまった。
でも、家にはちゃんと帰ってきてたし夕飯にも現れた。
ただいつもと違うのは、目が少し虚ろで俺に一切話しかけてこなかった事だ。
まぁ、俺は夏美を選らばなかったわけだし。
またいつもみたいにムクれているだけなんだろうと思い
あまり気にも留めていなかった。
そんな夏美を心配して、智瀬は夜中に電話を掛けてきてくれた。
「夏美ちゃん…平気?」 と心配そうな声色で言うのだ。
全く、智瀬は優しすぎるよ。
「ああ、思ったよりは平気そうだ。」 俺がそう答えると
「良かった…私の所為で何かあったらどうしようかと・・・」
と安堵の息を漏らすのだった。
「・・・・・・」
違う。 智瀬の所為にはならないんだ。 絶対にならないんだ。
俺が・・・俺の・・・。
そんな事をボンヤリ考えている受話器越しの俺を見透かすように智瀬は言ったんだ。
「ねぇ、明日“家交際”しよ?」と。
―――そして、今智瀬の家に向かっているわけだが。
暑い…遠い…。 なんてこった。
とはいえ、昨日二人が味わった苦しみに比べたらこんなの屁でもない。
そう感じられた。
「ふぅ・・・よしっ」 気合を入れなおすと俺は再び歩を進めた。