5章Eパート
自分の希望を『否定』されてしまったようなものだった。
智瀬は後退り、俯いた。
「ウソなんだよね…? さと君も夏美ちゃんとグルになって私を騙そうと…」
『希望』に縋る。
「まだ分かんないの? ウソじゃないんだってば」 夏美が“それ”を
勝ち誇ったように打ち砕く。
「ウソ…だよ…だって、キスなんて彼女の私ですらまだ…そ、そう…!!
さと君の彼女は私!! 私なんだよ?! だから夏美ちゃんとするわけ…」
縋る。 そうしないと、心が壊れてしまうから。
俺は…。
「てかさ、分からない? こうやって、今抱きついてもお兄ちゃんは拒まない。
普通さ恋人の前でこんなことしたら、いくら妹でも遠慮するとか離すとかするじゃん」
「・・・・・・」
「お兄ちゃんが、あたしに優しくしてくれる。 これが、あたしを好きな証拠なの。」
「う・・・うぅ・・・」
一理ある と感じたのか、智瀬はうなだれた。
違う…俺は夏美が好きなんじゃない…違うんだよ…っ
喉がカラカラに渇いていた。 言いたい言葉が頭に浮かんでは消えていく。
口から、出てこない。
「・・・・・・」 智瀬は、暫く黙り込んでいたが唐突に顔を上げた。
そして、再び俺の瞳を真っ直ぐ見つめる。
その瞳には、まだ光が消えてなかった。
「ね? 分かったでしょ? お兄ちゃんはあんたじゃなく、あたしを―――」
「夏美ちゃんは黙ってて!!」
夏美の言葉を、強い口調で制する。
驚いた、滅多にこんなに強い口調にならない智瀬が。 こんな強く怒鳴るなんて。
「な、なによ…」 そんな智瀬に驚いたようにキョトンとする夏美。
智瀬は、問うた。
「さと君が本気で好きなのは、誰?」
「俺が…好きな…」
そんなの・・・。
「そう、クラスメイトとか兄妹とかそんなの関係なく。
『一人の女の子』として、一緒に居たいのは、誰?」
その言葉は、まるで中途半端な俺を諭しているようだった。
「俺が好きなのは…」 そんなの…決まってる。
決まってるのさ…。 でも、言うのが怖かった。
こんな事した上に、傷つけると分かっていてこの言葉を言うのは。
刹那、俺に抱きついている夏美の腕にグッと力が込められたのを感じた。
でも、傷つけても。 それが後悔する結果になろうとも俺は、言わなければならない。
決断をしなければ、ならなかった。
優しいウソは…もうついてはいけないから。
だから言うのだ。
「俺が好きなのは――――――」
その言ノ葉は、“その子”にとって何よりも鋭い刃になり
―――それは忘れることのできない、“痛み”を生んでいった―――




