5章Cパート
二人が行き着いた場所。
そこは俺もよく知っている所。
数日前、智瀬とのデートの帰り一緒に立ち寄った教会だった。
なんで、こんなところに? 智瀬と夏美という妙な組み合わせで?
俺は訳が分からず頭が混乱気味になる。
ギィィィ…。
そんな俺を他所に、堅く、重苦しい音を立てながら教会のドアが開かれ
智瀬その次に夏美と、二人は教会の中へと入って行ってしまった。
慌てて二人の後を追いかける。 が、流石に中へ入ると気づかれそうで怖かった。
どうしようかと思ったが、幸いな事にドアが少し開きっぱなしになっていた。
俺はそこから中を覗き込む。
―――二人は恋女神像の前に肩を並べて立っていた。
「・・・・・・」 少しの間、二人は無言だった。
が、夏美がいきなり口火を切った。
「それで、なんで教会に連れてきたんですか??」
不機嫌そうな様子で。
「ねぇ、夏美ちゃん。 さと君の事、どう思ってるの?」
「どうって………」
「好き?」 智瀬は女神像を見つめたまま、ポツリと搾り出すように呟いた。
「……。 そうですけど…何か?」
「どうして、さと君なのかな? 他の男性じゃダメなのかな??
さと君は、あなたのお兄さんなんだよ? おかしいとは…思わないの?」
智瀬は、少し遠慮気味ではあったがその言葉に迷いは感じられなかった。
「思いません」 夏美はその言葉を軽く一蹴する。
「そもそも、あたしが誰を好きになろうと智瀬さんには関係ないですから」
表情ひとつ変えずに、そう付け加えて。 まるで、感情が抜け落ちた人形のように。
「関係ない…ね? 本当にそうだったら…楽だったのにな」
ため息をつき、夏美の方に体を向き直す。
「なんですか?」 その気配に気がついた夏美も智瀬の方に体を向ける。
「私は、さと君が好き。 ずっと前から好きだったの。」
胸に手を当てて、智瀬はまるで自己主張するみたいにハッキリと言う。
ずっと前から…? それ程に智瀬は俺のことを…?
「・・・・・・」
「今、さと君と付き合えてとっても幸せなの。 だから―――」
―――「バッカじゃないの?!」―――
智瀬の言葉を遮る様に、夏美は怒鳴った。
「え・・・?」
「幸せ??? お兄ちゃんが本当にあんたのこと“だけ”を好きで居てくれてるとでも
思ってるわけ?! 本当におめでたい人ね!! 何も知らないくせにっ」
夏美は、キッと智瀬を睨みつけた。
「…どういう意味?」
「そのままの意味。 お兄ちゃんが好きなのはあんただけじゃないってこと」
「?!!」 智瀬は目を見開き、少し後ずさる。
…。 まさか、あいつ夕べのことを智瀬に話すつもりなのか?
薄々そうなんじゃないかとは思っていたが・・・。
やめてくれっ。 そんな智瀬との関係を壊すようなこと―――。
いや、本当に“壊した”のは誰だ? 俺なんじゃないのか?
だから今更『壊さないでほしい』だなんて、言える資格などないんじゃないのか?
止めたかった、夏美の暴走を止めたかった。
でも、そんな罪悪感・嫌悪感・脳裏に焼き付く記憶。 全てが俺の体を強張らせ
動けなくしていた。 まるで、足に根が生えてしまったの様に。
「まさか・・・さと君が・・・?」
何かを悟ったかのように、智瀬の瞳は更に大きく見開かれる。
「お兄ちゃんはね?」
夏美は勝ち誇ったかのように、胸を張る。
「あたしが、好きなの」
「?!」智瀬の体が一瞬ビクッと震えた。
ちょっと待て。 俺が夏美を好きだと? そんなこと一言も言った覚えないぞ。
「お兄ちゃんはね。 あたしの頭、撫でてくれるもん」
「そ、そんなの普通の兄妹でもするよ!」
「お兄ちゃんは、あたしのお願い。 ちゃんと聞いてくれるもん」
「そんなの、普通の兄妹でも…」
「お兄ちゃんは…」
夏美は自分の唇に人差し指と中指をそっと添えた。
そして、無邪気な笑顔を見せて言うのだった。
………“キスしてくれた”と。