5章Bパート
夏美からのメールには、こう書いてあった。
『おはよう。 お兄ちゃん。 ねぇ、あたしね?
夕べの事、一生忘れないよ。 お兄ちゃんがキスしてくれたこと。
とっても嬉しかったから。 だからね、こうも思った。
お兄ちゃんを“取られたくない”。 誰にも、例え智瀬さんでも渡したくないって。
だからね、これからね。
あの女を説得しに行ってくるね。 お兄ちゃんに、もう二度と近づかないように。
夕方までには戻ります。 安心して待っててね。 そして~・・・。
帰ってきたら、昨日の続き。 期待してるからね♪ じゃ、行ってきます☆』
「・・・・・・」
智瀬を説得しに行く? 俺を渡したくないから??
そして、俺とまた“夕べの行為”をしたいと言うのか???
待ってくれよ。 俺はそんなの望んでなんかないっ。
智瀬と離れるなんて…! 嫌だよっ!!
目線をずらし、携帯の液晶に表示されている現在時刻を見る。
…11時38分。 夏美がメールを送信してから1時間は経っている。
説得しに行く という事は今夏美は智瀬の家に行っているに違いない。
…間に合うかはほぼ絶望的だった。 でも行くしかないと思った。
急いで部屋に戻り、寝巻きから普段着へと着替える。
そして、飯も食わずにドアを蹴る様にして家を飛び出した。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
はぁはぁ・・・。
肩で息をしながらバス停を睨みつける。
「なんで、こんな時に限ってバスがねーんだよ?!」
そして毒を吐く。
今日に限って何故かいつもの路線バスは臨時運休になっていた。
「…。 くそぉっ」 仕方なく、俺は地面を蹴り再び走り出した。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「つ、着いた・・・」 ゼェゼェと息絶え絶えに、俺は智瀬の家の前に着いた。
歩いて50分の距離。 結局頑張って走っても20分程度かかってしまった。
ピンポーン♪
じんやりと汗掻いた指で、呼び鈴を鳴らした。
「はい、どなた?」 珍しい、聞こえてきたのは智瀬のお母さんの声だった。
「あ、あの…お、俺です…」 肩で息をしつつ、言う俺の気配に気がついたのか。
「あ、聡くん? どうしたの? 珍しく様子が変だけど?」とお母さんは訊くのだった。
「あの、智瀬…居ませんか?」
「えっと、智瀬ちゃんならさっき夏美ちゃんと何処かに出かけて行ったわよ?
なんだか“散歩”に行ってくるとかなんとか言ってたわね。」
…くっ、遅かったか。
どうやら、智瀬のお母さんも場所までは知らないらしい。
「あの、なんか智瀬とか夏美の様子は変じゃなかったですか?」
慌てて問う俺に、お母さんは『そういえば』という風に。
「んーと、なんだかいつもと雰囲気が違ったような気がするわね。
たかが散歩に行くだけなのに、なんであんな智瀬ちゃんは悩んでるような
顔をしたのかしらね?」
きっと、今のお母さんの頭には“?(はてな)マーク”が付いているに違いない。
当然だ。 お母さんは事情を知らないのだから。
けれども、俺は知ってしまっている。 寧ろ当事者、中心人物なのだから。
散歩に行った? いや違う。 それは絶対に違う。
「ありがとうございましたっ」
俺はインターホンの前で頭を下げると三度地面を蹴った。
・・・・・・・・・・・・。
―――それは唐突だった。 宛てもなく探し回る俺の遠くに見えたんだ。
夏美と智瀬が凪名駅の入り口で肩を並べて歩いているところを。
二人は、何か会話を交わしているようだったが決してそれは楽しそうな会話ではない
ことは、表情や雰囲気で十分伝わってきた。
「・・・・・・」 なんだか足が竦んで動けなかった。
今二人はどんな会話しているんだろうか?
想像できたからこそ、恐ろしかった。 恐怖すら感じた。
それは、嫌悪感からなのか。 自分でもよく分からない。
「あ・・・」 そんな事を考えているうちに二人は切符を買って改札を通ってしまった。
どうやら電車に乗って、何処かに行くようだった。
「くっ・・・」 痛む胸を抑え、俺も切符を買うと夏美たちは乗ったのと同じ電車。
二人にバレないように、違う車両に乗り込んだ。
そして、二人の様子が見える席に陣取る。
『・・・・・・』
電車に乗っている間、二人は終始無言だった。
少なくとも、俺が見てる限り特別な会話はなく。
ただ、隣に座って俯く二人。
なんだか、それがとても悲しく見えた。
―――数十分後電車は、とある駅へと滑り込んだ。
智瀬は夏美に一言何かを言うと、夏美は黙って立ち上がる。
どうやら、ここで降りるようだ。 俺も降りるとする。
でも、この駅って…前に来たことあったよな?
そして、尾行再開。 並んで歩く二人に見つからないようについていく。
「なんで、俺はこんなコソコソつけ回してるんだろな…」 そう心の中で苦笑しながら。
数十分後、二人はとある建物に入っていった。
「え? ここは…」 そこは、俺もよく知っている場所だった。