4章Aパート
―――女の子が、泣いていた。
大きな樹の下に佇み、声を殺して泣いていた。
「………」 俺はその女の子に駆け寄って声をかけた。
…あれ? でも、なんて言って声をかけたんだっけ…?
【8月7日】
「…きてよ」
んん・・・。
「起きてよぉ」
んんん・・・。
「お兄ちゃんってばぁ」
グラグラと、俺の体が揺すられた。
「んぁ・・・なんだよ・・・」 うざったそうに俺は目をゆっくりと開ける。
暗かった。 まだ夜なのか?
窓から月明かりが射していて部屋は辛うじて見通しがあった。
「あ、やっと起きたね?」 俺のベッドの淵に夏美はちょこんと座っていた。
「ん・・・えっとぉ・・・」 寝ぼけた頭で考える。
何故ここに夏美がいるんだ。
俺は寝ぼけでもして部屋を間違えてしまったのか?
「・・・・・・」 辺りを見回してみる。 そこは確かに俺の部屋だった。
「・・・なんで部屋に居るんだよ」 少し考えた後、そうツッコんだ。
「んっとぉ・・・そのぉ・・・眠れなくて」 夏美は俯く。
胸元に枕を抱えながら、俺を上目遣い気味に見つめる。
「…んで?」 何が言いたいのかサッパリ分からん。
「だからぁ…そのぉ…一緒に…ね…ゴニョゴニョ…なんて…」
声が小さくて後半が聞こえない。
「…ハッキリ言えよ」
「だから…っ もう~!!」
夏美はもう限界という様に俺のベッドに潜り込んできた。
そして俺の隣にもぞもぞと移動すると「こうしたかったの!!」と頬を染めた。
「てっ、ちょっと待てい!」 いきなりの行動に一気に目が覚める。
「んぇ…?」
「何故俺の布団に入ってくる? まさかあれか?
“眠れないから俺と一緒に寝たい。 じゃないと眠れない”とか?」
「・・・・・・」 夏美は無言だったが小さく頷いた。
「お前なぁ・・・」
小さい頃は、こういう事がよくあった。
でも、父さんと母さんが離婚して会わなくなってからは一度もなかった。
会ってないのだから、当たり前だけど。
とはいえ俺たちは高校生だ。 いくら兄妹でも、これは色々マズイ気がする。
「俺たち…ガキじゃないんだぞ?」
「………そうだけど」
そう言うと、悲しげに俯く。
「………はぁ」 何故か俺は、昔からこの夏美の悲しげな表情にだけは勝てなかった。
「ああ、もう分かった分かった。 分かったから、そんな悲しい顔すんな」
溜息をつくと、俺は黙って夏美に背を向けるように寝転び布団を被る。
「お兄ちゃん…ありがとう…優しいね…っ」
夏美は嬉しそうな声をあげると俺の横に背中合わせになるように寝転んだ。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
それから、どの位の時間が経ったのかなんて覚えていない。
一人用のシングルベッドなので決して広くない。
むしろ、二人で寝るのにはヤハリ少し窮屈だ。
小さいなベッドの中に二人。 当然俺と夏美の背中は密着していた。
幼い頃は、全然感じなかったその感触。
それ程、いつの間には俺たちは大きくなってしまったということなんだろうか。
それ程、俺たちの時間は進んでしまっていたのだろうか。