STORY7「暗躍」
度重なるG-VENOM利用者が倒され、ついに「AGI」に目を付けられてしまった雅輝。
しかし会長である「阿儀 洲太郎」は、自分たちの開発させたG-VENOMの顧客たちが殺されても「奴に暴れてもらうのは、願ったり叶ったり」と余裕を見せていた。
だが洲太郎は、息子である社長の洲太郎を呼び出し作戦を命じるが・・・。
「阿儀会長、最近嗅ぎまわっている例の男の資料が揃いました」
とあるビルの一室に、一人のスーツ姿の秘書らしき女性が入室する。
その向かう先には、いかにも重役と呼ばれるものが着すにふさわしい立派なデスクに作務衣姿の老人が座っていた。
「ああ、そこに置いといてくれ」
「かしこまりました」
秘書から何十枚もある書類を受け取り、じっと目を通す。
淡々と老人は、一枚一枚小刻みに早く資料を読んでいく。
「…ほう、この若造か」
それには、ある男のありとあらゆるデータが記載されていた。
生年月日から国籍、血液型・年齢といったものから、前科・家族構成等ありとあらゆる個人情報が明記されている。
「あの高原の弟…か」
自慢の顎鬚を触りながら、しめたと言いたげな老人は笑みを浮かべる。
そこに記載されていたのは、高原雅輝の個人情報全てであった。
決して一般の人間には分かりかねる…いや、例え役人であってもこれだけ一人の人間について分かるわけがない。
「拳銃で殺しをすることでしか自分を見出せなかった男に、超重度のヘビースモーカー。モラルの欠片もない飼い犬溺愛の女、金銭欲で家族を省みない男、首を切り刻むことに快楽を覚える男…全てこいつに始末されたとはなぁ」
手にした書類を指でピンと弾き、老人はほほうと関心する。
「しかし、おかげさんでこのモルモットたちのデータはたんまり取れている。俺たちからすれば、奴に暴れてもらうのは願ったり叶ったりだ」
老人が満面の不敵な笑みを浮かべて書類をじっと見つめていると、ノックもせず乱雑に音を立て何者かが入ってくる。
「これはどういうことなんですか、父さん! 」
慌てて入ってきたのは、息子の阿儀洲一郎であった。
そう、ここは雅輝の兄を殺害した巨大企業「AGI」の本社ビル。
先ほどからここにいる会長と呼ばれる老人こそ、「阿儀 洲太郎」その人なのである。
「…ここでは、会長と呼べ」
「は…はい、失礼しました。会長」
社長という役職でありながらビジネスマナーのなってない洲一郎に対し、洲太郎は静かに睨み付け一喝した。
その眼光は、まさしく鋭い獣の目である。
「血相変えて、どうしたんだ?おい」
「どうしたもこうしたもあったもんじゃありませんよ! 最近G―VENOMを利用した人間が、このように無差別に始末されている。それだけならいざ知らず、それをやっているというのはあの高原の弟ということではありませんか! 」
「まあ落ち着けよ、ほら?一服するかぁ」
飄々とした顔付きに戻り、洲太郎が葉巻を一本差し出す。
「だから私は、あのとき奴も始末すべきだと言ったのです!! 何処から我々のことを知ったのかは知りませんが、現に我々の障害となっている」
「たしかに、情報をリークしている者がいるようだな。未だに何者なのか特定出来ないようだが…まさか、な」
洲太郎には、何やら心当たりがあるようだった。
閑話休題、何か関連性があるかどうかを少し考える。
しかし、「それ」については現時点で何の確証もなかった。
「まあ待て。とりあえず我々の目的を達成するためにも、奴は泳がせて置こうじゃないか」
「…泳がせる、と?」
「実は、いい考えがある。報道管制できるよう、引き続き根回ししておけ」
「…はい、会長」釈然としないまま、洲一郎は返事をした。
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「998…999…1000ッ!………」
寝静まった街が目を醒ます、夜明けの近い頃。
雅輝は一人、ただ一人腕立て伏せをしていた。
しかし、従来の腕立てのようにちゃんと手を付いてではない。
中指と人差し指の二本のみで、1000回もの腕立て伏せを成立させていたのだ。
狭く、生活観のないガラクタばかりが埋め尽くす一室で、顎の先でカウンターを押す。
額から、はたまた全身から次々と多量の汗が迸しり、ぽたりぽたりとコンクリートの床に落ち、染み込んでいく。
ここは、とある場所にあるビル内。
掘っ立て小屋のような狭い屋上の部屋が、高原雅輝の住処である。
薄暗い電球灯の下にある屋内には、ぶっきらぼうに銃器やトレーニング器具が置いてあるだけであり、いわゆる家電や家財は少ない。
あるとすれば、必要最低限の洗面所にシャワールーム。
寝具は、病院にあるようなパイプ製ベッドにうすっぺらいシーツ。
そして、情報収集に使用していると思われるパソコン。
あとは1ドアの冷蔵庫と、無造作に机に積んである衣服・食器があるだけである。
「……………………………」
腕立て伏せを終えたかと思えば、間を空けず無言でちょうど目の前にあったサンドバックに向かい、ジャブからキックの乱打を間髪入れず打ち込んでいく。
蹴りも、回し蹴りから始まり、ロー・ミドル・ハイキックの1セットである。
彼はこれを、毎日100セット続けているのだ。
もちろん、これだけではない。
先ほどの腕立て1000回・打ち込み100セット・郊外から都心までの走りこみ・シャドーも100セットと、常人では信じられないほどのトレーニング量が彼の常人離れした肉体を生み出すのである。
到底、常人では考え付かないだろうし、下手すれば死に至る量。
雅輝の異常とも呼べるほどの復讐心・怒り・憎悪「だけ」が、彼をこの領域まで到達させたのであろう。
トレーニングを終え、上半身裸にタンクトップのままテラスに出た。
そして、両手にはよく冷えたペットボトルのミネラル水二本。
左手で一気に飲み干し喉の渇きを癒し、右手で頭から冷水を被る。
既に太陽が空に顔を出しかけており、慌しくも危険で、どこか快楽のある一日が始まる。
そんな一日の幕開けとなる太陽に向かい、雅輝は一人叫ぶ。
声にならない・言葉にならない叫び声を、天に向けてただぶつけた。
一人で仇を討つことの悲しさ・怒り・苛立ち・悔い―――。
そして、その代償として背負う、孤独であることの寂しさ。
全てをこうしてぶつけることで、一日の始まりを全うする覚悟を決めるのである。
(…G―VENOM自体、阿儀が独自のルートで密売していたことは調べがついた。
しかし、阿儀一族の中の、どいつが…)
昨晩の羽村の発言について、雅輝は深く考えていた。
今やこうして犯罪者や異常な執着心を持った人間たちに売りさばかれているこの現実を、阿儀の中の誰が、何のためにこのような状況を作り出しているのか。
そこだけが、未だにはっきりしていないのだ。
もちろん、このことは未だ黒田にさえ教えてもらってはいないし、黒田自身そこまで知っているかも定かではなかった。
そんなことを考えながら、一人部屋に戻る。
すると乱雑に物が積み上げられた机の上で、携帯電話が鳴り響いていた。
周囲に散らばっている中からすかさずタオルを取り出し、頭にかけた後乱雑に電話を取る。
着信表示は、「黒田 経璽」の名前と電話番号が表示されている。
「…なんだ、アンタか」雅輝が、渋々電話に出た。
「なんだとは、相変らず釣れねえなあ。昨日のは、どうだ」
「…アンタにしちゃ珍しく当たりだ、黒田」
「ほう、珍しく褒めてくれるじゃねえか。その感じ、手ごたえあったか」
「ああ」心なしか、雅輝の表情にしてやった、と笑みが浮かぶ。
「…というか、盗聴されてねえのかよ。これ」
「心配いらねえよ。専用回線、使ってっから」
「でだ、雅輝。またちょいとした情報があるんだが…お前、これから時間あるか」
「…また出たのか」不敵な笑みは消え、雅輝の表情は再び厳しい顔になった。
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(G―VENOMは、兄貴が阿儀に脅されて作らされたもの…ならば、全て俺が潰す! )
数時間後、雅輝は住み家であるビルを出て、愛車であるバイクを駆り黒田の下へと向かう。
自宅からバイクを飛ばして、20分を過ぎようとしていた。
自宅からマッドネスまでは、車やバイクで行けば大体30分の場所で、けたたましくエンジン音が唸りを上げ、疾風のように道路を突き進んでいく
(…こんな時間にガキか)
バックミラーに目をやると、ヘルメットを着用していない中学生くらいの少年たちが雅輝の後を付けていた。
今日は平日、普通の学生であればちょうど授業を受けている時間であるはずだ。
人数は、三人から五人ほどのいかにも現代の不良少年…いや、暴走族という風貌である。
それぞれだらしない服装に、サンダル履きでバイクに乗っており、ガムを噛みながら運転している者までいる。
(…とりあえず、付き合ってやるか)
雅輝は更にスピードを上げ、奴らの誘いに敢えて乗ることにした。
彼らも必死で食らい付かんと、一斉に雅輝の後を追う。
振り切るくらいの速度で疾走する雅輝に、その後を追う少年たち。
爆音を鳴らし疾走する複数のバイクは、騒音に対し綺麗な軌跡を描いた。
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こうして走り続けること、およそ40分。
たどり着いた先は、何処かの廃工場。
そこは何年か前に大手製造業が撤退し、そのまま放置されている場所であった。
先行して到着していた雅輝が、構内でバイクを停め少年たちを待ち続けた。
「おっと、思ったよりも早かったな。…だが、今は勉強しなきゃいけない時間だぜ?」
雅輝よりも5分遅れて、少年たちがたどり着く。
だが、彼らはニヤニヤしながらバイクに跨ったまま突撃を始める。
テッポウウオのように、大人と比べて小柄な少年たちが群れをなし雅輝に襲い掛かった。
「やれやれ…どうやら、教育的指導が必要みたいだな」
何かを諦めた感じで、雅輝は意を解さない少年たちに対しそう言い放つ。
すると、激しく動き回り、走り回る少年たちの追撃を流れるようにかわし、的確に・華麗に彼らを足止めしていった。
生身でありながら、蹴りだけで、次々とバイクに乗った少年たちを一網打尽に横転させていく。
少年たちはあまりにも非力で、なすがままに横転し吹き飛ばされるだけであった。
「くそッ…!! 」
「さあ、話してもらおうか。何故、俺を尾行たのかを」
そう言って、雅輝が吹き飛ばされて起き上がろうとしていた少年たちに向け歩み寄ろうっとしたそのときである。
少年の一人が、振り向きざまに爆竹を投げつけたのだ。
攻撃を防ごうと両手で防ごうとするも、数センチ離れた地面に着地し、火花がパチパチと激しく弾ける。
そう、これは完全な威嚇であった。
「くっ…逃げたか」
爆竹が止んで気が付くと、そこには既に少年たちの姿はなくもぬけの殻であった。
彼らのバイクも、急いで乗って逃げたのか一台も見あたらない。
廃工場の構内にはただ一人、雅輝しかいないのだ。
静まり返った、無機質で朽ちた屋内。
誰もいないこの中で、ただ雅輝の胸中に渦巻くものだけが残る。
「…何処だ、どこに逃げた!? 」
叫んでも、一切反応はない。
静かに歩みを進ませ、相手の動向を探る。
しかし、何者かの気配だけは確かに残っている。
声の聞こえてきた方向に目を向けたそのときである。
足下には、先ほどまで見当たらなかった地雷がただ一つ。
「…しまった!!!!? 」
雅輝が気付いたときには、既に遅かった。
強烈な爆風が地面を突き破り、雅輝を光へと包んでいく。
廃工場は、大きな爆発と共に炎上し、崩れ落ちた。
「…おい見ろよ、あのおっさんあっけなかったぜ」
そう言葉を漏らしながら、地面からひょっこりと小柄でモグラの姿をした怪人が三匹ほど現れた。
モグラの頭と体に、地面を掘る鋭い爪。
その体のあちこちには、地雷が貼り付いている。
彼らが、G―VENOMを使用して雅輝を殺したのだ。
皆それぞれ細部に違いあれど、同じようなモグラの姿をしている。
「ヒャハハハハ…俺らさあ、こんな姿にはなっちまったけど、すげえ気持ちよくね?」
「元少年」である三匹のうち一人が、この常軌を逸した能力と姿に酔いしれる。
「ああ、大人がガキなめっからこうなるんだよ」
「これで俺らも、一転金持ちだからいいバイトだよな~…」
「…お、おい…見ろよ………」
「何だよ、あいつはやっちまったはずだろ? …って、え…!!? 」
思いもしなかった目の前の現実に、少年怪人たちは恐怖におびえ始める。
突如激しく響き渡る、エンジン音。
爆風の中から現れたのは、最近噂される漆黒の存在。
しかし、そこに存在しているのは彼だけではない。
燃えさかる炎の中、悪魔は死ななかったのだ。、
同じく漆黒のバイクに、彼は乗っていた。
一見スポーツタイプのマシンに見えるようで、そうではない。
ウインドシールドはフロントマスクを覆い、ヘッドライトまで覆い被さっている。
そして、リアは誇張したかのように大型化されており、左右に巨大な三基のマフラー。
それは禍々しくも、異質にして異端の存在であった。
ディサイダーである雅輝は、間一髪のところで生還していたのだ。
「やべえ…に、逃げるぞ!! 」
一匹は、身の危険を回避するため他の仲間たちを逃げるよう命じる。
「バ…バカ野郎、俺たちには力があるんだ! こいつでブッ殺してやるッ!!! 」
だが、その命令すら無視した一人が身体に備え付けられた地雷を飛ばし、まるでオセロの駒のように地面に瞬時に配置する。
だがそんなこともおかまいなしに、バイクに搭乗したディサイダーは爆風の連鎖を振りきり、突き抜けていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! 」
逃げ出そうとしたそのとき、バイクと共にディサイダーが怪人少年たちの目の前で宙を舞った。
高さとしては、1ミリでもずれていたら間違いなく頭が吹き飛ぶほど。
そんなすれすれの高さを飛び越え、彼らが逃げようとした方向に着地した。
「畜生…畜生!」
更に方向転換し逃げようとしたそのとき、ディサイダーはすかさず警棒を取り出し、チェーンを伸縮させ少年怪人たちを捕えた。
何とかして振りほどこうにも、チェーンが彼らの身体をきつく締め付け離さない。
そんな彼らを捉え。ディサイダーは力づくで勢い良く彼らを自分の側に引き寄せる。
少年怪人たちは宙を舞い、勢い良く地面へと叩きつけられた。、
「さあ、言え! 誰に頼まれ、このような真似をした!!? 」
怪人となった少年たちに、ディサイダーが容赦なく眼前にナイフを突きつける。
「お…俺たちはただ遊ぶ金が欲しくて、それでどっかのおっさんが高原って男を罠にハメてくれれば金をくれるって言うからやっただけなんだ! 」
「…そうか、ならばもう一つ聞く。その薬を誰からもらった?」
「そ、それは…」
だが、少年たちが言いかけたそのときである。
突如銃声と共に少年の額を鉛弾が貫き、バタバタと次々倒れていった。
「…君の実力、とくと見せてもらった」
「その声…誰だ!!? 」
気味の悪い声とともに、爆死した少年の遺体の先から拳銃を構えた一人のスーツを着た男性が姿を現す。
紳士的に整えた単発で中肉中背の一般的な、スーツ姿のサラリーマンそのものだが、ドス黒い雰囲気の何かが渦巻いていた。
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「そのA・L・Sの性能もさることながら、君自身の身体…及び戦闘能力もなかなかのものだ。
まさか、君のところに渡っていたとはなあ」
ほほうと、感心して男はさらに続ける。
「アーメッド・リキッド・スーツ…装着することで形状記憶金属を反応させ、同時に人工筋肉を収縮させることにより肉体能力を強化するが、反面、装着者に多大な負荷を与えるため5分しか装着できないはずだ」
(こいつ、何でA・L・Sのことを…!)
アーメッド・リキッド・スーツ。
別名「人工液体式強化筋肉型戦闘服」。
雅輝の兄である「高原 雅哉」が軍事・SWAT部隊用に開発した戦闘強化服である。
装着することで形状記憶金属を反応させ、同時に人工筋肉を収縮させることにより肉体能力を強化する。
だが、強大無比な力を5分以上の装着は人工筋肉の異常収縮により肉体を圧迫してしまう関係で装着できる時間が限られているのだ。
「たしかそれも、君のお兄さんの作ったもののはずだ。この…G-VENOMのようにな」
ディサイダーとして雅輝が装着しているこのA・L・Sも、G―VENOM同様雅哉が開発したものであった。
しかし、それを知るものは黒田と雅輝しかいないはず。
他に知っているとすれば、G―VENOMを開発させた阿儀の人間しかいない。
G―VENOMもA・L・Sも阿儀が作らせたものである以上、彼らが知らないわけがなかった。
「何故、A・L・Sや兄貴のことを…名を名乗れ! 」
静かに男が歩み寄る中、ディサイダーは男の方向に刃を向ける。
「おっと、自己紹介がまだだったな。私は…阿儀 洲一郎」
「阿儀…阿儀、だと!!!? 」
ディサイダーである雅輝の耳は、その言葉を決して疑いはしなかった。
兄を殺害した阿儀の人間が、今目の前にいて、自ら正体を明かしてきた。
今ここに、兄を殺したかもしれない人間がいるのだ。
「くくく…恐怖で一歩も動けない感じだなぁ。…今まで君は、君の兄貴の復讐のために戦ってきたのではないかね?」
洲一郎は、あざ笑うようにディサイダーへと言葉をぶつけた。
彼の目は、軽蔑と憐みに満ち溢れている。
(くっ…何で、何でこういうときに動けねえんだ!!!? )
このとき、雅輝は今まで感じたことのない恐怖に脅えていた。
敵かもしれない男が目の前にいるにも関わらず、彼の中に存在するドス黒い何かのプレッシャーに押され動けずにいる。
必死で動こうにも、蛇に睨まれた蛙のように一歩も動くことを許されない。
A・L・Sの活動限界時間も既に三分を切り、胸のシグナルもアラーム音と共に青から黄色へと変化する。
「やれやれ…あれだけ我々の『被験者』たちを殺しておいて、私に一撃も与えられないとは。あの少年たちにもトドメを刺そうとしなかったようだが、私が心置きなくやっておいたのだから、むしろ感謝してもらいたいものだ」
(…………………………!!!!! )
洲一郎のこの発言に、雅輝の中で何かが沸騰し始める。
そして拳をグッと強く握り締め、仮面の下で唇を噛み締めた。
自分の手下すら切り捨てるその精神、しかも手下としていたのはまだ中学生の少年たちだ。
普段ならG―VENOMを使用した人間は容赦なく殺傷している雅輝であったが、このときばかりはわずかな可能性を信じ許すことも考えていた。
しかし、ある男の非情な銃弾が、そんな少年たちの芽を摘んだのだ。
「阿儀ィィィィィィィーーーーーッ!!!!!!! 」
激昂と共に、雅輝は失望して去ろうとする洲一郎に向かっていく。
このとき既に、先ほどまでの恐怖心はなく、怒号とともに全てをぶつけようとする。
洲一郎への怒りと憎しみだけが雅輝の全てを支配し、既にいつもの冷静さはなかった。
「…残念、そうはいかんよ」
いつの間にか頭を鷲掴みにされ、洲一郎の身代わりに盾にされた少年の遺体にナイフが容赦なく突き刺る。
「何だとッ………!」
「安心したまえ、今はまだ君は生かしておいてやる。逆に、君に今死なれても困る。せいぜい、悪あがきをするがいい。ハハハハ…」
そう言って洲一郎は、その場を去っていく。
雅輝はただ呆然とし、刺されて横たわる死体をただ見つめているしか出来なかった。
洲一郎が現れたことによる焦燥感、殺すつもりのなかった少年たちを目の前で殺害されたことを悔いる気持ちでいっぱいだったのだ。
自分の中に僅かでも残っていた、良心と言う名の甘さ。
三年前から、昨日へと捨ててきたはずの甘さであった。
復讐に生きる自分にとっては、邪魔になるものだった。
だからこそ、捨ててきた…いや、捨てたはずだったのだ。
突然、焼けた廃工場跡地を強い雨がシャワーのように容赦なく大地を濡らしていく。
A・L・Sのシグナルが黄から赤に変化していたところを軽く叩き、機能を停止させた。
いつ止むか分からない、強い降りしきる雨。
マスクから露出した雅輝の表情は、悔しさと怒り、そして憎しみに満ち溢れている。
自分はあの時、あの日甘い感情は捨ててきたはずだった。
だが、今回目の前に仇であるはずの人間をこの手で殺すことができなかった。
それだけならまだしも、恐怖してしまった自分がとてつもなく許せない。
そんな彼に対しても、非情にも雨は降り続ける。
そう、それは今の雅輝の心境を物語っているかのようであった。
雅輝は黒い曇り空に向かって、力の限り叫んだ。
今の悔しさ・憎しみを力の限りぶつけ続けた。
それでも未だ降りしきる雨は、さらに雨足を増していく。
雨は、今の雅輝にとって無情で残酷だった。
爆破された廃工場の敷地内には、雅輝と怪人と化した少年の遺体を、何も聞くこともなくただ濡らし続ける。
それはまるで、甘さと共に捨てた雅輝の涙のようであった――――。
STORY7 END
NEXT STORY10 「雪那」
…というわけで、ついに雅輝の兄「雅哉」の敵である阿儀一族が本格的に動き出し、敵と思われる人物と出会う第七話。
皆様、楽しんでいただけましたでしょうか?
阿儀一族からすれば「被験者」扱いであるG-VENOMを売りさばいてきた顧客者たち。
どうやら洲太郎にはG-VENOMの流通・密売以外に何か別の目的があるようなのですが・・・。
次々と物事と人々が絡み合い、大きなうねりとなっていく「THE D-SIDER」。
是非とも、最後までお付き合いください。