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STORY6「斬首」

最近、謎の通り魔殺人が多発し始めていた。

共通しているのは、ナイフで喉笛を掻っ切られた形跡があることだった。


そして夜に塾帰りの明にも、とうとうその魔の手が・・・。



「津田君、あなた何をぼーっとしていたの? 」

とある小学校の職員室の中で、明は担任の女性教師に叱られていた。

「…すみませんでした」

「今日だけじゃなくて、あなた最近変よ? 授業も、掃除もうわのそら。何か悩み事でもあるの? 」

「いえ、そういうことじゃないんです」

「…他の教科の先生も、勉強にいつも一生懸命な津田君の様子がおかしいって心配されていたわ。

とにかく、来年は六年生になるんだし頑張りなさい」

はっきりしない明の受け答えに呆れたのか、溜息交じりでは担任の先生は明を帰した。


「…失礼しました」心そこにあらずといった感じで、明は職員室を後にする。

どうもあの日以来、彼は授業にも日常生活にも身が入らなかった。

日常の中にあった、非日常の光景。

忘れたくても、とても忘れられるものではなかったのだ。

あの青年は一体何者なのか、そして仮面の男は何のために戦っているのか―――。

そればかりが、明の脳裏からは離れない。


そんな身の入らない状態のまま、教室に戻る。


「よう明! お前、先生に何注意されたんだよ」

教室に入った早々、友達の一人が明に軽く声をかける。

「いや、別に大したことじゃないよ」作り笑いをして、明は返事を返す。

「でもさ、お前最近様子変じゃね? なーんか幽霊に魂持ってかれちゃった…みたいな。そんな感じ? 」


「おい見ろよ、また「ディサイダー」が何かやってくれちゃったらしいぜ?」

すると、別のクラスメートの男子が携帯電話を上空に掲げ、明の友人に遠くから声をかける。

「…ねえ、ディサイダーって何?」

「なんだよお前、ニュースもネットも見てねえの?」

「いや、だってパソコンは父さんのだし」ここ最近の明は、その気が起こらないせいかテレビすらもほとんど見ておらず、ましてや新聞なんて読んでいない。

携帯電話も、今どきの小学生にしては珍しく持たせてもらっていないのだ。

「ほらアレだよ、人のいないところで化物と戦ってるって言う…ちゃんと姿を見た人はいないみたいだけどさ」

(人のいないところ…化物? これって、もしかして…まさかね)

その友人の口ぶりに、明は何か身に覚えのあるものを感じ始めた。


そして更に友人は、こう続ける。


「これはあくまで噂というか、都市伝説なんだけど…黒一色のマスクを被ったヒーローとか何とか?」

(そんな…ってことは、まさか! )

それを聞いた途端、突然明は血相を変え、何かに取り付かれたかのように携帯電話を持ったクラスメートの元へ駆けていく。


「ごめん、そのサイト見せてもらっていい!!? 」

「な、何だよ突然!!? …分かったよ、ほら」

血相を変えて詰め寄ってきた明に警戒しつつも、クラスメートは携帯の画面を見せる。

画面に目を向けると、表示されていたのは携帯専用の掲示板サイトであった。

どうやら、利用者の多い大型掲示板サイトのようだ。

無数にあるスレッドの中の一つ「都市伝説を語るスレ」の中に、その書き込みはあった。


そして、画面に表示された書き込みにはこう書かれている。


××年04月××日 22時45分59秒


ディサイダー(D―SIDER)


裏で化物を退治している、謎のヒーロー。

顔全部を覆ったヘルメットっぽいマスクで、黒ずくめ。

化物を倒した際に、その証となるカードを死体の傍に置いている。


姿を見た人間は、生きて帰れないらしい。


(そうか…やっぱりあのときの…!! )

間違いない、まさしくこの書き込みはあのときの仮面の男の特徴そのままであると明はこのとき確信した。

これだけではない。

当然、他の人間からの書き込みもいくつかあった。

仮面の下は骸骨であるなんていう全く根拠のないオカルトめいたものから、「夜にしか現れない」「廃墟にいる」なんていう信漂性の高そうな書き込みまである。

しかし、明はそれらの情報全てを疑わなかった。

他のクラスメートは全く知らない中で、彼だけがその現場に居合わせ、その全てを目撃していたのだから。


「ねえ、そのディサイダーのこともっと詳しく教えて! 」

少しでも情報を得たい明は、気付けば更にクラスメートの一人に詰め寄っていた。

例えそれがほんのわずかの可能性で、真実でなかったとしても、この目で・この足で本当のことを知りたい。

そんな強い意志だけが、前へ前へと、普段積極的でない彼を突き動かす。


しかしそれが、返って再度危機に陥らせるきっかけとなることを明自身はまだ知らない。


///////////////////


「起立、礼!」

「ありがとうございました!」

夜も更けた街の中にある学習塾で、終礼の挨拶が教室外からも響き渡る。

「よし、今日はここまで! 最近通り魔が出てるらしいから、寄り道せずに気をつけて帰れ」

帰り支度を始めた塾の生徒に、塾の講師はこう呼びかけた。

それもそのはず、最近多発している通り魔による殺傷事件が相次いで生じているためだ。

共通しているのは、ナイフで喉笛を掻っ切られた形跡があること。

狙われる対象は無作為で、警察も必死の捜査を続けている。

「はあ…結局今日は、何も手がかりつかめなかったし、塾の授業も身が入らないや」

憂鬱な気持ちで、明は溜息混じりにつぶやく。


その後、ディサイダーについて知っていると思われるクラスメートに問い詰めては見たものの、一切手がかりが掴めずにいた。

所詮は、情報過多のインターネット上に流れている根拠のないただの噂。

明の中でディサイダーという存在が、結果的に自分を救ったあの仮面の男であること以外、何も確証はなかったのだ。

(『化物を退治している、謎のヒーロー。顔全部を覆ったヘルメットっぽいマスクで、黒ずくめ』・・・か。僕があのとき見たあいつは、どう考えても…)

夜も深けた家路に向かいながら、明は半信半疑ながらも数日前の出来事を思い返していた。

自分を監禁した凶悪な殺人犯が、目の前で突如として生物と機械が融合したような怪人へ

と変貌したこと。


そして、数時間前に出会った青年が助けに来て返り討ちにあったとき。


現れたのはあの黒ずくめの仮面の男「ディサイダー」。自分を助けたあの男は、いったい何者なのか。

考えれば考えるほど、明の頭の中で激しく思考と疑問だけが餌に喰い付くピラニアのように暴れまわる。

「あーもう、何がなんだかわからねえよ!」

頭の中が破裂しそうな感情に襲われた明は、思わず声を上げた。

すると突然、背後からふと誰かがぽんぽんと明の頭を軽く叩く。


「…こんな夜遅く大声出しちゃ、迷惑だぞ?坊主」


振り向くとそこには、あのときの青年がいた。

至って軽い感じではあるものの、優しい笑顔で人となりのいい感じ。

間違いなく、そこには数日前の夕方に出会った青年その人が立っていたのである。


「えっ!? …あのときの兄ちゃん!!? でも、どうして?たしかあのとき…」

明は目を疑った。だが、それも無理はなかった。

何故ならば、あのとき殺されかけていた自分を救ったその後、目の前であの怪人に肉体が形すらなくなるほど撃ち殺されていたと思われた彼が目の前にいるのだ。

常識と呼ばれる「日常生活の現実」では、到底考えられないことであった。


「…あのとき?ああ、そういやあ何日か前に会ってたんだっけ。偶然にしちゃ結構できてるよな」はにかみながら、そう言って青年が軽く話を流す。

「そうじゃない! だって…あのとき誰もいないビルで捕まっていたときに助けてくれたのは…」

「おいおい、ビル? 何の話だよ? 俺はあの後、取材に行ったんだぜ」

感情が高ぶって泣きじゃくる明をあやすように、青年が困った表情を浮かべる。

このとき明の手は、ぐっと握り拳を作っていた。


「でも、あのとき怪物から僕を救ってくれたのは…」

「………………………」

青年のはっきりしない態度に、明は俯いてしまう。

青年も、明が一生懸命に何かを伝えようとするが、その必死さに戸惑いを感じ、上手い言葉が出てこない。


「…ええとさ。よくは分からないけど、きっと君を助けたのはおそらく俺じゃない。俺に似た、誰かだ」

「兄ちゃんに似た、誰か?」

「ほらさ、言うじゃない?『世の中には、自分に似た人間が三人いる』って。そういうことなんだよ。多分」

「似た人間が三人…か」

完全に納得はできていないものの、明はすっきりしない面持ちで理解するよう自分に言い聞かせた。

たしかに世の中には誰かに似た他人、なんて人はいるし、そういうものなんだろう。

そう言い切られてしまうと、明確な証拠のない今の自分にはどうしようもなかったのだ。


では、だとするとディサイダーとは何者なのか?明の疑問は尽きることはない。


「悪い、俺また今から取材なんだ! 縁があったら、また何処かで会おうぜ」

そう言って青年はまた、あの日と同じように明後日の方向へと向かって走っていった。

「待って、俺まだ聞きたいことが…! 」

明は青年を制止しようと追いかけるも、さすがに子供と大人の脚力では歴然とした差があった。

追いかけ始めたときにはもう、青年の後ろ姿は既に夜の闇へと消えていた。


「はあ、はあ…ディサイダーのこと、知ってるか聞きたかったのに…」

必死で青年を追いかけた明は、息を切らし中腰で立ち止まる。

ネット上でこれだけ噂になる存在「ディサイダー」を、フリーでありながらもジャーナリストである彼に聞けば、何かしらの手がかりが掴めるのではないかという確信があった。

手がかりが遠のいたかと思うと、また途方に暮れてしまうだけである。


「…あれ?これってもしかして…」

明が疲れてバテていたそのとき、足下に目を向けていたそのときだった。

目の前に、四角形の皮のケースが落ちていた。

財布、にしては金銭が入っているとは到底思えない薄さ。

手にとって中身を確認すると、その中身には薄い紙の束が何枚か入っている。

軽く、10枚~15枚前後だろうか。

「これって、もしかして…」

中に入っていた紙の束を一枚取り出すと、その紙一枚にはこう書かれていた。


フリージャーナリスト

高原 雅輝


TEL 080‐××××‐××××


取り出した一枚の紙は、あの青年の名刺だった。

名前にルビが振ってあり、「たかはら まさき」とふりがなが記載されている。

そして、彼の携帯電話とも思われる番号も名刺には記載されていた。

「雅輝さん…か」

名刺入れを手にし、そうつぶやいた明はただ雅輝の去った方向を見つめていた。



///////////////////


「あーあ…もうこんな時間だ。急いで帰らないと、また母さんに怒られる」


あれから数時間後。

右腕に身につけた腕時計を確認しながら明は、自宅から近道となる灯りの少ない裏通りを通って帰路へと向かっていた。

既に時計の時刻も、21時30分を回っていた。


自宅までの距離は、そんなに遠くはない。

近くにバス停や駅がない住宅街のためか、歩いてあと15分くらいの場所である。

通っている学習塾は隣町で、電車を使わなければ行けない。

そのため、自宅から歩いて30分かかる駅を使う必要があったのだ。


「…誰かいる!?」

突如、背後から人の気配を感じ振り、向いたそのときであった。

目の前には、刃物を持った男が明に向かって襲い掛かろうと、獲物を狩るオオカミの如く向かってくる。

背丈は平均的な日本人男性くらいの身長で、白髪。

髪も、肩に掛かるくらいの整っていない長髪で、服装は黒いTシャツに灰色で綿のチノパン。

猫背で、両手はぶらんとさせている。

白髪と言っても、決して年老いては折らず、さしずめ外見の年齢は20代前半くらい。

傍から見れば、常人では十分に恐怖心を募らせる存在であることに間違いはなかった。


「まずい、逃げなきゃ…!! 」

明は必死になって、男の追撃から逃れようと全速力で駆けた。

息を切らし、苦しくても力の限り、有り余る生命力の限り走り続けた。

しかし男も負けじと、明を捕らえまいと勢いを増して突き進む。

「ひひひひひひ」

いくら逃げても、どう逃げても、男は不気味な笑い声を上げて嬉しそうに明を付けねらう。

その表情は、まるでゲーム感覚で人殺しをしていると言いたげだった。


(あいつ、もしかして…あのとき先生が話してた、通り魔!? )

恐怖心を抑え込み、逃げながら男が何者か悟りつつも、明はとにかく逃げる。

逃げて逃げて、逃げ回る。

人気もなく助けも呼ぶことの出来ないこの状況、ここから何としても逃げ出さなければならない。

そして、助けを呼ぶんだ。

そう自分を信じて、ただ全速力で、ひたすら人気の多い場所を目指す。


だが、その思いや希望も虚しくも儚く散ろうとしていた。


「しまった、そんな…行き止まりって…」

明の退路は、ここで完全に立たれてしまった。

いつも使っている裏道が脇道であるため、完全に行き止まり。

三方をコンクリートの壁に取り囲まれ、後は食われるしかない。そのような状況下であった。

迫ってくる男には、もはや逃げられる隙などない。


「ひゃはァァァーーーーッ!!! 」

左手に握ったナイフを振りかざし、奇声を上げて勢い良く明に向かって突き刺す。

何かがちぎれ、ブスリと刺さる音が響いたものの、条件反射で盾にしたカバンが明自身の身をかろうじて守ったのである。

「お前、やるなァ…でも、俺の楽しみを邪魔するってのは気に入らねえ」

カバンに突き刺さっているにも関わらず、男は力ずくで明をカバン越しに突き刺そうとする。

だが明も負けじと、このままやられまいと力いっぱいカバンで押し返し対抗する。


「いつの頃だったかなあ…親があまりにも身勝手でイラッと来たからさあ、思い切ってブスリとやったんだよ。したらどうなったと思う? あいつら、パタリと突然電池が切れたみたいに動かなくなってやんの!!! ま、因果応報ってことかもなァ」 


「お、お前…なんで、自分を産んでくれた親を、そんな…」

恐怖心以上に、明の中で爆発しそうな怒りでいっぱいとなった。

自分自身も、親に対して許せないと思ったことは何度もある。

しかし、決して殺そうとまでは今まで思ったこともなかった。

だからこそ、この男の残虐非道な行いが許せなかったのだ。


「んで、まだ腹の虫収まんねえからさ…首を刈ってみたわけ。これがまた、快感なわけよ。弱いやつほどよく吠えるっつーけど、そういうやつを殺して斬って回るのはこれまた最高じゃね? 」

明に思いをぶつけ終えた途端、男はカバンから突き刺さったナイフを力ずくで抜き、再度横方向にナイフを振り下ろした。

「いい子だから、てめえも大人しく俺に首を刈られなァァァァッ!!!! 」

「もうダメだ…雅輝さぁぁぁぁんっ!!!! 」


身に迫る恐怖のあまり、明が思わず助けを求めたそのときであった。

目を瞑ってしまったものの、肉体を突き刺された痛みは感じない。

突き刺され肉を切り裂く音すらも、一切なかった。

何故だ? 一体斬り付けられる瞬間、自分に何が起こったのか?

その瞬間、何が起こったかを確認するために恐る恐る目を開ける。


すると目の前には、見覚えのある一人の男が明の目の前に立っていた。

間違いない、見覚えのある姿である。

その男こそ、数時間前に再会した「高原 雅輝」その人であった。

いつの間にか男の間合いに入り、振り下ろした左腕を両腕と脇を使って関節を極めていたのだ。

「くそッ、離せ…離せってんだ!!! 」

男も必死に振りほどこうとするも、関節を極められているために痛みだけが増すばかりだった。


「さあ、早く逃げろ! 」男を制止し、雅輝は明を逃がそうとする。

「え…だけど、雅輝さんは…」

「いいから、全速力で走れ!!! 振り向くな!!!」


「…分かりました! 」

戸惑いながらも、自分を守ろうとする雅輝の叫びに、明は力の限り走った。

普段、学校のマラソン大会や体育の授業は得意ではないが、今はそんなことは関係ない。

逃げ延びて、生きて、この出来事を誰かに伝えなければ――――――。

決して振り向くことも、振り返ることもなく、ただひたすら走りぬく。


雅輝があのとき、どのようにして無事でいたのかは分からない。

しかし、今度は自分が救う番だ。

子供であれど、できることはきっと、必ずある。

そう信じて、前に進み続けた。


///////////////////


「…いい加減離しやがれ! 」

明を無事逃がし、思わず安堵して弱まった雅輝の隙を突いて、男が腕を力ずくで振りほどいた。

へし折られてこそいないものの、関節を極められたダメージは決して小さくなく、ナイフを握り締めた腕はぶらりとふらついている。

「さて、これで安心して遠慮なくあんたとやれるな」

「…へっ、そうか。俺とタイマンでやるためだけに、時間稼ぎしたってわけか。ケタクソ悪いぜ」男は痛む片腕を抑えながら、苦笑いを浮かべる。

「羽村了…ナイフの魅力に取り付かれた末に、最初は虫や動物を殺めるだけでは満足せず、ただ自分の快楽のためだけに無関係な人間まで殺し続けた殺人狂とはあんたのことだな」

「お前、何で俺のことを………そうか、『あいつ』の言っていた男ってのはてめえのことか」

(こいつ、俺のことを知っている…てことは、まさか?)

「そうさ、あるブツを取引するときにそいつはこう言ったよ。…『必ずこれを狙いにやってくる男が一人いる』とな!!! 」

羽村はすかさず、フリーだった左手からもう一本バタフライナイフを取り出し雅輝へと襲い掛かる。

奇声を発しながら両手に持ったナイフで素早く連続で切りつけるも、雅輝はまるで受け流すように攻撃を交わしていく。

まさしく人間というよりはコンピュータのような、素早く的確な読みでもあった。

かまいたちのように襲い掛かる無数の軌跡を、1秒1コンマの遅れもなく避けている。

将棋で言えば、二手・三手…いや、それどころか十手も相手の手を読んでいるかのようだった。


(………今度は上か!)

「キャァァハハァァーーーー!!!! 」

まるで子供がはしゃぐかのような笑い声を上げ、羽村は腕を交差させ高く飛びかかる。

落下する勢いと同時に両腕を振りかざした瞬間、決着は既に付いたかに見えた。


雅輝の反撃も間に合わないかと思ったそのとき。


(………………!!!! )

振りかざした羽村の両腕は、着地しても寸止めのところで止まっていた。

雅輝の首を、もう少しで掻っ切れるところで停止している。


「ナイフってのは、むやみに振り回せばいいってもんじゃない。的確に急所を突くことで初めて効果がある」

「なん、だと…!? 」

雅輝の忠告に、羽村が恐る恐る下に目を向けると、ちょうど自分の心臓目掛けてナイフが突き立てられていた。

こちらも、少しでもずれれば勢い良く突き刺さる状況であることはもはや明らかであった。


「さあ、チェックメイトだ。ここいらで、ギブしたほうが身のためだぜ?」

不敵な笑みを浮かべ、プライドを傷付けられた羽村を雅輝が挑発する。

(…バカな…! 今まで、俺がこれで殺せなかった人間なんていなかった…。それが…こんなヤツに…!!! )

あまりの悔しさとショックに、羽村は両手のナイフを手から落とし、後ずさりをした。

これまでたやすく殺せた「力なき」人間ならまだしも、目の前にいた「力ある」人間に圧倒的な力の差を見せ付けられたのだ。

これまで、一方的に弱者を蹂躙するだけであった羽村にとって、その事実は受け入れられがたい事実だったのである。


(畜生…こんなとこで俺が…!! この俺がぁぁッ!! )

動揺しつつも、羽村は後ろに両手を回し、こっそりと懐から何かを取り出す。

(…さっきから、何かガサゴソしてやがる。まだ、ナイフを隠し持ってやがるのか?)

羽村の怪しい動きに、雅輝は様子を伺う。

確証はないが、どうにも嫌な予感がして慎重にならざるを得ない。

あれだけ動揺していた羽村はにやりと笑みを浮かべ、突然手にした何かを左腕に突きつける。


「…まさか!!!!? 」


雅輝の嫌な予感は、100%的中していた。

羽村が取り出した「それ」は、澱んだ緑色の液体が詰まった注射器。

またしても、あの「G―VENOM」だった。

雅輝がそれに気付いたときには、もう時既に遅し。

みるみるうちに羽村の姿を異形の存在へと変化させていく。


「俺は誰にも指図されねえ!! 殺されもしねえ!! そうよ、俺が一番なのよォォォォ!!!! 」

痛みをこらえ、勝ち誇った態度に酔いしれながら、羽村の肉体は不気味に変貌を遂げた。

背中からは無数の刃が飛び出し、衣服を引き裂きながら体躯すらも大幅に変えていった。

全身が白い体毛で多い、顔もネズミそのものの姿。

両手も鋭い爪が生え、頭から背中までを突き出るように覆った無数のナイフ。

二足歩行ではあるものの、まさしくそれは体の針がナイフと化したハリネズミのような姿であった。


(くっ…もう少し早く気付いていればッ…!!! )

相手の手を見抜ききれなかった、雅輝の表情に悔しさが滲み出る。

「はあ、はあ…最初はキツイが、たしかにこいつぁ病み付きだ。そりゃ、使うヤツも増えるだろうぜ! 」羽村は息を切らせつつも、隙を与えず雅輝の倍近くにもなった体躯から拳を振りかざす。

ギリギリのところで何とか交わすものの、爪で衣服を引き裂かれてしまう。

「ちっ…!」

その直後、雅輝も負けじと胸元から取り出したナイフを投げつけ反撃しようとするが、背中から生えた無数のナイフが、雅輝めがけてミサイルの如く追尾して追い詰める。

「しまった!!? 」

とめどなく放たれる無数のナイフからは避けきることは到底できず、無数に繰り出されるナイフの雨が雅輝を貫いた。


///////////////////


「ひゃははははは!! てめえもグチャグチャの細切れ肉になっちゃ、俺に反撃すらできねえだろ?? ああ…やっぱムカつくヤツを一方的に切り刻むってのは、俺の生きがいだわ」

勝ちを確信した羽村は、串刺しにされた雅輝の死体を確認すまいと、地面に刺さったナイフの森を覗き込む。


だがそこには、肉片どころか、血痕も串刺しにされた形跡すらも一切なかったのだ。


「なんだとゥゥ…じゃ、じゃあ奴はどこに!!!? 」

またしても、してやられた羽村は更なる怒りを露わにする。

ここまで自分を追い詰め、誇りすらもズタズタに引き裂かれた相手に何度もしてやられてしまい、冷静ではいられない。


「…逆にしてやられた気分はどうだ? 」


怒りに震える羽村の背後から、静かに不気味な声が聞こえた。

明も逃がし、雅輝も姿を消したこの場所には自分以外誰一人いるはずもないのに、だ。

「誰だ!? どこに、どこにいやがる!!? 」

振り向くとそこには、行き止まりとなっている塀に一人、見下すようにあの黒い仮面の男が立っていた。

そう、彼こそあの「ディサイダー」こと高原雅輝本人である。


「俺の姿を見たときが、お前のピリオドだ」

「ピリオドだ、と…面白え。あの世で後悔しな!!! このコスプレ野郎――――ッッッ!!!!! 」

大柄な体躯を低く屈ませ、背中から無数のナイフを鉄砲玉のようにとめどなく発射させる。

飛ばしても飛ばしても、背中からは無尽蔵にナイフが生え、射出される。

しかし、それにも関わらず、ディサイダーは無言でふとその姿を消す。

「何処だ!! 出てこい、この黒玉野郎!!! 」

きょろきょろと辺りを見渡すものの、ディサイダーの姿はどこにもない。

羽村は更に、自分自身の焦りを露わにしていく。


「…………ッッ!!! 」


だが、そのときである。

無軌道に飛翔する無数のナイフは、突如羽村に向けて次々と突き刺さる。

腕・腹・足・胸・顔・手と…ありとあらゆる部位に容赦なく突き刺さったその姿は、拷問を受けた者のよう。

その痛みに、羽村は声にならない苦悶の声をけたたましく上げる。


だが、まだこれだけでは終わらなかった。


「高原雅哉という男を知っているか?」

羽村の懐には、姿を消したはずのディサイダーが腹部に突き刺さった複数のナイフのうち一本を握り締めていた。

「へっ、誰だそいつ…」

「言え…! 」ぐいっと、手にしたナイフを腹部に更に深く押し付ける。

「ぐああああ…知らねえ、俺は知らねえ!! 俺が使った「これ」だって、阿儀って男に売ってもらっただけだ!!! 」


またも力ずくで聞き出したものの、今回も手がかりは一切ないことを知ったディサイダーは、上空めがけて高く飛び上がる。

「…ならば、もう貴様に用はない」

右脚のナイフを取り出し、羽村の心臓めがけ投げつけた。

深手で身動きの取れない羽村の左胸に深く突き刺さり、電流のドームが形成される。

既に軽く突き刺さっていたナイフは、真空状態となったディサイダーのナイフにかき消され消滅した。


「・・・重力圧死グラビティ・デス


落下する速度に乗せ、急降下で左胸めがけてキックを決めた。

羽村は重力の膜に包まれ、通行を阻んでいた三方の外壁も音を立てて崩壊していく。

ディサイダーが宙返りをして着地すると同時に重力の膜も消滅し、巨大なクレーターが出来上がった。

倒され力尽きた羽村の左胸には、でかい風穴がでかでかと浮かび上がる。


その羽村の死体を背に、丁度点滅を始めていた胸のシグナルを叩きマスクを開く。

素顔を晒し戦いを終えた雅輝は、その直後振り向きざまに羽村の額に向けてカードを投げつけ、突き刺した。

「兄貴…どうやら、こいつもあんたのことを何も知らなかった」

やるせない表情で呟きながら、雅輝はその場を去る。

(…それにしても、あの坊主が俺のことを何故知っていたんだ? 噂になっちまったディサイダーの存在はともかく、俺の名前まで知ってやがった。)



戦闘が終わり、明が自分の名前と、もう一人の自分であるディサイダーの存在を知っていたことを疑問に思い始める。

全然面識のない小学生の少年が、何故俺の名前を知っていたのか。

数時間前を振り返り、冷静に出来事を思い出す。


(…そうか、あのときか!)


実は、明と別れた数時間後に名刺を落としてしまっていたことに気付いていた。

その後の仕事では、即興で手書きした連絡先のメモを渡すことで事なきを得たが、今後明が今回のように事件に巻き込まれない可能性はないとは言い難い。

今回の戦闘の油断といい、油断続きである。


(次会ったときまでに、何とかしねえといけねえ…俺の復讐には、あのガキは邪魔でしかねえんだ)

そう考え始めた間に、激しくサイレン音が響きだす。

ミスを立て続けに起こしてしまい、後味の悪さを残しながら雅輝は速やかに姿を消した。




あのとき襲われそうになった現場では、検証のため立ち入り禁止のビニールテープが貼られていた。

10台以上のパトカーが回転灯を光らせ、無節操に駐車している。


「そんな、バカな…」


第一発見者として警察から戦闘現場で事情聴取をされていた明は、そこで愕然とした。

あのとき自分を助けてくれた雅輝と襲った羽村だけがいたにも関わらず、二人とも全くいなかったというのだ。

そこにいたのは、巨大なハリネズミのような怪物の死体であり、雅輝が殺された形跡もないのだと。

そしてその死体には、額に「Erasure completion」と書かれたカードが添えられていたということ。


では、雅輝はあの後無事に逃げ延びたのだろうか!? 

その怪物を倒したのがディサイダーであることは、もはや疑う余地はない。

しかし、雅輝の身が無事であるのか。

そんな一抹の不安だけが、明の脳内を渦巻いていた。


(雅輝さんは、きっと無事だ…だって、あのときだって、そうだったじゃないか…)


自分にそう強く言い聞かせ、明はじっと星空を見上げる。

ただ今は、彼の無事を信じ、静かに強く祈るしかなかった。

そう信じていなければ、きっと自分が不安に押しつぶされて壊れてしまう。

もう、守られてばかりの自分ではいられない。


この日、自分自身もっと強くあろうと誓う大事な日となった。



STORY6 END


NEXT STORY7「暗躍」


というわけで、第六話となります「斬首」・・・皆様いかがでしたでしょうか。


こういった通り魔を使ったネタは一度やってみたかったのでこのような形になりましたが、明が雅輝とディサイダーのことについて興味を持ち始めたりと、何かと今後の展開の重要なエピゾートとなりました。

この後、彼は更に深い部分へと向かおうとするのですが・・・このあたりも、楽しみにしてきただければ幸いです。


さて、この「THE D-SIDER」。

まずは小説としても展開していきますが、今後は立体化や映像化等での展開も視野にいれたプロジェクトとして想定しております。

そのため、小説のほうもテレビ番組でいう全26話という形式を取らせていただいていますが、必ずしも26話分やるということではなく、あくまでテレビ番組として成立した場合・・・というコンセプトでやっております。


今後欠番になっている話数がある可能性がありますが、あくまでそれらは本筋とは関係ないサブ回と呼ばれるようなものであるというコンセプトですので、それらを読まなくても十分物語として成立できるよう構成しています。

それらは、今後執筆する可能性もありますし、別の言い方をすれば外伝や番外編と呼ばれるようないろんなエピゾートを描ける余地を敢えて残しているというのもあります。

設定や世界観としても、考えようと思えばいくらでも出せるものは作ったつもりです。


・・・そんなわけで、それらを個人発で全てやるにはさすがに限界こそありますが、何とかそういう方向にも持っていけるようがんばりますので、皆様の応援・ご感想を心よりお待ちしております。

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