PM21:00/はじめまして、あなたのお名前は?
なろうさんには久々の投稿です。
最後までおつきあいくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。
なりたかったもの、目指していたこと、そのために人は努力を重ねるけれど現実叶わないことは多い。努力だけではどうしようもならないこと、努力しても報われない、そう思っても仕方のないこと。それが現実なのだ。
神様にお願いして頼んでみる?
でもそれを叶えてくれるかは、わからない。そして私は叶えてもらえなかった。
身長155センチ。
せめてあと10センチだけでも身長をください! そう願い続けた学生時代だったが結局この身長のまま今がある。
私は身長が欲しかった。その欲しいものへの執着を未だに捨てられなくて、憧ればかり募らせている。
――相変わらず背が高いなぁ。180センチは絶対越えてるよねぇ。いいなぁ。
これだけ高ければ……そんなことを思いつつカゴ内の商品バーコードを通していきお会計に進む。
「電子マネーからでよかったですか?」
「はい」
このお客さんはいつも店のポイントカード兼用の電子マネーで支払うのがお決まりだけれど一応建前として尋ねる。
「ポイントは……」
「使わないです」
――ですよねぇ。絶対貯めてるんだよねぇ、もうポイント3000超えたから絶対あれを狙っているな。うちの今月の目玉「香り爽やかずっと続いて抗菌洗剤! 特大詰め替え1年分セット」一択だわ。
上下スウェット、フード被ってマスク顔。そこにサンダル履姿で生活感の塊みたいなお客様。背が高いだけでなく普通に目が行くのはぶっちゃけ怪し過ぎるから。でも危ない系には感じない。醸し出す空気や接客する時の対応で真面目そうで誠実な人だとわかっている。
「袋は……」
「あります」
「エコポイントお付けしま〜す」
ちゃんとエコバック持ってきて偉い! だからきっと倹約家! ポイントで洗剤代を浮かそうとしているに違いない!
――その堅実さ、嫌いじゃないよ。
「いつもありがとうございま~す、またよろしくおねがいしま~す」
なんて返すほど勝手に親近感を抱いている私。
ドラッグストアでバイトして一年、そしてここ最近よく来店してくれるお客様。来店時間がいつも私のバイトの入る時間帯に被るのか対応する頻度が高いのだ。最初は背の高さに目を引かれて、無駄にドキドキしてしまった。そのドキドキはなにもときめく系の可愛いものではなく単純に興奮系。
――バ、バスケ選手みたい!
初見の感動。見上げる感じが、もう空高いところにあるようなほど。その視線の先が――眩しい!
「それは天井のライトでしょう? 照明だよ」
「違いますよ! 背景から輝くご来光みたいなものですよ!」
「だから絶対照明……」
店長の茶化すような声は無視して、私は今日もシフトに入ると、内心であのお客様が来るのを期待している。
背の高い人が好きなわけじゃない。私は背の高い人に「なりたかった」のだ。
単純で、純粋な、憧憬。目指しても、どれほど望んでも私には得られなかったもの。だから眩しくて、無意識に視線が追う。悔しいくらいに惹きつけられる。それに何より、あのお客様は——素晴らしく、骨格が良い。
ただ背が高いだけじゃない。手足が長く、四肢のバランスが完璧に整っている。身長を武器にするスポーツにおいて、それは神から与えられた最高のアセット。まさにバスケットボール選手なら、誰もが喉から手が出るほど欲しがる理想の身体。
私は、バスケが大好きだった。
小学生の頃からミニバスチームに入り、文字通り明け暮れるほどバスケ漬けの日々を過ごしてきた。けれど、技術と体力でコートを支配できたのは小学生の間だけ。中学に入ると、残酷な現実が私を待ち受けていた。止まったままの私の身長を、周りは成長期という暴力的なスピードで次々と追い抜いていく。最初から恵まれた体格を持つ新入生に、あっさりと定位置を奪われた。狭いミニバスの世界しか知らなかった私は、そこで初めて努力だけでは超えられない壁を知ったのだ。
スタメンに選ばれず、ベンチからコートを見つめるだけの時間。何度も唇を噛み締め、悔しさを呑み込んできた。体型コンプレックス、それは誰しもがひとつくらいは持つものかもしれない。
「しょうがないよ、どうしようもないよね」
その言葉や思いを否定はしない、でも素直に納得できるほど人間は簡単な生き物ではない。
思いが強いほど、悔しい。
目指すほど、歯がゆい。だからこそ、どうしようもないのが切ないのだ。
だからなのか。あのお客様を見ていると、私の奥底にある「忘れられない気持ち」が勝手に騒ぎ出す。あんなに風に恵まれた体型を持てていたら自分はどんなバスケ人生を歩めていただろう、と。
「え!」
「え?」
――低周波治療器!? それが欲しかったの!?
「あ、いえ、すみません!」
「もうなくなりました?」
「いいえ! あります! 在庫取ってきます! 少々お待ちください!」
まさかポイント引き換えにしたい商品が低周波治療器とは! 私は慌てて倉庫まで走った。
「じ、じじくさ……」
在庫を手に取り「もみケア」と謳われたパッケージデザインをジッと見つめながら思わずこぼれた言葉。ドラッグストアの購買データなどでは、50〜80代がメインボリュームのこの商品。実際購入していくひとはお年寄りがほとんどだったからこそ若干衝撃を受けている。家庭用低周波治療器は、血行を促進し、筋肉のコリを解きほぐす効果が認められた管理医療機器ではあるものの……割と地味な健康器具だ。
「お、お疲れなのかな? 見た目は若そうだけど、中身は四十肩のおじさんとか?」
年齢をあまり考えたことがなかった。体型から二十代と思い込んでいたが、世の中には奇跡のスタイルを維持したおじさんだっている。思い込みはよくないと頭を振って私はレジまで急いで戻った。
「お待たせしました!」
会計だけ済ませていたので、お客様は携帯片手にレジ横で待っていてくれた。
その立ち姿を見てもやはりスタイルの良さに目を奪われる。
――背、高いなぁ……。
無意識に見上げてしまう後頭部。いつもはレジを挟んでしか眺めない景色が目の前にあると思うと圧巻で。
「……どうも」
「あ、いえ! こちらこそいつもありがとうございます!」
ぼうっと見つめてしまってハッとする。勢いよく頭を下げるとお客様は小さく会釈をして背を向けた。その歩いていく姿を見たとき気づく。
――あれ?
その足取りを目で追っていた私の視線が、ふと止まった。
左足が地面に着く、その一瞬。ほんのわずかに、重心を右に逃がしていた。痛み? それとも無意識の癖なのか。流れるような足取りの裏に、隠しきれない膝をかばうような一瞬の動作を見つけてしまった。
でも気のせいかもしれない。店を出て行く後ろ姿はとても軽やかに歩いている。だからその時感じた自分の勝手な想像を打ち消すように、また小さく頭を振ったのだった。
◇
それから数日後のこと。
サプリの商品補充をしているところにフッと影がかかり思わず見上げたらあのお客様が立っていた。
「い、いらっしゃいませ」
いきなりで驚いて声がどもる。ペコリもしてくれなくて内心しょんぼり。レジの時は割と愛想がいいのに……なんて思いつつチラリと横目で見上げたらワイヤレスイヤホンに気づく。
――なんだ。聞こえてなかっただけ?
無視されたわけじゃないのかな? そんな風に前向きに捉えてハタとなる。なにを私はそんなに意識しているのだ? いちいち反応して、そこにまだ愛想を振ってくれなどと願うなんて……。
相手は店に訪れてくれるお客様のひとりにすぎないのに。私はそこのバイト店員なだけで……だからその……なんて心の中で言い訳のような整理をしつつ補充するサプリを手に取るため床下に置いておいた段ボールへ意識を向けたのだが。
ちょうど目線の先にぶつかる長い足。
今日はいつものスウェットではなく、ハーフパンツを履いていた。裸足にスポーツブランドのサンダル、引き締まった脚は左右で遜色ないはずなのに、なぜか片方だけ違和感。
脹脛の盛り上がり方、無意識に視線がそこに吸い寄せられる。右脚は均等に張っているのに、左だけ動くたびに一部の筋が不自然に浮き上がる。
鍛え上げられている脚。それなのに、使い方をかばっているようで。そこに無視できない、膝に巻かれた存在を示すような黒いサポーターだ。
これは……。
「あの」
「は! はい!?」
いきなり声をかけれて驚いた。勢いよく声に返事を返して見上げたらお客様も足を折ってしゃがんでくる。
真正面から目が合った。
「グルコサミンのサプリ、もうないですか?」
「……」
グルコサミンは、関節の中にある軟骨を構成する成分のひとつ。年齢とともに減っていくそれを補うことで、すり減った軟骨のクッション性を支え、膝や腰の動きをなめらかにする目的で使われる。飲む人の多くは、慢性的な関節の違和感を抱えている人たちに多いかもしれない。
「飲むならグルコサミンよりプロテオグリカン&非変性Ⅱ型コラーゲンがいいかもしれません」
陳列棚から取りお客様にその商品を差し出すと目を丸くしている。膝、腰の悩みといえばグルコサミンが主流だったが、最近のトレンドは、より軟骨の構成成分に近いこれらだ。特に非変性は、体内の免疫システムを介して軟骨の破壊を抑えるアプローチとして、スポーツ医学の現場でも注目されていた。
「グルコサミンは、関節の軟骨がすり減って痛みが出ている人向けなんです。腰とか、年齢による膝の痛みには合うんですけど……」
そこまで言って口をつくんでしまう。
――しまった。言いすぎたかも。
そして案の定、問われてしまう。
「……なんで?」
その問いの意味は「なんでわかる?」だろうか。なんで、の続きの言葉を読み取ってしまった私は言葉を選びつつも伝えることにする。
「膝をやった人なら、こっちのほうが向いてるかなって」
そういえば今度はハッキリと目を見開くから。
――あれ? なんかこの人実はすごくイケメンじゃない?
普段は俯いてフードにマスク、だからハッキリ顔まで見えていないが、今日は私が見下ろしてお客様が見上げている。いつもと形成逆転、そして今日もマスクはしているものの見上げられたことでかぶられるフードがふわりと後ろに下がっていて……。
糸のように細そうな髪の毛、流れるようなセンター分けショートカットヘアー、艶のある綺麗な黒髪がさらりと顔を出したから。
どこからどう見ても四十肩のおじさんには見えない!
「膝、痛めてるんですか?」
「……」
「……前十字、とかですか?」
そうこぼせば空気が止まった。
「だから、あの……!」
止まった空気の悪さに慌てて声をあげるのだが、時すでに遅し。スッと立ち上がられたら途端に威圧感! 高身長の人が目の前に立つとまさに壁! その圧に発しかけた言葉が呑み込まれる。
差し出すサプリをパッと取り上げられてお客様はなにも言わずにフードを被り直して背を向けてレジまで行ってしまった。
「……」
その背中になにといえない。なにも声をかけられないまま私は全身から汗を噴いている。
――や、やってしまったぁぁぁ……!
そしてその日を境に、お客様はピタリと来店しなくなったのだ。
◇
神様、お願いします。どうか時間をあの日に巻き戻してください。
そう何度と願ってみてもそれは叶えられることはない。
「はぁぁ、本当に余計なこと言った……」
後悔先に立たず、はよくいったもので。今さら後悔しても遅いのに私はあの日発してしまった不用意な言葉を後悔するばかり。広げたテキストを閉じてそのタイトルを見つながらひとつ大きなため息をこぼした。
『医療従事者のための対人援助学 ――リハビリテーションにおける心理的障壁と言葉がけ』
ーー学ぶ内容がこれでやらかしたのがあれだよ。
今聞いていた講義でも先生が言っていたことを思い返す。
「皆さんがこれから向き合うのは、壊れた体ではありません。痛みによって心にまで傷を負った人なのです。だからこそ、医療技術ではなく、対人援助が大事だということを忘れないでくださいね」
テキストにも記載されていた「患者の沈黙は拒絶ではなく、言葉にならない痛みの表出である場合がある」という一節に、自分の未熟さを突きつけられている。私はお客様の「膝」しか見ていなかった。そればかりに気を取られて発してしまった言葉、だからお客様自身の「心」まで見られていなかった。
――だから怒ってもう店に来ないんだよね。
嫌な気持ちにさせたのだろう。当てずっぽうみたいに発した膝の指摘と怪我名、それはあながちハズレではなかったのか。
思いやりをはき違えた。不快な思いをさせたかったんじゃない。ただ、良かれと思って……でもその気持ちこそ傲慢なのだと気づく。知った知識と分かった風で偉そうだった。自分はまだ学生の身でただのバイトの分際で。
――何者になったつもりだったんだろう、恥ずかしい。
そして何よりも恥ずかしかったのは、あのお客様と勝手に親しくなっていると勘違いしたことだ。自惚れも甚だしい。
今日の講義もすべて終わり、晴れない気持ちを抱えたままバイトまでの道のりを歩く。いつも通るドラスト付近の少し大きめの公園には小さいけれどちゃんとしたバスケットゴールが設置されていて、それを横目に見るのが好きだった。もう選手としてバスケをする日はないけれど、諦めただけでバスケを嫌いになったわけではないからだ。
今でもずっと好きだ、バスケが。そう思っていたところに、目にしてしまった。
高校生か、まだ幼さを感じる男子数人がバスケットボールを投げつけていた。ゴールにではなく――人に。
「だからさっさと金出せ」
「痛い……! もうお金がないっ」
「嘘つけ、持ってんだろ。ないなら家から取って来いよ」
「いやだ、もうやめて……っ!」
ボールを嫌がる子に投げつけて笑い合う数人がいる。
踏み込みすぎて失敗した、巻き込まれたくない、見て向ぬフリをするのか? 繰り返される自問自答に迷うものの視線を逸らすこともその場を去ることもできず固まってしまった足、そして激しく投げつけられたボールが跳ね返り転がってくる――私の元へ。
「……やめなさいよ」
私は声を発してしまっていた。
「あ? なんだよ、誰だよお前」
「その子、嫌がってる。そこまでする必要ないでしょ? やめて」
「だからなんだよ、お前。口出してくんなよ」
「だったらおねーさんがお金くれますかー?」
ふざけた口調で数人が近寄ってくるから思わず腰が引きかけるものの今さらだ。どう見ても私の方が年上なのに、背の低い女だから舐めているのか。数人で強気になっているのか、馬鹿にしたように笑って近づいてくる。
「だいたい、バスケットボールはゴールにシュートするためにあるの。人にぶつけるための道具じゃない!」
「はあ? なに言ってんの、こいつ」
「こんなしょうもない遊びやめなさいって言ってるの! あんたたちのやってること、バスケに対する冒涜だから!」
「説教垂れてる! ならおねーさんに遊んでもらおうか」
なぁ? と、周りも対象を私に変える。にじりよってくる数人にさすがにここは逃げた方が良いかもしれないと思ったのだが先回りされて行く手を阻まれる。
「け、警察呼ぶわよ」
「呼べばぁ?」
震えた声で説得力がない、それを相手もわかっている。ニタニタ笑みを浮かべて私の手首を掴んだ。
「いたぁ!」
「どっかいこーよー。みんなで楽しめるとこー」
思っているより強い力に、抵抗しても歯が立たない。引っこ抜きたくてもより力を込められて痛みが増した。下卑た笑いとともに引きずられかけた、その時だった。
ビュッ……! と、空気を切り裂くような鋭い風切り音がして目の前の男の子の顔面に500ミリのペットボトルが投げつけられたのだ。当たった瞬間、ゴッと激しい音が鳴ると同時に声が上がった。
「いってぇ!」
「あー、ごめん。手が滑った」
――え!?
背後からした声にその場にいた全員が視線を送り、絶句した。高身長の威圧感、半端ない。そこに上下黒のスウェット、フードを被り黒のマスクとオールブラックで高圧感もすごい。その姿はお世辞にも感じの良い人には見えないし、どちらかというとやばそうな雰囲気だ。けれど私はこの人を知っている。
「俺とも遊んでよ」
「ひっ!」
「どこ連れてってくれんの? 当然人来ない場所でしょ?」
「ひえっ!」
完全に圧に負けた彼らは腰を抜かす前に一斉に逃げ出してしまった。呆気に取られている私を無視してその人は蹲る男の子の元に歩み寄り声を掛けている。ふたりは何か会話を交わして、男の子は泣きながら走ってその場を去っていった。それを茫然と見つめていると横から声をかけられた。
「あのさぁ、危ないよ。正義感は褒めるけど、オススメはしない。店長呼んで来いよ」
「あ……」
「なに?」
「え、あ、私のこと、分かるんですか?」
「ドラストのおねーさん」
――認知されてた。
「ん? てかさ、社員じゃないの? バイト?」
「だ、大学生なので」
「え。俺より年下じゃん」
見えんかった、と呟かれてかぁっと頬が熱くなる。私は低身長で幼そうに見られがちなのだが割と老け顔で。そのちぐはぐさも少しコンプレックスではあるのだが。
「老けていてすみません」
「え、いや、違う。普通に綺麗なお姉さんだと思ってました」
「え」
間抜けな声を出したら目元で笑われたのがわかる。それにまた頬が熱くなった。
「いつも優しいからさ。声かけてくれるし」
「……」
「またよろしく~って言うでしょ? あれなんかねぇ、くすぐられる」
揶揄うように言われてますます赤くなるとプッと噴き出された。
「また行っちゃうよね。接客上手だね」
そう言いながら先ほど投げられたペットボトルを拾うと、キャップを開けてマスクを顎までズラして飲み始める。そのとき初めて拝見するその横顔に目を見開いた。
「え」
「ん?」
飲みながら向けられるその顔を今度は正面から拝見し、また絶句。
「あ、あの、あの……かか、勘違いだったらすみません、あのえっと……」
言い淀む私をジッと見つめるお客様はフッと口角を上げて微笑む。
「多分正解」
「ええ? うそ……モデルのJ?」
「この辺に住んでるってSNSとかで呟かないでね」
なんと四十肩と誤解していた生活臭丸出しのお客様は、今ときめく人気モデルのJだった。
◇
世間は広いようで狭い。雑誌の表紙を飾るだけでは飽き足らず、街を歩けば至る所にJがいる。駅の階段を上ればハイブランドのアンバサダー、テレビや街中に流れる広告ビジョン……その数々の掲載場所からアンニュイな瞳でこちらを見下ろしてくるのだから。
先日もニュースでパリコレランウェイに出たと言っていなかったか? そんなすごい人が……。
「本当にうちのドラストに……?」
188センチという、日本人離れした手足の長さ。きめ細かな色白の肌は美しさをまとうほど。それがセンター分けの黒髪ショートと相まって、より透き通るような白さで映し出される。今やモデル業界では引っ張りだこであろうJはカリスマ的存在として世の人々を魅了している。
――なにが四十肩だよ! とんでもないイメージを持ってすみません!
低周波治療器ひとつで四十肩のおじさんと誤解した自分を殺したくなる。普通にストレスや筋肉のコリをほぐしたくてあの商品を選んでいたに違いない。そして膝に抱える問題にも繋がっていくのかもしれない、なんてまた想像ばかり膨らませつつも私はバイトに行くたび、店の扉がひらくたび、胸を高鳴らせてしまっていた。
「どうも」
「いい、いっらっしゃいませ!」
カゴを置かれて声までかけられたら心臓が口から飛び出しそうになる。
――あのJが! 世間からも注目されているトップモデルがぁ!
「普通にして」
フッと笑いつつ小さな声でそう言われても今までどおりなど出来るわけもなく。動揺と緊張を隠せない私をジッと見つめてくる。
「で、電子マネーからでよかったですか?」
「はい」
胸がドキドキずっと高鳴り続ける。でも流れはいつも通り、お決まりのセリフ、お決まりの返し。
「袋は……」
「あります」
「エコ、エコポイントおつけします」
「今日何時まで?」
「は」
こんな流れはいつもにないのだが。
「終わるの何時?」
「……21時」
「レシートちょうだい」
「……あ! は、はい! お待たせしました!」
慌ててレシートとクーポン券を渡すとその手ごと引っ張られて耳元で囁かれた。
「この間の公園で待ってる」
「……」
この流れは聞いていない。こんな展開は聞いていない!
それからバイト終わりまでソワソワして時計ばかり気にして早く終わって欲しいのかこのまま終わらない方がいいのかヤキモキしてとどのつまり、頭の中をいっぱいにして、タイムカードを切ったらわかりやすく公園まで走る私がいた。
「遅くなってすみません!」
「……はやくない?」
「待たせたら悪いと思って……」
「そんな……待ってないし」
肩で息をする私に呆れたような表情を浮かべながら首を左右に振って微笑んでくれる。
「むしろ急かしちゃった? ごめんね」
夜空をバックに公園内の照明の下微笑むその立ち姿はなにかの撮影なのか? 私は思わず後ろや周りを見渡してしまう。
「どうした?」
「か、カメラとかあるのかなって……撮影?」
「なわけ」
派手に噴き出されてしまう。
「一度さ、ちゃんと話したいなって思ってたんだ」
「え」
「プロテオグリカン&非変性Ⅱ型コラーゲン。言われた通りあれからそっちを飲んでるよ」
「あ……あの時はっ……!」
私の方こそあの時のことをちゃんと謝るべきだった、そう思って身を乗り出しかけたが先に言われてしまう。
「前十字靭帯断裂ACL損傷……正解だよ」
「……」
「膝のサポーターだけでわかったの?」
「……膝を大怪我すると、脳が膝を守らなきゃと防衛反応を起こすようで、太ももの筋肉が急激に細くなります。しっかりリハビリしても、怪我をした足の筋肉の盛り上がりだけが戻らない少し薄いことがあって……大腿四頭筋の萎縮かなって。あと、景品を渡して帰られる時、左足が地面に着く一瞬、重心が右に逃げた気がしたから」
「へぇ、よく見てんだね。なんか勉強してんの?」
「理学療法士、目指してます」
素直にこぼすとフッと微笑まれる。それだけのことで無性に照れるのだが、その破壊的な笑顔を振りまくのをやめてほしい。
「高校生のときサッカーでやっちゃった」
「え?」
「急停止からの切り返しで、ブチッて。もうサッカーは出来ない、そう言われた」
「……今も痛みがあったりしますか?」
「いやぁ? でも最近はなんか脹脛が痛いんだよねぇ」
「それはもしかしたら、膝の古傷を庇う癖でふくらはぎに負担がかかったりしているのかもですね。あ、だから低周波治療器?」
「ピンポン。買うほどじゃないけど、もらえるなら使おうかなって」
膝の痛みからのふくらはぎケアに使うための明確な因果関係があったのか。
――じじくさいとか本当にごめんなさい。
私は心の中で土下座して謝った。
「サッカー……」
「ん?」
「残念でしたね」
「……まぁ、諦めなきゃダメなことはあるよね」
諦めないとダメな気持ち、それは誰でも経験していることだ。私にだって――ある。
「ねぇ」
「……はい?」
「ひょっとしてバスケしてた?」
――え?
どうして? どこで気づかれるのだろう。でもどうしてか、私は素直に頷けなくて。
「こ、こんなチビにバスケは無理です」
「……それ、大丈夫?」
それ、と指さされたのは手首に巻かれるテーピング。絡まれたあの時、掴まれた手首を引き抜こうとしたが変にねじってしまったのか。そこにまだキツク握られて思いのほか痛みを伴った。今はもう痛みはさほどないものの、手首を動かす際には固定すると楽なのでテーピングを巻いて生活している。
「フィギュアエイト」
「……」
「その巻き方するならなんかやってたんだろって、スポーツしてた人間なら気づくでしょ? そんでこの間ガキらに言ったじゃん、バスケに対する冒涜だって。だからバスケ好きなのかなぁって」
「……」
「背が低くてもバスケは出来るよ」
「……でも出来なかった」
選手にはなれない。なれなかった。
「コートに立ちたくても選ばれなかった」
「……まぁ、諦めなきゃダメなことはあるよね」
それは、さっきも聞いた言葉だ。
「そういう経験がさ、未来に繋がんのかな」
「え?」
「ただの客の怪我や後遺症まで見抜くんだもんな。いい理学療法士になれるんじゃない?」
まさかそんな言葉を言われるとは思わなくて息を呑んだ。私はあの時、言わなくてもいい言葉を言ってしまったと思っていたから。
「余計なお節介だったと思って……言ったことを後悔していました。人に、まして関係のない他人に触れられたくないことだろうって……だからずっと謝らないとって」
「謝ることないよ。別に、今もあの怪我を引きずってるとか、サッカーに未練があるとかないし。サプリも昔の感覚のまま飲んでただけでアップデートしなきゃなって感じたし」
「……」
「単純にあの時は驚いただけで。そんななんていうか、どうでもいいことで人と絡んだの久しぶりだったって言うか……」
どこか照れたように話すその内容に意味が分からなくて首を傾げてしまう私。どうでもいいこと? とはどういう意味だろうと考えているとジッと見つめられる。
「目も合わないしさ」
「え?」
「俺のこと見るけどさ、視線は合わない」
「は?」
「あれどこ見てんのかなって、実はずっと気になってて……」
私が見つめていた先は……それを思い返してポツリこぼす。
「頭の、てっぺん?」
「そこなの?」
「背が、高いなぁって……」
「……」
「背の高い人にずっと憧れてきたから、その……それくらい背が高かったらスタメンになれたなとか、海外にも行けたかもとか……」
つい思っていた本音までこぼしたら笑われてしまった。
「ご、ごめんなさい。邪な気持ちで見ていたわけでは……! 純粋に憧れというか、なんというか」
「いや……腑に落ちた」
そう笑う顔がやっぱりどうしてもカッコよくて、困る……困った。
――どこ見たらいいか、わからない。
「最初は気づかれたのかなって思ったけど、そんな感じもないから。やっぱ無駄に目立つからさ、この身長は。騒がれたくないし、プライベートくらい静かに暮らしたいし」
人気モデルなら切実な願いかもしれない。だからこんなさほど大きくもない常連さんばかりが訪れるようなドラストに足を運んでいたのかと納得する。
「ふふ、このドラストはJさんに気づくような若者はあまり来ませんからね。おじいちゃんおばあちゃんが多いし、店長も気づいてないと思う」
「城嶋さん」
「はい。え? あ、はい」
いきなり名前を呼ばれて驚いた。
「え、なんで名前」
「名札付けてる、いつも」
そうだ、エプロンにはスタッフは名字だけの名札をつけている。だから知られていることに驚く必要はないけれど、知られているとも思わなかったから単純に驚いて。
「同じだから目についたの。キッカケはそれ」
「同じ? なにがですか?」
「俺も城嶋なの」
――え?
「あー、同じ苗字だーって目について。そんでいつも最後にまたよろしく~っていうのが可愛くて」
――可愛い?
「Jは……城嶋のJ?」
「これもSNSとかで呟かないでね」
なんと。人気モデルの個人情報を知ってしまったと胸がよりバクバクして来たのだが、それでもこのバクバクはそれが理由なのだろうか。
――聞き間違いじゃない? さっき可愛いって言った? なにを? 私を?
「ねぇ」
「は、はい!」
先ほどのレジのときのように、今度はソッと優しく手首に触れてくる。レシートなんかない、渡すものなど何も持たない私の手をキュッと大きな手が包んできた。
「名前、教えて?」
ふたりきりの誰もいない静かな公園、夜の21時。
バスケットゴールだけが、私たちを静かに見守っていた。
ーーfin
最後までお読みくださりありがとうございました!
よかったら評価など励みになりますのでお願い致します。




