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第9話 役に立たない力

 魔力測定を終えた真冥は、カルディアに一枚の紙を手渡した。


 そこには、測定結果として――ただ一文字。


「0」


 まるで、“あなたには何もありません”と突きつけるためだけに存在する数字。


 弱い、ではなく。低い、でもなく。存在しない。


 そんな印象さえ与える無機質な文字だった。


(……ゼロって、逆にすごくないか?)


 平均以下でも、未測定でもない。完全なゼロ。


 胸の奥が、ざわりと揺れた。


「では、こちらを元に転生者証明証の発行手続きをしてきますね」


 カルディアは慣れた手つきで書類をまとめ、軽く会釈して部屋を出ていった。


 扉が閉まると、部屋の空気が一段階静かになった気がした。


 待合用の簡素な椅子。妙に広く感じる沈黙。


 役所特有の“時間の止まり方”が、じわじわと真冥の神経を削っていく。


「……役所のこういう待ち時間が嫌いなのよね」


 アローラが椅子の背にもたれ、羽をぱたぱた揺らしながら肩をすくめた。


「どうせ書類が一枚増えるか、判子が一つ足りないかでしょ。無駄に時間だけ食うんだから」


「役所あるあるですね……」


 真冥は曖昧に相槌を打ちながら、先ほどの測定を思い返す。


 血圧計みたいな機械。意味不明なエラー音。


 そして、あっさり告げられた「ゼロ」。


(……本当に、ゼロなんだよな?)


 自分に特別な力なんてあるはずがない。そう思っていたはずなのに、胸の奥に残るこの違和感はなんだ。


 アローラが横目で真冥を見て、軽く笑った。


「そんなに『0』が気になる?気にすることないって。それにゼロならゼロで、逆にレアよ? ほら、宝くじの外れ番号みたいな」


「それ、フォローになってます……?」


「なってるなってる。たぶん」


 “たぶん”の軽さが、逆に真冥の緊張を少しだけ溶かした。


 しばらくして、足早な足音とともにカルディアが戻ってくる。


「お待たせしました……って」


 カルディアは一瞬、首を傾げた。


「さっき、魔力測定室がものすごく混雑してたんですけど……何かありました?」


「?」


 真冥は素直に疑問符を浮かべる。


「……何もないよ」


 アローラは即答だった。


 だが――


 その一瞬、アローラの視線が測定室の方へ流れた。ほんの刹那。しかし、確かに。


(……今、何か隠した?)


「今日は特に変わったこともなかったし。ね?」


「あ、えっと……はい……?」


 反射的に頷いたが、自分でも何に同意したのかわからない。


 カルディアは少し不思議そうにしたが、すぐに仕事用の表情に戻った。


「じゃあ、さっさとこんな場所から立ち去ろう」


 アローラは勢いよく立ち上がり、羽がばさっと揺れる。


 真冥の髪がふわりと浮いた。


「ちょっと。他人の職場を“こんな場所”呼ばわりは失礼ですよ?」


 カルディアの半眼ツッコミも、アローラは軽く受け流す。


 そのまま真冥の腕を掴み、部屋を出ようとした――が。


「あ、待ってください」


 廊下に出たところで、カルディアが呼び止める。


「……転送陣はそっちじゃないですよ?」


「あぁ、うん。知ってる知ってる」


 アローラはくるりと振り返り、正面玄関を指さした。


「せっかくだから歩いて帰ろうと思ってね」


「歩いて……?」


「京ノ都から支援所まで二時間くらい。いい散歩コースでしょ?」


 良くない、と言う前にアローラは歩き出していた。


「ほらほら、置いてくよー」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 慌てて追いかけようとした真冥の袖を、後ろからくいっと引く感触。


 振り返ると、カルディアが少しだけ声を潜めていた。


「……あなた」


 袖を引かれ、真冥が振り返るとカルディアが声を潜めていた。


「アローラさんと、同じスキルを持ってるんですってね」


「え……?」


「“全属性最強魔法”。発動条件は最悪ですけど、理論上は最上位のスキルです。……先は遠いですが、頑張ってくださいね」


 その声には、期待と同情が入り混じっていた。


「……ありがとうございます」


 真冥が頭を下げると、カルディアは小さく微笑んだ。


「じゃあ、行ってらっしゃい」


 外に出ると、京ノ都の喧騒が一気に押し寄せた。


 人の声。馬車の車輪の音。屋台の呼び込み。


 役所の静けさとは、まるで別の世界だ。


 石畳の道の向こうには、高くそびえる城壁が見える。思わず首が痛くなるほどの高さで、京ノ都をぐるりと囲んでいた。


「……あれ、城壁ですか?」


「そう。結界も張ってるけど、結局は物理の方が信用できるのよ」


 アローラは何でもないことのように言う。


「魔物って、意外と頭いいからね。結界の癖を覚えるやつもいる。でも壁は壊さなきゃ入れない」


(発想が現実的すぎる……)


 神とか天使とかの世界だと思っていたが、防衛思想は驚くほど地に足がついている。


 通りを歩きながら、アローラはあちこちを指さした。


「この辺は商店街。あそこはスープが美味しいし、あっちの店は揚げパンが評判」


「……天使なのに、何でそんなに詳しいんです?」


「天使だってお腹は空くの」


 即答だった。


(この人、ほんとに天使なのか……?)


 だが、その“生活感”こそが、どこか安心感を生んでいた。


 やがて通りは広くなり、人の流れが少しずつ薄くなる。城壁が近づき、巨大な門が見えてきた。


「ここが通称西門。正式名称は『白虎門』。西側街道に出る一番大きな出口よ」


 門の前には、数人の門番が立っていた。


 鎧姿の彼らは、アローラの姿を見つけると、はっとして駆け寄ってくる。


「アローラ様!」「今日は来られてたんですね!」


「お疲れさま。異常は?」


「ありません!危険検知も反応なしです!」


 真冥は思わず門番たちの顔を見た。


 皆、どこか誇らしげで、そして仕事に自信を持っている顔だった。


「……知り合い、なんですか?」


「うん。この子たち、全員“危険検知”のスキル持ちなの」


 アローラは何気なく言う。


「昔はみんな、そのスキルを持て余してたのよ。直接戦闘には役立たない、火力が足りないって、クエストからも弾かれてね」


 門番の一人が、少し照れたように笑った。


「アローラ様が、この仕事を紹介してくれなかったら、今ごろ俺たち、たぶん街を出て野垂れ死んでましたよ」


「ここなら、危険を感じるだけでいい。それだけで、街を守れるから」


 その言葉が、真冥の胸に静かに残った。


(……スキルって、強さだけじゃないんだ)


 持っている力を、居場所に変えられるかどうか。


  アローラは、そんなことを当たり前のように、ずっと昔からやってきたのだ。


「じゃ、行くわ。仕事、サボるんじゃないわよ」


 アローラが門番たちに軽く手を振る。


「お気をつけて!」「また来てください!」


 西門の外へ向かう彼女の背中を、真冥は追いかけた。


 高い城壁の向こうには、街道と、魔物と、まだ知らない世界が広がっている。


 それでも、なぜか怖くなかった。


(……アローラさんも、同じスキル……?)


 豪快で、強くて、誰かの居場所を作ってきた天使が。


 自分と同じ“最強”を持っている――その事実が、胸の奥で静かに響いていた。


 だが今は、まだ聞けない。


 聞けば、何かが壊れてしまう気がした。


「真冥、ほら。ぼーっとしてると置いてくよ」


 アローラが振り返り、黄金色の髪をなびかせて軽く手を振る。


「い、今行きます!」


 城壁の影を抜けて、二人は街道へ向かって歩き出した。


 ――ここから先が、本当の“外”だ。


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