第8話 測れない力
弐本転生者支援所の食堂は、昼時になるとほどよく賑わっていた。
どこか日本の学食を思わせる雰囲気だが、メニューの名前だけが微妙にズレている。
『弐本式カレー(天界監修)』
『藤山の湧き水うどん』
『天界パン(賞味期限:神の御心次第)』
真冥がトレーを持って席に向かうと、すでにアローラとアステリアが座っていた。
アローラの前には、普通盛りのカレー……の上に、やたら存在感のあるカツがドンと乗っている。
「真冥くん、こっちこっち!」
アローラはスプーンを片手に、嬉しそうにカツを切り分けていた。
その表情は、まるで戦場に赴く前の戦士のように真剣だ。
「……カツ、乗ってますね」
「うん!カレーにはカツでしょ!常識だよ常識!」
「いや、異世界で常識を語られても……」
アステリアは控えめにサラダをつつきながら、真冥のタブレットを指さした。
「では、お昼を食べながらで大丈夫ですので……タブレットの説明をしますね」
「食堂で説明会……?」
「いいじゃん!こういうのは気楽にやるのが一番だよ!」
アローラはカツを頬張りながら満面の笑み。
アステリアは真冥のタブレットを操作しながら続ける。
「転生者登録が済むと銀行口座が開設できます。ほら、ここで残高が見れます」
アステリアは真冥の隣にすっと寄り、タブレットをタップして残高画面を表示した。
「0角……? 角ってなんです?」
「角は弐本の通貨の単位です。ラーメン一杯50角程度が一般的な相場ですね」
「へぇ……」
真冥は画面を見つめながら、ようやく“この世界で生きるための現実”を理解し始めていた。
アステリアはさらに画面を切り替える。
「ちなみに、徳は天界専用ポイントです。弐本では使えませんし、銀行にも預けられません。ただし、レベルアップは“累計徳”で決まりますので、使っても影響はありませんよ」
「なるほど……」
画面には堂々とした数字が表示されていた。
【残高:0徳】
「……ゼロですね」
「そりゃそうだよ!」
アローラが切り分けたカツを頬張りながら笑う。
「転生者はみんなゼロスタート!」
「いや、せめて“転生祝い徳”とか……」
アステリアは目をそらし、小声で言った。
「創造主キラ様のご意思で……予算が、その……」
「要するに、くそじじいの気まぐれってこと!」
アローラが豪快に言い放つ。
「姉さん!聞かれますよ!」
アステリアが慌てて制止する。
(……誰の判断でこうなったんだ……?)
真冥はタブレットを見つめながら、世界の不条理に静かにツッコんだ。
「こちらが依頼一覧です。角も徳も、ここから稼げますよ」
アステリアが画面をスクロールする。
『ドブ板清掃:10徳/30角』『落し物捜索:8徳/20角』『スライムの見張り:5徳/15角(※噛みつき注意)』
「……地味すぎる……」
「初心者向けだよ!」
アローラが胸を張る。
「レベル2まで一億徳なんですけど……?」
「大丈夫大丈夫!運が良ければ徳が入るから!」
「そこが一番不安なんですけど……!」
アローラは食べ終わると、皿を片付けながら勢いよく立ち上がった。
「よし!お昼も食べたし、役所行くよ!」
「えっ、もう!?」
「午後の書類提出があるので、私はここまでです」
アステリアは立ち上がり、真冥に小声で囁く。
「……姉さんの言うことは“だいたい”聞いて大丈夫ですからね」
「“だいたい”って何……?」
「ほら行くよバグ枠くん!」
アローラが真冥の腕を掴んで引っ張る。
「引っ張らないで!!」
アステリアはそんな真冥を満面の笑顔で手を振って見送った。
「行ってらっしゃ〜い」
アステリアに見送られ、アローラに連れられてやってきたのは、支援所の奥にある転送陣の広間だった。
アステリアが涼しい顔で現れたのと同じように、そこには淡い光を放つ魔法陣が整然と並んでいる。
「はい、乗って。京ノ都役所まで一っ飛びよ」
アローラが手際よく座標を入力すると、視界が一瞬だけ白く染まった。
気づけば二人は、巨大な石造りの建物のロビーに立っていた。
「……ここが京ノ都役所?」
「そう。手続きはここの『仮ノ町支援所・出張所』でやるから、ついてきて」
人混みをかき分け進んだ先には、山積みの書類に囲まれた女性、カルディアが待っていた。
「カルディア!どう?準備できてる?」
「さっき終わらせましたよ!相変わらずせっかちだなぁ」
カルディアは呆れたように笑いながら、真冥に一枚の用紙を差し出した。
「ただ、魔力測定だけは省けませんから!規定ですので、あちらの測定室へどうぞ」
「そんなの適当に『0』って申請したらいいのに……」
アローラはめんどくさそうにこぼした。
「俺、魔力すらないんだ……」
真冥は苦虫を噛み潰したような表情で力なく笑った。
そんな真冥に、アローラはふと、慈しむような、それでいて何かを確信しているような強い視線を送る。
(やっぱり。この子、自分が『全属性最強魔法』なんていう、世界の理を壊す力を引いた自覚すら、まだないんだね)
「まあそんな小さなこと気にしない、気にしない!ほら、行くわよ!」
アローラは真冥の手を掴み、測定室へと引っ張っていった。
魔力測定室。
そこにいたのは、分厚いメガネをかけた、いかにも「事務作業の権化」といった風貌の職員だった。
「はい、次の方〜」
事務員は真冥の顔すら見ず、ペンを走らせる。
「じゃあ、腕をまくって〜。そこに手を通して!」
「えっ!? 腕をまくるの?」
真冥が困惑しながら差し出した先には、魔法の水晶でも豪華な天秤でもなく、見覚えのある「自動血圧計」が鎮座していた。
「……これ、魔力を測る機械なんですか?」
「後がつかえてるんで。動かないでね」
事務員に促され、真冥が筒の中に腕を入れる。
『ウィィィィィン……』
無機質な機械音が響き、真冥の腕が締め付けられていく。
(……魔力ゼロの俺が、こんなので測れるわけないだろ……)
そう思った瞬間。
『…………ピー。ピー。エラー』
デジタルパネルに赤い文字が点滅する。
事務員は眉一つ動かさず、もう一度ボタンを押した。
『ウィィィィィン…………エラー』
「……あの、エラーが出てるみたいですけど」
事務員は三度目のエラーを確認すると、ようやく顔を上げ、メガネをクイッと押し上げた。その瞳には、一刻も早く業務を終わらせたいという無表情な拒絶が宿っている。
「エラーですね。つまり『ゼロ』ってことです。はい、次の方〜」
「ええっ!? ゼロって、そんな適当な!」
「ほら、終わったでしょ? 行くわよ!」
ショックを受ける真冥の背中を、アローラが無理やり押して部屋を出る。
アローラだけは知っていた。
あの機械がエラーを吐いたのは、魔力が「無い」からではない。
「全属性最強」という、機械の測定上限を遥かに超える莫大なポテンシャルが、血圧計という矮小なシステムを内部から焼き切ったのだということを。




