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第6話 転生者、仮ノ町に排出される

「転生ポイント、仮ノ町(かりのまち)上空……座標固定。異常なし——っと」


 町外れにある池の管理小屋。小屋の入り口から空を見上げていた一人の職員が、気だるげに端末を叩いていた。空は吸い込まれるような青一色。雲ひとつなく、風も穏やか。天界の騒がしさが嘘のような静寂が、そこには広がっている。


 職員は使い古された腕時計に目を落とし、秒針の動きを追った。「……三、二、一。そろそろだな」


 その直後だった。何もないはずの上空の空間が、飴細工のようにぐにゃりと歪んだ。突如として現れた円形の“穴”。淡い光を放つその出口は、職員にとっては何度となく目にした「定期便」の光景だった。


「……アステリアさん、ほんとこれ好きだよなぁ。もっとスマートな転送方法、いくらでもあるだろうに」


 呆れとも諦めともつかない溜息を漏らしながら、職員は足元に用意していたゴムボートを池へと力任せに押し出した。


 次の瞬間——。


「うわああああああああああああああああああああ!!」


 鼓膜を突き破らんばかりの絶叫が、静かな町に響き渡る。空に開いた穴から、凄まじい初速で“何か”が射出された。それは重力に従い、放物線を描いて一直線に池へと向かっていく。


 ザバーン!!


 爆発したような水柱が高く上がり、池の静寂を無惨に引き裂いた。


「はいはい、いつもの、いつもの」


 職員は手慣れたオールさばきでボートを漕ぎ、着水地点で派手に波紋を広げている中央部へと向かった。水面からひょこりと顔を出した青年は、鼻や口に入った水を盛大に吐き出し、咳き込みながら必死にボートの縁へしがみついた。


「……っ、げほっ!ぺっ!し、死ぬ……っ、本気で死ぬかと思った……!」


「安心してください。あなたはもう一回、向こう側で死んでますから」


「そういう……げほっ!揚げ足取りは……今一番いらないから!!」


 職員は青年——真冥の襟首を無造作に掴むと、濡れた仔犬を引き上げるような手際でボートへ放り込んだ。


「ようこそ、弐本へ。仮ノ町支援所の職員でフェルドといいます。ここは転生者が最初に『排出』される場所です」


「……仮ノ町?排出……?」


「細かい説明は、服を乾かしてからです」


 ボートが岸に着くと、真冥は水を含んで重くなった体のまま、芝生の上に転がされるようにして降ろされた。しばらくすると不思議なことに濡れていた衣服も体も乾いていく。


「ひとまず、体に異常は?骨が折れてたり、魂がはみ出したりしてませんか?」


「精神的には……もう再起不能なレベルで来てます……」


「なるほど、正常ですね」


「それ、絶対に褒めてないですよね!?」


 職員は手元の端末を事務的に一瞥し、満足そうに頷いた。


「では、支援所へ案内します。立てますか?」


 仮ノ町の中心部に位置する『転生者支援所』は、外観こそ重厚な石造りで立派なものだった。だが、ドアを抜けて中へ足を踏み入れた瞬間、真冥の口からは現実味を帯びた感想が漏れた。


「……なんか、職業訓練校に来た気分なんですけど」


「似たようなものです。まずはこの世界で『納税』できるレベルまであなたを育てるのが、ここの目的ですから」


 案内された廊下は無駄に広く、壁には掲示板や番号付きの案内板が、これでもかと整然と並んでいる。


「こちらが支援カウンター。生活相談、住所不定届の提出、各種スキルの登録申請はこちらで受け付けます」


 ガラス越しに見えるのは、うず高く積まれた書類の山と、死んだ魚のような目でキーボードを叩く職員たちの姿。


「異世界なのに、役所感が半端じゃないですね……」


「慣れました。お役所仕事は次元を超えて共通の概念ですから」


 次に案内されたのは、広い屋内訓練スペースだった。そこには木製の的、床に描かれた簡易な魔法陣、そして使い古された木剣。そしてなぜか、それらに混じってピコピコハンマーのようなゴム製ハンマーが並んでいた。


「初期訓練場です。まずはこのゴム製ハンマーを使い、怪我をせずに、かつ怪我をさせずに魔物をあやす方法を学びます」


「……これで魔物と戦うんですか?あやす?」


「最初は、あなたが死なないことが最優先です。命は大切に。天界の事務処理が増えますから」


「……そこからなんだ……」


 さらに進むと、どこからか食欲をそそる香りが漂ってきた。


「こちらが食堂です」


「この匂い……カレー?」


「今日は弐本式カレーの日です。転生者が一番落ち着く味ですからね」


「曜日制なんですか」


「水曜日はメニューにカレーが追加されます。土曜日は肉じゃがです」


 異世界に来たはずなのに、あまりの既視感と家庭的な空気に、真冥の緊張の糸が少しずつ緩んでいく。


「もっとこう……ドラゴンの肉とか、マンドラゴラのサラダとか、ファンタジーな料理はないんですか?」


「それを食べて胃腸を壊し、初日に再起動リセマラを希望する方が後を絶たないので、基本は和食です」


「現実的すぎる……」


 案内は、そこで唐突に終わった。


「詳細は、必要になったタイミングで追々説明します。一気に詰め込んでもこぼれるだけですからね」


「全部は教えてくれないんですね」


「情報過多は生存率を下げます」


 そう言って、職員は三階にある一つの扉の前で立ち止まった。


「こちらが、あなたの個室です」


 室内は質素だが、手入れが行き届いていた。ベッド、机、椅子。そして壁には「節電」と書かれた貼り紙。最低限の文化的な生活は保証されているようだ。


「今日はもう休んでください。明日から、少しずつ始めましょう」


「……少しずつ、ですか」


「ええ。少しずつです」


 職員はそれ以上余計なことは言わず、音もなく扉を閉めた。真冥は重い体をベッドに投げ出し、天井を見つめて大きな溜息を吐く。


(……異世界転生。もっと光り輝く伝説が始まるのを期待してたんだけどな。これじゃ前世の合宿免許と変わらないぞ……)


 その時だった。


 廊下の向こうから、バタバタと騒がしい足音がこちらへ近づいてくるのが聞こえた。


「——あっ、ここだ!113番!」


 次の瞬間。


 バーン!!


 扉が壊れんばかりの勢いで蹴破られた。


「やっと見つけた!既読スルーの星、爆誕!」


 勢いそのままに部屋へ飛び込んできたのは、夕日のような金色の髪をポニーテールにまとめ、快活に笑う一人の女性だった。そして、その背には、大きく、力強い“翼”がはためいている。


「……っ!?誰……ですか?」


「わたし?わたしはアローラ!」


 彼女は真冥のベッドの端に腰掛け、にっと歯を見せて笑った。


「アステリアから話は全部聞いてるよ。——例の、宝くじを当てるより難しい“全属性最強魔法”を引き当てた、天界公認のバグ枠転生者くん!」


 その屈託のない笑顔とは裏腹に、真冥の背筋には、かつてないほど強烈で、ぞくりとするような予感が走り抜けていた。


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