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第4話 姉:弐本にいる天使

「真冥さんにとって朗報です!」


 アステリアは、まるで掘り出し物の宝物でも見つけたかのように目を輝かせて叫んだ。その声は静かな事務室にやけに響き、真冥は思わず肩をすくめる。


「実は真冥さんが行く『弐本』には、わたしの姉がいるんです!」


 その言葉を聞いた瞬間、真冥の胸に広がったのは“朗報”への期待ではなく、むしろ底知れない不安だった。


「えーっと……あなたのお姉さん?」


 どうせアステリアの身内だ。死者の失態を面白がって弄り倒すような性格に違いない。いや、むしろ「姉」というからには、その傾向がさらに強化されている可能性すらある。


「はぁ……」


 自然と深い溜息が漏れたが、アステリアは全く意に介さない。むしろ、さらに勢いづいて身を乗り出してきた。


「姉は天使の中でも最上位クラスなんです!天界の戦力会議では『あの方さえいれば、大体のことは解決する』とまで言われる人なんですよ!」


 誇らしげに胸を張るアステリア。その姿は自慢のペットを紹介する子どものようだが、真冥の心のツッコミは止まらない。


(大体ってなんだよ……解決の仕方が雑な予感しかしない……)


「数千年単位の実績が必要となる女神昇進を、わずか百年で打診されたほどです!」


「天使が女神に?そんな飛び級みたいなことあるの?」


「はい!天界も最近は実力主義ですから。キャリア組とは別に、現場叩き上げのノンキャリア組にもその門戸は広く開かれているんです!」


 アステリアは得意げに説明するが、真冥の頭の中は疑問符でいっぱいだった。


(……いやいや。アステリアの姉ってことは、絶対ロクな人じゃない。むしろ“最上位クラスの厄介者”だからこそ、現場に左遷……いえ、派遣されてるんじゃないのか?)


 そんな真冥の懸念をよそに、アステリアはふと壁の時計を見て「あっ」と声を上げた。


「あぁ……申し訳ありません。本日の受け入れ業務はここまでですね。五時を回ってしまいました」


「……五時?本当に役所仕事なんだな。そこを少しくらい何とかならんのか、一生がかかってるんだぞ」


「そうはいきません。天界も最近は労働基準が特に厳しくなっていますから」


 アステリアは申し訳なさそうに眉をひそめた。天界にも労基があり、しかも現世よりもしっかり守られているらしい。


「なので、異世界への転送は明日ということになります。今日はゆっくりお休みください」


「じゃあ、俺はどうしたらいいの?この殺風景な会議室で一晩過ごすのか?」


「いえいえ、ご心配なさらず」


 アステリアは制服のポケットを探り、一枚の紙切れを取り出した。


「このチケットがあれば、一晩無料で過ごせます。場所は……」


 差し出されたチケットには、デカデカとこう書かれていた。


『マンガ喫茶 一泊無料券(天界24h直営店)』


 真冥は二度見し、三度見した。


「……え?いやいや。天界って……もっとこう……大理石の神殿とか、雲の上のふかふかベッドとか、そういうのじゃないの?」


「マンガ喫茶は天界公認の簡易宿泊施設です!転生者さんの一時待機場所として、満足度とコストパフォーマンスで第一位に選ばれているんですよ!」


「いや、言い切られても納得できないんだけど……。ていうか、天界にマンガ喫茶なんてあるの?」


「はい!天界は常に予算が厳しいので、“既存の地球文化を流用する”という合理化方針が採用されているんです」


「その方針、絶対ただの手抜きだろ!?」


 アステリアは説明を続ける。


「ちなみに、シャワーは十分百徳です」


「有料かよ!!」


「でも安心してください!真冥さんはまだ徳がゼロなので、“初回無料キャンペーン”が適用されます!」


「キャンペーンって言うな!!」


 アステリアはニコニコしながらチケットを押し付けてきた。


「場所はこの建物を出て右に曲がって、“天界24h”と書かれた看板が目印です。そこは天界で唯一、“24時間営業しているのに誰も働いていない”ことで有名な施設ですから」


「どういう仕組みだよ……」


「完全自動化です!人件費を削るために、そこだけは天界の最新技術が惜しみなく投入されているんです!」


「予算がないのかあるのかわからん!!」


「では真冥さん、本日はこちらで英気を養ってください。明日、いよいよ『弐本』へ出発です!」


 アステリアに追い出されるようにして外へ出ると、天界の街路はどこか現世の寂れた商店街を思わせる雑多さがあった。神秘性は皆無、むしろ“予算不足で閉園間際のテーマパーク”のような哀愁が漂っている。


 真冥はチケット裏の雑な地図を頼りに歩き、目的地らしき建物の前に立った。


「ん?ここか……」


 看板には『天界24h』。フォントが安っぽく、端が少し剥がれている。


(……本当に天界なんだよな、ここ?)


 半信半疑でドアから中に入ろうとしたとき――ゴツンッ!


「いってぇ!!」


 真冥はおでこを押さえてその場にしゃがみ込んだ。ドアはびくとも動かない。


「自動ドアじゃないのかよ……!どこまでケチってるんだ……」


 よく見ると、ガラスの端に小さく『手動(強く引く)』と貼り紙がしてあった。


(気づくかこんなもん!)


 気を取り直してドアを押し開けると、中は驚くほど普通のマンガ喫茶だった。薄暗い照明、個室が並ぶ細い通路、奥にはドリンクバーらしき機械。


 ただ、よく見るとやはり細部が妙だ。壁のポスターには『天界Wi-Fi完備!※通信速度は神の御心次第です』と書かれ、ドリンクバーの横には『神の恵み(麦茶)』という手書きのラベル。


 受付を探すと、カウンターには人の代わりに券売機が置かれ、天井から『無料チケットの方はこちら』という紙がぶら下がっていた。


 真冥が無料チケットを差し込むと、ウィーンと機械が唸り、空いている部屋番号が点滅した。適当にボタンを押すと、ガチャリと音を立てて一本の鍵が排出される。極々普通の銀色の鍵だ。タグには油性ペンで「B-12」とだけ書かれていた。


「カードキーですらないのかよ……」


 鍵を握りしめ、B-12の個室を開ける。中は、やはりどこまでも普通のマンガ喫茶だった。リクライニングチェア、小さな机、古めのモニター。そして棚には“天界版マンガ”がぎっしりと並んでいる。


『天使やって三千年、知らないうちに職歴が詰んでました』『働く天使さま!〜本日も残業代は出ません〜』『この異世界転生者に祝福を!』


「天界、ブラックすぎだろ……」


 真冥は椅子に深く沈み込み、ため息をついた。


(……明日、いよいよ『弐本』か)


 薄暗い店内に響く、ドリンクバーの「ウィーン」という駆動音。現世と変わらないこのチープな空気の中で、ようやく一人の男が死んで異世界へ行くのだという実感が、静かに、そして奇妙な形で湧いてきた。


 真冥の天界での一夜は、どこまでも締まらないまま始まった。


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