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第3話 レクチャー室:弐本での生き方講座

 アステリアは真冥を連れて、廊下の突き当たりにある『レクチャー室』と書かれた扉を開いた。


 中に入った瞬間、真冥は思わず足を止めた。正面の壁一面に、巨大なプロジェクター用スクリーンが広がっている。これまでの、いかにも「余り物」で構成された会議室とは打って変わり、この部屋にはどこか“公式感”というか、天界にしては珍しくちゃんと予算が下りていそうな重厚な機材が並んでいた。


「真冥さん。次は転生先の『弐本』での基本的な活動の仕方をレクチャーしますね」


「……あ、はい。よろしくお願いします」


 ようやく天界らしい、ハイテクな指導が受けられるのか。真冥がわずかな期待を抱きながら姿勢を正すと、アステリアは窓にかかった遮光カーテンをシャッと勢いよく閉めた。


 室内が暗くなり、巨大なスクリーンの白さが際立つ。期待感が増す真冥に対し、彼女はなぜか真冥の背後を指さした。


「それでは――後ろを見てください」


「えっ?うしろ?」


 真冥は言われるままに振り返った。そこにあったのは――巨大スクリーンでも、最新式の映写機でもなく、壁の片隅に置かれた、どこにでもある普通のホワイトボードだった。


 アステリアは手に抱えていた分厚い紙の資料を取り出すと、ペタ、ペタ、と磁石でホワイトボードに貼りつけ始める。


「えっと……何してるんです?」


「これから私が作った資料を基にレクチャーします」


 アステリアは淡々と答え、貼り終えた資料に向けて――カチッ、と手元の懐中電灯のスイッチを入れた。薄暗い室内に、懐中電灯の細く頼りない光が紙資料を丸く照らし出す。


「いやいやいや!なんで照明消して、カーテンまで閉めたんです!?あれ使わないんですか!?」


 真冥は、背後の立派なプロジェクタースクリーンを指さした。アステリアは一切悪びれず、むしろ誇らしげに胸を張った。


「あれ、いいですよね。でもあれは飾りです。予算がなくて映写機が設置できないので、せめて雰囲気だけでもと思って真っ暗にしてみました」


 真冥は両手で頭を抱え、ぐらりと膝が揺れた。


「う〜ん……きっと俺は悪い夢を見てるんだな……天界がこんなに雑な世界なわけがない……」


「いえいえ、真冥さんは完璧に死んでますよ?そんな前世に未練を残すような発言はやめましょうよ。成仏の妨げになります」


 さらりと言いながら、アステリアはホワイトボードに貼った資料をコンコンと指の背でノックした。


「それよりも、新しい人生について前向きに頑張っていきましょう。まずは……そう、こちら。転生先『弐本』での基本的な生活についてですね。現地の通貨、住居の確保、食事の入手方法など、最低限のサバイバル知識が必要になります」


 ページをめくるたびに、湿った紙がパラパラと虚しい音を立てる。


「次に『とく』――いわゆる経験値の得方です。魔物の討伐、依頼の達成、善行などで獲得できますが……まあ、細かい条件は後ほど詳しく」


 さらに別の資料を指し示す。


「そしてこちらが『困ったときの相談窓口』。弐本には天界の出張所がありまして、転生者のサポートを行っています。生活トラブル、スキルの不具合、魔物との遭遇など、何でも相談できますよ」


 淡々と説明するアステリアの声は事務的で、しかし妙に慣れている。まるで毎日何十人も、この絶望的にアナログな手法で転生者を送り出しているかのようだった。


「では次に、実際に転送されてからの行動についてです」


 アステリアは資料の次のページをめくり、懐中電灯の光をそこに当てた。彼女の説明によると、真冥が転送される場所は、転生者が最初に必ず訪れる“チュートリアルの町”だという。


「ここで数週間、実際の生活をしていただきます。現地の言語や通貨、魔物への対処、依頼の受け方など、最低限のことはこの町で学べます」


「チュートリアル……ゲームみたいだな……」


「はい、ゲームみたいです。というか、実際に流行りのゲームを参考に作られた制度です。“初見殺しで転生者が即日再起動しに来るのはさすがに事務処理が追いつかない”という天界会議の決議でして」


「理由に夢がないな……」


「チュートリアル期間が終わると、転生者は正式に“弐本”の世界へ放たれます。どこへ行くか、何をするかは自由です。冒険者になるもよし、商人になるもよし、農家になるもよし」


「……自由って言われると逆に不安になるんだけど」


「大丈夫ですよ。真冥さんは“残念死”枠ですから、サポートも厚めです。……まあ、厚めと言っても、天界基準なので期待しすぎないでくださいね」


 アステリアはそう言って、資料を軽く叩いた。


「ここまでで何か質問ありますか?」


「いえ……。特には無いです」


「なら次に進みますね。次は得られる『徳』についてお話しします。魔物討伐、依頼の達成、善行の内容によって得られる経験値――つまり徳の量が変動します」


 真冥は、一億という途方もない数字を思い出し、すかさず手を挙げた。


「レベル2までに一億貯めなきゃいけないので、一番効率がいいやつ、今すぐ教えてください」


 アステリアは、なぜか申し訳なさそうにふいと目を伏せた。


「残念ですが……そのような効率的なルートは確認されていません。魔物退治で得られる徳は、基本的に1徳から10徳。しかし最初に行く地域はスライムのような弱い魔物しかいませんので……だいたい1徳ですね」


「……スライム一億匹。地道すぎるだろ……」


「さらに真冥さんは、経験値取得条件が他の転生者さんと違いますので……」


「あ、そうそう。さっき言ってたよね?実際にどう違うんだ?」


 アステリアは一度資料を見下ろし、深く息を吸った。懐中電灯の光が、彼女の顔に怪談のような妙な陰影を落とす。


「あ、はい。実は……」


「実は?」


「経験値が貰えるかどうかは――『運』です」


「…………は?」


 真冥は頭を押さえ、視界がぐらりと揺れた。スライムを一億匹倒すだけでも絶望的なのに、そのうえ――経験値が入るかどうかさえ「運」。


「……あの〜……当たりだったら徳が3倍もらえるとか、そういうラッキー要素は……?」


「いいえ、ありません。もらえるか・もらえないか、の二択です」


「必要徳からして無理ゲーなのに!?運!?天界のバランス調整、ガバガバすぎないか!?」


 部屋の空気が一気に重く沈む。しかし次の瞬間――アステリアの表情が、弾かれたように明るく跳ね上がった。


「あっ!わたし大事なこと忘れてました!」


「何……?まだ何か無理ゲー要素を追加するの……?」


「いえいえ、違います!真冥さんにとって朗報です!」


 アステリアは別の資料の束を慌ててめくり始めた。ペラペラペラ……と紙の音がやけに軽快に響き、「あった!」と嬉しそうに叫んだ。


「実は真冥さんが行く『弐本』には、わたしの姉がいるんです!」


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