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第2話 転生課:スキル付与

 アステリアに案内され、真冥は『転生課』と書かれた重厚そうな扉の前に立った。しかし、その扉の横には「入室時はノック厳守」「離席時はPCをロックすること」といった、あまりに世俗的な注意書きがベタベタと貼られている。


「……なんか、もっと神秘的な場所を想像してたんだけど」


「天界の役所に神秘性を求めるのは間違いですよ。神話の時代ならいざ知らず、今はコストカットと効率化の時代ですから」


 アステリアはさらりと言い放ち、一切の躊躇なく扉を押し開けた。中に広がっていたのは、真冥がこれまでの人生で見慣れた、あるいは最も忌避してきた「会議室」そのものだった。使い古された長机に、座るたびにギィと鳴りそうなパイプ椅子。壁際には型落ち感の漂うコピー機が鎮座し、緑色のカッターマットが敷かれたデスクにはクリップや付箋が散乱している。


 天界なのに、どこか市役所の裏側のような、埃っぽくて酸っぱい匂いがした。


「どうぞ、お座りください。お茶は出せませんので」


 アステリアはパイプ椅子を足で引くと、机の上に「極秘」とスタンプされた分厚いファイルをドサリと置いた。その衝撃で、真冥の整理番号札が少し跳ねる。


「では、転生先の候補を提示しますね」


「……そんなにあるの?異世界って、一つじゃないんだ」


「ええ、残念死の方は優先的に、よりどりみどりで選べるんですよ。我々の業界では『人生やり直し支援プログラム』と呼んでいます。あなたの無念を、別の世界のリソースに変換して再利用するわけです」


 アステリアはファイルを開くと、いくつか候補先を紹介してくれたが、どれも真冥にはパッとしなかった。モンスターと戦うのも、ましてや泥臭い内政を任されるのも、今の疲れ切った精神には荷が重すぎる。


 すると、アステリアはある一冊のファイルを「お、これこれ」と指先で叩いた。


「これならどうです?真冥さんが元いた日本に、限りなく近い環境です」


「日本に近い?……どれどれ」


 真冥は、誘われるままに身を乗り出してファイルを覗き込んだ。そこにはデカデカと筆文字で『弐本にほん』と書かれた表紙があり、中には現地の風景と思われる写真がいくつかクリップで留められている。


「ここは日本によく似た星、いわゆるパラレルワールドの一つです。文化レベルも言語も、真冥さんのいた世界とほぼ同一ですね」


「ほぼ、って……具体的にどれくらい?」


「そうですね……」


 アステリアは写真の一枚を指さした。そこには見覚えのあるカラーリングの看板が写っている。


「コンビニが“セブン・オヤブン”だったり、日本の象徴である山が、少しだけ字を変えて“藤山ふじやま”と呼ばれていたり」


「…………。微妙にイラッとする違いだな、おい」


 絶妙にパチモン臭い名前に、真冥の眉間にシワが寄る。しかし、アステリアはそんな真冥の反応などお構いなしに、ファイルをパラパラと捲りながら太鼓判を押した。


「ここ、実は天界の転生先ランキングでも上位なんですよ。『日本での経験をそのまま活かせるのに、間違い探しのような違和感がちょうどいいスパイスになる』って、意識高い系の死亡者に評判です。魔物も出ますが、魔法が存在しますので、“徳”も稼ぎやすいですし」


「……徳?」


「ええ、転生後の成長に必要なポイントのことです。まぁ、RPGで言うところの経験値のようなものだと考えてください。詳しい説明は後ほど、スキル付与のときに行いますね」


「スキル……?」


「はい。転生者には例外なく、何かしらのスキルが付与されます。あなたの人生の特性に見合ったスキルがどれになるかは、これから決定します」


 アステリアは手元の書類に、流れるような手つきでさらさらとペンを走らせた。


「では、転生先は“弐本”でよろしいですか?決定後の変更は、クーリングオフ期間を含め一切受け付けられませんが」


 真冥は深く息を吸い、覚悟を決めてうなずいた。


「……はい。お願いします」


「はい、ご成約ありがとうございます」


 アステリアは満足げに、重厚な朱肉で書類にハンコを押し、立ち上がった。


「では次は……。スキル付与室へご案内します。あなたの“新しい人生の能力”を決定する場所です。ふふ。ここからが本番ですよ?」


 再び廊下を歩き、彼女に連れられて入った『スキル付与室』は――やはり、想像とは根本からかけ離れていた。


 部屋の中央に鎮座していたのは、巨大なガチャガチャの筐体だった。高さは大人の胸ほどもあり、透明なカプセルが隙間なくぎっしりと詰まっている。筐体の側面には、ガムテープで一枚の紙が雑に貼り付けられていた。


『スキル付与ガチャ・1回無料(2回目以降は徳を消費)』


「……え、ガチャ?」


「はい、ガチャです。天界が誇る最新のスキル決定システムですよ。以前は『スキル抽選くじ』だったんですが、紙がもったいないのでこのエコなカプセル方式に変わりました」


「エコの理由が雑すぎる……」


 真冥が呆れる中、アステリアはガチャ筐体の横に貼られた『排出スキル一覧表』を指さした。


 ●《火魔法・初級》:「火の玉を出せます。料理にも便利です」

 ●《剣術・基礎》:「剣を持つとちょっとだけ強くなります」

 ●《鑑定》:「物の情報が見えます。人気スキルです」

 ●《収納》:「異次元に荷物を入れられます。引っ越しに便利です」

 ●《幸運値+1》:「……効果は、まあ、気持ち程度です」


「なんか、普通に便利そうなのが多いな……」


「そうなんですよ。“残念死”の方には、基本的に生活しやすいスキルが出やすい設定になっています。天界は福祉が充実していますから。……ただし、あくまでガチャですので、運は絡みますけどね」


 アステリアはにっこり笑って、真冥を促した。


「さぁ、回してください!何が出るかな?何が出るかな?」


「……急にテンション高いな」


「スキル付与は我々天界職員の楽しみなんです。あなたの人生が決まるんですよ?ワクワクしません?」


「俺は不安しかないんだけど……」


「大丈夫ですよ。“残念死”の方にハズレスキルは滅多に出ませんから。……ええ、滅多に。たまーに出ますけど」


「その“たまに”が一番怖いんだけど!」


「ではどうぞ。あなたの新しい人生の第一歩――ガチャを回してください」


 真冥は深呼吸し、巨大なハンドルに手をかけた。ガチャッ……ガラッ……。ガチャ特有の軽い音が部屋に響く。


「出るかな、出るかな、何が出るかな〜♪」


「プレッシャーかけないで!!」


 コロン、とカプセルが落ちた。真冥は震える手でそれを拾い上げる。アステリアは身を乗り出し、パカッとふたを開けた。


 中に入っていた小さな札を見た瞬間――彼女の目が、かつてないほど大きく見開かれた。


「…………っ!!」


 アステリアは机の下から豪華なハンドベルを取り出し、全力で振り回した。


 カランカランカランカランカランッ!!


「大当たり~~~~!!」


「えっ!?ど、どんなスキルが出たんですか!?」


 アステリアは震える手でその札を掲げた。


「こ、これは……!SSR中のSSR……!天界のスキルガチャ史上、一度も当選者が出たことがない最強スキルですよ!!」


 アステリアは深呼吸し、震える声でその名を読み上げた。


「……《全属性最強魔法オール・アルティメット・マジック》」


「……え?」


「《全属性最強魔法》です!!すべての属性魔法を使えるうえに、最上級魔法までレベル2から使用可能!!」


 真冥は思わず固まった。


「……え、ちょっと待って。レベル2でそんなすごい魔法使えちゃうの?」


「はい、使えちゃいます!」


「軽いな!!そんなの絶対バランス崩壊するでしょ!!」


 アステリアは札を胸に抱きしめ、うっとりした表情を浮かべた。


「私……本当に見たかったんです……伝説のスキル……“天界のバグ枠”って噂されてたやつ……!」


 しかし、アステリアはふと札の隅に目を留め、眉を寄せた。


「ええっと……あら?ここ赤字ですね。『※本スキルは最強スキルのため、レベルアップ条件が通常と異なります』」


「異なるって……どう異なるの……?」


「『必要徳(EXP)が、一般転生者とは異なります。通常レベル1からレベル2になるには必要徳は100ですが、このスキル保持者は1億徳必要になります』と書いていますね。100万倍です」


「1億!?レベル2で最強魔法使えるのに、そのレベル2がめちゃくちゃ遠いってことか!?」


「そういうことですね〜。バランス調整です」


「ゲームかよ!!」


「さらに……『※徳の獲得量も、スキル保持者は調整されます』。あなたへの徳の入り方もちょっとだけ厳しくなるみたいです」


「その『ちょっとだけ』が絶対ちょっとじゃないやつ!!」


 アステリアは札を閉じ、満面の笑みで言い放った。


「というわけで――あなたのスキル《全属性最強魔法》は、レベル2になれば世界最強。でもレベル2になるまでが地獄。そういう仕様みたいですね!」


「地獄って言ったよこの天使!!」

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