表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第1話 L-404:返事が見つかりません

 ──真っ白な天井が、ぼんやりと視界に張り付いていた。 意識の輪郭は、ひどく頼りない。


「……ここ、どこ……?」


 感触を確かめるように呟く。背中には、病院のものより一層硬い簡易ベッドの感触。鼻を突くのは、消毒液と古い書類が混ざったような、ひどく世俗的な匂いだ。 壁には、手書きで“仮眠室”と書かれたプラスチックの札が、斜めにぶら下がっている。


「……あぁ、そっか。俺、死んだんだ……。ということは、ここはあの世?」


 人生の終着駅にしては、天界は妙に生活感に溢れていた。もっと雲の上でハープの音色が流れているような場所を想像していたのに、目の前の光景は、連休明けの区役所の裏方そのものだ。


 ベッドの横では、よれよれの白衣を羽織った天界職員が、けだるそうにタブレットを操作していた。


「あ、起きました? 尾崎真冥(まくら)さん、17歳ですね。心肺停止から三時間。意外と早かったな」


「……はい? あの、ここ……」


「死亡者管理局の仮眠室です。急死した方は精神的なバッファが必要なんで、まずここで再起動してもらうんですよ」


 職員は慣れた手つきで、レジの行列で配られるような番号札を一枚ちぎり、真冥の手に押し付けた。


「はい、これ。“志望者受付”の整理券です。動けるようになったら、そこの廊下を出て受付に行ってください」


「……志望者? 死んだのに、何かを志すんですか?」


「いえ、死亡者と同じ読み(シボウシャ)なだけです。天界のシステム、漢字変換機能が数千年前からアップデートされてなくて、そのあたり雑なんですよ」


「神様がいる場所なのに、そんなに雑なんですね……」


「ええ、お役所仕事ですから。じゃ、受付はあっち。廊下をまっすぐ行けば“死亡者管理局・志望者受付”って、やる気のない看板が出てますから」


 職員は大きなあくびをしながら、一度も目を合わせることなく去っていった。 死んでもなお、整理券を握らされて列に並ぶのか。真冥は手元の札を見つめた。


 《A-113》


「……映画館の座席番号みたいな数字だな……」


 ため息をつき、重い体を引きずって廊下へ向かった。 窓口のロビーには、同じように「死んだばかりです」と言いたげな、呆然とした表情の人々が並んでいる。


「整理番号A-113番の方。窓口13番へどうぞー」


 機械的なアナウンスに呼ばれ、窓口へ向かう。 そこに座っていたのは、透き通るような銀髪をハーフアップにした女性職員だった。 背中には羽が生え、頭上には細い光輪が浮いている。天使――間違いなく天使なのだが、その表情には徹夜明けの会社員のような「無」の感情が漂っていた。


「担当のアステリアです。お疲れ様です。では、まず死因の確定から始めますね」


 彼女は真冥の個人データをモニターに呼び出すと、ふと指を止めた。その綺麗な眉が、ぴくりと跳ねる。


「……ええと、“好きな相手にメッセージアプリで告白し、即座に既読がついたにもかかわらず、一晩経っても返信がなかったことによる心因性ショック死”」


 真冥はたまらず、両手で顔を覆った。死んでから自分の失態を音読されるのは、どんな拷問よりもきつい。


「……はい、間違いありません」


「告白、されたんですね。勇気を出して。告白するのは初めて?」


 アステリアの声が、急に慈愛に満ちた、妙に優しいトーンに変わる。それが逆に真冥の心をえぐった。


「……はい」


「通知設定を何度も確認して、既読がついた瞬間に心拍数が跳ね上がった。そうですね?」


「……はい」


「返事は?」


「……一晩待っても、翌朝になっても、来ませんでした」


「っ…………」


 アステリアが急に口元を押さえた。 白く細い肩が、小刻みに、しかし激しく震え出す。 明らかに、プロの天使としてあってはならない「笑い」を噛み殺そうとしていた。


「……あの、笑ってますよね?」


「……す、すみません。仕事中ですので、決して笑ってなど……。ただ、これは……その、極めて希少なケースです。未読無視(未読スルー)ならまだしも、確実な既読後の沈黙による絶命。天界の長い歴史でも、初めて見ました」


「もう言わないでください……」


「いえ、むしろ誇るべきですよ?現在、天界の内部SNSであなたの件はすでにトレンド入りしていますから。『既読スルー死・第一号、爆誕』って」


「最悪だ……」


「ちなみに、送信した文章はどんな感じだったんです?参考に」


 アステリアの瞳が、好奇心でキラキラと輝き出した。もはや仕事というより、ただの野次馬の顔だ。


「……絶対に言いたくありません」


「大丈夫ですよ。あなたのような“返事待ち死亡者”は、もはや天界の重要文化財みたいなものですから。データとして恒久保存しておきたいくらいです」


「やめてくれ! 完全に成仏させてくれ!」


「ふふ、冗談ですよ。……半分くらいは」


 アステリアは楽しそうにペンを走らせ、作成した書類をくるりと真冥の方へ向けた。 そこには、公文書とは思えないほどでかでかと、一枚のラベルが貼られていた。


《死因コード:L-404(返事が見つかりません)》


「……なに、このカッコいい感じに誤魔化したコード」


「正式な死因分類コードですよ。ちなみに L は“Letter(手紙)”の L です。“Love(恋)”の L と解釈していただいても、情緒があってよろしいかと」


「どっちでも絶望的にダサいんですが」


「では……登録名はどちらにします?」


 アステリアは小首をかしげ、いたずらっぽく微笑む。


「“返事が来なかった男”として歴史に刻まれたいか、“恋が見つからなかった男”として同情を誘いたいか」


「三つ目の選択肢、『記憶を消して消滅させる』でお願いします」


「残念ながら、天界はリサイクルを推奨していますので。……では、無難に“Letter”にしておきますね。“Love”で登録すると、天界の広報部がネタにしてバズらせようとするので」


「どんな救いのない職場だ、ここは……!」


 アステリアは満足げに立ち上がると、窓口のさらに奥にある、重厚な扉を指さした。


「さあ、尾崎真冥さん。死因コード L-404 が正式に付与されました。これより、あなたを転生課へご案内します」


「……転生課? 映画みたいに、天国に行くんじゃないんですか?」


「はい。あなたのように“死に様があまりに残念な方”には、天界の特別救済措置として、第二の人生……いわゆる異世界転生がパックで付いてくるんです」


「そんな、お詫びクーポンみたいな制度が……」


「ええ、“残念死特別補填システム”です。こんな死に方で人生を終えられては、我々としても目覚めが悪いですから」


 アステリアは軽やかな足取りで歩き出す。


「こちらの個室で、次回の初期スペックと転生先を決めましょう。……あ、移動の合間に、さっきの告白のスクショ、こっそり見せてくださいね?」


「絶対に見せませんし、そもそもスマホは現世に置いてきました!」


 アステリアは足を止め、振り返った。 その微笑みは、先ほどまでの意地悪なものではなく、どこか春の陽だまりのように温かい。


「ふふ。……尾崎真冥さん。 “お先真っ暗”だったあなたの人生は、案外ここから眩しくなるかもしれませんよ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ