⑥ 時空のカーチェイス
車窓から見える風景が歪む。
シルバーのビートルは時空を越えつつあった。
「テスラさん、乗り心地はいかがかしら?」
ちょっとした好奇心から京子が尋ねる。
「アドルフ・ヒトラーの❝肝いり❞で作ったドイツの国民車が、まさか空を飛ぶなんてね…驚いたが、乗り心地は悪くないね。」
テスラは車内をあちこち見ながら答えた。
「実はコレ、私が特別にカスタムさせたものなのですよ。」
サン・ジェルマンが自慢げに口を挟む。
しかし次の瞬間、サイドミラーに映る影に気づいた彼は、緊張した声になった。
「おやおや、追手ですねえ。この空間に入れるということは、どうやら向こうにも、似たようなカスタムをする者がいるようです。」
京子とテスラが振り返ると、黒い❝キャデラックシリーズ60スペシャル❞が、ヘッドライトを光らせて、追いすがって来ていた。
「仕方がないですね。あまり手荒なマネは、紳士のスマートな振る舞いとは言えませんが…。」
そう言いながらサン・ジェルマンは、コンソールボックスのスイッチを、おもむろに一つ選んで押した。
するとビートルの後部ドア…つまりリヤエンジンフードだが…が開き、中からピンク色の、テニスボールのようなものが一発、発射された。
それがキャデラックのフロントフードに当たって弾けると、ピンクの膜がクルマ全体を包み込み、そのまま機能停止に追い込んだのだった。
「殺傷能力はありませんよ?念のためですけど。」
彼は京子に言う。
私だってイタズラに人を殺めたりしないわよ。
と、彼女は思った。
「しばらくしたら、あの膜の効果が無くなって、彼らは無事に帰路に着けるでしょう。これに懲りたら、❝サン・ジェルマンには関わらない方が良い❞とは思ってくれないかな?」
「あら、随分とお優しいこと。」
「私はいつだって紳士ですよ?」
テスラがそんな二人のプチ痴話げんかを見せられているうちに、いつの間にかビートルは、目的地に到着していた。
場所は名護屋市中区錦のセントラルパーク前。
そこから地下の駐車場へ入って行く。
現地の時刻は22時ごろだろうか?
三人は車から出ると、エレベーターへ乗り込んだ。
そして見かけ上はTV塔の展望レストランの、異空間アジトへ帰って来た。
エレベーターの扉が開くと、ウエイター兼スタッフの若い男が待っていた。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様。それに、テスラ様も。サン・ジェルマン城にようこそ。」
「ただいま、杉浦君。」
京子がニッコリ笑って挨拶を返す。
そう、その男はあの元神童、❝杉浦鷹志❞だったのだ!




